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リンダリンダリンダリンダ(仮)
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リンダリンダリンダリンダ(仮)
球鹿若久
幕が上がると、薄明かりの中、立っている男6人と女1人。皆、タクシーや電車、バスを待っているかのように並んでいる。タバコを吸う男。男が携帯をかけている。
男
もーしもー・・・もーしーもー・・・あれ
ジロジロ見られる男。
男
あれ、何だっけ・・・あー、あ。もーしーもー・・・ま、いいか
男が拳銃を取り出し撃つ、撃つ、撃つ。倒れていく全員。
男
映画撮りてー
後ろを向く男。タイトル 「リンダリンダリンダリンダ(仮)」。暗転。
≪りんだ≫
明かりがつくと、舞台は、カラオケボックス。磯島快斗がリンダリンダを歌っている。影本平次、船川元太、嶋田新一、杉崎優作、大津博士(ひろし)、前部奈津子もそれに合わせとびはねたり、座りながら調子をあわせている。それをどこか冷めた目で多山光彦が見つめている。
磯島
リンダリンダ〜リンダリンダ〜あーあー! イエーイ!
ハイタッチをする七人。多山は嫌々。
影本
やっぱり盛り上がるねー、リンダリンダは
船川
ベタだけどいいよねー
磯島
そういえば、まだ寺さん来てないね
嶋田
部活の練習終わらないんだって
磯島
顧問も大変だね
大津
杉さー、さっき、痛かったんだけど
杉崎
何
大津
お前、全力でダイブして来たでしょ、結構痛いんですけど
杉崎
リンダリンダはダイブだろー
大津
もう若くないんだから、ダイブとかやめない?
前部
次の人いれてねー
杉崎
リンダリンダといえばダイブだよな
船川に同意を求める杉崎。
船川
え ああ、そうだね
大津
わかるけどダイブは痛いよね。非常識だよね
船川
え、う、うん。そうだね
杉崎
多少痛くてもダイブだろー、ノリだよノリー
船川
確かにね、ノリは大事だよー
大津
だからそんな若くないの僕たちは。ね
船川
う、うん、そうだね
杉崎
まだまだ若いって
船川
うん、若い若い
大津
若くないよ
船川
そうだね
杉崎
若いだろ
船川
そうだね
大津、杉崎
どっちなんだよ
船川
・・・
前部
誰か入れないのー
受話器から呼び出し音、磯島が出る
磯島
はいはーい、あ、延長でー
多山
え、まだ歌うの
磯島
え 解散? あ、やっぱりキャンセル
嶋田
まだいいじゃない
多山
俺、明日仕事なんだよ
嶋田
えーノリ悪いな
影本
あ、僕も仕事がさ
前部
仕事おさめじゃなかったっけ
影本
休日出勤、色々とね
前部
公務員も大変ね
嶋田
じゃあと一時間だけ、いいだろー
多山
・・・ま、いいけど
影本
僕も
磯島
やっぱり延長、一時間で・・・え、もしもーし、もしもーし。あ、聞こえます延長一時間で はい、はいはーい、よろしく
影本
どうしたの
磯島
これ聞こえ辛い
前部
古そうだもんね
嶋田
何歌う? 多山くんいれてないな
多山
僕はいいから
磯島
歌えばいいのに
多山
俺はいい
船川
昔からそうだったよね
磯島
そうだっけ
多山
そうだっけ
船川
・・・そうだっけ
杉崎
本当いい加減だな
大津
本当かわんないよね
船川
・・・
また、呼び出し音。
磯島
はいはーい、はい、え? そうなんですか・・・わかりました。あ、あとで連絡します
受話器を置く磯島。
影本
どうしたの?
磯島
延長だとワンドリンクつくんだって、何か頼む?
杉崎
じゃ、生でいいんじゃねーの
磯島
生でいい? みんなー
大津
勝手に決めんなってー、メニューメニュー
杉崎
俺、生でいい
船川
じゃ、僕も
多山
俺、焼酎ね
嶋田
コークハイある?
磯島
あるよー
嶋田
じゃ、それ
大津
コークハイいいねー、コークハイで
船川
やっぱりコークハイにしようかな
磯島
生キャンセルのコークハイね
前部
私、梅酒ロック
磯島
梅酒ロックと、焼酎は芋、麦?
多山
芋かな。ストレートで
磯島
オッケー
影本
パフェいけますか
磯島
パフェ? 飲み物だよ
船川
パフェいけるの
影本
プリンでもいいんだけど
磯島
だから飲み物だって
影本
飲めなくはない
磯島
君の基準だよね
船川
僕、プリンに変更します
磯島
頼んでみるけど・・・もうわかんなくなったな、生一つにコークハイ二つ、梅酒ロック一つに芋焼酎一つ、パフェじゃなくてプリン二つに・・・
多山
やっぱりカレーいいかな
磯島
飲み物だよっ
多山
カレーも飲み物みたいなもんだよ
磯島
どこがだっ、もう生でいいみんな?
大津
コークハイは譲らないから
影本
プリンもよろしく
磯島
・・・
渋々、注文をする磯島。
影本
トイレ、どこかな
嶋田
トイレなら中だよ
影本
中
嶋田
下手を指してあっち
影本、下手のトイレへ。
前部
中にトイレ?
杉崎
変わってるなー
嶋田
元々ホテルを改造したらしいよ 。ハッピーホテルだっけな
大津
だから、この外観。どピンクだもんね
杉崎
ラブホっぽかったよな
磯島
てかラブホそのもの 回転ベッドないの
嶋田
ないない
磯島
どっかにあるよ、探す? ねえ、探す?
前部
テンション上がりすぎ
大津
発想が古い
杉崎
今時ないから回転ベッド、普通のが多いよ、なぁ
磯島
同意を求められても・・・
大津
そんなにしょっちゅういってんの
杉崎
しょっちゅうじゃない・・・
前部
そーなんだ
杉崎
違う
前部
別にいいけど
船川
確かに回転ベッドは少ないね
大津
え・・・船っちゃんもしょっちゅういってんの
船川
え
磯島
そうなの? そうなの?
杉崎
お前、何の用途で行ってんだ
船川
どういう意味
大津
だって船っちゃんがその用途で行くとは・・・ねぇ
杉崎
どう思う
磯島
え・・・コメントし辛いね
船川
どういう意味だよっ
杉崎
そういう意味だよっ
船川
・・・
磯島
そんなことより、この間さ、怖いことがあって
船川
・・・
大津
何なに?
磯島
高速道路を走ってたら、何か音がしてさ、ギー、ギーっていう
杉崎
何だ、それ
磯島
道が悪いのかななんて話しててさ、でも音が全然やまなくて、ヤバイなってなって、しばらく走ってたらハンドルまで
多山
パンクしたんだね。危なかったね
磯島
・・・(無視して)で、ハンドルまでとられて路肩に必死の思いで止めたらタイヤから煙が
多山
だからパンクだよね。怖かったね
磯島
・・・(無視して)で、路肩に止めて、車がビュンビュン走る中、結局自分で交換したっていう話をしようとしてるのに、何故先にオチを言うんだ!
多山
え、自分で交換したら怖いよね。え? 何か怒ってる?
磯島
人の話のオチを先に言うなんて鬼畜にも劣る所業だよ!
多山
え? 何で怒ってるか全然わからない
磯島
君は昔からそうだ!
多山
何を怒ってるの?
杉崎
さあ
大津
多山くんらしいね
前部
ねー
上手のドアがガチャガチャと鳴る。
嶋田
あ、来たみたい
磯島
早っ
嶋田
・・・
全員
・・・
奇妙な間。どこか白々しい雰囲気。
嶋田
今、開けまーす
ドアを持つ嶋田。かなり力を入れて何とか開ける。
磯島
あ、俺が
嶋田
いいよ俺が
磯島
あ、でも
嶋田
俺がやる・・・すみません。建付け悪いみたいっすね。はいはいどうもーありがとうございます
嶋田が飲み物を受け取り、テーブルに置く。嶋田がドアを閉める。
磯島
・・・
嶋田
建て付けやばいな、ここ
杉崎
古いとこ選ぶからだよ
嶋田
安かったんだよ
影本が戻ってくる。
影本
お風呂まであったよ、ここ何?
磯島
ラブホだったんだって
影本
やっぱそうか、外観やばかったもんねー
嶋田
まぁまぁ、もう一回乾杯しよ
磯島
コークハイ二つがー嶋さんと大津くんね、梅酒ロックが奈津子で、芋焼酎が多山くんで、プリン二つが影と船さんで、生は俺と杉
多山
カレーは
磯島
カレーは食べ物、却下!
多山
プリンにしとけば良かった・・・
影本
じゃー再び、我々、雛鳥大学映画研究会一期生の再会を祝って、乾杯!って、プリンで乾杯すんのかーい
磯島
だから生にしとけって言ってるんだ!
杉崎
かんぱーい
乾杯する磯島たち。
磯島
そういえば・・・映研てまだ続いてるって本当?
杉崎
マジで? 十年経ってるよな
影本
本当だよー、最近も部室に顔出したよ
磯島
さすが部長
大津
すごいよねー、俺らの代で作ったところが
影本
年一回の大学祭や地元のショートムービーのイベントとか他にも色々コンテストあったでしょ? あれに応募してるみたい
磯島
結構賞とか取ってるみたいだよ
船川
へぇー
杉崎
すごいよなー
嶋田
覚えてるか? 卒業の時に撮った
前部
あー、はいはい
大津
あれ、大変だったよねー
船川
何だっけ、タイトル
磯島
えー、忘れたのー
多山
君の生、だろ。覚えてるよ
磯島
何だよそれ
多山
君の生だろ?
影本
君の罠だよ、ビールがでてきそうな名前にしないでよ
多山
え、そうだっけ
嶋田
ちょうど雪が降っててさ、列車を追いかけるんだ
大津
あったあった
船川
あったっけ、そんなシーン
杉崎
お前は、お笑い担当だったからな
嶋田
列車のシーン、よーいアクション
演じる皆。
前部
きゃー、この人痴漢
船川
ち、ち、違いますー
磯島
ちょっとこっちへ来なさい
船川
誤解ですからー
磯島
パンツかぶって何言ってんだ!
船川
あ
杉崎
あれはうけたわ
船川
そうだよ、みんな逃げてさ、あ、思い出して来た、本当に駅員が来たんだ・・・
杉崎
電車の中でやったからな
嶋田
リアリティ出すためにね
船川
しばらく解放してもらえなかったんだよ、あれはやばかった、犯罪者になる手前
影本
本当無茶苦茶やってたよね
船川
ゲリラ撮影なんかやるからさー
磯島
だいたい嶋さんがサプライズでやろうとか言うんだいつも
嶋田
いやー、申し訳ない
大津
いいよ、リアリティ出てたし
杉崎
いいって、迫真だったし
船川
良くないよっ、こっちは人生終わるとこだ
杉崎
いい演技してたぜ、連れていかれるとことか
船川
演技じゃないっ
嶋田
ま、それはさておきさ、電車を追いかけるシーンで
船川
・・・
影本
俺が追いかけるんだよね、奈津子が乗った電車を
磯島
じゃ俺、電車やるわ。ガタンゴトンガタンゴトン
船川
じゃ、俺線路
嶋田
線路はいいや
杉崎
線路はいらない
船川
・・・じゃあ
杉崎
痴漢もいいや
船川
痴漢じゃないっ
嶋田
シーン8、よーいアクション
嶋田が手を叩くと、皆が演技を始める。
影本
ハァハァ
前部を追いかけ、走ってくる影本。
影本
待って、待って、俺、お前に伝えたいことが
前部
え
磯島
ガタンゴトン
影本
俺、もっと早く言うべきだった。もっと早くにお前に
磯島
プシュー、ガタンゴトン
磯島がドアが閉まる仕草。
前部
あ、和哉・・・
影本
南〜! 武田和哉は、あなたを愛してます。僕は死にません、貴女が好きだから〜
前部
え、何? 聞こえなーい
船川
嫌だ〜!
船川、駅員から逃げている。影本とぶつかる。倒れる影本。
船川
僕は痴漢じゃないっ
走り去る船川。
磯島
ガタンゴトン
影本
南〜!
磯島
ガタンゴトン
磯島と前部が去る。一人残される影本。
杉崎
今思うと・・・
大津
完全にコメディだったね
TRAINTRAINが流れる。飛び跳ねる杉崎。
大津
だから暴れんなって(演奏中止)
杉崎
おーすまん、ついノリで
磯島
まぁ楽しいじゃない
影本
そういえば今日子供は?
前部
お母さんに見てもらってる。気楽な実家暮らし
影本
大変じゃない、シングルも
前部
慣れちゃった、居ても居なくてもたいしてかわんなかったしね
嶋田
あっという間に結婚したからな
前部
あっという間に別れちゃったけどね
大津
むふふ
杉崎
何だよ
大津
別に
杉崎
うぜーな
大津
ボディブローの様に効くよね
杉崎
うるせーよ
磯島
そう気を落とすなよ
杉崎
はぁ? 何が
多山
杉崎くん
杉崎
何だよ
多山
何で別れたの
杉崎
え
船川
多山くん、ストレート過ぎ
磯島
禁句だよ、禁句
多山
いや、もう七年経つしいいでしょ
杉崎
・・・いやあ
磯島
古傷を広げるなっ
大津
そうだよ、意外と神経質なんだから
船川
結構飲むと荒れるんだから
磯島
マジ?
大津
そうそう、本当ウザいんだから
杉崎
お前な・・・
多山
今時バツイチなんて珍しくないよ、たかがバツイチ、されどバツイチ
杉崎
・・・
船川
やめてよ、また荒れるから
大津
そうだよ、大変なんだからこいつは
杉崎、ジョッキを一気に飲みほす。
杉崎
おかわりっ
大津
あーあ、スイッチ入った
船川
多山くんが責任取りなよ
多山
ああ無理、俺すぐ帰るから
磯島
相変わらずひどいな・・・
前部
何盛り上がってんの
磯島
ちょっと古傷が
前部
え、誰か怪我したの
磯島
ここのケアが(胸を抑え)
前部
心臓?
磯島
いや、そうじゃなくて
前部
肺?気管支炎? 見せてみなさい
磯島
違うってば
嶋田
ちょっとトイレ行ってくる
前部
見せなさい
杉崎
おかわりくれよー
船川
絡み酒はじまった
大津、爆笑。皆もつられ爆笑。
磯島
何やってんだー?
影本
楽しそうだね
嶋田がトイレに去る。皆の笑いが止まる。照明、音楽変わる。
≪りんだりんだ≫
磯島
・・・行きました?
影本
・・・行きました
磯島
戻って来なさそうですか?
影本
たぶん、すぐは
磯島
逃げましょう
多山
無駄ですよ
磯島がドアノブを回すが開かない。
磯島
やっぱり鍵がかかってる・・・くそ、さっきの店員に言えばよかった、助けてくれって
影本
そんなことしたら、また電流が
大津
痛いよね、あれ
杉崎
俺はもうごめんだ、静電気ですら嫌なのに
船川
しばらく痺れ取れないですもんね
影本
取れますかね、これ
と、リストバンドを外そうとする。
船川
取れないですよ、さっきからやってますもん
前部
それに
磯島
それに?
