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コンビニ・ブルース |
作 辻野正樹 |
人物
川崎寛樹
大宮健吾
遠山聡
○コンビニ・バックルーム(深夜)
川崎寛樹と大宮健吾、椅子に座って、漫画雑誌などを読んでいる。
川崎「ああ、かったるいっすね」
大宮「……うん」
間。
川崎「客、来ないっすね」
大宮「……うん」
間。
川崎「大宮さん、何読んでるんすか?」
大宮「うん? ビッグコミック。浦沢直樹の『プルートゥ』」
川崎「浦沢直樹って、『20世紀少年』描いてる人っすか? あ、俺も読みたいっす」
大宮「ああ」
川崎「俺も読みたいっす。俺、アフタヌーン読んでたんすけど、面白いの無いんすよ」
大宮「そうなの?」
川崎「俺も読みたいっす」
大宮「ああ」
川崎「読みたいっす」
大宮「え、読めばいいじゃん。売り場にまだあんだから」
川崎「いや、もう、売り場に出るのめんどくさいっす」
大宮「はあ?」
川崎「いや、だって、一時間くらいお客来ないんすよ。一時間くらい、ずっとここで座ってるんすよ。今更、立って売り場に行くのめんどくさいっす。しかも、ビッグコミックなんかのために」
大宮「言ってる意味がわかんないんだけど」
川崎「だから、俺、(大宮が読んでいるビッグコミックを指して)それでいいっす」
大宮「いやいや、え? (自分のビッグコミックを指して)これ?」
川崎「それでいいっす」
大宮「いや、『それでいいっす』じゃなくてさ」
川崎「はい?」
大宮「俺、読んでるじゃん」
川崎「はい」
大宮「今、俺、読んでるじゃん」
川崎「はい」
大宮「じゃあ、そういうことで」
間。
川崎「え、何すか? 貸してくれないんすか?」
大宮「だから、俺、今、読んでるじゃん。川崎君、読みたかったら、売り場から持ってくればいいじゃん」
間。
川崎「じゃあ、もう、いいっす。ビッグコミックくらいのために、何で売り場行かなくちゃなんないんすか!」
大宮「はあ?」
間。
川崎「ビッグコミックより、アフタヌーンの方が面白いっす。大宮さん、ビッグコミックなんか読んでんすか? どういうセンスっすか?」
間。
川崎「大宮さん、歳、何歳っすか?」
大宮「ええ、歳? 26」
川崎「26でコンビニのバイトって、やばくないっすか?」
間。
大宮「やばくないよ」
川崎「マジっすか。俺、26になるころには、社長になってますよ」
大宮「何の?」
川崎「ベンチャーっすよ」
大宮「何の?」
川崎「何のって、ベンチャーっすよ。大宮さん、ベンチャーも知らないんすか? やばくないっすか?」
大宮「……」
川崎「ベンチャーっすよ」
大宮「社長になるんだったらさ、こないだ貸した金返してよ」
川崎「俺、まだ社長じゃないっすよ!」
大宮「わかってるよ! でも、社長になるんだろう? そんな偉そうなこと言うんだったら、五千円くらい返せよ」
川崎「ああ、無理っす。だって、俺、まだ社長じゃないっすよ!」
大宮「だから、わかってるよ! だけど、五千円も返せないくせに、なんで社長になれるんだよ!」
川崎「五千円返せるかどうかと、社長になるのは、関係ないじゃないっすか!」
大宮「じゃあ、どうやって会社作るんだよ! 資本金どうすんだよ!」
川崎「資本金とか、そんな難しいこと言われてもわかんないっすよ! 俺、今、借金、20万あるんすよ! そんなんで、五千円返せるわけないじゃないっすか!」
大宮「何でいばってんの? だいたい、川崎君さ、バイト週3しか入ってないじゃん。フリーターなんだから、もっと働けばいいのに、何で週3しか入んないの? せめて週4入ったらお金返せるじゃん。俺だって、金に困ってるんだよ。大学に入り直そうと思って、お金貯めてるんだけどさ、大学の学費、すごい高いんだよ! だいたい、川崎君さ、金の使い方が、計画性ないっていうか……」
川崎、防犯カメラのモニター(実際には無い)を見て、
川崎「お客さんっすよ」
大宮、気付いて、
大宮「……あ」
大宮、売り場に出て行く。
川崎、ビッグコミックを取って、読み始める。
大宮、戻ってくる。
大宮「最近よく来る、アンパンおじさんだった」
川崎「毎日アンパン買ってく人?」
