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女優、派遣します。
作 辻野正樹
 


町野浩一

市川陽子

杉村道雄

橋本京介

三橋久子


○事務所の一室

町野浩一(30代)と、市川陽子(30代)が椅子に座って向き合っている。

町野は、履歴書を見ている。

陽子、緊張しておどおどしている。

町野「ええと、お住まいは、中野区で、出身は、大阪。ああ、関西なんですね」

陽子「はい。そうなんです。よく、『都会的な雰囲気がするから生まれも育ちも東京だと思った』なんて言われるんですけど、大阪の出身なんです」

町野「そうなんですか。あんまり普段は関西弁は出ないですか?」

陽子「はい。あの、女優ですから、演技をする時にちゃんとしたイントネーションでしゃべれるように、普段から関西弁が出ないように気をつけてるんです」

町野「なるほど。でも、関西弁がしゃべれるっていうのも、女優さんとしては、一つ強みですからね。やっぱり関西人じゃない人が関西弁の役をやっても、なんか違うでしょう?」

陽子「そうなんですよね。だから、私は、ちゃんと関西弁もしゃべれますから。関西弁の役が来ても、大丈夫なんです。『うち、関西弁、しゃべれまっせー』」

町野「あ、はあ……」

陽子「うち、めちゃめちゃ関西弁しゃべれまっせー!」

町野「はい、わかりました」

陽子「うち、めちゃめちゃ……」

町野「もういいですよ。特技は、ダンスですか」

陽子「はい。あの、ずっとダンスのレッスン受けてましたんで」

町野「ちょっと踊ってもらってもいいですか?」

陽子「え、今ですか?」

町野「あ、ダメですか。ごめんなさい。別にいいですよ」

陽子「いえ、踊ります。踊らせてください」

町野「そうですか。じゃあ……」

陽子「(小声で)ワン、ツー、スリー、フォー……」

陽子、ずっと小声でカウントを数えたりしているが、なかなか踊り始めない。

陽子「(小声で)ワン、ツー、スリー、フォー」

なかなか踊り始めない。

町野「あの……」

陽子「(小声で)ワン、ツー、スリー、……違うな……」

町野「あの、もういいですよ」

陽子「あああ! ごめんなさい。ちょっと頭の中でイメージしないと踊れなくて」

町野「そうなんですか」

陽子「もう一度チャンスをください!」

町野「あ、いえ、別にいいですよ」

陽子「あの、私、ずっとオーディションに落ちてばっかりで、前の事務所もクビになっちゃったんです。ここの事務所に入れなかったら、もうあきらめて実家に帰ってこいって両親が……」

町野「はあ。じゃあ、いいですよ。踊ってください」

陽子「ありがとうございます! じゃあ……」

陽子、再び小声でカウントを数えるが、なかなか踊りださない。

町野「あの……」

陽子、小声でカウントを数えて、わずかにステップを踏む。

間。

陽子「どうですか?」

町野「どうですかって……。いや、よかったと思いますよ」

陽子「ありがとうございます!」

町野「年齢は、24歳……。(もう一度履歴書を確認して)24歳?」

陽子「はい」

町野「24歳ですか?」

陽子「はい。24歳です」

町野「24歳?」

陽子「はい」

間。

町野「あの、あれですよ。うちの事務所って、アイドル事務所じゃないから、若ければいいって感じでもないんですよ。どっちかっていうと30代の女優さんの方が仕事がくるんですよね」

陽子「(くい気味に)32です!」

町野「え、24歳って……」

陽子「32歳です! 32!」

町野「ああ、履歴書に……」

陽子、無理矢理履歴書を奪って、ツバをつけた指でこする。

陽子「年齢のところがにじんじゃってるけど、32歳って書いてあったんです」

町野「はあ……」

陽子「他に、何すればいいですか?」

町野「他にと言いますと?」

陽子「ダンスは踊りましたし、演技のオーディションとか、あと、水着審査もあるかもしれないと思って、一応水着も持ってきたんですけど……」

町野「いや、大丈夫ですよ。水着審査とかないですから」

陽子「じゃあ、演技の審査をしてください」

町野「いや、もういいですよ」

陽子「え、そんな! お願いします! まだ、ちょっと面接しただけじゃないですか! そんなんで私のことダメだって決め付けないでください。演技が自信あるんです! お願いします。」

