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房之助が行く 大正昭和を動かした巨大惑星 |
作 神尾直人 |
ただし外交的には覇権国英米との関係を重視し、新興国ナチス・ドイツとの接近には常に警戒していたため、岳父・牧野伸顕との関係とともに枢軸派からは「親英米派」とみなされた[3]。
二・二六事件後の広田内閣の組閣では外務大臣・内閣書記官長の候補に挙がったが陸軍の反対で叶わなかった。駐英大使としては日英親善を目指すが、極東情勢の悪化の前に無力だった。また、日独防共協定および日独伊三国同盟にも強硬に反対した。
1939年待命大使となり外交の一線からは退いた。
太平洋戦争中は牧野伸顕、元首相近衛文麿ら重臣グループの連絡役として和平工作に従事(ヨハンセングループ)し、ミッドウェー海戦大敗を和平の好機とみて近衛とともにスイスに赴いて和平へ導く計画を立てるが、成功しなかった。その後、殖田俊吉を近衛文麿に引き合わせ後の近衛上奏文につながる終戦策を検討。しかし書生として吉田邸に潜入したスパイによって1945年(昭和20年)2月の近衛上奏に協力したことが露見し憲兵隊に拘束される。40日後に仮釈放、後に不起訴とされた[4]。この戦時中の受難が、逆に戦後は幸いしGHQの信用を得ることになる。
☆ 房之助勢力 実業界
○ 鮎川義介 日産コンツェルン
1880年(明治13年、0歳)、明治の元勲井上馨の実姉の長女を母とし、旧長州藩士鮎川弥八(第10代当主)を父として、山口県氷川郡大内村(現在の山口市大内地区)に生れた。
旧制山口高等学校を経て、1903年(明治36年、23歳)に東京帝国大学工科大学機械科を卒業。芝浦製作所に入社。身分を明かさない条件で日給48銭の職工となる。その後、当時の技術はすべて西欧の模倣であったので、西欧の状況を体験すべく渡米。約1年強を可鍛鋳鉄工場(グルド・カプラー社)で労務者として働く。
1909年(明治42年、29歳)、井上馨の支援を受けて戸畑鋳物(現日立金属)を創立。
1928年(昭和3年、48歳)、久原鉱業の社長に就任し、同社を日本産業(日産)と改称。義弟久原房之助の経営する久原鉱業は、当時は、第一次世界大戦後の恐慌と久原の政界入りで経営破綻に瀕していたが、政友会の田中義一(陸軍大将)らの再建の懇請にしぶしぶ応じたもの。会社を持株会社に変更し、公開持株会社として傘下に、日産自動車、日本鉱業、日立製作所、日産化学、日本油脂、日本冷蔵、日本炭鉱、日産火災、日産生命など多数の企業を収め、日産コンツェルンを形成。
1933年(昭和8年、53歳)、自動車工業株式会社(現在のいすゞ自動車)よりダットサンの製造権を無償で譲り受け、同年12月ダットサンの製造のために自動車製造株式会社を設立する。
満州国顧問、貴族院勅撰議員、内閣顧問を兼務した。当時の満州国の軍・官・財界の実力者5人の弐キ参スケの1人とされた。
第二次世界大戦終結後、戦犯容疑を受け1945年12月に逮捕され巣鴨拘置所に20か月拘置されたが、容疑が晴れる。獄中にて日本の復興策を練る。1952年(昭和27年、72歳)、日産グループ各社の出資を得て中小企業助成会を設立。会長に就任。以後、中小企業の振興に尽力。1967年(昭和42年)2月13日、合併症となった急性肺炎のため駿河台杏雲堂病院にて死去。享年86。
☆ 対抗勢力 政界
○ 森恪 辣腕謀略官僚
田中義一首相が外務大臣を兼摂したため、森は事実上の外相として辣腕を振るう。田中政権下で対中国強硬外交を強力に推進し、山東出兵、東方会議開催などに奔走した。また、満蒙を中国本土から分離することをもくろみ、張作霖爆殺事件(首謀者は関東軍の河本大作大佐)の背後にいたともされる。元来が軍部と提携した森と、政党政治家の犬養は、水と油ともいうべき関係で、軍部および大陸政策をめぐって対立する。森は犬養に対して内閣改造を提言するが、入れられず辞表を提出、預かりとされる。昭和7年5月15日の五・一五事件では、会心の笑みを漏らした様子が語られている。昭和7年7月に発病。12月11日、持病の喘息に肺炎を併発し、滞在先の鎌倉海浜ホテルにて十河信二と鳩山一郎・薫夫妻に看取られ死去。50歳。
○ 小平浪平 日立製作所創業者
ク原鋼業の工作課長時代の小平は、鉱山における土木建築工事、機械・電気設備の設計・設置の指揮を行うとともに、鉱山で使用する電力を確保するために、中里発電所、石岡発電所の水力発電所を設置した。そのため、蒸気機関が主な動力であった当時の日本にあって、日立鉱山は送風、用水、輸送から電灯、精錬に至るまで電化が進んでいた。また、小平は高尾直三郎、馬場粂夫など東京帝大電気工学科卒の優秀なエンジニアを入社させたが、彼らが工場の豊富な電力を利用して設備を内製したことが、後の日立製作所の製品群の基礎となった。
○ 国際金融資本家
欧州に存在する旧王侯貴族や、銀行家のグループ。世界恐慌や、2度の世界大戦を引き収奪をはかる国籍不明の集団。闇の武器商人と、巨額の資金を動かして証券市場を蹂躙する国際金融は同一集団とされる。白色系アシュケーナ人。古くはイエズス会、明治の頃から革命に資金を提供している。IMHを通じた金融による世界支配、人民監視が目標。世界恐慌で故意にバブルを生じさせて、売りに転じて巨利をえるのは得意技。.日本と中国を戦わせ、太平洋戦争で英米と日本を戦わせて、兵器生産と、復興支援でもうける。
○ 思想家 北一輝
1883年(明治16年)4月3日、新潟県佐渡島両津湊町の酒造業・として生まれる。中国の革命運動に参加し中国人革命家との交わりを深めるなかで、いつしか中国風の名前「北一輝」を名乗るようになったという。右目は義眼。このことから「片目の魔王」の異名をとる。三井財閥から年額2万円(現在に換算すると1億円前後)の資金提供を受けるようになり、この資金で、中国の人脈を維持し、在野の右翼を食客として養い、青年将校に飲食遊興をさせて自らのシンパとしていた。また、自身も極貧から転じて、実際には豪奢な生活に耽った。さらに、たびたび企業幹部、政治家などに憂国談義を装って面会を強要し、そのたびに金を受け取っていたと言われる。法華経読誦を心霊術の玉照師(永福寅造)に指導され、法華経に傾倒し日常大音声にて読経していたこともよく知られている。北一輝は龍尊の号を持つ。弟のヤ吉によると「南無妙法蓮華経」と数回となえ神がかり(玉川稲荷)になったという。
劇中 語録 現代政治にも通じる警告メッセージ
戦中まで
「理念なき政治は政治にあらずビジネスなり」
