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となりのキッド・ナップ |
作 辻野正樹 |
人物
小田裕介(20代)
茂木伸一(20代)
早瀬和子(20代)
警官
○マンションの一室・小田の部屋
小田裕介と茂木伸一、壁に耳をつけて、隣の部屋の物音を聞いている。
茂木「何か聞こえる?」
小田「ううん……」
茂木「なあ、聞こえる?」
小田「ううん……」
茂木「となりって、どんな人?」
小田「ううん、普通っぽい男。30過ぎだと思う」
茂木「誘拐しそうな感じ?」
小田「ううん、誘拐なんて、一見普通っぽい奴がやるんだよ。今の時代なあ、普通な奴が一番怖いんだよ。誘拐とかするやつなんて、だいたい、好きなアーティストは『コブクロ』とかでさ、好きな映画は『おくりびと』なんだよ。好きな番組は『トップランナー』なんだよ」
茂木「こええな。『コブクロ』聴いてるくせに誘拐するんだ」
小田「するんだよ」
茂木「女の子だろう?」
小田「女の子だよ」
茂木「かわいいかな?」
小田「かわいいよ。決まってんだろ」
茂木「え、見たの?」
小田「見てないよ。誘拐されてるんだぞ! 見てるわけねえじゃん」
茂木「じゃあ、何でかわいいってわかんの?」
小田「誘拐されて閉じ込められてる女の子なんて、かわいいに決まってんだろう。クラリスだよ」
茂木「クラリスかあ。俺、クラリス大好き」
小田「クラリス、いいよなあ」
二人、隣の音を聞き続ける。
茂木「何も聞こえないよ」
小田「うん」
茂木「いないんじゃないの?」
小田「いるよ」
間。
茂木「本当に誘拐されてんの?」
小田「本当だって。聞こえたんだよ。若い女の声でさ。泣いてんだよ。『お願いします! 家に帰してください!』とかって」
茂木「男は何て言うの?」
小田「男は、『うるさい! 静かにしろ!』とか」
茂木「殴ったりとか?」
小田「それはわかんない。でも、絶対包丁とかで脅してるんだよ。逃げようとしたら殺すぞとか」
茂木「言ってたの?」
小田「うん」
茂木「警察に電話した方がいいんじゃないの?」
間。
茂木「でも、何も聞こえないよ」
間。
茂木「いないんじゃないの?」
小田「いるよ」
間。
茂木「いないんじゃないの?」
小田「いるよ」
間。
茂木「え、本当に、誘拐なの?」
小田「誘拐だよ! 『逃げようとしたら殺す』って言ってたんだぞ」
茂木「じゃあさ、やっぱ警察に電話した方がいいんじゃないの?」
小田「ううん……」
茂木「いや、『ううん』じゃなくてさ」
間。
茂木「あ、やっぱりだ」
小田「何がやっぱりだよ?」
茂木「嘘ついてるだろ? 女の子が隣の部屋に誘拐されてるなんて、嘘だろ?」
小田「嘘じゃないって」
茂木「お前、こないだのあれも嘘だったじゃん」
小田「何が?」
茂木「小学校の時、リトルリーグで、松坂と対決して、ホームラン打ったって言ってたじゃん」
小田「打ったよ」
茂木「絶対嘘じゃん。山下に聞いたら、お前、小学校の時野球なんかやってないって言ってたぞ」
小田「山下が知らないだけだよ。山下が俺のこと何でも知ってるわけねえじゃん」
茂木「山下、お前と小学校の同級生じゃんかよ」
小田「違うよ」
茂木「違わねえじゃん。山下、同じ小学校だろう?」
小田「その違うじゃねえよ。山下は同じ小学校だよ。それは違わねえよ」
茂木「いや、今、違うって言ったじゃん」
小田「その違うじゃねえって言ってんだよ。山下は同じ小学校だよ。だけど、違うんだって。あいつは小学校の時、そんなに仲良くなかったから、俺のこと知らないんだよ」