町野「いや、いいですよ。大丈夫。演技は、この履歴書みたら、いろんな養成所とかに通って勉強されてるんでしょう?」

陽子「そうなんです。劇団の養成所に二年通いましたし。事務所の養成所にも行ってたんです。だから、演技には自信があるから、演技の審査だけでも……。私、芝居をしたら、役が乗り移ったみたいに芝居をするってよく言われるんです。私、本当に、自分がその役になりきることが出来るんです。本当なんです」

町野「いや、大丈夫ですよ。合格ですから」

陽子「え? 何ておっしゃいました?」

町野「合格です。うちの事務所の所属タレントになってください」

間。

陽子「えええ! 本当ですか?」

町野「はい」

陽子「やった。やった! ありがとうございます!」

町野「よろしくお願いします」

陽子「こちらこそ、よろしくお願いします! うれしい! やった! あの、レッスンとかはあるんですか?」

町野「レッスン?」

陽子「はい。レッスン」

町野「何のレッスンですか?」

陽子「え、演技のレッスンとかですけど、いつも事務所に入っても、レッスン料を払って、レッスンを受けさせられたんですけど」

町野「ああ、そういうのは無いですよ」

陽子「え、無いんですか? レッスン料とか払わなくていいんですか?」

町野「いいですよ。レッスン無いですから」

陽子「え、じゃあ、お金は?」

町野「お金って?」

陽子「お金、払わなくていいんですか?」

町野「いいですよ。お仕事してもらうんだから、こちらがあなたにお金を払うんですよ」

陽子「ええ! 嘘みたい! 今まで、事務所に入っても、お金ばっかり払わされてたんで。じゃあ、あの、事務所はどうやってお金を稼ぐんですか? 所属タレントからお金を巻き上げないで、どうやって稼ぐんですか?」

町野「へんなこと言いますよね。タレントさんにお仕事してもらって、お金を稼ぐんですよ」

陽子「ええ! でも、私、今までオーディションとか受かったこと無いんです。だから、仕事するっていっても……」

町野「いや、大丈夫ですよ。仕事は結構入ってきますから」

陽子「ええ! そうなんですか? すごい! 私でもお仕事できますか?」

町野「もちろんですよ。今も、うちの所属タレントが、仕事に行ってるところなんですけど……。(時計を見て)あれ、遅いな。もうそろそろ帰ってくるころだと……」

杉村道雄(20代)が帰ってくる。

杉村「戻りました」

町野「ああ、お疲れ様」

杉村「いやあ、たいへんっしたよ」

町野「(杉村に、陽子を指して)こちら、市川陽子さん。新しくうちのメンバーに加わってもらったの」

陽子、立って、

陽子「あの、市川陽子です。よろしくお願い……」

言いかけて、杉村の顔を見ると、幽霊のメイクをしている。

陽子「えええ!」

町野「何でそのまま帰ってきたの?」

陽子「メイクですよね?」

杉村「メイクっすよ。メイクに決まってんじゃないっすか」

陽子「幽霊の役だったんですか」

杉村「そう」

町野「何でメイク落としてこないの?」

杉村「だって、メイク落としてるとこ、誰かに見られたらまずいじゃん」

町野「市川さんが驚いちゃうじゃん。ごめんなさいね。驚かせて」

陽子「いえ、でも、立派だと思います。役者は夢を売る仕事だから、素顔をさらさないってことですよね?」

杉村、メイクを落としながら、

杉村「結構幽霊やってくれって仕事が最近多いんすよ。よくあるのが、マンションの隣の部屋の奴がうるさいから、出てって欲しいって時とかなんすけど」

町野「あ、杉村くんさ……」

陽子「マンションの隣の?」

杉村「そう。よくいるじゃん。夜中なのに、大きな音で音楽聴いたり、友達呼んできて夜中まで大声で騒いだりするやつとか」

陽子「はあ」

杉村「そういう奴に、出て行って欲しいって思っても、大家さんに告げ口とかしたら、逆恨みされるかもしんないじゃん。だからって、出て行くように直接嫌がらせなんかしたら、自分が警察に通報されるかもしれないじゃん」

町野「あのさ、杉村君さ……」

杉村「だから、幽霊を雇うんだよ」

陽子「どういう意味ですか?」

町野「あのさ、杉村君!」

杉村「何すか?」

町野「(小声で)まだ、市川さんにちゃんと仕事のこと話してないんだよ」

杉村「え、ああ、そうなんすか? ちゃんと最初に話さないと、ダメですって」

陽子「え、あの、何ですか? 幽霊を雇うってどういうことですか?」

杉村「ああ、だから、出て行ってほしい奴の部屋の前とかに、幽霊のメイクして、俺がボーっと立ってたりするんだよ。そしたらさ、気味悪くなって、出て行くじゃん。警察に通報したりもしないよ。『幽霊が出るんです』なんて警察に言っても、笑われるだけだからさ」

