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標ない交叉路へ
作 ソンブレロ
 



〈第1場〉

    中央にテーブル。
    椅子に男(男1)。
    腕を組み、目を閉じている。
    片隅には畳まれた毛布。

    ブザーが鳴る。

    男1、反応しない。

    再びブザーが鳴る。

    しばしの間の後、煽るようにブザーが
    断続的に鳴る。

    男1、重い腰を上げて去るが間もなく
    スープボウルをのせたトレーを持って
    戻る。

    トレーをテーブルに置き、ややためらっ
    てから食器の蓋を取る。
    中には一枚の紙切れ。
    それを手に取って見るが、すぐに丸め
    て戻す。
    そして毛布を被って椅子に深く座る。

    明り、ゆっくりと絞られる。
    やがて暗転。





〈第2場〉

    明転。
    前場と同じ場所。

    男1、腕を組み、目を閉じている。

    やがて物音がして人の気配。
    椅子と毛布を持った男(男2)が現
    われる。
    男2、無反応な男1の態度を訝しげ
    に見る。

    沈黙。

    男2、男1を横目に適当な場所に
    椅子を置く。


男2 ここにはベッドはないのか?

    沈黙。

男2 なあ。
 聞こえねえのか?
 おい。
男1 ない。
男2 じゃあどうやって寝るんだ……?

    沈黙。

男2 おい。
 聞いてるんだよ。

    沈黙。

男2 おい。
男1 おい?
男2 え。

    男1、男2を睨む。

男1 おい!
男2 な、なんだよ……。
男1 気安く呼ぶんじゃねえ。
男2 今日はずいぶん機嫌が悪そうだな。
男1 今日は?
 なんだそりゃ。
男2 聞いたんだよ。
 少なくとも毛嫌いするような奴じゃないってな。
男1 看守の野郎か?
男2 あ、ああ……。

    沈黙。

男2 煙草持ってないか?
男1 あるわけないだろ。
男2 だろうな。
 オレも没収されたよ。
男1 じゃあなんで聞く?
男2 もしかしてと思ってよ……。
 そんなに悪いか?
 話しかけられると腹が立つか?
男1 黙っていられねえのか?
男2 こんな狭い中で知らねえ奴といるのに……。
 これじゃ息が詰まる。
 とんだ奴と一緒になったもんだ。
男1 こっちのセリフだ。
男2 あ?
 なんだって?
 ハッキリ言えよ。
 陰険な奴だ。

    男2、毛布を脇に置いて座る。
    沈黙の中、のびをしたりため息を
    ついたりあたりを見回したりして
    いたが、いたたまれずに切り出す。

男2 悪かったよ。
 ここでは新入りだもんな。
 失礼したよ。

    沈黙。

男2 いい加減にしてくれよ。
 なにが気に入らねえんだ?

    沈黙。

男2 なんて奴だ。
男1 だったら早く出ろ。
男2 え。
男1 居心地が悪いんだろ?
 行っちまえよ。
男2 脱走でもしろって言うのか?
 出来ればそうしてえな。

    男2、深く座り直す。
    ブザー音。

男2 なんだ?
男1 見てこい。

    男2、男1が示す方向へ去るが
    間もなく箱を抱えて戻る。

男2 これがあった。

    男2、「GIFT」と書かれた
    貼り紙を剥がして見せる。

男2 どういうことだ?

    男1、箱の綴じ紐を解く。
    中にはウイスキーとグラスが入って
    いる。

男2 こいつはいい、差し入れってことか。
 誰だか知らねえが気が利いてる。

    男2、ウイスキーの瓶を手に取る。
    
男2 よさそうな酒だな。
 はははは。
男1 待て。
 戻しておけ。
男2 なぜだ?
男1 宛名はない。
男2 でもブザーが鳴って、これが置かれていたんだ。
 問題ないだろ?
男1 送り主もない。
男2 そんなのどうだっていいじゃねえか。
男1 言うとおりにしろ。

    男2、渋々酒を戻す。
    男1、箱を閉じる。

男1 看守の仕業だ。
 あの野郎が仕掛けた罠だ。
男2 罠……?
男1 ここは禁酒、禁煙だ。
 手を付ければさらに懲罰が積み上がる。
男2 看守が、どうして……?
男1 そういう奴だ。
 楽しんでやがるんだ。
 ムダ飯食ってねえで早く出て行けって言っときながらこうして罠
 を仕掛ける。
 お前も寛いでないでとっとと出ちまいな。
男2 べつに寛いじゃいねえよ。
 誰が好きでこんな……。

    男2、背を向けて目を閉じる。

男1 なにをしでかした?
男2 知らないのか?
男1 噂では聞いたが……。
男2 なんて聞いた?
男1 脱走をしようとして失敗したんだろ?
男2 ああ……。
男1 それと、捕虜の女を乱暴したってな。
男2 なに?
 捕虜の女?
 そんな噂が流れたのか?
男1 違うのか……。
男2 ふっ、噂ってのは妙な尾ひれがつくもんだよな。
 脱走しようとしたのは本当だ。
 それには協力者が必要だった。
 馬を奪うからな。
 それで捕虜の男を使った。
 奪ったまではいいが、オレは馬の扱いに不慣れで……。
男1 振り落とされて気絶したってな。
男2 ああ、捕虜の男は馬に乗ってまんまと逃げちまった。
男1 そうか、ふふふふ、それは少しだけ見直したぜ。
男2 え。
男1 捕虜の女を乱暴したあげく、落馬して気絶したなんて救いようがねえからな。
男2 そうか、それで毛嫌いしていたのか……。
男1 しかしまあ、脱走未遂だけでも相当だが、捕虜を逃がしたん
 じゃな……。
男2 むこう1年の減給だ。
 あと、反省文を書けってよ。
男1 だったら早いとこ書いちまえよ。
男2 簡単に言うなって。
 50枚だぜ。
 猶予は一週間だ。
男1 そいつは少々きついが、幸いここにはベッドがない。
 寝ずに書くには最適な環境だ。
男2 作文だってまともに書いたことがないんだ。
 途方もないぜ。 
男1 じゃあ声を殺して泣いてろよ。
 
    ブザー音。
    男1、男2に目配せする。
    男2、去るが間もなくべつの箱を
    持って戻る。

男2 まただぜ。

    箱に「GIFT」と書かれた貼り紙。

男2 どうする?
男1 ああ。
 見てやるか。

    男1、箱の綴じ紐を解く。
    中には煙草と灰皿が入っている。

男2 煙草か?
男1 ご丁寧に灰皿まである。
男2 火は?
男1 ない。

    男2、割って入って箱の中を
    探る。

男1 あるわけねえよ。
男2 ふざけやがって……。
男1 そうだ。
 ふざけてやがるんだ。

    男2、煙草を手に取り恨めしそう
    に眺める。

男1 余計に吸いたくなるぜ。
男2 くそっ。

    男2、煙草を箱の中に投げ
    入れる。
    男1、箱を閉じる。

男1 構ってもらいたくて仕方ねえんだ。
 しょっちゅうくだらねえメッセージをよこしやがる。
 わざわざ空のスープボウルにしのばせたりしてよ。
男2 スープボウル……?
男1 ああ、ご機嫌いかが、ってな具合にな。
 なんたって相手は世界最高峰の暇人だからな。
 こっちの様子をいちいち窺いながらブザーを鳴らしやがるんだ。

    ブザー音。
    二人、顔を見合わせる。
    男1、男2に目配せする。
    男2、小さく首を振る。
    男1、重い腰を上げて去るが間も
    なく封筒を持って戻る。

男1 お前の隊員番号だろ?

    男1、貼り紙を剥がして見せる。

男2 ああ、なんだそれ?

    男1、封筒をテーブルに置く。

男1 ボーナスだ。
 札束がどっさり入ってるぜ。
 真っ白い札が。
 ふふふふ。

    男2、封を開ける。
    中から紙の束(反省文の用紙)と
    ペンを取り出す。

男1 50枚だったな。
 まあ、せいぜい頑張りな。

    男1、毛布を被る。
    男2、舌打ちをし、ため息をつく。

    明り、ゆっくりと絞られる。
    やがて暗転。





〈第3場〉

    明転。
    前場と同じ場所。

    男1、目を閉じて椅子に座っている。
    男2、ペンを持ち、考え込んでいる。
    やがて書き出そうとするが、いざと
    なるとペンが動かない。
    再び考え込み、書き出そうとするが、
    また最初の一歩が踏み出せない。

男2 なあ。
男1 あ?
男2 なんて書けばいいんだ?
男1 思ったことを書けばいいだろ。
男2 思うことは簡単だ。
 でも書くことは難しい。
男1 文章を考えるな。
 言葉を考えて書け。

    男2、言われたことを試みるが
    結果は変わらない。

男2 なあ。
男1 なんだ。
男2 悪いんだが……。
 代わりに書いてくれないか?
男1 代筆なんてすぐにバレる。
男2 じゃあ考えてくれよ。
 アンタが考えてオレが書く。
男1 それでオレになんのメリットがある?
男2 アンタはメリットを示さないと手を貸さないって考えか?
男1 当たり前だ。
 オレはお前の親でもないし義理もない。
男2 じゃあ貸しにしておいてくれ。
 そのメリットを。
 いつか必ず返すから。
男1 生憎だが、いつかなんてのを真に受けられるほど従順に出来
 てねえよ。
男2 アンタは書いたのか?

