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作 ダニエル藤井
登場人物
柏原瑠里
後藤洋一
賀古恵美
高橋直紀
大西武志
原田菜月
波の音が聞こえてくる
薄暗い廃屋。舞台下手奥に数段の低い階段、階段を上りその奥の袖には廃屋の出入り口がある。上手には、ステージのようなものがあり、こちらもそのまま奥の袖につながっている。上手手前にはカウンターらしきものがあり、その前にはスツールがひとつ。下手にはドラム缶が二、三無造作に置いてある。奥には様々な廃棄物が雑然と積み重なっている。その中に埋もれて、錆ついたバケツか何かの中に、一輪の小さな花が咲いている
舞台の上方、奥に、月が浮かび上がっている
女がいる。薄暗い照明のせいで顔や表情はほとんど分からない
女
:いらっしゃいませ…ご注文は何になさいますか…かしこまりました…
間。波の音
女
:月が見えます…波の音が聞こえます…。ようこそ…ようこそ…
女、ゆっくりと下手の階段にはける。波の音。暗転
明転。先程と同じ舞台。舞台奥の月は消えている
下手袖の奥から、扉が軋んで開く音がする。月明かりが下手袖の奥から少しこぼれてくる。
賀古恵美が片手にビールの缶、もう一方に雑に畳まれた新聞を持って入って来る
そのすぐ後ろから、びくびくと高橋直紀がついてくる
恵美
:おぉ…中こんなんになってんだ
直紀
:(ささやくような声で)先輩…
恵美
:意外と明るいな
恵美、舞台前面上方を見上げる
舞台前面上方、廃屋の壁に大きな穴があり、そこから月が見えている、という設定
恵美
:おっ、なんだあれ、あのでかい穴。あれかな、あのクレーンの先にでっかい鉄球がぶら下がってるみたいなやつでさ、ガツーンとやられたのかな
直紀
:先輩、って
恵美
:なんか、月なんか見えちゃって風流だけどね
扉が軋んで閉まる音。直紀、ぎょっとして音の方を振り返る
直紀
:(かすれた声を振り絞って)賀古先輩…!
恵美
:(うっとうしそうに)なに?
直紀
:やっぱまずいですって、勝手に入っちゃ
恵美
:大丈夫だよ、こんなとこ誰も来やしないんだから
直紀
:いや、そうは言っても…
恵美
:周りも空き地ばっかで、家もなんも無いし、完ぺきだ
直紀
:俺、補修終わってそのまま来たんですよ、おふくろ怒ってますよ
恵美
:あ、これさ、(ビールの缶を見せて、軽く振りながら)もう終わっちゃいそうだから、おかわり
直紀
:へ?
恵美
:おかわり、買ってきて、もう一本
直紀
:今、それ、買ってきたとこじゃないですか
恵美
:あ、でも、あれだ、チューハイがいいな、今度は
直紀
:もう勘弁してくださいよぉ
扉が軋んで開く音。直紀、慌てる
直紀
:って誰か来ちゃったじゃないですか!
恵美、直紀の襟首をつかんで上手カウンターの裏に引きずり込む
直紀
:うわっ、あ、ちょっと
カウンターの陰から様子をうかがう恵美
後藤洋一が入って来る。中の荒れた様子に戸惑いながら、階段を下り、上方、壁の穴から見える月を見上げる
恵美、ぬっと立ち上がる。直紀、慌てて恵美の服の裾などつかんで止めようとするが、
恵美
:だれ、あんた
洋一、ひどく驚く
洋一
:だ、だれって…き、君こそ…
恵美、新聞を広げて、一つの記事を見つけ、
恵美
:(新聞を見ながら)商店街で暴力団同士の抗争で銃撃戦!
恵美、探るように洋一を睨む
洋一
:は?
恵美
:(新聞の別の記事を見ながら)連続下着泥棒これで7件目!山田さんちの蛇のジョナサン逃げ出す!
恵美、再び洋一を睨む
洋一
:え、なに、なにそれ…
恵美
:どれ?
洋一
:は?
恵美
:どれ?
洋一
:いや、どれって…
恵美
:下着泥棒だな、その顔は
洋一
:違うよ、なんだよ、その、顔って
恵美
:その顔はジョナサンじゃないね
洋一
:顔の前に、蛇じゃないだろ
恵美
:暴力団には見えないし
洋一
:当たり前だよ
恵美
:じゃ、やっぱ下着泥棒だ
洋一
:いや、だから、なんなんだよその三択は
直紀、カウンターからびくびくと顔を出し
直紀
:先輩、なに言ってるんですか
洋一、驚く
洋一
:まだいたのか
恵美
:(直紀に、洋一を指し)下着泥棒のジョナサン
直紀
:ジョナサン?
洋一
:違うよ、全部違う
恵美、カウンターの前に座り、缶ビールの残りを飲み干す
洋一、それに目をとめ、
洋一
:君、いくつ?
恵美
:じゅうきゅー
洋一
:未成年の飲酒は犯罪だぞ
恵美
:固いこと言わない
洋一
:だいたいなにやってるんだ、子供がこんな時間に
恵美
:あんたこそ、なにしに来たの?いい大人がこんな時間に
恵美、空き缶を奥のがらくたの中に捨てる。洋一、黙る
直紀
:先輩っ
恵美
:あんたいつまでそこにいんの?
直紀、カウンターの奥から出て、恵美のもとに駆け寄る
直紀
:なんか、やばいですよ、あれ、やばい感じの人ですよ。なんか、周りにどよーんとした空気が…
洋一
:あの、全部聞こえてるから
直紀
:あ、すみません
恵美
:大丈夫だよ、ただの人畜無害な下着泥棒だから。ねぇ、ジョナサン
洋一
:だから、違うよ!それに、変な名前を勝手につけるな
直紀
:もう、お願いだから帰りましょうよぉ
恵美
:帰んないよ、家出してきたって言ったでしょ
洋一
:家出?
直紀
:先輩知らないんですか?ここ…出るんですよ
恵美
:は?
直紀
:お化け
恵美
:お化け?
直紀
:なんか、夜になると聞こえてくるらしいんですよ、変な声が、この廃屋の中から
恵美
:ばっかじゃないの
直紀
:いや、ほんとですって
恵美
:あのねぇ、(新聞を開きながら)お化けなんかより生身の人間の方がずっと怖いって、ほら
恵美、新聞を直紀に渡す
直紀、いぶかりながらも、渡された新聞の記事を読もうとして、顔を新聞に近づけるが、読めず
直紀
:すいません、俺、メガネ学校に置いてきちゃって
恵美、がくっ
恵美
:これだからガリ勉は。ちょっとジョナサン、読んだけて、悪いけど
洋一
:ぼくが?
直紀、申し訳なさそうに、新聞を洋一に渡す
洋一、しぶしぶそれを受け取る
洋一
:「二十日の午後、浜辺市浜辺商店街で暴力団赤川組―通称、赤組―と城崎組―通称、白組―の銃撃戦があった
恵美
:いや、運動会かよ
洋一、恵美をひとにらみ
洋一
:赤組の構成員の一人は
洋一・恵美
:『銃はかわいらしいカバンに入れて公園に捨てた』
直紀
:ってどんなカバンですが
洋一
:と供述しているが、その公園を捜索しても発見されないことから、警察は
洋一・恵美
:何者かがどこかに銃を隠蔽しているものと見て
洋一
:依然捜査中」
恵美
:ほら、お化けなんかよりこっちの方がよっぽど怖いでしょ。っていうことでいってらっしゃい
直紀
:いや、余計怖いですよ
恵美
:缶チューハイ、レモンで、よろしく
洋一
:こら
恵美、ポケットから一万円札を取り出す
恵美
:ほら、金は出すから、これで
直紀
:賀古先輩!
恵美
:今日、塾をサボったこと、おばさんに言っちゃってもいいのかなぁ?
一瞬間
直紀
:いやだってそれは…先輩がビールと新聞買って来いって、言うから…
恵美
:そんな言い訳通じるかなぁ
間
直紀
:…分かりましたよ、買ってきますよ…この親父ギャル
恵美
:あ?
直紀、急いで下手階段にはける
洋一
:金はあるんだな
恵美
:小遣いだけはたくさんもらってるからね
洋一
:なんでこんなとこに
恵美
:別に、ここならしばらく泊まれそうだし、ま、そのうち取り壊されるみたいだけど
洋一
:そうなのか?
