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同じ空を見上げて
作 ダニエル藤井
『横顔』
『ゴローを待ちながら』
『約束』
『さらばヨシオ』
『同じ花火を』
七月中旬。夕暮れの学校―夏休み文化祭準備週間の最終日。校庭では前夜祭のリハーサルが行われている。
横顔
南棟2F美術準備室―奥に棚。壁を挟んで、その向こうに廊下。上寄り、下寄り、それぞれ廊下へ出る扉があるが、上側の扉は積み重なったイーゼルや、何かのオブジェに白い布がかけられたようなものなどで、隠されている。幾つかキャンバスが置かれたイーゼルがあり、床には画材などが散らばっている。舞台前面に窓(がある設定)
矢吹陵介が、イーゼルに置かれたキャンパスに向かって、
筆を持って座っている
佐藤世理が、下手側、扉の近くに置かれた椅子に座り、
絵を描く陵介を眺めている。
奥、世理と陵介の間、世理の近くで扇風機が一台、首を振っている
舞台前面にかかった(設定の)風鈴が窓から入る風を微かに受けて、
時折小さく鳴る
陵介
いつまでいんの?
世理
気づいてたんだ
陵介
そりゃ気づくよ
世理
集中してんのかなぁ、って
陵介
そこまでアーティストじゃないし
世理
見に行かないの?
陵介
ん?
世理
花火
陵介
んー
世理
最後なのに、今年が
陵介
え、うそ
世理
へ?
陵介
最後なの?競馬場の花火大会
世理
え?
一瞬間
世理
いや、うちらがってことね、高校で見るのは。高校生としては
陵介
あぁ
世理
行かないの?
陵介
これ、描かなきゃだし
世理
家でやればいいのに
陵介
今日までなのよ
世理
うそ、だって文化祭のでしょ?
陵介
そうだよ
世理
早くない?
陵介
文化祭はそうだけど、市の作品展にも出すやつだから、これ
世理
あ、そうなんだ
陵介
毎年そうだよ
世理
そういえばそうだっけ
世理、立ち上がって、部屋の中をうろうろする
棚の上に並んだ彫刻やキャンバスを眺め、
そのうちのひとつ、抽象的なオブジェを手に取る
世理
いつなの?
陵介
ん?
世理
その作品展は
陵介
来週
世理
あ、そう。そりゃ、もう出さなきゃ。っていうか、そうなるとちょっと遅いね
陵介
だから今日が締め切りなんじゃん
世理
ふーん
陵介
俺、一応部長だからさ、部長が出さないのは、まずいでしょ
世理
まーねー
世理、窓に近寄る
世理
始まっちゃうな、花火
陵介、一瞬筆を止めるが外を見ようとしない
陵介
世理、行かないの?
世理
んー・・・
陵介
ってか、何しに来たよ
世理
呼びに来てやったんじゃん、わざわざさぁ
陵介
あ、そーっすか
世理
感謝がないなぁ
陵介
どーも
世理、外を見ている。陵介、絵を描いている
世理
上にいるよ、今、教室
陵介
誰が?
世理
・・・
陵介
やみちゃん?
世理
わかってんじゃん
陵介
・・・
世理
いいの?
陵介
いや、俺がいいとか、ダメとか・・・よくわかんないでしょ
世理
は?
陵介
しょーがないじゃん、お母さん病気なんでしょ?
世理
は?・・・あー、違う違う
陵介
違うの?
世理
いや、お母さんが病気なのはそうなんだけどさ、じゃなくて、会わなくていいの?ってこと、今
陵介
あー、そういうことね
世理、陵介を見ている。陵介、絵を描いている
陵介
んん・・・
世理
最後なのに。今日で
陵介
・・・
世理、ため息をつく
陵介
やみちゃん、なにやってんの?
世理
ねっちとかと喋ってる
陵介、筆を止めて振り返る
陵介
あれ、ねっち、リハじゃなかったっけ、前夜祭の
世理
もう終わったよ、今着替えてる
陵介
ふみちゃんも?
世理
うん
陵介
あ、ふみちゃん、本当にチャイナドレス着るの?
世理
っていうか、もうさっき着ちゃったし
陵介
うわぁ、まじか
世理
嬉しそうじゃん
陵介
んー、なんつーか、複雑
世理
なにそれ
陵介
似合ってた?
世理
んー
二人、笑う
陵介
っていうか、いつまで持ってんの、それ
世理
あ
世理、少し笑って、手に持っていた抽象的なオブジェを棚に置く
世理、棚の中を探る
世理
ねー、スケッチブックは
陵介
ん?
世理
陵介のスケッチブック
陵介
さぁ
世理
さぁってさぁ
陵介、筆を置き、キャンバスを見ながら息をつく。世理、探し続けている
陵介
今何時?
世理
時計見れば
陵介
十二時
世理
は?
世理、顔を上げる
陵介、振り返らずに、下手の壁の上を指差す
世理、振り返って見る
世理
あ
陵介
あれだよ、うちらが一年のとき入部して最初のミーティングの時から、もう、あんなん
世理
壊れてんの?
陵介
知らないけど
世理
直そうよ
陵介
まぁそもそも準備室って人がいるべきとこじゃないからね
世理
まーねー
陵介
暗いし
世理
でも涼しいじゃん、なんか、ひんやりしてて
陵介
まぁ、だから、暗いからね。陽当たんないから
世理
風鈴付いてるし
陵介
何それ
世理
あれ、前からあったっけ
陵介
あぁ、なんかさ、顧問が去年の花火大会の時、景品でもらったんだって
世理
へぇ、景品で
陵介
くじびきかなんかで
世理
渋いねぇ、景品が風鈴とは
陵介
で今何時?
世理
携帯持ってないの?
陵介
え、なんで?なんで教えてくんないの?
世理
しょうがないなぁ
世理、ポケットから携帯電話を取り出す
世理
七時
陵介
あ、そう
世理
お礼は
陵介
どうも
世理、携帯をしまう
陵介
無理だ。間に合わん
世理
花火?
陵介
ん?いや、絵。半まででしょ、学校開いてるの
世理
なに、間に合わなくてもいいの
陵介
明日の朝までにしてもらお
世理
できてんじゃん
陵介
・・・
世理
家でやんの?
陵介
けった(※自転車)でこんなの持って帰れん
世理
じゃ、どうすんの?
陵介
朝、学校来てやるじゃんよ
世理
学祭準備期間今日までだよ
陵介
一応開いてるは開いてるでしょ、部活やってるし。最悪先生に開けてもらうし
世理
めんどいねぇ
陵介、画材を片付け始める
世理
ちゃんとお別れしたの?
陵介
・・・別に
世理
どしたの?ケンカでもした?
陵介
誰と?
世理
あやみと
陵介
なんで
世理
行かなかったんでしょ、お別れ会も
陵介
あぁ
世理
薄情な
陵介
世理だって行かなかったんだろ
世理
私は用事あったから
間
陵介
嫌いなんだよ、ああいうの。みんな酔っぱらってるし。結局ただの飲み会だろ
世理
ふーん、そう
陵介
なんだよ
世理
別に・・・あ、あった
世理、スケッチブックをどこかから見つけて拾い上げる
陵介、再び片付け始める
世理、スケッチブックを開いて、ページをめくっていく
世理
なんだかんだいってうまいね、あんたは
陵介
それ、埃してるぞ
世理
これ、いつ書いたの?
陵介
いつって、今年のクラスになってからぼちぼち
世理
なんで?
陵介
なんで?
世理
クラス愛とか、無い人でしょ、あんた
陵介
別に。っていうか、今年のクラスは結構良いと思うよ
世理
ほう。なんで?
陵介
なんで、って。なに、嫌いなの?世理
世理
別に。ただ、なんでかなって
間
陵介
別になんでって無いけど、なんか、面白いじゃん、メンツが。個性があるっていうか
世理
ふんふん
陵介
見てて飽きないっていうか
世理
(スケッチブックを見ながら)ふみとか
陵介
(少し笑いながら)そう、ふみちゃんとか
二人、少し笑う
(世理の見ているページには、「ふみちゃん」が描かれているようだ)
陵介
良いだろ、それ
世理
良いね
陵介
・・・だから、なんか書きたくなった
世理
ふーん。・・・人とかあんまり書かなかったのに、今まで
陵介
あぁ・・・まぁ、そうだけど
世理
いいことだ。人間に関心が持てるようになったのは
陵介
なんだよそれ。お前こそ他人に興味ない人間のくせに
世理
そうかなぁ
陵介
そうだよ
世理
私はちゃんとお別れ言ったよ、さっき
世理、陵介を見つめる
陵介、一瞬手をとめるが、無言
世理
そういえば、陵介、あやみと同じクラスになったのも、初めてだよね
陵介、再び手を動かす
世理、ため息をついて、スケッチブックに眼を落し、
あるページで、ページをめくる手を止める
世理
なんか、ダメだな
陵介
は?
陵介、手を止めて振り返る
世理はスケッチブックを見たまま
世理
ダメだなぁ
陵介
え、なに、どれ?
陵介、世理に歩み寄りかける
世理
最初はいいんだけどさ、楽しく話してるうちは
陵介、立ち止まる
世理
仲良くなってってること気付いたら、急に、なんか、よくわかんなくなっちゃってさ、変に力入っちゃって、あれ、俺、今までどうやってこの子と話してたっけ、みたいな。いつもそーなの
陵介
・・・
世理
っていうね
陵介
・・・
世理
言ってたじゃん、中学の時
陵介、踵を返し、世理に背を向ける
世理
実際、そーゆーの、何度も見てきたしさ、あんたが、そういう、なに、プロセスをたどっていくの
陵介、手を動かし始める
世理
だから、そういうの見てると・・・なーんかうっとうしい、もどかしいってか
陵介、一通り片付け終えて、キャンバスに布をかぶせようとする
世理
見せなくていいの?
陵介、手を止める
世理
あやみに見せなくてもいいの?
間
陵介
まだ描けてないから・・・
世理
(遮って)だから描けてんじゃん
陵介、声の調子を強めた世理に少し驚く
世理、取り繕って明るく、
世理
みんな驚くよ、文化祭でそれ見たら
陵介
別に。やみちゃんとノリで約束しちゃっただけだし
世理
ノリで
陵介
けど・・・間に合わなかったな
陵介、キャンパスに布をかけ、片づけを終える
世理、窓の外を見て、
世理
あ、トーチ始まった
陵介も窓の外を見る
世理
うちらもやったよね、去年、前夜祭のファイヤートーチ
陵介
やったね
世理
全然できなかったよね、陵介、大車輪
陵介
できたよ
世理
できなかったじゃん、わたしがさんざん教えてあげたでしょ
陵介
おおげさな
世理
感謝がないなぁ
陵介
どーも
世理
お礼に、屋台のかき氷おごってくれるって約束だったじゃん
陵介
おごったじゃん、ちゃんと
世理
わたしは宇治金時が良かったのに
陵介
しょうがないじゃん、なかったんだから
世理
また来年な、って言ったよね、陵介
陵介
言ったっけ?
世理
言ったよ、そんなんだからあんたはもてないんだよ
陵介
余計な御世話だよ
世理
まぁ、いいけどさ
間
陵介
じゃ、行って来るわ
世理
教室?
陵介
職員室
世理
会わないの?
陵介、何も言わずに出て行こうとする
世理
陵介
陵介、立ち止まる
陵介
わりぃな、かき氷
世理
・・・は?
陵介
俺さ、約束守れないやつなんだよ
世理
・・・
陵介
守れない約束なら最初からするなってんだよな
間。陵介、息をついて、振り返る
陵介
あ、それ、気に入ってんならやるよ
世理
は?
陵介
それ。持ってんの
世理、手に持っているスケッチブックを見る
世理
要らないよ、こんなの
陵介
(少し笑って)あ、そう
陵介、出て行く
世理、スケッチブックをめくっていると、
下手のほうからパタパタと足音がして、そちらを見る
七海あおいが、首から下だけウサギの着ぐるみを着て、
息を切らして扉のところに現われる
世理、驚いて身を引く
七海
ねぇ、頭見ませんでした!?
世理
・・・え、へ?
七海
あの、頭、これ、これの頭
世理
ああ・・・それの、ね
七海
見なかった・・・よね
世理
うん、見てない、と思う
七海
ですよね・・・すいません
七海、去ろうとしたところに、平野史恵がやってくる
史恵
あおい?
七海
ふみー!
史恵
なに?その格好
七海
ねぇ、頭見てないよねぇ
史恵
は?
七海
もう、どこいったんだろうな
史恵
なに?なんかなくしたの?
七海
だから、頭、これの
史恵
あた・・・ああ・・・それの
七海
どうしよう・・・あ、じゃ、またね
史恵
あ、うん、じゃぁね
七海、廊下に出る
史恵
(廊下に向かって)あ、あおい!あやみもう・・・!・・・行っちゃったよ
世理
だれだっけ、あの子
史恵
あおい?
世理
バド部の子?
史恵
ううん。あおいは演劇部。あやみとオナチュー。世理姉(せりねえ)しゃべったことない?
世理
うん
史恵
うそ、体育一緒だったでしょ?
世理
え?上の名前は?
史恵
七海。七海あおい
世理
知らない
史恵
体育E組と一緒じゃなかった?
世理
違うよ、わたしバスケだもん
史恵
え?あ、そっか、Eと一緒なのソフトか
世理
(少し笑って)何だったんだろう、あれ
史恵
さぁ、学祭のなんかで使うんじゃない?
世理
Eってステージだっけ
史恵
模擬店だよ
世理
暑そうだね、あれ着て焼きそばとか
史恵
よく分かんないけど
世理
どうしたの?
史恵
ん?
世理
ふみ
史恵
あ、ああ。陵ちゃんどこ行った?
世理
職員室
史恵
職員室?
世理
顧問に謝りにいった
史恵
なんで?
世理
絵が間に合わないから
史恵
なにそれ、学祭の?
世理
学祭もだけど、来週の作品展の
史恵
え、じゃぁ出さないの?
世理
明日朝来てやるんだって
史恵
へー、めんどいね
世理
陵介呼びにきたの?
史恵
うん・・・っていうか、あやみ、もう行っちゃうみたいだでさ。世理姉も
世理
ふーん
史恵
教室、行かない?
一瞬間。世理、スケッチブックを見る。
史恵
なにそれ?
世理、スケッチブックを史恵に渡す
史恵、表紙を見てから、開く
史恵
うわ、これゆっぴーじゃん。うめー(ページをぱらぱらとめくり)え、なにこれ
世理
クラスのみんな
史恵
え?みんな?全員?あっ(再び表紙を見て)3―C、って3―Cね、うちのクラスか
史恵、ページをめくっていく
史恵
へー・・・ははは、へー、やっぱうまいねー、似てるわー。なんかさー、こういうのって潜在意識出るよねー。あいつがみんなのことどう思ってるかみたいな
世理
(微笑んで)そうだね
史恵
えっ!私なにこれ!えっ?(他のページをめくって)なんで私だけ変顔なの?ひどーい!
世理、笑う。史恵、世理にスケッチブックを見せて
史恵
ねー、これひどくなーい?
世理、絵を見て、笑う
史恵
笑ったー!
世理
似てるよ
史恵
えー、うそぉー、こんなんー?わたしー
史恵、ページをめくり、あるページにきたところで、
史恵
あっ
史恵、言葉を飲み込んで、世理の後姿を窺う
世理、振り返らずに、一台のイーゼルに置かれた、
布で覆われたキャンバスを指差す
史恵
え?
史恵、世理の様子をうかがいながら、世理が指差すキャンバスに近づき、
かけてある布をとる
史恵
(絵を見て、スケッチブックと見比べながら)うわっ・・・うわー、ありゃー・・・これ、めちゃくちゃストレートだね、ある意味。すごいわ、これ
世理
あやみだけなんだよね、横顔なの
史恵
え?