「君たち新聞屋は、ニュースマンか?それともビジネスマンか?政治家の犬か」
「人類の歴史は階級の交代、価値観の交代でなりたつ。2大政党制の良いところは、数合わせの族議員や官僚が入れ替えられる。要はバランスだ。」
「新聞屋選挙、大衆を衆愚にせしめ、世論を操る。これ挙国一致体制の根幹なり。戦争をするための論理だ」
「権力を取るために手段を選ばぬやからがいる。これ権謀術数なり。権力を取るために、自らの国を売るものがいる、これは売国奴なり。政治ではない。」
「民衆が主人公の政治だと?デモクラシーなどくそくらえ。単なる言葉だ。人類の歴史がそれを否定している。」
「均衡、バランスがこわれつつある。我々は、モラトリアムの時期にある。岐路にある」
「民は賢にして、愚なり。愚にして賢なり。(本能的なバランス感覚)インテリは賢にして賢、愚にして愚なり。(偏向する)
戦後以降
「米内を殺せ。汚名を着て自害した、阿南陸軍大臣の最後の言葉こそ正しい。米内も、五十六も死に方が綺麗すぎる、彼らこそ、日本を内側から敗戦に導いた裏切り者だ」
「我が国を解体する天下の悪法。外国人参政権、地方分権これだけはやってはいけない。
「リメンバー・パールハーバーだと?広島長崎をまず思い出せ。」
「我が国は戦争に負けたのではない。ゲームにのせられて、それに負けたのだ」
「三種の神器が足りない。矛をとりかえせ。アメリカから。」
「日本人よ、強かになれ。図太く、賢くなれ。わたしたちの祖先は皆そうだった。」
「日本は占領されたのだ。植民地なのだ。見た目独立しても、実際はアメリカ国債やODAという“みかじめ料”を払い、文化を破壊し、経済を搾取する。日本人が明治以前の大和魂を取り戻さない限り、マッカーサーは去っても、今だ独立は果たされないだろう。
「メイソンしかり、白人など世界を支配するような人間の集団はいつの世にも存在する。人間が存在する限り、人は人とつながり、富と権力を奪いあう。ルール無用のジャングルのように。それは、世界の常識なのかもしれない。唯一日本民族のみが、和を以って貴となす、を実践してきたのかもしれない。しかし日本の歴史にも、ルール無用、弱肉強食の時代は存在した。氷河期が訪れた1400年代、食べるもの奪い合いから、戦国時代の火蓋が切られた。もしも、独立した日本国と、日本人を名乗るならば、少なくともここ100年を振り返り、未来に引き継がねばならない。世界の情勢不安定な現在ならば、独立できる好機になりえるだろう。明治以前の大和魂か、日本文化か。独立自尊の気づき、答え(目標)と、手段(思想)は手元にある、後は覚悟の問題だ。
●覚醒 2度目の人生 鉱山王から、政界へ華麗なる転身
新聞 (スクリーン表示 以後同じ)
「世界大戦終結す!ヴェルサイユにて条約締結」 重工業に力点を置いた我が国好景気もこれにて、収束にむかう。倒産が相次ぎ、失業者が町にあふれている。
「久原財閥の没落」戦争景気に乗って、急成長した日立鉱山も、銅の値下がりによりあわや、閉山の様相。最盛期には営業利益@@@億であったが、現在は推定100億超の負債を抱える。財閥グループの長、久原房之助も腸チフスにて重症。
三菱三井と並び称された久原財閥の命運も風前の灯。
都内某所の病院にて。新聞を投げ捨て、房之助が電話を握り締めて歩き回っている。
電話線をもってついてくる義介
房之助 田中総理からの電話はまだか。山口のガキ大将からの電話わ。
義介 兄上、お体にさわります。
房之助 天命じゃ。
義介 腸チフスの手術から、昏睡状態。医師から絶対安静といわれているのですよ。
房之助 母が夢枕に立った。わしは、政界にのりだすぞ。
義介 政界?一体何を・・
房之助 義介、我妻の兄だが、年下の義弟(おとうと)よ。久原財閥を良く助けてくれた。
義介 何を今更、
房之助 義介わしは誰だ。
義介 久原房之助。鉱山王として一代長者にのし上がり、政府系の財閥三菱、三井に劣らぬ、独立系財閥を築きあげ・・・
房之助 「実業界での成功は栄枯盛衰、夢のまた夢。ただ財閥を巨大化させ、自己の富を蓄積することに邁進した」
義介 え?何ですか?藪から棒に。
房之助 「これからは、己のためでなく、世のため人のため、公に尽くせ」母いうた。
義介 まったく意味不明ちゃ。
房之助 わからんかい、義介。房之助は一度死んだっちゃよ。
義介 ・・・別人のようです・・・兄上は昔はもっと穏やかでした。
房之助 もしもし、下河辺か、負債総額はいくらだ。そうか、100億か。全てわし個人が引き受ける。黙れ、もう決めたことだ。戦争成金を見ろ、鈴木商店など多くの財閥が一夜で吹き飛んだ。今、久原が倒れたら、連鎖倒産が起こる。わかっているのか。世界で恐慌が起こっているんだ。財界に与える衝撃は計り知れない。わし名義の小切手で払え、後はなんとかする。
義介 兄上・・・
房之助 空いた口をふさいでやろうか。もしもし、米ドル100本買い、ドイツマルクを1000本売り込め。
義介 兄上、外はいけません。ブンヤが待ちかまえている。
病院を出ると、カメラのフラッシュがまぶしく光る、新聞記者が押し寄せる
記者 戦争景気も終わりましたね。久原財閥の負債はいくらですか?鉱山王の転落・・
房之助 ・・・・
記者 腸チフスの具合はいかがですか?医師を無視して深夜徘徊と・・
房之助 ・・・・・。
記者 お母様がお亡くなりなったとのこと。お悔やみ申しあげます。葬儀の日取りはいつですか?母の死に、流石の帝王も意気消沈。
房之助記者を一人ずつビンタしていく。
記者 いた、きもちいい。何するんだ!暴力反対・・・
記者 房之助ついに、乱心。気がふれたか。いたい!(気持ちい・・・)
記者 いたい、何故ぼくだけ・・こんなに、(気持ちい)激しく・・いた (ぼこぼこにする)
房之助 顔がきにくわない。いけ好かない。
記者 そんな。いたい。止めて、止めないで。(往復ビンタ)
房之助 大衆を衆愚にせしめ、世論を操る。貴様たちのような、新聞屋が権力の犬になり、国を滅ぼすのだ。
扉をしめて、病院に戻る。一人若い番記者が入り込んでいる。
房之助 まだ、殴られたいのか。
義介 兄上、止めてください。新聞に何と書かれるか。
記者 かっこいいっす。
房之助 見ろ。時には力が必要なんだ。新聞屋なんぞ、これからいくらでも飼いならす。ビンタは愛だ。軍隊では当たり前だ。ビンタの正しいやり方を教えてやろう。
房之助の妻清子。物音を聞きつけてはいってくる。
清子 あなた。何をしているの。新聞やさんに暴力なんて。
房之助 清子か、お前もやり方を知らないだろう。義介も見ておけ、ゆっくりやる。こうだ。斜め45度から、音を派手にたてて、(パン!)
