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我輩も猫である。」 漱石と愉快な面々
作 神尾直人
 



文豪夏目漱石、現代人に長く“千円札の人“として親しまれた漱石のイメージはどんなものだろう。柔和なインテリ、上品で緻密な文体、天然素材の魅力にあふれた個性的な主人公たち。
しかし、素顔の夏目漱石は、江戸っ子気質の癇癪もちであった。教師職も、イギリス留学も、肌に合わずストレスで、胃潰瘍が持病であった。後年にこそ、則天去私の境地に達観したものの、漱石の人生は案外、破天荒なのである。
我輩は猫である。名前はまだない。この猫のナレーションによって、漱石の家庭、ぼっちゃん、こころ、などの文学作品の誕生秘話、木曜会、イギリス留学、正岡子規との友情関係など、素顔の夏目漱石をユーモラスに描く。

☆登場人物
夏目漱石  主人公
夏目鏡子  漱石の妻
我輩    漱石の猫。小説誕生記念に、政宗という名前になる。
正岡子規  漱石の親友
坊ちゃん  漱石の小説のキャラクター
緑川    アサシ新聞編集者

イギリス人たち

クロ    近所で一番強いおす猫 がってん型の車屋の飼い猫
夏目家の子供たち 5女2男

赤シャツ 坊ちゃんの登場人物 陰湿な教頭 (緑川 二役)
山嵐   正義感の強い性格で生徒に人望がある。名字は堀田。友人
うらなり お人よしで消極的。延岡に転属。名字は古賀。(正岡 二役)
松山高校 生徒たち 坊ちゃんに嫌がらせをする。「ぞなもし」族
マドンナ うらなりの婚約者だった令嬢。(鏡子のニ役)
モサダ  架空人物。赤シャツと談合するやから。

木曜会  内田百閨A芥川龍之介、寺田寅彦

☆人物設定
夏目漱石
本名金之助。鴎外をライバル視している、明治大正の文豪。江戸っ子で、癇癪もち。幼少のころから、様々な病気かかり、後年も胃潰瘍と戦いながら、次々と文学作品を生み出していく。酒は飲めなかったが、胃弱であるにもかかわらずビーフステーキや中華料理などの脂っこい食事を好み、療養中には当時、貴重品だったアイスクリームを欲しがり周囲を困らせた。当時出回り始めたジャムもお気に入りで毎日のように舐め、医師に止められるほど。
胃弱が原因で頻繁に放屁をしたが、その音が破れ障子に風が吹き付ける。漱石は、神経衰弱やうつ病を患っていたされているが、漱石の生涯および作品に対して如何に影響を及ぼしているのかが、精神医学者の格好の研究対象となっており、実際にこれを主題としたいくつかの学術論文が発表されている。
夏目漱石の作品には、順序の入れ替え、当て字等言葉遊びの多用が見られる。例「単簡」(簡単)、「笑談」(冗談)、「八釜しい」(やかましい)、「非道い」(ひどい)、「浪漫」(ロマン)、「沢山」(たくさん)等。「兎に角」(とにかく)など。「バケツ」を「馬尻」、「単簡」などは当時の軍隊用語である。

夏目鏡子
貴族院書記官長中根重一の長女。漱石とは対照的に、裕福でおっとり。5女3男の母。7人の子持ちの母は、現在でこそ大家族だが、明治当時では平均的。子供ほとんどは、癇癪もちの漱石ではなく、鏡子になつく。精神的に波の激しい夫を支え続けるが、放屁(へ)だけは我慢ならない。教師時代、松山、熊本、イギリスと連れ添っていく。江戸っ子の漱石は現地になじめないが、鏡子や子供たちはなじんでいく。.

名無権兵衛
自分のことを我輩と呼ぶ猫。夏目家にいつの間にやら居候している。猫の視点、漱石の人生をユーモラスに語る。

クロ    
近所で一番強いおす猫 がってん型の車屋の飼い猫。とても乱暴者なので我輩は、恐れている。

☆構成
第1章我輩が猫である 漱石をとりまく人物の登場。処女作完成 夏目夫妻の関係性、べったり編集者 騒がしい子供たち 
第2章坊ちゃん    遡ること10年前 松山高校で英語を教える。正岡子規との交流。日清。赤シャツ、山嵐、マドンナ、漱石の誕生。松山高校でのストレスフルな教師生活。鏡子との結婚。漱石は夢と現実が錯綜する。劇中劇、漱石は坊ちゃん、マドンナは鏡子になっている。
第3章イギリスなんか大嫌い イギリス留学。西洋文化、差別との戦い。我輩天に召されて、天国からナレート。うつ病研究対象物にされる。
第4章夏目大先生 多作、子供もたくさん。三四郎、それから、門などを次々と発表。やっときた波、人生最高潮。木曜会。芥川君と意気投合
第5章夢幻に遊ぶ  療養できた修禅寺温泉で倒れる。作中人物と遊ぶ。



第一章  我輩が猫である

我輩   我輩は、猫である。名前はまだない。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩の主人は滅多に吾輩と顔を合せる事がない。職業は教師だそうだ。
    
    玄関をガラガラと開けて主人(漱石)が帰ってくる。

漱石  ただいま。
鏡子  おかえりなさい。
漱石  うん。

我輩  学校から帰ると終日書斎に這入ったぎりほとんど出て来る事がない。家のものは大変な勉強家だと思っている。当人も勉強家であるかのごとく見せている。しかし実際はうちのものがいうような勤勉家ではない。

