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愛の亡霊
作 辻野正樹
 


人物

山田まさし

斉藤みのる

若い女


○山田の部屋

山田まさしと、斉藤みのる、向き合って話している。

山田の後ろに、青白い顔をした亡霊が無表情で立っている。

斉藤は、亡霊に気付いている様子だが、山田はまったく気付いていない。

間。

斉藤「ええと……、それで、その彼女、誰だっけ?」

山田「美香ちゃん。島村美香ちゃん」

斉藤「美香ちゃんとも、その後、連絡取れないの?」

山田「何回電話しても、出てくれない」

斉藤「そうなんだ」

山田「これって、嫌われてるんだよね? 何回電話しても出てくれないってのは、嫌われてるんだよね?」

斉藤「ううん……」

山田「三人目なんだ」

斉藤「何が?」

山田「三人目なんだよ! こういう風になったの! 今までに、付き合った女の子、三人なの。なんだけど、三人とも、すぐに俺のことが嫌いになって、連絡とれなくなっちゃう。理由もわかんないのに、連絡とれなくなっちゃうの」

斉藤「そうなんだ」

山田「何でだろう? 俺、何で、女の子に嫌われるんだと思う?」

斉藤「いや、どうだろう……」

山田「言って! 言ってよ! わかってんだろう?」

斉藤「え、何が?」

山田「だから、俺から女の子が去っていく理由だよ!」

斉藤「いや、わからないけど……」

山田「うそつけ! わかってんだろう! はっきり言ってくれよ! なあ!」

斉藤「いや、わからないけど……」

山田「正直に言ってくれていいんだよ。俺、自分でわかってるんだから」

斉藤「え、わかってんの?」

山田「わかってるよ!」

斉藤「わかってるんだったら、聞かなくていいじゃん」

山田「いや、わかってるって言ったって、ウスウスだよ。ウスウスこれが理由なんじゃないかなって、気付いてんだよ」

斉藤「そうなんだ」

間。

斉藤「え、何? 理由……」

山田「ああ……。俺さ、強すぎるんだよ」

斉藤「強すぎる? 何が?」

山田「だから、(小声で)性欲」

斉藤「え、何?」

山田「(小声で)性欲」

斉藤「え?」

山田「(大声で)性欲! 俺、性欲が強すぎるの!」

斉藤「えっと、それが理由?」

間。

山田「付き合い始めたばっかの女の子が、初めて家に遊びに来てくれたときって、どう思う?」

斉藤「どうって?」

山田「付き合ってるんだよ。彼氏と彼女の関係なんだよ。それで、家に彼女が始めて来てくれるんだよ! それってさ、エッチってことになると思わない?」

斉藤「まあ、そうとは限らないかもしんないけど」

山田「でも、彼女なんだよ! 家に行くってことは、エッチオーケーってことだと思わない?」

斉藤「ああ、要するに、山田がいきなり押し倒しちゃったってこと? 彼女は、まだそういうつもりじゃなかったのに、お前がいきなり押し倒しちゃって、それで彼女はショックを受けて……」

山田「俺、押し倒したりしねえよ! キスもしてないのに!」

斉藤「そうなの? じゃあ、何で性欲が強すぎるって……」

山田「俺の内面から、性欲がみなぎってるのが、出ちゃってるんだよ! フェロモンっていうの?」

斉藤「フェロモンはちょっと違うんじゃない?」

山田「とにかく、俺のエロオーラがすごい出ちゃってたんだよ。だから、美香ちゃん、俺の家に来るなり、怖がって逃げてっちゃったんだよ。家に来て、すぐだよ。他の二人も」

斉藤「え、じゃあ、三人の彼女は、三人とも、この家に来て、来たとたんに怖がって、逃げてっちゃったの?」

山田「そう……」

斉藤、亡霊をチラッと見る。

斉藤「それさ、原因は、他にあると思うよ」

山田「ええ! 何?」

斉藤「えっと……」

山田「何、お前、何か心当たりあるの?」

斉藤「いや、まあ、何ていうか……。ある、かな」

山田「言ってくれよ。俺、何言われても受け止めるから。やっぱ、あれか? 俺、においがくさいか? 香水とかつけたほうがよかったかな? それとも、あれか、髪型か? やっぱストレートパーマあてた方がいいかな? それとも、あれか?」