清子 こうですか。(パン!)
記者 綺麗です奥様。
清子 無礼者(パン!)
記者 かなりいい。
房之助 流石、武家の出身。義介もやれ。
義介 こうですか。(効果音なし)
記者 まあまあ・・
房之助 相手が青年なら今後の成長に影響がある。斜め45度なら身体的ダメージはない。
清子 心のダメージですね。
房之助 家を仕切るものとしては、覚えておいて損はない。言葉で聞かないときは、これに限る。うん。
清子、房之助にビンタする。それを顔で受け、ゆっくりと手をとり、踊りだす。
清子 いいかげんになさい。
房之助 いいビンタだったぞ。清子
義介 やれやれ。
房之助 レコードをかけてくれ、大正モダンジャズボーイを
義介、レコードをかける。しかし曲は、情熱のカルメン
清子 久しぶりですわ。
房之助 鹿鳴館以来だな。
二人、中年とは思えない華麗なダンスを披露
清子 でのこの、叩かれ好きの新聞屋青年はどうなさるおつもり。
房之助 お前は、朝日か、毎日か、
記者 朝日です。
房之助 名前は、
記者 豊臣太郎です。
房之助 ははは。
清子 あはは。いかにも平民のつけそうな名前
記者 ・・・・。
房之助 うらむなら、
清子 親をうらみなさい。
房之助 よし、サル。幾らほしい。
太郎 何をですか。
房之助 何をですか・・・聞いたか、清子。近頃の若者は正義だとか、清いとか。片手で言いか。
太郎 やります。5円ですか。
房之助 50円だよ。
太郎 え?!
房之助 50円、毎月お前の仲間をつれてこい。白金の八芳園だ。
太郎 そ、それは。
清子 買収よ。
房之助 政治部の記者は全て、わしの手足となれ。
太郎 でも、良心がとがめます。
房之助 良心などは、親にくれてやれ。わしの部下になるかわりに、おまえにはトップニュースを、一番早く教えてやる。
太郎 わかりました。
房之助 行け。
ダンスを中断
清子 あなたお体は。
房之助 もう大丈夫だ。
清子 心配したのよ。
房之助 すまない。
義介、雰囲気を察して去る。
清子 あなた変ったわ。
房之助 そうだ。久原房之助は死んだ。ここにいるのは、2代目久原房之助だ。
清子 じゃあ、もう一度結婚しなければ。
房之助 そうだな。何がほしい。
清子 そうね。でもわたし後家様よ。
房之助 前の夫はどういう男だった。
清子 山口の財閥の御曹司なのに、資産はほんのわずか、ほぼ一から事業を始めたわ。実業家としては一流。父親としては、残念ながら2流ね。温厚でも、どこか冷たいところがあった。
房之助 そうか。わしはどうだ。
清子 温厚ではなくなったぶん、暖かい人かしら。
房之助一人に照明があたる。
房之助 新聞はこの房之助のことを、こう評するだろう。「怪物久原房之助」「政界の黒幕」「政界の巨大惑星」。後世の歴史家は、こう書くだろう。
大正昭和にかけて、かの田中角栄以上の財力政治を繰り広げ、私財、生涯の全てをかけて日本を支え、動かし続けた人物と。
政治、権力とは何か?それは、権謀術数であり、財力であり、組織力である。
ただ、議席数を争い、予算を取り合い、政敵を葬るのみが政治ではない。
金を動かさず、人も動かさぬ。手も汚さない政は、政治ではない。清濁併せ呑み、功罪ともに評されてはじめて政治家といえる。
白人による植民地戦争に挑み、政界を自在に遊び、命燃え尽きるまで、“暗躍”した政界の巨大惑星、久原房之助の物語。とくと、ご覧じあれ!
音楽おあり、タイトルロール 房之助と清子がダンスを繰り広げる。
義介電話をもって飛び込んでくる。
義介 田中義一内閣総理大臣が、
房之助 電話か、すぐでる。
義介 いや、兄さん。直々のお見舞いですよ。
房之助 何?
清子 あら、どうしましょう。こんな格好で。
房之助 清子、化粧は・・・しているのか。何故。
清子 あら、女はいつも、堂々と、綺麗でいなくては。その辺のお嬢様と一緒にしないで。
房之助 わしが、腸チフスで生死の境をさまよっているときにか。
清子 そうです。
房之助 それに、その格好はなんだ。その衣装は。まるで社交場にでかけるような。
清子 それは、聞かないで。
義介 ううん。
見ると、いつの間にかシルクハットにタキシードの紳士が部屋の内部にいる。
紳士は、恐ろしいまでに格好よく、ステップを踏んで歩いてくる。
田中 内閣総理大臣田中義一である。
房之助 (一息ついて)久原房之助でございます。
清子 妻清子でございます。
田中 元気そうではないか。病院でダンスとは粋な夫婦じゃ。
房之助 は、それはその。
田中 心配かけおって、こらあ、もう二度と会えん思うたっちゃ。房之助え。
房之助 すいません・・。此度はわざわざこの房之助のために、お見舞いいただき・・
田中 ああ、もういいっちゃ。堅い挨拶はぬきにせんかあ。
房之助 ええんですか。
田中 うん。久しぶりちゃ、房之助!(抱擁する)
房之助 義一兄さんも。ガキ大将が出世されて。
田中 おおきゅうなったね。おらが、山口にいたころは、こんなこまかったけ。
房之助 いえ、そんなに小さくは・・・兄さんとは6つ違いですから。
田中 ううん?ほうか?まあ、ええ。本題に入ろう。久原房之助、君に・・・ずばり、おらが内閣に入ってくれんか。
房之助 ・・・
田中 なんじゃ。予想外か?