多山
あの・・・
前部
無理矢理取ろうとしない方がいいんじゃないですか、どんな仕掛けがあるかわからないですよ。
杉崎
仕掛けって、さっきみたいに電流とか
影本
それだけじゃなくて
磯島
他に何かあるっていうんですか
影本
私、見たことあるんですよ
杉崎
何を?
多山
あの
影本
映画で、こういうリストバンドでスイッチ押すと爆発したり
磯島
爆発! 爆弾なんですか?
影本
いや、例えばですけど
杉崎
電流だけでも嫌なのに!
多山
あの!
多山に注目。
杉崎
何だよ
影本
何ですか
多山
あんまり大きな声出さない方がいいんじゃないですかね
影本
え?
多山
隠しカメラ仕掛けてあるかもしれないじゃないですか
磯島
隠しカメラ?まさか
多山
この場所はあいつが用意した場所なんですよ、当然そういう可能性だってあります
影本
そういえば、私の見た映画でもそういうシーンが
杉崎
また映画ですか
多山
いずれにしろ一緒ですよ。このリストバンドを取らない限り、我々はここを抜け出せないし、あいつの言うとおり、この訳のわからない芝居を続けなくてはいけない
大津
遠くまで逃げたらどうでしょう? そうしたら電波も届かなくて電流も流れないんじゃ
船川
いいですねー
影本
いや、映画だとある程度距離が離れた瞬間にドカンてなってました!
大津
爆発?
船川
やめて~!
杉崎
もう映画はいいよ!
影本
・・・
前部
どうしたらいいのよ
磯島
・・・彼の目的は何なんですかね
大津
・・・目的
磯島
我々を一週間近く監禁して、何かの要求をする訳でもなく、同窓会の芝居をさせる。明らかに異常じゃないですか
大津
確かに普通じゃないよね
杉崎
異常者の考えてることなんか分かるもんか
磯島
でも、何らかの目的がないとこんな事しませんよね、定期的に食事は与えてくれるし、お金だって取られてないし
杉崎
身代金目的だよ、それしか考えられないだろう
磯島
・・・そうですかね、だとすれば彼はお金の要求を
杉崎
俺たち7人の家族にしてるんだ、この中で金持ちの奴がいるんじゃないか
磯島
僕は売れない役者ですし
大津
俺は広告代理店だから、収入はまぁ一応・・・でも身代金とかないよ
杉崎
俺はローンが
多山
僕も・・・あなたなら。公務員なんでしょ
影本
公務員て言うほどもらってないんですよ
船川
僕は・・・
大津
言わなくていいよ
杉崎
見るからだよ
船川
・・・言わせて!
磯島
彼と面識のある人は
杉崎
あんな奴知るわけない
影本
それにしても、なぜ我々なんでしょう? おかしいですよね。職業とかの設定をそのままに全員が同級生の台本を演じさせるなんて
大津
同い年だからじゃないの、みんな34でしょ
影本
あーなるほど
杉崎
あんたさ、何でさっきから笑ってるの
影本
え、僕
大津
そういえばずっと笑顔よね、こんな状況なのに
影本
あ、気にしないでください。癖なんで
杉崎
癖って何だよ、今がどういう状況かわかってんのかよ
影本
やめてくださいよー
前部
やめなさいよ、そんな場合じゃないでしょ
磯島
すいません。失礼ですけど、あなた・・・子供さんは
前部
私、未婚ですから・・・当然そちらの方とも初対面です
杉崎
・・・
多山
やっぱり
多山は携帯を見ている。
杉崎
何だよ
船川
繋がりました?
多山
全然ダメ。やっぱりここおかしい
前部
地下だからじゃないの
磯島
今時、地下だってつながるよ
大津
みんなダメなの?
首を振る皆。
影山
打つ手なし・・・
杉崎
あーもうやってらんねー!
磯島
もう、訳が分かりませんでした! だいたい、あの日・・・
照明変わる。音楽。突然倒れこむ磯島。ゆっくりと起き上がる。
磯島
うぅ、ここ、どこだ・・・? あの日、目覚めた僕に彼らは言いました
照明変わる。
磯島
痛い・・・いてえ
影本
大丈夫ですか?
杉崎
やっと起きたな、お前、名前は
磯島
磯島、磯島快斗・・・ここは?
船川
それは僕らにもわからない
影本
ここは
杉崎
あいつの用意した場所だから
磯島
あいつ
前部
来た
嶋田が入ってくる。
嶋田
揃ったようですね
磯島
誰?
嶋田
はじめまして、磯島君。嶋田といいます。君達をここに連れてきたのは私です。
磯島
お前が・・・?
嶋田
君たちをここに連れてきた目的、それは・・・映画を撮ってもらうためです。
磯島
映画?
嶋田
いや、正確に言うと撮るのは私。ここには随所にカメラが設置してある。ここで、君たちには私の作った台本を演じていただく。映画を一本撮り終えたら、私は君たちを解放します。
杉崎
嫌だといったら
嶋田
・・・嫌だと言っても
嶋田は、ポケットからスイッチを取り出し、押す。嶋田以外の全員、しびれる。皆の叫び声。
嶋田
帰れません
磯島
自分にいったい何が起こったのか、どうすればいいのか。とにかく、この男に逆らってはいけない。それだけだった。彼の目は常軌を逸していた
嶋田
フハハハハ・・・!フヘヘヘヘフホホ!
磯島
そして思った! 笑い方、変!・・・彼は、僕の正体には気付いてないようだった
照明変わる。磯島と杉崎が立って話しており、他は舞台上からはける。杉崎は磯島の上司を演じる。
磯島
失踪事件?
杉崎
先週末の夜11時頃、バスターミナル周辺で7名の男女が突然行方不明になった。バスを待っていた集団の目撃情報あり。だが、最終バスには誰も乗っていない。防犯カメラに、一人が拳銃で全員を撃ち、そのまま運んでいく映像が残されていた。翌日、被害者たちの家族から捜索届けが出された。
磯島
そのヤマを俺に?
杉崎
君は優秀な刑事だ。そろそろ復帰して欲しい。
磯島
・・・課長、私はまだ
杉崎
現場に、タバコが落ちていたそうだ
磯島
・・・タバコ
杉崎
ピンクパンサー。珍しい銘柄だが、君ならわかるだろう。奥さんとお子さんの事件で落ちていたタバコだ。
磯島
・・・!
杉崎が去る。赤く染まる舞台。サイレンの音。影本がレポーターの役をする。
影本
あちらをご覧ください。ビルが、ビルの一角が爆発により吹き飛んでいます。現場には警察により警戒線が張られ我々はこれ以上近付けませんが、それでも爆発の凄まじさはご覧いただけると思います。あ、今、救急隊がビルの中から重症者を運んでいます。傍にはご家族の方でしょうか? ご家族の方が付き添っています。
担架に患者を乗せ救急隊に扮した船川と大津がやって来る。磯島がその隣にいる。
影本
ご家族の方ですか? ワイドショーのゲスの極みです。あの、お話を
磯島
どけっ!
影本
センテンススプリング!
突き飛ばされる影本。
磯島
陽子、陽美! 大丈夫だ、大丈夫だぞ! 助かる、助かるから!しっかりしろ、しっかりしろ!しっかりしろ!生きろ、生きろ!
走り去る船川たち。取り残される磯島。
磯島
生きろ!・・・・・・過激派による小規模なテロ事件だとマスコミは言った。小規模ってなんだ、僕は誓った。絶対にこの事件を起こした奴を許さない。あの事件からもう1年経つ。僕はあれからずっと日記をつけています。あの日の悔しさを忘れないために。今の僕の原動力、それは犯人への復讐・・・唯一の手がかりは、現場に落ちていた吸殻、ピンクパンサー・・・僕は、行方不明になった被害者たちの足取りを追った、そしてある日、何者かに頭を殴られ気付いたらここにいた。
小暗転。一人佇む磯島。そこに前部がやって来る。他の5人も舞台上に各々居る。
前部
落ち着いた?
磯島
あ・・・あなたは確か
前部
前部奈津子、精神科医よ
磯島
お医者さん。あ、磯島新一です。役者をしてます
前部
役者さん
磯島
売れない三流劇団ですよ
前部
へえ、じゃ、お芝居がうまいのね。だから連れてこられたとか
磯島
いや、違うと思うけど。ここに居る人達は映画関係者とか?
前部
残念だけど、あなたの将来に役に立ちそうな人はいないわね
磯島
皆さんどんな人達なんですか?
前部
あっちに居るのが船川さん。メーカーで施工管理とかしてるって言ってたけど
船川が杉崎、大津と話している。
杉崎
だからうどん派かそば派かどっちなんだよ
船川
僕はどちらかというとそば派で
大津
えーそば派なの
船川
そう見せかけて、うどん派なんです
大津
僕はそば派だね
船川
ええ・・・じゃあそば派で
杉崎
どっちなんだよ、はっきりしろよ
船川
ええ・・・
前部
あんな感じのいじられキャラね。あの笑顔の人が影本さん。市役所に勤めてるみたい。無断欠勤になってるんじゃないかと心配してる。
影本が杉崎に話しかけている。
影本
うちの職場って縦割りなんですよ、休んでても僕の仕事なんて誰もやってくれないんです。こうしてる間にも書類がどんどんどんどん溜まって・・・ああ、どんどん僕の評価が落ちていく。
杉崎
知らないよ、笑ってるのか悲しいのか、どっちなんだよ
磯島
映画の例えの人ですね
前部
そう、で、さっきからキレてるのが杉崎さん
磯島
旦那さんですね
前部
旦那じゃないわよバカ、映画の中よ、しかも元だし。ちゃんと設定わかってる?
磯島
・・・すいません
前部
いいんだけど
磯島
じゃ、杉崎さんとは
前部
完全他人、あんなの全くタイプじゃないから
杉崎、くしゃみを二回。
多山
うるさいな
杉崎
くしゃみ位するだろ
大津
手で押さえなさいよ、手で。ホントにもう
杉崎
・・・わかりました
前部
で、あのオネエ口調が大津さん、広告代理店に勤めてるって。で、イライラしてるのが
磯島
多山さん
前部
そう、IT関係。あの人もここに来てから大分嶋田に反抗してたけど、電流の痛みに耐えかねたみたいね
磯島
出るのを諦めたんでしょうか
前部
大事な商談があるとか言ってたけど、それも数日経ってどうでも良くなったってことかな
磯島
なるほど
前部
あなたは? 誰かと大事な約束とかしてないの、彼女とか、奥さんとか
磯島
・・・いや、僕天涯孤独なんで
前部
へえ・・・なんかごめん
磯島
いえ、気にしないでください。あ、タバコって吸う人いますか
前部
タバコ・・・どうだろう、あたし吸わないから、でもたまに匂いはするわね
磯島
杉崎さんとか?
前部
あの人は禁煙してるから
磯島
え?
前部
あ、そう聞いたの。それが何か?
磯島
いえ、吸う人いたらもらおうかなって
前部
吸うんだ。その割に臭くないわね
磯島
そうですか?
多山
(二人の会話が聞こえていたようで)タバコなら喫煙スペースが奥にある
前部
そうなの?
磯島
あなたも吸うんですか?
多山
いや、僕は吸わない
磯島
・・・
前部
言っとくけど部屋では吸わないでね、寝タバコ厳禁よ
磯島
個室があるんですよね、ここ
前部
そう、ここからは出れないけど、食料や水は十分にもらえる。嶋田の言う通りにしていればね
台本を持って船川が近づく。
船川
何話してるんですか?
前部
別に
磯島
皆さんのことをお聞きしてたんです
船川
へえ、僕のことはなんて?
磯島
いじら・・・
船川
いじら?
磯島
・・・いや、特には
船川
・・・
磯島
それ、台本ですか
船川
覚えないといけないですから
磯島
真面目ですね
船川
まだまだ撮ってないシーンが沢山ありますから
磯島
あなたも映画、お好きなんですか?
船川
あなた、わかってませんね
磯島
え?
船川
考えてみてもくださいよ、ここから僕らが出るにはこの方法しかない。逆らっていいことなんかあるわけがないんだ。あいつにはあの電流がある。僕らはここからこのままだと出られない。つまり・・・僕らは、映画を撮るしかないんだよ、わかった?
前部
いじられキャラのくせに
船川
はい? 何か言いました?
前部
(磯島に)なにか?
磯島
え・・・何も
前部
空耳じゃない
船川
・・・いいです。わかったら台本読み手伝ってください。じゃー11ページいいですか
磯島
え? あ、えーと
船川
それにしても、久し振りだよね、磯島くん
磯島
・・・
船川
磯島くん
磯島
あ、ごめんなさい
船川
集中してくださいよ!
磯島
すいません
船川
役者だろ・・・やれやれ。11ページ頭から
磯島
・・・
船川
それにしても、久し振りだよね、磯島くん
磯島
えっと何年ぶりだっけ
船川
大学を出てからだから12年ぶり位?
磯島
そんなになるのか
船川
ご活躍みたいで
磯島
いや、そんなことは
船川
最近はどんなの出てるの
磯島
大した仕事はしてないよ
船川
そんなことないよ、最近良く見てるよ、あの、えっとCM。あれ何だっけ
磯島
俺の話はいいよ
船川
あ、思い出した。(振りをつけて)おいしいよ、安いよ、たまげたよー
磯島
よく知ってるな
船川
ファンだから、ファンクラブ会長だからね
磯島
ファンクラブがあるの? 聞いてないな
船川
非公式だからね、事務所も知らないと思う
磯島
会員は?
船川
今のところ、僕一人
磯島
・・・それはファンクラブとは言わない
船川
僕の話はいいから。何だっけ、スーパー
磯島
本当いいから
船川
おいしいよ、安いよ、たまげたよー
磯島
もう本当
船川
何だっけスーパー日の出屋?
磯島
知ってるじゃないか
船川
おいしいよ、安いよ、たまげたよー、スーパー日の出屋たまげたよー、ほらやってよー
磯島
嫌だよ、やめてよ
船川
やってくれるまでやめないよ、おいしいよ、安いよ、たまげたよー、はい、おいしいよ、安いよ、たまげたよー
磯島
・・・おいしいよ、安いよ、たまげたよー
船川
もっと全力で
磯島
(やけくそに)おいしいよ、安いよ、たまげたよー!
船川
まだやれる!
磯島
(全力でポーズをつけて)おいしいよ、安いよ、たまげたよー! 隣のパチンコスターセブン新装開店本日10時! おいしいよ、安いよ、たまげたよー! スーパー日の出屋たまげたよー! ヘイ!
船川
・・・さすが
船川、拍手。我に返った磯島、自分を恥じて。
磯島
・・・つい
船川
さすがだよ、キレが違う
磯島
やめてくれ
船川
最高のパフォーマンスだった
磯島
自分が嫌になる
船川
君は地元のスターなんだよ、隣のパチンコ屋バージョンも見せてくれるなんて
磯島
オーナーが同じなんだ、隣のパチンコ屋の分も上乗せするからって、本当はやりたくなかったんだ
前部
そんなにスーパー日の出屋に思い入れが?