斉藤「いや、違う、違うよ! お前は悪くない。お前は悪くないよ!」

山田「おい、いいよ、そんな『女の方に見る目がないんだよ』とか、そういうのは、いいよ。そんな気休め」

斉藤「いや、そういうことじゃなくてさ」

山田「何?」

斉藤「……いるんだよ」

山田「え?」

斉藤「いるんだよ」

山田「いる? いるって何が?」

斉藤「(亡霊の方を見て)だから、いるんだよ」

山田「いる? いる? あ、ああ! いる! いたんだ!」

斉藤「そう! いたの! ていうか、今もいるの!」

山田「そうか。やっぱ、いたのか。美香ちゃん、本命の彼氏がいたんだ」

斉藤「違う! その『いた』じゃない!」

山田「え、違う? 違うって、何? 何が違うの?」

斉藤「だから、何ていうのかなァ……。山田ってさ、霊感とかないだろ?」

山田「霊感? あ、俺、実はさ、霊感かなりあるんだよね」

斉藤「あるの?」

山田「けっこう幽霊見えちゃうタイプなんだよね」

斉藤「そうなの? え、じゃあ……」

斉藤、亡霊と山田を交互に見る。

山田「ゴム人間知ってる?」

斉藤「あ、何か聞いたことある」

山田「石坂浩二が、見たことあるって、テレビで言ってすごい話題になったんだよ」

斉藤「え、見たことあるの?」

山田「うん。実は、見たことある」

斉藤「え、どこで?」

山田「新宿の駅」

斉藤「マジで? え、どんな感じだった?」

山田「周りに人、いっぱいいたんだけど、みんな気付いてないみたいなんだよ。それが不思議なんだよね。あれだけ人がまわりにいるんだから、普通だったら大騒ぎになると思うんだけど」