房之助 議員選挙にでよ、資金の提供を予想しておったんですが、まさか民間の私に内閣に入れとは。
田中 人材に民間も、官製もない。議員にならずとも、おらが力でなんとかするちゃ。
房之助 しかし、政治は初めて、素人同然ですよ。
田中 そうかな?おらが軍人時代にやってきたことは知っているかい。
房之助 ロシアでの諜報活動です。
田中 そこで、久原財閥の棟梁殿に聞きたい。久原財閥を一代で、三菱三井と張り合うまでに、成功させた条件はなんじゃ。
房之助 人を、金を動かし、彼らに勝てる戦略によります。
田中 そう、人を動かし、金をつかい、権謀を使うのは政治も、実業も変らぬ。何より、おらのこの鼻で匂いを感じる。この諜報武官の田中と同じ匂いをな。
房之助 わたしに何をやれと。
田中 本当はおらが兼任しちょる外務大臣だが、外務省にはえらいのがおってな、森恪というてな、凄い腕前ちゃ。おらの内閣は、豪華な顔ぶれだて。外務政務次官:
森恪 外務事務次官: 吉田茂 。将来大物になるだろう。 大蔵大臣:は高橋是清さん。 海軍大臣: 岡田啓介 、内閣書記官長: 鳩山一郎。どうだ。しかし、森の派閥と、おらたち政友会の微妙な均衡の上に成り立っておる。船頭多くして、船乗り上げる、の格言にならぬよう、細心の注意で舵取りをすることになるちゃ。房之助、おらに力を貸してくれ。頼む。
房之助 わかりました。できるところまで、やってみましょう。
田中 ありがたいちゃー。昭和3年の第一回普通選挙は、えらいことになるちゃ。
内閣組織は、その直後の帝国議会が房之助の初陣となる。おって詳細は連絡する。では、いく。
房之助 失礼いたします。
田中喜び勇んで出て行く。
義介 兄様、大丈夫なんですか。
房之助 ああ。大丈夫だ。本家の藤田家督相続のときも、小坂鉱山のときも、むろん日立鉱山のときも、素人ながらに自身があった。
清子 あなた、でも会社の負債が100億ありますのよ。
房之助 それも何とかなる。今思いついた。
義介 恐慌で、取り付け騒ぎになるくらいです。銀行に、金はありません。
房之助 そのとおりだ。銀行は頼りにならない。こうなれば、株主便りだ。
義介 機関投資家も、財閥も大株主に財力はありません。
房之助 銀行や、配当目当てのみの金持ちは、いざというとき頼りにならない。個人だ。10億の大株主10人より、1万円の個人1万人に助けを願う。
義介 なるほど・・・逆転の発想ですね!不景気となれば、個人の財布のひもが固くなって、ますます企業業績が悪くなる。しかし、こんなときこそ、個人は財産を貯めて、耐えていることでしょう。
照明、房之助の記者会見の席
房之助 全国の皆様、久原房之助でございます。皆さんご存知のとおり、欧州の戦争に対する鉄の輸出で、我が国は空前の好景気にわきました。しかし、その好景気もともと、人様の国の血のもとに作られたものでございます。戦争成金は、露と消え、我々はふとわが身の身の丈に気がついたのです。この久原も、大病を患い、死の淵を見て、目覚めました。わたしは、1個人として会社の負債100億を背負いました。わが社の倒産は、連鎖的に多くの中小企業の社員とその家族を苦しめるからです。何としても久原鉱山の倒産だけは避けなければという一心からです。鉱山はこれからも日本を、皆様の生活を支えていきます。誤解をおそれずに、申しますと、日立鉱山の命運すなわち、我ら日本国の命運、日本国の命運は、皆様の命運。わたしも苦しい、皆様も苦しい。どうか皆様の慈悲の心にすがらせてください。鉱山を、日本を助けてください。
新聞 日立鉱山グループは、社長自らの土下座会見によって多数の負債株式の引き受けに、成功す。前代未聞の個人への株式発行により、負債総額を上回る資金を集め、義弟鮎川義介のその後の経営手腕によって、久原財閥は不死鳥のごとく復活、日立鉱山は息を吹き返すのである。
● 森恪のマキャベリズム 満州某重大事件
田中義一内閣成立。田中、高橋、房之助ら大臣が記念写真に臨む。
田中 どうじゃ。これが内閣に入るということだ。笑顔を作れ、房之助。
房之助 はい。どうも、この礼服というのが体にあいません。
田中 そのうち、慣れてくるちゃ。この瞬間が一番楽しい。
房之助 そうですか。
田中 大臣というのは、この問外は、つらく、肩がこる。今このときを楽しめ。高橋さんを見てみなさい。力まず、威厳を保ちながら、それでいて何とも楽しそうなお顔をしていられる。
帝国議会に場面が移行 席に向かって歩く一堂
高橋 田中君、おめでとう。
田中 ありがとうございます。
高橋 私は都合エイトタイムス、8回目の写真撮りだがね、.やはりこの瞬間が一番ハッピーだね。
田中 さようでございます。何卒よろしくお願いいたします。
高橋 そうそのこと。経済はひどいデフレ状態だが、そのうちもっと大きな津波がくるかもしれない。本当に心配でね。
田中 恐慌がくるということですか。
高橋 ザッツライト。外国人のマネーゲームにのらぬことだね。私は日露のときにイギリスから資金調達したが、勝てる戦のときはいい。だが、敵に回さぬことだ。バンカーが狙うのは、日本と中国だろう。彼らが裏で糸を引いて中国では内乱状態だ。
房之助 久原でございます。
高橋 君が久原君か。なるほど、田中さん好みの面構えだ。ハンサムだよね。
房之助 とんでもありません。今後ともよろしくお願いします。
高橋 最初は君を外務大臣にして、中国やロシアと仲良くやってもらう予定だった。だが、民間の君にいきなり外交をやらせたくないという意見もあってね。
房之助 話には聞いております。内務省、外務省は官僚派閥が強いようで。
高橋 そう、外務次官の森君ね。仕事ができて、頭がいいが、そう、頭がきれすぎるのかな。彼は田中君の対中協調路線を真っ向から否定している。お、話をすれば影か。
外務次官森恪、部下を叱責した後、房之助たち大臣席に近づいてくる。
遅れて、吉田事務次官も入ってくる。