    漱石は、帰るなり書斎に入り、すぐ寝てしまう。

漱石
  すーすー
我輩  吾輩は時々忍び足に彼の書斎を覗(のぞ)いて見る。時々読みかけてある本の上に涎(よだれ)をたらしている。彼は胃弱で皮膚の色が淡黄色(たんこうしょく)を帯びて弾力のない不活溌(ふかっぱつ)な徴候をあらわしている。
鏡子  ごはんですよ〜。
漱石  うん?はーい。

    家族そろって晩御飯を食べる。

我輩  その癖に大飯を食う。
漱石  がつがつ。うまい、うまい。
我輩   大飯を食った後(あと)でタカジヤスターゼを飲む。
漱石   苦い、ああ苦い。
我輩   飲んだ後で書物をひろげる。

漱石   ごちそうさま。

我輩   二三ページ読むと眠くなる。涎を本の上へ垂らす。これが彼の毎夜繰り返す日課である。吾輩は猫ながら時々考える事がある。教師というものは実に楽なものだ。人間と生れたら教師となるに限る。こんなに寝ていて勤まるものなら猫にでも出来ぬ事はないと。それでも主人に云わせると、教師ほどつらいものはないそうで、彼は友達が来る度に、何とかかんとか不平を鳴らしている。

漱石   だいたいね、聞いてもいない連中にくどくどと教えるなんざね、これは道理がたたんよ。
緑川   先生、先生・・・
漱石   勉強して東大を出て大志をいだかんとする人間はだよ、誰かれに言われるまでもなく、自分で勉強するもんだよ。わたしも、そうだった。
緑川   先生。愚痴を言っておられる暇はないですよ。
漱石   いいじゃないか。仕事が終わって、一息つきもせず、机に向かって筆を走らせているというのに、君のようのっぺりした男が、壁にのっぺりくっついて、四六時中監視されたんじゃ、ええ、こっちがぐったりするよ。
緑川   そんなに、お嫌なら教師のほうを辞めてしまわれてはいかがですか。その上で執筆に専念していただく。
漱石   そうもいかんよ。本だけで生活できないからね。
緑川   「我輩は猫である」猫の視点で人間をパロディにする。これが売れたら、少しはお金も入りますよ。
我輩   我輩の本で、一儲けか。まあ、居候の身分だ。主人に奉公せねば。
緑川   あの猫ですね。猫の名前はつけないんですか。
漱石   我輩は猫である。
我輩   名前はまだ、ない。(にゃー、という音。人間と話すときは以降同じ)
緑川   そこから最後まで名無の権兵衛で通すおつもりで。
漱石   そうだよ、あえてそこは、名無しで、我輩が語り続ける。
緑川   いつから、いるんですか。
漱石   さあね、いつからかね。
我輩   一昨年の夏、いき倒れて、奥様に助けもらった。
緑川   おす、ですか?
漱石   見ればわかるだろう。
我輩   その通り、ほらみろ。
緑川   おすでよかった。
漱石   何故。
緑川   この猫、およそ猫としての器量はよしとはいえませんね。
我輩   おまえに言われたくない、この、のっぺり。ミドリのっぺり。
漱石   そうか?おまえさんよりは男前だと思うがね。
緑川   何ですか?猫で、思い出しましたけどね、もう少し、猫どうしの会話を増やしてもよいのではないですか?
漱石   どうして?
緑川   面白いからですよ。乱暴者の車屋の飼い猫、クロとの会話、あと我輩が、恋するミケコとのいきさつを増やしてもらえませんか。
我輩   それは良い考えだ、のっぺりよく言った。
漱石   面白いから?
緑川   クロとの会話は男性向け、メス猫のミケコは女性向けに、恋愛じたてに恋愛じたで、だと?だめだめ、わたしはそういうのは書かない。恋愛だとか、心中だとかつまらない。調子の良いだけの大衆に迎合しない。
我輩   我輩としても、ミケコとの会話が増える分には大歓迎である。車屋のクロとの会話はさておき。・・・

     そこへ、大変体格の良い黒い押す猫 クロがやってくる。

クロ   お、権兵衛今日も今日とて・・お、客人かい。
我輩   やあ、くろのだんな、こんばんは。
クロ   どうしたんでえ。しけたつらして。
我輩   いやあ、なんとなく考えごとを・・
クロ   考えごと?なんだい、そらあ。
我輩   えーと、一体車屋と教師とはどっちがえらいだろう、ってね。
クロ   車屋の方が強いにきまっていらあな。御めえのうちの主人を見ねえ、まるで骨と皮ばかりだぜ
我輩   君も車屋の猫だけにだいぶ強そうだ。車屋にいると御馳走が食えると見えるね。
クロ   へへ、なあにおれなんざ、どこの国へ行ったって食い物に不自由はしねえつもりだ。御めえなんかも畑ばかりぐるぐる廻っていねえで、ちっとおれの後へくっ付いて来て見ねえ。一と月とたたねえうちに見違えるように太れるぜ
我輩   追ってそう願う事にしよう。しかし家(うち)は教師の方が車屋より大きいのに住んでいるように思われる。
クロ   べらぼうめ、うちなんかいくら大きくたって腹のたしになるもんか。
漱石   お、隣の家の猫だ。ずいぶん太い猫だね、何だおまえたち、人間をネタに話でもしてたのか。
クロ   じゃあな、またくらあ。

    クロ、肩で風を切って、のっしのっしと去る。.