磯島
違う、このCM自体が黒歴史なんだ!
船川
地元の星だよ
磯島
バカにしてるだろお前
船川
バカに? 何を言ってるんだ
磯島
完全に黒歴史なんだ
船川
彼は何を言ってるの?
前部
今はそっとしてあげなさい
船川
とにかくさ、君は僕たちの星、地元の星なんだ、僕もやりたかった
磯島
いくらでも代わってあげるよ
船川
それに比べて・・・僕は、どこで間違ったんだろう
磯島
え
船川
人生全般が、うまく行っていなかった僕はある宗教に心酔していた・・・
磯島
どうしたの?
いつの間にか、他の皆が集まってきている。
磯島・
船川
え・・・
大津
本番・・・なの?
磯島
あ、違うんです! ちょっと練習を
杉崎
いきなりはじめるから、本番なのかと思って、違うのか?
影本
なんだ、焦ったー
大津
もう頼むよー
磯島
ごめん、彼が
船川
僕は嫌だって言ったんですけどね
磯島
・・・え
杉崎
そんなことしても無駄だよ、これはドッキリなんだから
大津
まだ言ってる
磯島
ドッキリ? これが
杉崎
これはドッキリ、気がつかないのか?
磯島
いや、だって
大津
こんな手の込んだことする訳ないでしょ
船川
僕もそう思います
杉崎
見たことないのかよ、バラエティで芸能人が数週間かけてだまされるやつ
磯島
まあ、あるけど
大津
芸能人はね
杉崎
例えば芸人がアイドルに言い寄られて浮気メールをしてとか、ああいうやつだよ
大津
芸能人はね、俺ら一般人
影本
アイドルいないし
船川
確かに
杉崎
例えばだって、バラエティならこの電流も説明がつく、こうしてる間にも視聴者は俺らを見て笑ってるんだ
大津
芸人ならね
影本
僕ら一般人
大津
こんな大がかりに、しかも何日も監禁して。バラエティで許される訳ないでしょ
船川
ですよねー
杉崎
うるさいなお前
船川
・・・え、何で僕だけ
杉崎
例えばだって、もう芸人みたいなもんじゃないか
磯島
全然違う!
杉崎
彼のCMの動きなんて芸人そのもの
磯島
あれは台本に書いてあったから!
前部
黒歴史を掘り返さないで
影本
君ややこしいから出て来ないで
磯島
違・・・何だこの台本!
大津
もうほっとこう。前部さん、ちょっといいかな?
前部
何?
大津
さっきいいの見つけたの
多山、笑う。前部と大津が下手袖に歩いていく。
杉崎
何だよ
多山
全くわかってないですね
杉崎
何を
多山
あいつの狙い、本当全く分かってないね
杉崎
心外だな
多山
君たちがあまりにも全く分かってなくて笑えたんだ
影本
あなたは分かってるんですか
多山
ああ、少なくとも君たちよりはな
杉崎
何だって言うんだよ
多山
決まってるだろ、あいつは僕らを殺そうとしてるんだ
影本
・・・あなた何を
多山
それがごく真っ当な普通の意見てやつですよ
磯島
ずいぶん飛躍した意見ですね
多山
そうかな? 考えてみれば当たり前だよ。こんな所に大の大人を閉じ込め、いや監禁して電流まで加えて、映画を撮る? 頭がおかしい、こういう奴の目的はね、ただ一つ。俺らを殺す、それだけなんだよ
船川
ごめんなさい何を言ってるか全然分からない
杉崎
それはおかしい
多山
どこが
杉崎
なら何でさっさと殺さないんだ? いつまでも俺らを生かしておく意味がわからないだろ
船川
そうそう
多山
映画を撮るためでしょ。奴は映画マニアだ、一度映画を撮ってみたかった、映画監督になりたかったんだ、で、この機会を利用した。どうせ上演してくれる映画館なんてないんだ、奴の趣味でしょ、自己満足だ。で、撮り終わったら監禁した俺たちを殺す、証拠ごと消し去るんだ
影本
そんな
多山
考えてくださいよ、俺たちは監禁されてるんだ、これはれっきとした犯罪なんだよ、俺たちを生きてここから出して警察に駆け込まれたら必ず罪になる。どれくらいかな、数年は刑務所行きだ、そうでしょ?
磯島
刑法221条
多山
え?
磯島
不法な逮捕または監禁により相手を傷つけた者は3ヶ月以上または15年以下の懲役に処す
多山
・・・よく知ってるな
磯島
・・・刑事の役をやったことがあるもので
多山
そういうことだよ、奴はそういうリスクを犯してる、奴は僕たちを殺す気なんだ、ひとり残らずな・・・あんた、聞いてるのか
船川は、多山の話を聞かず台本を覚えている。
船川
台本を読んでるんです
多山
何でだよ、僕の話を聞いてたの
船川
彼は映画を撮りたいだけなんですよ、だから早く終わらせたい。僕はそう思うな
多山
能天気ですね
船川
少なくとも、あなたのように死ぬことを考えてばかりいても何もならない、さあ稽古を続けましょう
磯島
・・・そうですね
多山
勝手にすればいい
気まずい雰囲気が流れる。前部と大津がビニール袋に酒を詰めて戻ってくる。
大津
ちょっとみんなこっち見て見て!
影本
どうしたの?
前部
お酒!こんなに! こっちに隠してあった
多山
どこにあったんだ
大津
台所の流しの下
多山
気がつかなかったな
杉崎
いいな! ビールは?
前部
あるわよ、焼酎、日本酒、チューハイ、ワインまで!
杉崎
よっしゃ! 飲もうぜ
磯島
いいですね! パーっとやりましょう!
船川
そんなことより、稽古を
磯島
ま、いいじゃないですか一杯くらい
大津
そうだよ、休憩もした方が効率上がるよ
磯島
一杯だけですから
船川
仕方ないな・・・一杯だけですよ
小暗転。酒盛りをしている嶋田以外の皆。一番酔っているのは船川。
船川
だいたいな、何でこの俺がこんなとこに閉じ込められなきゃいけねーんだっての!
磯島
もうやめましょ、わかりましたから
船川
お前に俺の何がわかるんだって、お前何様のつもり? お? おー?
磯島
何て酒癖の悪い人だ、あなた止めてください
影本
無理ですよ、僕ちょっと苦手で
磯島
苦手って
影本
この人たぶん会ったことあるんです
磯島
え?
船川
大体俺はなあ、好きでこんなとこにいるわけじゃないんだって言うの
磯島
わかりましたって、船川さんはどうしてここに連れて来られたか検討がついてるんですか
船川
俺か? 俺はなあ
船川にスポットライト。この後、各エピソードの主役の役者以外は各エピソードの登場人物を演じる。
船川
・・・ここに来る前、仕事も恋も、いや恋が、人生全般が、いややっぱ何はおいても恋が、うまく行っていなかった私はある新興宗教に心酔していた。その宗教の名前は輪堕教。教祖様は、私に言った
多山が新興宗教の教祖風の格好をして現れる。
多山
信じるのです、おまもり様の言うとおりにしていれば必ずいいことがあります
船川
給料も上がらないし、彼女ができないんです
多山
(例えば一世風靡風にご祈祷をする)そいや、そいや、そいや、そいや! もう大丈夫です、船川氏。これからは、彼女があなたのパートナーになります。彼女はとっておきのアゲマンです、運気も給料も鰻上りです
前部
安芸満子と申します! 付き合ってください!
船川
彼女ができましたー!
音楽、例えばハイジのテーマなどに合わせ踊る2人。椅子に座る船川と前部、いちゃついている。
前部
ダーリン
船川
ハニー
前部
ダーリーン
船川
ハニー
前部
うふふ
船川
俺、幸せだよ
前部
私も幸せ
船川
あのねー、僕、そろそろ君とキスが
前部
あー見てー流れ星!
船川
え? 本当、本当? 見えなかった
前部
嘘、見逃したの?
船川
うん、僕、流れ星見たこと無くて・・・全然ツキの無い人生で
前部
そんなあなたにーおまもり様エキストラバージンオイル!(オイルを取り出し)
船川
え? え?
前部
私、おまもり様エキストラバージンオイルを使ってない人とはキスできないの!
船川
え、そうなの?
前部
使ってくれる?
船川
う、うん・・・満子ちゃんとキスする為なら・・・いくら?
前部
十万円よ
船川
高!え、高!
前部
大丈夫、分割払いよ、10年ローンで月々千円!
船川
千円!それなら・・・
前部
じゃ、契約書にサインしてね
船川
うん・・・こうして、私は一本目を買いました
契約書にサインし、立ち上がり、音楽に合わせEXILEのごとくオイルを体に塗る船川。身だしなみを整え、再び前部のもとへ。
船川
じゃー、そろそろー(キスをしようと)
前部
焦らないで。そんなあなたにー。おまもり様エキストラバージンオイルセカンドエディション!
船川
商品名、長! え? こないだ買ったよねー?
前部
今はこっちなのー、私、おまもり様エキストラバージンオイルセカンドエディションを使ってない人の近くには近づけないの、くさっ、くさっ、マジ自分くさっ!
船川
買います!(泣きながら)買いまーす・・・そんなこんなで僕はカード破産しました! 12本目のエキストラバージンオイルスーパーダイナミックサードエディションで気付いたのです、これは詐欺だと
磯島
遅っ!
船川
その頃には、月々の支払いが約50万円になっていました。そして、何より腹が立つのが結局一回もキスもできなかったこと!
前部
えへっ
船川
キャバ嬢よりタチ悪いわ! 私は帰りたくない、あの場所になんか帰りたくないのだ
影本
(ニュースキャスター風に)次のニュースです。本日、教祖を名乗る人物が逮捕されました、教団員の一人が匿名で週刊誌に告発文書を送ったことがきっかけです
船川
告発したのはもちろん僕! 自己破産後、職業を転々とし、居酒屋で酔い潰れた私に奴は、嶋田は話しかけてきたのです
嶋田
いい儲け話があるんだ
船川
彼と意気投合し、何度も飲むうちに僕は彼を信用しました。そしてあの日、いつものように彼と飲んだ私が目覚めると、この地下室に・・・僕は、何も覚えてない、覚えてないんだ!
大津
どんだけー!
音楽、照明変わる。
船川
え?
大津
あ、ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃって
船川
これが、俺のエピソードだ。わかった? さ、俺は話したぞ。お前らも話せ
磯島
頼んでないのに
船川
さ、飲めよ。飲んで話せってば
影本
助けてください
船川
俺の酒が飲めねえってのか
影本
そういうわけじゃ
船川
じゃあ、飲めよ!
影本
わかりましたよ!
一気飲みをする影本にスポットライト。
影本
僕は、笑うことが得意な子だった・・・怒らず騒がず常に平静に・・・。僕のお父さんは、僕が生まれるとすぐ交通事故で亡くなってしまった。お母さんは女手一つで僕を育てる・・・なんてことは全くなく、とにかく男に頼った。あ、お母さん、おかえりー
影本の母役の大津が、多山を連れ千鳥足で帰ってくる。
大津
まだ、起きてたのー、悪い子だね。ちょっと待っててね、早く寝ちまいな!ボケ、カス!
影本を蹴飛ばす大津。
影本
ごめんなさい!(布団にもぐるように)
大津
うふーんお待たせーもう寝たからあのガキ、本当ごめんねーうふーん
愛人役の杉崎が多山と入れ替わりにやってくる。
影本
特に、お母さんが計3回付き合っては別れるを繰り返したあの男は最悪だった、あいつは何度も何度も僕を殴って、ちょっとでもムスッとした顔をすると、何度も何度もサンドバッグのように。お母さんは何も言わない、ジーっと見てるだけ・・・お父さん、やめて!
杉崎
お父さんて呼ぶんじゃねーよ!
影本
パパやめて!
杉崎
パパなんてツラじゃねーだろ!
影本
お父上!
杉崎
お父上?
影本
ダディ、痛快ビッグダディ!
杉崎
古いわ!
影本
マディソン郡の橋!
杉崎
話知らんわ!
影本
パピィパピルス!
杉崎
ピラミッド、特大ピラミッド!
影本
前方後円墳!
何故か杉崎を殴る影本。
影本
・・・前方後円墳!(もう一回)
杉崎
・・・何すんねん、何すんねん!
影本
ごめんなさい、ごめん、ごめん、ごめんなさい!
大津
あんたが悪い!あんたが悪い!
影本
僕は笑った、笑った、その日から僕は笑顔しかできなくなった!
杉崎が殴る蹴る、影本笑顔。大津も殴る蹴る、影本笑顔。
多山
どうも、名もなき脇役です。クラスメートAです
前部
Bです
磯島
Cです
三人
わてら陽気なイジメっ子!
磯島
こいつ、影が薄いから、今日からシャドウなー
三人
シャドウ、シャドウ!
笑顔のまま殴られ蹴られ続ける影本。
影本
すいません、すいません、すいません! 僕は、笑顔が得意になった! そして、家を出て自立するため、僕は必死に勉強し公務員になった。人生をやり直すために・・・これが僕のエピソードです・・・って寝てるし!
照明が戻ると爆睡している船川。
前部
かなり前半から寝てたわね
影本
何なんだ!
磯島
・・・え、あれ? マジかよ
何かに気付き呆然と立ち尽くす磯島。
磯島
まさか、彼・・・僕は、笑顔で
影本
何なんだ!
磯島
と、叫ぶ彼を見て思いました。この光景、どこかで見たことがある。どこかで、どこかで
大津
もう、うるさいなー。静かに飲もうよ
影本
すいません、でも僕だって好きで告白した訳じゃ
大津
わかったから。楽しく飲もうよ。人にはさ、一つや二つ言えないことがあるのよ
影本
・・・
前部
あなたにもあるのね
大津
僕
間。
大津
え
杉崎
もしかしてあんた、こっち系なのか
大津
こっちじゃないよ、そっちよって何言わせんのバカ
杉崎
本当か? 俺ら共同生活送るんだからさ、そういう目で見てるんならいってといてくんないと。距離感考えないとな
大津
もし、そうだとしても全然タイプじゃないから安心して
杉崎
どういう意味だよ
大津
そういう意味よ
前部
オネエ言葉を使うからって、そっち系とは限らないわよね
大津
・・・そういうことね
照明が変わる。
大津
人には誰でも一つや二つ言えない秘密がある・・・そう僕にも。あれは僕が小学生の頃。僕の祖母は認知症だった。介護疲れの母と父はいつも喧嘩をしていた
そこは食卓、杉崎と前部、大津、影本が黙って食べている。
杉崎
・・・おふくろの飯は
前部
あげたわよ
杉崎
そうか
間。
前部
きちんとやってます、私は
杉崎
分かってるよ
間。
前部
分かってないわよ、あなたは
杉崎
・・・何が
前部
お義母さん、今日5食目なの
杉崎
・・・そうか
前部
咲子さん、ご飯まだですかって、私に食わせる飯はないってことですかって。5食目なのに! その都度、ガッツリ食べてんのに!