世理
あとはみんな正面向いてるのに
史恵
あっ・・・そう、だっけ?
史恵、スケッチブックを開き、ページを何枚かめくる
史恵
・・・ほんとだ
世理
その後ろの青さぁ、背景の
史恵、一瞬混乱してスケッチブックを見てから、
世理の視線を追ってキャンバスを見る
史恵
ああ、うん
世理
空なんだよね、きっと
史恵
ああ・・・空?
世理
教室の窓から見える
史恵
・・・窓・・・?
史恵、窓の外を見る
史恵
・・・あっ・・・席からか、あいつの
世理も窓の外を見る
世理
・・・つまりさ、そういうことなんだよね、多分
間
史恵、しばし、世理を見つめた後、スケッチブックを開き、何枚かめくる。
ふと、手が止まり、世理を見る
史恵
・・・けどさ、世理姉だけだよ、目が、こっち見てるの
世理
え?
史恵
みんな顔は正面むいてるけどさ、視線がちゃんと、まっすぐこっち見てるの、世理姉だけだよ
史恵、スケッチブックを世理に渡す
世理、自分の絵を見た後、他のページも見る
史恵
あぁみえて、ちゃんとあいつなりに見てんだって、人のこと。世理姉のことも
世理、一瞬間をおいて、スケッチブックから目を上げる
世理
え?
史恵
ふんじゃ、ごめんなすって!
世理
え、なにそれ
史恵
早く来ないと、あやみ行っちゃうよ
史恵、走り去る
世理
わけわかんない、ちょっと、ふみ!
世理、スケッチブックを片手に、史恵を見送る
再び、椅子に座って、スケッチブックの、自分が描かれているページを見る
世理
もっと美人に描けよ・・・
世理、先ほどまで陵介が座っていた場所を見つめる
世理
正直だなぁ
世理、窓の外を見上げる
世理
最後なのに
胸にスケッチブックを抱きしめる
世理
始まっちゃうよ
暗転。音楽
ゴローを待ちながら
北棟屋上――前面に柵(がある設定)。上手奥、袖の中に階下への階段(がある設定)
明転
阿部克也、寝ている
ウサギの着ぐるみの頭をかぶった男が登場
ウサギの手には500mlのペットボトルが二本
ウサギ、克也に近づき、一本のペットボトルを克也の額の上に乗せる
一瞬間の後、克也跳ね起きる
克也
冷てっ!・・・んだよ・・・
克也、目の前のウサギに気づいて更に驚く
克也
んぉっ!?
克也、硬直する
ウサギ、克也を指差して笑いだす。笑い止まらない
克也
ワタル?
ウサギ=松本亘理、笑い収まりつつ、頭を外そうとするが、抜けない
だんだんパニックになり、さんざん苦労したあげく、やっとのことで頭を外す
亘理
あー、びっくりした、あっちー、これ
克也
何やってんの?
亘理
カッちゃん、リアクション超うけるよ
克也
は?何?何だよそれ。どうしたんだよ
亘理
拾った
克也
拾った?
亘理
うん
克也
それ?
亘理
うん
克也
どこで
亘理
(ペットボトルの蓋を開けながら)一階のトイレの前
亘理、飲む
克也、それを見ながら、
克也
それ、落ちてたんじゃなくて・・・置いてあったんじゃねーの
亘理
わざわざトイレの前に?
克也
っていうか、着てた奴がトイレ入ったんだろ、多分・・・ってか絶対!
亘理
だってトイレの中誰もいなかったもん
克也
お前女子便も入ったのかよ
亘理
入んないよ。女子はこれかぶんないでしょ
克也
あぁ・・・
一瞬間
克也
えぇー、それ落とすかぁー?
亘理
(屋上の淵から下を見下ろしながら)まだ来ない?
克也
来ねぇよ。全然来ねーよ
亘理
遅いなぁ
克也
お前さぁ、ホントに来んの?
亘理
来るよ!だってちゃんと約束したもん
克也
もう三十分も過ぎてんだぞ!
亘理
おかしいなぁ
克也
っつーかさ、お前もジュース買ってくるだけで遅すぎなんだよ
亘理
しょーがないじゃん、コンビニ混んでんだから。めちゃくちゃ並んだんだからね、レジ
克也
コンビニで十分も二十分も並ぶかよ
亘理
並ぶよ!去年だってそんくらい並んだじゃんか
克也
去年?
亘理
あの、カッちゃんがだっさいTシャツ着てきた時さ
克也
は?
亘理
あの、なんかよく分かんないカピパラみたいなキャラのさ
克也
・・・あ!・・・あ、お前・・・
亘理
俺、ちゃんと知ってんだからね、カッちゃんあの演劇部の女の子と仲良くなろうとして・・・
克也
ばかやろー!てめー、すみれちゃんは・・・
亘理
あ、そうそう!すみれちゃん!
克也
ちげーよ!すみれちゃんは全然カンケーねーよ!
亘理
じゃ、なんであんなダサいTシャツ買ったんだよ
克也
そりゃ・・・気に入ったんだよ
亘理
うそつけ、あれから一回も着てないじゃんか
克也
家で着てんだよ!
亘理
っていうかさぁ、カッちゃんあれお母さんにあげたでしょ
克也、息をのんで絶句する
亘理
俺、見たからね、カッちゃんとこのおばさんがあのTシャツ着てアピタで買い物してんの
克也、恥ずかしい
亘理、座ってギターを抱え、ストラップを肩にかける
亘理
可哀想だよ、おばさん。周りの人みんな笑ってたよ
克也
あんなだせぇの外に着てくと思わねぇだろうが!
亘理、なんとなくギターをかき鳴らす
亘理
まぁ、別に良いんだけどさ。(ギター弾くのをやめて)っていうか何の話してたんだっけ?
克也
あ?(まだ恥ずかしいのを引きずってる)去年がどうの、とか、だろ
亘理
あ、そうそう、コンビニ混んでたでしょ?ってね、思い出した?
克也
あぁ、花火大会だからだろ
亘理
そうそう、今日、花火大会なんだよ
亘理、再びギターを鳴らし、ギターのストロークに合わせて歌い始める
克也、ふてくされた顔で地上を見下ろしている
亘理(歌)
君はバイオレット いつものように
微笑んでおくれ ウォウウォウウォウウォウ
君はバイオレット ぼくの隣で
君はぼくだけのものさ イェイイェイイェイイェー
克也
・・・なんだ、それ
亘理
(ストロークを続けながら)新曲だよ、ゴローが書いた
克也
ゴローが?
亘理
楽譜くれたんだよ、「学園祭でやるなら早く練習始めといた方が良いぜ」(ゴローを真似て独特のジェスチャーをしながら)って
克也
まだあいつを入れるかどうか決まってねぇだろうが。っつーか、なんだその動きは
亘理
(笑いながら)ゴロー、やることない?こうやって(さっきのジェスチャーをもう一度)「なんとかだぜ」(もう一度)みたいな
克也
だせぇ
亘理
(笑って)けどさ、でも、良いだろ、この曲
克也
・・・(不服そうに)まぁ、悪くない
亘理、微笑んで、続ける
亘理(歌)
君はバイオレット ぼくの隣で
花火を見上げた ウォウウォウウォウウォウ
いつもと同じ あの服を着て
手をつないで イェイイェイイェイイェー
克也、歌の途中で徐々に、何かに気付き始め、遂に飛び上がる
克也
花火大会ぃ!?
亘理、驚いてギターやめる
亘理
どうしたの、急に
克也
今日、花火大会かよ!
亘理
そ、そうだよ、さっき、その話してたじゃん
克也
こうしちゃいられん
克也、鞄に荷物をまとめる
亘理、あわててギターを持ったまま立ち上がる
亘理
ちょ、ちょっと、どこ行くの?
克也
競馬場だよ
亘理
え、だって、ゴロー待たないと
克也
どうせ来ねえよ、あんなやつ
亘理
有志の申し込み今日までなんだよ!
克也
そんなん、あとから頼めばなんとかなるって
亘理
なんないよ!だから去年も出られなかったんじゃんか!
克也
ま、後は任せた、じゃな
克也、立ち去る
亘理
(克也が立ち去った方へ)カッちゃん!
間
亘理
あの演劇部の子のこと、みんなに言うからね!
間。克也は帰ってこない
亘理、憤然としてギターをかき鳴らし始める
亘理
(がなるように)克也ー!阿部克也ー!(克也が去って行った方に向かって)3年F組の阿部克也はー!・・・Tシャツー!ださいー!
亘理、一瞬ギターをかき鳴らしながら考えて、閃く
亘理
(童謡『サッちゃん』のメロディに乗せて)カッちゃんはね!・・・(地上に
向かって大声で)3年F組出席番号1番の阿部克也はね!演劇部の女の子が
好きなんだよ、ホントはね!だから、(早口で)話すきっかけ作るためにめ
ちゃくちゃだっさいTシャツ買ってその子とペアルックになろうとしたんだ
よ!恥ずかしいね!・・・・・・カッちゃん!
克也、猛然と走りこんでくる
克也
やめろぉ!!
亘理、克也を振り返って、一瞬睨み、豹変して、いつものように柔和に微笑む
亘理
カッちゃんは戻ってくるって信じてたよ
克也、ぐっとこらえて
克也
あと5分だけだぞ!あと5分して来なかったらまじで帰るからな
亘理
大丈夫だよ、もうすぐ来るって
克也、荷物を放って座り込み、ジュースを飲む
亘理
だしさ、花火ここからめっちゃきれいに見えるんだよ、カッちゃん
克也
お前は何にも分かってない
亘理
え?
克也
あのなぁ、俺は花火が見たいわけじゃないの
亘理
え?だってあんなに行きたがってたじゃん
克也
お前さぁ、高校最後の夏だよ?その最後の夏の最大のイベントだろうが、競馬場の花火大会は
亘理
ああ・・・
克也
その大事な夜になんだってお前なんかとこんなとこでつるんでなきゃなんないんだよ
亘理
そりゃ、すみれちゃんとデートしたいのは分かるけど・・・
克也
だから、それは関係ねぇつってんだろ!
亘理
去年みたいに探して歩き回ってもどうせまた見つかんないと思うよ
克也
うっせーよ!・・・っつーかもう40分もたったぞ!来る気ねぇだろ、あの野郎
亘理
来るよ!約束したんだから
克也
あいつの約束が当てになるかよ。去年の学祭だってよぉ
亘理
しょうがないよ、木村先輩の誘い断れなかったんだから。木村先輩怖かったもん
克也
直前でバンド乗り換えやがって
亘理
じゃぁ、かっちゃんなら断った?
克也
当たり前だろーが、ずっと一緒にやってきたんだから
亘理、訝しげに克也を見る
克也
てめぇ信じてねぇな
亘理
いや、っていうか、俺とゴローとケンジは中学の時からやってたけど、カッちゃんが入ったの一昨年だよね
克也
長さは関係ねぇだろ!
亘理
うん、まぁ、そうだけど
克也
大体、ケンジだってなんだよ、あいつ。なにが「受験優先したい」だよ、塾なんか行きやがって
亘理
みんな大変なんだよ、ケンジ、ドラムセットなかったからスタジオ行かないと練習できなかったし、カッちゃんはボーカルだけだからいいけどさ・・・
克也
あ?
亘理
いや、別にカッちゃんがどうの、とかじゃないんだけど
克也
なんだよ、なんか文句あんなら言えよ
亘理
ないよ、そんなの
克也
ドラムくらい俺にだって叩けるってんだよ
亘理
いや、いいって、だからさ、リズムは俺が打ち込みでなんとか作るから。けど、やっぱ二人より三人いた方が良いでしょ?ギターとボーカルだけじゃ、なんかバンドっていうかデュオだし。ゴロー曲作れるし、ゴローもやりたがってるしさ
克也
ふん、どうせ、彼女にかっこつけたいだけだろ
亘理
彼女?
克也
あいつ、最近彼女できたらしいんだよ
亘理
ホントに?聞いてないけど
克也
あいつ、そういうやつじゃん、前から
亘理
誰?
克也
それがまだわかんねぇんだけどさ
亘理
かっちゃん、それ誰に聞いたの?
克也
あいつだよ、ほら、B組の
亘理
B?
克也
なんて名前だっけ、ほら、あのー、ほら、あの表彰式でさ
亘理
表彰式?・・・あぁ、あれでしょ、あの、校長のヅラが・・・
克也
いや、その時じゃない
亘理
え?じゃぁ・・・
克也
あれだよ、あの、ケンジが・・・
亘理
あ!あの、ケンジが、勢い余って校長のヅラを・・・
克也
だから違うって
亘理
あ、あれか!理科室の人体模型に校長のヅラが・・・
克也
何の話だよそれ!
亘理
ヅラがついにひとりでに・・・
克也
ヅラから離れろ!
亘理
えー?それじゃないの?
克也
ちげーよ、一年の時だよ
亘理
一年?
克也
ケンジとか、加藤とか、なんかの英語のスピーチで賞取ったとかで10人ぐらい表彰された時あったろ
亘理
あー!あのミー・トゥーの?
克也
そう、それだ!
亘理
校長がね
克也
英語読めねぇのに英語の表彰状なんか読もうとするから
亘理
めちゃくちゃ片言だったもんね
克也
で、めんどくさくなって三人めくらいから
克也・亘理
「以下同文」
克也
って、そこだけ日本語で
亘理
そう、で、ひらめいたんだろうね、これ「ユー・トゥー」でいけるんじゃないの?って。それは良かったんだけど
克也
でも、何を思ったか、校長、最後、ケンジの時になって
亘理
そっちの方が聞き覚えがあったんだろうね
克也・亘理
「ミー・トゥー」
二人、爆笑して転げまわる
克也
腹いてぇ
亘理
あんたじゃないよ、って
二人、しばし、笑って。にわかに落ち着き、
仰向けに寝転がり、同時に息をつく。一息間
克也
(打って変わってテンション低く)何の話してたんだっけか
亘理
(同上)なんだっけ
間
克也、起き上がる。ウサギの頭を見る
克也
お前さぁ、これどうすんの?
亘理も起き上がる
亘理
んー・・・別になんか理由があって持ってきたわけじゃないんだけど。面白いかなぁって
亘理、ウサギの頭を持って
亘理
あ、俺、これかぶって学祭出ようかな
克也
は?
亘理
なんか、ロックじゃない?ギターがウサギって
亘理、ウサギの頭をかぶって、ギターをのりのりで弾き始める
呆れて見ている克也、ふと、地上を見下ろす
克也
あ!
亘理、ギターやめる
克也
来た
亘理
○△□?(着ぐるみで声がこもって聞き取れない)
克也
は?
亘理
(「ゴロー?」)(声が聞こえないので、先ほどの独特のジェスチャーで表す)
克也
そうだよ、ゴローだろ、あれ(地上に)おーい!
亘理
(地上に手を振る)
克也
あれ?
二人、固まる
克也
あれ・・・違うな
二人、ばつが悪そうになんとなく地上に頭を下げる
克也
違うじゃねぇか
亘理
(克也を指差して非難するジェスチャー)
克也
なんだよ、しゃべれよ!
克也、舌打ちして前を向く
後ろで亘理、頭を外そうとするが、なかなか抜けない
次第にパニックになって助けを求めるが、克也は見ていない
亘理、とうとう克也にウサギの頭で頭突き
克也
なんだよ、いってぇな!
亘理
(助けを求めるジェスチャー)
克也
は?
克也、なんとなく状況に気付き抜こうとするが、二人でもなかなか抜けない
さんざん苦労してやっと抜ける
二人、ひっくり返る
亘理
あー!これあぶねー!