陽子「え、あの……、それは、あれですか? 映画とか、テレビとかの仕事じゃなくて……」

町野「あの、うちの事務所はね、どんな仕事でも受けるっていう方針なんですよ。テレビでも、映画でも、イベントでも」

陽子「今の、幽霊の仕事は……」

町野「イベントですね。まあ、広い意味でだけど」

陽子「広い意味で……」

杉村「イベントの仕事しかやったことないけどな、俺……」

町野「そんなことないだろ! こないだテレビの仕事やったじゃないかよ」

杉村「それは、俺がバイトしてるカレー屋にラーッシャー板前が来て撮影したってだけじゃん。ここの事務所関係ないし」

陽子「あの、所属のタレントさんって、他には……」

杉村「俺だけだよ」

陽子「え、一人だけですか?」

町野「いや、あの、こないだまで他にも何人かいたんですよ。女優さんが。で、結構、仕事いっぱいしてたんだけど……」

杉村「イベントの仕事ね」

町野「みんな他の事務所に移るっていって、やめちゃって」

杉村「まあ、そりゃそうだろう。俺だってさ、本当は、ちゃんとした役者になりたくてさ。劇団とかにも入ってたんだよ。舞台で幽霊の役をやったことがあってさ。マンションの一室に、失恋して自殺した幽霊がとりついてんの。その部屋の住人は、幽霊が全然見えないんだよ。霊感がないから。だけど、その住人に彼女が出来るだびに、彼女が幽霊にびっくりして逃げてっちゃうって話」

陽子「はあ、その幽霊の役をやったんですか?」

杉村「そう。その芝居を、(町野を指して)社長が観に来ててさ、スカウトされたの」

町野「丁度、幽霊の仕事の依頼が入ったところだったんでね。杉村君の幽霊役、完璧だって思って」

杉村「俺は、事務所にスカウトされるなんて、はじめてだったから、うれしくて、すぐオーケーしちゃってさ。事務所に入ったらテレビとか映画の仕事が出来ると思ってたんだけどさ……。早まったよな……」

町野「そんなこと言うなよ。市川さんの前で……」

陽子「あの、私、ちょっと考えさせていただいていいですか」

町野「ええ! 考えるって何を?」

陽子「いや、だから、あの、ここの事務所、私にあってるのかどうかって……」

町野「ちょっと待って、大丈夫だよ。仕事はいっぱいあるんだからさ。いや、前にいた女優も、いっぱい仕事してたんだよ」

陽子「仕事って、幽霊になるんですか?」

町野「幽霊だけじゃないよ。女の人だったら、別れさせたい夫婦がいるとするじゃないですか。その奥さんのところに行って、『私、だんなさんとお付き合いさせてもらってます。おなかの中に子供がいるんです』とかいうんですよ。そうしたら、一発で離婚に追い込めるんですよ」

陽子「なんか、そういうの、女優の仕事じゃないと思うんですけど」

町野「何言ってんの、こういうのは、ちゃんとした演技力がないと出来ないことなんだから」

陽子「でも、なんかあやしい仕事のような気が……」

町野「全然、あやしくないよ」

陽子「他にはどんな仕事がくるんですか?」

町野「こないだの仕事は、依頼主のお母さんが、病気で、もう長くないんですよ。それで、お母さんは、息子さんが結婚して子供が出来て幸せになる姿を見ないうちは死んでも死にきれないって言ってんのね。それで、うちの女優が恋人の役をやって、お母さんの病室に行って、『お母さん、私、たけしさんと結婚させてください。おなかの中にはもう赤ちゃんがいるんです』って言って、芝居をしたの」

杉村「あれは、かなりうまくいったらしいっすよ。お母さん、涙流しちゃってさ、『これで安心してあの世へ行ける』とか言ったんだって」

町野「それからすぐに、本当に安心してあの世に行っちゃったらしいよ」

陽子「ええ、でも、騙してますよね」

町野「あと、お年寄りの家に行って、『私、息子さんにもてあそばれて、妊娠したんです。中絶したいからお金払ってください』っていうの」

陽子「それ、犯罪じゃないんですか! しかも、妊娠した設定ばっかり! 私、やっぱり帰らせてもらいます」

町野「待ってって! お願い。実はさ、もうすぐクライアントがくるんだよね。市川さんに仕事してもらいたいんですよ」

陽子「はあ? 私が仕事するんですか?」

町野「そう。本当は、前にいた女優さんにやってもらおうと思ってた仕事なんだけど、みんなやめちゃったからさ。実は、昨日まで一人まだ残ってたんだけど、その人も急にやめちゃって」