大宮「うん。今日もアンパン買ってった。こんな夜中になんでアンパンなんだろな」
川崎、防犯カメラのモニターを見て、
川崎「あ、またお客さんっすよ」
大宮、売り場に行こうとして、
大宮「え、何で俺が行くの?」
川崎「早く、お客さんっすよ」
大宮「俺、さっき行ったじゃん……」
川崎「大宮さん!」
大宮「いや、何で……」
川崎「お客さん!」
大宮「ああ……」
川崎、アフタヌーンとビッグコミックを差し出して、
川崎「これ、戻しといてもらえます? やっぱビッグコミック、つまんないっすわ」
大宮「何で俺が……」
大宮、不満げな顔で売り場に出て行く。
川崎、あくびをしたりしていると、売り場から、争うような声が聞こえてくる。
川崎、防犯カメラのモニターを見て、驚いて立ち上がる。
売り場の方から、目出し帽(フルフェイスのメット?)を被った男、遠山聡が、大宮の首筋に刃物をつきたてて入ってくる。
川崎「……大宮さん、何やってんすか?」
遠山「(川崎に)金庫から金出せよ」
川崎「えええ……、マジっすか?」
遠山「早くしろよ!」
大宮「川崎君、金庫あけて」
川崎「えええ……」
川崎、ポケットをまさぐるが、金庫の鍵が見つからない。
遠山「早くしろよ! (大宮を指して)こいつ死んでもいいのかよ!」
川崎「やばいっす」
大宮「どうしたの?」
川崎「金庫の鍵が……」
大宮「え、無いの?」
遠山「何やってんだよ! 早く金庫開けろよ!」
川崎「ポケットに鍵、入れといたんすよ」
大宮「マジで無くしたの?」
川崎「無いっす」
遠山「お前、なめてんのか? そんな小芝居しないで、早く開けろ!」
川崎「小芝居じゃないっすよ! マジで無いんす。いや、俺、絶対ポケットに入れたんですよ」
遠山「開けなかったら、こいつ(大宮)殺すぞ」
大宮「早くしてよ!」
川崎「だから、無いんすよ! 大宮さん、持ってるんじゃないんすか?」
大宮「俺、持ってないよ。川崎君が店長から預かってたじゃん」
川崎「だけど、無いんすもん! やっぱ大宮さん、持ってるんじゃないっすか?」
大宮「俺、持ってないよ!」
遠山「どっちでもいいから、早く開けろよ!」
川崎「あの、店長に電話してもいいっすか? 金庫の鍵なくしたら、メッチャ怒られるんすよ」
遠山「ダメだよ! 何で強盗が来てるのに、店長に電話出来るんだよ!」
川崎「ええ、でも、鍵なくしたらまずいんすよ!」
遠山「そういう状況じゃないだろう! (川崎に)お前、こっちこいよ! どうせポケットの中に入ってんだろう?」
川崎「無いっすよ!」
遠山「いいから来いよ!」
川崎、遠山に近づく。
遠山、川崎のポケットに手を突っ込む。
川崎「無いって言ってんじゃないっすか!」
遠山、川崎のポケットに手を突っ込む。
遠山、川崎のポケットに入っている物を一つずつ取り出して、
遠山「何だコレ、(取り出して)チロルチョコ! 何だコレ、(取り出して)アメちゃん、(取り出して)ビスケット。お前、子供か!」
遠山、川崎のズボンのポケットに手を突っ込んで、
遠山「こっちにあるんだろう!」
川崎「今、ちんこ触ったっしょ!」
遠山「触ってねえよ!」
川崎「触ったじゃないっすか!」
二人がもめている隙に、大宮が、遠山の刃物を持っている手をめがけて、手刀を振り下ろす。
大宮「とお!」
遠山、まったく刃物を落とさない。
遠山「お前、『とお!』って何だよ!」
大宮「いや、違うんです。あの、そういうつもりじゃないんです」
川崎、ポケットを探って、
川崎「あった! 鍵、ありましたよ!」
遠山「やっぱ持ってんじゃんかよ! 早く開けろよ!」
川崎「あれ、これ、俺んちの鍵です」
遠山「お前、ふざけてんのか?」
川崎「違うんす、だって、似てるんすよ」
川崎と遠山がもめている隙に、大宮が遠山の刃物を持ってる手をめがけて、手刀を振り下ろす。
大宮「とお!」
遠山、まったく刃物を落とさない。
遠山「だから、『とお!』って何だよ!」
大宮「違うんです! そういうつもりじゃないんです」
遠山「お前、本当に殺されたいのか?」
大宮「やめてください」
大宮と遠山、もみあいになる。
川崎が入ってきて、遠山の頭をガンガン殴る。
遠山「いててて!」
大宮も、遠山の頭をガンガン殴る。