恵美
:なんかさ、色々作ってリゾート地にするんだって。なんていうか、そういうの、こりもせずって感じだよね
洋一、新聞を畳みなおして恵美に返す
洋一
:もう遅い。家出なんかやめて早く帰りなさい
洋一、下手階段にはけかける
恵美
:帰んの?
洋一、立ち止まりかけるが、無視して下手階段にはける。下りてくる直紀がそれとすれ違う
恵美
:あんた、まだいたの?
直紀
:いや、それがちょっと…
恵美
:早く行きなよ
直紀
:実は、その…
洋一が下手階段から戻ってくる
恵美
:どうしたの、あんたまで
洋一
:出られない
恵美
:は?
洋一
:扉のノブが取れてて、開かなくなってる
恵美
:うそ
洋一
:嘘じゃない
恵美
:来た時にはあったよ
恵美、下手階段を見に行く
洋一
:でも、ないものはないんだ
恵美
:じゃ、わたしたち閉じ込められちゃったってこと?
洋一
:なんでなくなったんだ、ドアノブ
恵美
:知らないよ、普通取れないでしょ、あんなの
直紀
:あの…
恵美、洋一、直紀を見る。直紀、ドアノブを差し出す。洋一、恵美、固まる
恵美
:直紀ぃ…
恵美、直紀に詰め寄る。止めようとする洋一
直紀
:だって、なんか全然開かないから思いっきり引っ張ったら…
恵美
:中からは押すの!外から入ってきたとき引いたでしょ!
直紀
:あ!
恵美
:あ!じゃねぇよ!(と、洋一の手を振りはらう)
下手から「与作」が聞こえてくる。一同固まる
直紀
:で、出た…
下手階段から、「与作」の流れるラジカセとかわいらしいカバンを持った大西が入ってくる。三人を見て驚く
大西
:誰だ、お前ら
間。「与作」が静かに流れる。大西、ラジカセを切る
洋一
:いや、ぼくたちの方が百倍聞きたい感じなんですけど
大西
:てめぇら、うちの組のシマでなにやってるんだ
洋一
:組?
恵美
:あ、あのカバン…
直紀
:すごくかわいらしい…
大西
:な、なんだ(動揺)
扉の軋む音
洋一
:しまった!
洋一、恵美、直紀、下手階段に向けて駆け出す。が、扉、閉まる。がっくり
直紀
:閉まった…
大西
:なにやってんだ、とっとと出てけ
洋一
:たった今この瞬間、出て行けなくなりました
大西
:あ?
恵美
:あれ、どう見ても赤川組じゃない?
直紀
:銃を隠しにきたんだ
大西
:なにこそこそしゃべってやがんだ
洋一
:いえ、なんでも
直紀
:ど、どうしましょ?
恵美
:とにかく、知らないふりしてよ
直紀
:知らないふりって言ったって
大西、落ちていた新聞を見つけ、それを拾い、記事を見つける
大西
:「銃はかわいらしいカバンに入れて公園に捨てた」
洋一・恵美・直紀、固まる
洋一
:あの、それは…
大西
:てめぇら…
恵美、大西ににじみよりながら、
恵美
:わたしたち、なんにも知らないですよ?ねぇ…あ!
恵美、あらぬ方向を指差す
大西、そちらを見る
恵美、そのすきにカバンを奪う
大西
:ばかやろう、返せ!
恵美、大西から離れる
洋一、大西を押さえる
恵美、カバンを探ると、中から銃が出てくる
びびる恵美
恵美
:わーっ!
恵美、思わず隣の直紀に渡す
直紀
:わーっ!
直紀、驚いて隣の大西に渡す
大西・洋一
:あーっ!
四人の目が合う
洋一
:逃げろ!
洋一・恵美・直紀、逃げ出す
大西、銃を三人に向ける
大西
:動くな!
三人、その場で、思い思いの格好で固まる。扉が軋んで開く音がする
直紀
:誰か来た!
一同、下手階段に注目する。大きなカバンを持った柏原瑠里が現われる
瑠里、一瞬状況を観察する
瑠里
:あ、すいません、ちょっと間違えたみたいで
瑠里、去ろうとする
大西
:待てこらぁ
瑠里
:はい
大西
:てめぇ、どこをどう間違えたんだ
瑠里
:いや、あの…
大西
:とにかく扉を閉めろ
瑠里
:はい
恵美
:閉めちゃダメ!
瑠里
:え?
大西
:閉めろ!
瑠里
:はい
洋一
:閉めるな!
瑠里
:どっちですか!
大西
:閉めろぉ!
恵美・洋一・直紀
:閉めるな!
扉の軋む音
恵美
:あ!
直紀
:んぁぁあぁぁぁ!
直紀、下手階段に駆け出す
大西
:こらぁっ!
大西、銃を直紀に向ける。扉の閉まる音と同時に銃声
照明が劇的に変わり、一同静止する。舞台奥上方には月。波の音が一瞬かすかに聞こえる
ストップモーションが解けて、照明戻り、直紀、崩れ落ちる
恵美
:直紀!
恵美、直紀に駆け寄る
洋一
:大丈夫か!
直紀
:…賀古先輩…お袋と親父に、今までありがとう、って伝えてください…
直紀、がくっ
恵美
:直紀ぃぃぃぃ!
瑠里
:あ、あの…
洋一、瑠里に手招かれて舞台奥にある袋を見に行く
直紀、がばっ、と起き上がる
直紀
:それから、トモヨには、妹には、去年、お前が飼ってたハムスターの源五郎、もう死んだから、って埋めちゃったけど、(泣きながら)あれ、本当は冬眠してただけだったらしい…ごめんな、トモヨ!
直紀、がくっ
恵美
:…源五郎ぉぉぉぉ!
瑠里
:あのぉ…
恵美
:くそ…ぶっ飛ばしてやる!
恵美、大西に詰め寄ろうとする
洋一
:おい
恵美
:なに!
瑠里
:あの、ここ、なんか穴開いてる
恵美
:え?
瑠里、先ほどの袋を持ち上げる。砂がさらさらと落ちる
直紀
:あれ…あ、もしかして、撃たれてない?
一同、痛烈な視線を直紀に送る
恵美、直紀に詰め寄ろうとする
直紀
:ごめんなさいすみませんごめんなさい!
大西
:がたがた騒ぐな!
一同、沈黙
大西
:今のはたまたま手元が狂っただけだ。これで分かったろうが、俺の言うことを聞かない奴は容赦なく撃つからな。とにかく、ブツを見られたからにはこのままただで帰すわけにはいかねぇ
直紀
:そんなぁ
恵美
:ちょっと!サブちゃん
一瞬間
大西
:サブちゃんって誰だ
洋一
:あなたのことかと
恵美
:あんた、わたしたちのことどうするつもりか知らないけど、皆殺しにしたって、こっから逃げることなんかできないんだからね
大西
:なんだって?
恵美
:これ、なんだか分かる?
恵美、取れたドアノブを差し出す
大西
:あ?
恵美
:そこの扉のノブ。とれちゃったんだよね。だから外からしか開かないの、その扉
大西
:なんだと?そんなバカなことが…
大西、下手階段を上り、扉を見に行き、戻ってくる
大西
:バカ野郎!なんでこんなことになってんだ!
洋一
:ぼくたち。閉じ込められちゃったんですよ
恵美
:一人で他の出口見つける自信ある?
大西
:どうしろって言うんだ
恵美
:協力しようよ。皆で協力すれば何か、ここから出る方法が見つかるかもしれない
大西
:てめえらと協力だと?
恵美
:安心して、出てった後も警察になんか言わないから。言ってもなんの得にもなんないし
一瞬間
大西
:勝手にしろ
大西、銃を腰のベルトに挟んでしまう。一同、ひとまず安堵
直紀、落ちていたかわいらしいカバンを大西に手渡す
直紀
:あの、これ、カバン…
大西、カバンをふんだくる
なんとなく、その他の四人、大西とカバンを見ている
大西、その視線に気づく
大西
:俺のじゃねぇからな!