克也
なにやってんだよ
亘理
やっぱロックだよ、これ。視野狭いし。カッちゃんもかぶる?
克也
あほか
亘理、笑ってウサギの頭を横に置いて座る
亘理
(下を見下ろして)あ、トーチやってる
克也
おい
亘理
ん?
克也
もう5分たったぞ
亘理
あぁ・・・
克也
俺は帰るからな
克也、立ち上がる
亘理
かっちゃん
克也
もう止めても無駄だ
亘理
競馬場行ってもあの演劇部の子、いないと思うよ
克也
なんだよそれ
亘理
だって、さっきまだ学校にいたもん
克也
なに?
亘理
コンビニ行った時見たよ。部室で練習してんじゃない?
克也
まじかよ
克也、屋上から身を乗り出して地上の部室を見る
亘理、それを見て、
亘理
カッちゃんさぁ、なんであの子好きなの?
克也
てめぇ、すみれちゃんのこと馬鹿にしたらぶっとばすぞ
亘理
いや、いや、違うよ。だってさ、全然カッちゃんの今までのタイプと違うじゃない、あの子。なんか天然っぽいし
克也
・・・
亘理
だいたい、どこで知り合ったの?クラス一緒になったことないよね?
克也、なにかをぼそぼそと言う
亘理
え・・・え?
克也、再び言うが聞こえない
亘理
カッちゃん、全然聞こえない
克也
去年の学祭の時だよ
亘理
学祭?
間
亘理
カッちゃん話が核心に迫るとすぐ無口になる
克也
うっせぇなぁ、ぶっとばすぞ
亘理
学祭って、いつ?
克也
体育館で有志やってた時だよ
亘理
有志?あの、俺たちが裏で照明の操作やらされてた時?
克也
伊藤先輩のバンド終わってから、撤収手伝ったろ
亘理
(笑いながら)ああ、あの時、カッちゃん派手にこけたよね
克也、亘理を睨む
亘理
いや、俺は笑ってないよ、ケンジとゴローは爆笑だったけど。しょうがないよ、暗かったし
克也
・・・あん時、ひざすりむいてさ。痛がってたら、すみれちゃんが来てさ
亘理
ほう
克也
次が演劇部で、準備してたんだけど、寄ってきてさ、絆創膏くれたんだよ
亘理
へぇー
克也
それがこれだよ
克也、ポケットから絆創膏の箱を取り出す
亘理
とってあんの!?
克也
だいぶぼろぼろになっちまったけどさ
亘理
ってか、持ち歩いてんの!?
亘理、絆創膏の箱を受け取って眺める
克也
頑張ってくださいね、って、言ってくれたんだよな、すみれちゃん
亘理
・・・へぇー・・・
克也
ちゃんとお礼言わなかったからさ、いつかちゃんと言わなきゃいけねえんだよ
亘理
ふーん
克也
なんだよ
亘理
じゃぁさ、カッちゃん、やっぱ今年の学祭は頑張んないとね
克也
・・・
亘理
いいとこ見せなきゃ
克也
・・・おう
亘理、背中を向け座り、ウサギの頭に何かをし始める
亘理
(何かしながら)ねぇ、カッちゃん
克也
ん?
亘理
カッちゃん、大学どこだっけ
克也
一応公立はサンダイだけど、無理だろうから多分、高城だろうな
亘理
ふーん
克也
お前は
亘理
んー・・・俺は大学行かないんだよね
克也
どうすんの
亘理
専門。東京の音楽形の
克也
ふーん
亘理
けどさ、迷ってんだよね。就職かも
克也
就職?
亘理
うん
克也
バンドやんねぇの?
亘理
うんー・・・
克也
プロ目指すって言ってたじゃんか
亘理
(少し笑って)そうだね
克也
あきらめんのかよ
亘理
いや、あきらめるとかじゃないけど
間
亘理
自分の気持ちが良く分かんなくなってさ。本当に俺、音楽好きなのか、とか
克也
なんだよ、それ
亘理
いや、好きなんだけどさ。すごい楽しいし、バンドも。なんだけど・・・
間
亘理、手を止めて、空を仰ぐ
亘理
俺、カッちゃんとか、みんなと、学校でやるのが楽しかったのかもな、とかさ
間
克也
ワタル・・・
亘理、振り向いて、ニッと笑う
亘理
ねえ、どうよ、これ
亘理、体を動かすと、そこには頬に絆創膏でばってんが貼られたウサギの頭
克也
は?
亘理
ロックじゃない?ウサギヤクザ
克也
あほか
一瞬間
克也
っていうか、それすみれちゃんにもらったやつだろ!
亘理
あ、うん
克也
てめぇ、ぶっとばすぞ!
克也、亘理から絆創膏の箱を奪い、ウサギに貼ってあるのも剥がそうとする
克也
剥がれねぇじゃねぇかよ!
亘理
(やや引きつつ)えー?そんな大切に?
克也、地上下手側を見て何かに気付く
克也
おっ!
亘理、淵に来て、克也の視線を追う
亘理
え、ゴロー(先ほどのジェスチャーをしながら)来た?
克也
いや、あいつ(指差す)
亘理
え?
克也
B組の。ゴローに彼女がいるって俺に教えたやつ
亘理
あー、あいつね
克也
なんて名前だっけか
亘理
・・・えーっと・・・
地上の「あいつ」、二人に気付き、あいさつをする
克也
お、おう!
二人、手をあげてぎこちなく挨拶をする。けど、全然思いだせない
亘理
なんだっけなぁ
克也
なんか長ったらしい変な名前なんだよな
亘理
あいつも演劇部だったよね
克也
おう
亘理
カッちゃん仲良かったっけ
克也
いや、この前初めて喋った
亘理
なんで?
克也
加藤に紹介してもらって
亘理
え?なんで?
克也
・・・
亘理
え?なんで紹介してもらったの?
克也
・・・なんとなくだよ
亘理
え、なに?なんかすごい怪しいんだけど
克也
怪しくねぇよ
亘理
え、怪しいよ、絶対。え?この前って、この前の終業式の時だよね
克也
そうだよ
亘理
なんか、体育館で
克也
・・・
亘理
なんか、写メがどうのうこうのとか言ってなかった?
克也
・・・
亘理
(嬉しそうに)あ、黙った、核心に近づいて来たっぽい。ちょっと聞いてこよ
亘理、行こうとする
克也
やめろ!
亘理、止まる
克也、苦渋の表情で携帯電話を取り出して、亘理に突き出す
亘理、不思議そうにそれを受け取って、携帯の画面を見る
亘理
・・・!えぇー?・・・かっちゃん、すみれちゃんの写真もらってんの?
克也、ひどく赤面し、俯く
亘理
・・・しかも、尋常じゃない枚数じゃん!
克也、ますます落ち込む
亘理
好きなんだねぇ
克也、耐えきれなくなって立ち上がり、立ち去ろうとする
亘理
あれ?
克也、立ち止まる。亘理、満面の笑顔で克也を見る
亘理
カッちゃん、なにぃ、もうそういうことになってんじゃん
克也
は?
亘理
これ、すみれちゃんと並んで写ってんの、カッちゃんでしょ?
克也、携帯の画面を覗きこむ
亘理
Tシャツペアルックになんかしちゃって
克也
・・・誰だよ、こいつ!
亘理
え?こんなダサいくらげTシャツ持ってんのカッちゃん以外にいない・・・
克也
撮ってねぇよ、俺は、こんな写真
亘理
あ、じゃぁ、これカッちゃんのお母さん?
克也
男だろうが、どう見ても!
亘理
えぇー?他に誰が着るの、このTシャツ
二人、じっと見る
亘理
画質が粗いなぁ
克也
おい
亘理
ん?
克也
こいつのポーズどっかで見たことないか?
亘理
え?
二人、写メに写る男のポーズを真似して、しばし考える
二人、気付いて愕然とする
克也
ゴローじゃねぇか!
亘理
えぇぇー!
克也
これ、ゴローじゃねぇか!
亘理
うそぉ
克也
他の写真も見せろ
二人、再び携帯の画面を覗きこむ
亘理
あ、こいつベース持ってる!
克也
ゴローじゃねぇか!
亘理
え、え、じゃ、じゃぁ、最近ゴローにできた彼女って
間
克也
すみれちゃんじゃねぇか!
亘理
えぇー!うそだろー!ありえないでしょー!
克也、はっとする
克也
ワタル!
亘理
え?
克也
さっきの歌,、歌ってみろ
亘理
さっきの?
克也
ゴローが作ったってやつ
亘理、いぶかしげにギターを持ち、歌う
亘理(歌)
君はバイオレット ぼくの隣で
微笑んでおくれ ウォウウォウウォウウォウ
克也
バイオレットって・・・すみれじゃねぇか!
亘理
えぇー!じゃ、この子の彼氏は
克也
ゴローじゃねぇか!
亘理
えぇー!そんな、まさか・・・
克也
あ!
亘理
なに?
克也
続けろ
亘理
え?
克也
歌、続き!
亘理、しぶしぶ、ギターを持ち、歌う
亘理(歌)
君はバイオレット ぼくの隣で
花火を見上げた ウォウウォウウォウウォウ
克也
花火って・・・去年の花火大会じゃねぇか!
亘理
えぇー!
克也
去年から知り合ってんじゃねぇか!
亘理
マジかよ
亘理(歌)
いつもと同じ あの服を着て
手をつないで イェイイェイイェイイェー
克也
っていうか、もう去年手つないでんじゃねぇか!
亘理
あ、じゃぁ、いつもと同じ服って・・・
克也
あのTシャツじゃねぇか!
亘理
うそぉ!?
克也
あの野郎、ぬけぬけと、よくも俺にこんな歌歌わせようとしやがったな
亘理
いや、でもさ、ゴローは知らなかったしさ、カッちゃんが・・・
克也、立ち去ろうとする
亘理、駆け寄って引きとめる
亘理
カッちゃん、ちょっと待ってよ
克也
もう良い
亘理
なにが良いの?
克也
俺はゴローとは組まない
亘理
でもさ
克也
やりたきゃお前と二人でやれ。俺は降りる
亘理
えぇ?
克也
・・・どうせ俺なんかいなくてもやれんだろ
亘理
そんなこと・・・
克也
どうせ俺は楽器弾けねぇんだしよ
亘理
いや、カッちゃんは・・・
克也
ボーカルなのに音痴だしよ
亘理
まぁ、そうだけど・・・
克也
そもそもバンドなんて別にやりたかなかったんだよ
亘理
・・・
克也
モテたかっただけでよ、音楽なんか興味ねぇんだよ
亘理
・・・
克也
受験なのにバンドなんて暇なことやってられっかよ
亘理
・・・
克也
勝手にしろ
克也、いこうとする
亘理
フザケタこと抜かしてんじゃねぇぞこのバカたれがぁぁ!
克也、びっくりして振り返る
亘理、克也ににじり寄る
亘理
んぁ?バンドやりたくなかっただと?んぁ?受験なのにやってられっかだと?
克也
わ、ワタル?
亘理
フザけんなぁ!
克也
ど、どうした急に・・・
亘理
座れぇ!
克也
は、は?
亘理
ここに座れぇ!
克也
は、はい
克也、亘理の前に正座する
亘理
おい、てめぇ言ったよなぁ、バンド入る時「ロックで天下取る」っつって、「全国制覇」だって。言ったよなぁ!
克也
・・・はい
亘理
あれは口からでまかせかぁ!
亘理、叫びながらウサギの頭を地面から持ち上げて克也に被せる
克也、驚き、立ち上がって取ろうとする
亘理
座れぇ!
克也、固まる
亘理
座れっつてんだろぉがぁ!
克也、再び正座する
亘理
俺はなぁ、知ってんだぞ!カッちゃんが一人で駅前のカラオケ行ってずっと練習してたこと、知ってんだぞ!
克也
・・・
亘理
カッちゃんが一昨年の学祭のあとアンケートで「音痴だ」とか「もうやめてくれ」とか「てめぇジャイアンか」とかぼろくそに書かれて、そのアンケート握りしめて、部室で泣いてたこと、俺は知ってんだぞ!(半泣き)
克也、うつむく
亘理
カッちゃん音楽大好きだろぉが!嘘つくなよ!下手でもカッちゃんが楽しそうに歌ってる後ろで弾くの楽しいんだよ!だからずっと一緒にやってきたんだろぉがよ!みんなでやるのが楽しいから・・・
間
亘理、力が抜ける
亘理
もう良いよ。カッちゃんがやんねぇなら、俺もやめるよ
亘理、舞台全面、屋上の際に立つ
しばし、二人無言
うつむいていた克也、何かを決意して顔を上げる
ウサギの頭を外そうとするが、抜けない
諦めて、立ち上がり、亘理のそばに近寄り、肩を叩く
亘理、振り返る
克也、何かのジェスチャー
亘理
え?・・・
克也、再び同じジェスチャー
亘理
(克也のジェスチャーに合わせて)「俺」・・・「頑張る」・・・?
克也、頷く
亘理
カッちゃん・・・
克也、別のジェスチャー
亘理
(ジェスチャーに合わせて)「お前と」・・・「ゴローと」・・・「頑張る」・・・
克也、頷く
亘理
・・・カッちゃん!
亘理、克也に抱きつくが、ウサギの頭が邪魔でぎこちない
亘理
よぉし、絶対盛り上げてやろうね!ゴロー早く来ないかなぁ
亘理、地上を見下ろし、ふと、何かに気付き、固まる
亘理
あ
克也、亘理を見る
亘理
あぁー・・・
克也、亘理の視線を追おうとするが、よく見えない
克也、亘理を叩いて、ジェスチャーで「ゴロー?」と聞く
亘理
いや、あれさ(と指差す)・・・ウサギ
克也、亘理の指差す先に目を凝らす
亘理
あ、やばい、カッちゃん、こっち見られた
克也、ようやく気付いて、驚く
亘理
カッちゃん、外せよ、それ
克也、慌てて外そうとするが、抜けない
亘理
カッちゃんなんで被ってんだよ、そんなの
克也
(克也を指差して非難するジェスチャー)
亘理
うわっ、来る!カッちゃん、逃げろ!
亘理、逃げる
克也、後を追って逃げる
亘理、戻ってきてギターを持つ。ふと袖の方を見て、
亘理
カッちゃん、そこ階段!カッちゃん!うぁっ、大丈夫!?カッちゃん!
亘理、走り去る
暗転。音楽
約束
南棟5F教室―部屋の構造は美術室と同じ。奥には棚がある代わりに、廊下との間を隔てる窓のある壁。机、椅子が不規則に並んでいる。
舞台中央、亜和美は椅子に、山内絢音は机の上に、
平野史恵は床に、それぞれ座っている
三人のばか笑いが聞こえながら、明転
絢音
でさ、代わりにふみがそれに出たんだけど
亜和美
え、ちょっと待って、ちょっと待って、それって何?
絢音
えー?あやみ話聞いてた?
亜和美
ごめん、ふみの顔が面白すぎて
史恵
はぁ?
亜和美
ちょっと、ちょっと、もう一回やって、今の
史恵
やんないって
亜和美
もう一回、もう一回、ねぇ、良いじゃん、最後なんだしさぁ
史恵
あやみ、最後だからって何でも許されるって思ってるでしょ
亜和美
思ってないってぇ、ねぇ、もう一回やって
絢音
ふみえ、やんなさいよ、あやみの最後の頼みでしょ?
史恵
何、そのキャラ。お母さん?もぉ・・・これが最後だからね
史恵、しぶしぶ二人の方を振り返り変顔をする(客には見えない)
絢音、それに携帯電話をこっそりと向ける
「カシャーッ」音
亜和美、絢音、徐々に爆笑
史恵
笑いすぎじゃない?
亜和美
ふみ、天才!
史恵
っていうか、今、カシャーいったけど
絢音
え、なにが?