森 何だこの書類は。穴がありすぎる。明日の議会で田中総理が“お読みになる”法案だぞ。総理が恥をかくのだぞ。もういい、私が一晩で仕上げる。君の出世は遠のいたな。次。この程度の情報をとるのに、何日かけている。次、中国の利権を取れるだけとれと、言ったつもりだが。下がれ、私が直接石原さんと掛け合う。次、かける言葉もない。、私は有能な部下をもつことはないのか、田中総理のごとく民間から、人材を募集しようか。ええ?それで我が後輩とは、私は外務省始まって以来、最も部下に恵まれない外務次官だね。
これは、田中総理、組閣おめでとうございます。
田中 ああ、ありがとう。よろしく頼むよ。
森 閣下のためなら、なんなりとも。高橋大蔵大臣、就任おめでとうございます。
高橋 ごきげんよう。戦争が終わったとはいえ、世界情勢はナイーブな状態だ。外交はほぼ、君の力にかかっている。
森 欧米との交渉は高橋大臣に及ぶものはなし。日露戦争の勝利は、高橋大臣あってのもの。
高橋 お世辞は、社交辞令ととっておくよ。
森 いえ、外務省は、外交でロシアに負けました。恐縮するばかりでございます。
粉骨砕身にて対中利権を拡大し、汚名挽回とさせていただきます。
高橋 英米は敵に回すなよ。
森 日本の国際的立場を死守いたします。久原逓信“大臣”。“民間初”の入閣おめでとうございます。お初にお目にかかります。外務次官森恪でございます。
房之助 久原です。よろしく。
房之助握手をしようと、手を差し出す。少し間をあけて、森がその手をとる
森 (耳元で)銅の匂いがしますな。議員バッチはどれほど積まれたのですか。
房之助 一銭も。手をお放しいただけますかな。
森 初の普通選挙楽しみですな。選挙戦術お手並み拝見させていただきます。
森、やっと握手を解いて、身を翻して大臣席と反対側に向かう
田中 のっけからジャブを打ってきたな。
久原 実業界で随分人を見てきましたが、あの手の男は初めてです。
田中 おらが、房之助の逓信大臣にするときも、手を焼かせた。
高橋 吉田君だ。彼は森の部下だから我々にあえて、辛らつな態度をとるね。が安心してね。彼は僕たちのフレンドだ。
吉田 閣下、このたびの総理就任まことにおめでとうございます。
田中 ありがとう。森の視線を感じる挨拶はさっさと済ませて席に戻れ。
吉田 はい、高橋大臣、今回もお世話になります。
高橋 うん、外務省は君にかかっています。よろしくね。
吉田 はい。外務次官の動きはつまなく報告いたします。久原逓信大臣、事務次官吉田茂です。
房之助 どうも、久原でございます。
吉田 では、これにて。
吉田、足早に、森のいる官僚席に戻っていく。
議長声 内閣総理大臣田中義一君。所信表明を述べてください。
田中 欧州戦線も終了し、我が国の中国利権、すなわち旅順大連、そして台湾韓国の生命線は磐石にせしめる。さりとて、経済においては、大戦景気の泡沫は消えうせ、またしてもデフレーションに国民生活ひっ窮す。とある情報筋によれば、この不景気はさらに、深く世界に広がることが予想されり。特に昨今のニューヨーク市場はいまだ、通常の3倍以上の値をつけてなお、投機的な色を強めんとす。これ警戒するにあたり、国内需要を喚起し、デフレを封じ込めんとするものであります。
白金八芳園、房之助自宅 田中、高橋が訪問している。
房之助と田中が将棋に興じている。
田中 房之助、そこの飛車が危ないぞ。
高橋 田中君、アドバイスはそこそこにしてくれない。これじゃ2対1じゃない。
房之助 高橋さんは、お強い。閣下と私でも勝てないかもしれない。これでどうです。
田中 それ、その歩は、金にせんでええ。成金はもういらん。
高橋 ははは、
房之助 ははは、私は笑えませんね。それ。いやしかし、流石はデフレ退治の高橋さん。
取り付け騒ぎがおきたときも、日銀総裁井上準之助と協力して、支払猶予措置(モラトリアム)を行うと共に、片面だけ印刷した急造の200円札を大量に発行して銀行の店頭に積み上げて見せて、預金者を安心させた。大した役者です。
高橋 久原君、ポリティシャンはね、政治家の役を完璧に演じきることが大事なんだ。いいのか、その手で、これで君の飛車は袋のねずみ。後2手でわしにとられるぞ。待ったは、2回まで。それ以降は金をとります。ははは。
田中 じゃからいうたに、3手前の飛車成りは、トラップじゃ。まあしかし、これで我が国の金融恐慌を沈静化したけん。日銀引き受けによる政府支出(軍事予算)の増額などで、日本経済はデフレから世界最速で脱出した。ありがちゃあ。
高橋 田中君、自慢ではないけど。資本主義なんてものは、アングロサクソンが考えたしょせんゲームだよ。将棋と同じなんだ。商売のうまいひと、心の駆け引きができる人が勝つんだ。大手。
房之助 あ、その一手待ってもらえませんか。
高橋 狡猾な白人は待ってはくれないよ。待った2回目を使うのかい。
房之助 はい。3回目殻はいくらか借りますか。
高橋 1回につき、100円だな。
房之助 ええ、少々高いですね。おい、清子。いくらかもってきてくれ。ああ、そのままでいい。
清子 はい、どうぞ。1万円はありますよ。いくら破産免れたからって、遊びの金もばかになりませんから、そこそこにしてくださいね。高橋大臣もどうか手加減してやってくださいまし。
高橋 手加減ね。これは将棋の講師料にもらっておくよ。
房之助 いえ、これ全てもっていってください。
田中 ええんか、こりゃ1万どころじゃない。1000万はある。
房之助 私ができることといえば、まず資金繰りによる政友会の基盤作り。
清子 あなた、それはどこで手に入れたの?
田中 房之助、久原財閥の建て直しに、個人資本をあつめたらしいが。
房之助 義弟の鮎川義介に日産と同じように面倒みてもらうように、してあります。100億の負債は、年利10%1口100円株式を発行して、全て補填しました。銅山は続けます。恩ある個人さまに利子と配当を返しながら、当面これでやっていけるでしょう。成り金!