    男1、首を振る。

男2 余裕だな。
 ノルマはないのか?
男1 雪だるま式に増えて、もう憶えちゃいない。
男2 なぜ書かない?
 まさかオレみたいに書けないってわけじゃないんだろ?
男1 反省なんかしていない。
 だから書かない。
 それだけだ。
男2 反省なんて建て前だ。
 そんなことに拘る必要はないだろ?
男1 ここを出てもしばらくは鶏小屋の掃除係だ。
 糞尿や飛び散った餌の掃除に明け暮れる。
 やり甲斐のある仕事だ。
 ふふふふ。
 そして懲罰房あがりのレッテルは部隊にいる限りついてくる。
男2 だったらここでくすぶっていた方がマシってわけか……。
 アンタは偏屈なこだわり屋なのか、ただの怠け者なのかどっちな
 んだ?
男1 まあどっちも遠からずってとこだな。
 ここも鶏小屋みたいなもんだ。
 そしてオレはなにも生み出さないムダ飯食いの雄鶏だ。

    男2、男1に頼ることを諦め、気持ち
    をあらたに考え込む。
    やがて意を決し、ペンを走らせる。
    時折ペンを止めて思案し、またペンを
    走らせる。
    しかし、長くは続かない。
    行き詰まり、考え込むが早々に思考が
    破綻する。
    
男2 ああ、くそっ。

    男2、書いた紙を乱暴に丸め、投げ
    つけようとしたところで踏み留まる。
    大きくため息をつく。
    
男2 やっぱりダメだ、オレは……。

    男2、無関心な男1の様子を横目で
    見つつべつの話題を考える。

男2 なあ、アンタ本当にずっとここに居るつもりなのか?
 こんなところにどんな希望があるっていうんだ?
男1 希望?
 そんなもの最初からない。

    沈黙。

男2 まあいいよ。
 オレは学はないが勘はいい。
 神様はよくしたものだよな。
 どちらかは授けてくれる。
 アンタだってここを抜け出そうと機会をうかがってるんじゃない
 のか?
 もちろんここだけじゃなくこの部隊から。
 違うか?

    沈黙。

男2 わかるよ。
 オレは抜け出すぜ。
 今度は必ず成功する。
男1 本気でそう思うのか?
男2 ああ。
 オレと手を組まないか?
 力を合わせようぜ。
 一人より成功の確率はずっと上がる。
男1 ふふふふ。
 失敗した奴がよく言うな。
男2 なに!
男1 お前にそれだけのアイデアがあるのか?
 周到な準備が、計画があるのか?
 失敗からなにを学んだ?
 どんな教訓を得てどう生かす?

    沈黙。

男1 そもそもオレを信用出来ると思うか?
男2 あ、ああ、そりゃ……。
男1 その根拠はなんだ?
 単なる勘か?
男2 仕方ねえよ。
 それしか頼りになるものはねえ。

    沈黙。

男1 ここを抜け出してどうする?
男2 それは、まだ……。
男1 おいおい、脱走するよりその後を生き延びる方がよっぽど難
 しいんだ。
 まさか家に帰ろうなんて思ってないだろうな?
男2 ああ、すぐに手が回っているだろう。
 それに正直なだけが取り柄の両親だ。
 軍隊を抜け出してきたなんて許されるわけもない。
男1 親不孝だな。
男2 オレの家は貧しい大家族だ
 少しでも暮らしをマシにしたかったが……。
 働き口はサーカスか軍隊くらいしか選べなかった。
 結局はカネがいい方を選んだ。
男1 それが失敗の元だ。
男2 ああ、すぐに後悔した。
 カネがいいと言っても最初の一時金だけで月々の給金は雀の涙だ。
 そして自由もまるでない上に命の保証すらない。
 だから家に手紙を送った。
 弟たちは絶対に軍隊になんか行かせるなって。
 でもその手紙は届かなかったよ。

    沈黙。

男2 オレは行く。
 動けば必ず今よりマシな世界に行ける。
男1 幸運を祈ってやるよ。
男2 ふふ、祈るだけか……。
男1 お前に貸す力は無い。
 お前から借りる気もない。
 誰と組もうが希望なんて……。
男2 なんだよ、言いかけてよ?

    沈黙。

男2 人間不信も相当なもんだな。
 まあ、そうか、人を信じて痛い目にあったんだもんな。
男1 誰に聞いた?
男2 やっぱりそうか。
 言っただろ、オレの勘は鋭いって。
 いや、オレじゃなくてもわかる。
 わかりやすすぎる。
 アンタのその諦めきった顔と態度は。
 騙されたか裏切られた奴のものだからな。
男1 騙されると裏切られるのはどう違うんだ?
男2 どちらも不幸だが、裏切られる方が後を引きそうな気はする
 な。

    沈黙。

男1 そんな目にあったことがあるか?
男2 裏切られる以前にオレは頼りにされるだけのカネも人
 望も持ち合わせてねえよ。
男1 オレだって貸せるようなカネはないが……。
 まあ、オレも馬鹿だった。

    沈黙。

男2 無理には聞かねえよ。
男1 大学で同期だった男だ。
 オレより優秀だった。
 二人で貿易会社を作ろうって誘われたんだ。
 この男とならうまくいきそうな気がしたし、事実最初はすごくよ
 かった。
 でもやがて駄目になった。
 仕入れた物を売るだけじゃ限界があるからって、オリジナルの家
 具や食器、雑貨を作ることにしたんだ。
 デザイン料、材料費、製造費、回収できないままどんどん膨らんで
 いった。
 あのときやめておけばって何度も後悔した。
 でも進んじまった。
男2 じゃあ相棒もここに?
男1 どこかに行っちまったよ。
 オレと借金を残してな。
男2 それで借金をチャラにするために志願兵になったってわけか。
 じゃあちゃんと働かなきゃな。
 アンタなら偉くなれるかもしれないぜ。
 頭だって悪くなさそうだし。
男1 オレはやっぱり組織には向かない。
 こいつの昇進のための駒にされる、トカゲの尻尾にされる、少し
 でもそう感じると割り切れなかった。
 オレはアンタらが思っているほど馬鹿じゃない。
 いつもそう思っていたが、ついに口から出て命令に背いた。
男2 なるほど、そう言った手前すぐに反省文なんて書けないって
 わけか。
 上に行くほどずる賢い奴は多いだろうし、なんとなく気持ちはわ
 かる。
 でもなぜ行動しないんだ?
 そんなにここがいいか?
 もしかして臆病なだけか?
男1 煽ったってムダだ。
男2 アンタはきっとなにかを企んでいるはずだ。
 オレを信じられないか?
 頼りないか?

    男1、立ち上がり毛布の中から
    トランプを取り出す。

男1 こんなものがある。
男2 なんだ、占いでもしてたのか?
男1 いや、切ったりシャッフルしたり、手先の暇つぶしだ。

    男1、カードを切る。

男1 やるか?
男2 うん?
 賭けか?
 でもカネはねえし、私物は看守に預けちまったし……。
男1 勝った方が命令を出せるってのはどうだ?
 ひとつの勝負にひとつずつ。
男2 命令ってなんだ?
男1 なんだっていい。
 退屈しのぎに余興をやれってのでもいいしな。
男2 ああ、そういうのは得意だ。
 待てよ。
 じゃあ脱走の手を貸せってのでもいいんだな?
男1 まあ勝てばだけどな。
男2 よし、くれよ。

    男1、カードを配る。
    それぞれカードと相手の顔色を
    交互に見つつ手を考える。

    明り、ゆっくりと絞られる。
    やがて暗転。





〈第4場〉

    明転。
    前場と同じ場所。

    男1、男2、スープを飲んでいる。
    男2、自分と男1のスープボウルを
    交互に見比べる。

男2 なあ……。
男1 あ?
男2 ずいぶん違わねえか、そっちと。
男1 なにが?
男2 アンタの方がやけにミートボールが多くなかったか?
男1 そんなに違うか?
男2 いや、違うなんてもんじゃない。
 こっちにはひとつも入ってなかったぜ。
男1 食っちまったんじゃねえのか?
男2 そんなわけねえだろ?
男1 ガキみたいなこと言うな。
 お前がそっちを選んだんだ。
 オレは残った方を取った。
 運が悪かったな。
男2 だからって、こんなのってあるか?
男1 黙って食え。
男2 よく見りゃよかったぜ。
 筋っぽいキャベツばっかりだったじゃねえか。

    二人、黙々と食事を続ける。
    ブザー音。
    男2、おもむろに立ち上がり去る。
    短い間ののち、カップをのせたトレー
    を持って戻る。

男2 コーヒーだ。

    男2、カップを自分と男1の目前に
    置く。

    二人、食事が終わる。
    男2、カップに口を付ける。

男2 うっ。

    男2、一口飲んだところでむせる。

男2 なんだ、こりゃ。

    男1、飲む。

男2 コーヒーじゃねえ。

    男1、男2のカップを覗く。

男1 ああ、それは豆の煮汁だ。
男2 豆の……?
男1 よく見ればわかる。
 黒レンズ豆の煮汁だ。
 相当不味いだろ?
 しかもしばらく口に残る。
 このあとなにを食っても不味く感じるから厄介だ。

    男1、飲む。

男2 アンタは平気なのか?
男1 うん?
男2 よくこんなもんが飲めるな。
男1 こいつはコーヒーだ。
男2 なんだって?
 コーヒー?
 え、じゃあ、こっちだけ……?
 どうなってんだよ?
男1 オレに当たるな。
 お前が選んだんだ。
男2 くそっ、わざとこんなことを……。
 ふざけやがって。
 ああ、口の中が不味くて堪らねえ。
男1 運が悪かったな。
 ふふふふ。
男2 可笑しいか?
 え、おい。
男1 あ?
男2 そんなに可笑しいかよ?
 滑稽かよ?
男1 だからなんだ?
 絡んでくるんじゃねえよ。
男2 アンタは気付いていただろう。
 盛り付けが偏っていることを。
 片方が豆の煮汁だってことを。
 オレがハズレをひいたとき笑いを堪えてたんだろ?
 アンタあの看守の仲間なんじゃないのか?
男1 ふっ、乏しい想像力だな。
男2 なに?
男1 貧しいの間違いか?
男2 言ってくれるじゃねえか。
 看守とつながってると思われることがそんなに嫌か?
 腹が立つか?
 図星だからか?
男1 お前、忘れてないだろうな?
 賭けでオレに負け越していることを。
男2 ああ、それがどうした?
男1 オレの靴の裏を舐めろと言ったらお前は従うしかないんだぜ。
男2 ふふ、そんなことがしたくて賭けをしたのか?
男1 じゃなけりゃ瞑想でもやらせるか。
 そうすりゃ少しは感情を抑制出来るようになるだろう。
 集中力も養えるかもしれねえな。
 お前、そいつは進んだか?