史恵
いやいや、無理だから、ばっくれれないから
絢音
え、マジで意味分かんないんだけど
亜和美
マジ、何言ってんの?
史恵
いや、撮ったでしょ、って。明らかに今、携帯で撮ったでしょ、って
亜和美
もう、分かった分かった、良いから、別のバージョンやって良いから
史恵
はぁ?
絢音
ほら、見ててあげるから
亜和美
早く、やんなって、あの、ほら、鯉が水面の餌食べるときの顔
史恵
やんないよ、あれ、もう二度とやんない
絢音
(真顔で)え、マジで意味分かんないんだけど
亜和美
ほら、ねっちがテンション下がっちゃうから
史恵
ねぇ、ずるい、それぇ。それやだぁ、ねっち怖いもーん
絢音
冷めるわ―、そういうの
亜和美
ほら、早く、ねっち帰っちゃうから
史恵
も・・・じゃ、一瞬ね
亜和美
では・・・どうぞ!
史恵、二人の方を振り返り向けて「鯉が水面の餌食べるときの顔」をする
亜和美、絢音、携帯電話を構える
一瞬おいて、「カシャーッ」音、続いて「バキューン」音
史恵
いや、二人とも撮ったでしょぉ!
亜和美と絢音、爆笑
史恵
っていうか、しかも、あやみの写メの音「バキューン」って、それ?あえて、それ?もっと色々あったでしょ、カシャーとかチロリロリン、とか
絢音
ねぇ、これ最高
絢音、亜和美に携帯電話の画面を見せる
亜和美
あー、これ欲しいぃー
史恵
ちょっと、見せなさい!
絢音
後で送るね
亜和美
送って送ってぇ
史恵
絶対消してよ、それ
絢音
現像しそうな勢い
史恵
許さないからね!
亜和美
あ、ごめん、で、なんだっけ、ふみが代わりに?
絢音
え?あ、そうそう、だからぁ、ふみが出たじゃん、前夜祭に
亜和美
え、それ一年の時?
絢音
そう
亜和美
え、二年じゃなくて?
絢音
二年はだってウェディングドレス着た時でしょ?
亜和美
あぁ、着たねぇ、ふみ、そういえば
絢音
最初で最後のね
史恵
最後じゃないから!少なくともあと一回は着るから!
亜和美
いや、一回で良いから
絢音
それじゃなくてぇ、一年の時に伝言ゲームみたいなのあったじゃん、絵描くやつ
亜和美
あぁ、あったあった!あのさ、ダイちゃんが間に合わなくてさ
絢音
そうそう!で、代わりにふみが出るってなったじゃん、クラス代表で
携帯電話の着信音が鳴る
三人、一瞬それぞれに自分の携帯を探すが、絢音と史恵はすぐにやめる
亜和美がポケットから取り出して、電話に出る
亜和美
もしもし?・・・うん・・・良いよ、全然、ごゆっくり・・・うん・・・うん、分かった、待ってる・・・はーい
亜和美、電話を切る
史恵
お父さん?
亜和美
うん
絢音
まだ良いって?
亜和美
うん。なんかPTAとかやってたからさぁ、引き継ぎとか挨拶とか色々めんどいみたい
史恵
大変だねぇ、出発の日まで
亜和美
好きだからね、彼はそういうの
絢音
何時に出発だっけ
亜和美
9時半。に離陸
史恵
空港までどれくらいかかるの?
亜和美
どうなんだろ、一時間くらいかな、分かんないけど
史恵
じゃ、結構ギリだね、手続きとかあるんでしょ?
亜和美
だろうね。よく分かんないけど
絢音
はぁー!やだなぁ、あやみいないの
亜和美、微笑む
絢音
せめて学祭までいれたら良かったのにねー
亜和美
ねー
史恵
ねぇ、なんでダメなの?あと一カ月ちょっとじゃん
亜和美
んー、もうさ、お父さんの仕事決まっちゃってるんだよね。だし、お母さんもなるだけ早く向こうの生活に慣れた方が良いし
絢音
そうだよね
史恵
でもさぁ、最後なんだよ、学祭
亜和美
まぁねぇ、しょうがないっす
絢音
今日あやみが学校来るって分かってたらバド部に声かけたのにな
亜和美
良いよぉ、もうお別れ会やってもらったし
史恵
あ、そういえばお別れ会どうだった?
絢音
は?ふみ来たじゃん
史恵
違う、バド部の方じゃなくて、クラスの
絢音
あぁ
史恵
一杯来た?
絢音
結構来たよ。三十人くらい
史恵
へぇー、さすが人気者
亜和美
いやいや、おかげさまで(と、頭をかく)
絢音
あ、出た、あやみの古い照れ方
亜和美
(頭をかきながら)いやぁ、すいません、どうもー
史恵
すごいよね、みんな模試前だったのに
亜和美
っていうか、まー、わたしのお別れ会っていうか、ほとんどただの飲み会だから
史恵
(腕を組んで)いやぁ、人望だと思うよ、わたしは
絢音
誰?それ
史恵
誰ってなに
亜和美
ふみさぁ、真面目なこと言おうとするとちょくちょくおっさんみたいになるよね
史恵
はぁ?
絢音
あー、分かるー、それ、わたしも思った
史恵
なに、おっさんって、失礼な
亜和美
でさ、ねぇ、ちょっと前から思ってたことあるんだけど、言って良い?言って良い?
史恵
なに
亜和美
そういうおっさんみたいになってる時のふみさ、ちょっと・・・高畠くんに似てるんだよね
史恵
ちょっとやめてよ!
絢音
え、誰?それ
亜和美
あの、生徒会長の
絢音
あー!あのカーディガンズボンにインしてる人?
亜和美
そうそう!
絢音
あー!そうかもぉ!
亜和美
ねぇ、似てるよね
絢音
っていうか、ちょっとどころじゃなくない?
史恵
似てないしぃ
亜和美
あれ、あの時に気付いたの、生徒会、あー、じゃなくて、あのー、学祭の実行委員やったじゃん、ふみが、二年の時
絢音
あー、プリンスと知り合うためにね
史恵
だから違うって
亜和美
あープリンスねー、あったねぇ、そんな時代
絢音
ふみの第三次青春ね
亜和美
え、第三次?第二次誰だっけ?
史恵
ちょっと、人の恋を世界大戦みたいに言わないでくれる?
亜和美
え?だって、第一次が西岡君でしょ?ケンさん、プリンスの後でしょ?
絢音
えぇ?ちょっとあやみさん、史恵史の勉強足りないんじゃない
亜和美
えぇ?うそぉ
史恵
なに、史恵史って
絢音
センター必須だよ、日本史か史恵史
亜和美
え、史恵史で受験できるの?
絢音
国公立はね
亜和美
え、しかも国公立受けれるの!
絢音と亜和美、二人で大笑い
史恵
ていうかさぁ、あやみ今日で最後なのにこんなくだらない会話でいいわけ?
亜和美
くだらなくないし!めちゃくちゃ大事じゃん、史恵史
絢音
あ、やみちゃん気に入ったね?
亜和美
あ、ばれた?
史恵
人の名前で遊ばないでよ
亜和美
え、でもホント気になる、西岡君の次誰?
絢音
あれだよ、あいつ、あのさぁ、英語科の
亜和美
英語科?・・・あー!柴田くん!
史恵
口にしないで、もう名前も聞きたくない
亜和美
あー、あったねぇ、そんなの
絢音
ふみの第二次青春
史恵
あんなの青春じゃないし
亜和美
あいつ最低だったよねぇ
絢音
ここ、絶対テスト出るからねー
亜和美
分かりましたー(メモするふり)
絢音
史恵の恋愛観変わった歴史的転換点だから
史恵
ホントだよ
亜和美
大変だったもんねぇ
絢音
で、プリンスが第三次で、ケンさんが第四次で、で、現在の第五次に至ると
一瞬間
亜和美
え?第五次って何?
史恵
ちょっとねっち!
絢音
え?あ、ごめん!
亜和美
え、なになに、ちょっと、ふみ、わたし聞いてないんだけど
絢音
ごめん、知ってると思ってた
亜和美
えー?なにそれー、わたし仲間はずれー?
史恵
違う、まだ、なに、分かんないから
亜和美
え、なに?誰のこと?
絢音
あのね、(史恵に)言っても良い?
史恵
別に良いけど
絢音
あのね、サッカー部の小林くん
亜和美
小林くん?
絢音
あの、背高いさ、球技大会でバスケ出てた
亜和美
へー、背高いんだ
絢音
分かんない?あの、ほら、スリーめっちゃ決めてたさぁ
亜和美
わたしあんま男バス見てなかったんだよね
史恵
いいよ、まだ、ちょっと気になる程度だから
亜和美
もうメアドとか聞いたの?
史恵
全然
絢音
この学祭勝負なの、ね!
亜和美
えー、ふみファイト!
史恵
もういいから、そんなの
絢音
今日もね、ゆっぴーがサッカー部とマネージャーで花火大会行くから一緒に来る?って誘ってくれたんだけど
史恵
なんか、嫌じゃんね、そこに割り込むの
亜和美
うーん、そだね
絢音
リハもあったし、じゃ、ま、女二人で淋しく行くかって
亜和美
もう始まるんじゃないの?
絢音
うん、まだもうちょっとだと思う
史恵
実際ここからでも見れるんだよね、花火は
亜和美
そうなんだ
史恵
一年の時教室から見たよね
絢音
見た見た、みんなでね
史恵
あやみいなかったっけ?
亜和美
わたしさぁ、競馬場の花火、見たことないんだよね
絢音
えぇ?
史恵
(史恵と同時に)え、うそ!
亜和美
中三の夏にこっち引っ越してきたじゃん。で、その年は塾の合宿行ってたでしょ?で、一昨年はたまたまその時おばあちゃんとこ帰ってて、去年は、ほら、お母さんが入院して大変だったからさ、行けなくて
絢音
そうなんだぁ
亜和美
結構大きいの?
史恵
まぁまぁだよね?
絢音
んー、そうだね
亜和美
そっかぁ・・・見てみたかったなぁ、行ってみたかったなぁ、花火大会
絢音
・・・そうだねぇ
史恵
そういえばさぁ、この前なんか陵ちゃんと約束したって言ってなかった?
絢音
陵介くん?
亜和美
あぁ、うん、なんかね、見たことないっていったら、穴場があるから連れてってくれるって、言ってたんだけど
絢音
えー!それデートじゃん!
亜和美
違うよ!友達と行くから混ぜてくれるっていう。行くならねっちたちも誘ったよ
絢音
へぇぇ、でも、なんか良いねぇ、それ
亜和美
でも、急に引っ越すってことになっちゃったから。楽しみにしてたんだけど
史恵
そだねぇ
亜和美
まぁ、忘れちゃってるだろうね、陵くん、あんな感じだし
絢音
マイペースだからね
史恵
ちょっと抜けてる所あるしね
亜和美
忘れちゃってるだろうな、もう一個の方も・・・
絢音
え?
亜和美
ううん、何でもない
史恵
え?なに、なんか言ったよね?
亜和美
え?なんかって?
史恵
もぉー、あやみ、自分の話は全然しないよね
亜和美
してるじゃぁん!
史恵
(腕を組んで)そういうとこ良くないと思うよ、わたしは
絢音
(史恵を指差して)あ、ねぇ
亜和美
あ、ひょっとして・・・(史恵にマイクを向ける振りして)高畠君じゃないですか?
史恵
違うしぃ!
絢音
あ、そういえばさ、なんか話途中じゃなかった?
亜和美
そうだっけ
絢音
二年の学祭の実行委員が
亜和美
あー、そうだったね!
史恵
っていうか、その前になんか伝言ゲームの話してなかった
絢音
あー、そんなこともあったね
史恵
もぉー、話全然進んでないじゃん
亜和美
けどまぁ、進まなくってもいいか、って話だよね
絢音
そうだよね
史恵
そうだよ、もっとさぁ、もうお別れなんだから、それっぽい話しようよ。これじゃいつもと変わんないじゃん
絢音
なに?それっぽい話って
史恵
なんか、なに?もっと、思い出的な?
亜和美
じゃぁ、史恵さん、どうぞ!
史恵
何それ
絢音
じゃぁ、史恵さんと、あやみさんの出会いについて
亜和美
史恵史の1ページを
絢音
だから、気に入りすぎだから
亜和美
(笑いながら)あ、ごめん、しつこい?
史恵
わたしは、部登録の時だよね
絢音
え?
史恵
バド部の部登録ミーティングの日
亜和美
あー、わたし覚えてるよ、名簿に名前書くんだけど、わたし、ペン持ってなくてさ、どうしようってなってたら隣のふみがさ、さっ、て渡してくれたの、さっ、て。こっち見ずに
絢音
見ずに?
亜和美
そう、ノールックで。それ見てわたしかっこいぃー!って思ってさ
絢音
え、なんで?なんでノールック?
史恵
知らないよ
亜和美
でもね、でもね、その貸してくれたペンが、ポケモンだったのね
絢音
ポケモン!?
史恵
違う、弟にもらったの!
亜和美
わたしすごい人見知りじゃんね。回り知らない子ばっかだしすごい緊張してたんだけど、でも、ポケモンでしょ?もう、我慢できなくなって聞いたの、「ポケモン好きなんですか?」って
史恵
びっくりしてさ、まさかそのペン渡したと思わなかったから
亜和美
ノールックだったからね
絢音
恥ずかしいー!
亜和美
そしたらふみ、顔真っ赤にして、なんかしどろもどろでさ
史恵
人見知りだからね、わたしも
絢音
なんでやねん
史恵
いや、つっこむとこじゃないから、ボケてないから
絢音
あ、そうなの?
史恵
え、本気?
亜和美
でね、でね、それ見たらなんかわたし気、楽になってさ
絢音
へぇー
亜和美
それが、出会い、
史恵
そうだね
絢音
へぇー
史恵
っていうか、あやみが喋ってんじゃん
亜和美
あ、ごめん
絢音
もぉー、それあやみ史じゃん
亜和美
えー、あやみ史でセンター受けれる?
絢音
二次でね
亜和美
え、なんで、なんか史恵史より格下なの?
史恵
ねぇ、ねっちは?
絢音
え?
史恵
ねっちは初対面いつ?
絢音
あやみと?
史恵
そう
亜和美
え、いつだっけ?
絢音
え、ちょっとひどい!
亜和美
えー、ごめん、ほんと忘れたかも
絢音
運命的な出会いをしたでしょ?あの桜の木の下で
亜和美
えーっと、あ、そうそう!思い出した
絢音
ちょっとぉ、わたしとの出会い、あやみ史の中で歴史的な1ページでしょ!
亜和美
っていうか、ねっちも気に入ってんじゃん!
絢音
あ、ばれた?
盛り上がってる所で電話が鳴る
亜和美、出る
亜和美
もしもし?・・・うん、うん、分かった・・・うん・・・はいはーい
亜和美、電話を切る
絢音
もう行くって?
亜和美
うん、お母さん拾って来るから、駐車場で待ってろって
絢音
そっか
史恵
じゃぁ、わたし呼んでくるね、世理姉とか。美術室だよね
絢音
だと思うけど、まだいるかな
史恵
出てったの結構前だけどね
絢音
陵くんと喋ってんじゃない
史恵
じゃ、ちょっくら行ってくるわ
亜和美
ありがとう
史恵、去る
残された二人、一瞬間の後、小さく息をつく
絢音
良い学校だと良いね
亜和美
そう、なんかわたしこのノリでいったら浮きそうで怖い
絢音
どうする、めちゃくちゃみんなガリ勉でテンション低かったら
亜和美
えぇ、やだぁ
絢音
みんな休み時間も赤本とかやってる感じで
亜和美
えぇー無理ぃ、それ!わたし生きてけない!