大西、カバンを奥のがらくたのところに捨てる
恵美
:じゃ、とりあえず、手分けして出口探そうか
恵美、直紀、洋一、散ろうとする
瑠里
:あの
恵美、直紀、洋一、立ち止まる
瑠里
:そこの扉以外に出口はないですよ。他は全部封鎖されちゃってるんです
大西
:なんでそんなこと知ってる
瑠里
:わたし、あの、ここの工事の関係者なんで…ほら、ここだってホントは一面窓で海が見えるはずなんですけど、全部板が打ち付けられちゃってるでしょ
直紀
:えぇ…(落胆)
恵美
:あ、あのさぁ、じゃ、聞きたいんだけど、なんなの、あの穴?
瑠里
:え?
恵美
:あそこの、月が見えてるやつ
一同、穴を見上げる
瑠里
:あぁ…
洋一
:月が見えます…波の音が聞こえます…
瑠里、洋一の言葉に微かに反応するが、誰も気づかない
直紀
:それ、なんかの台詞ですか?
洋一
:いや、なんでも…
瑠里
:あれは…前の業者があけてったんです
恵美
:あんな一発だけ?
瑠里
:前に一度、ここの解体工事を始めた業者が突然倒産しちゃって、あれやっただけで引き上げちゃって、それ以来ずっとこのまま
洋一
:ここって、前は喫茶店でしたよね
瑠里
:来たことあるんですか?
洋一
:何年も前に一度
恵美
:でも、なんでまたこんな辺ぴなところにわざわざ店つくるかなぁ
瑠里
:当時、リゾート開発の予定があったんです。それを見越してオープンしたらしいんですけど、その計画は、結局白紙になっちゃって
大西
:バカなやつだよ、夢だったか、会社辞めたか知らねぇが、むちゃして店続けて、借金膨らんだあげくの果てに夜逃げだ
洋一
:知ってるんですか?
大西
:うちの組が取り立ててたからな。逃げたのは半年前だが、今でも組の連中が探してんだ
恵美
:へー、大変
大西
:んなことより、どうすんだよ、出口ねぇんじゃ出られねぇじゃねぇか
恵美
:うるさいなぁ、ちょっとは自分も考えてよ
大西
:なんだとこの生意気な
直紀
:あの、思ったんですけど、携帯から、電話すれば良いんじゃないですか?
一瞬間
恵美
:あんた、たまには良いこと言うねぇ
洋一
:なぜ今まで気付かなかったんだ
恵美
:ジョナサン、持ってる?
洋一
:あぁ…(携帯電話をポケットから取り出して)あ、ダメだ、充電が切れてる
恵美
:サブちゃんは?
大西
:俺は携帯電話なんて浅はかなものは持たない主義なんだ
恵美
:工事の人は?
瑠里
:今日忘れてきちゃって
恵美
:なに、誰も持ってないの?
洋一
:自分は?
恵美
:今止められてんの、料金払い忘れて
直紀
:あの…俺持ってますけど
一同、直紀に集まる
恵美
:やっぱあんた良いやつだねぇ
直紀
:あ、で、でも
大西
:でも、なんだ?
恵美、直紀から携帯を奪う
恵美
:なにこれ、充電あと5パーセント?
直紀
:だから、電話できるの、多分せいぜいあと三、四分…
恵美
:三、四分って…
洋一
:あっという間じゃないか
大西、携帯を奪う
恵美
:なにすんの?
大西
:俺が最初にかける
恵美
:なにそれ
直紀
:あの、それ、俺の携帯…
恵美
:ずるいずるい!
大西
:うるせぇ!
恵美、しぶしぶ引き下がる
洋一
:誰にかけるんですか?
大西
:決まってんだろ
大西、ダイヤルして、携帯電話を耳に当てる。一同それを見守る
大西
:もしもし、若頭ですか!
恵美
:赤川だ
大西
:…え、えぇ、例のものはきっちり処分させてもらいました。ところで、ちょっと困ったことになりまして、是非、兄貴に助けていただきたい…え?「今、ドリンクバーの飲み過ぎでお腹がちゃっぽんちゃっぽんしてる」?「ちょっとトイレ行ってくる」って、待ってください、若頭!若頭!兄貴!
電話、切れる
大西
:くそっ
大西、再びダイヤルしようとする
恵美
:ちょっと!
恵美、携帯電話を奪う
大西
:なにすんだよ!
洋一
:一人、一回までです
大西
:誰が決めたんだ、そんなルール!
恵美
:ていうかそもそも、あんたの若頭に可能性を感じない
大西
:なんだと、てめぇ、表出ろ!
洋一
:表出れないから困ってるんです、ぼくたち
大西
:あぁ?
瑠里
:あのぉ、コーヒーでも飲みませんか?
一同
:は?
瑠里、コーヒーカップと水筒をカバンから取り出して、カウンターに並べる
洋一
:なんでそんなものを
瑠里
:わたし、好きだったんですよ、実は、この店。取り壊されちゃう前に気分だけでも、と思って、これ持ってきたんですけど、ちょうど良かった
大西
:良くねぇよ!お前なぁ、のんきなこと言ってる場合か?
瑠里
:砂糖にシュガーに、あとクリープもありますよ
洋一
:砂糖とシュガーは同じです
恵美
:チューハイとかないの?
瑠里
:ごめんなさい、コーヒーだけしか
恵美
:じゃ、いらない
瑠里
:どうですか?
直紀
:俺、コーヒー飲めないんで
瑠里
:(洋一に)あなたは…
洋一
:結構です
恵美
:今度こそわたしだね
大西
:てめぇ、妙なことに勘付かれるんじゃねぇぞ
恵美
:大丈夫だって、だてに三年間演劇部やってないから
直紀
:気合入れすぎて留年ですけどねぇ
恵美
:うるさい
洋一
:え、じゃぁ、君、まだ高校生ってこと?
直紀
:同級生です、今は一応
恵美
:あんたも三年まで部活やれば良かったのに、もったいない
直紀
:先輩みたいにはなりたくないんで
恵美
:あぁ?
直紀
:いや、先輩みたいにはなれません、って。すごいんですよ、賀古先輩。引退前の最後の劇なんか、脚本、演出、出演、全部やっちゃったんですよ
瑠里
:すごいね
直紀
:しかも、部員が六人しかいないのに登場人物が十二人もいる話つくっちゃって
瑠里
:どうしたの?
恵美
:一人七役やってやった
洋一
:無茶な
直紀
:自分一人でトラさん、熊さん、ヤギさん…
瑠里
:どんな話なの?
恵美
:聞きたい?
瑠里
:いや、そこまでは…
恵美
:しょうがないなぁ、聞かせてあげよう
瑠里
:いや、だから、特には…
恵美
:時は、江戸時代!
照明が変わる。音楽がかかる
洋一(語り手)
:(ドラム缶を軽快にたたき)波は金色、水面に月夜。森の仲間たちは今夜も浜辺に集まって、月の光のもとに語り合っていた
ステージに、恵美・瑠里が現われる
恵美(熊さん)
:なぁ、キツネさん、最近ウサギさんの元気がないとは思わないか?
瑠里(キツネさん)
:そうねぇ、熊さん。まぁ、こんな森にいれば気も滅入るわよね
恵美(熊さん)
:虫は多いし
瑠里(キツネさん)
:食べ物は少ないし
恵美(熊さん)
:夏は暑くて、冬は寒い
瑠里(キツネさん)
:それとやっぱり、友達のキリンさんがリストラされたのが気になってるんじゃない?
直紀がステージに上ってくる
直紀(キリンさん)
:そうですかねぇ、やっぱりぼくのことが気になってるんですかねぇ
瑠里(キツネさん)
:あら、キリンさん、いたのね、ごめんなさい
恵美(ヤギさん)
:そういう陰気な男ってちょーうざーい
瑠里(キツネさん)
:ちょっと、ヤギさん、やめなさいよ
恵美(トラさん)
:そうだ、キリンさんだって色々考えてるんだ
恵美(お猿さん)
:そーだそーだ!
恵美(ネズミさん)
:ヤギさんなんか嫌いだー!
恵美(ハイエナさん)
:キリンさんが好きだー!
恵美(コヨーテさん)
:ゾウさんはもっと好きだー!
直紀(キリンさん)
:ありがとう、トラさんお猿さんネズミさんハイエナさんコヨーテさん
洋一(語り手)
:(ドラム缶を軽快に叩き)そこへ、ウサギさんがやってきた
大西がステージに現われる。他の三人はステージから下りる
大西(ウサギさん)
:ねぇ、わたし、みんなに聞いてほしいことがあるの!