遠山、意識を失って倒れる。
大宮「あれ……」
川崎「あら……」
川崎、近づいて遠山の様子を見る。
完全に意識を失っている。
川崎「気絶してるよ。ええ、よわっ!」
大宮「死んでないよな?」
川崎「死んでない。息してる」
大宮「川崎君、すごいね。強盗やっつけちゃったじゃん」
川崎「いや、大宮さんもすごいじゃないっすか。『とお!』とか言って。俺ら、二人でやったんですよ」
大宮「俺ら、すごいな。強盗退治しちゃったよ」
川崎「もしかして、テレビ出れますかね?」
大宮「出ちゃうかもしんないね。どうしよう」
川崎「あ、よく、防犯カメラに映った映像、テレビでやってんじゃないっすか。強盗を撃退した店員の映像」
大宮「ああ、そうだ、防犯カメラの映像、テレビに出ちゃうかもしんないね」
川崎「うわ、すげえ! 俺ら、もしかして、一躍ヒーローになるんじゃないっすか?」
大宮「警察に電話しなくちゃ。あ、その前に、とりあえず、(遠山を指して)こいつ、縛っておこうよ」
川崎「そうだ、そうだ」
大宮「紐、持ってくる」
大宮、売り場の方へ。
川崎「すげえ、俺、ヒーローになっちゃうよ」
間。
川崎「あれ……」
大宮、紐を持って来る。
大宮「ちょっと、手伝ってよ」
川崎「ああ」
二人で、遠山の手足を縛る。
川崎「あの、防犯ビデオのことなんすけど……」
大宮「うん?」
川崎「カメラって、バックルームに無いじゃないっすか」
大宮「うん」
川崎「売り場のカウンターの方はあるけど、こっちにないじゃないっすか」
大宮「うん」
川崎「俺、映ってないっすよ」
大宮「はあ?」
川崎「防犯カメラの映像、テレビで流したとしても、俺、映ってないっすよ」
大宮「うん」
川崎「ちょっとずるくないっすか?」
大宮「はあ?」
川崎「大宮さんと犯人だけしか映ってないっす。ずるいじゃないですか」
大宮「いや、ずるいって言われても仕方ないじゃん」
川崎「いや、それはずるいです」
大宮「だって、仕方ないじゃん!」
川崎「俺も映りたいっす」
大宮「はあ?」
川崎「今、強盗が入ってきたところの映像を消去して、新しく撮り直しましょうよ」
大宮「何? 撮り直すって、どういうこと?」
川崎「俺が犯人に包丁突きつけられて、で、やっつけるっていう一連を、防犯カメラで撮っておくんですよ」
大宮「どうやって? 犯人起こして、もう一回やってくれって言うの?」
川崎「いや、それは無理でしょう。何言ってるんすか?」
大宮「じゃあ、ダメじゃんか!」
川崎「だから、大宮さんが犯人役やればいいじゃないっすか!」
大宮「はあ?」
川崎「犯人の服脱がして、大宮さんが着たら、わかんないじゃないっすか」
大宮「で、俺が犯人役やって、『金を出せ』って言うの? そんで? 川崎君が俺をやっつけるの?」
川崎「そう」
大宮「何でそんなことしなくちゃなんないの!」
川崎「やってくださいよ!」
大宮「イヤだよ!」
川崎「え、じゃあ、大宮さん、さっきどうしたんですか?」
大宮「どうしたって?」
川崎「犯人が包丁突きつけてきて、どうしたんですか?」
大宮「え、レジのとこで、犯人が、ナイフ突きつけてきて、『金出せ』って言ってきたから、レジを開けて、お金出そうとしたら、『金庫にもっと金あるんだろう』って言って、カウンターの中に入ってきて、そんで、もう、ナイフ、首に突きつけられてさ……」
川崎「え、それでいいんすか? その映像が、テレビとかで流れちゃっていいんすか? メチャメチャ弱いじゃないですか。かっこ悪いっすよ。全然男らしくないっすよ。女の子がその映像テレビで見たら、ドン引きですよ。強盗の言いなりになってんじゃんって思われますよ。大宮さんのこと、ちょっと好きだと思ってる女の子がいても、その映像見たら、ガッカリしますよ」
大宮「わかった! もういいよ!」
川崎「じゃあ、撮り直しましょうよ」
大宮「俺のこと好きだと思ってる女の子って、誰?」
川崎「それは知らないっすよ」
川崎、遠山の目出し帽、
川崎「うわっ。ぱっとしない顔してる。手伝ってくださいよ」
大宮「ええ、マジでやるの?」
川崎「早くしてくださいよ!」
大宮「あ、ああ……」
遠山の服を二人で脱がす。
川崎「早く着てくださいよ」