絢音
みんな高畠くんみたいなの
亜和美
えー、カーデインで?
絢音
っていうかカーデインが校則なの
亜和美
えー、それシュールすぎて、逆に面白いかもぉ!
二人、笑う
亜和美
なんか、あっという間だったなぁ、二年半
絢音
そうだねぇ
亜和美
一番長かったんだけどね、住んでたのは
絢音
そうなんだ
亜和美
引っ越しばっかだったからさぁ、お父さんの転勤で。大体1年とか2年とか。中学の時から三年っていうのは最長
絢音
そぉなんだぁ
亜和美
でも、一番あっという間だったなぁ
間
絢音
また、電話とかしようね
亜和美
うん、絶対ね
絢音
別に、引っ越してもさ、今と変わんない感じでいれたらいいね、普通にさ
亜和美
・・・そうだね
絢音
大学行って、大人になっても、友達でいようね
亜和美
・・・
絢音
今と一緒で
亜和美
・・・うん・・・今と、一緒でね
間
亜和美、表情を曇らせて、少し俯く
絢音
・・・あやみ?・・・大丈夫?
間
亜和美、顔を上げて、笑顔を作る
亜和美
うん、大丈夫だよ
間
絢音はじっと亜和美を見つめている
亜和美、目をそらす
亜和美
あのさ、ねっち
絢音
うん
亜和美
わたしさ、転校たくさんしてさ、色んな学校行ったじゃんね
絢音
うん
亜和美
割とラッキーで、いじめられたりとかなくて、友達とかも結構できたんだけどさ
絢音
うん
亜和美
で、また引っ越すときには、手紙書くね、とか、電話しようね、とかお互い言い合って、実際、最初はちょくちょくしたりするんだけど、でも、だんだん、1ヶ月とか、2ヶ月とか、半年とかたったら、だんだん、そんなのもなくなってくじゃんね、自然と
絢音
うん
亜和美
話すこともなくなってさ、お互いの学校の話とかしてても、話合わなかったりして
絢音
うん
亜和美
やっぱさ、毎日顔合わせて、一緒にいるって、すごいことなんだよね、考えてみたら。話してることなんて大したことじゃなくてさ、くだらないことばっかなんだけど、そうやって、毎日一緒にいるから、友達でいれるっていうか
絢音
・・・
亜和美
・・・そんでさ、その、この前、小学校一緒だった友達、たまたま街で見たんだけど、気付かなかったりしてさ。すれ違って少ししてから、あれ、あの子誰だっけ、なんか知ってるけど、みたいな
絢音
・・・
亜和美
何年かしたら、わたしたちもそんなくらいになってんのかなって。・・・きっとそうだろうなって。・・・だから、ずっと、友達でいようなんて約束、信じらんないっていうか・・・
長い沈黙
絢音
うーん・・・
亜和美
ごめん、なんか、ごめんね。変なこと言って、今更、こんな時に、
絢音
ごめん
亜和美
いや、いいよ、ねっち、あの、すんませんでした、わたし・・・
絢音
ごめん、そうかもね
亜和美
・・・え?
絢音、顔を上げ、亜和美を正面から見つめる
絢音
そうかもしんないね。結局、離れちゃえば、今と一緒でなんていられないよね
亜和美
ねっち・・・
絢音
考えてみたらそうかも。ごめん、私適当言ったわ
亜和美
・・・
亜和美、俯く
間
絢音
でも、わたし気付くから
亜和美、視線を上げて絢音を見る
絢音
いつか、あやみとどっかの街角ですれ違ったら、もしかしたら、すれ違った後かもしれないけど、でも、絶対気付くから。今、すれ違ったのはあやみだ、って。ただの知り合いの誰かなんかじゃなくて、(絢音、途中言葉に詰まりそうになるのをこらえながら)わたしが高校三年間一緒に笑ったり泣いたりした、一番長く隣にいたあやみだって、気付くから、絶対
亜和美
・・・
絢音
で、振り返っても、もう人の中に紛れちゃって見つからなくても、あやみも私の知らない世界でちゃんと生きてるんだなぁって、一生懸命頑張ってるんだなぁ。って、きっと考えると思う。きっと、ちょっと強くなれると思う。あやみも頑張ってるんだから、わたしも負けずに頑張ろうって
亜和美
・・・
絢音
それじゃ、駄目かな。それじゃ、友達でいるってことに、足りないかな
泣きそうな顔で見つめ合う二人
亜和美、首を振る。そしてもう一度、強く首を振る
絢音、微笑む
絢音
じゃぁ・・・いつか、またどこかですれ違おう
亜和美
約束だよ。・・・またどこかですれ違おう
二人、一瞬間の後、照れたように破顔する
亜和美
ねっちぃ
二人、抱き合う
絢音
よしよし(と、茶化しながら、あやみの頭をなでる)
廊下から「バキューン」音
二人、振り返る
廊下からこっそりと七海が顔を覗かせる
七海、ばれたことが分かって、気まずそうに教室に入ってくる
絢音
ナナミン?
七海
いや、あのさ、違う、違う、撮ってない、撮ってないよ、ホントに!
亜和美
っていうか、あおいの写メの音、それ?
七海
いや、良く分かんないからさ、ケータイとか、ほんと、違うんだって、メモ帳開こうと思ったらなんでか、分かんないんだけどカメラになっちゃって
亜和美
メモ帳?
七海
あー・・・いや、あのさ、なんか、
絢音
え、ナナミン、泣いてんの?
七海
いや、なんか良い話だなぁって感動しちゃって
亜和美
あおいぃ
七海
あやみぃ
亜和美と七海、抱き合う
七海
あやみ、元気でね
亜和美
あおいもね
一瞬間
亜和美
あおい、暑い
七海
あ、ごめん
亜和美と七海、離れる
亜和美
っていうか、なに、この格好?
七海
あ、そう、そうなんだよね。ねぇ、頭見なかった?
絢音
頭?
七海
そう、これの頭
亜和美
無くしたの?
七海
そう
絢音
え、どうやって無くしたの?そんなの
七海
良く分かんないんだけどさぁ、誰か持ってっちゃったんじゃないかなぁ
亜和美
えぇ、それ持ってく人いるかなぁ
七海
意味分かんないよねぇ
絢音
頭だけ持っててもねぇ
七海
参ったなぁ
亜和美
それ、どっかから借りてるの?
七海
ううん、買ったの
亜和美
買ったの!?
絢音
クラス費で?
七海
ううん、自腹で
亜和美
自腹で!?
絢音
自分で買ったの?それ
七海
うん、クラスの多数決で反対が多くてさ
亜和美
そんなに着たかったんだ、それ
七海
一度は着てみたかったんだよね、今年で学祭最後だしさ
絢音
学祭終わったらどうすんの?それ
七海
どうしよう。学校で買ってくんないかな
亜和美
どうだろうね
七海
っていうか、だから、なくなったりしたら、マジで困るんだよねぇ
亜和美
そうだろうねぇ
七海
もうちょっと探してみるね。やみちゃんまだいる?
亜和美
うーん、もうそろそろ行くかな
七海
そっかぁ。行く時電話してね
亜和美
うん、分かった
七海
じゃぁ、またね。どこ行ったんだろうなぁ、ホント・・・
七海、とぼとぼと、廊下に出て行く。ふと、舞台奥、廊下の窓から外を見て
七海
ん!?
七海、窓にとりつく
絢音
どうしたの?
七海
んぁあ!
亜和美と絢音、驚く
七海
(窓の外、上方に向けて)待てこらぁ!
七海、廊下を走り去る
亜和美、絢音、不思議そうに、それを見送る
亜和美
なんだったんだろね
絢音
ね
二人、くすくすと笑う
舞台前面に広がる空を見上げて一瞬間
亜和美
ここから見えるんだあ
絢音
うん。すごいねぇ、綺麗なんだよ
亜和美
そっかぁ
間
亜和美
広いなぁ、空
絢音
(笑いながら)何それ
二人、微笑む
亜和美
始まんないかなぁ
絢音
もうすぐなんだけどね
亜和美
見たかったなぁ、花火
絢音
見たかったなぁ、あやみと
二人、再び微笑む
暗転。音楽
さらばヨシオ
南棟の西側に建つ部室小屋(平屋)内演劇部部室―乱雑に散らかった部屋。奥の壁にある小さい窓からは外の様子が見える。下手手前に教室にあるような机と椅子。両側の壁は棚
薄暗い明り
その窓を挟んで、男女が距離を置いて向かい合っている
奥の窓からの逆光で、顔の表情は見えない
女
行っちゃうの?
男
・・・あぁ
女
どうして?ねぇ、どうして?
男
・・・仕方がないんだ
女
そんな
男
全て、決まっていたことなんだ
女
やっと、会えたのに・・・やっと、会えたと思ったのに・・・
男
泣かないでくれ、君の笑顔を見てさよならを言いたい
女
・・・どうしても、行かなきゃいけないの?
男
・・・あぁ
女
どうしても?
男
そうだ。行かなくては、いけないんだ
間
女の舌打ちが聞こえる
女
やってらんねぇ
男
・・・は?
女
やってらんねぇよなぁ、マジで
男
・・・おい、なに・・・
女
やってらんねぇなぁ!この暑さ!
おしとやかな演技をしていた女=黒田仁美、舞台前面に想定される暗幕を、
上手から下手まで走ってばぁっと開けて、舞台前面に想定される窓を開ける
男=勅使河原本和也、電気をつける
舞台上明るくなる
仁美
あちぃぃぃぃ
和也
おーい
仁美
無理、もう、無理
和也
ちゃんとやれよぉ
仁美
だってさぁ、息できねぇんだもん、殺す気かって
和也
お前が暗幕閉めろっつったんだろ?雰囲気出ないからって
仁美
光通さないけど風通す暗幕無いかなぁ
和也
ねぇよ、そんなの
仁美
知ってるよ、うっせぇなぁ
和也
はぁ?
仁美、窓から外を覗いて
仁美
ねぇ、みっちゃんまだぁ?
和也
コンビニ混んでんじゃない?花火の客で
仁美
あー、花火良いなぁー。私も行きたかったなぁ
和也
しょうがないだろ、もう来週大会なんだから
仁美
でもさぁ、よくなぁい?一日くらいさぁ
和也
よくねぇよ、まだ一回も通してないんだぞ?やっと今日ラストのシーン練まで来たんじゃんか
仁美
疲れったぁ、マジで。さすがに9時間練習はきついでしょぉ
和也
青木先生に無理言って開けてもらってんだから、有効に使わないと
仁美
でもさ、とりあえず休憩しよーよ、てっしー、ね?無理だから、これ以上やってもクオリティ落ちちゃうからさ、十分休憩
和也
ほんっとに、お前は
仁美
大体さぁ、脚本だって出来てないじゃん、最後のとこ、一番大事なところ
和也
アイディア出してやれよ、あいつ煮詰まっちゃってんだから
仁美
煮詰まっちゃってるっつったってさ、楽しく前夜祭のリハなんかやっちゃってんだよ
和也
しょうがないだろ、前夜祭の司会は劇部でやるって伝統なんだから
仁美
うちらをこんなとこに閉じ込めてさ、あの野郎
和也
野郎じゃねぇよ、女だろうが
仁美
かったりぃ
和也
お前さぁ、県大会行きたくないの?
仁美
はぁ!?行きたいとか、行きたくないとかじゃないっしょ!行、く、の!っていうか、県大会が目標じゃないかんね、全国だかんね!
和也
どうもそのやる気が態度に見えてこねぇんだよな
仁美
はぁ?何言ってんの?やる気なきゃ今こんなとこにいねぇっつーの、マジで。浴衣着て花火大会行ってるっつーの
和也
浴衣着る前にその言葉遣いの汚さを直せよ
仁美
あ?
金光純玲、上手から入ってくる
純玲
あれぇ、練習終りぃ?
仁美、驚いて
仁美
え、みっちゃんどっから来たの?
純玲
え?向こう
と、上手を指差す
仁美
え?だって、コンビニあそこでしょ?
と、窓の外、下手を指差す
純玲
うん、けどねぇ、なんか迷った
和也
迷った?
純玲
うん、なんかねぇ、よく分かんなくなっちゃったんだよねぇ
仁美
みっちゃん、もう三年だけど、うちら
純玲
ねぇ、自分でも不思議ぃ、えへ
仁美
えへ、て
純玲
仁美ちゃんとてっしーの、ここ置いとくねぇ
和也
サンキュ
純玲
どこまで行った?
和也
一応ラストの途中まで
純玲
あー、すごいねぇ。頑張ったねぇ
仁美
もう、暑くて死にそうだったんだかんね
純玲
そうだよねぇ、閉め切ってたもんねぇ
和也
おら、そろそろやるぞ
仁美
えー!十分経ってないってぇ
和也
時間無いんだから。もうすぐ青木先生も帰っちゃうんだからな
仁美
だってさぁ、どこやるの?ラストの会話決まってないじゃん
純玲
あれぇ、まだ来てないの?
仁美
そうなんだよ、あいつ、途中で見なかった?
純玲
うーん、見たっけなぁ
仁美
あ、そこも定かじゃない
和也
とりあえず前の台詞でやるだけやろうよ
仁美
えー、やだー
和也
あのなぁ!いいかげんにしろよ?俺だってこのシーンに納得いってるわけじゃないけど、でもしょうがないだろうが!とにかく回数やって・・・
仁美
分かった!分かったよ!やるよ、もぉ、うるさいなぁ
純玲
暗幕閉めるぅ?
仁美
うーん・・・良い。電気だけ消して
和也
じゃ、キューよろしく
純玲
ラストね?
和也
えーっと、じゃ、「行っちゃうの?」から
仁美
気分のらねぇなー
仁美、後ろを向いて、飛んだり、首をひねったり、体をほぐす
純玲
行きまぁーす、はい
純玲、電気を消す
照明、冒頭ほどではないが、薄暗くなる(二人の表情は見える)
仁美、振り返って、豹変して、
仁美
「行っちゃうの?
和也
「・・・あぁ
仁美
「どうして?ねぇ、どうして?
和也
「・・・仕方がないんだ
仁美
「そんな
和也
「全て、決まっていたことなんだ
仁美
「やっと、会えたのに・・・やっと、会えたと思ったのに・・・
和也
「泣かないでくれ、君の笑顔を見てさよならを言いたい
間
仁美、吹き出す
純玲、電気をつける
純玲
かっとぉ
仁美、腹を抱えて笑う
和也は猛烈に睨んでいる
仁美
やっぱ明るいとだめだわ
和也
てめぇなぁ・・・
仁美
頼まれなくても笑っちゃうっての
和也
・・・お前とは二度とやらん
仁美
あー、ごめんごめんー、怒んないでよぉ。もう笑わないから。絶対笑わない、マジで
純玲
最初からやるぅ?
和也、仁美を睨む
仁美
うん、やる。同じとこから
和也
ほんと笑うなよ
仁美
約束するっす
純玲
行きまーす、はい
純玲、電気を消す
仁美
「行っちゃうの?
和也
「・・・あぁ
仁美
「どうして?ねぇ、どうして?
和也
「・・・仕方がないんだ
仁美
「そんな
和也
「全て、決まっていたことなんだ
仁美
「やっと、会えたのに・・・やっと、会えたと思ったのに・・・
和也
「泣かないでくれ、君の笑顔を見てさよならを言いたい
間
仁美、笑いそうになるのをこらえる
和也、睨む
仁美、こらえる
仁美、和也から顔をそむけて、
仁美
「笑えないよ!あなたのその眼差しを見たら――
と、仁美、和也を見てまた吹き出しそうになる
こらえるが、さっきよりさらに危険
和也、さらに睨む
仁美、なんとかこらえて、
仁美
「笑ったりできないよ!だって、だって・・・もう会えないんでしょ!