瑠里(キツネさん)
:どうしたんだい?ウサギさん
洋一・恵美・直紀
:どうしたんだい?ウサギさん
大西(ウサギさん)
:みんな、こんな森は捨てて、月へ行きましょう!
一同
:えぇっ!?
大西
:わたしのおばあちゃんのおじいちゃんの友達の親戚のとなりの人のそっくりさんが、月に住んでたんだって!
瑠里
:それ、他人じゃん、ウサギさん!
恵美・直紀・洋一
:それ、他人じゃん、ウサギさん!
大西
:月には、素晴らしい世界が広がってるんだって!
一同
:えぇっ!?
洋一(語り手)
:興奮する森の仲間たち!そこに一人の少女がやってきた。その謎の少女、それが…
舞台中央奥に、“謎の少女”のシルエットが浮かび上がる
一同
:おはな!
一瞬暗転して、照明、戻る
恵美
:って話
洋一
:訳が分からない
瑠里
:…以外とファンタジックな話なのね
洋一
:というかむしろすごくシュールだ
大西
:少し気になることがあるんだが
恵美
:続きが知りたい?
大西
:いや、そんなことより
恵美
:そんなこと?
大西
:今の話を聞いていると、なぜだか、お前の想像の中で俺がウサギさんにキャスティングされてる気がしてならないんだが…
一瞬間。恵美、携帯電話を持つ
恵美
:064の…
大西
:なぜ答えない!
洋一
:評判は?
直紀
:それがビックリするくらい不評で
恵美
:(ダイヤルしながら)あれはおはなのせいだよ
洋一
:最後に出てきた謎の少女?
恵美
:イメージにぴったり合う女の子がいなくてさ…はい
恵美、携帯電話を直紀に渡す
直紀
:え?
恵美
:どーせ、うちには誰もいないから
直紀、電話を耳に当てる
直紀
:…もしもし…お袋!…あ、いや…あの、だから先輩に無理矢理…いや、塾はちゃんと来週行くから…とにかく、すぐに迎えに来て欲しいんだよね…うん…いや、話せば長くなるんだけどさ…とにかく、ほら、分かるでしょ?あの海辺に建ってるさ…
瑠里、下手を見て、固まる
瑠里
:お、お化けぇぇ!
一同、驚く
恵美
:なに?
瑠里
:今、そこに、髪の長い女の人が!
洋一
:えぇっ?
大西、ラジカセを持って、上手に走り去る
恵美
:あんた、どこ行くの!
洋一
:ちょっと!
恵美、洋一、大西を追って上手にはける
直紀
:ちょっと、待ってくださいよ!
瑠里
:ほら、あそこに!(と、下手を指差す)
直紀
:うぁぁ!
直紀、携帯を放り出して上手に走り去る。瑠里もそれを拾い上げ上手にはける
波の音。扉の軋んで開く音
原田菜月が、入ってくる。様子を見渡して戸惑う菜月。ふと、上方の穴に気づいて、月を見上げる。扉が軋んで閉まり、少しびくりとする
上手から直紀が叫びながら上手のステージの上に出てくる。驚いて固まる菜月
直紀
:あれ、戻ってきた?
直紀と菜月、目が合う
直紀、心臓が止まったように固まる
菜月、慌てて下手にはける
恵美が上手ステージの上に出てくる
恵美
:見た?
直紀
:見てません
恵美
:見たでしょ!
直紀
:見てません!
恵美
:見たでしょ、今の。髪の長い女の人が今、ささささってむこうに消えて行くの、見たでしょ!
直紀
:見てません!
瑠里が上手から出てくる
恵美
:ね、わたしも見た、髪の長い女の人
瑠里
:え、うそ
恵美
:うそ、って。あんたも見たんでしょ?
瑠里
:あ、うん、あ、でも、あの、わたし、そういうの敏感だから、他の人には見えないのかな、と思って
恵美
:わたしああいうの初めて見た。意外とくっきりしてた。ねぇ、直紀
直紀
:俺はなにも見てません!
上手から洋一が出てくる
恵美
:サブちゃんは?
洋一
:あの人、どこ行っちゃったんでしょうね
瑠里
:大丈夫ですかね
大西、上手の台の上から出てくる。ほこりやら蜘蛛の巣やらで真っ白になっている
大西
:みんな大丈夫か!
一瞬間
恵美
:あんたが一番大丈夫じゃないよ
瑠里
:どうしてそんなことに?
大西、下りてきてほこりをはらう
大西
:自分でもなにがどうなってこうなったのか良く分からん
恵美
:すごいほこり
瑠里
:屋根裏まで行っちゃったんですね、きっと
洋一
:あ、電話、どうなりました?
恵美
:あ、そうじゃん
一同、瑠里の持つ電話に集まる
瑠里
:電源切れてますね
直紀
:え、まだ持つと思ったのに!
大西
:お前がお化けごときにびびって逃げ出したりしていなければ!
直紀
:最初に逃げたくせに
大西
:なんだと!
瑠里
:まぁまぁ、ちょっと一休みして、コーヒーでも飲みましょうよ
恵美
:あんた、とことんのんきだね
大西
:こうなったら、誰かがあの穴までジャンプでもするしかないな
恵美
:いや、無理でしょ、それは
瑠里
:さすがにちょっと届かないと思いますけど
大西
:…ただの冗談だ
直紀
:(恵美に)ちょっとこの人頭悪いんじゃないんですか?
大西
:かっちーん
直紀
:あ、ただの冗談です
大西、直紀に詰め寄る
恵美
:もうちょっと低い所に穴開けてくれれば良かったのにねぇ
洋一
:これ、もしかしたら届くんじゃないですかね?
一同
:は?
洋一
:ほら、その辺にあるのとか色々積み上げたら、何とかして届きそうじゃないですか?
直紀
:あんなとこまで?
恵美
:よし、とにかくやってみよう
洋一、恵美、直紀、作業を始める
大西
:でも誰が上るんだ
洋一
:それは届いたときに考えましょう
恵美
:グダグダ言ってないで手伝ってよ。うわこれ、重
大西
:しょうがねぇなぁ
大西、恵美のてこずっていた荷物をもってやる
瑠里もためらいながら手伝う
みんなで木箱やら袋やらをドラム缶の上に積んでいく
大西
:おい
恵美
:なに?
大西
:さっきの話、あの後どうなるんだ?
恵美
:やっぱ気になるんだ
大西
:良いから話せ
恵美
:実は、おはなはNASAの職員だったの
大西
:は?
洋一
:NASA?
瑠里
:江戸時代の話じゃなかったの?
恵美
:細かいことは気にしない
瑠里
:細かいことかなぁ
恵美
:それでおはなは、森の仲間たちにこう提案するの。「わたしたちのアポロ13号で、月まで連れて行ってあげましょうか?」
洋一
:君、ちょっと乗ってみて
恵美
:わたし?
洋一
:一番身軽そうだ
恵美
:高いとこ苦手なんだけど
大西
:抑えててやるから
恵美
:しょうがないなぁ
直紀
:気をつけてくださいよ
恵美、乗る。一同、抑える。恵美、穴に向かって手を伸ばす
恵美
:ダメだ、まだまだ届かないや
大西
:くそっ
直紀
:あ、そうだ、これ、前来た友達に聞いた話なんですけど、どっかに工事用のはしごが置いてあったらしいんですよ
洋一
:はしご?
大西
:どこに?
直紀
:いや、どこかは分かんないですけど…
洋一
:分かった、探してくる
大西
:早くしろよ
瑠里
:あの
洋一
:なんですか?
瑠里
:わたし、行きます、ここのことは一応、一番詳しいので
洋一
:そうですね…お願いします
瑠里、下手にはける
直紀、ため息をつく
直紀
:今ごろ、親父とお袋、俺のこと探しまわってるんだろうなぁ
恵美
:良いねぇ、心配してくれる親がいて
洋一
:君のご両親だって今ごろきっと…
恵美
:ないない、うちの親、仕事忙しくて娘のことになんか興味ないから
洋一
:自分の子供に興味がない親なんて…
恵美
:もう、めんどくさいなぁ、あんたに何が分かんの?
洋一、黙る
大西
:おい、そのはしご、ほんとに届くのかよ、あんなとこまで
直紀
:結構長いらしいですよ。友達の話だと
大西
:そんなんで、出られるのかよ
間
洋一
:でも、出てどうするんでしょう
一同
:え?