杉村「昨日やめちゃった女優さ、妊娠した役ばっかりやってたら、本当に妊娠しちゃって。で、相手の男、同棲してたんだけど、間が悪い事に、会社を急にクビなっちゃったんだって。それで、もう、男に頼れないから、自分一人で子供を育てますっていって、どっかに行っちゃったの」

町野「だから、市川さんがやってくれなかったら、この仕事、出来る人がいないんですよ」

陽子「あやしい仕事なんじゃないんですか? 私、ちゃんとした女優の仕事がやりたいんです」

杉村「今日の仕事って、どんなんすか?」

町野「恋人役だよ」

陽子「恋人役?」

町野「そう。依頼者が、ストーカーぽい女に付きまとわれてるらしいんですよ。だから、ちゃんと恋人がいるってところを見せて、あきらめさせようって」

陽子「そんなの出来ません!」

町野「そんなこと言わないでさ、女優の実力見せてくださいよ」

陽子「無理です」

杉村「結構ギャラがいいんだよ」

陽子「え、そうなんですか?」

杉村「俺の今日の仕事なんて、1時間くらいボーっと立ってるだけで1万五千円だよ」

陽子「ええ! そうなんですか? ……私、実は、こないだレストランのバイトをクビになって、お金に困ってるんです」

町野「なんか、クビになってばっかで大変だね」

陽子「私、何やってもうまくいかないんです。だから、バイトでも失敗ばっかりして……」

杉村「じゃあ、やった方がいいんじゃん、この仕事」

陽子「でも、恋人役って、自信ないんです」

町野「何で?」

陽子「あの、実は私、恋愛経験がすごく少ないんです」

杉村「でもさ、女優なんだからさ、キスシーンの仕事とか来たらやらなくちゃなんないんじゃん」

陽子「そうですよね。私、女優なんだから、頑張ります!」

町野「頑張りますって、別に今日の仕事はキスなんかしなくていいですよ」

陽子「あ、ああ! そうですよね。びっくりした。私、実は、プライベートでもキスしたことないんです」

杉村「ええ! マジで?」

陽子「おかしいですか? 私、男性に対して、どうしても積極的になれなくて……」

町野「じゃあ、今日の仕事は、引き受けてもらうってことで大丈夫?」

陽子「いや、ちょっと待ってください。それは、急に言われても……」

杉村「やっちゃいなって」

陽子「だけど、やっぱり無理です。私、テレビとか映画の仕事がしたいんです。そういうあやしい仕事は無理です。ごめんなさい!」

陽子、部屋を出て行く。

町野「あ、ちょっと、市川さん!」

町野、追いかけようとする。

外で、陽子と男の声が聞こえる。

男の声「あんた、女優さんでしょ? 俺、橋本です。仕事を依頼していた」

陽子の声「いや、でも、私は違うんです」

男の声「急いでるんで、今からお願いしたいんです」

陽子の声「はあ、どういうことですか?」

橋本京介(30代)、陽子を引っ張って入ってくる。

橋本「あの、電話で仕事を依頼していた橋本です」

町野「ああ、どうも、橋本さん。打ち合わせにいらっしゃるの、明日のはずじゃ……」

橋本「急を要するんです。追いかけられてるんですよ。女に! やっとここまで逃げてきた」

町野「え、その女性はどちらに?」

橋本「僕の家に、いきなりやってきたんだけど、逃げてきたんです。だから、今も僕んちで待ち構えてるんですよ」

三橋久子(20代)がいきなり入ってくる。

久子「ごめんなさい。追いかけてきちゃった」

橋本「えええ!」

久子「橋本さん、何で逃げるんですか?」

橋本「だから、僕、あなたと、お付き合いするとか、恋人になるとか、そういうつもり全然無いんですって」

久子「嘘よ。合コンではじめて会ったとき、『あなたみたいな素敵な人に初めてあった』って言ってたじゃない」

橋本「そりゃ、言いましたよ。顔は美人だし、素敵だって思いましたよ。だけど、付き合うなんて言ってませんよ。なのに、勝手に僕の家を調べたり、会社まで押しかけてきたり、やることがおかしいですよ。そんな人と付き合えるわけないじゃないですか!」