仁美、和也に背を向けて顔を覆う
間
和也
「・・・会えるよ、きっと
仁美、振り返る
和也
「きっと、また、会える
仁美
「・・・きっと?
和也
「きっと、また、会える
仁美
「・・・会える?
和也
「きっと、また、会える
仁美
「あなたとわたし?
和也
「きっと、また、会える
仁美
しつこいな!
純玲
かっとぉ!
純玲、電気をつける
和也
おぉい!
仁美
やっぱさぁ、無理があるでしょぉ、ここ
和也
だから、それ言うんだったら他の考えろって
仁美
うーん
和也
言っとくけどなぁ、台詞言ってる俺の方が全然恥ずかしいんだからな
純玲
あ、恥ずかしかったんだぁ
和也
恥ずかしいよそりゃ
仁美
大体説得力無いし。「きっと、また、会える」ってさ、彼はさぁ、何を根拠にこんなこと言えるわけ?
純玲
コンキョぉ?
仁美
だって、彼は、彼の星に帰っちゃうわけでしょ?彼の故郷に。でさぁ、彼の星と地球は三百年に一度しか接触しないわけじゃん
純玲
そうなのぉ?
仁美
そうだよ?え、知らなかったの?
純玲
それ、裏設定?
和也
いや、言ってるよ、シーン8で本人が
純玲
えぇ?
純玲、台本を見返す
純玲
「ぼくの星と地球は三百年に一度しか接触しないんだ」ほんとだぁ、分かりやすぅい
仁美
っていうか、このラストシーンでも言ってるしね
純玲
えぇ?
仁美
このすぐ後、9行目。「だって、あなたの星と地球は300年に一度しか接触できないんでしょ?」
純玲
ホントだぁ、親切ぅ
仁美
で、それに対して彼は
和也
「きっと、また、会える」
仁美
一点張りじゃん!
和也
参ったなぁ
和也、コンビニの袋に近づき、中を探る
和也
え、みっちゃん、俺のは?
純玲
えぇ?コーラ買ってきたよ
和也
コーラ?え、俺炭酸じゃないのっつったじゃん
純玲
え?そうだっけぇ?
和也
本番近いんだからさぁ、のど痛めたくないんだよ
純玲
そっかぁ、ごめぇん
仁美
細かいこと言うなよぉ
仁美、袋からコーラを取り出してぐびぐび飲む
和也
ちょっと買ってくるわ
仁美
混んでんじゃないの?
和也
自販行ってくる
仁美
早くしてよぉ
和也
ちゃり借りるぞ
仁美
5万ね
和也、上手に去る
仁美
あー、あちぃー
奥の窓の向こうを、和也が上手から下手へ自転車を押して通る
純玲、前面の窓から外を見る
純玲
あ、トーチやってるぅ
仁美
トーチ?
仁美も窓を覗く
仁美
あぁ
二人、しばしそれを見ている
仁美
ん?
純玲
え?
仁美
あのさぁ、トーチやってるってことは、もう前夜祭のリハ終わってんじゃないの?
純玲
あぁ、そうだねぇ
仁美
どこ行ってんだよ、あいつ脚本演出のくせに
純玲
あ、そういえば、さっき、見たよぉ?
仁美
え、見たの?
純玲
職員室の前で
仁美
職員室?
純玲
うん、なんかね、慌ててたっぽかった
仁美
喋んなかったの?
純玲
うん、走って行っちゃったから
仁美
何やってんだよ、ったく、七海のやつ
電話の着信メロディがなる
仁美、鞄から携帯電話を取り出し、出る
仁美
もしもし?・・・あぁ・・・だからさ、言ったじゃん遅くなるって・・・練習だって・・・何で信じないの?非行に走ってねぇよ!・・・んん、んん・・・はいはい、あ、ちょっと、ヨシオ、具合どう?・・・うん、痛がってない?・・・うん、分かった、ちゃんと見ててあげてよ、寂しがり屋なんだから・・・うん、頼んだからね・・・はーい、はいはい、じゃね
仁美、電話を切る
純玲
お母さんん?
仁美
んん
純玲
ヨシオくん具合悪いの?
仁美
うん、なんか怪我しちゃってさ
純玲
そうなんだぁ
仁美
野良猫にさぁ、ここ(と左の頬を指す)引っ掻かれちゃって
純玲
うわぁ、痛そぉ
仁美
わたしが手当てしてやったんだけどね。もうさぁ、世話の焼ける子なんだよ
純玲
いくつだっけぇ
仁美
十歳
純玲
そっかぁ、大きくなったねぇ
純玲、机に向かって、何か作業を始める
和也、奥の窓の向こうに下手から自転車を押して登場
和也
(上手頭上に向けて)よぉ!(と、手を上げて挨拶)
仁美、それを見て、奥の窓から顔を出し、和也が挨拶した方を見る
和也、いったん上手にはけた後、再び上手から部室内へ登場
仁美
誰?あれ?
和也
ん?
仁美
あの、屋上の
和也
あぁ、なんか、知り合い
仁美
同じクラス?
和也
ううん、別に
和也、なんとなく純玲を気にしているが、純玲は全く気付かない
仁美
みっちゃん何やってんの?
純玲
ん?パンフレットぉ
仁美
大会用の?
純玲
そぉ
和也、買ってきたペットボトルの水を一口飲む
和也
じゃ、やるか
仁美
やるって?
和也
ラスト
仁美
えー、よそうよぉ
純玲
ねぇ、てっしーさぁ
和也
ん?
純玲
フルネームなんだっけ
和也
勅使河原本和也
純玲
え?
和也
勅使河原本和也
純玲
え?
和也
勅使河原本和也
純玲
んーと・・・和也ねぇ
純玲、パンフレットに書こうとする
和也
いや、大体で済まそうとしてるでしょ
仁美笑う
純玲
ばれたぁ?
仁美
なげぇよ!
和也
うるせぇよ
仁美
ちゃんとキャスト紹介の時に言えるかなぁ
和也
お前じゃないだろ、演出だろ、七海がやるんだろ
仁美
だって、あいつカーテンコールの時裏で撤収やるってんだもん。ねぇ?
純玲
わたしとユーコと三人でね
仁美
わたしがやるんだって、キャストスタッフ紹介
和也
大丈夫かよ
仁美
分かった。これから本番までみんなのこと本名で呼ぶことにする
和也
なんだそれ
仁美
ねぇ、暑くなぁい?勅使河原本ぉ。たるくなぁい?勅使河原本ぉ。名前長くなぁい?勅使河原本ぉ
和也
やめろ、うっとうしぃ
電話の着信音が鳴る
仁美、苛立ちながら携帯電話を取り出し、出る
仁美
んだよ、うっせぇなー!・・・は?うん・・・え、ヨシオどうすんの、家に置いてくの?・・・あぁ・・・あぁ・・・
和也
ヨシオって誰?
純玲
仁美ちゃんの弟
和也
弟いたの?
純玲
うん。んふふ
和也
んふふって
仁美
なんだよ、それ、寂しがるじゃんか!・・・怪我してんだよ?誰か側にいてやれよ!家族じゃんか!・・・
和也
なんか、らしくねぇな
純玲
すごいかわいがってるんだよねぇ
仁美
はぁ?・・・分かったよ、わたしが帰るよ・・・あぁ、あぁ・・・ん
仁美、電話を切る
純玲
どうしたのぉ?
仁美
なんかさぁ、寝てるヨシオほったらかして夕飯食いに行くっての。ひどくない?
純玲
へぇぇ
和也
帰んの?
仁美
ちょっと様子だけ見てくるわ
和也
もう時間ねぇぞ
仁美
うち近いから。速攻で行って二分で戻る
和也
ったく
純玲
気をつけてねぇ
仁美、上手に走り去り、奥の窓の向こうを通り過ぎ、
自転車に乗り、下手に走り去る
和也
いくつ?その弟
純玲
えーっとねぇ、十歳って言ってたぁ
和也
え?なんか過保護過ぎない?
純玲
んふふ
和也
またぁ
純玲、前面の窓から空を見上げる
純玲
花火まだかなぁ
和也
みっちゃん花火大会行かないの?
純玲
うーん、練習終わったら直接いこっかなぁって思ってたぁ
和也
直接?着替えて?
純玲
着替えぇ?
和也
制服で行ったら指導部につかまるらしいよ?巡回してるから
純玲
あ、そうなんだぁ
和也
家近いっけ
純玲
とーいー。あ、でも、私服持ってるよ、一応。昨日作業用に持ってきて着なかったやつ
和也
じゃぁ、それ着てった方が良いよ。見つかると厄介だから
純玲
そうだねぇ、うーん、じゃぁ着替えてくるぅ
純玲、上手にはける
一人残った和也、机の上の作りかけのパンフレットを手に取って、見る
和也
・・・あ、そうなんだ・・・
和也、パンフレットを置く
和也
あっちぃなぁ、ここ
和也、台本を手に取り、一人で練習を始める
和也
「いつかは、言わなきゃいけないと思ってた、ぼくが、この星の住人じゃない、ってこと」・・・「運命なんかじゃない、ぼくは、君に会うために、この星にやってきたんだよ」・・・「ぼくは、この日を三百年間待ち続けて・・・
和也、疲れる
和也
あっちぃ
和也、台本を放って、部室の中をぼんやりと眺める
壁に寄って、貼ってある表彰状や写真など見る
棚に並ぶ小道具などを手に取ったりする
和也
おぉ、これ、ここにあったか・・・吉田先輩に返さなくてよかったのかな・・・
和也、棚の奥の何かに気付いて手を突っ込んで取り出す。と、靴下
和也
うわっ、マジかよ
和也、再び、押し込む
和也、息をついて、もう一度部室を見渡す
和也
最後の夏かぁ
純玲、上手から入って来る
純玲
ただいまぁ
和也
あぁ、お帰り
純玲
仁美ちゃんまだぁ?
和也
うん
純玲
そっかぁ、花火もまだだよねぇ
純玲、前面の窓から空を見上げる
正面を向いたため、純玲の着ている、Tシャツがあらわになる
そこにはカピパラみたいなキャラクターのイラストがでかでかと
和也
みっちゃんってさぁ、ミツコとかじゃないんだね、名字三井だからみっちゃんなんだね
純玲
そうだよぉ、わたし名前すみれだもぉん
和也
だよね
純玲
忘れてたのぉ?
和也
いや、なんていうか、今、パンフ見てさ、再確認
純玲
ひどぉい
和也
いやいや、みっちゃんも俺の名前忘れてたよね?
純玲
え、うそぉ
和也
うそぉ、って
和也、ちょっと引きつって笑う
純玲
まだかなぁ、まだかなぁ
純玲、楽しそうに前面の窓の外を見上げる
和也
みっちゃん、そのTシャツ好きだよね
純玲
うーん、そうでもないよぉ
和也
え、だって、めちゃくちゃヘビーローテで着てるけど
純玲
うーん
和也
部活の時なんかほぼそれだよね
純玲
お母さんが前安かったからって一杯買って来たんだよねぇ、三十枚くらい
和也
え、どこでそんなの売ってるの?
純玲
これだけあれば四十歳くらいまではTシャツに困らないねって。おかしいでしょ
和也
うん、そうだね
純玲
わたし、四十歳になってたらもっと太ってるんじゃないかなぁ
和也
いや、心配すべきとこは、もっと別にあると思うけどね
純玲
えぇ?
和也
なんていうか、デザインっていうか、美意識っていうか・・・
純玲
えぇ、これぇ?そうかなぁ
和也
ま、まぁ、みっちゃんが良ければ良いんだけどね
純玲
そっかぁ、んふふ、花火、花火
純玲、楽しそうに鼻歌(「君はバイオレット」)を歌いながら、
窓の外を見ている
和也、半ばあきれて、奥の窓の外を眺めるが、
しばし後、下手の方を見て何かに気付く
その何かがすごい勢いで近づいて来る様子
和也
お、おい
和也、身を退く
奥の窓の向こうで、自転車で走ってきた仁美が、
ほとんど転倒するような勢いで止まる
純玲も振り返る
仁美、立ち上がって部室の中の和也に、
仁美
ヨシオ見なかった!
和也
は、は、は?
仁美
ヨシオがいなくなった!
和也
はぁ?
純玲
(和也と同時に)えぇ?
仁美、一度上手にはけ、上手から部室内に入ってくる
仁美
どうしよう、ヨシオいなくなっちゃった!
和也
え、い、いなくなったって、家から?
仁美
そう、家帰ってみたら、ヨシオが部屋にいなくて・・・庭にもいなくて・・・
和也
ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って、え、ヨシオって、もう十歳なんでしょ?
仁美
そうだけど?
和也
もう、そこまで心配するような年じゃないんじゃないの?
仁美
何言ってんの!人間ならおじいちゃんだよ?ほとんど歩けないんだよ!
和也
え、え?
和也、唖然
仁美
どうしよう、どっかで車にひかれたりしたらどうしよう
和也
あの、あのさ、ヨシオって誰?・・・っていうか・・・なに?
仁美
ネザーランドドワーフラビット!
和也
ん、ん?ネザ?
仁美
ネザーランドドワーフラビット!それ今大事!?
和也
え、ラビ、ラビット?ウサギ?ヨシオ?
仁美
もうさぁ、結構弱ってたんだよね、ご飯もあんまり食べなくてさぁ
和也
ウサギかよぉ
純玲
あ、ねぇ、仁美ちゃん
仁美
なに!?
純玲
このTシャツさぁ、かっこ悪いかなぁ
仁美
うん、ダサいよ!すごいダサい!
純玲
そうかぁ
仁美
ねぇ、どうしよぉ、どこ探したらいい?
和也
知らないよ、そんなの
仁美
ねぇ、一緒に探して!お願い!
和也
はぁ?
仁美
あのね、白いウサギで、目は黒で、そう!あのね、頬に猫にひっかれた傷があるの、だから、見つかればすぐ分かる!
和也
そんなさぁ
仁美
今まで逃げ出したことなんて一度も無かったのに・・・!
仁美、ふいに何か閃き、息を呑み、青ざめ、椅子に座りこむ
和也
ど、どうしたんだよ
仁美
・・・蛇だ
和也
は?
仁美
最近、うちの近所でね、鳥とか、ハムスターとか、でっかい蛇に食べられちゃって・・・そいつだ・・・ヨシオもそいつに食べられちゃったんだぁ!わぁぁぁ!
仁美、机に突っ伏して大泣き
純玲
仁美ちゃぁん?
和也
おい、そんな決めつけんなよ・・・
仁美、がばっと顔を上げて
仁美
だって、いなくなる訳ないもん!庭の中だってほとんど歩けなかったのに、塀越えて、外に出れるわけないもん!
和也
分かんないじゃん。ほら、ヨシオもさ、あ、俺このままじゃ、ダメだ、このままこの田舎町で老いぼれて死んでいくのはいやだ、ってさ、こう一念発起して、よし、俺も広い世界に出て、勝負に出るぞ、って旅立ったのかも・・・な?
和也の話を神妙に聞いていた、かに見えた仁美
仁美
んなわけないじゃん!バカか!
仁美、再び机に突っ伏す
和也
んだよ、人が慰めてやってんのによ
純玲
あ、仁美ちゃん、怪我してる
和也
え?
純玲
仁美ちゃん、ひじ、擦りむいてるよぉ
和也
さっきこけたからだ
純玲
わたし、絆創膏教室に置いてあるから、取って来るねぇ
和也
あ、みっちゃん
純玲
え?
和也
多分、その格好で校舎入んない方が良いと思うよ
純玲
えぇ?
和也
指導部うるさいし、その他色んな意味で
純玲
そうかなぁ
和也
俺、取って来るよ、A組の教室?