鏡子   あなた、
漱石   というわけだから、まあ今日のところは帰れ。
鏡子   あなた、
緑川   帰りません。
漱石   帰れよ。締め切りは明後日だろうに。
鏡子   あなた、金之助さん
漱石   その名前で呼ぶな。何だ。
鏡子   入りますよ。

    お盆の上に、包みとコップを乗せて、妻鏡子がやってくる。

緑川   奥様、夜分に失礼しています。
鏡子   緑川さん、ごきげんよう。
漱石   そうだ、夜分だ、帰れ、10時だ、帰れ。
鏡子   あなたこれ、お薬。
漱石   いらんよ。
鏡子   でもあなた澱粉質のものには大変功能があるそうですから、召し上ったらいいでしょう。
漱石   澱粉だろうが何だろうが駄目だよ。
鏡子   あなたはほんとにあきっぽい。
漱石   あきっぽいのじゃない、薬が利かんのだ。
鏡子   それだってせんだってじゅうは大変によく利くよく利くとおっしゃって毎日毎日上ったじゃありませんか。
漱石   こないだうちは利いたのだよ、この頃は利かないのだよ。
鏡子   そんなに飲んだり止めたりしちゃ、いくら功能のある薬でも利くわけがありません、もう少し辛防がよくなくっちゃあ胃弱なんぞはほかの病気たあ違って直らないわねえ。
漱石   何でもいい、飲まんのだから飲まんのだ、女なんかに何がわかるものか、黙っていろ。
鏡子   どうせ女ですわ。あら、政宗いたのね。
漱石   いつから、こいつが政宗なんだ。
我輩   昨日からです。先生。
鏡子   だって名前がないと、呼ぶに呼べないでしょう。あなたは政宗のことをなんて呼んでいるの。
漱石   別に、呼ばんよ。猫は呼んでくるたちではない。気まぐれなのさ。
鏡子   あなたのように?
漱石   何?
鏡子   呼んでくるときがありますでしょう。ご飯のとき、戸締りのとき、どうなさるっていうの?
漱石   ・・・おい、とか。おまえとか。
鏡子   誰を呼んだかわからねえ、そうよねえ、政宗。
我輩   ええ、奥様、ありがとう。
漱石   政宗ではない、名前はまだない。
鏡子   いつまでないんですの?
漱石   いつまでと、期限などない。だいたい、こいつのどこが政宗なんだ、二枚目面でもあるまいに。
鏡子   この目の上の傷が、政宗たらんとしているのね。そういえば、政宗は年はいくつなんでしょう。
我輩   当年とって、10歳です、奥様。
鏡子   10歳だと、うちの筆子と同じくらいね。
我輩   いいえ、我輩たち猫は生きる速度が人間と違います。人間でいうと、40歳くらいです。
鏡子   まあ40歳、けっこうおじさんなのね、よろしくお願いね、この人の小説。
漱石   鏡子、まるでこいつの言葉が分かるような口ぶりだね。
鏡子   女ですから、分かりますのよ。子供も猫も同じ。この人の本も、あなた次第なんだから。あなた、でんぶんのお薬、飲んでくださいまし。
漱石   いい。
鏡子   さあ、がんばって。
漱石   いいったら、強引に飲ませようとするな。
鏡子   男なら、勇気をだして。
漱石   止めなさい。

    鏡子がでんぷん(粉)薬を、飲ませようと漱石に絡む。
    もみあった末、薬は鏡子の手元からはなれ、宙に舞い緑川の顔に着地する。
    粉まみれになった緑川をしばし見つめる一同。
    そこに、正岡子規が漱石の子供たちと一緒に登場。