久子「付き合ってみれば、私のこと好きになると思うんです。だから、一度付き合ってくださいって言ってるんです」

橋本「だから無理ですって! 僕は、付き合ってる人がいるんです!(陽子の腕をつかんで)ほら、この人!」

陽子「えええ!」

橋本「この人と付き合ってるの! この人のことが好きなの! だから、俺のことはあきらめてください。三橋さん、美人だから、きっと俺なんかよりいい男がみつかるよ!」

陽子「あ、あの……」

久子、陽子をにらみつける。

久子「本当なんですか?」

陽子「あ、はあ……あの……」

橋本「僕と、この人は愛し合ってるの! だから、君はおよびじゃないんだよ! 僕らの愛の邪魔しないでください!」

久子「そんな見え透いた嘘つかないでよ」

町野「嘘じゃないですよ。彼と彼女、陽子さんは、付き合ってるんです。愛し合ってるんですよ。だから、あなた、彼の幸せを望むんだったら、身を引くべきじゃないですか?」

久子「嘘よ! こんなブスのこと好きになるわけないじゃない!」

陽子「ブ……ブス?」

橋本「俺、ブス専なの! あんたみたいな美人より、こういうブスが好きなの!」

陽子「ひ、ひどい……」

久子「信じられない!」

橋本「本当に俺はこの人と付き合ってるの!」

久子「だったら、ここでキスしてみてよ」

橋本「はあ? 何言ってるの?」

久子「付き合ってるんだったら、キスくらい出来るでしょ!」

橋本「ああ、出来るよ!」

陽子「えええ!」

橋本、陽子にキスしようとする。

陽子「あの、ちょっと待って、あの……」

橋本、陽子に無理矢理キスする。

陽子「(苦しんで)んんんん!」

橋本「(久子に)ほら! キスくらい出来るよ! 愛し合ってるんだから」

陽子、ショックで倒れる。

久子「くやしい!」

久子、突然泣き出す。

陽子「あ、あの……」

久子、泣きじゃくる。

鞄の中から、ハンカチを出して、涙を拭く。

次に、鞄の中からなにやら取り出す。取り出したものはナイフ。いきなり、陽子にナイフを振り上げて襲い掛かる。

かわす陽子。

陽子「ええええ!」

久子「殺す!」

久子、再びナイフを握って、陽子に襲い掛かる。

陽子「ハッ!」

陽子、ナイフを手刀で払い落とす。

久子「やるな!」

陽子、鞄の中から新しい武器(ヌンチャク?)を取り出す。

久子「殺す!」

町野たち「うわああ! やめろ!」

久子、武器を持って陽子に襲い掛かる。

陽子「ヤッ!」

陽子、手刀で武器を払い落とす。

久子「チクショウ!」

久子、また鞄の中から何かを取り出す。取り出したものは拳銃。

陽子「ちょっと!」

町野「やめなさい! バカなことするなよ!」

杉村「(橋本に)あんた、止めろよ! 何とかしろよ!」

橋本「そんなこと言ったって……」

杉村「どうせ偽物だろ? そんな拳銃なんかもってるわけないんだから」

久子、いきなり発砲。

全員「うわああ!」

全員、方々に逃げ回る。

久子、陽子を追い詰める。

陽子「何で拳銃なんか持ってるんですか!」

久子「もしかしたら橋本さんと心中しなくちゃなんないかもって思って、買っておいたの」

町野「そんなもの、どこで買うの?」

久子「今、ネットで何でも買えるんですよ」

町野「とにかく落ち着いて!」

久子「ダメです。私、感情のコントロールが効かないタイプなんです」

杉村「うわああ!」

杉村、必死で久子の腕をつかみ、拳銃を奪い取る。

町野たちも、久子を取り押さえる。

久子「離せ! 離せ!」

町野「ダメだ、縛っておこう。手に負えないよ」

杉村、ロープで、久子の体を縛る。

久子「チクショウ! 死んでやる!」

町野「やばいよ! 舌噛む気だよ!」

杉村、タオルで久子の口に猿ぐつわする。

橋本「本当にすみません」

杉村「かんべんしてくれよ」

町野「どうします? とりあえず今は縛ってるから安心だけど、いつまでも縛っておくわけにもいかないですよ」

杉村「警察よべばいいじゃん」

橋本「ダメですよ。警察なんかよんでも、ずっと刑務所に入れといてくれるわけないんだから」

杉村「じゃあ、どうすんだよ」

橋本「ああ、もう、俺、どうしていいか全然わかんないです」

陽子「あの、(久子に聞こえないように小声で)あの、私が恋人役やる作戦は完全に失敗してるんじゃないですか?」

町野「大失敗ですね」

杉村「ああいう人は、好きな男に恋人がいるからって、あきらめるタイプじゃないんだよ」

橋本「じゃあ、どうしたらいいんですか?」

町野、久子を隣の部屋へ連れて行く(?)