清子 で、この大金は。
房之助 相場だ。
高橋 ほう、相場なの。しかし、日本の相場ひどいもんだよ。
房之助 僕はこの、破産寸前の状況から学んだことがあります。現物、つまり私の場合銅ですが、相場の上下変動で、随分痛い目にあった。
高橋 それで、金銀、先物相場をやっているの。
房之助 銅の価格を安定させるためでもあります。戦争景気のときに、調子ずいて海外支店をだしていました。ニューヨーク以外は全て撤退したんです。
高橋 ニューヨーク市場で、はっているのかい。
房之助 高橋先生の予想とおり、株価は3倍からまだ上を目指して、あぶくを膨らませています。1000万単位で買いを入れて、30%の利益が出るたびに、手仕舞い売りをしています。
高橋 小手先の戦術だがね。あと3年で5年前の5倍まで株価を膨らませるだろう。
房之助 そうです。次は、億単位で買いを入れて、奴らより先に売り抜けてやろうと思っています。ですから、高橋先生、英米投資家が売りに入る時期を教えてください。
高橋 ベット。乗りましょう。数百億の金を動かすことになるから、私もイギリスやヨーロッパの悪い銀行家さんからできる限り、金をかりて、買いに回るよ。1929年10月あたりだ。奴らが株価を膨らませて、買いをあおり、売りへ込ませるその直前にね。この高橋最後の大仕事だ。テンション上がるね。日露戦争以来の高揚感。
房之助 すごいマネーゲームになりますよ。よろしくお願いします。
田中 おらも、岩崎三菱ら実業家から募金する。
房之助 はい、その募金100倍にして見せましょう。兄さんも協力お願いします。乾杯しませんか。
田中 うん。
高橋 グットアイディア
房之助 全ては政友会のため、日本のために!
高橋 トースト!
田中 乾杯
ナレ 政界の惑星怪物といわれた房之助の始まりである。彼の政治資金ネットワークは、政友会を言うに及ばず、野党民政党にも及び軍部の非戦派にも張り巡らされることになる。権力、政治とは、マネー、マイト(武力)、マキュベリズムである。手を世ござない、金が流通しない世界では、人は動かない。この後、昭和戦後にいたるまで、房之助の財力は、狡猾な国際金融資本家とのマネーゲームから得られた“利益”によるものである。房之助の生涯は、植民地戦争をしかける外国資本家との戦いといえるのである。
外務省一室、森が吉田とチェスをしている。
森 明日の選挙は荒れるぞ、吉田君。
吉田 はいそのようで。
森 何せ我が国最初の普通選挙だ。ぼくはね、普通選挙は板垣先生の負の遺産だと思っている。
吉田 はあ。
森 後の世の歴史家が書くだろう。普通選挙とデモクラシーは、国家解体の要因だったと。
吉田 我が国の国民は、思慮分別があり、デモクラシーは人気を集めていますよ。
森 民は賢にして、愚なり。愚にして賢なり。本能的なバランス感覚をもつ。インテリは賢にして賢、愚にして愚なり。賢いものと、愚かなる者の二つに分かれるという。吉田君、君はどちらかね。
吉田 愚かなインテリにはなりません。田中内閣の方々は、賢明なる方が多いとおもいます。
森 政治家贔屓の君らしい意見だね。参考になるよ。私とゲームなどしていていいのかね。
吉田 何がですか。
森 明日の選挙はかならず、官憲による干渉選挙になる。
吉田 仕方ありません。多少選挙に干渉しても、与党が勝たねば、そのうち日本はばらばらになってしまう。
森 では、普通選挙やデモクラシーを否定するのだね。
吉田 そうではありません。
森 我が国の官僚体制、中央集権体制は国家の軸だ。大衆に政治を任せて、自由を与えてどうする。自由なぞ、滅びの道だぞ、吉田君。
吉田 ですから、我が国の人間は自由に踊らされるものばかりではありません。
森 一個人は、そう愚かではない。問題は、それが集団つまり大衆になったたときだ。
吉田 普通選挙やデモクラシーが、賢い一個人を、愚かな大衆に変えると?
森 近い。間違いではないが、要点は理解したようだな。いいか古今東西、帝国といわれるものは、全て内部から崩れ滅びている。自由、リベラルを叫ぶものは、外国の諜報だと思いたまえ。あらゆる国に寄生し、戦争を引き起こしては金を集めるフリーメイソンの教科書に書いてある。富と権力を得て、民衆を支配したければ、自由と権利を叫び、内部をかく乱すべし、マキュベリズムの基本だよ。少しは勉強になったかね。吉田君。
吉田 噂に聞いていましたが、森さんは、メイソンなんですか?アメリカか、イギリスか。どちらの
森 メイソンならその問いに答えるものはいないだろう。彼らに国籍など関係ない、世襲制もない。あるのはただ、透明で、シークレットなつながりのみ。
吉田 ルーズベルトも、チャーチルのメイソン階級最高位との噂があります。
森 それは事実情報だろう。私がただ一人尊敬する政治家、大久保利通公も、メイソンとの交流があった。唯一西郷隆盛公だけが、メイソンを嫌った。坂本竜馬も、伊藤博文も、維新のいや、クーデターの英雄は皆、外国の力を利用している。皆、最高の指導者だ。だが、最後は何故か暗殺されている。私は生き抜くよ。
吉田 お認めになるのですね。メイソンとのかかわりを。
森 ・・・君はいずれ日本を背負ってたつ人物だ。身の振舞い方を勉強したまえ。
吉田 我が国は、メイソン、戦争商人に狙われているのですね。
森 行かなくていいのかね。
吉田 どこへですか。
森 田中総理や、久原の番頭のところへだよ。
吉田 何のことでしょうか。
森 私はマキャべりストだ。選挙干渉や、それに対しての弾劾、内閣かく乱、対中利権の拡大、来るべき戦争への準備。数10手先を打っている。
吉田 ・・・
森 君が、田中総理や、高橋先生と通じていることなど先刻承知。
吉田 承知した上で、私を使われていると。
森 2重スパイを使いこなせてこそ権謀家。大久保卿の内務省もかつては最高の諜報活動機関であった。
字幕 日本初の普通選挙は、予想通り、大荒れであった。選挙と言うものが、初めて行われる国は往々にして同じような結果となっている。日本に限ったときではない。それほど、デモクラシー=自由が、コントロールの難しい代物であったか証明している。明治開国から、50年。西洋に追いつけ、追い越せ風潮の中で、ただ西洋のルールのうのみにした大正時代はその混乱が見て取れる。一体どれだけの人間が、自由と権利、デモクラシーを理解していたのか。西洋においては現代でも、フランス革命の是非が論争の的になっている。すなわち王政を否定し、民衆が政治を担う。マキュベリスト森が示唆するように、フランス革命以降、明治維新も含めて、“革命”は、一般個人の力のあつまり、民衆の力によって成功したのではない。世界を暗躍する黒幕により、戦争、金、権謀術数をもって成功させたのではないか。フリーメイソンなる見えない支配階級が世界を支配した結果ではないのか。ともあれ、普通選挙直後の第55議会は、いきなり喧騒の幕開きとなったのである。
議会、怒号と野次が飛びかう 白黒テレビ中継がスクリーンに流れる
大臣席には、田中、高橋、房之助(羽織袴姿 以降全て)、森、吉田が対照にいる
議員 先の第一回普通選挙において、内務省による選挙妨害があったこと明らか。
房之助手を上げる
議長声 久原逓信大臣
房之助 選挙妨害はありませんでした。
議員 内務省の警官が演説を停止した。
房之助 警官は選挙の安全な運営のため、配備されただけであります。
議員 神奈川県3区の野党議員によると、選挙前の演説はおろか、平素の行動にまで、警官の尾行があり、野党の立候補者の演説にのみ不当に停止をさせたとのこと。
房之助 報告があがってきていません。
議員 野党の検挙数が、与党の10倍もあります。これでも不当な妨害でないといえますか。
房之助 事実が確認されておりません。
議員 これほどの選挙干渉がりながら、与党との議席数はわずか1つです。選挙妨害はむしろ、逆効果でしたな。これは我が 民政党の勝利。
房之助 事実確認が取れ次第報告いたします。
議員 官憲の横暴。民主政治の冒涜だ!