我輩   妖怪だ。妖怪“かべおとこ”だ。あははは。
筆子   のぼーるおじさま、面白い、お顔。
正岡   べろべろばー。
恒子   ばぶー。
正岡   げほげほ、お邪魔するよ、金之助君。
漱石   やあ、正岡君。ちょうどいときにきた。
鏡子   こんばんは、正岡さん。
正岡   奥さん、すいません、遅い時間に。こほこほ
鏡子   いえ、いいですのよ。子供たちをこんな時間まであやしていただいて。
漱石   すまないね。しかし、これはどうしたもんだ。なあ、鏡子。
鏡子   ええ、いかんせん、ですわ。
正岡   うん?いささか、緊張した面持ちで、うわ!何だ?
漱石   正岡氏、君はどう評する。この、この物を。
正岡   アヤカシだな、
筆子   壁人間〜
正岡   金之助君、君の娘の言うとおり、壁人間だこれは。そこの白塗り、名を名乗れ。
緑川   み、みど、げほお、
正岡   しゃべったな。何だった?
漱石   正岡君、こいつはさっきまでは、緑川という人間だった。
筆子   のっぺり〜。のっぺり壁人間〜
正岡   緑川?あのアサシ新聞のかい?
漱石   ところが、日ごろの行いが悪いせいでこのように、妖怪になってしまった。
緑川   ひどいですよ。先生〜
正岡   緑川、近づくな。もはやおまえは人間ではなくなった。
漱石   正岡君の言うとおり、動くな。
鏡子   どうしましょう。
漱石   うーん、筆子のいうとおり、.壁だと思えばいい。
正岡  そうか、そうだな。調子はどうだい?
漱石  うん、もう最終章だ。完成は近し。
緑川  先生、本当ですか。
正岡  君はしゃべるな、気味が悪い。こほ、こほ。
漱石  肺の具合はいいのか。
正岡  ああ・・大丈夫だ。俳句の方も、調子がいい、弟子もいる。
漱石  正岡子規といえば、今や時の人、有名人だ。
鏡子  どんな歌を詠まれますの?
正岡  柿くえば 鐘がなるなり 法隆寺
鏡子  分かりやすくて情緒にあふれていますわね。奈良の匂いがするようです。
正岡  これが一番あたった。毎年よ 彼岸の入に 寒いのは
鏡子  そうですよね、三寒四温ですわね。
正岡  松山や 秋より高き 天守閣 こほこほ、松山に帰りたいぞなもし〜
漱石  あ、そのごびの、「ぞな、ぞなもし」はやめてくれんか、
正岡  あ、ごめん、ごめん、君松山弁には良い思いでがなかったんだね。
鏡子  あら、私は楽しかったわよ、そなもし。
漱石  うん、松山は君の故郷でいいとろこだったが、松山高校での思い出がちょっとな。
正岡  金之助君、これからは写実の時代さ。日本は明治御維新で、時代は新しくなったようなきがするが、言葉も歌も古いままだ。古い世界から抜け出して、新しく生きねば。言葉や歌はお偉方だけのもんじゃない。誰にでもわかって、誰でも歌が詠めるようにせにゃ。
漱石  君の俳句も、僕の小説も、世の中にもっと広めていきたいね。うん、オチはどうするかな・・
正岡  小説の最後のおちかい、わしなら理想でも明るい展開にするかな。
漱石  やはり最後のおちは、明るい方がいいか、いや、人生の無常観をだすべきか・・
正岡  小説家たるもの、大いに悩むべきだね。
漱石  うーん。
緑川  あのお、奥様何か布切れを貸してもらえませんか・・
筆子  かべにんげん、しゃべったあ。
鏡子  ハンケチをお持ちじゃないの?
緑川  それが、持ち合わせていませんで。
鏡子  不精な人、いえ、不精な妖怪ね。
正岡  そのまま、もう一息で完成するから、、待て。夏目漱石の処女作だぞ。急くな。急くな。
漱石  ・・・うーん。あー
正岡  細君、いらいらしているぞ、こういうときはあまり声をかけんほうがいい。筆子ちゃん、向こうで遊ぼうか、ねえ、そら恒子ちゃんもおいで。
鏡子  いいんですの、私が連れていきます。正岡さん。
正岡  そうですか。じゃあね、筆子ちゃん、恒子ちゃん。
筆子  おやすみなさい。

    鏡子、娘二人を連れて奥へ引っ込む しばしの静寂
    漱石が原稿用紙に向かってうなっている。

漱石  うーん、生きるべきか、死ぬべきが・・・
正岡  シェイクスピアか。こう静か過ぎるのもなんだな。あ、そうだ。ベースボールやっとるか。独り言だと思って聞き流してくれていい、うん。ベースボールというのは面白いな。
漱石  うーむ、正岡君が野球と名づけた球技ね。うーん。自分の名前、のぼーる、を当て字にしたのは旨いね。歴史に残るぞ・・・
正岡  そうかい、辛口の夏目君にほめられると、何だか嬉しくなるね。野球で一句。
漱石  ほお、
正岡  九つの人九つの場をしめてベースボールの始まらんとす

我輩  実際に、正岡さんは、野球に関係のある句や歌を詠むなどして、文学を通じて野球の普及に貢献したといえる。これらのことが評価され正岡さんは後の世に、野球殿堂入りを果たしたんだね。

正岡  お、政宗がなんかいったぞ。
漱石  政宗じゃない。
正岡  いいんじゃないか、政宗で。
漱石  居候だよ、名前はまだない。
正岡  小説ができたら、記念につけてやったら。
漱石  ・・・何を。
正岡  猫の名前だよ。君の小説に貢献したということでさ。
漱石  ・・・「バッター」は何て訳すの。
正岡  うん?何
漱石  僕も英語教師だからさ、最近の若者に・・・ベースボールの日本語訳を・・・・教えてやらんと、ね・・
正岡  バッターは打者。
漱石  打つ、者か・・・ランナーは
正岡  走者
漱石  ・・・・「フォアボール」
正岡  四球
漱石  そのままだね。デットボールはどうする。
正岡  死球。死ぬ球と書いてね。
漱石  だろうね。しかし、聞いているだけだとフォアボールとデドボールは同じ音だよ。
正岡  仕方ないね、あわせて四死球、というわけさ。
緑川  「ストレート」は?
正岡   何だい、かべ君かい。「直球」だよ。
緑川  「フライボール」は、
正岡  「飛球」だね。
漱石  ああ、何だかイライラしてきた。
正岡  かべ君、おたくはしゃべるな。
緑川  先生、まだですか。
正岡  ああ、イライラしてるよ。口にせんをしろ。
緑川  だって悔しいですよ。待たされるし、顔にでんぷんかけらるし、そのままほったらかしにされて、
正岡  分かった。分かった。だから静かにしてろ。
緑川  あげくのはてに、のっぺり妖怪などと、親にも言われたことないのに・・・
漱石  あああ、もうやめた!
緑川  な、なんですか・・・
漱石  うるさい、うるさい、うるさーい。だいたいな、貴様緑川。おまえたち、新聞屋は、えー、毎日毎日、人のことおっかけまわしおって。
緑川  仕事ですから。
漱石  おまえたち最近は、自分たちをマスコミだとか、何とか偉ぶって、大衆をバカにしているな。
緑川  わたしたちは、大衆の味方です。
漱石  嘘をつけうそを。大衆の味方じゃなくて、政治家の味方だろう、いくらもらってるんだ、毎月いくら、それで政治家に操作されとるんだろ。この政府の犬めが・・・ 自分たちが、世の中を動かしていると思ってるんだろ、流行を作ってると思い上がってるんだろ。我らのような、物書きや芸術家をだしにつかって、市民から、金をもぎとって、いいのか。いっぱしのアーティスト気取りで、売れるも売れないもマスコミしだいってのか。