町野「橋本さんのことを、あの人が嫌いになるように仕向けるとか」

橋本「どうやって?」

町野「わかんないけど、何かあの人が幻滅するようなことをするんですよ。そしたらあの人の橋本さんに対する気持ちも冷めるでしょう?」

橋本「なるほど……」

(アドリブ)久子が幻滅するようなことを橋本がするが、まったく効果がない。

杉村「全然効かないな」

町野「いいこと思いついた。いっそのこと、橋本さんに死んでもらうんですよ」

橋本「死ぬ? 僕がですか?」

町野「死ぬっていっても、本当に死ぬわけじゃないですよ。芝居をするんですよ」

橋本「芝居?」

町野「そう。市川さんが、(拳銃を指して)あれで、橋本さんを撃ち殺すんです」

陽子「私がですか?」

町野「そう。これは、高度な演技力が必要になりますよ。市川さんは、橋本さんの心から愛してるんですよ。だけど、恋敵の(久子を指して)あの人が現われた。だから、ショックを受けて、橋本さんを拳銃で撃ち殺してしまうんです」

陽子「わけがわからないです」

町野「だから、そういう芝居をするんですよ。で、拳銃を発砲する。もちろん、わざとはずすんですよ。だけど、橋本さんは、弾があたって、撃ち殺されたっていう芝居をするんです。橋本さんが撃ち殺されるのをこの目で見たら、さすがにあの人もあきらめるでしょう」

陽子「そんなの、うまくいくと思えません。だいたい、私、もうこの仕事やめたいんです。帰らせてください」

橋本「そんなこと言わないでください! お願いしますよ! あなただけが頼りなんです」

陽子「でも……」

町野「市川さん、あなた、女優なんでしょう? 役になりきることが出来るんでしょう?」

陽子「……はい」

町野「あなたの演技力にかかってるんですよ」

橋本「お願いします!」

陽子「わ……わかりました」

橋本「ありがとうございます!」

町野「じゃあ、あの女の人連れてきますから、市川さんは、橋本さんに『他に女がいたなんて許せない!』みたいなことを言って、拳銃を撃つんですよ」

陽子、拳銃を握って、

陽子「……はい」

町野、久子を連れに行く。

陽子「(小声で自分に言い聞かせるように)私は女優よ。私は女優よ……」

町野、久子を連れてくる。ロープや猿ぐつわをほどく。

久子「拳銃、返してよ」

陽子「ダメよ。私、あなたよりも橋本さんのことを愛してるのよ」

久子「うそよ、そんなの。拳銃返してよ!」

陽子「(橋本に)あなた、私のことだけを愛してくれてると思ってたのに、(久子を指して)こんな女が他にいたの?」

橋本「……ごめん」

陽子「ごめんですって? 私とこの女と、どっちを愛してるの? 私は、あなたのことだけを愛してるのよ! あなた、私と一生一緒にいてくれるって約束したわよね? なのに、他に女がいたの? 許せない!」

久子、橋本に拳銃を向ける。

橋本「やめてくれ!」

陽子「ダメよ! あなたは私のもの! あなたが、他の女も愛するというなら、私はあなたを殺して、私だけのものにするわ!」

橋本「やめてくれ!」

陽子、引き金を引く。

銃声が轟く。

倒れる橋本。

久子「きゃあああ!」

陽子「これで、この人は私だけのものよ! この人は誰にも渡さないわ! 私のあなたへの愛は、海よりも深いのよ! 宇宙よりも大きいのよ! 川の流れよりも……すごいのよ! そして、川の流れのようにおだやかに、この身をまかせていたいのよ! そして、川の流れのように……」

陽子、自分に酔うようにセリフをしゃべり続ける。

久子、叫びながら逃げていく。

橋本、まったく動かない。

杉村「なんか、おかしくない?」

町野「あれ、橋本さん、橋本さん……」

橋本、まったく動かない。

町野「橋本さん、もう大丈夫ですよ! あの女は出て行きましたよ! 橋本さん、橋本さん!」

橋本、まったく動かない。

陽子は、声高らかにセリフをしゃべり続ける。



                      (完)

 
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