大宮「あ、ああ……」
大宮、遠山の服を着る。サイズがまったく合っていない。
大宮「これ、無理でしょう」
川崎「大丈夫ですって」
大宮「(遠山を指して)この人と、全然違うじゃん、逮捕された犯人がこの人で、防犯ビデオに映ってるのが、こんなんだったらおかしいじゃん!」
川崎「大丈夫ですって。(遠山を指して)こいつ、結構太ってますよ」
大宮「そうか?」
川崎「練習しますよ。ナイフ持って、突きつけてくださいよ」
大宮、ナイフを突きつける。
川崎、正拳突きする。
大宮「いた! 痛いよ!」
川崎「そりゃ、そのくらいやらないとリアリティないじゃないっすか」
大宮「ええ、そう?」
川崎「もう一回やりますよ」
川崎、ナイフを突きつける。
川崎が正拳突き。さらに関節技などを決める。
大宮「痛い! 痛い!」
川崎「今の、いい感じじゃないっすか? これで本番いきましょうよ」
大宮「ええ、本当にやんの?」
川崎「録画、さっきのぶん、消去してくださいよ」
二人、売り場に出て行く。
遠山、意識を取り戻す。
遠山「あれ?」
遠山、動こうとするが、縛られていて動けない。
遠山「あれ?」
川崎が大宮を羽交い絞めにして入ってくる。
川崎「(大宮に、セリフっぽく)今、警察呼ぶからな!」
遠山「何で、俺の服着てんだよ」
川崎「(大宮に)あ、意識戻ってますよ」
遠山「何やってんだよ。警察呼んだんだろ?」
大宮「警察は、まだ呼んでないですよ」
遠山「ええ! 何で呼ばないんだよ!」
大宮「あんたさ、まだ若いじゃん。何でコンビニ強盗なんかやるの? その若さだったらさ、まともに働いた方がいいんじゃないですか?」
遠山「うるさいよ。警察呼んでないんだったら、早く呼べよ! こっちは死ぬか強盗するか迷って強盗したんだから、警察なんか怖くねえんだよ。早く呼べよ!」
川崎「お前、つかまってるくせに態度でかいよ。(不意に大声で)あ!」
大宮「どうしたの?」
川崎「思い出した。金庫の鍵、レジのトレイの下に入れといたんだった」
川崎、出て行く。
遠山「警察、呼ばないのかよ」
大宮「呼ぶよ。だけど、あんたさ、コンビニなんか、たいして金庫に金入ってないんだから、割りに合わないんじゃないの?」
遠山「うるさいよ! じゃあ、俺、どうやって食っていけばいいんだよ! 死ねっていうのかよ?」
大宮「死ねなんて言ってないじゃん」
遠山「俺、マジメに仕事してたのに、急にクビ切られて、死のうかと思ったんだよ。だけど、死ぬくらいだったら、強盗でもした方がって思ったんだけど、やっぱり死ねばよかったってことだよな」
川崎、戻ってくると、1万円札を20枚ほど遠山に手渡す。
川崎「これ、あげるよ。金庫の金」
遠山「え?」
大宮「え、ちょっと……」
遠山「どういうことだよ?」
川崎「これもって、逃げなよ」
大宮「はあ?」
川崎、大宮を部屋のすみに連れて行く。
川崎、遠山に聞こえないように、小声で、
川崎「あのさ、金庫の中に60万あったんだよ。だから、あの犯人に20万渡して、逃がすんだよ。そんで、あとは俺らがもらったって、ばれないじゃん。犯人が盗ったって言えばいいんだから」
大宮「何考えてんだよ!」
川崎「お願い! 60万あって、(遠山を指して)あいつに20万渡したら、あと40万だから、大宮さんと20万ずつっすよ。俺、20万あったら、借金返せるんすよ。大宮さんも、大学の学費がいるんでしょう?」
大宮「そうだけど……」
川崎、遠山を縛っているロープをほどこうとする。
大宮「やめろって!」
川崎「いいんですよ!」
大宮「よくないよ!」
川崎と大宮、取っ組み合いになる。
遠山「あの、何で俺を逃がしてくれるんだよ? 警察に電話しないのかよ?」
川崎「しない。あんたに20万渡すから、その金で、更正してくれよ。20万あったら、次の仕事が見つかるまで、なんとか食っていけるだろ? 俺、あんた、悪い人じゃないような気がするんだよな」
遠山、目を潤ませる。