杉崎
分かったって
前部
あのボケバァさんの面倒見るのあたしなのよ! おかしくね? オメーの親だろ、おかしくね? 年収二百万サバ読んで、母親認知症なのも結婚してから知ったわよ! 詐欺よね、これ詐欺ですよね。本当できちゃった婚なんてしなきゃ良かったわよ!
大津
その時、兄が
影本
ふんがー!
前部
ちょっと正樹?
テーブルをひっくり返す影本。そのテーブルに呪文をかける影本。
影本
メラ、メラミ、メラゾーマ、メラニン色素! そばかす、ジュディマリ! アホンダラ、ボケんだら、かすんだら、なすんだらー! メラニン色素! ジュディマリ!
前部
まーくん!
杉崎
何でジュディマリ押し!?
影本
ジュディアンドマリー!!
走り去る影本。
前部
まーくん!
杉崎
正樹!
大津
有名大学の受験を控えたジュディマリ好きの兄が発見されたのは、数日後。私たち家族がそれを知ったのは警察からの電話だった、兄が・・・少女にいたずらをしたらしいという内容の ・・・僕は全てを失った・・・!
崩れ落ちる大津。「blue tears」のサビなど。
大津
世間の目は冷たかった、僕は性犯罪者の弟として、ありとあらゆるイジメを受けた、女子からは避けられ、男子からは暴力を受け。僕は逃げたかった、この場所から一刻も早く、しかし僕は小学生だった。一人暮らしには早すぎる・・・お父さん、お母さん引っ越そう、ここ引っ越そうよー
杉崎
無理だ、二世帯住宅35年ローン抱えてるから無理だ・・・
前部
無理よ、35年だもの、まだ33年残ってるもの・・・我慢しなさい!
杉崎
我慢しろ!
大津
兄のせいか、ババアのせいか? 唯一僕に残された手段、それがどんだけー!どんだけー!どんだけー!オカマのフリをすると、世間の目は変わった!いたずらはされないだろうということと、クラスの笑い者になったことで僕は次第に・・・お兄ちゃんが変態でーこれもんでこれもんでー私、逆に女嫌いになったみたいな?的な感じでやってますーどんだけーみたいな? そうして、自分を取り戻した・・・中学からおカマのフリをし続けた僕は今更戻れなかった! オネエ言葉が出てしまう・・・
杉崎
どんだけー!
磯島
うるせえ!
杉崎
え?
磯島
取調べ中だ
杉崎
え? え?
そこは取調室。刑事姿の磯島が、杉崎を尋問している。
磯島
そろそろ話すんだ、なぜお前は奥さんをあんな目に合わせた
杉崎
会社の、会社の・・・上司が憎かった
上司に扮した影本がやって来る。影本を見て、立ち上がり敬礼する杉崎。
杉崎
あ、おはよーございます課長!
影本
・・・やり直し
杉崎
はい?
影本
角度が違います
杉崎
角度・・・
影本
僕は君の直属の上司なんだから、角度に気を付けないと。最敬礼ですよ、最敬礼
杉崎
はい・・・(最敬礼し)おはよーございます課長!
影本
はい、おはよう
杉崎
課長、先日の資料ですが
影本
あー見たよ
杉崎
課長のおっしゃるとおり、B案にさせていただきました。コンセプト、表現、など全て徹夜で修正させていただきました
影本
ま、あんなもんじゃない? 営業経験25年の僕の言うことを聞いておけば間違いないの、わかる?
杉崎
はい
影本
はっはっはっはっは!(携帯が鳴り)誰だよ、あ! もしもし、部長、どうされました? え? はい、まだ会社ですが・・・先日の資料ですか? もうバッチリできております、え? はい、はい、はい! なるほど。ですね、あーそうですかー?はい、はい。ですよねー、実は私もそう思ってたんですよー、わかりました、さすが部長、おっしゃる通りにいたします。では、失礼いたします
杉崎
課長?
影本
・・・
影本、企画書をゴミ箱に捨てる。
杉崎
課長!?
影本
これ、やり直して。
杉崎
ええ!?
影本
部長がA案の方で行くって言われてる、見積もりとかも取り直してね。よろしく
杉崎
え? でもA案は元々私の案で全然ダメだって、課長が
影本
いいから! 大至急、明日朝までね!
杉崎
朝まで? そんな
影本
あ、こんな時間だ。僕もう帰るから
杉崎
そんな!
影本
もう一晩徹夜したら出来るんじゃないの? 若いから大丈夫だよ
出て行く影本。倒れこむ杉崎。
杉崎
殺意は、こうして抱くものなのです・・・こうしたことが続き、反動で僕は妻に当たり散らしました
前部
お帰りなさい、あ、な、た
前部をつかみ暴力をふるう杉崎。
杉崎
しばくぞわれ!ぶす、どぶす! アホンダラ、ボケんだら、かすんだら!
前部
痛い!どうしたの・・・それに、あなた関西人なの?
杉崎
バリバリの東京人です、標準語しか喋れません、でも、僕はこうやることしか自分を保てなかった・・・そして浮気にも走った。セックス依存性なんです!仕事のストレス発散に夜な夜なBARに現れては口説いて。ピーがピーしてピーピーピーなの!
杉崎が大津を口説きつつ、艶かしい体勢に。
大津
ああん! ああん!
杉崎
あほんだら! ぼけんだら! かすんだら!! ピーピーピー!
再び取調室。
磯島
分かるように説明を
杉崎
放送禁止用語が多過ぎて無理です!
磯島
ここ舞台だから! 違った、取調室だから! 放送禁止用語とかないから!
杉崎
でもピックス依存性なんですよ!
磯島
ピックスって何だよ、入れ方間違ってるから!
杉崎
あの上司が悪いんだ! あいつのせいで俺は俺は・・・セックピ依存性に!
磯島
入れる場所を変えてきたー!
杉崎
間違えてた! セッピス依存性に! いやそのピックス依存性に!
磯島
変えても間違ってるから! ピックスってなんか美味しそーだし
杉崎
止められない止まらないカルピー!!
磯島
パクって来たー
杉崎
パクって美味しい、カルピーピックス依存性!
磯島
何のネタだ!
杉崎
真面目に聞いてください!
磯島
お前なー!
杉崎
そうして、何やかんやでピックス依存性から抜け出した俺は何やかんやでここにいます
磯島
何やかんや気になるわ!
ジャン!という効果音と皆のキメ顔。
磯島
その日の酒は久しぶりで、その場にいる誰もが酔っぱらっていました。そう、彼も。
多山
何やかんやで・・・か。俺が悪いの・・・
酔っぱらってフラフラとしている多山。
多山
俺が悪いの、俺が悪いの・・・
架空のドアを開け、玄関で靴を脱ぎ、部屋に入ってくる多山。
多山
ただいま! 美代子、美代子、いるのか?
静寂。
多山
その日、僕はいつもより2時間早く帰宅した。海外転勤が決まったことを自分の口で伝えたかったからだ。美代子は、いつか一緒にニューヨークに行きたいと言っており、この転勤を喜んでくれるはずだった。それは、妻へのサプライズのはずだった。美代子? 美代子・・・?
ベッド、もしくはそれと見立てた机の上に、大津と杉崎が寝転び、まどろんでいる。
多山
え・・・美代子?
大津
・・・あなた!
杉崎
どーした? やっべ
多山
お前・・・何だ、それ誰だ、これはどーいうことだ! どーいうことだ!
大津
やめてー!
音楽。一旦戻り、どこからか、刃物を持ってきて、構える多山。そして、踊るように刺す多山。それを避ける大津と杉崎。
杉崎
冗談じゃねえ、俺、帰る!
大津
杉ちゃん!
多山
美代子ーー!
大津
あなた・・・
多山
美代子、なぜだ、なぜなんだー!!
大津
・・・・・・
多山
なぜだ、なんかの間違いだよな
大津
・・・・・・
多山
気の、気の迷いだよな、まだ何も、何もしてなかったんだよな?
大津
・・・・・・
多山
美代子! ・・・・・・して! ・・・してたとしても、一回だけなんだろう? いいよ、水に、水に流すから、俺、お前のこと・・・
大津
・・・だけじゃ、ないわ
多山
え?
大津
・・・一回だけじゃないわ、あたし、浮気したわ。何度も何度も何度も何度も何度も。あなたが構ってくれなかったから。そう、あ、なた、が、カマ!って、くれなかった、から!
音楽、全員が踊る。ミュージカル風に。
他
あなたが
大津
カマって
他
くれなかったから! あなたが
大津
カマって
他
くれなかったから
多山
俺が悪いの? 俺が悪いのー?
他
あなたが
大津
カマって
他
くれなかったから! あなたが
大津
カマって
他
くれなかったから
多山
俺が悪いの? 俺が悪いのー?
他
あなたが
大津
カマって
他
くれなかったから! あなたが
大津
カマって
他
くれなかったから
多山
俺が悪いの!俺が悪いのー
大津
あなたが構ってくれなかったから、あなたが構ってくれなかったから
多山
うわぁぁー!
大津を刺す多山。それを見て逃げる杉崎。
大津
あなた・・・ごめんなさい
動かなくなる大津。
多山
なぜ、どうして・・・あー!
倒れこむ多山。
前部
うるせえ! 寝ろ!
照明変わる。磯島にスポットライト。
磯島
皆、それぞれの秘密を抱えながら、その夜僕らは深く眠りました
暗転。明るくなると、なぜか磯島が嶋田に押さえつけられ、銃を突きつけられている。
嶋田
(とても柔和に)目を閉じて、三つ数えて。1、2、3
暗転と同時に銃声。
磯島
うわー!
前部の声
磯島さん、大丈夫? 磯島さん
磯島が飛び起きる。明かりがつく。磯島のそばに前部。
磯島
ここは
前部
ずっとうなされてた、大丈夫あなた
磯島
何か悪い夢を見てたみたいだ。どんな夢かは覚えてないけど
前部
飲みすぎたの
磯島
記憶が・・・混同してるみたい
前部
記憶喪失なの
磯島
いや、そんなことはない・・・です
前部
記憶って、確かなものじゃないからね。
磯島
・・・
前部
想像したことない? ここにいる自分が本当の自分なのか、誰かに作られたものじゃないのか
磯島
何かのドラマ、小説ですか
前部
今見えているものが本当のものとは限らない
磯島
・・・今見えているものが本当じゃない
前部
もしそうなら、記憶を戻す手伝いをするけど
磯島
結構です。ちゃんと覚えてますから
前部
わかった。でもね、人間って本当に辛いことがあると、忘れようとする生き物だから。あなたの記憶ももしかしたら自分に都合よく作られたものなのかもしれない
前部が去る。
磯島
・・・変な女。何だか・・・ひどく恐ろしい夢を見ていたかのようでした。でも、その夢がどんな内容かはどうしても思い出せなかった
暗転。明かりがつくとご飯を食べている皆。このとき、食事はパントマイムがよい。
多山
ちょっと待って
影本
何ですか
多山
ちょっといいかな
杉崎
何だよ
多山
閉じてもらえますか
杉崎
閉じる?
多山
口、閉じて食べてもらえますか
杉崎
え・・・ああ、でも人ぞれぞれじゃないですか
大津
どうしたんですか
多山
この人が口を開けたまま食べるんです
大津
ああ
杉崎
閉じてるよ
多山
開いてるよ
杉崎
閉じてるって
影本
確かにね
船川
何
影本
マナーですよね
磯島
まあね
船川
わかります
杉崎
何だよ
多山
やめてもらえますか。くっちゃくっちゃくっちゃくっちゃと
杉崎
そんな音してないよ
多山
じゃ食べてよ、はい皆ストップ。はいどうぞ
音を立てて噛む杉崎。
多山
ほら!
杉崎
何だよ
多山
音出てる
杉崎
気のせいだよ
多山
マジ迷惑
杉崎
・・・腹立つな
前部
気を付けましょう
杉崎
・・・わかったよ
席を立つ杉崎。
前部
ねえ
杉崎
なんだよ? あんたも何か文句でも
前部
いえ。あなた、子供は?
杉崎
いないけど
前部
そう
杉崎
何で?
前部
別に、いそうに思えたから
杉崎
そうか、ま、たぶんだけど
前部
たぶん
杉崎
いろんな女と遊んでたから、もしかして知らないところにいるかもしれない
前部
そう、プレイボーイなんだ
杉崎
意外?
前部
すごくね
杉崎
どういう意味だ
前部が立ち去る。
杉崎
・・・
磯島
あれ、何やってるの
影本が片付けている。
影本
散らかってると気になるんだよ
磯島
神経質なんだね
影本
几帳面と言ってくれないかな
磯島
同じじゃない
影本
違うよ。几帳面ていうのは、細かいところまできちんと正確に物事を処理できる人のことをいうんだよ。それに比べて神経質ってのは、わずかなことにも過敏に反応して細かいことまでいちいち気に病む人のことを言うんだよ。ぜんぜん違う
磯島
てことは、病的なのは神経質ってこと
影本
まあね
磯島
じゃ、机の上が汚れてたら何度もふくやつは
影本
あれは潔癖性でしょ
磯島
位置がずれてると許せない人
影本
神経質なんじゃない
磯島
・・・神経質だ!
影本
違いますって
磯島
さっきからずっと直してるじゃないか
影本
これはちょっと気になっただけです
磯島
何回も何回も
影本
あれは、手持ち無沙汰だっただけで
磯島
結論として神経質ってことでいい?
影本
几帳面です! ああ
と、机の上を直す。
磯島
神経質だなー
影本
几帳面だ!
磯島
ねえ皆、彼のこと神経質だと思う人?
皆、同時に話す
磯島
はい? 何?
皆 同時に話す
磯島
はい? 何だよ
皆 同時に話す
磯島
同時に喋るな、あとお前ばーかって言ったろ聞こえたぞ
皆
・・・
磯島
喋れよ!
微妙な雰囲気のまま暗転。
嶋田
シーン195 よーいアクション!
全員がちりじりになる。磯島、影本、前部を取り囲む杉崎、船川、多山。
磯島
何じゃ貴様ら、何奴じゃ!
多山
御用改めでござる!
船川
御用改めでござる!
影本
まさか貴様ら
杉崎
いかにも、われら新選組!
多山
御用改めで
船川
ござる!
多山
御用改めで
船川
ござる!
杉崎
坂本龍馬だな!
影本
!
多山
御用改めで
船川
ござる!
杉崎
接者、新撰組副長土方歳三!
多山
御用改めで
船川
ござる!
多山
御用改めで
船川
ござる!
杉崎
うるさいわ!
多山・船川
・・・
杉崎
さっきから御用改めでござる、御用改めでござるって同じ台詞繰り返しやがって。それしか言えへんのか、話が進まんのじゃ! 特にお前! ござるしか言ってへんやないか! いてまうぞアホが、ちゃんとせえ!
多山
御用改めで
船川
おさる!