    男1、カップを置き、テーブルの
    端の紙を指す。

男1 そうか、とっくに諦めてたか?
 そいつは潔いな。
 見直したぜ。
 なにごとも諦めが肝心だ。
男2 黙れ。
男1 じつはお前もここが気に入ったんじゃないか?
 ふふふふ。
男2 なんだと……。

    男2、立ち上がる。

男2 立て!

    沈黙。

男2 立てって言ってるんだよ。
男1 お前とダンスをするつもりはねえよ。
男2 なに。
男1 そんなにアイツを喜ばせたいか?
 ここで暴れてみろ。
 思うつぼだ。

    男2、テーブルの脚を蹴る。

男2 くそっ。
男1 気をつけろ。
 残しても零してもアイツは因縁をつけてきやがるんだ。

    男1、自分のカップを手に取る。

男1 苦い薬ほどよく効くってな。
 わがまま言ってないで飲んじまえ。

    男1、コーヒーを飲む。
    沈黙。
    やがて男2、渋々カップに口をつけ
    るが一口飲んだだけでむせる。

男1 ふふふふ。

    男2、激しく咳き込む。

男1 ほら、いくらも減ってねえぜ。
男2 畜生!

    男2、怒りにまかせて壁を数回蹴る。

男1 おい!

    沈黙。

男1 聞こえたろ?
男2 あ、ああ……。
 なにかが壊れたような……。
 ありゃなんの音だ?
男1 その壁の向こうに掛かっていた常夜灯が落ちたんだ。
 粉々に割れちまったろう。
 まったく、やってくれるぜ。

    沈黙。

男1 せめて神にでも祈ってろよ。
 どうか誰も気づいていませんようにってな。
 そうすりゃ自然に落ちたととぼけられる。
 
    男2、座って目を閉じ俯く。
    沈黙。
    ブザー音、速いテンポで断続的に
    鳴り続ける。

男1 くそっ。
 行けよ。
 集合だとよ。
男2 集合……?
男1 バレちまったんだよ。
 行け。

    男1、コーヒーを飲み干して
    から立ち上がる。

男1 馬鹿野郎が……。

    男2、男1に促されて去る。
    男1、続く。

    明り、ゆっくりと絞られる。
    やがて暗転。





〈第5場〉

    明転。
    前場と同じ場所。

    男2、男1、手錠をつけて現われる。
    二人、並んで立つ。
    やがて、男3、現われる。
    
    男3、キーホルダーのリングを指で
    回しながら二人の顔や体をゆっくり
    と眺める。
    やがてキーホルダーをテーブルに置
    き、豆汁の方のカップを手に取って
    男2の顔に近づける。

男3 これがそんなに不満か。
 常夜灯をぶち割るほど嫌か?

    男2、下を向く。

男3 こいつはコーヒーなんかより手間が掛かっているんだぜ。
 体にもいい。
 ありがたくいただくべきもののはずだが……。
    
    男3、男2の口元までカップを
    近づける。

男3 そう聞けば飲みたくなるだろ?
 なあ?
 どうだ?

    男2、小さく首をかしげる。

男3 なんだよ?
 あん?

    男2、一瞬顔を上げ、また下を向く。

男3 ふふ、まあいい。
 時間はある。
 昼までに飲んでおけ。

    男3、カップを置く。

男3 で、こっちの方はどうだ?

    男3、テーブルの端の紙を見る。

男3 あん?
男2 いや、まだ……。
男3 なんだよ、お前も反省の色なしか?
男2 いや、その……。
男3 じゃあ書かないんじゃなくて、書けない、か?
 苦手かよ?
男2 まあ……。
男3 ペナルティーのフォローはオレに一任されている。
 代替案を考えてやるよ。
 どうだ?
 ありがたいだろ?
 感謝しろよ。
 オレの思いやりに。
 なあ。
 しろよ。
 感謝を。
 あん?

    男2、軽く頭を下げる。

男3 なんだ?
 礼のつもりか?
 ただ、感謝ってのは態度で示す方がいい。
 たとえばこいつを一気に飲んじまうとかな。

    男3、カップを持って男2の
    口元に近づける。

男3 ほれ。
男2 いや、あの、どうも……。
男3 はははは、情けねえ声出しやがって。

    男3、カップを置く。

男3 責任は両者にある。
 なあ、長老さんよ、お前にはなにを課すかな……。
男1 オレがなにかしたか?
男3 なにかしたかだ……?
 じゃあなんだ?
 こいつは一人で勝手に暴れ出したってわけか?
 あん?
 お前にも原因があったろう?
 なあ?(男2に)

    男3、ポケットから鍵を出して男2
    の手錠を解き、尻のポケットに手錠
    と鍵を仕舞う。

男3 連帯責任は、そうだな、芋洗いでもさせるか。
男1 おい。

    男1、両手を差し出す。

男3 お前は反省の色どころか罪の意識ゼロだよな。
 しばらくはそうしてろ。
 はははは。
 じゃあな。

    男3、去る。
    沈黙。

男2 悪かったな。
 それにしてもあのクソ野郎……。

    男1、発言を止めようと首を振る。

男2 え。

    沈黙。

男2 まったく……。

    男1、テーブルの上のキーホルダー
    を目で指す。

男2 なんだ?

    男2、キーホルダーに気づき、手を
    伸ばそうとする。

男1 やめろ。
男2 どうして?

    男1、首を振る。

男2 なんだっていうんだ?
男1 いいからさっさと飲め。
男2 誰が飲むかよ。
 もう少しであいつの顔にぶちまけるところだった。
 なにが思いやりに感謝しろだ。
 あんなに性根の腐った奴ははじめてだ。
男1 おい。
男2 あ?

    男3、現われる。

男3 忘れ物だ。

    男3、キーホルダーのリングを指に
    はめてクルクルと回す。

男3 誰が腐ってるって?
 あん?

    沈黙。

男3 誰かの噂話だろ?
 なあ?
男2 いや……。
男3 いや?
 なんだ?
 噂じゃなけりゃなんの話だ?
 忘れたか?
 え?
 もう忘れちまったか?
 ついさっきのことを。
 ふふ、まあいい。
 こいつに聞いてみりゃわかる。

    男3、キーホルダーを掲げて見せる。

男3 仕掛けがある。
 盗聴器だ。

    男3、キーホルダーを耳に当てる。
    男3の表情がにわかに険しくなる。
    男1、男2の表情が暗くなる。

男3 ふふふふ……。

    男3、男2に近寄る。

男3 そうか、そうかよ。
 あらためまして、こんにちは。
 クソ野郎でございます。

    男3、男2の肩に腕をのせる。

男3 言ってくれるよな。
 あん?

    沈黙。

男3 そんなに憎いか?
 腐ってるか?
 看守なんて因果なもんだ。
 真面目に業務を遂行しているだけで、クソ野郎呼ばわりだもんな。
 しかもペナルティの代替案も考えてやろうってのによ。
 なあ?
 悲しくなるよな?
 わかるか?
男2 まあ……。
男3 ほう。
 わかるわけねえだろ。

    男3、男2から素早く離れて
    男1に近寄る。

男3 なあ、長老さんよ。
 アンタも苦労が多いな。
 でも先住人は新入りの教育もしっかりやってもらわねえとな。
 なんだ、そのツラは?
 こんな格好じゃ教育もなにもありゃしねえか?
 わかったよ。
 オレはここじゃ一番慈悲深く慈愛に満ちた人間だからな。

    男3、男1の手錠を解く。

男3 ほらよ。
 看守を尊敬しろとは言わないが、尊重くらいはしてもらいたいよ
 な。
 なあ長老さん?
 連帯責任は重くなるばっかりだな。

    男3、男1の肩に腕をのせる。

男3 芋の皮剥きもやってもらおうか?
 いや、もっと相応しいのがあるだろう。
 お前もな。(男2に)

    男3、紙束を丸めて握る。

男3 こいつが(反省文)無理でも根気ぐらいはあるんだろうな?
 それならなんとかしてやる。
 はははは。
 じゃあな。

    男3、男2の肩を紙束で軽く
    叩いてから去る。

男2 なにが盗聴器だよ。
 ふざけやがって。

    男1、男2に目配せする。

男2 あ、ああ……。

    男2、男3の去った後を追うが、
    すぐに首を振りながら戻る。

男1 すぐそこで聞いてやがったんだろう。
男2 本当に腐ってやがる。
 よくあんな野郎と仲良くやってこれたもんだ。
 尊敬するぜ。
男1 以前にも増してちょっかいを出して来やがる。
 お前のことが気に入ったんじゃねえかな。
男2 冗談じゃねえ。

    男2、頭から毛布を被る。

男1 逃げ出してからの身の振り方を考えたか?