茂木「だけど、あれも嘘じゃん」
小田「何?」
茂木「お前、お母さんがルーマニア人だって言ってたけど、どう考えたって嘘じゃん」
小田「ルーマニア人なんて言ってないです!」
茂木「言った。絶対言った。お前、自分がついた嘘なんだから、ちゃんと覚えとけよ」
小田「俺、ルーマニアなんて言ったっけ? あ、言ったか?」
茂木、再び、壁に耳をあてて、
茂木「あ! 帰ってきたんじゃない?」
小田「え……」
二人、暫く聞き耳を立てている。
茂木「やばいよ」
小田「やばいな」
茂木「本当じゃん。本当に誘拐じゃん。やばいよ」
小田「だから言っただろうが」
茂木「警察に電話しよう」
小田「ううん……」
茂木「電話しようよ。早くしないと、女の子、殺されるかもしれないよ」
小田「ううん……」
茂木「電話、警察に……」
小田「……」
茂木「え、電話……。電話しようよ」
小田「ううん。電話は、しないでいいんじゃない」
茂木「……はあ? え、何で?」
小田「電話は、しない」
茂木「え、どういうこと? 警察呼ばないと、女の子が……」
小田「誘拐されてるのは、クラリスだよ」
茂木「え、何?」
小田「俺、ルパンになりたい。ルパンになりたい!」
茂木「どういうこと?」
小田「私の獲物は、悪い魔法使いが高い塔のてっぺんにしまいこんだ宝物。どうか、この泥棒めに、盗まれてやってください。金庫に閉じ込められた宝石たちを救い出し、無理矢理花嫁にされようとしている女の子は、緑の野に放してあげる、これ、みんな泥棒の仕事なんです」
茂木「いや、あの、お前がルパン三世好きなのは、分かったけど、遊んでる場合じゃないんだから。電話……」
小田「電話しないで! しないで!」
茂木「だってさ……」
小田「俺が、いや、ルパンが、お姫様を助ける!」
間。
茂木「警察に電話……」
小田「ダメ! お願い! 俺が助けるから! 俺に助けさせて!」
茂木「無理だって」
小田「いやだ! 俺、彼女が欲しいんだよ!」
間。
茂木「はあ?」
小田「彼女が欲しいの! クラリスと付き合いたいの!」
茂木「お前、何言ってんの? 煩悩むき出しじゃんかよ! ていうか、もし、誘拐されてる女の子を助けたとしても、お前と付き合うってことになんないよ」
小田「なる! 誘拐されてるのを助けたんだぞ! 命の恩人だぞ!それで付き合えなかったら、俺、一生誰とも付き合えないじゃねえかよ!」
茂木「返す言葉が見つからない……」
小田「命を救ったんだから、最悪、一ヶ月だけでもいいから付き合ってくれって言ったら、普通付き合うだろう?」
茂木「お前、そこまで最低な奴だったんだ」
小田「何とでも言えよ。俺はクラリスを救い出す」
茂木「でも、どうやって?」
小田「ベランダから隣のベランダに行って、窓割ればいいんだよ」
茂木「ベランダから?」
小田「男が出てったら、助け出しに行くぞ」
茂木「うまくいくかな……」
小田「ベランダの壁が、カナヅチで殴ったら破れるようになってんだよ。カナヅチがあったはずだから……」
小田、カナヅチを探してくる。
茂木、壁に耳をあてて、
茂木「男、ゲームやってるみたい。女誘拐しといて、ゲームなんかやってる場合かよ」
小田、カナヅチを持ってきて、
小田「あいつ、ゲーム始めたら、2、3時間は終わらないんだよ」
茂木「ええ……。どうする? やっぱ、警察呼ぶしかないんじゃない?」
小田「ダメだよ」
茂木「じゃあ、どうすんの? 少なくとも2、3時間は、外に出ないよ」
小田「待つしかねえよ」
茂木「2、3時間も? 俺、いやだよ。警察呼ぶよ」