と、猿の物まねをするが、皆、非常に冷たい反応。
船川
・・・
杉崎
おさるに変えただけやないか・・・それより、どうすんねんこの空気、なあ、どうしてくれんねん!
船川
ああ!(号泣)良かれと思って・・・
杉崎
と、いう訳だ
磯島
どういう訳じゃ!
影本
さっぱりわからんぜよ
杉崎
いいんだよ、わからなくてもよ。もうお前ら死んじまうんだからよ!
磯島
下がってろ、おりょう!
杉崎に続き、多山、船川も磯島、影本に切りかかる。それをさっそうと避ける磯島、影本。
杉崎
こざかしいわ!
激しいアクション。真剣なアクションの中に、時折コミカルなダンスを取り入れるとなお良い。
船川
おさる!
杉崎
もうええわ!
前部
龍さん!
影本
龍馬! おぬしも斬れ!
磯島
わしは殺生は好かんぜよ!
影本
全くおんしゃあは!
影本が多山、船川を切り捨てる。
杉崎
やるじゃねえか、名は?
影本
(決めて)土佐藩脱藩浪士、中岡慎太郎! 土佐は龍馬だけじゃ、なーいがじゃー!
杉崎がその隙に影本を刺す。
杉崎
ばかが
影本
・・・マジでか
倒れる影本。
磯島
中岡!
杉崎
さあ、どうすんだ、坂本さんよお!
磯島
わしは殺生は
杉崎
そんなこと言ってる場合かよ、次はあの女の番だぜ
と、前部に近付き、後ろを取る杉崎。
前部
やめて! 痴漢、変態! おまわりさん、痴漢です! マジきもいんです、きもいんですってこの人! マジやばい! ウザい! キモ! ウザ! マジキモウザの3乗!
杉崎
・・・
前部から離れ、ショックを受ける杉崎。
嶋田
おい、何やってんだ
大津
彼女の一言一言にかなり傷付いてるようですね
杉崎
3乗する必要あったか? あったのかよ!・・・酒くれよー!
嶋田
今だスモーク
大津
はい
暴れだす杉崎。スモーク。視界が悪くなる。激しい照明と音楽が高まる。むせている嶋田。
嶋田
(むせながら煙を追い払う)はい、カット、カット!
すると、嶋田以外の全員が扉を開けようとしている。
他
せーの!
嶋田
・・・
他
せーの!
嶋田
・・・おい
他
せーの!
嶋田
・・・
嶋田がポケットからスイッチを取り出し押そうとすると、突然扉が開く。先程のバイトが部屋に入ってきて飲み物を片付ける。
バイト
こちらお下げします
磯島
開いた、開いた!
杉崎
みんな、逃げろ!
と、皆が逃げようとするとバイトが立ちふさがる。
大津
ちょっと何?
バイト
お下げいたします
影本
どいてください
多山
どけよ!
船川
僕たち急いでるんで
前部
早くしないとあいつが
嶋田
あいつって僕のこと?
嶋田、スイッチを押す。嶋田、バイト以外の全員がしびれる。声を上げその場に倒れこむ皆。
嶋田
何逃げようとしてるんですか
船川
すいません、もうしません!
嶋田
次は最大出力ですよ、死人が出ますよ
磯島
あんた、こいつどうにかしてくれ、警察呼んでくれ!
バイト
・・・無理です
嶋田
彼も同じだよ
他
・・・!
バイトが腕を見せると腕輪がつけられている。
寺前
寺前弦太といいます。
嶋田
逃げても無駄
寺前
この部屋を出ても、この建物からは出られません
嶋田
映画を撮り終るまではね
磯島
・・・お前の、お前の目的は何だ
嶋田
何度も言わせないでください。映画を撮ることですよ
磯島
何で俺たちなんだ、何で俺たちを・・・
嶋田
特に理由はありません、しいて言うならば・・・君たちはお互いに関係している、まったくの他人ではない
磯島
何・・・だと
嶋田
君たちにはまだ秘密がある。何気ない平凡な話の裏に隠れた人間の本性、僕は、それをフィルムに残したいんだ
磯島
秘密・・・
嶋田
フハハハハハ!フヘヘヘへ!ウヒョヒョヒョ!
磯島
やっぱ笑い方変! 僕たちがお互いに関係している・・・
磯島と寺前を残し皆が去る。照明変わる。
磯島
・・・
寺前
・・・
磯島
あの・・・
寺前
はい
磯島
タバコもらえませんか
寺前
禁煙してるんで
磯島
元は吸ってたんですか、何を
寺前
マイルドセブン
磯島
・・・そうですか、あの嶋田って
寺前
はい?
磯島
あの人って、タバコは吸いますかね
寺前
吸ってたような気がしますね
磯島
何でした? 珍しい銘柄じゃなかったですか
寺前
どうだったかな、僕、記憶喪失なんで
磯島
記憶喪失?
寺前
そう、僕は記憶をなくしたんです。
磯島
あなたは何故彼の手伝いをしてるんですか。あなたも彼に何かされて
寺前
いや、彼は助けてくれたんだ、僕を
磯島
助けてくれた?
寺前
ここにはずっと前からいるんだ・・・僕はすべての記憶を失っていた
磯島
・・・
寺前
そんな僕に彼は僕自身のことを教えてくれた
寺島にスポットライト。
寺前
僕は小さな町で中学校の教師をしていた、中学生といえば思春期真っ只中、色々と難しい年頃だ
磯島
先生—、寺ちゃん先生!
寺前
おお、高橋、どした?
磯島
あたしー、折り入ってー寺ちゃんに相談があるんだー
寺前
どした?
磯島
船子がー、影夫のことー好きって言うの、でもー影夫の奴、先週あたしに告って来たのー、あたしーもーどうしていいか、モテるおなごは辛いわー! こんなん寺ちゃん先生にしか相談できひんわー!
寺前
彼がいうには、僕は、まぁまぁいい先生だったらしい。生徒から好かれ、保護者や他の教員から信頼され、このまま行けば学年主任も間近だった。しかし、あの日全てが変わった
大津たちが集まってくる。寺前を含め皆、バスに乗っている。大津が尻を押さえ叫ぶ。
大津
きゃー!この人痴漢!
杉崎
このクズ野郎!
寺前
僕は逮捕され、取調べを受けたが、証拠不十分で釈放された。その後、僕に待っていたのは、生徒からの白い目、黒板に書かれた罵詈雑言の数々、変態、クソ変態キモキモ教師!・・・先生は壊れた お前ら、いい加減にしろ! 教師の痴漢なんて珍しいもんじゃない、しかしあの街では違った、僕は全てを失った・・・
杉崎
先生
大津
サイテー
影本
先生
多山
サイテー
船川
先生
前部
サイテー
寺前
うっ・・・うわぁあぁ!
頭を抱えうずくまる寺前。
磯島
それがバイトさんのエピソードなんだね
寺前
バイトさんじゃない!寺前!
前部
ただのバイトさんまでエピソードが
寺前
寺前!
磯島にスポットライト。音楽。
磯島
僕たちはお互いに関係している、嶋田の発言は僕ら全員に波紋を投げかけました。
全員
そういえばあの男、見たことがある!
大津にスポットライト。
大津
それにしても、あいつ、どこがで・・・そうだ、何年か前、仕事のストレスのはけ口に私が夜勤めていた新宿2丁目の「シンシア」に来てた客、私のもっこりダンスが気に入って指名してくれたあの客・・・
杉崎
もっこりもっこりパーティナイト、もっこりもっこりパーティナイト(踊る)
大津
間違いないわ。あれは私のパクリ・・・こんなところで会うなんて懐かし・・・いえ、ダメ、私はあの世界からきっぱり足を洗ったのよ。あいつは消し去るべき過去。決して気付かれないようにしないと・・・もっこりもっこりパーティナイト・・・(ハッとして)消し去るべき過去!
杉崎にスポットライト。
杉崎
どこかで見たことのある気がしてた。色んな女と遊びまくってたあの頃、相手の旦那に殺されかけたのはあの時だけ。向こうは俺に気付いてないようだ、このままやり過ごさなくては
多山にスポットライト。
多山
・・・あいつ、どこがで。どこかで見たことがある・・・似ている、あのやけに強いメジカラ。太目の眉毛。俺を取り調べたあの刑事・・・の横に居た奴に。
取り調べを受けている多山。
寺前
だから、奥さんを殺したと? 身勝手すぎる犯行だとは思わないのか!
多山
・・・すいません
磯島
ヤマさんちょりーす
寺前
磯島か
磯島
そろそろ昼ですよ、一区切りしましょう。おいお前、カツ丼食うか?
多山
あいつだ! カツ丼食うか、ちょりーす野郎だ!・・・てことはあいつは役者じゃなくて刑事?・・・俺を追ってきたのか?
磯島
ちょりーす
多山
・・・
磯島にスポットライト。
磯島
やっぱりあいつだ、彼はシャドウ、僕は小さい頃、彼をいじめていた
影本が笑顔で磯島に蹴られている。
磯島
どうも、名もなき脇役、クラスメートCこと磯島です
笑顔のまま蹴られ続ける影本。
影本
すいません、すいません、すいません! 僕は、笑顔が得意になった!
磯島
もし、僕だとばれたら、復讐される・・・
影本、船川にまとめてスポットライト。
影本
僕は彼を知っている。あいつは毎日のようにうちの市役所に来てた、あのクレーマー野郎!
船川
この税金泥棒が! 俺が無職なのも、自己破産したのも彼女がいないのもな、お前らお気楽公務員が税金泥棒だからなんだよ! なめてんじゃねえぞコラー!
影本
あいつ、気づいているのか。気づいてないのか
寺前、船川にスポットライト
船川
(寺前に)・・・あれ、あいつ、どっかで
全員
見たことがある!
嶋田にスポットライト。
嶋田
君たちは互いに関係している。フヘホホホ!
暗転。音楽。
舞台上から前部と磯島以外の皆が去る。
磯島
どういうこと?
前部
やっぱり、彼の言うとおりだわ。皆、共通点があるのよ
磯島
お互いに関係している?
前部
私、考えたの、彼らの関係性を知ることが、嶋田のねらいを知る、ひいてはここを出る方法なんじゃないかって
磯島
関係性
前部
あなた、話してくれたわね。影本さんは小さい頃シャドウと呼ばれ、皆からいじめられていた
磯島
ああ
前部
そういうことじゃないかって、皆、関係しているんじゃないかって
磯島
僕ら皆が、関係している?
前部
そう、そこで、はじめてみました。前部奈津子の心理カウンセリング室! チャララッチャラーン
磯島
何かキャラ変わってませんか
前部
早速全員の部屋にこれを
前部がチラシを磯島に渡す。
磯島
悩み事相談あればお越しください。秘密厳守、プロのカウンセラーがお話を伺います?
前部
私はプロのカウンセラー
磯島
怪しすぎる・・・そんなところに誰が話に来るんだよ
前部
そう思うでしょ、あ、来た来た隠れて
磯島
え
磯島が隠れる。船川がやって来る。
船川
あの、カウンセリング受けたいんですけど
前部
どうぞ
船川
これってあの、あれですよねカウンセリング受けながら簡単なマッサージなんて
前部
カウンセリングだけです
船川
あ、ごめんなさい。えーオプションで膝枕に耳かきなんてことは
前部
カウンセリングだけです
船川
えー、じゃ
前部
カウンセリングだけって言ってんだろ
船川
すいません・・・あの
回想シーン。寺前と船川が電車に乗っている。
船川
・・・あの時、電車で。あの日、見てしまった。目の前に立ったスラリと伸びた長い足の女子高生、少女というにはあまりにも大人っぽく、色気があった。たしか彼は後ろに立っていた。つり革を持って。その時、僕は見た・・・彼女のスカートの上をまさぐる厳つい男の手を、彼女はとても嫌そうに、声を上げたいのに上げられなくて。一方、彼は何事もなかったかのように平然として・・・その時、彼の手は、彼の手は!彼の手は・・・つり革につかまったまま!そしてウトウトと居眠りをしていた
大津
きゃー!この人痴漢!
杉崎
このクズ野郎!
寺前
何ですか? え、どした?
袋叩きにされる寺前。
船川
・・・僕は女にだまされ、多額の借金を背負い、宗教団体を辞め、やさぐれていた。どうしてもその衝動を抑えられなかった。仕方なかった、そう、この手が、この手が、エクストラバージンオイルにまみれたこの手が悪いんだ・・・我慢できず声を上げたあの女子高生が声を上げると、周りの人達はすぐ後ろにいた彼を取り押さえた、僕も思わずその中に混じっていた・・・僕の代わりに捕まったあの男、間違いない、あの男だ。あの時、目があってしまった、絶対気付かれてはならない。
前部
よく話してくれたわね
船川
話して少し楽になりました
前部
いつでも悩み事があったら言ってね
船川
先生、このことは誰にも
前部
大丈夫よ、私は絶対秘密厳守だから
船川
あとオプションなんですけど
前部
消えろ!
船川
はい!
船川が去る。磯島が出てきて。
前部
マジで死ねばいいのに・・・面白くなってきたわね
磯島
驚いたな
前部
ちょろいもんね。これで全員分そろったわ
磯島
全員分?
前部
聞き出したの、整理するわよ、いい?
ホワイトボードに相関図を書き出す前部。もしくは完成度の高い相関図をはりだし説明する前部。名前を呼ばれた皆が遠くでポーズを取る。
前部
寺前さんは船川がした痴漢の冤罪にあっていた、船川は影本さんの役所に来るクレーマー、マジあいつ最低。そして影本さんはあなたがいじめていた同級生、で、あなたは多山さんを取り調べたちょりーす刑事、多山さんは杉崎さんが不倫していた相手の旦那、杉崎さんは大津さんの店の客。見事に一人一人がつながっています
皆が前部に言う。
全員
先生、このことは誰にも
前部
大丈夫よ、私は絶対秘密厳守だから! 私、口だけはかたいの
磯島
あんた本当にうそつきだな!
前部
面白くなってきたわね!
影本がやってくる
影本
どうしたの大声出して
前部
いえ、何でも
影本
さっき嶋田がいってたことなんだけど、ほら、僕たちは関係しているって
磯島
・・・あんなの気にしない方がいいと思うよ
影本
共通点とかあるんじゃないかと思って、ほら、実際、船川さんのことは知ってた訳だし
磯島
・・・
影本
何かさ、他の人のこともよく考えると見たことがあるんじゃないかなって
磯島
き、気のせいじゃないかな、嶋田の言うことなんてあてにしない方が
影本
例えば、そうだな、磯島さん
磯島
・・・はい
影本
磯島さんの出身てどこかな?
磯島
・・・え
影本
もしかしたら、昔、会ったことあるんじゃないかなと
磯島
ぼ、わ・・・わては大阪でんがな
影本
え? 大阪
磯島
そやがな、生まれも育ちも大阪のミナミでんがな。
影本
急に関西弁になった気が
磯島
ちゃいますがな、わて生粋の大阪人でんがなまんがな
影本
さっきそんなしゃべり方だった?
磯島
オフコースでんがな
影本
何で急に英語?