再び怒号が飛び交い、議長の小槌が机をたたく。乱闘騒ぎが起こる。
森次官、野党議員に合図を送る。野球のサインのようである。これに呼応するように一人の議員が気勢を上げる。
議員 皆さん、静粛に願います。ここに、民政党から鈴木内務大臣及び、“久原逓信大臣”の弾劾決議を提出します。
房之助 何の理由をもって、私個人を攻撃される。
議員 政友会の資金の出所を調べました。久原逓信大臣は、久原鉱山の時代、震災手形によって、国家に損害を与えています。
房之助 関東大震災のとき、無効となった手形を政府に保障していただいただけ。
議員 手形は震災と無関係にもかかわず、久原商事は救済を受けている。
房之助 無関係とは、何を根拠言われるのか。
議員 何ゆえ、久原商事のみが、国家救済をうけるのでしょうか。国務大臣として失格であり、なにより国家の栄誉をけがしております。
房之助 私は既に、久原商事の社長ではありません。私個人と、久原商事を混同しておりますな。審議は以上でよろしいか。
議員 政友会の議席が増えるにつれ、銅の匂いが議会に立ち込めていますな。
房之助 らちもない。
議員 政友会の資金の出所は、久原財閥に違いありません。
房之助 議員、発言には注意されよ。
議員 資金の出所を明らかにされたし!
房之助 内務大臣に調べていただきましょうか。同時に、野党の議員の政治資金の調べていただきましょう。おそらく半数以上の議員が、困られるのではありませんかな。私以上に。
議員 選挙を当選していない議員がバッチをつけて、銅銭をばらまいて議会を闊歩する。このような節操のない行動を帝国議会が許さないですぞ。
房之助 議長、新しい党ができました。民政党の不平組が脱退し、50名が新党を作りました。これは私が報告することではありませんが。民政党は、まず野党として、結束力をつけたほうがよいのでは。
野党議員が、一人また一人と、席を立って出て行く。
議員、森次官の方を指示を仰ぐ。森はまた合図を送る。
議員 内閣不信任決議を提出します。選挙妨害、不正行為がある大臣を任命したこと、国家権力の乱用により議会を混乱させたること、民政党230・・・180名の署名を添えて、提出いたします。
田中総理手を上げる
議長声 内閣総理大臣 田中義一君
田中 選挙妨害の有無は、根拠をあげて立証されたし。内閣不信任決議は、審議未了につき、10日に以内に無効となる。それで不満とあれば、野党から入閣いただいた数名に大臣をおりていただく。解散総選挙も辞さぬ覚悟である。何度選挙で戦ってみても、結果は同じ。我が政友会の過半数はゆるがぬ。以上
「止め」の合図を送る。野党議員が議会を離れていく。森と田中が目を合わせる。
議会は閉会。明かりが落ちる。森次官、田中たちの前をすれ違っていく。
田中 まずは、第一手というところか。
森 手始めの、力試しを。
田中 野党をあおり、次は何を始めるつもりだ。
森 お答えすると?
田中 いや、初陣の久原を攻撃とは、卑小な一手であるな。
森 初陣であればこそ、これを狙うは戦術というもの。なるほど、久原大臣は、力ががあります。次の一手は、中国です。
田中 そは魔の手じゃ。止めておけ。
森 魔の手でなくては、欧米には勝てませんぞ。いくぞ、吉田君。
森、吉田を伴い、退場。田中胸を押さえてひざをつく。
房之助 どうしました、閣下。
田中 持病の心臓だ。最近あまり言うことをきかん。外務省と同じじゃ。(薬を飲む)
高橋 田中君、中国にいる陸軍をどうあっても抑えねば。必ず何かしでかす。
田中 はい。
暗転 満州某重大事件
新聞 1926年(大正15年/昭和元年)、中国の蒋介石は国内の勢力統一、主に軍閥・張作霖の北京政府撲滅を目指して北伐を開始した。
森 中国利権は、我ら祖先の血と汗の賜物。極東からはロシアが再び南下、蒋介石率いる国民政府軍の北京に向かっている。中国に駐留している我が帝国陸軍はこれを、阻止すべし。
田中 中国利権は守るのみで止めておくべし。蒋介石の北への進攻を口実に、中国から、満州へと陸軍を進めてはならない。理由なき出兵で、欧米を刺激するな。何より中国での排日運動に火をつけてはいかん。
新聞 1927年(昭和2年)、漢口の民衆が日本の海軍陸戦隊と衝突する事件が発生、これを機に中国人の反日感情が再度爆発し、日貨排斥運動となった。
森 日本は山東省の日本権益と2万人の日本人居留民の保護及び治安維持のため、山東省へ陸海軍を派遣することを決定。河本大佐率いる陸軍一個師団は、即刻山東に急行すべし。
田中 我が後輩陸軍よ。戦端は開くな。決して動くな。形式上、出兵のみにて面目は保てたはずだ。敵は10万、我が軍は6千たらず。まともな戦闘で勝てはしない。
戦争は無用。中国軍もやがて撤退するだろう。それを待て。動くでない。動くな・・・。
森 諜報部員は全て、山東省に終結。中国兵の化け、日本人家屋を襲撃せよ。同時に、噂を流せ、日本兵が民間中国人を殺しているとのデマを流して蒋介石を動かせ。国内世論に同じ情報を流せ。対中国感情を煽れるだけ煽れ。
ナレ そして戦端は開かれた。しかし、数で圧倒する中国軍に対して、日本軍は撤退を余儀なくされる。日本と中国は、孫文以来の信頼関係をほぼ崩していた。互いに嫌悪のしこりを残して、翌年の“満州某大事件”が発生するのである。
森 日本の国論は対中嫌悪が充満している。河本大佐、時はきたれり。蒋介石の軍に扮装して満州に居残る張作霖を列車ごと吹き飛ばす。いいか、ここからが重要だ。蒋介石に仕業に見せ付けた上で、証拠を残して消えろ。外交の最高責任者はこの俺だ。お前たち兵隊は言われたとおりにすればいいんだ!的は、中国の国土ではない。田中内閣だ。田中の後は、我らがいかようにも満州を切り取れる。
首相官邸 吉田から報告を聞いた田中が椅子に腰を落としてつぶやく。
田中 とうとうやりおったか・・・。
吉田 申し訳ありません・・・。私が監視しておりながら。
房之助 いや、君は全てを逐一報告していた。我々が完全に欺かれたのだ。
田中 戦争には、戦争になる理由がある。当然謀略も諜報も戦争には不可欠だ。だが、謀略、諜報は“血を流さない”ために、戦争をする前にやるものだ。できるだけ血を流さないために。奴は謀略を、血を流すために、これから多くの血を流す田ために使いおった。魔の手を使いおった・・・。
高橋 最初から、的は君だったんだ。田中総理。
田中 ・・・俺が狙いなら、国内の問題でやりあったものを、これで奴の謀略は、わしがやったことになる。いやそれだけならいい。日本が中国を不当に侵攻したことになる。
高橋 国際世論の批判を浴び、欧米の対日感情を悪化させる。やがては、これを口実に欧米が干渉してくるぞ。
田中 おのれ、森。自らの欲望で国の威信を売りおったわ・・・
田中、軍刀をもち、部屋を出て行こうとする。
高橋 田中君、どうするつもりだ。
田中 高橋さん、私も軍人であります。こうなれば森と刺し違えて、命を絶ちます。
高橋 止めろ、皆、田中君を止めるんだ。
田中 これも全てわしの責任。止めてくれるな!