純玲
うん。右端の一番上のロッカー
和也
(ため息をついて)ったくよぉ
和也、上手にはける
間
純玲
仁美ちゃぁん。大丈夫だよぉ、きっと
間
仁美、無反応
純玲、前の窓の外を見る
純玲
あー、トーチ終わっちゃったぁ
純玲、ふと足音に気付いて奥の窓から上手を見る
松本亘理が、上手から下手に、ギターを持って走り抜ける
純玲、それを目で追う
純玲
えぇ?
その少し後に、ウサギの頭をかぶった阿部克也が上手から下手に走り抜ける
純玲、それも目で追う
一瞬後に、克也、後ろ走りで戻って来て、純玲を確認して、驚く
純玲
え?
克也、少し逡巡してから、何かのジェスチャー
頬のばんそうこうを指差し、それから手を合わせてお辞儀
純玲
え?
克也、再び同じジェスチャー
純玲
「怪我」・・・「ありがとう」?
克也、強く頷き、別のジェスチャー
純玲
(克也のジェスチャーに合わせて)「ぼく」・・・「頑張る」?
克也、頑張るのポーズのまま、何度も頷く
純玲、にっこりと笑い、
純玲
そっか、うん、頑張ってね
亘理
(下手袖の奥から声)カッちゃん、なにやってんの!急げって!
克也、慌てて、下手を見てから、直立して、敬礼
純玲も敬礼
純玲
行ってらっしゃい
克也、下手へ走り去る
仁美、訝しげに顔を上げて、純玲の方を向く
仁美
なに、一人で喋ってんの
純玲、仁美の方へ振り向き
純玲
今ね、そこに、ウサギが・・・
仁美
ウサギ?
純玲
うん・・・なんかね、ここに(左の頬を指して)傷があるウサギがね
仁美
傷って・・・・・・(立ち上がって)ヨシオ?
純玲
うーん、そうかなぁ・・・
仁美
え、だって、頬に傷があったんでしょ?白い?
純玲
うん、白かった。けどねぇ、ヨシオくん・・・
仁美
ヨシオぉ!
仁美、奥の窓から外を見て、
仁美
ヨシオぉ!え、ヨシオ、どこ?
純玲
もう行っちゃったよぉ
仁美
えぇ!
純玲
なんかね、なんか伝えようとしてたんだよ
仁美
へ?
純玲
んーとねぇ、(それぞれのジェスチャーを真似しながら)「怪我の手当てをしてくれて」「ありがとう」、かな?「ぼくは」、「これから頑張ります」って。で・・・「いってきます」って
間
仁美、それをじっと、見つめて、聞いている
仁美
ヨシオ・・・
間
和也が上手から入って来る
和也
みっちゃん、絆創膏なかったよ・・・
仁美、その和也を押しのけて上手に飛び出す
音楽
和也
え、え、どした・・・
仁美、再び、奥の窓の外に登場し
仁美
ヨシオー!じゃーなぁー!達者でなー!頑張れよー!私も、私も、頑張るかんねー!
和也
お、おい
そこに、窓の外、上手から首から下だけウサギの着ぐるみを着た七海が、
ぜいぜい息をきらして走って来る
七海、ちょうど窓の前で一瞬立ち止まり、
七海
待てこらぁぁぁ!
七海、下手に走り去る
和也
え、な、七海?
仁美
ヨシオー!
パニックの和也
微笑んでそれを見ていた純玲、ふと、前面の窓から空を見上げて、
顔を綻ばせ、空を指差す
純玲
あ、上がった
暗転
同じ花火を
南棟1F職員室。構造は教室と一緒。中央に二台ずつ向かい合った四台のデスクの島
下手の隅にポットやらカップやら、インスタントコーヒーの瓶やら急須やらが置かれた小さなテーブル
名倉が、上側手前のデスクに向かい、
パソコンに向かってキーボードを叩いている
エンターキーを叩いて、息をつく。一段落ついたようだ
下手入り口に、七海が、首から下、ウサギの着ぐるみをきて顔を出す。
七海
失礼しまーす・・・って誰もいないじゃん
七海からは、名倉は見えていないようだ
七海、下手に去る
名倉
え?
名倉、机の上の棚の上から、入り口を覗き込む、が、もう、誰もいない
不思議そうな名倉
青木浩光が下手奥の扉から入ってくる
青木
あれ、名倉先生
名倉
あ、先生
青木
(扉を振り返って)どうしたの?
名倉
いえ、今、誰か来たような気がしたんですけど
青木
ふーん、すれ違わなかったけどねぇ
名倉
そうですか・・・
青木
いやぁ、ここは涼しくて良いね
青木、下手側奥のデスクに座る
名倉
先生、どちらにいらしたんですか
青木
ちょっとね、演劇部の練習見てたんだよ
名倉
こんな時間まで
青木
いやぁ、泣きつかれてさぁ。部室こっそり開けてやってるんだけど
名倉
熱心ですねぇ
青木
大会が近いからね
名倉
どんな話なんですか?
青木
うーん、まぁ、簡単に言うと男と女がいてね
名倉
はい
青木
男は違う星から来てるんだよ
名倉
おー、スケールが大きい
青木
で、三百年に一度その星と地球が接近する時にやってくるんだけど、その星がまた遠ざかってく時に彼は帰らなきゃいけないんだよね
名倉
ほう
青木
で、二人の永遠の愛を確かめ合った上で、涙をこらえて二人は別れる。っていう
名倉
・・・なるほど
青木
突拍子もないでしょ
名倉
・・・筋だけ聞くと
青木
まぁ、実際に見ても結構そうだよ。はっはっ
名倉
部室で練習してるんですか?
青木
そう。それがまぁ暑くてね
名倉
結構狭いですもんね
青木
それに風が通らないし、熱がこもってるんだよね。ほら、平屋だから天井がそのまま屋根でしょ
名倉
あぁ、そうですね
青木
まぁ、今年で最後だからね、付き合ってやれるのは
名倉
え、顧問変わるんですか?
青木
いや、ぼくもう来年定年だからさ
名倉
え、そうなんですか?
青木
そう、時が経つのは早いよねぇ
名倉
えー、先生いなくなったら、寂しいですぅ
青木
はっはっ。そんなこと言ってくれるのは先生だけだよ
名倉
そんな訳ないじゃないですか
青木
先生は、お仕事?
名倉
わたしもちょっと部活の用事で
青木
ほう、美術部の
名倉
市の作品展が来週なんですけど、まだ、提出してない子がいて
青木
へぇ、どこも大変だなぁ
名倉
その子、一応部長なんですけどね
青木
あぁ、あいつかぁ。そういうえば去年もだったなぁ
名倉
らしいですね。常習犯だって聞きました
青木
あれはねぇ、前の顧問も苦労してたよ
名倉
もう分かってたので、仕事持って来ちゃいました
青木
実力テストか、先生はまじめだなぁ
名倉
伊藤先生なんかはそんなきっちりやるのは一年目だけだって
青木
まぁね、力の抜き方を覚えていかないとね
名倉
先生は上手そうですね
青木
いやぁ、ぼくはくそまじめだからね
名倉
ホントですか?
二人、少し笑う
青木、下手隅のテーブルに歩み寄り、カップにコーヒーの粉を落とす
青木
どう?最初の一学期を終えて
名倉
はい、なんとか。思ったよりは、大丈夫でした
青木
いやぁ、評判良いよ、生徒からも人気あるしねぇ
名倉
そうだと良いんですけど
青木
職員もね、新米なのにしっかりしてるって。大したもんだよ
名倉
いやいや、おかげさまで(と、頭をかく)
青木
あ、先生コーヒーで良かったっけ
名倉
あ、はい、あ、すみません、ありがとうございます
青木、カップにポットの湯を注ぐ
名倉、ふと前面に想定される窓の外の校庭を見る
名倉
あ
青木浩光が二つカップを持ち、窓の外を見る
青木
お、始まったなぁ
名倉
トーチですね
青木
はい
青木、名倉にカップを渡す
名倉
ありがとうございます
青木
なんか、これ見ると、夏が来たなぁって感じがするんだよねぇ
名倉
懐かしいなぁ
青木
先生の年からじゃなかったっけ、前夜祭でトーチ始めたの
名倉
いや、多分一個上からだと思います
青木
あれ、そうだっけ
名倉
はい、多分。あれ?確か青木先生からそうやって聞いたと思いますけど
青木
え?
名倉
わたしたちが一年のときに、去年から始まったんだぞって
青木
そうだったっけ?
名倉
そうですよ、その時先生、生徒会で前夜祭も仕切ってたじゃないですか
青木
覚えてないなぁ、昔過ぎて
名倉
私の青春をそんな大昔みたいに言わないでくださいよ
青木
はははっ
名倉
懐かしいなぁ
名倉、青木、カップに口をつける
名倉
ちっ
青木
あ、熱かった?
名倉
いえ、あの、わたし、猫舌なので
青木
ちょっと冷ましてから飲んだら良いよ
名倉
そうします
風鈴の音
青木
あれ、この風鈴、どうしたの?
名倉
あ、それ美術室にあったんですけど
青木
あぁ、そうだよねぇ
名倉
部長が、絵描く時、気が散るって言うんで、もらってきちゃいました。夏休みの間だけぶら下げとこうと思って
青木
あぁそう。これねぇ、前に平田先生が花火大会の射的かなんかで貰ってきたやつなんだよ
名倉
あ、そうなんですか
青木
先生美術部の顧問だったからね
名倉
へぇー
青木
でも、部員に嫌がられちゃ可哀想だね
名倉
そうですね
二人、少し笑う
青木
あ、そういえば、今日か、競馬場の花火大会
名倉
はい、そうだと思います
青木
前は良く行ったけどねぇ、孫連れて
名倉
あー、お孫さん今、いくつですか?
青木
今度ね、えーっと、小学校三年生だから、八歳になるね
名倉
へぇー、そうですかぁ。男の子と女の子の双子でしたよね
青木
そうそう
名倉
一回だけ学校に遊びに来たことありましたよね、二年の学祭の時
青木
あぁ、あったねぇ
名倉
あの時、だから・・・3歳くらいですよね。もう可愛くって可愛くって。クラスで大騒ぎしてましたもん
青木
もう最近はね、あんまし遊んでくれないんだよね
名倉
そうなんですか?
青木
特に妹の方がね、抱っこしようとすると嫌がるんだよ
名倉
そりゃ、八歳で抱っこはもう
青木
そうかなぁ
名倉
っていうか、先生腰痛めちゃいますよ
青木
いや、この前実際に痛めちゃったんだけどね
名倉
ほらぁ
二人、少し笑う
名倉
そっかぁ、先生今年で定年かぁ
青木
この校舎と共にお役御免だね
名倉
あ、建て替えの話ってもう本決まりになったんですか
青木
そうみたいだね、どうやら。来春着工とか何とか
名倉
そっかぁ
青木
まぁ、なにせ古いからね、老朽化も進んでるし
名倉
なんか淋しいですね
青木
仕方がないね
名倉
先生の思い出も詰まってるんじゃないですか?
青木
そうだねぇ、まぁ、今の先生くらいの年齢で教師になって、四十年、この学校に来て二十年、あっという間だったなぁ
名倉
一番思い出深いことは、何ですか
青木
・・・うーん、難しい質問するねぇ
名倉
はい、分かっていながら聞いてみました
青木
そうだなぁ、一番っていうのはなかなか決められないけど・・・けどねぇ、先生の代は結構面白かったよ
名倉
ホントですか?わたしたちランキング上位ですか
青木
面白い生徒が多かったからね
名倉
それはただ単にうるさかったってことじゃなくて?
青木
うーん、まぁ、それもあるかもしれない
名倉
えー
二人、少し笑う
名倉
あの、先生、聞いても良いですか?
青木
ん?
名倉
今まで持った生徒のこと、みんな覚えてますか
青木
・・・うーん、そう言われると自信はないね
名倉
そりゃそうですよね
青木
最近物忘れ激しいしね
名倉
それは私もです
青木、コーヒーを一口すする
青木
そうだねぇ・・・でもねぇ、不思議なもんでね、つい最近のことは覚えてなくても、何年も、それこそ何十年も前の出来事とか生徒とか、驚くほど鮮明に覚えてたりするんだよね
名倉
へぇーえ
青木
それこそ失礼だけど、当時は印象の薄かった生徒なんかも、何かのきっかけで、ひょっと、記憶に顔を出す時があるんだよね。ほんのちょっとした言葉とか、風とか、匂いとかがきっかけでさ
名倉
ふーん・・・
青木
それも、ホント、卒業文集とか卒業アルバムに載るようなことじゃなくて、もっと、小さな、ちょっとしたことでさ、授業中に生徒が言った冗談とか、部活の大会で上に行けなくてグラウンドで一人で泣いてた生徒とか、ガキ大将みたいな生徒と一緒になって悪ふざけしてたら先輩の教師に怒られたこととかね
名倉
そんなことあったんですか?
青木
若いころは、元気だったからねぼくも
名倉
なんとなく想像できます
青木
あ、そう?
二人、少し笑う
青木
まぁ、ぼくたち教師でもそうなんだから生徒の方からしたら、覚えてるのはそういうことばっかりで、ぼくたち教師がした授業のことなんかほとんど覚えてないだろうね
名倉
はい、そうです、正直なところ
青木
あ、そっか、先生はまだそっち側か
名倉
なるだけ長くこっち側にいたいと思ってます
青木
ははっ。いやぁ、良い心がけだよ、それは。本当に
青木、コーヒーを飲む
青木
でもねぇ、それで良いんじゃないかと思うんだよね。ほら、今、社会に出ちゃったらどうしたって忙しくなっちゃうでしょ。ゆっくり色んなこと考える時間もないくらい
名倉
はい
青木
だからね、まぁ、受験勉強だなんだってバリバリやるのも良いんだろうけど、十代の多感な時期に、そういう、何もしない、だらだらと過ごす無為な時間にも、意義があるんじゃないか、と思うんだよね、ぼくは
名倉
はい・・・そう思います、私も
青木
・・・先生、そういう、生徒の目線の高さを忘れちゃいけないよ、教師として
名倉
はい
青木
ま、ぼくも、偉そうなこと言えないけどね。人に言えないような失敗も一杯したし
名倉
え、どんなですか?
青木
それは、まぁ、辞める時にだね
名倉
えー、気になるじゃないですか
青木、微笑みながら立ち上がって、
飲み終わったコーヒーのカップを持って下手にはける
名倉、コーヒーを一口飲む
風鈴の音
名倉、窓の外を見つめて。浅く息を一つつく
落ち着かない様子で立ち上がり、胸のあたりを押さえて、
職員室を見渡し、もう一度、今度は深く息をつく
青木、戻ってくる
青木
どうしたの?
名倉
え?
青木
気分悪い?
名倉
いえ、大丈夫です、全然
名倉、再び、窓の外を見る
青木
そういえば、ご両親はお元気?
名倉
え?あ、はい、なんとか、父は、あ、だから先生と同い年なんですね。もう、今年で定年です
青木
あ、そう。お父さん、もう六十になられる
名倉
わたし、末っ子なので
青木
いやぁ、お父さんにはねぇ、お世話になったよ
名倉
ご迷惑をおかけしたんじゃないかと
青木
エネルギーに溢れてる方だったからね
名倉
残念ながら今もそうです
青木
仕事辞められたら淋しくなるんじゃない
名倉
はい、父としてはまだ続けたいと思ってるみたいなんですけど、母のこともあるので
青木
そうかぁ。お母さんまた入院されたんだって?