緑川  やめて、ぐるしい・・・
正岡  夏目君。ちょつと、夏目君。
漱石  止めてくれるな、正岡君。
正岡  暴力は、暴力は、もっとやったらんかいもし。
緑川  わ、わたしが何をしたっていうんですか・・
漱石  うるさい、こののっぺり妖怪め。俺は癇癪もちなんだ!

    漱石は緑川の首をがくがくさせて動かし、正岡は体が悪いので棒切れでたたく。

漱石  ああ、
正岡  どうした。
漱石  おちた。
正岡  何が落ちた。
漱石  いや、小説のおちが、おちた、
正岡  小説のおちができたのかい?

    漱石筆を走らせて、一気に書ききる。一枚、一枚と投げてよこす。

正岡
が原稿を読む。背中越しにのっぺりとした顔をより伸ばして、編集者の緑川が覗き見る。

正岡  ふんふん、なるほど、こりゃおもしろいや。うわ、びっくりするな。
緑川  さすが、粘ったかいがありました。
漱石  できた!「我輩は猫である」完成。

    漱石、筆をゆっくりと置き、手を合わせる。

漱石  ありがたい、ありがたい。
正岡  ふんふん、猫がね、あれ、うん?これでおしまい?
漱石  おしまい。
緑川  先生、おめでとうございます。でも、この終わり方でいいのですか?
漱石  いいんだよ、人生わからん、ああ無常、なあ政宗
正岡  ええ〜・・・

我輩  こうして、我輩をもとにして、我輩の物語は完成した。文豪夏目漱石の処女作「我輩は猫である」の誕生である。ただし、物語の終わり方は、どうやら我輩には、あまり喜べない内容のようである。まだ小説を読んでいない方は、今すぐ本屋へ。


第二章 がんばれ、坊ちゃん

我輩  親譲りの無鉄砲で子供の頃から損ばかりしている」坊っちゃんは、父親と死別後、四国の旧制中学校に数学の教師として赴任した。

    漱石は、坊ちゃんの衣装に着替えようと必死である。

我輩  初めての授業、予想通りというか、ありきたりの展開というか、
漱石  なんだと?
我輩  松山高校の生徒から嫌がらせを受ける。

    場転 そこは、教室

漱石  何だか、敵地に乗り込むような心持ちだ。落ち着け、ふふ、ドアのスキマに黒板消しをつめている。古典的な嫌がらせだな。よし行くぞ、

    黒板消しをつかみ、ドアをあけて教室に入る

生徒1  起立、礼、着席!ぞなもし.。
漱石   今日から貴様たちに、英語を教える夏目だ。
(心の声)
なんだい、からだの大きな奴ばかりじゃないか。おれは江戸っ子で華奢に小作りに出来ているから、どうも高い所へ上がっても押しが利かないな。喧嘩なら相撲取とでもやってみせるが、こんな大僧を四十人も前へ並べて・・・
我輩   しかしこんな田舎者に弱身を見せると癖になるとな。なるべく大きな声をして、少々巻き舌で講釈してやった。

漱石   ページ13をオープンして、そこの君。一行目、訳してみて。訳せないのか。If I were bird ,I want to fly.もし俺が鳥だったら、空を飛んでみたいなあ。
(心の声)生徒ども、でけえづうたいしてても、おつむすっからかんか、けむまかれてぼんやりしていたから、それ見ろとますます得意になって、
漱石   ページ15を開きやがれ、おめえ、3行目の文法分かるか。わかんねえのかい。
     こんなもん東京じゃあ、中学生でもわかる文法だぜ。ええ、いいか、looks like はlikeとは違うんだ。のようにみえる、様子をあらわしてんだ。Likeはおめえたち年頃のもんが使う、“好き“だ、 love crazyの順にレベルが大きくなる。好きだぜ、愛してるぜ、くるおしいくらいに・・・
我輩   べらんめい調を用いてたら、一番前の列の真中に居た、一番強そうな奴が、いきなり起立して
生徒2  先生。あまり早くて分からんけれ、もちっと、ゆるゆるやって、おくれんかな、もし。
生徒3  ゆるゆるぞな、もし。
生徒達  ぞなぞな、もしもし。ぞなもしもし。
漱石   (心の声)おくれんかな、もし・・・なんて生温るい言葉だ。
漱石   早過ぎるなら、ゆっくり云ってやるが、おれは江戸っ子だから君等の言葉は使えない、分らなければ、分るまで待ってるがいい。
我輩   二時間目は思ったより、うまく行ったと思った。ただ帰りがけに生徒が
生徒1  ちょっとこの問題を解釈をしておくれんかな、もし、
我輩   と出来そうもない英語論文を持ってせまった。冷汗を流した。
漱石   何だか分らない、この次教えてやると急いで引き揚あげた。
生徒   わからんぞなもし、.
生徒   先生もわからんぞなもし。
漱石   べらぼうめ、先生だって、出来ないのは当り前だ。全くなんてとこだ、松山てのは・・・いやまてよ。松山で教師をやってたのは確か10年も前だ。これは夢か、どうなってるんだ。ここは私の小説の世界なのか。