    男2、顔を出す。

男2 ああ、真面目に考えたぜ。
 サーカスのピエロになって旅巡業だ。
 人前には出るが素顔は晒さないし声も出さない。
 それにオレは人を楽しませることが好きな性分だしな。
男1 なるほど、ピエロか……。
 考えたな。
男2 だろ?
 アンタもどうだ?
男1 それもいいが、もし脱走するとしたら、そうだな……。
 移民に紛れて炭鉱ででも働くかな。
 すっかり体もなまっちまったし、鍛え直すにはちょうどいい。
男2 ほう。
 けっこうタフな労働だけどな。
 見直したぜ。
 本気ならな。
男1 まあ、炭鉱はともかく……。
 いつまでも抜け殻のふりをしていても仕方ねえし、それにこれも
 なにかの縁かもしれねえしな。
男2 と言うと?
男1 もともと抜け出すつもりはなかった。
 ここでムダ飯を食い続けてやろうと思っていたが……。
男2 ああ、どうした?
 気が変わったか?
男1 あの野郎と戯れるのもいい加減飽きが来たってこともあるが、脱走兵が二人も出たことが知れたら部隊の大恥だ。
 しかも懲罰房からの脱走なら尚更だ。
 恥を塗りたくってやりたくなった。
 少なくともムダ飯を食い続けるよりはいい。
 なんだ、腑に落ちねえってツラだな?
男2 アンタの考えはわかりづらいが……。
 もし脱走が本気なら歓迎するぜ。

    男1、立ち上がって毛布の中から
    トランプを取り出す。

男1 もうひと勝負するか?
 勝った分は脱走に関わることに使うってことでな。
男2 そいつは賛成だが、アンタの勝ち分を使ってばっかりじゃ、
 ただの使いっ走りにされかねねえな。
男1 だったら少しは取り返すんだな。
男2 ああ、アンタの手は読めてきたからな。
 ふふふふ。

    男1、カードを配る。
    明り、ゆっくりと絞られる。
    やがて暗転。





〈第6場〉

    明転。
    前場と同じ場所。

    男1、靴を磨いている。
    足元には磨き終えた靴と手つかず
    の靴とが分けられている。

    作業開始から数時間が経過したが
    途方もない作業量に気が遠くなっ
    たか手を止めてため息をつく。

    男3、現われる。

男3 よお、長老さんよ、捗っているかい?
 どうしたよ、殺風景なツラして。
 そろそろ嫌気がさしはじめたか?
 さっきも言ったが、まだこれは第一陣だぜ。
 はははは、わかったよ。
 期限を延ばして欲しいんだろ?
 そう言えばいいじゃねえか。
 あん?

    男3、男1の顔をのぞき込む。

男3 なあ、素直によ。
 知ってるだろ?
 オレはここで一番慈悲深く慈愛に満ちた人間だってことをよ。
 だから、ほら。
 延ばしてくださいってよ。 
 ほら。

    男1、顔を背けて応じない。

男3 ふふふふ、そうか。
 人の好意に甘えるのはそんなに不本意か?
 結構結構、自分に厳しい長老さんらしいや。
 そうだよな、二度と履かれることのない靴だからな。
 妥協無き精神の持ち主が行うに相応しい仕事だ。
男1 二度と履かれない……?
男3 ああ、主を失った靴たちだ。
 戦場から遺体を運ぶほどの余裕はねえが、履いていた靴だけでも
 還してやりたいっていう計らいよ。
 こいつは供養だ。
 ペナルティをこなしながら功徳を積めるんだ。
 ありがたいこったな。
 それより、長老さんよ。
 新入りの野郎は喋ったぜ。
 いろいろとよ。

    男3、男1の肩に腕を置く。

男1 喋った……?
男3 ああ、素直にな。
 でもお前にはお前の言い分があるんじゃねえのか?
男1 なにを喋った?
男3 気になるか?
 だがそれは言えない。
 男の約束だ。
 オレは口が堅い。
 お前の言うことだって決して口外しない。
 安心していい。
 どうだい?
 まさかカード遊びをしていただけなんて子供じみた言い訳はしな
 いよな?

    沈黙。

男3 賭けはお前から誘ったんだろ?
 あん?

    沈黙。

男3 わかってんだよ。
男1 じゃあ聞くなよ。
男3 賭けが禁じられてるなんてことをとやかく言う気はねえ。
 問題はなにを賭けたかだ。
男1 それも聞いてんだろ?
男3 片方だけじゃ不公平だからな。

    沈黙。

男3 黙っていれば不利になるだけだぜ。
 いいのか?
 奴の言ったことを鵜呑みにして。

    沈黙。

男3 脱走の計画……。
 お前から嗾けたってな?
 図星か?
 その計画の役割決めのために賭けをした。
 だろ?
 で、負けた方はどんな役目を担うんだ?
 お前の口から聞こうか。
男1 奴を拷問にでもかけたか?
男3 爆薬をくすねるのか?
 それとも地下道でも掘るか?

    沈黙。

男3 わかった。
 奴の言ったことがすべてた。
 全部お前が被れ。
 それがお望みだろ?

    男2、現われる。

男3 なんだ、もう終わったのか?
男2 その、芝刈り機が壊れちまって……。
男3 なに?
 壊れた?
男2 ああ、煙が出て、それで動かなくなった。
男3 やれやれ、あのポンコツが……。
 どこまで終わった?
男2 まだ、いくらも……。
男3 じゃあお前も磨いてろ。
 運が悪かったな。

    男3、去る。
    男2、男3が退出したのを確認する。

男2 おい、なんだってペラペラ喋ったりしたんだ。
男1 なんのことだ?
男2 とぼけるな。
 アイツが言ってたぜ。
 脱走の計画があることをアンタから聞いたってな。
 オレにはあれほど口止めしておきながら……。
男1 それで賭けのことを喋ったのか?
男2 それは、まあ、だって、いろいろ聞かれて……。
男1 それが奴の手口だ。
 片方が落ちたと言って自白を誘う。
 脱走の計画は奴が想像でカマをかけたんだ。
 オレはなにも喋ってない。
男2 本当か?
男1 ああ、まんまと引っかかったな。
男2 くそっ、あの野郎……。
男1 ふふ、それで褒美に外の空気を吸わせてもらったってわけ
 か。
 よかったじゃねえか。
男2 なにがいいんだ。
 どいつもこいつも馬鹿にしやがって。
男1 いいか、もし本気で抜け出すつもりなら絶対に人を信じるな。
 自分以外は敵だ。

    男1、ブラシを男2の目前に置く。

男1 替わるか?
 楽しいぜ。
男2 計画はどうなった?
男1 頭の中で描いてる。
男2 万全なのか?
男1 計画なんて所詮は絵に描いた餅だ。
 実際は筋書き通りになんて運びやしない。
男2 そりゃそうだが……。

    男2、胸ポケットから金属片を
    取り出す。

男2 こいつはどうかな?
男1 なんだ?
男2 芝刈り機の刃の欠片だよ。
 積み上がってた岩に無理矢理刃を立てて欠けさせたんだ。

    男1、受け取り品定めする。

男2 役に立ちそうもないか?
男1 いや、小さいってのはむしろメリットだ。
 預かっておく。

    男1、金属片をテーブルに置き、
    作業中の靴を手に取る。

男1 記念に一足ずついただくか?
 シャバの土を踏みしめてやるってのも供養になるかもな。
男2 供養?
男1 戦場から帰れなかった奴らの靴だとよ。

    男2、靴を受け取り、感慨深げに
    眺める。

男2 靴だけか……。

    男2、ブラシを手に取って磨き
    はじめる。

    明り、ゆっくりと絞られる。
    やがて暗転。





〈第7場〉

    明転。
    前場と同じ場所。

    男1、男2、並んで座っている。
    磨き終えた靴は後方に並べてある。
    トレーの上にワイングラスが三つ。
    その傍にワインボトル。
    男3、ワインオープナーからコルクを
    外している。

男3 ちょっとした苦行のようでも二人で磨けば案外早かったな。

    男3、ボトルを眺める。

男3 開かずの倉庫で眠っていたやつだ。
 十分に熟成されているぜ。
    
    男3、瓶の口元に顔を寄せる。

男3 はははは。
 いい予感しかしねえ香りだ。
 
    男3、ワイングラスを二人の目前に
    置いて注ぐ。
    
男3 百年とは言わないが、数十年っていうのは大袈裟じゃない。
 
    男1、男2、手を出さない。

男3 どうした?
 ひと段落した慰労の酒だ。
 飲めよ。
 あん?

    男1、男2、グラスに手を伸ばすが
    飲むのをためらう。

男3 あれか、禁酒を破るってことか?

    沈黙。

男3 ああ、いい心掛けだ。
 じゃあこうしよう。
 これはお前らに課せられたペナルティのひとつだ。
 この得体知れずの赤い水は、じつは捕虜を安らかに眠らせるため
 のものかもしれねえ。
 つまりお前らは体を張って確認する命を受けた。
 はははは、なんてな。
 それともなにか、オレがわざと飲酒の罪をきせようとしてると思
 うのか?

    男3、男2の顔をのぞき込む。
    男2、首を振る。

男3 そうだろ?
 変な気を回すんじゃねえよ。
 ペナルティに託けてまで飲ませてやろうっていう、粋な計らいを
 素直に受け取れ。

    男2、飲む。

男3 ああ、そうだ。

    男3、男1に目配せする。
    男1、飲む。

男3 おう、どうだ?
男2 いままで飲んだ中で一番うまいかもしれない。
男3 ほう。
 お前は?
男1 ああ、確かに、オレもだ。
男3 恐らくお偉さんが葡萄農家に頼んで作らせたやつだ。
 工場で作ったのと違って瓶に詰めてからも熟成が進むからな。
 収穫年によっては生涯一番のワインに出会える。

    男3、空いているグラスに注ぎ
    飲む。

男3 おう、お前らの舌も確かなもんだ。
 
    男3、二人のグラスに注ぐ。

男3 安心しろ。
 今夜は看守長もその上の士官たちも不在だ。
 クラブに集合よ。
 報奨金がたんまり入ったって噂だぜ。

    男1、男2、飲む。

男3 なにをしたわけでもねえ。
 森を焼いたのと橋を二つ落としたってだけだ。
 そんなの軍じゃなきゃ出来ないことでもねえのによ。
 まあ、オレたちには関係ねえ話だがな。

    男3、飲む。

男3 部隊を抜け出してどうする?
 