洋一
:ここから出られたところで、どうすることもできないですよね
短い沈黙
洋一
:いや、もう終電もないだろうから、どうしようかなって
間。一同、月を見上げる
瑠里が、服のほこりをはらいながら下手から出てくる
洋一
:あ、どうでした?
瑠里
:ありませんでした、残念ながら
直紀
:えぇ?
恵美
:なんだ、なかったの?
恵美、下りる
大西
:てめぇ、ちゃんと探したのかよ
瑠里
:えぇ、少なくとも、こっちには
洋一
:だれかがむこうに(上手を指して)持って行ったのかもしれませんね
大西
:そっちはさっきさんざん走り回ったけどなかっただろ
恵美
:もう一回(下手を指して)みんなで行って探してみようよ
下手を見て、直紀が固まっている
瑠里
:無駄ですよ、今、ありませんでしたから
恵美
:でもさぁ
直紀
:お、お化けぇ!
一同
:えぇ?
直紀
:そこに、さっきの髪の長い女の人が!
大西、上手に逃げる
洋一
:ちょっと!
直紀
:うぁぁぁぁ
洋一、大西を追いかける。直紀も上手にはける
恵美
:待ってよ!ちょっと!
恵美、上手にはける。不思議そうにそれを見る瑠里
下手に菜月が現れ、様子をうかがう。瑠里、気配を感じる。菜月、それに気付き下手にはける
瑠里、振り返るがそこには菜月はいない
瑠里
:誰かいるの?
返事はない
瑠里
:…いるわけないよね…誰も。こんなとこに
波の音
瑠里、ドラム缶の上の木箱などを下ろし、がらくたをもともとあった奥の場所に片付け始める
洋一が上手ステージの上に出てきて、その様子を見つめる
洋一
:なにしてるんですか?
一瞬間
瑠里
:もう、積んであっても意味ないじゃないですか
洋一、少しの間瑠里の様子を見てから、下りてきて瑠里を手伝う
二人、しばし、黙々と作業。静寂の中に二人の息遣いが聞こえる
瑠里、手を止めて洋一を見つめる
瑠里
:あの…
恵美、上手ステージの上に出てくる
恵美
:どこまで臆病なんだあいつらは!
瑠里
:また屋根裏まで行っちゃったんですか?
恵美
:知らない(と、下りてくる)。あれ、崩しちゃったの?
瑠里
:はしごなかったから
恵美
:いや、でも…
洋一
:…コーヒーもらえますか?
瑠里
:もちろん…あなたもどう?
恵美
:…だから今の気分はチューハイだって
瑠里、カップに入ったコーヒーを洋一に渡す
瑠里
:お仕事、なにされてるんですか?
洋一
:…
瑠里
:言いたくなかったらいいですけど
洋一
:教師です
瑠里
:先生ですか?
洋一
:でも、もう、辞めることにしました
瑠里
:どうして
間。洋一、コーヒーを一口飲む
洋一
:担任してるクラスに一人、すごくおどおどした女の子がいました。知らない人と会うと、逃げ出してしまうような子で。だんだん、休みがちになって。そのうち家からも出られないようになってしまって。ぼく、ほとんど毎日家に行きました。会ってもくれませんでしたけど
瑠里
:良い先生じゃないですか
恵美
:毎日はちょっとうっとうしいけどねぇ
洋一
:昨日、学校に手紙が届きました。退学すると
瑠里
:え…
洋一
:今日、家に行ったら、その子の母親に、言われたんです。もう来ないでくれ、って、ぼくの干渉がプレッシャーで逆効果なんだ、って。すごく疲れた顔で
間
洋一
:ぼくなんかいない方が良かったんです
間
瑠里
:今日は、なんでここに?
洋一
:…何年か前に、まだオープンする前だったみたいですけど、一人で旅行してる時に、たまたまここで休ませてもらって。その時に、約束したんです
恵美
:約束?
洋一
:もう顔も覚えてないんですけどね、店の中暗かったし
上手ステージの上に、体が真っ白になっている直紀と大西が出てくる
大西
:みんな、大丈夫か!
恵美
:…勝手にしろ
直紀
:あれ、せっかく積み上げたのに
恵美
:やっぱ無理だって
大西
:だから言ったろうが
恵美
:お腹空いたなぁ
直紀
:俺たち、このまま永久に出られないんですかねぇ
恵美
:なに言ってんの
直紀
:(ぞっとしたように)あぁっ…
恵美
:(ぎょっとして、うっとうしそうに)なに?
直紀
:もしかしたら、俺たち、閉じ込められてるのかも
大西
:何をいまさら
直紀
:いや、そうじゃなくて
洋一
:どういうこと?
直紀
:俺、最初からなんかおかしいと思ってたんですよ。ここやけに片付きすぎてませんか。ゴミやなんかも、ほら、全部端に寄せてあって。まるで…誰かがいつも来てるみたいに…
大西
:だから、てめぇ、何が言いてぇんだよ
直紀
:だから…ひょっとしたら…ここの前の店長が、俺たちのこと、ここから出られないようにしてるんじゃないですかね?
一瞬間
恵美
:なに、バカなこと言ってんの?
直紀
:先輩も見たじゃないですか、さっき、髪の長い女の人。電話の邪魔をしたのだってそれだし、ほら、はしごを探しに行こうとした時にも…
恵美
:じゃ、なに、あれが前の店長の幽霊だっていうの?
直紀
:借金から逃げるために夜逃げしたものの、取り立て屋の追及はおさまらず、その厳しさに耐えかねて…
瑠里
:違うんじゃないかなぁ
恵美
:だって、だいたい復讐するならサブちゃんだけでいいじゃん!
大西
:なんで俺だよ
恵美
:だって、あんたの組がずっと追っかけてるんでしょ
洋一
:店長さん、亡くなったんですか?
大西
:知らねぇよ、俺は、そんなこと
恵美
:なんでわたしたちまで一緒に
直紀
:たまたま巻き込まれちゃったんですよぉ
大西
:てめぇいい加減にしろよ
瑠里
:ちょっとコーヒー飲んで落ち着き…
大西
:しつこいぞ!
瑠里
:すいません
直紀
:俺たち、ここで、飢え死にして…
恵美
:直紀!
直紀
:何十年も誰にも見つけられずに…
瑠里
:大丈夫ですよ
直紀
:この中に放っておかれるんですかねぇ
瑠里
:明日の朝にはここ取り壊されちゃいますから
一瞬間
一同
:は?
瑠里、しまった、という表情
大西
:てめぇ、今、なんつった
瑠里
:いや、あの…
洋一
:明日の朝?
恵美
:どういうこと?
瑠里、気まずい間
瑠里
:あの…ほら、これ、全部、工場から出た廃液とか、色んな業者が勝手に捨てていったやつなんですけど、この際、全部まとめて潰して、ごまかしちゃおうって考えられてて…
一同
:…
瑠里
:だから、明日の朝早く、人目につかないうちに、取り壊されるんです、ここ
一同、沈黙
大西
:なんでそんなこと早く言わねぇんだよ!
瑠里
:言ってもしょうがないかな、と思って
直紀
:やっぱりそうなんですよ!店長の幽霊がぼくたちのこと道づれにしようとしてるんですよ!
恵美
:ちょっとあんた黙っててよ!
大西、ラジカセを持って上手にはけかける
洋一
:どこ行くんですか?
大西
:こんなこと話しててもしょうがねぇだろ。出口探すんだよ。おい、坊主、来い
直紀
:えぇ?
大西
:てめぇら、もし勝手に出口を見つけて逃げたりしたら…この坊主の命はないものと思え
直紀
:なんでそうなるんですか!
大西
:いいからいくぞ
直紀
:お、お願いしますよ。俺、まだやりたいことたくさんあるんですよ…
大西、直紀を引きずって上手にはける。間
瑠里
:ねぇ、さっきの話続きどうなるの?
恵美
:そんなこと話してる場合?
瑠里
:あせったって仕方ないじゃない
恵美
:…どこまで話したっけ
瑠里
:おはなが実はNASAの職員だった、ってとこまで
恵美
:そうそう、それでね、森の仲間たちはロケットで月に向かって飛び立つんだけど…
瑠里
:ついに飛び立っちゃったんだ
恵美
:けど、エンジンの故障で月には行けなくなってしまう。しょうがないから地球に帰ろうとするんだけど、なぜか、どうしてもロケットは月に向かってしまう。真っ暗な闇の中を漂う森の仲間たち。酸素もだんだん薄くなっていく。と、その時、森の仲間たちは原因を見付けたの
瑠里
:それは?