小田「ふざけんなよ! 2、3時間くらい待てよ。俺がクラリスと付き合えるかどうかの瀬戸際なんだから」
茂木「だけど、早く助けてやらないと、女の子、かわいそうだよ。それに、早くしないと、先に警察がここをかぎつけるんじゃねえの? 警察だって、とっくに動いてるんだろうから」
小田「ダメ! そんなのダメ!」
茂木「じゃあ、どうすんの?」
小田「お前、男を外に誘いだしてよ。その間に俺がお姫様を救い出すから」
茂木「ええ……。どうやって?」
小田「隣に電話して、忘れ物が届いてるから、すぐ取りに来てくださいとかいうんだよ」
茂木「え、忘れ物って、何?」
小田「だから、財布とか」
茂木「そんなのすぐ嘘だってばれるよ」
小田「じゃあ、電話して、友達のフリして、近くの喫茶店にいるから、今から会おうとか言って……」
茂木「うまくいくかな」
小田「とりあえず、ダメもとでやってみりゃいいじゃん」
茂木「わかった。じゃあ、電話してよ」
小田「おう」
小田、携帯を取り出して、
小田「電話番号は?」
茂木「いや、俺が知ってるわけないじゃん」
小田「はあ? じゃあ、ダメじゃんかよ!」
茂木「何でキレてるの? お前が電話するって言ったんだろう?」
小田「あ、じゃあ、下からインターフォンで、隣の部屋呼び出して、外に出てきてくれって言えばいいんだよ」
茂木「外に出てきてくれって言ったって、普通出てこないだろ?」
小田「荷物が届いてるから、下まで取りに来てくれって言ったら?」
茂木「宅急便だったら、部屋まで持ってくだろ?」
小田「何か、大きい荷物で、運ぶの手伝ってくれとか言うの。冷蔵庫とか」
茂木「冷蔵庫なんか買わないだろう! 買ってもいない冷蔵庫を持ってきたから、運ぶの手伝ってくれって言われても、普通行かないだろう?」
小田「じゃあ、どうすんだよ! あ、女だ! お前、女のフリして、誘い出せよ。インターフォンで、『ちょっと近くまで来たから、寄ってみたんだけど、一緒に外を歩かない?』とか言ってさ」
茂木「絶対無理じゃん!」
小田「大丈夫だって。お前だったら出来るよ」
茂木「そうか?」
小田「ちょっと、練習してみなよ」
茂木「マジで?」
小田「うん」
茂木、インターフォンを押す真似をして、
茂木「(女の真似で)あ、アタシ。ちょっと近くまで来たから、降りてきてよ。一緒に外を歩きましょうよ」
小田「何か、そんなんじゃダメだよ。もっと色気がないと、誘い出せない」
茂木「(色っぽく)あ、アタシ、ちょっと近くまで来たから、降りてきてよ。一緒に外を歩きましょうよ」
小田「全然可愛くない」
茂木「だったらお前がやれよ!」
小田「俺は、お姫様を助け出す役なんだから。お前が呼び出さないとダメだろうが! もっと、可愛くやるんだよ。(可愛く)『あ、アタシ、ちょっと近くまで来たから、降りてきてよ。一緒に外を歩きましょうよ』」
茂木「どこがかわいいんだよ! 俺の方がかわいいだろうが!」
小田「俺の方がかわいいよ」
茂木「(可愛く)あ、アタシ、ちょっと近くまで来たから、降りてきてよ」
小田「可愛くねえ」
茂木「だったら、お前がやれって」
小田「俺は、助け出す方だって言ってんだろうが。もういいよ。とにかく、行ってこいよ」
茂木「命令すんなよ」
小田「いいから、早く行ってこいよ」
茂木「頭くんなぁ……」
小田「早く行けよ」
茂木、ぶつぶつ言いながら、出て行く。
小田、壁に耳をあてて、隣の様子をうかがう。
ルパン三世カリオストロの城の台詞を練習する。
小田、ふたたび、壁に耳をあてる。