    沈黙。

男3 逃げるんだろ?
 べつにいいじゃねえか。
 まさかそこまで考えてないなんて言わねえよな?

    沈黙。

男3 はははは、結構結構。
 自分以外は敵、本気で考えているなら他言に無用だな。 
 だがオレだって本気だ。
 見ろよ。
 わかるか?

    男3、男1と男2の顔を交互に見る。

男3 同じ目をしてるだろ?
 はははは。
 オレは看守という名の囚人だ。
 お前らより少しだけ行動範囲が広いってだけのな。
 おい、(男1に)オレが志願兵になった理由を聞いたことがある
 か?
男1 いや……。
男3 お前と同じだよ。
 債務免除のためさ。
 親の作った借金だがな。
 なあ、(男2に)オレもここに入れられた過去がある。
 なにをしでかしたと思う?
男2 さあ……?
男3 お前と同じだよ。
 脱走を企てた。
 だが失敗した。
 協力させた捕虜だけが逃げた。
 しかもそいつはかなり情報価値の高い捕虜だった。 
 おう。

    男3、二人のグラスと自分の
    グラスに注いで飲む。

男3 お前らが同室になったのは偶然じゃねえ。
 オレの意図で引き合わせた。
 計画は万全か?
 まあいくら練っても結局は出たとこ勝負だ。
 なにが起こるかはその時にならなきゃわからねえ。 
 
    沈黙。

男3 部隊を抜け出すにはその第一関門がここだ。
 つまりオレだ。
 成功したけりゃオレを抱き込め。
 買収しろ。
 オレはカネでなびく。
 どうだ?
 あん?
 ほら。

    男3、男1の目前に手を出す。
    男1、僅かに顔を背ける。

男3 おい。

    男3、男2の目前に手を出す。
    男2、僅かに下を向く。

男3 ふふふふ、カネがなけりゃ貸しにしておいてやる。
 それでオレを頼れ。
 成功確率は間違いなく上がる。
 いい情報をやるよ。
 警備が手薄になる夜とかな。
 
    男3、飲む。

男3 なあ、(男2に)次失敗したらもうここに戻るくらいじゃ済ま
 ないぜ。
 懲罰房からの脱走は重罪だ。
 軍法会議にかけられて、懲役刑をくらうことになる。
 もちろんただ壁を眺めて過ごせるわけじゃない。
 作業所での労働に加えて便所掃除、風呂掃除、煙突掃除……。
 休みはなし、給金もなし、娯楽も自由も一切なし。
 しかも態度次第で刑期が延びることはあっても縮むことはない。
 まるで奴隷以下だ。
 そんなのは御免だろ?
 成功には三人がベストだ。
 ましてオレは立場を利用できる。
 ただの三人じゃない。

    沈黙。

男3 はははは、なんだよ、そのツラは。
 信じられねえか?
 
    男3、男2に顔を近づける。

男2 いや……。
 
    男3、男2の肩に手を置く。

男3 ああ、そうかよ。
 じゃあこいつはどうだ?

    男3、男2から離れ、懐から銃を
    取り出す。

男3 どう思う?(男2に)
男2 どうって……?
男3 許されていると思うか?
 こいつを持つことを。
 なあ?(男2に)
男2 さあ……?
男3 ふふふふ。
 許されるわけないだろ。
 オレのような下級の兵士がよ。
 もちろん普段から持ち歩いちゃいねえよ。
 お前らに見せるためにさ。
 見たな?(男2に)

    男2、曖昧に頷く。

男3 見たよな?(男1に)
 意味もわかるよな?
男1 秘密を晒したってことだろ?
男3 そう、お前ら、その気になりゃオレを売れるんだぜ。
 あん?
 これじゃ足りねえか?

    男3、男2の目前に銃把を向けて
    差し出す。

男3 ほら。
 持ってみろよ。

    男2、ためらっている。

男3 おう。

    男2、銃を受け取る。

男3 お前らがその気ならオレを撃ってその先に進めるだろう。
 なあ?
 ほら。

    男3、銃を持った男2の手首を
    掴んで自分に銃口を向ける。

男3 バヒューン!
 うっ、ううう……。

    男3、胸に手を当てて悶えて
    みせる。

男3 はははは。
 その気になりゃな。
 なんだ?
 落ち着かねえか?

    男3、ゆっくりと男2から銃を
    取り上げて仕舞う。

男3 昔は密林の金鉱山を目指すっていうのが脱走兵の定番コース
 だった。
 違法の鉱山、無法地帯の発掘人に紛れ込む。
 あんな奥地まで追っ手は来ない。
 金脈を当てりゃ一攫千金の夢もある。
 ただし現地には強盗の前科者やら、殺人犯やら、油断の出来ねえ
 奴等だらけだ。 
 喧嘩、強奪、殺人も茶飯事。
 おすすめは出来ねえ。
 まあ、捕まることがないってだけが唯一の取り柄だな。 
 ふふふふ。
 さて、鶏でも絞めてくるかな。
 お前ら今夜はいい身分だ。
 敏腕シェフが上等なオードブルを用意するんだ。
 酒も売るほどある。
 はははは。

    男3、去る。
    沈黙。

男2 なあ?
 どう思う?
 信じられるか?
男1 あ?
 馬鹿が、忘れたのか?
男2 あ、ああ、自分以外は信じるな、だろ?
男1 試してやるよ。
 銃を見せたくらいでなんだっていうんだ。
男2 どう試す?
男1 条件を出す。
 それが実行出来たら信じてやってもいいってな。
男2 たとえば?
男1 たとえばそう……。

    男1、首に手を当てる。

男1 こいつとか。
男2 うん?
 首……?
男1 ああ、上官のな。
男2 上官の首を……?
男1 取ってきてもらうってのはどうだ?
 話はそれからだってな。
男2 はははは、そりゃいくらなんでも……。
男1 なんだ?

    男1、二つのグラスに残ったワイン
    を注ぎ、飲む。

男1 うん?
男2 いや……。

    男2、飲む。

    明り、ゆっくりと絞られる。
    やがて暗転。





〈第8場〉

    明転。
    前場と同じ場所。
    靴は運び出されている。

    テーブルに謎の包み。
    その傍らに男3。
    やや離れたところに男1と男2。

男3 どうしたよ?
 約束の品だぜ。
 あん?

    沈黙。

男3 退路を断つってのはこういうことだよな。
 なあ?
 なんとか言ったらどうだ?
男1 嘘だろ?
男3 どうしてそう思う?
 そうか、嘘であって欲しいんだな?
 気味が悪いか?
 居たたまれねえか?
 はははは、やっぱりな、そうだろうと思ったよ。
 オレは気が利く。
 だからこれは馬のだ。
男2 え。
男3 馬の首だ。
 上官専用のな。
 いくぶん気が楽になったか?
男1 なんの意味がある?
男3 あん?
 だから気を利かせたって言ったろ。
 持ってみろよ。
 いい重みだぜ。
 ずっしりとよ。
 ほら、持てよ。
 ほら。
 覗いてみな。
 この中を。

    男3、男2に嗾ける。
    男2、包みに顔を近づける。

男2 う。
男3 もっとちゃんと嗅いでみろよ血の匂いを。
 ほら。
 どうした、ほら。

男3、包みに顔を近づける。

男3 新鮮な肉だぜ。
 ついさっき捌いたばっかりだからな。
 食わしてやるよ。
男2 え。
男3 羊の臓物だよ。
 胃袋、レバーに腸、心臓に肺まである。
 無駄がねえよな。
 なんだよ、そのツラは?
 あん?
 不満か?
 そうだよな。
 とりあえず話が違うぜって顔しなきゃな。
 はははは。
 お前だって本気で言ってないだろ?
 冗談には冗談で返す。
 怒ったようなポーズは不要だ。
 たとえ馬だろうと首なんかとったら一大事だ。
 お前らの信用を得るためだけでやるわけにはいかない。
 お偉いさんたちは今夜もクラブだ。
 しばらくは毎週続くぜ。
 情勢は悪くない。
 報奨金はたっぷりある。
 明日をも知れないってわけじゃないが使えるうちに使おうってこ
 とさ。
 オレたちもあやかろうじゃねえか。
 こいつは調理場から頂戴した。
 料理長とは長い付き合いだからな。
 鶏もいいが羊も悪くない。
 オレの腕はちょっとしたものだったろう?
 なあ?
男2 あ、ああ……。
男3 チーム力を上げるには酒宴は必須だ。
 飲みながら計画を聞こうか。
 オレが土産を持って来る、お前が計画を披露する、そういう約束
 だったな。
男1 約束は上官の首だった。
男3 約束を守らない奴は裏切り者のはじまりか?
 はははは、ずいぶん純粋な野郎どもだ。
 じゃあこうしよう。
 この計画のリーダーはお前だ。(男1に)
 オレも口は出すが、決定権はお前に委ねる。
 これも預けてやるよ。
 
    懐から拳銃を取り出して銃把を
    男1に向けて差し出す。

男3 どうした?