斉藤「え、じゃあ、見える人にしか見えないみたいな?」

山田「それで、思い切って、声かけてみたの」

斉藤「ええ! 何て?」

山田「『すみません、サインしてください。白い巨塔の演技が大好きでした』って」

斉藤「石坂浩二を見たって話?」

山田「そう。でも、よく見たら全然違う普通のおじさんだった」

斉藤「しかも別人だったんだ。え、ゴム人間は?」

山田「ゴム人間は、さすがにいないでしょう」

斉藤「ああ、そうなんだ。え、で、幽霊は見るの?」

山田「あ、一回、となりの家のベランダに白いものがひらひら浮かんでるから、幽霊だと思って、よく見たら洗濯物だった」

斉藤「じゃあ、結局、石坂浩二に似たおじさんを見たことあるってだけの話なんだ……」

山田「うん。俺、多分、本当に幽霊見たら、怖くてショック死しちゃうと思う」

斉藤「ああ、そうなんだ……。じゃあさ、お前、引っ越した方がいいと思うよ」

山田「え、何で?」

斉藤「いや、美香ちゃんとかさ、あと誰?」

山田「あと、麗子ちゃんと、和美ちゃん」

斉藤「その三人が、連絡とれなくなったのは、お前が悪いんじゃなくて、この部屋が悪いと思うんだ」

山田「どういうこと?」

斉藤「この部屋、なんか、不吉な感じがするんだよね」

山田、部屋を見回して、

山田「……そうか?」

斉藤「そうだよ! めちゃめちゃ不吉! お前さ、この部屋、けっこうきれいなマンションだけど、いくらで借りてんの?」

山田「二万五千円」

斉藤「二万五千円? 狭いとはいえ、風呂付のワンルームが、二万五千円って、安すぎると思わないか?」

山田「まあ、安いなぁ、とは思ったけど」

斉藤「安すぎるじゃん!」

山田「でも、同じマンションでも隣の部屋は7万円なんだよ」

斉藤「だから、おかしいじゃん! 山田、今すぐ引っ越せ! この部屋はよくない!」

山田「何でだよ! そんな引っ越せったって、金ねえよ」

斉藤「金とかいってる場合じゃないんだよ! こんなとこに住んでたらダメだよ!」

山田「何言ってんのか、意味がわかんないよ!」

斉藤「だから、いるんだよ! すぐそこに!」

山田「何が!」

斉藤「幽霊だよ!」

間。

山田「はあ?」

斉藤「だから、幽霊がいるの! そこに! お前には見えてないのかもしれないけど、さっきからずっといるの! 美香ちゃんも、麗子ちゃんも、和美ちゃんも、みんなこの幽霊を見て、怖くてお前から離れてったんだよ!」

山田「……お前、何言ってんの?」

斉藤「何言ってんのじゃねえよ。ずっといるんだもん。青白い顔して、痩せた若い男が」

山田、部屋を見回して、

山田「どこに?」

斉藤、亡霊を指差して、

斉藤「そこ」

山田「……ここ?」

山田、近づいて、手を出す。

斉藤「やめて、触るな! 触ったら、なんか怖い!」

山田「うわああ! 今、何か触ったような気がする」

斉藤「いや、全然触ってないけど」

山田「え、どこどこ?」

山田、怖がって目をつぶって、手探りで幽霊を探す。

斉藤のおなかに触れて、

山田「うわああ! 今、触った!」

斉藤「違う、今の、俺のおなか」

山田「マジでいるの?」

斉藤「いるよ。だから、すぐに引っ越した方がいい」

山田「つってもさ、マジで金無いからさ」

斉藤「不動産屋に交渉するんだよ。だって、こんないわく付き物件を貸したんだから、責任とれって言うんだよ。どっか他の部屋を格安の値段ですぐ用意しろってさ」

山田「ええ、そんなのうまくいくかね」

斉藤「とにかく電話しろよ。すぐにでも引っ越した方がいいんだから」

山田「わかったよ」

山田、携帯で電話をかける。

山田「あ、もしもし、マンション下井草の103号室を借りてる山田ですけど。あのですね。ええと、なんていいますか、幽霊がですね。……はい、幽霊です。どうも、幽霊がいるらしいんですよ。部屋にですよ。はい、この部屋に。いやあ、あの、僕は見てないんですけど、はい。あの、幽霊は、見たこと無いんですよ。あ、でも、石坂浩二は見たことあるんです。はい、いや、そんなことじゃなくて、えっとですね、つまり、引越しをした方がいいんじゃないかと思いまして……」

斉藤「ちょっと、代わって」

斉藤、電話を奪いとる。

斉藤「あの、この103号室ですけど、あきらかにおかしいですよね? 風呂付のワンルームマンションで、二万五千円って、安すぎるでしょう? ええ、いや、だから、何でそんなに安くしてるかってことですよ。もしかして、ここって、何か不吉なことが起こった部屋とか、そういうんじゃないんですか? もしそうだとしたら、そういうことを隠して契約したら、ダメなんじゃないんですか? なんかそういうの聞いたことありますよ!」

斉藤、電話で相手の話を聞いている。

斉藤「ええ、……はい。あの、その人って、どんな感じの人ですか?」

斉藤、亡霊の方をチラチラと見る。

斉藤「……そうですか。わかりました。じゃあ、本人にはそういう風に伝えておきます」

斉藤、電話を切る。

間。

山田「何て?」

斉藤「確かに、その部屋では、以前住んでた住人が自殺してます。だけど、それはもう何年も前の話だから、それを契約の時に言わなくちゃいけないって法的義務はないですって」