恵美
:それは…(ため息をついて)やっぱり、わたしも出口探してくる
恵美、下手にはけようとする。慌てた様子の瑠里
瑠里
:あ、そっちはもうさっき見たから…
恵美
:いいからいいから
恵美、下手にはける。それを見送る瑠里。間。波の音
洋一
:不思議なもんですね
瑠里
:え?
洋一
:こうやって月の光なんて浴びてると、ここでずっと閉じ込められてるのも悪くない気がしてきます
瑠里
:…
突然、下手から恵美の悲鳴。洋一、瑠里、顔を見合わせて下手にはける
入れ違いに、下手から、逃げるように菜月が入ってくる。
菜月、周りを見まわす。舞台奥のがらくたの中に埋もれた、バケツの中に咲く花を見つける、それを手に持ち、見つめる
上手からやってくる人の気配を感じて、慌てて花を置き、下手に行きかけるが、そちらには恵美たちがいるのを思い出し、下手階段そばのがらくたの陰に隠れる
上手ステージ上に大西と直紀が出てくる
大西
:くそっ、どこもかしこも蜘蛛の巣だらけだ
直紀
:今、なんか悲鳴聞こえませんでした?
大西、誰もいないのに気付く
大西
:あいつら、逃げやがったな!
直紀
:えぇっ!
大西、あちこち探すがいない
大西
:くっそぉ
大西、直紀を睨む
直紀
:そ、そんな、賀古先輩が俺を置いて逃げるわけないじゃないですか
大西
:じゃ、どこに行ったっていうんだ
直紀
:あ…もしかして…
大西
:もしかして、なんだ?
直紀
:やっぱ良いです
大西
:なんだ、言えよ!
直紀
:もしかして、ですけど…お化けに連れて行かれた…
大西
:うぁぁぁぁぁぁ!
直紀
:うぁぁぁぁぁぁ!なんですか、急に!
大西
:お、お前がバカでバ、バカなこと言うからだろ!
直紀
:だ、だって、現にさっき、変な悲鳴聞こえたじゃないですか!そ、それに、この花、さっきまでこんなとこになかったじゃないですか。誰かが動かしたんですよ
大西
:なに言ってんだよ、そんなわけねぇだろ!
大西、ラジカセで「与作」をかける
直紀
:まさか、それ、怖いからかけてたんですか
大西
:まさか
直紀
:じゃ、なんで、さっきから持ち歩いてるんですか?
大西、強がってラジカセを切る
大西
:とにかく、あの三人を探しに行くぞ。み、見付けたらぶっ殺してやる
直紀
:声と台詞が合ってませんよぉ!
大西
:もういい、行くぞ…こんなもの!
二人、ラジカセを置いて、密着して下手に出て行く
下手から洋一・瑠里・恵美が出てくる
洋一
:いちいちそんなにわめくなよ
恵美
:だって、ほんとにいたんだもん、さっきの髪の長い女の人
瑠里
:今、なんかまた悲鳴聞こえませんでした?
三人、置いてあるラジカセに気付く
洋一
:あれ、あの二人、戻ってきたのかな
瑠里
:この花…なんでこんなとこに
三人、顔を見合わせる。間
恵美
:なおきぃ…サブちゃぁん…
瑠里
:なおきくぅん…
恵美
:ま、まさか、さっきの幽霊にさらわれたんじゃ
瑠里
:いや、そんな
洋一
:とにかく、探しに行ってみましょう
瑠里
:え、えぇ
瑠里、洋一、上手にはける
恵美
:ちょっと待ってよ、直紀ぃぃぃ!
恵美、二人の後を追って上手にはける。
すれ違いに、上手ステージ上に大西と直紀が入って来る
大西
:今、俺たちの助けを呼ぶ声が聞こえたぞ!
直紀
:賀古先パーイ!
大西
:あ…花が…
直紀
:また動いてる…
一瞬間
大西・直紀
:うぁぁぁぁあ!
瑠里・洋一・恵美が上手から駆け込んでくる
恵美
:直紀!
直紀
:賀古先輩!
大西
:てめぇら、どこ行ってたんだよ!
恵美
:そっちこそ!
その時、下手階段の方から物音がする
一同、息をのんで下手階段に注目する
瑠里
:誰かいる
大西
:て、てめぇ、ゆ、幽霊だったらぶっ殺す!
洋一
:幽霊だったらもう殺せないでしょ
恵美
:で、出て来い!
下手階段の後ろから、ゆっくりと、気まずそうに菜月が姿をあらわす
直紀
:さ、さっきの幽霊…
大西
:て、てめぇ、どこのどいつ…
洋一
:原田?
大西
:んぁ?
菜月
:先生…
瑠里・直紀・大西
:先生!?
恵美
:おはな!
直紀
:おはな?
恵美
:やっと見付けた!おはなのイメージにぴったり!
菜月
:え…
恵美
:ねぇ、わたしと一緒にお芝居やんない?
直紀
:ちょっと、変な勧誘しないでください
直紀、直紀に詰め寄る恵美を止める
洋一
:原田…
菜月、洋一と目が合って、下手階段に逃げかける
恵美
:開かないよ、中からは
菜月
:…
恵美
:閉じ込められてんだよね、あたしたち
菜月
:…
洋一
:原田、なんでこんなところにいるんだ
菜月
:…
洋一
:家から、出られたのか?
恵美
:…え、じゃぁ、
瑠里
:この子が、その…
大西
:なんだ、なんの話だ
洋一
:どうやって来たんだ、ここまで
菜月、一枚の紙を洋一に見せる
洋一
:月が見えます…波の音が聞こえます…そっか、これか…
直紀
:なんですか、それ
洋一
:君も、持ってたのか。どこでもらったんだ、これ
菜月
:…どっかで、拾った…
直紀
:しゃべった
洋一
:そうか
間
洋一
:ごめんな、原田。今日、お母さんから言われたよ、もう来ないでほしいって
菜月
:…
洋一
:ごめんな、もう行かないから。もう、教師も辞めるから
菜月
:…
洋一
:放っておいてほしかったんだよな、ぼくになんか、構って欲しくなかったんだよな
菜月
:…
洋一
:なんか言ってくれよ
間
瑠里
:…コーヒーでも、飲みましょうか…
洋一
:なんとか言えって言ってるだろ
恵美
:ジョナサン、ちょっとさぁ、落ち着きなよ
洋一
:君には関係ないだろ
恵美
:そりゃ、ないっちゃないけど、怖がってんじゃん、その子
直紀
:それに、早く出口見つけないと、朝になっちゃいますよ
洋一
:だいたい、君たちのせいで閉じ込められてしまったんじゃないか
直紀
:すいません…
恵美
:ねぇ、それ、今言わなきゃいけないことかなぁ
洋一
:子供は好き勝手できていいな
瑠里
:ねぇ、みんなで飲みましょうよ、コーヒー
恵美
:…あったまきた…
瑠里
:砂糖にフレッシュにクリープに…
恵美
:あんた何様?どうしようもないことで悩んでんのはあんただけじゃないんだよ?
大西
:ったくうるせぇなぁ、どいつもこいつも、落ち着けっつってんだろ
洋一
:ヤクザに説教されたくないよ
大西
:あ?
瑠里
:ねぇ、お願いだから…みんなで…
直紀、下手にはけかける
恵美
:どこ行くの?
直紀
:はしご、探すんです!
直紀、下手に走り去る
洋一
:銃もまともに撃てないような中途半端なヤクザに説教されたくありません
大西
:なんだと、てめぇ…
大西、ベルトに挟んであった銃を手に持つ
瑠里、体を縮め、一人で何かをつぶやき始める
瑠里
:いらっしゃいませ…ご注文は何になさいますか…かしこまりました…いらっしゃいませ…ご注文は何になさいますか…(言い争いが激しくなる裏で、声がだんだん大きくなっていく)
洋一
:もういいじゃないですか。明日の朝になればみんな生き埋めなんです。それでいいじゃないですか。ぼくも、あなたも、君も、誰も!いなくなっても誰も困らないんですから
大西
:てめぇ、いい加減にしろよ
大西、銃を洋一に突き付ける
直紀、木材の破片を手に持って、下手から戻ってくる
直紀
:はしご、壊されてました!
恵美
:え?
洋一
:今日だってそうだよ!