    男1、ためらった後に拳銃を受
    け取り、品定めするような仕草
    をしてから男3に返す。

男1 わかったよ。
男3 はははは。
 では少々お待ちを。

    男3、笑みを浮かべ、包みを
    持って去る。
    沈黙。

男1 調子に乗りやがって。
 誰がテメエの意見なんか聞くか。
男2 じゃあ……?
男1 計画はオレたちで進める。
 どうせアイツは裏切る。
男2 拳銃を預けようともしたが……?
男1 あれは餌だ。
男2 餌?
 偽物だったのか?
男1 銃は本物だったが出所を隠すために製造番号が削られていた。
 恐らく密輸品だ。
 所持が発覚すれば罪を重く出来る。
 オレたちを泳がせて、逃がして、最後に捕らえる。
 テメエひとりの手柄にするって腹だろ。
男2 アンタをリーダーだと祭り上げたり、銃を預けようとしたり、
 あの手この手だな。
男1 どれも見え透いてる。
 自分は囚人だと言っていたが、脱走なんかより手柄をたてて点数
 を稼ぐことが狙いのはずだ。
男2 そのためにオレたちを引き合わせて、まずは計画どおりって
 わけか……。

    ブザー音。

男2 なんだ。

    ブザー音。

男1 うるせえな。

    断続的にブザー音が鳴る。

男1 野郎、調子に乗りやがって……。
男2 どうする?
男1 放っておけ。

    やがてブザーが止み、男3がグラス
    をのせたトレーを持ちつつもう片方
    の手でワインボトルを持って現われ
    る。

男3 おいおい、手が足りねえんだよ。
 チーズを床に落としちまったよ。

    男3、トレーとワインを置く。

男3 肉は鍋にぶち込んできた。
 飲みながら待とうぜ。

    男3、グラスにワインを注ぐ。

男3 おう。

    男1、男2、グラスを持つ。

男3 乾杯だ。

    三人、グラスを掲げる。

男3 頼むぜ、リーダーさんよ。
 はははは。

    三人、飲む。

男1 計画の話だが……。
男3 おう、早速か。
男1 弾薬庫に一番近い倉庫に火をつける。
 ボヤの消化に注意を集中させる。
 その隙をついて一番近い西門から脱走する。
 追っ手がいたら銃で始末する。
 以上だ。
男3 シンプルでいいな。
 役割分担はどうなんだ?
 誰が火をつける?

    男1、男3に目配せする。

男3 あん?
男1 オレたちには動ける自由がない。
男3 構内ならオレの許可だけだ。
男1 そんな許可は出した覚えはない。
 あとでそんな証言をされても困るしな。
男3 ちょっと待てよ……。
男1 それから銃の手配もな。
 最低でも人数分は必要だ。
 弾は多いほどいい。
男3 はははは、おいおい。
 いくらオレだって……。
男1 じゃなきゃ中止だ。
男3 中止だ?
 やけに簡単に言うじゃねえか?
 つまりあれか、端からオレを弾こうって考えか?
男1 アンタ言ったよな? 
 オレを頼れ。
 オレは立場を利用できる。
 ただの三人じゃないってな。

    男3、グラスをテーブルに置く。

男3 鍋の灰汁を掬ってくる。

    男3、去る。
    沈黙。

男1 頭に血が上ったか?
男2 銃が二丁と弾の手配、さらに倉庫の火付け役、けっこうキツ
 いよな。
男1 すべて飲んだら受入れてやる。
 上辺だけだがな。

    男1、ワインを男2のグラスと自分
    のグラスに注ぐ。
    二人、飲む。

男1 賭けでもやるか?
男2 賭け……?
 もしかして奴の出方をか?
男1 ああ、従うか、逆らうか……。
男2 あるいはどちらともなく濁すか、そそのかしそうな気もする
 が……。
男1 いや、奴はすぐに答えを出すだろう。
 決着は意外に早い。
 どうする?
男2 アンタが先に言ってくれていい。
男1 従う。
男2 迷いがないな。
 根拠は?
男1 腹の中とは逆のことを言うだろう。
 それだけだ。
男2 なるほど……。
 悪いけどオレは降りるよ。
 アンタが勝つような気がする。
 オレもそういう勘はいいからな。

    男3、ナッツをのせた皿を持って
    戻る。

男3 肉鍋はもう少し掛かる。
 場つなぎのナッツだ。

    男3、皿をテーブルに置く。

男3 放火に銃の手配、オレの立場を利用するのは理にかなってる。
 銃の方は特にな。
 ルートはある。
 質はピンキリあるが……。
 まあ、夜は長い。
 打合せも兼ねた酒盛りだ。
 おう。
 
    男3、グラスを持って催促する。
    男1、男3のグラスにワインを注ぐ。

男3 よろしくな。

    男3、小さくグラスを掲げる。
    男1、男2、それに応える。
 
    明り、ゆっくりと絞られる。
    やがて暗転。





〈第9場〉

    明転。
    前場と同じ場所。

    テーブル上に複数のワインボトルに
    グラス、皿やフォーク。
    そしてトランプ。
    男3が座っている椅子がひとつ増えて
    いる。
    中央に男3、左右の椅子に男1と男2。
    三人ともいましがた目覚めた様子。

男3 いててて。(首を押さえて)
 椅子で寝たなんて久しぶりだからな。
 お前も(男2に)慣れたもんだな。
 でっかいいびきをかいてたぜ。
 おかげで何度も目が覚めた。
男1 そのわりには楽しい夢だったようだな。(男3に)
 寝言言ってたぜ。
男3 オレが?
 なんて言ってた?
男1 よくは聞き取れなかったが、時々笑ったり喋ったり……。
男3 眠りが浅かったんだろうな。
 妙な夢だった。
 馴染みの酒場で二人で飲んでたんだが、突然踊ろうなんて言い出
 して……。
 オレが拒んでも腕を引っぱられて踊るはめになった。
 現実じゃあ一度も一緒に踊ったことなんてなかったってのに。
男2 それってアンタの女ってことか?
男3 ああ、昔のな。
 とっくに消滅よ。
 夢どころか、思い出すことすらなかったが……。
男2 どこの女さ?
男3 バーの専属でピアノを弾いていたんだ。
 頻繁には会えなかったから、ここで一緒だった奴に手紙を書いて
 もらっていた。
 オレの代わりにな。
 そいつの手紙は秀逸だった。
 少々キザだがユーモアに溢れてもいた。
 おかげで長らく付き合いを続けられた。
 だが、ある時そいつは戦場で思わぬ手柄をたてて昇進しやがった。
 それ以来オレの頼みなんか聞きやしない。
 しくじった。
 奴の弱みを握っておくんだった。
 はははは。
 あ、いててて。
 腰もやられちまったか……。
男2 そうだ。

    男2、メモ帳を手に取ってページを
    捲る。

男2 くそっ。
 やっぱり夢かよ。
男3 なんだ、お前も夢を見たのか?
男2 ああ、最後の最後で大逆転だったはずが……。
男3 はははは。
 酔っぱらって夢と現実が混同してたか。
 貸してみな。

    男3、男2からメモ帳を受け取る。

男3 ほう、酔ってたわりにはちゃんと記されているじゃねえか。
 ほら。

    男3、メモ帳を開いて男1に見せる。

男1 ああ。
男3 出だしは悪かったがトータルでは差がついたな。
 お前は(男1に)腕時計とサングラス、鹿革のグローブにハンチン
 グか……。
 で、お前の方は(男2に)懐中時計にオルゴール、それと銅製のマ
 グカップにブランデーか。
 おい、こいつはオルゴールつきの時計じゃねえよな?
男2 駄目か?
男3 当たりめえだ。
 景品は4点だったろ?
 誤魔化すんじゃねえよ。
 このブランデーの銘柄は?
男2 さあ……?
 誕生日にもらったんだ。
 悪くないものらしい。
 オレはあんまりわからなかったけど……。
男3 飲んだのか?
男2 ああ、でも一口だけだ。
男3 馬鹿野郎、開けたものが売れるか。
 代わりになにか見繕え。
男2 もうなにもない。
男3 じゃあ労働で返せ。
 景品を売るんだ。
 オレの戦利品を鉄屑屋にな。
 ちょうど今日の午後来る。
男2 鉄屑……?
男3 ああ、表向きは鉄屑屋だが、いわゆるブローカーよ。
 軍用品をメインにしてるがなんだって引き取る。
 交渉して値をつり上げろ。
 
    男3、男2の肩を叩く。

男3 オレの荷物も売り払う。
 カネは山分けにしてやるよ。
 逃走資金は少しでも多い方がいい。
 さてと、コーヒーでもいれてくるか。
 あ、それから拳銃二丁の手配も頼んでおけ。
男2 銃を……?
男3 ああ、弾もな。
 百発もありゃいいだろ。
 相手はプロだ。
 足元を見てくる。
 うまくやれよ。
男2 あ、いや、でも……。
 そういう交渉はアンタがやった方がうまくいくんじゃないか?
男3 ああ、オレなら手堅くは出来る。
 だが、お前なら舐められる。
 きっと吹っ掛けてくるだろう。
 そこをオレが出て行ってぶっ叩く。
 結果的に値下げ幅は大きくとれる。
 な。
 はははは。

    男3、去る。

男2 すっかりアイツのペースだ。
 賭けは負けるし、頭は痛えし、くそっ。

    沈黙。

男2 なあ、例の計画だが、実際のところどうなんだ?
 ゆうべ聞いたとおりなのか?
 それともべつの……?
 