山田「何だよ、それ!」

斉藤「『お引越しされるんだったら、ご相談に乗りますが、そこの部屋が気に入らないからっていって、うちに責任はありません』だって」

山田「マジで? 金返せよ。幽霊マンション紹介しておいて!」

斉藤「自殺した男さ、細身のな大学生だって。女性にふられて、ショックで自殺したんだって……」

間。

山田「何か、頭にきた」

斉藤「何が?」

山田「要するに、そいつ、女に振られたから、俺が部屋に彼女を呼ぶのがしゃくに障るんだろ? 自分が生きてる時もてなかったからって、俺にあたるなよ!」

斉藤「おい、あんまり幽霊怒らせるようなこと言うなよ」

山田「何でだよ。そいつのせいで、俺、彼女とうまくいかなかったんだぞ!」

斉藤「そうだけど……」

山田「お払いしてよ」

斉藤「お払い? 俺、お払いなんか出来ないよ」

山田「雰囲気でいいんだよ」

斉藤「雰囲気つったってさ」

山田、見よう見真似でお払いをする。

亡霊が、かすかににやける。

斉藤「今、ちょっとニヤっとした! 逆効果だよ!」

山田「もっと、色々試してみろよ!」

斉藤、色々と適当なお払いっぽいことをやってみる。

意味不明の踊りを踊ったり。

亡霊もつられて踊る。

斉藤「完全に逆効果だよ。なんか楽しそうだもん!」

山田「もう! 何だよ! 頭くる! 幽霊出てけ!」

斉藤「だから、幽霊怒らせない方がいいよ。呪われるよ」

山田「もう、呪われてるようなもんだよ。そいつのせいで女の子と付き合えないんだから! 幽霊、出て行け! コンチクショー!出て行け!」

山田、見えない亡霊に殴りかかる。

斉藤「やめろって! やめろよ!」

山田「幽霊、出て行け! チクショー! コンチクショー!」

斉藤「やめろよ! やめろ!」

斉藤、山田を羽交い絞めにする。

山田「お前さ、嘘ついてるだろ?」

斉藤「嘘?」

山田「幽霊って」

斉藤「何?」

山田「幽霊って何だよ! 何でそんな嘘つくんだよ?」

斉藤「え、だって」

山田「幽霊なんて、いるわけないだろ!」

斉藤「だって、いるんだよ。(亡霊を指して)そこに!」

山田「お前、俺のことバカにしてるのか? 美香ちゃんが、幽霊にびっくりして、怖がって、俺から離れてったって? そんなわけないだろう!」

斉藤「だって、本当なんだよ」

山田「嘘だ! 絶対嘘だ!」

斉藤「じゃあ、何でだと思ってんだよ。何でみんな連絡してこなくなるんだよ?」

山田「そんなの、わかりきってるだろ!」

斉藤「……何?」

山田「俺に決まってるじゃん。俺が女の子に好かれるわけないじゃん」

斉藤「え……」

山田「中学の時、クラス全員の女子が、『山田は汚いから近づくな』って。『山田はくさいから教室に入ってくるな』って、休み時間に教室から締め出された……。俺、くさいか? なあ、俺、汚いか?」