遠山「あんた、やさしいんだね。実はさ、俺、父親になる予定だったんだ。一緒に住んでた彼女が妊娠したって。それで、俺、うれしくってさ、俺も父親になるんだって思ったら、何か、すごく幸せな気分だったんだ。だけど、急に会社クビになって、そしたら、彼女が、『あんたなんかと結婚したら、子供が不幸になるから、私は、一人で子供を育てる』って言って、出てっちゃったんだよ。どこに行ったかもわかんなくて、俺、せっかく父親になれると思ったのに……。だから、俺、もう死のうと思ったんだ。首つって、死のうと思ったんだけど、やっぱ、怖くて。俺、根性ないからさ。それで、働くのもバカらしくて。だって、子供もいなくなったのに、俺の人生なんて、何の意味もないのに、何のために働くんだって思って……」
間。
川崎、遠山を縛っている紐をほどくと、手に20万を握らせる。
川崎「これ持って、帰りなよ」
間。
遠山、目をうるませる。
遠山「ありがとう。あんた、本当に優しいんだね。でも、もういいよ。警察に連絡してよ」
川崎「え?」
遠山「警察に連絡してくれよ。この金はもらえないよ」
川崎「いやいや、遠慮しなくていいんだよ」
遠山「俺、ちゃんとやり直すよ。刑務所入って、一からやり直すよ」
川崎「いやいや、そんな必要ないと思うよ。だいたい、刑務所入ったからって、人生やり直しなんか出来ないと思うよ。そんなに世の中甘くないよ。だからさ、20万持って、逃げた方がいいと思うよ」
遠山「ありがとうございます。でも、もう、いいんです」
川崎「何がいいんだよ! 全然よくない! 20万持って逃げろって言ってんだよ! 早く行けよ!」
遠山「いや、でも……」
川崎「お前、強盗のくせに根性ねえな。20万やるって言ってんのに、早く持っていけよ!」
遠山「いや、でも、ダメです。電話してくれないんだったら、自分で電話します。自首します。どこですか? 電話」
川崎「自首なんかするな! 自首なんか、するな!」
遠山「何でですか?」
川崎「俺は、あんたに自首してほしくないの!」
遠山「何で?」
川崎「子供の気持ち考えろよ!」
遠山「え?」
川崎「俺、子供の頃に父親が死んでさ。父親の顔、覚えてないんだよね。だから、俺のオヤジって、どんな人だったのかなぁって、よく考えてたんだよね。かっこよかったかなぁ、とか、優しかったかなぁ、とかさ。でも、俺のオヤジは死んで、もうこの世にいないからさ。でも、あんたは、生きてるんだから。自殺、思いとどまったんだろう? だったら、いつか子供に会える日が来るかもしんないじゃん。その時に、オヤジが前科者だったらつらいだろうが!」
遠山、泣きそうな顔で、
遠山「ありがとう。あんたのこと、一生忘れないよ」
遠山、服を着て、20万円を握りしめて去っていく。
間。
大宮「あの人、本当は悪い人じゃないんだね。川崎君のお父さんも、きっとやさしい人だったと思うよ」
川崎「ああ、俺のオヤジ、さっき、アンパン買いに来てたっしょ。いや、俺さ、今までちゃんと働いた事ないから、コンビニの深夜でバイトするって言ったら、ちゃんと仕事してるか見に行くって言ってさ。来るなって言ってるのに、毎日くるんだよな」
大宮「え、ちょっと待って? アンパンおじさんのこと言ってんの?」
川崎「うん。アンパン好きなんだよ」
大宮「え、アンパンおじさん、川崎君のお父さんだったの? っていうか、お父さん生きてるの?」
川崎「生きてるよ! さっき大宮さん、見たじゃん! 何言ってるんすか!」
大宮「えええ!」
川崎「早く20万ずつ分けましょうよ」
大宮「嘘だったの? アイツ、逃がすために嘘ついたの?」
川崎「俺、金庫から金持って来ますね」
大宮「えええ……」
川崎、金庫に向かおうとする。
大宮「なあ、ちょっと待って。俺さ、気になってることがあるんだけど、言っていい?」
川崎「なんすか?」
大宮「さっきの犯人が映ってる映像、消去しちゃったよね?」
川崎「しましたよ」
大宮「そんで、俺が犯人役やってる映像しか残ってないよね?」
川崎「そうっすよ」
大宮「その映像さ、マスク被ってるけど、俺だってすぐばれそうな気がするんだよね。そしたら、俺が犯人ってことになるよね?」
川崎「そうっすか?」
大宮「そうだよ! あの映像消す!」
川崎「ダメっすよ! 俺がかっこよく犯人を撃退した映像なんすから!」
二人、取っ組み合いになる。
(完)
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