    男1、答えずにメモ帳を眺めている。

男2 なんだよ?
 もしかしてオレまで出し抜こうってのか?
男1 アイツはオレたちを売るだろうし、お前はなにひとつ自分の
 考えがない。
 計画は?
 実際どうなんだ?
 聞いたとおりか?
 ふふふふ。
 最高だぜ。
男2 あ?
 なんだ、おい、馬鹿にしやがって……。
男1 ここはひとつ言い出しっぺに頑張ってもらうか……。
男2 ほう、どうした?
 臆病風にでも吹かれたか?
 やっぱりここでの暮らしが一番か?
男1 お前も考えろってことだ。
 まずは邪魔者をどうするか。
 脱走とアイツの始末はセットだ。
 それともお前こそ二人で仲良く行くか?
男2 ふふ、そうやって焚きつけてアイツの始末をオレにやらせよ
 うってわけか?
男1 ああ、それもいいな。
男2 え。
男1 そうだ、疑え。
 何度も言う。
 信じるな。
 自分で考えろ。
 最後の最後はテメエが生き残ることだけをな。

    男3、戻り、持ってきたカップを
    テーブルに置く。

男3 お偉いさん方は今日は遠足だとよ。
 鷹狩り、鹿狩り、射撃の訓練って名目のハッピーハンティングよ。
 そのせいで部隊全体に緊張感がない。
 狙うならこんな日だな。
男1 下見するにしてもな。
男3 あん?
 下見だ?
男1 いっときここから出してくれ。
 逃走経路の確認をしておきたい。
男3 今更なんだ?
 テメエの庭みたいなものだろ?
男1 逃げ道は複数想定したいからな。
 許可をくれ。
男2 アンタ一人でか?
男1 二人以上だと手続きも面倒だろ?
男3 ああ、規則は一人までだ。

    男3、男1の身体をチェックする。

男3 よし、許可は出してやる。
 ただし、靴は脱いでいけ。
 便所のスリッパを履いて行くんだ。
男1 スリッパか……。
 ふふ、そう、急に変な気を起こさないとも限らないからな。

    男1、去る。

男3 アイツはまだ本気でオレを信じちゃいないだろう?
 いつか裏切る、油断するなってな。
 違うか?
男2 あ、いや……。
男3 お前もそう思うか?

    沈黙。

男3 まあいい。
 あの野郎が脱走する目的はテメエの自由や欲のためじゃねえ。
 いかに軍の威信を貶めるか、看板に泥を塗るかだ。
 まったく、素直じゃねえよな。

    男3、カップを手に取って弄ぶ。

男3 アイツは一度だけ反省文を書いたんだ。
 最初にここに入ったときにな。
 だがそれは反省文なんて言えた代物じゃなく、軍に対する、いや、
 国に対する反対の理論、主張のような内容だった。
 どうしたものか迷ったが……。
 結局はそれを上官に上げなかった。
 風呂釜の薪と一緒に火にくべたって言ったら、鬼の形相でオレを
 睨んでたぜ。
 それ以来なにも書きやしねえ。
 オレと同じ債務免除のために入隊したくせに……。
 組織なんかと喧嘩してなにになる。
 そう思わねえか?
男2 あ、ああ……。
男1 もっと賢い生き方があるだろうよ。
 きっとよ。

    沈黙。

男3 おっと、湯を沸かしてたんだっけな。

    男3、去る。

    明り、ゆっくりと絞られる。
    やがて暗転。





    〈第10場〉

    明転。
    前場と同じ場所。

    男1、男2、靴を磨いている。
    二人の足元には磨き終えた靴と手
    つかずの靴とが分けてある。

男1 火をつける前の準備として、弾薬倉庫に一番近い消火栓には
 細工をしておく。
 消化班の連中は諦めて二番目に近い消火栓を頼りに走ることにな
 る。
 混乱が広がれば隙も出来るし時間的余裕も出来る。
 倉庫にはオレが火をつける。
男2 アンタが……?
男1 アイツを自由にさせるわけにはいかない。
 見張りを頼む。
男2 で、決行の日は?
男1 あえて決めない。
 タイミングだと思ったそのときが決行のときだ。 
 だがまだその準備が整っていない。
男2 準備……?
男1 カネと武器と足。
 まだひとつもない。
男2 カネと武器と足か……。
 うん?
 足?
 おい、足って馬のことか?
男1 お前は苦手だったよな。
 しかも馬を乗り逃げされてからむこう、馬小屋の管理が厳しくな
 りやがった。
男2 町まではけっこうあるしな……。
男1 地下に水路がある。
 入口となる鉄蓋も確認してきた。
 町に向かってかなりの距離を稼げる。
男2 なるほど、地下水路か……。
男1 そこがアイツの墓場にもなる。
男2 墓場?
男1 オレたちは仲間だからな。
 時には囁き合うほど近づくこともあるだろう。
男2 え……。
男1 たとえば隙を見て背後から首筋を狙う。

    男1、ズボンの折り返しに隠して
    あった刃の欠片(芝刈り機の刃の
    欠片)を出してみせる。

男2 ああ……。
 脱走とアイツの始末はセットだったよな。
男1 裏切られる前に片付けなきゃな。

    男3、現われる。

男3 例の鉄屑屋がつい今しがた来た。
 オレたちの軍資金と約束のブツを持ってな。
男2 銃のことだよな?
男3 ああ、中古だがものは悪くない。
 取引はその場で確認ってのが鉄則だが、鉄屑屋を信じるしかなか
 った。
 なんたってお偉いさん方は今日も遠足のはずが、慌てた様子で戻
 ってきたんで構内の空気が一変しちまった。
 衛兵は走り回るしよ。
 危うく見つかるところだった。
男1 で、そのカネとブツは?
男3 大丈夫だ。
 安全な場所に隠してある。
男1 拝ませてもらおうか。
男3 心配するな。
 カネの配分はお前らが33、オレが34。
 銃の代金は今までの取引の中で得をさせた分で済ませた。
 貸しは作っておくもんだよな。
 銃は3インチのリボルバー、弾はとりあえず60発で勘弁してく
 れとよ。
 だから一人あたま20だな。
男1 見せるわけにはいかねえんだ?
男3 バレたらすべてパーだ。
 決行当日に渡してやる。
 
    沈黙。

男3 わかったよ。
 来い。
男1 いや、いい。
男3 なんでだよ?
男1 アンタの態度を試したかっただけだ。
 気を悪くしなさんな。
男3 いや、それくらいでちょうどいい。
 お互い信じ切るのは危険だからな。
男1 脱走の経路だが……。
男3 西門からだったよな。
男1 いや、地下の水路を使うってのはどうだ?
 鉄蓋は植え込みに隠れたところにもある。
 鍵はない。
 力ずくだ。
男3 ほう、それがこの前の偵察の収穫ってわけか?
 確かにうまく潜り込めれば町に近い川まで進める。
 ただし下調べを怠ると命を落とすことになるぜ。
男1 放水のことだろ?
 月に何度もないはずだ。
男3 ああ、定時放水は月に一度、確か最終の土曜だから、つい先週
 末だな。

    ブザー音。

男2 なんだ。

    沈黙。

男2 アンタ以外に鳴らせるのか?

    ブザー音。

男3 いや、オレのじゃねえ。
 本部棟からの連絡の催促だ。

    男3、去る。
    ブザー音鳴り続ける。
    二人、黙ったままことの行方を
    伺っている。

    やがて鳴り止む。

男1 地下水路も想定内って口ぶりだったな。
男2 それにしても一人でオレたち二人を捕らえるつもりなのか?
男1 銃を持っているのは奴だけだろ。
男2 でも二丁手に入ったってさっき……。
男1 そう言っていたがまだオレたちは手にしてない。

    男2、男1の顔を見つめる。

男1 なんだ?
男2 自分以外は信じるなってアンタは何度も言ってたな。
 でもオレは時々それを忘れそうになる。
 アンタはそんなことないのか?

    沈黙。

男2 いや、ふと思っただけだ。
 どうでもいい。 
 オレがここを抜け出せさえすれば。
 もう会うこともないしな。
男1 ピエロだったな。
 あてはあるのか?
男2 なんとかなるさ。
 オレはもともと勘もいいが、運もいい。
男1 勘と運か……。
 確かにそれさえあれば命だけは繋がるな。
男2 え。
男1 いや、それで思い出したが……。
 地雷探査の出向指示を受けたことはあるか?
男2 地雷探査?
 さあ……?
男1 戦場に埋められた地雷を除去するってやつだ。
 対人だけじゃなく対戦車もある。
 どっちにしても踏んだらそれまでだ。
男2 でも探査機を使うんだろ?
男1 第一陣は捕虜が横一列に並んで歩かされる。
 探査機は当たりがついてからだ。
 毎日のように誰かしらが踏む。
 その恐怖に耐えられずにおかしくなる者もいる。
 捕虜だけじゃない。
 探査班の兵隊も精神をやられてくる。
男2 アンタも関わっていたのか?
男1 いや、オレにはお鉢が回ってこなかったが、身近にいた奴が
 行かされた。
 後にそいつは探査班を抜けたくて前線行きを志願した。
 捕虜を犠牲にし続けることが耐えられなくなったんだろう。
男2 で、そんな軍を憎めか?
 でも、どの国の軍でも同じようなことをやってるんじゃないの
 か?
男1 そういうことだ。
 どうせ向こうも似たようなもんだ、むしろもっと酷いことをして
 るだろうってな。
 誰もがテメエの側を善だと思ってる。
 まったく……。
 真面目に務める方がまともか、怠ける方がまともなのか……。
 どっちにしろオレはまともじゃないから論外だけどな。
 
    男3、現われる。

男2 なんだ、どうかしたのか?
男3 戦況が大きく変わったらしい。
男1 で?
男3 前線へ送れとよ。
男2 前線?
 オレたちをか?
男3 ああ……。
男1 いつだ?
男3 すぐにだ。
男2 一体なにがどうなったってんだよ?
男3 詳しいことはなにも下には落としやしねえ。
 お前らの知ったことじゃねえってな。
 迎えのトラックが到着次第だ。
男2 くそっ。
 どうするんだよ?
 いましかないだろ?