船川がやってくる。
船川
磯島さん、ちょっと話が
影本
さっき嶋田が言ってたことがどうしても気になるんだ・・・あ
船川
どうしたの
影本
いや、何でも
船川
さっき嶋田が言ってたこと? 皆関係しているとか何とか、知り合いでもいるの?
影本
いえ、そういうわけでは
船川
そういえば僕も・・・(影本に)どっかで会ったことありません?
影本
う・・・痛いいた痛い、お腹が急に、トイレ行ってきます
前部
ちょっと大丈夫
影本と前部が去る。
船川
何あれ
磯島
気にしない方がいいです、何ですか?
船川
うん・・・どう思います
磯島
何がですか
船川
彼女ですよ
磯島
前部さん?
船川
気付きませんか
磯島
え?
船川
彼女の態度
磯島
態度?
船川
気付かないかなー、ま、結構さりげない感じですからね
磯島
すいません、何のことですか
船川
ま、磯島さん、そういうの得意じゃなさそうだから
磯島
そういうの?
船川
やっぱ気付かないか・・・
磯島
すいません、何のことですか
船川
気になる?
磯島
ま、いいですけど
船川
早いなあ! 聞かないんですか
磯島
結構です
船川
本当は気になるんでしょ?
磯島
聞いてほしいんじゃないですか
船川
そういう訳じゃないけど
磯島
聞いてほしいなら聞きますけど
船川
聞きたいなら教えてあげます
磯島
めんどくさい人だな・・・
船川
しょうがないな、教えてあげますよ。彼女、僕にホレてます
磯島
え?
船川
これもうマジです、たぶん、というか絶対ですね。僕にホレてます
磯島
え?
船川
にぶいなあ、役者さんだったら、人の心理には敏感じゃないと。さりげなくはありますが、彼女、僕にだけ、他の皆とは違うんですって
磯島
えー
船川
さっきから、えしか言ってませんよね
磯島
ええ
船川
とにかく彼女、僕に惚れてると思うんですよね
磯島
えー
船川
えに感情込めるのやめてください
磯島
はい
船川
磯島さんから見て、彼女の気持ちって、どうですかね
磯島
えー・・・言っていいんですか
船川
やめよう。聞く相手を間違えた
磯島
ええ
前部、寺前がやってくる。
寺前
何してるんだ
船川
いえ、何も・・・
寺前
そういえば僕、思い出したことがあるんだ
船川
あー! 思い出した、こうしちゃいられない
磯島
え?
船川が逃げる。磯島が追いかける。
磯島
どこ行くんですかー?
寺前
何あれ
前部
さあ・・・本当面白くなってきたわ
寺前
どうしたの
前部
いえ、何を思い出したの?
寺前
今晩のおかずだけど、カレーが食べたいんだ。前部さん、当番の日でしょ?
前部
・・・了解
寺前
ありがとう! カレー、カレー!
下手くそなスキップしながら去る寺前。大津がやってくる
大津
何あのスキップ、できてないけど
前部
悩みのない人はうらやましいわ
大津
え?
前部
何でもない、どうしたの?
大津
ちょっと相談が
前部
いいわよ
杉崎がやってくる。その後、磯島が戻ってこようとして、やめる。遠くから観察する。
杉崎
何やってるんだ
前部
彼が、ちょっと相談がって
杉崎
何の相談だ?
大津
ごめん、後でいいわ
杉崎
何だよ
大津
何でも
大津が去る。
杉崎
何だあれ・・・あ、この間のことなんだけど
前部
ああ、カウンセリングの
杉崎
秘密は守ってくれるんだろうな
前部
もちろん
杉崎
特に多山には絶対あのことは
多山がやってくる。
多山
ちょっと
杉崎
あー!
多山
・・・何
杉崎
用を思い出した!
多山
そんな叫ばなくても
杉崎
急がなきゃ!
多山
うるさいな
杉崎が去る。
前部
どうしたの
多山
聞きたいことがあるんだ
前部
何?
多山
君と一緒にいる磯島さんだけど、本当に役者なの?
前部
どういうこと?
多山
彼、もしかして
磯島がやって来る。
磯島
何なに、何の相談?
多山
あー!
磯島
どうしたの?
多山
トイレ、トイレ!
磯島
トイレ?
多山
ああ、もれる!
多山が去る。
磯島
いちいち言わなくてもいいよー・・・最高だね!
前部
え?
磯島
面白いよ!
前部
見てたの?
磯島
嶋田の言うとおり、僕らは互いに関係していた。こんな偶然ある訳がない、あいつは意図的に僕らを集めたんだ。
前部
映画を撮るために?
磯島
違うと思う。彼はもっと、なにか違う恐ろしい目的を持って、僕らを集めたんだ
前部
・・・目的
磯島
でも・・・
前部
何?
磯島
いや、変な感じがして
前部
何が
磯島
こんなことってあるのかな
前部
何よ
磯島
こんなことってやっぱりないよね、おかしいよ
前部
だから何よ
磯島
ここにいる皆が、それぞれ関係しているだけじゃなく、とても不幸なエピソードがあって、何というかもう無茶苦茶で。こんなのあるかな、誰一人普通の人がいないなんて
前部
・・・いるでしょ、普通の人
磯島
え?
前部
私、私はいたって普通の人だし
磯島
・・・ああ
前部
何、そのうっすいリアクション
磯島
すいません
前部
誰だって一つ二つ人に言えない不幸なエピソードを抱えてるわよ、人に言えないだけで
磯島
うん・・・まあ、でも何か
いつの間にか舞台上には皆がいて。
皆
作り物臭い
磯島
何かが引っかかる、そんな気がしました。
暗転。照明による効果。揺れたような音。
前部
やだ、地震?
杉崎
え?
音が大きくなる。
磯島
何なになになに?
影本
地震だ、皆、座って、屈んで!
静寂。明転。
影本
どうやら大丈夫みたいだ
船川
びっくりしたー
杉崎
どれくらいだ、震度6くらい?
影本
いや、そんな揺れだともっとすごいことなってるよ、せいぜい4くらいだと思う
船川
びっくりしたねー、びっくりしたー
大津
詳しいね、影本くん
影本
役所で防災担当のとこに居たことあるから
大津
そうなんだ
船川
本当、びっくりしたよねー、ね、ね?
大津
うるさいよ
杉崎
しつこい
船川
え
大津
驚いたのは君だけじゃないんだから
船川
すいません
寺前
あれ、嶋さんは?
影本
さぁ
磯島
トイレって言ってなかった?
大津
長いな
杉崎
さては大か?
磯島
まぁ、出るもんは出るんだよ
影本
大丈夫だったかな、さっきの
磯島
ま、大丈夫なんじゃない?
大津
相変わらずテキトーだわ
多山
俺、やっぱり帰るわ
杉崎
仕事、忙しいのか?
寺前
久しぶりなんだから
多山
明日も早いんだ、暇じゃない。
磯島
そういう言い方は・・・
大津
遠くから来てる奴もいるんだよ、僕らみたいに、ねぇ
船川
ま、まぁ仕事じゃしょうがないじゃない
前部
色々あんのよ、皆
多山
そういうことだから、俺帰るわ
多山がドアを開けようとするが、開かない。
杉崎
どうした?
多山
開かない、何なんだこれ
前部
さっきの地震で立て付けが悪くなったとか
影本
そんな酷い揺れじゃなかったけど、お店の人呼ぼう
受話器を上げるが、全くつながらない様子。
影本
ダメだ、つながらない。
杉崎
おい、携帯は?
影本
そうか、何で気がつかなかったんだろう
携帯を皆が取り出す
磯島
よし、あれ?
影本
圏外だ
磯島
俺も
杉崎
俺もだ
船川
僕も
大津
だめ、圏外・・・
多山
だめだ・・・
携帯を色々動かす皆、しかし電波は入らない。
影本
もしかして、さっきの揺れ、関係あるんじゃない?
磯島
地震で圏外?
寺前
可能性はあるかも、地震のあと繋がりにくいことってあるからな
影本
そんな酷い地震には思えなかったけど・・・
大津
ダメ、全然無理
磯島
いよいよ閉じ込められちゃったね
杉崎
ふざけんな、くそ!
寺前
携帯もつながらないし
影本
さっきの地震どうなったのかな。圏外だと緊急地震速報とかも鳴らないからさ
磯島
そんなすごい地震じゃないんじゃない?
影本
もちろん震度5とかじゃないと鳴らないんだけど。電波が来てないからって可能性もあるんだ。酷い地震だと職場に参集しなきゃいけないしさ
寺前
うちらも同じ、学校行かないと
船川
おーい!
ドアを叩く船川。
船川
誰かいませんかー? すいませーん
寺前
誰かー、おーい!
影本
おーい!
多山
くそ!
船川
・・・
磯島
まーそのうち助けとか来るんじゃない?
大津
出た、テキトー
磯島
店員だって、時間になって出てこなかったらおかしいと思うでしょ
大津
本当のんきだよねー
磯島
大物と言ってくれる?
多山
磯は仕事してないからそんなこと言ってられるんだよ
磯島
してるよー
多山
バイトだろ
磯島
違うよ
杉崎
違うのか?
寺前
正社員?
船川
役者やめたの?
影本
えー、何て言うか・・・とりあえず、就職おめでとう磯さん
磯島
違う違うリーダー、バイトリーダーだよ
多山
・・・何だ
磯島
週5入ってるからね、正社員より仕事は回せるし、店長にも一目置かれてる
大津
だと思った
磯島
何だよー結構稼いでるんだよ
大津
でもバイトでしょ
磯島
バイトリーダーだよ
大津
そんな職業はないの
磯島
リーダーだからさ
杉崎
そんな話してる場合か、一刻も早くここから出ないと
多山
どうやってだよ、ドアは開かない、携帯は繋がらない。こんな状態でどうやって出るんだよ
杉崎
それは
多山
待つしかないんだよ、大人しく
磯島
え? あれ、また揺れてない? 何かさっきより
影本
さっきより強い!
皆
うわー!
揺れを感じる皆。
磯島
・・・う!
急に磯島が頭を押さえうずくまる。
杉崎
どうした?
船川
何、アドリブ?
磯島
違・・・ああ!
前部
ちょっと、どうしたの?
磯島
いや頭が
大津
顔色が悪いよ
寺前
救急車呼ぼうか
多山
だからどうやって呼ぶんだよ!
寺前
ごめん
影本
どうしよう! どうしたら
前部
大丈夫、大丈夫だから・・・
嶋田
・・・はいカット!
嶋田が手を叩き入ってくる。
嶋田
いいシーンでした、皆さん演技がうまくなってきたみたいですね
前部
演技って、この人本当に
嶋田
うるさい黙れ
前部
・・・
嶋田
誉めてるんですよ、いよいよ撮影も大詰めです。皆さん、よろしくお願いします。
皆
・・・
嶋田
返事は?
皆
・・・お願いします
嶋田がボタンを押す。叫び、倒れる皆。
嶋田
声が小さい
皆
よろしくお願いします!
嶋田
結構、では。ここで一旦休憩でーす。(台本を取りだし)皆さん喜んでください。いよいよクライマックスですよ。新しい台本です、明日の朝までに覚えてください。では私は編集作業があるので
嶋田が去る。
杉崎
あいつ、マジで何なんだよ、何回も何回も・・・あいつ・・・殺せないのか
影本
そんなの無理に決まってるでしょう
杉崎
あいつさえ居なけりゃ皆
影本
そんな殺すなんてやめてくださいよ
船川
そうですよ、まともじゃない
杉崎
こんなところに閉じ込められてまともでいられる訳無いだろう!
前部
大丈夫?
磯島
うん、もう落ち着いた。ありがとう。何だか急に頭が痛くなって
寺前
電流のせいじゃないのかな、蓄積されて体調が悪くなってるんじゃ
船川
何回くらいやられたんだろう
多山
この7日間で30回
影本
数えてるんですか
多山
そりゃ数えてるよ、自由になったら倍返しだ
前部
気分も悪くなるわけね
磯島
いや・・・何かさっきのシーンが、何かこう
影本
さっきの?
磯島
何ていうかうまく言えないんだけど、どこかでこんな話を見たような。デジャヴを感じて
大津
さっきのシーンが
磯島
うん、そんなこと考えてたら何か頭痛くなってそのまま
船川
前にもこういう目にあったことがあるの?
磯島
いや全然
杉崎
気のせいだろ
磯島
そうだね、気のせいだ・・・きっと
暗転。薄暗い明かりがつくと、嶋田と前部が話をしている。
嶋田
彼らの様子はどう?
前部
まだダメみたい。
嶋田
なにも思い出さないか、磯島も
前部
彼は、もしかしたら
嶋田
いや・・・もっと強いショックが必要なのかな、映画もクライマックスといこう
前部
これ以上、彼らに危害を加えるのは危険よ
嶋田
多少の犠牲はやむを得ない、彼らには自分が何をしたのか思い出すべき義務があるんだ。
前部
・・・
嶋田
君も、彼に思い出してほしいんだろう・・・僕らは共犯者なんだ
嶋田が去る。崩れ落ちる前部。
前部
私は・・・どうすれば
暗転。照明つくと皆が雑魚寝をしている。船川が起き、あくびを一つ。そして、ストレッチ。おもむろに手首を見て何かに気づく。
船川
ああ!!
杉崎
何だよ
船川
見て見て見て見て・・・ああ!
杉崎
だから何だよ?
船川
ああ!
杉崎
うるさい!
磯島
リストバンドだ!
影本
リストバンドがどうかしたんですか
磯島
ね?
影本
ね?って言われても
大津
あー!
杉崎
だから何なんだよ!
前部
何よこれ
杉崎
リストバンドが何・・・え
磯島
動いてるんだよ、これ。今までここ何も表示がなかったのに、今は見て、タイマーみたいになってる!
大津
どういうこと?
船川
この時間になったら、また電流が流れるってことか。3、2、1、ビリッ! いやあー!
前部
・・・きもっ
船川
!
磯島
そんな意味のないことする? もっと違う仕掛けだよ、きっと
影本
僕、見たことがある。確か映画でこんなシーンが!
杉崎
またかよ
影本
映画では、こういう腕輪を付けてて、タイマーがゼロになったら
船川
ゼロになったら?
影本
爆発するんです
船川
爆発!
杉崎
そんなことして、あいつの目的はなんなんだ。映画を撮ることじゃなかったのかよ
大津
(寺前に)奴の狙いは何なの?
寺前
え・・・
大津
あなた知ってるんじゃないの? 仲間だった訳だし
杉崎
そういや、そうだな
寺前
いや、僕は
杉崎
教えろよ、奴のねらいを
前部
やめなさいよ、この人の手にもリストバンドはついてて、見てよ。タイマーが進んでる。つまりこの人だって何も知らないのよ
寺前
ごめん、僕本当に
杉崎
ちっ
磯島
確かに同じ立場であることに間違いはない・・・ねえ、君はどう思うんだ
多山
僕?