    そこに、ヤマアラシとうらなり(正岡の二役)がやってくる。

山嵐   うらなりさん、そう気をおとさないで、な。
うらなり 教頭は私のことが気に入らないんです。だからこんな、こんな仕打ちを・・
漱石   正岡君?正岡君じゃないか。
山嵐   いや、坊ちゃん先生、聞いてください。ひどい話なんです。
漱石   正岡君も、ここで教えているのかい。
うらなり 私は、古賀です。通称うらなり、この名前もひどい・・
山嵐   坊ちゃん先生、何を寝ぼけたことを。それよりひどいんですよ。うらなり先生が、東北の延岡に転勤になりました。
漱石   私は、坊ちゃんなんだな。なんと、転勤ですか何ゆえに。
山嵐   分かりません。確たる証拠はありませんが、あの赤シャツの仕業でしょうな。
漱石   山嵐先生、どういうことですか?
山嵐   ご存知でしょうが、うらなり君には似合わないマドンナ、いえ失敬。美人の婚約者がいたのです。
漱石   知っている。まるで、「水晶の珠を香水で暖ためて、掌へ握ってみたような心持ち」の美人。名字は遠山。
山嵐   そうです。ところがうらなり君は、左遷いや、
うらなり うう。
山嵐   遠くに転勤になり、婚約は破談
うらなり 何故こんな仕打ちをうけなければいけないのか、ねえ、坊ちゃん先生なぜ?
漱石   すまない、物語には“尊い犠牲者”は必要なんだ、勘弁してくれ。
山嵐   何をわけのわからないことを。先生、私はね、この山嵐こと正義の堀田重三郎はね、陰謀だと思うんですよ。
漱石   かなり筋がいいね。それで誰の陰謀だと?
山嵐   赤シャツですよ、教頭の。のっぺり赤シャツやろうです。あいつが、マドンナ、遠山さんを実に気に入っている。あののっぺりした顔を赤らめて、華やらなんやらを、遠山さんに送りつけていたんです。
うらなり この私という婚約者がありながら・・・うう
山嵐   遠山さんは、それはさる貴族のご令嬢ですから、そんなものをつきかえしていました。
うらなり 当たり前だ、マドンナ・・・
山嵐   赤シャツはどうしても、遠山さんを手に入れたかった。だから、うらなり君を、ちょん、してぽい、と島流し、いや遠ざけたんです。
漱石   それが事実だとしたら許せないな。
山嵐   そうです。許されざる行為。職権乱用はなはだしい。
漱石   しかし、本当ですかな。
山嵐   ここまで聞いて、ぴんときませんかな、坊ちゃん先生。あなたは聞いたところでは、私と同じく正義感の強い男だ。ご自身のこととなると、すぐカッときて、生徒なんぞにビンタをくれてやるのに、人ごととなるそうでもなさそうですな。
漱石   しかし、証拠がありませんぞ。
山嵐   いいですか、このうらなり君の一件で一番得をしたのは誰ですか。自分がものにしたい女性の婚約者を遠ざけて、結婚をしたいのですよ。これでどうですか。
漱石   事実確認がとれませんよ。
山嵐   それをこれからとるんです。赤シャツの学校帰りを監視するんです。協力願えますか。
うらなり お願いします。この晴らせぬ、恨み晴らしてください。
山嵐   噂をすればなんとやらだ、赤シャツがきましたよ。ほら、マドンナも一緒です。

    赤シャツ(緑川)がマドンナ(鏡子が演じる)と歩いてくる。学校内で不埒にも手に口付けをしたり、うそ臭い笑顔をうかべて、向かってくる。

漱石   鏡子、
山嵐   鏡子?遠山さんですよ。
シャツ  いや、君たちやっとるかね。ええ、山嵐先生。
山嵐   どうも、いつもとかわりありません。
我輩   緑川のやつ、何がやっとるかねだ、このやろう。と漱石は思った。
シャツ  これは、東京からきた新任教師殿、どうですか、松山は自然豊かで。しかし、時に退屈しますな。なんと言うか精神的静養ですな。これができる場所がない。
     今度一緒に、どうですか?
漱石   いえ、下戸ですので。
シャツ  見た目のわりに、やわなんだね。山嵐君に鍛えてもらいなさい。
吾輩   吾輩のワイフに触れるな、のっぺりやろう。と漱石は思った。
シャツ  うらなり君、いや古賀君、今回の転勤はまことに残念だったね。
うらなり ・・・ちくしょう。
シャツ  何だって?こちら遠山さんのお嬢さん、君は良く知ってたんだったね。こちら山嵐、堀田君、数学を教えている。そしてこちらは東京の、えー名前は何というんだったかな。
吾輩   鏡子、俺だ金之助だ。小説の世界とはいえ、こんなまねはよせ。よりによって、緑川と交際だなんて。
マドンナ 分かってますよ。
漱石   何?鏡子なのか。
マドンナ ここはあなたの小説の世界。あなた夢の中。ちゃんと演じてくださいな。
シャツ  名前はいい、英語の教師だ。
マドンナ ごきげんよう。遠山です。

漱石   許せないな、あののっぺりやろう。
山嵐   そうでしょう。許せないでしょう。協力していただけますか。
漱石   同士よ。うらなり、約束しよう君のかたきは必ずとってやる。
漱石   どうする。
山嵐   先ほども言ったでしょう。奴が、精神的静養がほしいと、
漱石   うんいっていたが、それが何か。
山嵐  当然、酒と芸者遊びですよ、松山には数えるほどしかありませんからな。
漱石  そうか、では仕事終わりにやつを尾行すれば、
山嵐  そういうことです。

我輩  こうして坊っちゃんは、赤シャツがうらなりの婚約者への横恋慕からうらなりを左遷したことを知り義憤にかられ、山嵐と協力するのである。

    そこは料亭。赤シャツが芸者たちと騒いで遊んでいる。漱石と山嵐は草陰からのぞいて監視している。.