直紀
:やっぱそうなんですよ!
洋一
:もしかしたら、俺のことを待ってくれてる人が一人でもいるんじゃないかと思って来たけど
直紀、狂ったように電源の切れた携帯を操作しようとする
恵美
:直紀!
洋一
:とんだ勘違いだった!
直紀
:俺たち、閉じ込められてるんだ!
洋一
:待ってたのはこんな、ほこりだらけの廃墟だった!
瑠里
:月が見えます!
照明変わる。一同、瑠里の方に振り向いて、静止する
瑠里
:月が見えます…波の音が聞こえます…
波の音。瑠里と洋一を、照明がほのかに照らす。回想
洋一
:すいませんでした、オープン前なのに
瑠里
:いえいえ。一度や二度試験に落ちたからって、あきらめちゃだめですよ、先生になるの
洋一
:…コーヒー、ごちそうさまでした、おいしかったです
瑠里
:良かった
洋一、一枚の紙を見付ける
洋一
:あれ…なんですか、これ
瑠里
:あ、それ、オープン用に配るチラシなんですけど、どう思います?
洋一
:良いんじゃないですか?地図も入ってて見やすいし
瑠里
:キャッチコピーは、わたしが考えたんですよ
洋一
:「月が見えます。波の音が聞こえます。ようこそ、海の見える喫茶店へ」良いじゃないですか
瑠里
:ほんとに?良かった。オープンしたら、また来てくださいね
洋一
:ええ、必ず。それじゃ、そろそろ
瑠里
:絶対来てくださいね
照明、戻り、ストップモーション解ける
洋一
:あなた、あの時の、店長さん…
間
瑠里
:ありがとう、覚えててくれて
直紀が、携帯電話を見てなにかに気付く
直紀
:あ!
恵美
:どうしたの?
直紀
:電源、入りました
恵美
:うそ、だって電池切れだって
直紀
:電池まだちょっとあります。ほら
恵美
:じゃ、なんで…
瑠里
:電源はわたしが切りました
直紀
:え…
大西
:てめぇ、どういうことだ
瑠里
:はしごは、わたしが壊しました。お化けだ、って叫んだのも嘘です
間
瑠里
:というか、お化けはわたしかもしれない
恵美
:え…?
瑠里
:毎晩、ここ来てるんです、わたし。これ(カップを指して)持って…最初はただ未練があって来てただけだったんですけど、だんだん、想像が膨らんで来ちゃって…こうだったら良かったのに、こんなお客さんと、こんな話できたら楽しかったのに、って
間
瑠里
:それも、今日で最後だったから…どうせなら、一人じゃなくて、誰かと一緒にコーヒー飲みたいじゃないですか
大西
:あのなぁ、そんなのはてめぇの勝手なんだよ
瑠里
:すいません…
大西
:巻き込まれる俺たちの迷惑は考えなかったのかよ!
瑠里
:でも初めてだったから!
間
瑠里
:一晩にこんなにお客さんが来るの、初めてだったから…
間
瑠里
:分かってるんです、仕方がなかったって。店が潰れてしまったのは、悲しいけど、でも、それはそれで納得できてるんです。でも、せめて誰かに覚えてて欲しかった…。ここに、こういう店があって、こういうコーヒーを出してたんだ、ってことを、覚えてて欲しかったんです、誰かに…本当にすいません
長い間
大西
:もう良い。てめぇなんててめぇのくそみてぇな店と一緒に潰されちまえばいいんだ
大西、上手ステージの上からはける
直紀
:あ、本当に電池切れちゃいました…
恵美
:わたし、もう一回出口がないか、探してくる。あんた、ドアノブ直せないかやってみて
直紀
:あ、はい
恵美、上手にはける
直紀、下手階段にはける
菜月、洋一と目が合い、下手にはける
いたたまれなくなった洋一、上手ステージの上からはける
一人残された瑠里。波の音
瑠里、散らかった木箱など、整えていく
片付いた所で、ドラム缶の上に、カバンから取り出したテーブルクロスをかける
瑠里
:…いらっしゃいませ…ご注文は何になさいますか…かしこまりました…いらっしゃいませ…席があくまで、少々お待ちください…ありがとうございました…またお越しください…いらっしゃいませ…
瑠里が小声で一人演技を続けていくうちに、照明が変わる
上手ステージ上に、他の五人が出てくる
恵美
:ちょっとちょっと、地球に戻れない原因が分かったよ
洋一
:それはいったいどういうことだい?
直紀・大西・菜月
:それはいったいどういうことだい?
恵美
:キツネさんが、邪魔してたんだって
洋一
:キツネさんが?
直紀
:また、どうして?
恵美
:どうやら、どうしても月にいきたいらしい
大西
:迷惑な話だよ
直紀
:自分の妄想に人を巻き込んで
菜月
:ちょっと勘弁してもらいたいものですね
直紀、大西、菜月、恵美、以下の台詞を口々に呟き、繰り返しながら、舞台全体に散らばっていく
直紀
:最初からおかしいと思ってたんですよ…閉じ込められてるんだ…人の迷惑を考えなかったんですかね…道連れにしようとしてるんですよ…なにか信用できないと思ってたんです…ぼくたち、永久に出られないんですかね…迷惑な話ですよ…
大西
:…自分の妄想に人を巻き込んで…そんなのはてめぇの勝手なんだよ…ちょっと勘弁してもらいたいもんだな…潰されちまえばいいんだ…
菜月
:迷惑な話ですね…初めからおかしいと思ってたんですよ…いない方が良かったんです…勘弁してもらいたいもんですね…いなくなっても誰も困らないんですから…どうすることもできないんですよね…なにか信用できないと思ってたんですよ…
恵美
:ちょっと勘弁してもらいたいもんだね…どうしようもないことで悩んで…なんでわたしたちまで一緒に…人の迷惑を考えなかったのか…あんたになにが分かるの…最初からおかしいと思ってたんだ…
四人の声、だんだんと小さくなっていく
それぞれ立ち止まり、上方を見上げる
短い沈黙
洋一
:そいつにしても
直紀・恵美・菜月・大西
:そいつにしても
洋一・直紀・恵美・菜月・大西
:月にはなかなか、たどりつかないねぇ
照明、戻っていく。波の音
直紀は下手の階段の上に、恵美は上手手前に、大西と洋一は上手ステージ上に、菜月は下手手前に、瑠里を見つめて立っている
瑠里
:…ありがとうございました…またおこしください…
間
恵美
:コーヒーくれない?のど渇いちゃった
大西
:俺も一杯くれ、上はほこりっぽくてダメだ
恵美、大西、ドラム缶の周りに置いてある木箱に座る
面くらう、瑠里
瑠里
:…かしこまりました
直紀
:ダメです、やっぱこれくっつかないです
直紀も下りて来て、座る
恵美
:そりゃそうだよ
直紀
:なんですか、それ
恵美
:出られるとこ、やっぱなかったなぁ
大西
:屋根裏の方もどうやら無理だな
直紀
:俺たち、生き埋めになっちゃうんですかねぇ…源五郎みたいに…
大西
:うるせぇ!
恵美
:(菜月に)あんたもそこ座ったら?
菜月
:…あ、はい…
瑠里、カップ2つをテーブルに持ってくる
瑠里
:どうぞ
大西
:ったく、酒のみのガキにコーヒーの味が分かるのかよ
恵美
:ほんとはさ、お酒なんておいしいと思わないんだけどね
直紀
:え、じゃ、なんで飲むんですか?
大西
:そんなもんなんだよ、ガキっつうのは
恵美
:(洋一に)あんた、いつまでそんなとこに突っ立ってる気?
一同、洋一に注目。菜月も振り向いて、洋一と目が合う。はけようとする洋一
大西
:おいこら、メガネ(※あるいはなんらかの外見的特徴で呼ぶ)
洋一、立ち止まる
大西
:俺はなぁ、別にこんな仕事好き好んでしてるわけじゃねぇし、この先ろくな未来が待ってるわけでもねぇ。そんでもな、俺はここにずっと閉じ込められてようなんとは思わねぇんだ。なんでか分かるか?
直紀
:…なんでですか…
大西
:知らねぇよ!
直紀
:えぇ?
大西
:知らねぇけど、それでも歩いてかなきゃなんねぇだろうが、それが生きるってことだろうが
間
瑠里
:…原田さん…だっけ。さっきのチラシ、ほんとにどこかで拾ったの?