磯島
そう、さっきから慌ててないけど
多山
・・・慌てても仕方ないから
杉崎
仕方がないってなんだよ
多山
慌てても解決策がないというか、なるようになるだけでしょ
船川
そんな投げやりな
多山
僕はどうでもいいよ
杉崎
どうでもいいって何だよ
多山
どっちでもいい、どうなってもいい
磯島
助からなくていいってこと?
多山
ここを出たって結局、警察につかまるだけってことだろ?
寺前
警察? 何、警察って
磯島
・・・
多山
何とか言えば、あんたは本当は
船川
ねえ、磯島くん。ちょっといいかな
磯島
何?
多山
・・・
磯島を連れて離れる船川。
磯島
どうしたの?
船川
前部さんのことなんだけど
磯島
前部さん?
船川
あの、こんな時になんだけど、さっき言ったみたいに前部さんのことが気になっていて、もちろん彼女も僕に気があると思うんだ
磯島
ああ、その話? ていうか今
?
大津
・・・(聞き耳を立てる)
船川
実は僕、今日告白しようと思ってるんだ
磯島
え? ていうか今そういう場合じゃないだろ、どういう状況かわかってる?
船川
わかってるよ、だからこそ
磯島
どんなタイミングだよ、絶対うまくいかないから
船川
でも、もしこのまま爆発しちゃったら、死んじゃったら俺は告白することもなく、死んでいく。それだけは、それだけは避けたいんです。だって僕は僕は
大津
童貞だから?
船川
横から入ってこないで! 付き合ったことくらいあるよ、一度だけど
大津
オイル買わされ事件の子は付き合ったうちに入らないからね
船川
えー
大津
キスすらできなかったんでしょ、完全童貞じゃん。あとプロはノーカウント
船川
えー!?
磯島
とにかく今日はやめておいた方が
船川
やってみなくちゃわからねえだろ!
磯島・大津
・・・いや、わかる
船川
・・・
前部
何してるんですか
磯島
何でもないです
船川
いや、前部さん。大事なお話が
前部
なんですか
磯島
大したことじゃないんです
船川
いえ、大事な話なんです
前部
どっちなんですか
大津
きっとどうでもいい話ですよ
船川
横から入ってこないで
前部
確かにそうね
船川
・・・えー
じーっと磯島を見る影本。
磯島
何ですか
影本
関西弁じゃないんですね
磯島
な・・・なに言うてんねん。思いきり関西弁やがな
船川
え、関西弁話すの
磯島
当たり前やがね、わて、生粋の関西人やがね
大津
イントネーションが全然違うんだけど
杉崎
そういえば、あんたも。その言葉使い・・・どっかで
大津
いや、そ・・・そんなことないがな
船川
君も関西弁話すの?
大津
だって、僕も生粋の関西人やから!
船川
何で急に皆関西弁なの、流行ってるの
磯島
元々ですよ・・・おまんがな
大津
ほんまほんま変なこと言うなあ
磯島
ほんまやで
船川
前部さん、ちょっと関西弁しゃべってみてください
前部
何ですか
船川
方言女子って萌えるんです、前部さんの関西弁かわいいだろうなー
前部
気持ち悪
船川
・・・
影本
本当に関西の方なんですか
磯島
しつこいなあ自分、ほんまえいいかげんにしいやー、怒るでしかし
大津
ほんまほんま
影本
何か変だな
磯島
わてらのこのネイティブな発音聞けばわかるやろ、怒るでしかし
大津
ほんまほんま
前部
ちっ
磯島・大津
え?
前部
やかましいな。腹立つわー
磯島
え?
前部
さっきから聞いてたら、ええ加減にせえよホンマ。あんたら、関西人ちゃうのにええ加減な関西弁使うなや、腹立つわー
磯島
え? いやわてらこてこての
大津
関西人で
前部
やかましい言うとんねん。エセ関西弁は耳障りやねん、わかったか! いてまうぞコラ!
磯島・大津
ごめんなさいっ
前部
あとあんたきもいねん! 口説いてくんな。マジ無理やから、平常時でも緊急時でも関係ないわ! マジ無理、次口説いたら殺すで!
船川
・・・すいません
影本
ご出身は
前部
尼崎や、何か文句あるんかい
影本
いえ!
前部
(豹変し)もう、怖かったー
影本
こっちが怖い・・・
前部
あれー?・・・大津さんは何やってるの
磯島
・・・
何かを考え込む磯島。
大津
ちょっとね
前部
パソコン? 通信できるの? ここから出れるの
大津
違うよ、電子手帳。Wi-Fiも飛んでないし
前部
電子手帳って珍しいね
大津
便利なのよ、スケジュール管理とか
杉崎
俺は手帳は紙派。
大津
はいはい
杉崎
一時期流行ったけどね、結局使わなくなるんだ
大津
俺、これで日記つけてるし。
杉崎
え?
磯島
あ!
杉崎
何だよ
磯島
一個疑問があるんですけど
杉崎
だから何
磯島
これ、映画の撮影だとしたら、どうやって撮ってるんですかね
杉崎
今そういう場合じゃないだろ
影本
さっきもいったけど隠しカメラだって
磯島
たぶんそうだとは思うんですけど、でも
杉崎
でも何だよ
磯島
映画って、カメラアングルが大事ですよね
大津
そりゃ当たり前でしょ
影本
アングルによって、観客に与えられる情報を制限することもできれば、カット割りでシーンを面白くすることもできる
磯島
そう
杉崎
だから何を言いたいんだよ
磯島
でも、この映画はどっかに仕掛けられた隠しカメラで撮ってる。何台かわからないけど
大津
そうよ
磯島
たぶん、必然的に引きの画が多くなると思うんですよ
影本
隠しカメラでやってる以上、当然だよね
杉崎
だから何なんだ、何が言いたいんだよ
磯島
そんな映画、面白いですかね
杉崎
そんなの知らねーよ、あいつに聞けよ
影本
映画じゃないっていいたいわけ
磯島
で、思ったんですよ。そんな状態でも映画として成立するにはどうしたらいいか、どうしたら観客を引き付けられるか
杉崎
・・・どういう意味だ
影本
え、そういうこと?
磯島
わかってくれました?
杉崎
全然わかんねえよ
影本
そんな状態でも、あるジャンルの映画なら観客はたぶん引き付けられる
船川
え?
大津
あ、そういうこと?
杉崎
何だよお前ら腹立つな
大津
分かった、言いたいこと
磯島
そう、この映画は
影本
ホラーなんじゃないですか
杉崎
・・・何?
大津
そう
磯島
ホラーもしくはサスペンス
杉崎
待てよ、これのどこがホラーの
影本
彼が撮ってるのは、その台本に書かれたことだけとは限らない
杉崎
あ?
磯島
そう、彼が撮ってるのは僕たちが置かれたこの状況の全てです。この全てが映像に納められているとしたら。監禁された男女、お互いへの不信感が高まり、次第に理性を失い、そして・・・
影本
そう、(多山に)あなたも言ってた。彼は最後に僕らを殺す気かもしれない、そしてその一部始終を撮ったこのフィルムは、観客を引き付けて離さない・・・
多山
やっぱり・・
影本
彼は僕らを
皆
殺す気だ
テーブルに手を打ち付ける杉崎。
杉崎
あーもうやってられるか! あいつ、許せねえ
前部
どうする気?
杉崎
決まってるだろ、やられる前にやってやる
多山
どうやって? このリストバンドがある限り、僕らの命は彼の手の中なんだ
杉崎
そんなの、これだけ人数がいれば何とか
多山
現に今までただの電流で手も足も出なかったじゃないか、それが爆弾だぞ? 俺たちに何ができるんだよ
沈黙。
磯島
爆弾、あれ・・・?
前部
どうしたの
磯島
待って今何か・・・あ、そうか、爆弾・・・いや、一つ方法があるかも
多山
何言ってるんだ
磯島
これがもし爆弾なら、嶋田に近づけばいいんじゃないか。嶋田もただじゃすまないほど近くにいれば、奴は起爆装置を押すことはできない。そこを取り押さえれば
影本
そうか
船川
いいかも
多山
電流を流されたらどうするんだよ
船川
やっぱだめだ
寺前
・・・電流なら大丈夫だと思う
多山
何だって
寺前
以前よりは痛くないはずだ
影本
そうか・・・何度も流されてるから
寺前
耐性ができてるはず。少なくとも嶋田を押さえつけることくらいできる
杉崎
そうか、やれるぞ、やれる
大津
希望が出てきた、あいつだって巻き添えにはされたくないはず
磯島
あいつを押さえつけ、リストバンドを外させ、ここから出る
影本
決まったね! やろうやろう
前部
どうするの?
多山
決まってるだろ・・・倍返しだ!
磯島
この時、共通の敵を前にバラバラだった僕らがはじめて一つになろうとしていた。嶋田の言うとおり、僕らは繋がっていたのかもしれない。この台本にあるように、昔からの友達みたいな不思議な絆で・・・
船川
そうと決まったら、楽しくなってきた!
船川が歩き回る。
船川
あの野郎、自由になったらボッコボコのギッタギタに
船川が何か箱のようなものにつまずく。
船川
痛っ、誰だこんなとこに箱なんか、何だよ、もう
長い箱がいつの間にか置いてあり、蓋が開きかけている
船川
もう誰だよ、本当、邪魔だって
磯島
知らないけど
杉崎
知らない
大津
知らないよ
影本
僕も
前部
何が入ってるの
磯島
誰も知らないの?
船川
嶋田のかな、開けちゃうよー
と、船川が開けようとするが蓋が引っ掛かっていてなかなか開かない。それを引っ張る船川。
船川
ちょっと、これ。固い
杉崎
何だ?
杉崎、大津が手伝う。引っ張ったり、押したりなどしている内に箱が転がり。
磯島
あ
箱から、嶋田が転がり出る。腹から血を流している。
船川
え・・・えー!
前部
きゃー!
杉崎
嶋田!
大津
血だ!
磯島
何で
船川
うわーわーわー!
影山
えー!
船川
あー! やばいやばいやばいやばい
磯島
うるさい!
船川
でも、だって
前部
どいて
前部が嶋田の脈を図る。
前部
死んでる・・・
磯島
何で
杉崎
マジかよ
寺前
嶋田くん・・・
磯島
血だ・・・腹をナイフで刺されたみたい
前部
あまり触らない方がよくない?
磯島
確かに、皆、動いちゃいけない。殺人の可能性がある
船川
殺人って
磯島
そしておそらく・・・犯人はこの中にいる
前部
この中に
多山
確かに。ここは密室、僕たち以外は誰もいない
磯島
・・・
船川
先に言っておくけど僕じゃないからね、僕は無実だ
大津
そういうことを真っ先に言うやつほど怪しいんだよね
船川
違うから!
大津
そういえばさっき殺すって言ってたよね
船川
あれは言葉のあやで
杉崎
怪しいな
船川
俺は絶対やってない! あんたの方が
杉崎
何だよ
船川
いや、あの。えっと
杉崎
何だよ!
船川
何でもないよ!
磯島
やめろ! やつのことを憎んでたのは船川さんや杉崎さんだけじゃない・・・ここにいる全員に動機がある。え? あ、また・・・
磯島が倒れる。磯島にスポットライト。
影本
何でこんなことになったんだろう
大津
そんなの決まってるよ
寺前
やめなよ。彼をせめても
杉崎
全部こいつのせいだろ! 決まってるだろうが
多山
誰もこんなところには来たくなかった
船川
そうだよね
磯島
もう嫌だ、何でこんなことになったんだよ。大切な・・・うう、痛
うずくまる磯島。しばしの間。照明変わる。
磯島
・・・何だ今の・・・ひどく酔っぱらった次の日に、昨日起きたことが果たして現実のことなのかわからないということはないですか。頭が重くて、ずきずき痛い。吐き気もする。その日の僕は、そんな気分でした。
他の皆は台詞の間にゆっくりとテーブルを囲んで座る。磯島も続く。音楽。
多山
あの日、とても僕は急いでいた。早く帰りたくて仕方なくて。あの頃どうしようもなく、辛いことがあって。辛いなって。僕には守るものもなく、一人でいたんです。というより、ずっと一人でした。一人でずっと居て、でもそれが性にあってたんだと思います。一人でいた方が楽でした。だからあいつから呼び出された時は面倒くさかった。そう、嫌々でしたね。でも彼強引でしょ? 仕方なくですよ、仕方なくね
寺前がテーブルを叩く。ハッとする多山。
磯島
ちょりーす
寺前
そろそろはいたらどうだ、奥さんの死体をどこに隠したのか
多山
しつこいな刑事さん。妻の死体などどこにもない。彼女は行方不明なだけです・・・(観客に)あのカラオケボックスは妻との思い出の場所だった。彼女が眠るにふさわしい
照明変わる。多山がコーヒーを飲んでいる。多山と影本以外はポテトフライを食べている。多山と影本はジェンガをしている。
多山
・・・頭が痛い
大津
コーヒーを飲むからよ
多山
そうかな
大津
頭が痛いのに空きっ腹にコーヒーなんか飲むからよ。決まってるじゃない
多山
僕の頭痛にはコーヒーが効くんだ
大津
せめて何か食べなさいよ
多山
口に合わないんだ
大津
そんなこと言ってるから頭痛になるのよ、ちゃんと食べたら
船川
そうだよ、ちゃんと食べないと
多山
わかったよ
ポテトフライに手を伸ばす多山。
影本
あ、ジェンガしながらポテトはやめてもらっていいかな
多山
何で
影本
ジェンガに油がつくじゃないか。ジェンガかポテトかどっちかにしてもらっていいですか
多山
ジェンガで相手が考えてる間に手持ちぶさたじゃないですか
影本
携帯でもいじってればいいじゃないですか
多山
電波届かないでしょ、電波の来てない携帯はもはや文鎮型時計ですよ。文鎮時計で暇が潰せますか
影本
じゃ、本でも読んでればいいじゃないですか
多山
本に集中して、またジェンガに集中したら、話がわからなくなるじゃないですか。それに口寂しいじゃないですか
影本
だからってポテトだと、ジェンガが油まみれじゃないですか。そのジェンガはまた僕らが使うんですよ、せめて一ポテト、一拭き、一ジェンガにしてください
多山
一ポテトするたびに一拭きしてたら、ペーパータオルがどんどん汚れますよね
影本
はい
多山
どんどん汚れて、それでも拭いたら、油まみれのペーパータオルになりますよ。油まみれのタオルで拭いた手でジェンガを触ったらやっぱり汚いじゃないですか。意味ないですよ
影本
拭いただけマシです。
多山
あなたには汚れが見えるんですか
影本
見えます。少なくともジェンガがテカらない感じにはなります。
多山
ジェンガもテカりたいと思ってるかもしれませんよ
影本
思ってません
多山
へー、君にはジェンガの心がわかるんですか。むしろテカった方が光沢ができていいじゃないですか
影本
そんな汚い光沢はいりません
多山
あー言えばこういう
影本
こっちの台詞です
前部
懐かしいわねこのやり取り
磯島
え?
前部
覚えてないの
磯島
・・・え?
前部
だめね、やっぱり失敗
磯島
え?
前部
覚えてないの?