間。

斉藤「くさくないよ。汚くないよ」

山田「いや、くさいんだよ。汚いんだよ。だから、みんな俺から離れてくんだよ」

斉藤「そんなことないよ! お前はくさくないよ!」

山田「じゃあ、においかいでみろよ!」

斉藤「え?」

山田「ちゃんとにおいかいでみろよ! くさくないんだろ!」

斉藤「くさくないよ」

山田「だから、ちゃんとにおいかいでみろよ!」

斉藤「え、においを?」

山田「早く!」

斉藤、山田に近づいてにおいをかぐ。

斉藤「……うん、大丈夫」

山田「もっといろんなとこのにおいをちゃんとかげよ!」

斉藤「あ、うん」

斉藤、山田の体中のにおいをかぐ。

斉藤「……うん、大丈夫」

山田「何でケツのにおいかがないんだよ」

斉藤「はあ?」

山田「何でケツのにおいかがないんだよ!」

斉藤「いやだよ! 何でケツのにおいなんかかがなくちゃなんないんだよ!」

山田「やっぱりくさいんだ。くさいからにおいかげないんだろ」

斉藤「そんなことない! かげる」

斉藤、山田のケツに顔を近づける。

斉藤、一瞬顔をしかめる。

山田「やっぱりくさいんだ!」

斉藤「くさくないよ! もう、いい! 美香ちゃんに聞いてみろよ! くさいかくさくないか!」

山田「だから、連絡つかないんだよ」

斉藤「俺がちゃんと聞いてやるよ。何で連絡とれなくなったのか。この部屋に幽霊がいるから、それが怖いから連絡してこないんだってこと、ちゃんと聞いてやるからさ」

山田「電話しても出てくれない」

斉藤「俺の携帯からかければ出るんじゃないの? お前の番号だったら出ないけど、知らない番号からかかってきたら、出るんじゃないの?」

山田「無理だよ」

斉藤「試しにかけてみる」

山田「無理だって」

斉藤「電話番号教えろよ。早く」

山田「いやだ!」

斉藤「何でだよ! 俺がちゃんと聞いてやるから!」

山田「いやだ! 電話なんてしても無駄だよ!」

斉藤、山田のポケットから無理矢理携帯を取る。

山田「返せよ!」

斉藤「やだよ。電話する」

斉藤、アドレス帳を見て、美香の携帯番号をみつける。

斉藤、自分の携帯で電話をかける。

山田「やめろ! やめろって言ってんだよ!」

斉藤、山田をふりはらって、電話をする。

斉藤「(電話に)あの、もしもし、美香さん……。はい……。あの、僕は、あの、美香さんの友達の山田の友達で、美香さんとお話したいんですけど、美香さんは……」

斉藤、電話の声に驚きの表情。

斉藤「(電話に)あの、何でですか? 何で……」

間。

斉藤「(電話に)そうですか。はい。ええ……」

斉藤、電話を切る。

斉藤「美香ちゃんの他に二人いるって言ったよね? この部屋に来た女の子。名前は?」

山田「麗子ちゃんと、和美ちゃん」

斉藤、アドレス帳を調べる。

斉藤「三上麗子さん?」

山田、うなずく。

斉藤、電話をかける。

間。

斉藤「(電話に)あの、三上麗子さん……。え……、そうですか。いえ、いいです。すみません」

斉藤、電話を切る。

斉藤、再びアドレス帳を調べる。

斉藤「和美ちゃんは? 西脇和美?」

斉藤、山田の返事を待たずに電話する。

間。

斉藤「(電話に)あの、西脇和美さん……。そうですか。わかりました。失礼します」

重たい間。

斉藤「三人とも、本人が出なかった。出たのは、本人のお母さん。友達から電話がかかってくるかもしれないから、しばらく携帯は解約しないでおいてるって。三人とも、三人とも、死んだんだよ」

山田、突然、泣き出して、台所へと消える。

斉藤「山田!」

斉藤、亡霊を睨みつける。

斉藤「何したんだよ! お前、三人に何したんだよ! お前、自分が好きな女にふられたからって、関係ない女の子まで殺す事ないじゃないかよ! 山田の彼女だぞ! 恨むんだったら、お前のことふった女を恨めばいいだろ! 何で関係ない女の子を……。(奥の部屋の山田に)山田、美香ちゃん、殺されたんだよ! 美香ちゃんだけじゃない、麗子ちゃんも、和美ちゃんも、三人とも……」

斉藤、亡霊につかみかかって、

斉藤「出てけ! お前、消えろよ! あの世かなんか知らないけど、どっか行けよ!」

亡霊、堪えかねた様子で、

亡霊「離せよ!」

斉藤、驚いて、

斉藤「しゃべった!」

亡霊「いい加減にしろよ! 黙ってりゃいい気になりやがって!」

斉藤「『いい加減にしろ』はこっちのセリフだろうが! 三人も殺しといて!」

亡霊「はあ? 誰が殺したって?」

斉藤「お前だよ! お前が殺したんじゃないかよ! 三人も! 何で殺したんだよ! 自分が女にふられたからって、山田の彼女のせいじゃないだろ! 何で関係ない人を殺すんだよ! 幽霊っていっても、ちょっと前まで生きた人間だったんだろ! 死んで幽霊になったら、人の心もなくなっちゃうのかよ!」