    沈黙。

男2 オレは行くぜ。
 鉄蓋のある場所を教えてくれ。
男3 ああ、でも待てよ……。 
 そうだ、鉄屑屋だ。
 奴のトラック。
 まだ帰っちゃいないはずだ。

    男3、去る。

男1 トラックの荷台に潜り込もうってのか……。
男2 おい、どっちにするんだ?
男1 逃げるのか、止めるのかってことか?
男2 ふざけるな、地下水路かトラックかだ。
男1 選択肢は三つか……。
男2 あ?
 三つだ?
男1 前線行きってのもある。
男2 どういう意味だよ?
男1 白旗を振り回して捕虜にでもなるか。
男2 正気かよ?
 つき合いきれねえな。

    男2、磨かれた靴に履き替える。

男2 もともとアンタはどこかおかしいと思ってたよ。
 オレは行く。
 鉄蓋はどこにある?
男1 慌てるな。
 よく考えろ。
男2 この期に及んで考えろだ?
 クイズなら一人でやってくれ。
 じゃあな。
男1 おい。
男2 もう聞かねえよ。
 植え込みのあるあたりだろ?
 テメエで探すさ。

    男2、出て行こうとする。

男1 一人じゃ開かないぜ。
 二人だってやっとだ。

    男2、立ち止まる。

男1 カネ、武器、足、いまお前にはなにがある?
 おまけに策もないときてる。
男2 ああ、だがそれを揃えてるヒマはねえよ。
男1 だったらうろたえるな。
 ないないづくしで飛び出せば哀れな末路しか待ってない。
男2 くそっ……。

    男2、座る。
    そしてため息をつく。
    沈黙。

    明り、ゆっくりと絞られる。
    やがて暗転。





  〈第11場〉

    明転。
    前場と同じ場所。

    男1、男2、座っている。
    沈黙。
    やがて男3、現われる。
    男2、反射的に立ち上がる。

男3 間一髪だった。
 奴のトラックが通り過ぎるところを遮ってやったぜ。
 さすがに積んだ鉄屑を降ろせとは言えなかったが、大丈夫だ。
 すぐに戻ってくる。
男1 なんて言ったんだ?
男3 運びの仕事ってだけだ。
 荷台に幌をつけて来いってな。
 最初の交叉路までって条件だが、そこそこの距離はある。
男2 なにも聞かれなかったか?
男3 ああ、だが察しただろう。
 奴もだたの素人じゃない。
男1 せっかくだが、まだそいつに乗るとは決めてないぜ。
男3 あん?
 ほかにもっといい手があるか?
 それともオレの提案には裏がありそうで乗るに乗れねえか?
 まあ、せいぜい慎重に検討してくれよ。

    男3、男2の座っていた椅子に
    ゆっくりと腰を下ろす。
 
男1 余裕だな。
 どっちに転んでも思惑通りってことか?
男3 どこまで疑り深ぇんだ。
 そうやって勘ぐってりゃ決められそうもねえな。
 こりゃまんまと前線送りか。
 はははは。
男2 冗談じゃねえよ。
 腹の探り合いなんてたくさんだ。
男3 お前らだけで行けばいい。
 そんなにオレが疑わしいのならな。
男1 アンタを自由にさせておくわけにはいかねえんだよな。
 
    沈黙。

男3 どちらにしろ次にブザーが鳴ったらもう選択の余地はなくな
 る。
 お前らに手錠をかけろと指示が出る。
 衛兵も乗り込んでくるだろう。
 そこで幕切れだ。
男1 アンタの思惑もな。
 ふふふふ。
男3 あ?
男2 おい。
 アンタ、まさか本気で前線に……。
 
    沈黙。

男3 オレを縛り付けろ。
男2 え。
男3 この椅子によ。
 オレはここから動けない。
 それならどうだ?
男2 アンタはどうしたいんだ?
男3 オレのことなんか構うな。
 テメエのことだけ考えてりゃいいんだ。
 手錠とロープを持ってこい。
 一番奥のロッカーだ。
男2 奥の……? 

    男1、男2に目配せする。

男2 あ、ああ……。

    男2、去る。

男1 ふふ、どうしちまった?
男3 お前らを逃がしたことは部隊の恥だ。
 もちろん警察には知らせない。
 極秘事項だ。
 お前らには多額の賞金がかけられるだろう。
 オレは逃げられた責任を負うべくお前らを探しに行く。
男1 賞金稼ぎになるために逃がそうってのか?
 ご苦労なこった。
男3 お前らもせいぜいうまく身を隠すんだな。

    男2、手錠とロープを持って戻る。
    男3、両手を差し出す。
    男2、手錠をかける。

男3 やれよ。

    二人、男3の体と椅子をロープ
    で巻き付ける。

男1 オレたちを逃がして賞金稼ぎになるんだとよ。
男2 なあ、オレを売ったりするなよ。
 くれぐれも頼むぜ。(男1に)
男1 ここを出れば見知らぬ者どうしだ。
 心配ない。
男3 知ってるか?
 じつは脱走兵にはお目こぼしがふたつある。
 鍛冶屋と農夫さ。
 人手が足りなくて国策にもなってる。
 鍛冶屋は武器供給のためだ。
 農園はオリーブ畑やぶどう畑が深刻だって話だ。
 貴重な外貨の稼ぎ頭だからな。
 どちらも5年も働けば見つかっても連れ戻されはしない。
 一生骨を埋めると誓えばな。

    男1、男3の背中側でロープを縛る。

男1 カネと銃はどこにある?
男3 オレの席の脇机、その最下段の抽斗だ。
 二重底になっている。
 嘘はない。
 確かめてみろ。
男1 信じてやるよ。

    男1、尻ポケットからタオルを
    取り出す。

男1 アンタにゃ悪いが……。

    男1、男3の背後に回り、タオル
    で目隠しをする。

男3 念が入ってるな。
男1 少しの我慢だ。
 オレが仮病を使ってアンタを呼び出し、不意に一撃食らわしてか
 ら二人がかりで押さえ付けた。
 手錠もロープもありかは調査済みだった。
 まあそんな筋書きでよろしくやってくれ。
男3 そんなことよりテメエの心配をしろ。
 おい、二丁の銃はいいが、オレの分の弾は置いておけよ。
 カネもお前らの取り分は合わせて66だ。
 オレは34、いいな?
男1 なにが山分けだ。
 甘いんだよ。
 一緒にしておく方が悪い。
男3 この野郎……。
 まあいい。
 鉄屑屋にはオレの取り分から払え。
 どうせお前らいずれオレに捕まるんだ。
男1 誰が捕まるかよ。
男3 そうだ。
 絶対にオレ以外には捕まるなよ。
 捕まりゃ間違いなく前線行きだ。
男1 案外そこで手柄をたてたりしてな。
 なにが幸いするかはわからねえ。
男3 前線なんてとんでもねえ。
 オレが生き証人だ。
男2 アンタも行ったのか?
男3 ああ、詳しいことはなにも知らされず、今日と同じように召
 集がかけられてトラックに詰め込まれてよ……。

    男1、男3の背後に回る。
    そして芝刈り機の刃の欠片を取り
    出し、タイミングを見計らう。

男3 戦場は地獄だった。
 砲弾の嵐、爆音が耳をつんざき、火柱と土煙で右も左も分かりゃ
 しねえ。
 それでも前進させられる。
 目と鼻の先に着弾があった。
 閃光と爆風。
 オレは気を失った。
 丸一日かもっとか……。
 目が覚めたら戦闘は一段落していた。
 オレの眠っていたすぐそばに敵の戦車のキャタピラの跡がくっき
 り残っていた。
 すべては運に助けられた。
 そして見た。
 戦闘の跡を、残骸を。

    男1、男2と目が合う。
    男2、諫めるように首を振る。

男3 知ってる顔を見つけた。
 いかつい大男だが花壇に毎朝水をやるような奴だった……。
 まるで浜辺に打ち上がった鯨みたいに横たわっていた。
 目を開けたまま……。
 そいつの周りに落ちていた薬莢を拾った。
 頭の中は空っぽだった。
 でも拾った。
 なにか意味を探すように。

    男1、刃の欠片を仕舞う。

男3 後になって調べてみた。
 あの戦闘の記録はどこにもなかった。
 まるで忘れろと言わんばかりに……。
 だがこんなのは珍しくねえ。
 無謀な命令。
 愚策に振り回される軽い命。
 茶飯事だ。
 縄張り誇示のために……。
 どれほど馬鹿らしいか。
 不毛か。

    男1、靴を履き替える。

男3 遊ぼうぜ。
 草の根分けて探し出すぜ。
 賞金はひとり占めだ。
 はははは。

    沈黙。

男3 お、鉄屑屋の合図だ。
 聞こえたろ?
 行けよ。
 カネと銃を忘れるな。
  
    男1、男2に目配せする。
    男2、去る。

男3 首を洗って待ってろよ。
 オレはとことんしつこいぜ。

    男1、靴をひと組持って男3の
    傍らに置く。

男3 なにしてる。
 行け。
 行っちまえ。

    男1、去る。

男3 どこまでも追うからな。
 待ってろよ。
 どこまででも。
 しらみつぶしに探してやる。
 また遊ぶんだ。
 なあ。
 楽しいピクニックがはじまるぜ。

    明り、ゆっくりと絞られる。

男3 行け、行け。
 行っちまえ。
   
    やがて暗転。
    
    暗闇の中、ブザー音が断続的に
    鳴り響く。


−了−


 
シアターリーグ > シナリオ > 標ない交叉路へ >