菜月
:…
瑠里
:あのチラシね、結局配れなかったの、印刷するお金がなくて。だから、(洋一を見て)渡したのは、あなただけなんです…
洋一
:…
菜月に視線が集まる
菜月
:…拾ったんです。さっき、駅で先生のポケットから落ちたの
洋一
:…後つけて来てたのか?
菜月
:…わたしのせいで、先生に辞められたら困るから
洋一
:え…
菜月
:もう、うちには来なくていいです
洋一
:…
菜月
:もう、大丈夫ですから。一人でここまで来れましたから
洋一
:…
間。大西が、目頭をそっとぬぐう。それに気付く、直紀
直紀
:今、泣きましたね
大西
:泣いてねぇよ
恵美
:泣いてた、確かに
直紀
:泣きましたよ、絶対
恵美
:(菜月に)泣いたよね
菜月
:…泣いてました…
恵美
:ほらぁ!
大西
:てめぇら、表出ろ!
洋一
:だから、出れないんですって
洋一、下りてくる
瑠里、さりげなく、下手階段にはける
大西
:くっそぉ、ったく、公園で若頭が変なものさえ拾って来なければ
間
恵美
:え?
直紀
:拾って、きた?
洋一
:あなた、赤川組の人じゃないんですか?
大西
:なんだそれ
恵美
:通りで若頭がアホっぽいと思ったんだ
大西
:あ、アホだと!
扉が軋んで開く音。一同、下手階段に注目。
恵美
:誰か来た?
下手階段から、瑠里が登場
一同
:え?
大西
:今の、てめぇが…
洋一
:中から開けたんですか?
瑠里、無言で階段から下りてくる。直紀、扉を見に行く
直紀
:本当だ!開いてます!
一同、駆け寄る
大西
:うぉぉぉぉ!
一同、喜ぶ
洋一
:でも…どうやって?
一同、瑠里に注目
瑠里
:…ドアノブなくても開くんです、ちょっと工夫すれば
恵美
:うっそ
大西
:てめぇ、それも知ってて(恵美と同時に)
直紀
:ちょっと勘弁してくださいよ(恵美と同時に)
恵美、直紀、大西、瑠里に詰め寄る。瑠里、深く頭を下げる
瑠里
:ありがとうございました…最後のお客さんになってくれて
間
洋一
:…店長さん…
大西、コーヒーを飲み干して、カップを瑠里に返す。銃を奥に捨ててあったかわいらしいカバンに入れ、そのカバンとラジカセを持ち、下手階段に歩み寄る
洋一
:銃、捨ててかないんですか?
大西
:こんなとこ、危なくて捨ててけねぇよ…それに、もうがらくたは十分だろ
瑠里
:…
大西
:(直紀に)坊主…立派な男になれよ
直紀
:…兄貴
大西
:あ、それから、(瑠里)おい、てめぇ、警察にちくったりしたら、お前のことも組のやつらにばらすからな
瑠里、頭を下げる。大西、下手階段から去る
直紀
:それじゃ、俺たちもそろそろ…
恵美、座り込む
直紀
:先輩…帰りましょ
恵美、コーヒーを飲み干す
恵美
:ま、他に行くとこないしね
恵美、カップを瑠里に返す
恵美
:ごちそうさま
恵美、菜月に歩み寄る
恵美
:あんた、いくつ?
菜月
:…十六です
恵美
:そっか、じゃ、あんたも高校生か…いや、ほんとはわたしはもう高校生卒業してるはずだったんだけど…ま、いいや…
短い間。恵美、今までで一番優しい笑顔
恵美
:…また、ね
菜月
:…
直紀
:先輩、早く行きましょうよ
恵美
:はいはい
瑠里
:あ、ねぇ
恵美
:ん?
瑠里
:あの話、最後、どうなるの?
恵美
:知りたい?
瑠里
:ぜひ
恵美
:…キツネさんを説得して、地球に帰ってきた森の仲間たちは、森で一輪の小さな花を見つけました。そして、ずぅっとやむことのない波の音を聞きながら、元気に生きていきましたとさ
瑠里
:…いい話ね
恵美
:でっしょぉ?いつか絶対再演してやるから。あ、その時はおはな、よろしくね
菜月
:おはな?
直紀
:先輩
恵美
:はいはい、それじゃぁね
直紀、下手階段から去る。恵美、はけかける
洋一
:あ、あの…
恵美
:今度はなに?
洋一
:あの、怒鳴ったりして…
洋一、頭を下げる
恵美
:…ま、お酒はもう一年我慢しとくよ
洋一
:…
恵美
:ばいばい
恵美、下手階段よりはける
洋一
:(菜月に)家まで送ってくよ、お母さんも心配なさってる…
洋一、菜月がじっと花を見つめていることに気付く
菜月
:こんなとこでも、花が咲くんですね
洋一
:…明日には瓦礫の中に埋もれちゃうんだろうけどな
瑠里
:でも…綺麗です
瑠里、カップにコーヒーを注ぐ
瑠里
:最後の一杯
瑠里、カップを菜月に差し出す
菜月、受け取り、コーヒーを飲み、カップを瑠里に返す
洋一
:…コーヒー、おいしかったです
瑠里
:…ありがとうございます
洋一
:…それじゃ
菜月、下手階段より去る
洋一、はけかけて立ち止まる
洋一
:あの…また、店開くことになったら、絶対、来るので…
瑠里
:…
洋一、急いで、下手階段にはける
一人残される瑠里。音楽
瑠里、何かを決心して、テーブルクロスを勢い良く引き剥がし、カバンにしまう。カップなども、多少乱暴に見えるほどに勢い良く片付けて行く
照明、変わっていく。月が浮かびあがってくる
瑠里以外の五人、舞台にゆっくりと一人ずつ登場する
直紀
:月には行けませんでしたねぇ
大西
:そう簡単にはいかないさ
洋一
:波は金色、水面に月夜
恵美
:月にむらくも、花に風
菜月
:相変わらずですねぇ、この波の音は
洋一
:やみませんねぇ、この波の音は
瑠里、花を見る
五人、瑠里を見つめる
瑠里、月を見上げる。
瑠里
:月が見えます…波の音が聞こえます…(五人の声が、それぞれこだまのように瑠里の後に続く。まるで寄せては返す波のように)
五人も月を見上げる
一同(今度はユニゾンで)
:月が見えます…波の音が聞こえます…
五人、一人ずつ舞台上から去って行く
瑠里、カバンを持ち、店内を見まわしてから、確かな足取りで、出て行く
扉、軋んで閉まる
音楽大きくなる
おわり
※上演にあたって
以下、どちらかというと演出にかかわることですが、参考になれば幸いです。
1. 「舞台奥上方にある月」について
基本的にこの「月」は、現実の場面では消え、抽象的な場面で現れます。
(「大西発砲」「劇中劇」「『瑠里:月が見えます!』の直後」など)
初演の際は、舞台後方に紗幕をはり、「月」はその後ろに吊るし、「月」が現れるシーンでのみ光を当て、それ以外の場面では光を当てないことで隠しました。
2. 「波の音」について
いくつかの箇所でト書きに「波の音」と示しましたが、“ここの「間」では波の音が印象的に聞こえてほしい”という意図です。
「海辺の廃屋」という設定ですので、それ以外のシーンで波の音が聞こえても当然おかしくないですし、実際、初演時には聞こえるか聞こえないぐらいのレベルで波の音は終始流しておき、「波の音」を聞かせたいシーンでレベルを上げました。
3. 「与作」について
大西が愛聴しているのが「与作」で、そこから恵美に(北島三郎から連想した)「サブちゃん」という名で呼ばれるようになるわけですが、演出上大西の聴くものとして他の曲がふさわしい、というアイディアがあれば、変えていただいてもかまいません。
極端に言えば、ラジカセで聴いているのが「We Are the Champions」で、つけられるあだ名が「フレディ」でも良い、ということです。
尚、その他の変更についても、脚本の趣旨を損なわない多少の変更(台詞の言い回し、シーンの一部や台詞のカット)でしたら、特にご連絡いたがかず演出の裁量としていただいて結構です。
その範囲を超える変更、脚色(構成の変更、登場人物の変更、脚本に無い台詞の挿入(アドリブ程度の大筋に影響が無いものを除く)等)については、具体的にお知らせいただいた上で、公演の際は脚色作品であることを明示して上演いただければと思います。
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