房之助 いけません、閣下それだけは、一国の首相が、外務次官と刺し違えるなど。
田中 森を殺して、わしも死ぬ。閻魔の前に奴を引き出すのだ。
高橋 今更、森を殺しても、中国にいる関東軍をとめられん。
田中 離せ。房之助離さんか!
房之助 離しません。死んでも離しません!
田中 中国にいる若輩共も、首をはねてくれるう!
高橋、杖で田中の刀を叩き落し、田中の顔を張る
高橋 田中君、気をしっかりもちたまえ!もう遅い、もう遅いのだ。
田中 ・・・・・。
高橋 今君のできることは、国際世論をできるだけ、悪化させないことだ。そして、主犯にできるだけ、思い処分をかし、中国での行動を抑えること。
田中 そのとおり。こういうときこそ、冷静に現実と向きあわなばならん。
新聞 満州某重大事件! 中国にいる帝国陸軍が暴発。国際世論の批判強し。田中首相の責任は重大。
ナレ 田中内閣は、事件の主犯を厳重処分の方針であったが、与野党を問わない責任津休の声、陸軍の隠蔽工作、管理不能により、主犯の河本大佐は、おろか影で事件を操った森外務次官の処分ができなかった。
田中 いかん。いかんともしがたい。陸軍は事件の隠蔽し、外国にいることをいいことに、わしの責任を問うなどと、逆に突き上げてきおる。森は堂々と外務省に居座って知らぬ存ぜぬだ。立証も不可能・・・・
房之助 閣下、大丈夫ですか。閣下。
田中 陛下に奏上せねばいかん。こうなれば、総辞職しかない。
房之助 反対です。今閣下が辞められては全て責任をかぶり、事件はうやむや、森は
益々増長し、中国利権を拡大するでしょう。
田中 もはや、わしには・・・陛下・・
皇居陛下へ奏上(報告)する田中総理 深く頭を下げ、とつとつと語る
田中 陛下、今回満州で起こりました事件の真実は、我が閣僚森外務次官と、関東軍河本大佐による謀略でございました。は、お言葉ごもっと、ですが証拠不十分、管理不能にして、主犯は処分できず、中国利権をもとめて、戦争を拡大していくことでしょう。全ては我が不徳のいたすとこにて、これをもって、田中は内閣を総辞職いたしまする。なんと、辞めるなと仰せでございますか・・・責任は全てこの田中にあり。この上最も気になることは、欧米の批判、干渉であります。陛下がお心を、鬼にして、田中辞職せよと、仰せになれば、少しは批判を回避できることでしょう。ありがとうございます。
田中、官邸の階段を下り、帽子をかぶってでていく。やつれ果て精魂使い果たして、目が据わっている。新聞記者たちの容赦ないフラッシュが顔を照らす
房之助 閣下、今一度、閣下。
田中 黙れ、
房之助 閣下
田中 黙らんか
房之助 再び奏上を。そして内閣改造によって危機を脱し、
田中 もうよい。もうよいのだ。陛下も大層お怒りだ。もうよい。
房之助、悔しさを抑えながら、田中総理の背中を見送る。
田中、立ち止まり笑みを見せるやいなや、ひざを折ってくずれるように倒れる
房之助 閣下、閣下!
房之助、胸をおさえて倒れる田中を受け止める。
新聞記者たちのフラッシュは続く中
房之助 閣下、心臓ですか。誰か、誰か!
田中 もういい、房之助。もう遅い。
房之助 薬は、これですか。飲んでください。
田中 もはや飲むこともできん。
房之助 誰か、医者を呼んでくれ。誰か!
田中 無駄だ。これでいい、これでいいんじゃ。
房之助 閣下、いけません、まだ行かれては困ります。閣下・・・
田中 これ以上、中国と争うな。英米を敵に回すな・・・
房之助 兄さん、義一さん。
カメラフラッシュが続く中、田中義一元総理大臣は死亡。
字幕 山口萩の下級武士の子に生まれた田中は、陸軍に入隊。日清日露にも諜報武官として活躍し、たたき上げとして、初めて陸軍大臣、男爵にも任じられた。田中内閣は早々たる顔ぶれで望んだが、満州事変の処理が不十分として昭和天皇の怒りをかって、総辞職したと語られている。しかし筆者の見解は違う。一本木名性格の田中が、自ら正直に天皇に奏上し、お心ひろき陛下も田中の心中を察した上で、敢て「叱責=辞職の体裁に仕立てた」と、見解する。大正時代が終わり、昭和へと進む、まさにターニングポイントとなった時期である。遅咲きの苦労人田中義一は、1929年6月29日急性の狭心症により、死去。享年65歳で、人生の幕を下ろした。
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