シャツ どこじゃ、どこじゃ。
芸者  鬼さん、こちら手のなる方へ
シャツ どこじゃ、どこじゃ。
芸者  鬼さん、こちら手のなる方へ
シャツ どこじゃ、どこじゃ。お、着物の袖だ。ほら、待て
芸者  キャーキャー
シャツ どこじゃ、どこじゃ。ほうら、捕まえた。
芸者  キャー、つかまってしもうたぞな。
シャツ 今度はおまえさんの番だ。さあて何をしてもらおう。一枚着物を脱いでもらうか。
芸者  いやーん。でも何枚も着てるから平気ぞなもし。
シャツ 残念〜。もう一度やるぞ、

    再び目隠し遊びを始める赤シャツ

漱石  あのやろう、はめはずしやがって。
山嵐  うらなり君を、左遷して自分はああやって毎晩のように贅沢三昧。
漱石  破廉恥なやろうだ。とっちめてやる。
山嵐  ま、待ってまだ、駄目ですよ。不祥事の現場をおさえるんです。
漱石  しかし、あののっぺりやろうめ。
山嵐  そのうち、誰か客がきますよ、芝居でお決まりのパターンです。
漱石  それまで、待つか。しかし松山にもべっぴんさんはいるんだな。
山嵐  そらいるぞなもし。
漱石  無理に方言を使うことはない。堀田君、君の故郷はどこだね。
山嵐  鹿児島でごわす。
漱石  そうなのか。

芸者  キャーキャー
シャツ どこじゃ、どこじゃ。ほうら、捕まえた。
芸者  キャー、つかまってしもうたぞな。

漱石  うるせえな、、まったく。女のぞなもし、は良い。
山嵐  でごわしょう。女子は方言でも許されもうそう。おいの女房もそら、器量よし
漱石  おい、誰か気だぞ。
漱石  ほんとだ、あれは確か3年1組のモサダの父親ですね。

芸者  キャーキャー
シャツ どこじゃ、どこじゃ。ほうら、捕まえた。うん?君はえらく大柄な女だな。
    わっ、あんたか。
モサダ あんたか、のモサダでございます。いつもごひいきに。

山嵐  そうか、モサダの実家は、料亭だったのか。
漱石  それらしく、なってきたんじゃないか。山嵐。

モサダ さあさ、皆は下がっていなさい。これから教頭先生と話があるんでな。
芸者  は〜い〜。今日はさっぱり、ぞな。

    ぞな、ぞな言いながら芸者たちは席をはずす。

シャツ ふー。せっかくの余興を。
モサダ まずは、一杯どうぞ。
シャツ あと一息で、あったものを。
モサダ まあ、そうおっしゃらずに。おなごの代わりにといっては何ですが、こちらをお納めください。

    モサダは、菓子箱をだす。赤シャツは箱を開け、紫色の絹衣をのぞく。

漱石  おい、おい、あれはまさか、
山嵐  まさかの小判
漱石  今時小判かえ。
山嵐  いや、案外残っているもんですよ。まだ江戸から50年とたっていない。

シャツ いつもより、多いな。ふふ、毎度悪いな。甘いものには、目がなくてな。
モサダ 何をおっしゃいます。ほんの気持ちでございます。お納めください。
シャツ うん。で話とは。
モサダ 実はですね、大変お恥ずかしいことなんですが、うちのバカ息子のことで。
シャツ 成績、態度芳しからず。
モサダ いつも、ご迷惑をおかけしております。
シャツ 何の、この教頭さまの手にかられば、成績なんざどうにでもなる。モサダ、父親の気持ちしだいでな。本当なら落第だが、何とか卒業させよう。

漱石   賄賂だ。息子の落第を金で解決しやがった。
山嵐   まだ、待って。続きがありそうです。
モサダ  ありがとうございます。毎年すいません。お願いついででなんですが
シャツ  何だいってみろ。
モサダ  はい、息子の進級のことなんですが、大学にやって官僚にしたいと。
シャツ  あの頭、あの器量では到底無理だな・・・ま、これ次第というのもあるが。
モサダ  これ、でしたらご用意します。
シャツ  けっこう、必要だぞ、モサダ。これくらいは。
モサダ  はあ、結構でございます。息子を帝大に入れて、官僚してさらに、このモサダを議員、金と名声のためなら、それくらいは。
シャツ  時間はかかるぞ、だが任せておけ、帝大につてがある。これでなんとかなる。