亡霊「あのさ、ちょっと待てよ。落ち着けよ」

斉藤「落ち着いてられるかよ! お前、まさか山田のことも殺すつもりじゃないだろうな?」

亡霊「何で俺があいつを殺すんだよ! それに、その女三人も、俺が殺したんじゃねえぞ!」

斉藤「嘘だ!」

亡霊「嘘じゃねえよ! 何で俺が知らない女を三人も殺さなくちゃなんないんだよ!」

斉藤「お前が殺したとしか考えられないだろうがよ! 自分が女にふられたからって!」

亡霊「何でそれ知ってるんだよ!」

斉藤「不動産屋から聞いたんだよ。女にふられたからって、死んで幽霊になるなんて、未練がましいんだよ! さっさとあの世へ行けよ!」

亡霊「俺だって、好きで幽霊になってるんじゃないんだぞ。どうやったらあの世に行けるかわかんないんだよ!」

斉藤「何でもいいから、早く出て行けよ! 今すぐ! 人殺し!」

亡霊「俺じゃないぞ。山田だよ!」

間。

斉藤「はあ?」

亡霊「山田だよ。山田が殺したんだよ。三人とも」

斉藤「お前、何言ってんの?」

亡霊「あいつが殺したんだよ。 ふられた腹いせに」

斉藤「いい加減なこと言うなよ」

亡霊「いい加減じゃねえよ。お前もあいつに殺されるんじゃないのか?」

斉藤「はあ? 何で俺が殺されるんだよ」

亡霊「だって、考えてみろよ。殺された三人の女の子、何の接点も無いんだぞ。唯一ある接点は、あいつだけだよ。山田だけだよ。お前はそのことに気付いちゃったんだから。山田と付き合ってた女の子が全員殺されてる。そのことをお前が警察に話したら、あいつはすぐに逮捕されるよ」

斉藤「何をさっきから言ってんだよ? いい加減なつくり話ばっかりしやがって!」

亡霊「だいたい、おかしいと思わないか? あんたさ、さっきから普通に俺の声が聞こえてるだろ?」

斉藤「聞こえてる」

亡霊「幽霊の声が聞こえるのは、死ぬ間近の人間だけなんだよ」

斉藤「死ぬ間近の人間? どういうこと? 俺が? 俺が死ぬ間近だってこと? だから幽霊の声が聞こえるの? はあ? 何言ってんの? 何言ってんだよ! さっきからウソばっかりいいやがって!」

山田が戻ってくる。

斉藤「山田! こいつが美香ちゃんたちを殺した……」

不意に山田が隠し持っていたバットを振り上げ、斉藤めがけて振り下ろす。

斉藤は、間一髪でそれを交わす。

間。

斉藤「ええええ! お前、何? もしかして、俺のこと殺そうとしたの?」

山田「そんなわけないじゃん。ちょっとバッティング練習」

斉藤「いやいやいや、おかしいじゃん!」

山田「バッティング練習だって!」

山田、再びバットを振り上げる。

斉藤、逃げ惑う。

追いかける山田。

(暗転)

明転すると、山田が部屋を掃除したりしている。

山田の後ろで、斉藤と亡霊が並んで無表情に立っている。

山田には、二人の姿が見えていない様子。

インターフォンが鳴る。

山田、玄関へ来客を迎えに行く。

若い女を連れて玄関から戻ってくる山田。

若い女、亡霊の姿を見て、叫び声を上げる。

山田「ちょっと待ってよ! どうしたの!」

若い女を追いかけていく山田。



                      (完)

 
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