小田「インターフォン、鳴った! ……あ、出てった。メチャメチャうまくいってんじゃん」
小田、ベランダの方に向かって、
小田「よし、行くぞ。クラリス! 今、助けにいくからなあ!」
小田、ベランダの方へ出て行く。
茂木、携帯で電話をしながら戻ってくる。
茂木「(電話に)はい。本当です。女の人が誘拐されてるんです。はい。そうです。下井草の駅前のマンションです。友達が住んでる部屋の、隣の部屋にに監禁されてるんです。はい。今、友達が救出に行きましたんで。犯人は、今、ちょと外に出て行ったんで、戻ってくるまでに、急いで来てください。お願いします」
ベランダの方から、小田の声が聞こえる。
小田の声「(ベランダから)おい! 助けて! 手伝えよ!」
茂木「何だよ?」
茂木、ベランダの方へ出る。
茂木と小田、早瀬和子を抱えて戻ってくる。
和子は、意識を失っており、目隠しをされて、手足を縛られている。
小田「やった! 成功した! 助け出したぞ!」
茂木「やったな!」
二人、和子の紐をほどき、目隠しを取る。
和子の意識は戻らない。
小田、和子の体を揺さぶって、
小田「お嬢さん、お嬢さん、大丈夫ですか?」
茂木「大丈夫かな?」
小田「眠ってるだけだろう」
小田、和子を起こそうとする。
茂木「起こさない方がいいんじゃない? 今、警察も呼んだから」
小田「何、警察呼んだの? 早すぎだよ! 警察が来たら、俺とクラリスの感動的なシーンが台無しじゃんかよ! (和子に)ねえ、お嬢さん、起きてよ! ねえ!」
和子、目を覚ます。
和子、ゆっくりと起き上がる。
小田、ルパン三世の台詞を語りだす。
小田「私の獲物は、悪い魔法使いが高い塔のてっぺんにしまいこんだ宝物。どうか、この泥棒めに、盗まれてやって……」
が、突然、和子が小田に強烈なビンタ。
和子「助けて! 誰か! 助けて! 誘拐された! 誰か!」
小田「いや、あの、違うよ! 俺ら、君のこと、助け出したんだよ! 誘拐したのは隣の奴で……」
和子、小田の話を聞かずに、助けを呼び続ける。
小田「ちょっと待って! 誤解! 違うよ!」
不意にインターフォンが鳴る。
茂木「警察だよ!」
和子「助けて! 助けてください! 誘拐されてます!」
小田「ちょっと!」
小田、和子の口を手でふさぐ。
外から、警官の声が聞こえる。
警官「警察です。誘拐事件の件でお電話をいただきましたよね? 開けてください」
和子「助けて!」
小田「(茂木に)まずい! 口ふさげ!」
茂木「え! でも!」
小田、テープで和子の口をふさぐ。
小田「(外に向かって)あの、何でもないんです。間違いです!」
警官「ちょっと、開けてもらえますか」
小田「(外に向かって)今、取り込んでるんで、帰ってください!」
警官「ちょっと、開けなさい! 何やってるんですか?」
小田「(茂木に)お前、警官追い返せ! お前が呼んだんだろう!」
茂木「そんなこと言っても……」
茂木、玄関に向かう。ドアを開けて、
茂木「あの、ごめんなさい。誘拐の話は、間違いだったみたいで、あの、なんでもないんで……」
和子が、口のテープをはがして、玄関に走ってくる。
和子「助けて! 誘拐されてるんです! この人達に誘拐されたんです」
警官、無理矢理入ってくる。
警官、和子の様子を見て驚く。
警官「(小田に)お前、何やってんだ! 誘拐の現行犯だぞ!」
小田「違うんですよ! 違うんですよ!」
取っ組み合いになる四人。
(完)
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