名倉
ぼちぼち付き合っていくよりしょうがないですね。もう母も年ですし
青木
でも、お母さんとしても嬉しいよね、娘が立派に社会に出てさ
名倉
心配みたいでしょっちゅう電話かかってきます
青木
まぁ、親っていうのはそういうもんだよ
名倉
家族の中でも私が一番落ち着きがないので
青木
いやぁ、しっかりしたよねぇ。高校時代からしたら
名倉
ご迷惑をおかけしました
青木
山内とか平野とつるんできゃぴきゃぴ言ってたのがついこないだのようだよ
名倉
先生、きゃぴきゃぴって、もうちょっとまずいですよ
青木
そうやってさぁ、「先生」なんて呼ばれたこと一回もなかったもんなぁ。青木ちゃん、青木ちゃんってさぁ
名倉
若気の至りです。お許しを
青木
でも、そうだよね、親からしたらまだまだ子供だもんね
名倉
はい。「またなんかうっかりして他の先生方に迷惑かけてるんじゃないの?自分の母校だからって甘えてちゃ駄目よ?もうあなたは大人なんだからね、あやみ」って
短い間。風鈴の音。青木、微笑む
青木
あやみかぁ、懐かしいなぁ、その名前を聞くのは
名倉
そうですか?生徒たちも女の子とかは結構そうやって呼んでますよ
青木
引っ越して何年だ
名倉
五年です。高三の夏。ちょうど、五年前の今頃です
青木
そうかぁ。じゃぁ、この街で夏を迎えるのはそれ以来か
名倉
教育実習で去年十月に一度来たんですけど
青木
そうかそうか
青木、名倉と並んで窓際に立つ
青木
変わんないよねぇ、この街も、この学校も
名倉
はい。びっくりするくらい
間
風鈴の音
名倉
なんか、変なんです、今日
青木
へ?
名倉
先生、さっき言ってたじゃないですか、ちょっとした匂いとか、風とかで、記憶が鮮明に蘇ることがあるって
青木
んん
名倉
なんだか、さっきからわたし・・・自分が高校生で・・・五年前のあの日にいるような気がして仕方がないんです
青木
・・・
名倉
なんだかやけにドキドキして、ねっちとかふみとか、友達のみんなが一緒に花火に行こうって、教室で待ってるような気がして。遅いじゃん、なにやってんの、って、誰かが呼びに来るような気がして・・・
青木、微笑んで、何も言わない
名倉
なんか、ホント、バカみたいなんですけど
間
青木
・・・こういう夏の夜はね、そういうことが起きるんだよ
名倉
え?
青木、微笑んで、窓の外の空を見上げる
名倉も、同じ空を見上げる
上手奥の扉から、うさぎの着ぐるみ(全身)を着た誰かが、
キャンパスを持ってこっそりと入ってくる
(うさぎの頭には絆創膏がばってんの形に貼られている)
ウサギ、キャンパスをデスクの上に置いて、
二人に忍び寄り、名倉の肩に両手を置く
名倉
きゃぁっ!
名倉、驚いて飛び退く
青木も驚く
うさぎ、じゃーん、とポーズをとる
名倉
・・・あおい?
うさぎ、頭をとる
中に入っていたのは七海若葉
若葉
びっくりした?
名倉
・・・もう、あんたかぁ!
若葉
へへっ、すごいでしょ、これ。演劇部の部室にあったらしくてさ、貸してもらったんだけど、頭がなかったんだよね。したら、今日軽音の男の子がうちの部室にあるよって。ってか、なんで、バラバラなのみたいな?ってか、このバツなに?極道?みたいな
名倉
ってか、あなたの今年の作品はどこ、みたいな?
若葉
あ、そうそう、そのことでお願いがあってきたんだけどさ
名倉
すごぉい嫌な予感がする
青木
七海、お前なぁ、名倉先生ずっとお前を待っててくださったんだぞ
若葉
もう、青木ちゃんは黙っててよ
名倉
こらっ、私の恩師になんて口の利き方をするんだ、君は
若葉
良いの、青木ちゃんは青木ちゃんなんだから
名倉
お姉ちゃんに言いつけてしまおうかな?
若葉
はぁ!?ってか、前から思ってんだけど、先生お姉ちゃんと同級生だからってわたしのこといちいち電話で話すのやめてよ
名倉
話してないよ、そんな
若葉
うそつき!だって、お姉ちゃんみんな知ってるもん、学校のこと
名倉
みんなって?
若葉
先生、マサキのことも話したでしょ
名倉
服部くんのこと?話したっけなぁ
若葉
信じらんない、ほんと。先週、大変だったんだからね、お姉ちゃんお母さんにばらしてさ、お母さん、「付き合ってる子がいるんなら紹介しなさい」とか言って。昭和かっつーの
名倉
で?で?頼みって何?
若葉
あ、そうそう。あのさ、作品展の絵なんだけど、明日まで待ってくんない?
名倉
えーっ?
若葉
寒いよ、それ
名倉
駄洒落じゃないよ!本気だよ!
若葉
だって書けなかったんだもん
名倉
ウサギになってる暇があるなら描いてよぉ
若葉
これね、今日前夜祭のリハで着たの
名倉
作品展再来週だよ?
若葉
お願い、明日絶対仕上げるから
名倉
もぉー、しっかりしてよ、部長なんだから
若葉
ごめんっ
青木
七海、それ(机の上に置いてあるキャンパス)、描いたんじゃないのか?
名倉
そうだよ、なに、それ?わたしてっきり、それ持って入ってくるから完成したんだと思った
若葉
(意味ありげに笑って)これね、うちの部室から見つけたんだけど
名倉
部室好きだねぇ、あんた
若葉
じゃーん!
若葉、キャンパスにかかっていた布を外す
名倉、青木、机の上の絵を覗きこむ
名倉
え?
名倉、あっけにとられる
若葉
ねぇ、これ、あやみちゃんでしょ?
名倉
え、うそ・・・
若葉
絶対そうだよぉ、だってそっくりだもん。そりゃ、なんか今よりだいぶ若い感じだけどさ
名倉
なにこれ、どこにあったの?
若葉
だから部室だって。隅っこでほこりかぶってたの。さっきイーゼル引っ張り出したときにたまたま見つけてさ、どっかで見たことあるなぁ、この人、って思ったら、先生じゃん!みたいな。だしさ、ここに日付入ってるんだけど、五年前じゃんね。これって先生が高三のときでしょ?ね?
名倉
知らないよ、わたし、こんな絵・・・
若葉
うそぉ
青木
そうか、先生は知らないか
若葉
え、青木ちゃん、知ってたの?この絵
青木
文化祭で展示されたやつだよ
若葉
ねぇ、これ、やっぱりあやみちゃんだよね
青木
さぁなぁ
若葉
とぼけないでよぉ
青木
随分評判にはなったけどなぁ
名倉
先生
青木
なにせ、描いたやつも多くを語ろうとしなかったからな。結局作品展には間に合わなかったらしいし
若葉
もったいない、こんなうまいのに
名倉
・・・
若葉
あやみちゃん、ほんとに知らなかったんだ
名倉
・・・うん、初めて見た
名倉、絵をじっと見つめている
若葉、その様子をしばし見て、
若葉
ふーん。ま、いいや、今日お姉ちゃんに聞いてみよ
青木
おぉ、帰って来てるのか
若葉
うん、婿殿の会社暇だから、早めに夏休み取ったんだって
青木
婿殿かぁ。あの七海が結婚とはなぁ
若葉
ほんと、よく拾ってもらったよねぇ、あんなぶっ飛んだ人
名倉
人のこと言えるのか?君は
若葉
何それ、一緒にしないでよ。ってかさ、いまさらだけど、あやみちゃん、さっきわたしのことお姉ちゃんの名前で呼んだでしょ
名倉
あぁ、ごめんごめん、最近声も見た目もすごく似てきたからさ
若葉
どこがぁ?
青木
いやぁ、ほんと、似てきたよなぁ。時々戸惑うよ
若葉
全然似てないし
名倉
それが、似てるんだよねぇ、残念かもしれないけど
若葉
嫌だ、あんなセンス悪い人
名倉
あぁ、それについても残念なお知らせがあるんだけどさ
若葉
え?
名倉
そのうさぎ、お姉ちゃんも着てたよ
若葉
えーっ!うっそー?
名倉
っていうか、そもそも、それあおいが買ったやつだから
若葉
買った?
名倉
しかも自腹で
若葉
マジー?あの人と同レベー?
名倉
血筋は争えないね
若葉
やめよっかなぁ、これ
青木
ほら、もう終わるんなら、早く帰れ。もう暗くなってるぞ
若葉
はーい。わたしね、今から花火大会行くんだぁ
名倉
そうなんだぁ、うらやましい
若葉
行ったことあるでしょ?
名倉
それがさぁ、ないんだよねぇ
若葉
うそぉ
名倉
だから、今日楽しみにしてたんだよね
若葉
あ、ごめん、私待ってたせいで行けなくなった?まだ間に合うよ?
名倉
ううん。良いの。連れてってくれる人もいないし
若葉
うち親とお姉ちゃんと婿殿と一緒に行くけど、あやみちゃんも来る?
名倉
そんな、新婚の水入らずを邪魔したらあおいに怒られちゃう
若葉
そんなことないよ、今、あそこ倦怠期だから
名倉
え、早くない?
若葉
あやみちゃん来てくれたら喜ぶと思うよ
名倉
ありがとう。でも良いや。なんか、学校から見てたい気分になった
若葉
あぁ、そうそう、学校からもね、見えるんだよ結構。一年の時教室から見たもん、みんなで
名倉
・・・そっか
若葉
じゃ、またね
名倉
締切ホントに明日までだからねぇ
若葉
りょうかーい
名倉
ちゃんと着替えてから帰ってよぉ
若葉
(袖から。遠ざかる声で)当り前でしょー
若葉、去る
残された名倉と青木
名倉は、再び机の上の絵をじっと見つめる
青木
先生が引っ越したあとだったもんね
名倉
・・・はい・・・
間
名倉
そっかぁ、描いてくれたんだぁ・・・
青木
ん?
名倉
・・・約束してたんです。わたしの絵を描いてくれるって
青木
約束
名倉
引っ越すってなって、ちょっと落ち込んでたんです、みんなと卒業できないから。卒業アルバムにも載らないから、みんな私のこと忘れちゃうなって、愚痴ってたら、じゃぁ、代わりに、俺が絵描いてやるよ、って。その絵がアルバムに載ったら、みんなもやみちゃんのこと忘れないだろって
間
青木
うーん・・・ちょっとかっこよすぎるね、それは
名倉
そう、ちょっときざだったんですよ、彼は
青木
結局、アルバムに載ったんだっけ
名倉、笑って首を振る
名倉
卒業した後誰かの見せてもらいましたけど、載ってなかったです。だから、忘れちゃったんだと思ってた
青木
・・・でも、忘れてなかったわけだね
名倉
はい
間
名倉、絵を見て、
名倉
素敵だなぁ・・・お礼言いたかったなぁ
間
名倉
陵くん、元気にしてますかね
青木
どうだろなぁ
名倉
美術系の専門に行ったって話、聞いたんですけど
青木
そうだね。そっから先はぼくも知らないなぁ
名倉
そうですか
青木
先生、高校の時の連中と連絡とったりしてる?
名倉
・・・はい、本当に親しかった何人かは、時々。でも、やっぱりだんだんと疎遠にはなっていきます
青木
そうだよねぇ、どうしても、そうなっちゃうよねぇ
名倉
はい
青木
社会人になると忙しいしね
名倉
はい・・・。・・・でも、良いんです
青木
ん?
名倉
約束したんです、わたし。それでも・・・前と一緒じゃいられなくても、ずっと、忘れないでいようって。忘れずに、それぞれの道で頑張ろう、って
間
青木
いつか、またどこかで、すれ違おう
名倉、驚いて青木を見つめる
名倉
・・・え?
青木
約束しよう。いつか、またどこかで、すれ違おう
名倉
先生、それ・・・
青木
そういう台詞があるんだよ、今演劇部でやってる芝居で
名倉
・・・それ、先生が作ったんですか?
青木
まさか、違うよ。あのね、台本自体は何年か前の代が作ったやつなんだよね
青木、デスクの椅子に座り、机の上の山の中から台本を引っ張り出す
青木
えーっと、(台本の表紙を見て)あ、それこそ、脚本書いたのが、あれだ、七海だよ、七海あおい。だから、その芝居も先生が三年の時だな
名倉
あおいが
青木
でね、その星とはもう接触できないんだけど、男が言うのよ。「いつか、またどこかで、すれ違おう。銀河の端と端かもしれないけど、君の星が輝いているのを見つけたら、きっと君のことを思い出す」ってね
名倉
(少し笑って)あおい・・・
青木
くさいでしょ。けど、わたしはそういうの好きだからね
名倉
・・・先生ロマンチストですもんね
青木
そう。だから、今年はあいつらに頼んで、このホンやってもらってるんだよ。今年で定年だからって
名倉
そうなんですか
青木
さてと
青木、立ち上がり、部室の鍵を探してポケットの中を探る、が、ない
青木
あれ、どこやったかな・・・
青木、机の上の雑然の中を探しながら、
青木
先生、まだいる?
名倉
あー、はい、これ(と、デスクのパソコンを指す)もうちょっとなので、終わらせちゃいます
青木
そう・・・あー、あったあった
青木、鍵を取り、デスクの下のカバンを取り、
それを下手扉の横に置き、奥の窓を閉め、窓の鍵をかけながら、
青木
じゃぁ、ぼくね、演劇部帰して、部室閉めたら直帰するから、ここの扉と、玄関、閉めといてもらえる?
名倉
分かりました
青木
もういい加減帰さないと、保護者から苦情が来そうだ
青木、再び下手扉の横に置いたカバンを持つ
名倉
本番、うまくいくと良いですね
青木
どうだろうねぇ。初演の時はね、結構面白い芝居だったんだよね。その時ヒロインやったのが男みたいなやつなんだけど、舞台に立つと別人でね。で、主人公の方はまあまあ二枚目なんだけど演技がちょっとくどいんだ
名倉
(少し笑って)見てみたかったです
青木
(少し笑って、空を見上げ)どこでなにやってんだろうなぁ、あいつら・・・
名倉
・・・
青木
お
名倉、窓の外、青木の見上げる空を見上げる
ひゅー・・・どん。と花火の音。二発目、三発目、と続く
青木
始まったねぇ
名倉、それを呆然と、というか、新鮮な眼差しで見ている
青木、扉の横の電気のスイッチを消す
職員室、暗くなる
名倉、青木の方を振り返る
青木
じゃ、ごゆっくり
青木、下手へ去る
名倉、微笑んで、再び花火を見上げる
薄暗い部屋で、名倉亜和美の顔をぼんやりと色のついた花火の明りが照らす
音楽
奥の廊下、下手から、矢吹陵介が登場
職員室を覗き、誰もいないのを見て、息をつく
一瞬後、ゆっくりと、職員室に入ってくる
花火を見上げながら、窓辺に近づき、名倉の隣に並ぶ
時を超え、並んで花火を見上げる二人
陵介
・・・ごめん
名倉、微笑む
名倉
・・・ありがとう
しばし後、陵介、下手の扉から去る。
名倉は、微笑んだまま花火を見続けている
ゆっくりと、溶暗
完
CHARACTERS
矢吹陵介 ヤブキ リョウスケ
佐藤世理 サトウ セリ
松本亘理 マツモト ワタル
阿部克也 アベ カツヤ
名倉亜和美 ナグラ アヤミ
山内絢音 ヤマウチ アヤネ
平野史恵 ヒラノ フミエ
黒田仁美 クロダ ヒトミ
勅使河原元和也 テシガワラモト カズヤ
三井純玲 ミツイ スミレ
青木浩光 アオキ ヒロミツ
七海あおい/若葉(二役) ナナミ アオイ/ワカバ
シアターリーグ
>
シナリオ
>
同じ空を見上げて
>