「盗む」(ぬすむ)〜上演時間〜
開演予定時間を過ぎて公演の幕を開けることを「押す」と言いますが、
反対に予定時間前に始めることを「盗む」と言います。
通常、公演はきっちり時間を読んで創られていますし、
スタッフも出演者も、時間通りに動く練習をして公演に挑んでいます。
ですから、よほど突発的な出来事がない限り、
お客様にもわかってしまうほど公演時間が伸びたり縮んだりすることはありません。
しかし中には、「自分の時計ではまだ8分前なのに開演を報せるベルが鳴り、席に着いたら時間前なのに始まった。」
「開演時間ぴったりには着いたはずなのに、もう公演が始まってた。」
というような経験をしたことのある方もいるのではないでしょうか。
これが、時間を盗まれてしまったケースです。
では、いったいどんな場合に予定よりも早く幕を開けるのかというと・・・
例えば、地方都市で公演を行うとします。
たいてい演劇の公演は夜に行われますから、
交通の便を調べ、何時に開演すれば仕事帰りのお客様に来てもらえるか、
何時に終演すれば終電や終バスに間に合って帰れるかを綿密に調べ、
上演時間から計算して、開演や終演の時間を設定します。
こういう作業は、公演の半年前、一年前から行いますが、いざ実際の公演日になったら、
電車やバスのダイヤ改正で最終の時間が早くなっていた・・・なんてこともあるわけです。
すると、お客様に無事帰宅していただく為には1分でも早く終わらなければならず、
仕方なく時間を盗み、開演時間を早めるのです。
他にも、台風が接近してきているとか、
交通網にトラブルがあった場合などの、やむを得ないケースがあります。
しかし、ごく稀には公演を行う側の問題の場合も。
例えば、仕込みやバラしに予想以上に時間がかかり、想定していた終演時間では、
劇場の終わる時間や終電などの時間までに退出することができない、といったケースや、
出演者が最近決まった仕事のため、どうしても何時かに劇場を出なければならない、といったケース。
どこかで誰かが時間を読み間違うなどのミスをして起こってしまうわけですね。
何れにせよ時間を「盗む」のは、終演の時間を逆算して、という場合が多いと思います。
天災などでない限り、お客様にとっては迷惑でしかないと思いますが、
主催する出演者・スタッフ全員、心の中では頭を垂れているはずですし、
舞台裏では何が起きているのかを想像して楽しんでもらえれば・・・と思います。
ちなみに、場面やシーンを想定していたものより急いで早く行うこと、
つまり上演時間自体を短くすることは「巻く」と言います。
「押す」「巻く」という言葉は、一般にも通じるほど普及しているのに比べると、
この「盗む」は使われる頻度が少ないせいか、あまり知られていない言葉のようですね。
また地域によっては、場面や幕、シーンごとの時間を多めに見込んでおくことを
「盗む」ということもあるようです。