漱石   ふみこむぞ、山嵐。
山嵐   まだですよ、うらなり君の一件について証拠をおさえなければ。

モサダ  それにしても、教頭先生もお怖い人だ。古賀という教師をいとも簡単に左遷できるとは。
シャツ  何を言う。おまえも、この界隈では相当もうけているではないか。裏では鬼のモサダと、恐れらている。
モサダ  いえいえ、息子の担任であった古賀という男、どうも息子がきにいらんということで、教頭先生のお力でございます。
シャツ  おまえも、悪よのうモサダ。ははは。
モサダ  お奉行、いえ教頭先生こそ、古賀の女を自分のものになさるとは、まさに一石二鳥の妙案、恐れ入ります。
シャツ  あはは、
モサダ  ほほほお。

    漱石と山嵐、料亭に飛び込む

漱石  全て聞いたぞ、
山嵐  ああ、証人が二人だ。赤シャツいや、教頭あんたの悪事は全て露見するぜ。
シャツ あ、おまえは、坊ちゃん先生、そして山嵐。
漱石  落第生徒の卒業お呼び、大学への裏口入学の見返りに、賄賂を受け取り、美しい女性を己のものにせんがため、婚約者を左遷、その他不正数々、許せん。神妙に縛に着け!
シャツ ほざけ、一介の教師の分際で、モサダ。
モサダ こうなったら、生かしてかえすわけにはいかん。であえ、であええ!

    モサダが叫ぶと、屈強な男が数人でてくる。音楽とともに立ち回りが始まる。

漱石   何せ俺の夢ん中だ、俺に勝てるものはいないぜ。

    ばった、ばったと敵を倒していく二人

シャツ  ええい、何をしている。たたんじまえ。

    残り4人、3人、2人、最後の一人も投げ飛ばして赤シャツたちに迫る。

漱石   とうとう、二人だけになっちまったな。
シャツ  たたた、助けてくれ。この通りだ。
モサダ  金なら、いくらでもやる。
山嵐   観念しろ。

    薄明かりの中でぼんやりとうらなり(正岡)が、立っている。音楽止む。

うらなり ありがとう、漱石。夢の中でまた君と会えてよかった。
漱石   うらなり?
正岡   うらなり、の役は僕にぴったりだ。
漱石   何をいってるんだ。うらなり、ほらもう、お前のにくい仇をやっつけるところ。
正岡   痰一斗糸瓜の水も間にあはず
漱石   ・・・縁起でもないこというなよ、正岡君。
正岡   もう行くよ、楽しかった。
漱石   待ってくれ。おい。
正岡   また会えるよ。夢の中で。ははは、赤シャツの顔、あはは。面白い。
漱石   おい。
     
    正岡、姿を消す。照明、音楽もとにもどる。
    逃げ回る赤シャツたちを、取り押さえる二人

シャツ  いたたた、腕が折れるう。
モサダ  うげええ。
漱石   見ろ、今時小判だぜ。
山嵐   おお、こんな経験は初めてだ。
漱石   あ、これにてl、一件落着!

    暗転 シャツ→現実世界の緑川の苦痛の声が聞こえている。

我輩   坊っちゃんと山嵐は、赤シャツの不祥事を暴くための監視を始め、ついに芸者遊び帰りの赤シャツと 不正商人モサダを取り押さえるのだ。賄賂、不正な左遷について詰問すると、二人は観念し、見事悪党を退治する坊ちゃん。勧善懲悪夢物語。ただしこれは主人漱石の夢の話であって、「坊ちゃん」の内容とは少々違っている。

漱石   このやろ、どうだ、こうしてやる。
緑川   いたい、いたい。先生止めてください。いたた。
鏡子   どうしたんですか。
緑川   いつもの通り、原稿をいただこうと、待っていましたら、あたた。
鏡子   あなた、止めてください。
緑川   先生は寝ており、起きると突然、「不正の数々、許せん。神妙に縛に着け!」と、私をこの通り、ねじ伏せて、いたい、いたい!
漱石   おお、マドンナ、君をかどわかした赤シャツはこの通り、とっちめてやったぜ。
鏡子   マドンナ、それはあなたの小説の女でしょ。あなたが取り押さえいるのは、編集者の緑川です。
漱石   嘘付け、この赤シャツ、あれ?赤いシャツはどうした。
緑川   だから赤シャツは小説の、あたた。
漱石   その菓子箱をあけてみろ、小判がある、賄賂の証拠だ。
鏡子   小判?賄賂?これは最中ですよ。
漱石   何?ははは、最中にみせて、食べてみるとカチリと金の音がする。ええ、そうだろ、芝居の典型だ。
鏡子   (最中を食べてみる)・・・・なるほどおいしい小判だこと。
漱石   そうだろ、(緑川を開放する)
緑川   うわ、何すんですか、もう。いたた。
漱石   (最中をほうばる)ほんとだ、おいしい。お茶がほしい。
緑川   饅頭道の最中ですよ、そりゃ旨いですよ。
鏡子   あなた、あなたは現実と小説を混同してるんですよ。
漱石   そのようだ。旨い、旨い。

    鏡子、漱石のほほをつねる

鏡子   夢ですか?現実ですか?
漱石   夢、嘘、現実です。

    暗転

吾輩   こうして、名作「坊ちゃん」は編集者緑川の犠牲のもと、完成した。新聞の売れいきはよく、ホトトギスに連載、書籍も売れた。巷を大いに賑わした。現実の坊ちゃん、夏目漱石はというと、親友正岡子規に旅たれ、涙の日々を送りました。涙にくれる漱石の背中をおすように、政府がイギリス留学を要請してきたのはこの頃のことです。


 
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