磯島
覚えてる?
皆、ストップモーション。磯島にスポットライト、前を見つめ。
磯島
記憶が・・・頭が痛い
頭を抱え、その場にうずくまる磯島。ストップモーションが解けたかのように、急に騒ぎ出す大津たち。
大津
どうするの! どうするのよ、もう!
杉崎
うるさいな、こっちだって考えてるんだよ
船川
もうダメだ、おしまいだ
多山
だから言ったんだ、最初から無駄だって
影本
何とかなりますよ、希望を捨てないでいれば。もしかしたら助けが
多山
この状況の何に希望を持てと?
磯島
夢じゃなかったのか
杉崎
やっとお目覚めか、のんきなもんだな
磯島
すいません、えっと
杉崎
あれから嶋田のポケットを探り、鍵を探したがそれらしいものはなく、リストバンドをはずす方法も見当たらない。もちろんこいつを殺した奴もわからない。こいつが死んだことで、むしろ状況は悪化してる。その上、タイマーがどんどん減っていってる、見ろよ、あと数時間で・・・あれ
船川
どうしたんですか・・・あ!
磯島
何ですか、え・・・
大津
早い早い早い早い、これ一秒の早さじゃないよね
リストバンドのタイマーがどんどん減っていく様子が写し出される。(可能であればスクリーンにタイマーを映し出す)
磯島
数時間もない、これ、このタイマー、速度が早すぎる
大津
何なのよ!一体・・・だめもう最悪
杉崎
壊そう、これ。もうそれしかない
影本
映画だと、壊すとすぐ爆発してました
杉崎
何だよそれ!
大津
じゃあ、どうしたらいいのよ!
影本
何か方法があるはずです
磯島
嶋田は・・・知ってたはずですよね。解除方法を
前部
それはそうよ、あいつだけが知ってた
多山
でも彼は死んでしまった、もう無理だよ
磯島
いいえ。解除方法を知っていた嶋田が殺されたということは、嶋田を殺した犯人もまた解除方法を知っている可能性が高い。
前部
犯人の目星がついてるの
磯島
いえ。ただ、ちゃんと考えてみるべきなんじゃないでしょうか。そうしたら・・・犯人や、ここから出る方法がわかる。考えてみれば、ここ数日の出来事はおかしすぎる。いきなり目が覚めたらこんなところに閉じ込められ、頭のおかしい男に映画を撮ることを強要され、何度も何度も電流を流され、時限爆弾のタイマーが進み、そしてその男がおそらくこの中の誰かに殺され、プラス全員が何らかの形で関係している・・・おかしい、おかしすぎる・・・
前部
ねえ、大丈夫?
磯島
あの日、あなた達は偶然バスを待ってて、そこであいつに襲われた
前部
そうよ
磯島
そもそも、何であの日皆あのバス停に居たんですか。偶然にしては出来すぎてるとは思いませんか
船川
確かに
磯島
恐らくあいつは意図的に皆さんを集めたんです。僕は皆さんがあそこに来た理由が知りたい
杉崎
俺の場合は、SNSを通じて急にあいつから連絡が来て、金くれるって言ってた。俺、DVで捕まって首になってから、ずっと金に困ってて
大津
電話がかかってきたの、あのバスに乗れって。あたしは命令された。従わなければ秘密をばらすって
影本
僕はいつもあの時間にあのバスに乗
船川
僕は酔っぱらってていつの間にか
多山
俺は、脅されたんだ
磯島
脅された?
多山
俺は妻を・・・そのことであいつに、だからあの日あの場所に
影本
どういうこと?
磯島
とりあえず今はいいから。皆、意図的にあの場所に集められた。そもそもあいつは何なんだろう。何故俺達のことを知ってるんだろう
前部の視線が泳ぎ、大津が電子手帳に何かを書き込んでいるのを見つける。
前部
あ、また書いてる
大津
うん、ちょっと・・・何かあった時のために、状況を書き残しておきたくて。もう、ダメかもしれないから
杉崎
・・・
船川
・・・何それ、日記? うける
大津
似合わないとか思ってるんでしょ
船川
似合うけどね・・・ていうか、僕もつけてるし
大津
え、なにそれ
杉崎
実は、俺もつけてる
寺前
え、俺も
影本
俺も
磯島
俺も・・・何で皆日記を
船川
共通点があったね
磯島
こんな偶然あるかな、皆つながっていて、その上日記まで
影本
どういうこと
磯島
何かおかしいんじゃないのか、こんな偶然ありえる?
前部
落ち着いて磯島さん
音楽と照明、高まっていく。
磯島
なにかがおかしい何かがおかしい何かがおかしい何かがおかしい何かがおかしい
大津
現実のことなのに、リアリティがない
影本
何で楽しい時間ってあっという間に過ぎるんだろう
杉崎
いっつも同じ話してるだけなのにな
船川
僕は痴漢じゃない! 痴漢じゃないんだ!
寺前
お、どした?
多山
ほんとばーか
前部
あなたの記憶は作られたものなのかもしれない
そして、磯島以外が先程の台詞を同時に話す。
磯島
同時に喋るな! あと、お前ばーかって
音と照明、元に戻る。
前部
磯島さん! 磯島さん!
磯島
え?
前部
どうしたの、頭を抱えて
磯島
え、いや・・・何かがおかしい。何だかね、とても違和感があるんだ。
杉崎
何だよ、俺達が怪しいってのか
磯島
いえ、そうじゃなくて。何だか変な感じがするんだよ、皆の話を聞けば聞くほど
大津
どういうこと?
磯島
感覚的なものなんだけど、何かが何かが
多山
それじゃわからない。何が言いたいんだ
磯島
・・・あいつの台本
何かを思い立ったように台本を取りに行く磯島。
前部
どうしたの?
杉崎
今さら台本なんて
磯島
昨日渡された追加の台本! 読んだ人は?
杉崎
読むわけがない
磯島
あいつはクライマックスていってた。何かヒントが・・・書いてない
船川
え?
磯島
この台本、表紙だけでほとんど何も書いてない
台本を叩きつける磯島。
大津
どういうこと?
影本
・・・アドリブで演じろってことですかね
磯島
じゃ、そう言えばいいだけだ・・・もしかして嶋田は自分が殺されることを、そして俺達がさらにパニックに陥ることを予想してた?
多山
やつがわざと殺されたとでも言うのか
磯島
いや、そうじゃなくて・・・多山さん、あなた奥さんを殺してるんですよね
多山
・・・何だ突然。やっぱり聞いてたのか
目を反らす前部。
船川
ええ? どういうこと?
多山
逮捕でもするつもりか
寺前
逮捕? 彼は劇団員だろ
多山
・・・こいつは刑事だ、だよな?
磯島
・・・ええ
影本
そうなの?
磯島
すいません。僕は行方不明になったあなた達の捜索をしていた、でも奴に捕まったんです。あなたの罪はとりあえずいい。僕はあなたを逮捕する気もない
多山
じゃあ何なんだよ
磯島
整理したいんです。いいですか? あなたは俺に取り調べを受けたと言った。なのに何故か逮捕されることもなくここにいる。
多山
それは証拠不十分で
磯島
証拠、そうです。証拠がなかったんだ。凶器とか?
多山
凶器だけじゃない。妻の死体もだ
磯島
なるほど。では話を戻します。多山さん、あなたはここに来てからずっと不安定だった。夜も眠れてないみたいだった。そしてやたらこの場所に詳しかった。あなたは、昔来たことがあるんじゃないか。この場所に
多山
お前・・・
磯島
もっと言おうか。あんたが死体を隠したのはここじゃないのか。だからこの場所に来てから不安定になった
多山
何故・・・それを
磯島
そしてここからが一番重要なことだけど、あんたが奥さんを殺してこの場所に埋めたというのは、そのことを事実だと考えている根拠は
前部
やめなさいよ! 今、何の時間? この人が何をしてようが、このまま時間切れになったら私達は死ぬのよ。尋問して何になるの?
磯島
わかった。質問を変えよう。えっと、多山さんはどんな仕事をしてたんですか
前部
だから何なのよそれ
磯島
必要なことなんだ
多山
海外の、何て言うか貿易関係だよ
磯島
具体的には
多山
え・・・もう忘れちゃったな、昔のことは
前部
あまり思い出させても、辛い記憶なんだし
多山
うん、そう。辛い記憶だ
磯島
じゃ、どんな奴だったんですか、その間男は
多山
え
前部
ちょっと
杉崎
おい、ちょっと
磯島
何ですか
杉崎
その話やめないか
大津
なんでよ
杉崎
今話すことじゃないと思うけど
大津
聞きたいよ興味あるよ、ねえ
磯島
色々話せば見えてくるかもしれない
杉崎
良くないよ人の傷口広げるの
前部
私もそう思う
杉崎
その話題だけはやめよう
大津
知りたくないの
杉崎
知りたくないね、そんな
大津
知りたいわよ、ねえ
船川
う、うん
杉崎・大津
どっちだよ
船川
もうこのくだりやだー
杉崎
・・・そういえば俺が、夜の街に入り浸っていた頃、よく行く店のオカマが言ってた話なんだけど
船川
話変わった
杉崎
だって面白くないし
大津
え、そういう話はどうかな
杉崎
何
大津
オカマの話とか聞きたくない
杉崎
そうなの
大津
むしろさっきの話を。面白くないから
杉崎
いやいや
大津
いやいや
牽制し合う二人。
磯島
冷静に、ちゃんと話しましょう
前部
あー焼おにぎり
磯島
え?
前部
焼おにぎりって、影本さん、焼おにぎり好きですか
影本
え・・・そうですね、どちらかというと好きですね
前部
香ばしいですしね。私、冷凍じゃなくて、本当におにぎり作って焼いたやつがいいです
影本
あ、わかります。なかなか焼き色つけるの難しいですよね
前部
え? 料理するんですか
影本
彼女がね
前部
彼女いたこともあるんですか
影本
焼おにぎりって茶漬けにすると美味しいですよね
前部
そう、あれ最高。で、彼女いたことあるんですか
影本
いや、ありますけど
磯島
いや、どうでもいいから
前部
彼女の得意料理ってなんでした?
影本
いや、え・・・何だっけな
前部
覚えてないの、酷いなー・・・あーお腹すいた・・・ポテト食べようよ
影本
前部さん、今そんな場合じゃ
前部
さっきポテト食べたいって
影本
今は日記とか違和感のことを、あれ、ポテトの話なんてした?
前部
ジェンガを油まみれにしてでもポテトを、あ、違った
磯島
・・・
船川
あ!
大津
何よ
船川
タイマーが、もう!
磯島
・・・ねえ、前部さん
前部
なに?
大津
ああ!
磯島
さっきから気になってたんだけど、どうして話を戻すの。核心からずらすの
前部
・・・
杉崎
時間がない!
磯島
君は、何者だ?
あわてふためく杉崎たち。そして前部にスポットライトと同時に皆がストップモーション。
前部
・・・
止まったまま前だけを見つめる前部。沈黙、そして。足元にいつの間にかあったバットを掴む。
前部
わー!
バットを降り下ろす前部。
前部
くそくそくそくそ! あー!
バットを降り下ろす前部。椅子に突然座る。沈黙。の間に、前の椅子に磯島が座る。
前部
・・・何でも話してくださいね
磯島
・・・
前部
お名前は
磯島
・・・
前部
磯島さんですね。あなたに何があったのか話していただけますか
磯島
・・・(小声でつぶやく)
前部
え、すいません。聞こえなくてもう一度
磯島
誰も・・・誰もいなかった、誰も。俺はあのとき、戻らないといけなかったのに、それができなくて、外に出たんです。外が真っ暗で。昼間なのに、昼間じゃなくて。辛かった、辛かった。怖かった、怖くて、怖くて、怖くて怖くて
前部
落ち着いてください。わかりました、ゆっくりでいいですから、ゆっくり話してください。
磯島を落ち着かせる前部。前部のナレーションがインサート。
前部の声
主人とは、好きな映画のジャンルが同じで、たまたまレイトショーを見に来てて、フランス映画で。何て題名かも忘れたけど。本当たまたま。恋愛映画だったんです。まわりはカップルばっかで、一人なのは私と主人だけで。あの人は、仕事帰りにムシャクシャしてて、別にこの映画が好きとかではなくて
磯島
こんなところ、来なければ良かった。あいつが呼ぶから、あいつさえ呼ばなければ
前部
落ち着いてください
前部のナレーションと、実際の前部の声が重なる。
前部
その映画が途中でなんだったんだろ、すごくいいシーンの前で、これからどうなっちゃうんだろうって時に、突然止まっちゃって。で、客席が明るくなって。機材トラブルって。申し訳ありませんでしたってアナウンス流れて。30分待ったら見れるからって、待てない方には返金しますって。そしたら、まわりのカップルみんな帰っちゃって。あの人と私だけ残って。お一人ですかって。あれって。あっ!て。久しぶりって。それが1年ぶりの再会で、何だかんだあって、あっという間に一緒になって。子供も生まれて、女の子で。平凡だけど結構幸せで。なのに色々あって、あっという間に離婚して、でも娘がね言うんです。パパに今度いつ会えるのって。だから、私行ったのあの日、あの日行かなければ良かったのに。そうすれば、あの子と一緒に居れたのに!
ゆっくりと近づいてくる皆。前部は立ち上がり、叫ぶ。バットが空を切る。
船川
正直言うと、よく覚えていないんですよね。何であんな宗教にはまったんだろ、なぜあの女の言うとおり商品を買い続けたんだろ、気づいたらそうなっていたというか
大津
自分でも、あまりに壮絶すぎて。子供の頃のことだけど記憶に残ってるから、皆に性犯罪者の弟扱いされたことが
影本
母とはあれから会っていません。だから時々思うんです。あの虐待されていたこととか、笑うことしかできなくなったことが、自分の思い込みや幻なんじゃないかって。でもそんな都合よくはなくて
杉崎
妻にDVを振るっていたことは確かだよ、だって記憶に鮮明に残ってるもの。浮気をしたことも。でも正直言うとその女たちの顔は思い出せないんだけどね、だって、多すぎるからさ
寺前
嶋田くんから、自分のことを聞かされた時は驚きました。自分が痴漢の冤罪で捕まった教師だなんて、でも彼は言ってくれたんです。僕は悪くないんだって、だから僕も受け入れられたんです。その記憶を
多山
今でもあの日のことを思い出すと震えます。抵抗できなくなった妻を何度も何度も何度も僕は・・・妻を愛していただけに憎かった。先生言ってましたよね、忘れたい記憶を忘れるためには他の強い出来事や記憶がないとダメだって。でもね、先生。僕にはあれほどの出来事はもう起こらないです
磯島
僕はちゃんと覚えてますよ。だって、ほら
皆
日記に書いてあるもの
前部が磯島の頭を押さえて。
前部
目を閉じて。三つ数えて。1、2、3
その場に崩れ落ちる磯島。
前部
皆壊れちゃう。あたし、あたしも・・・もう限界。
狂ったように笑う前部。誰かが前部に話している。誰かは演出が決めること。
前部
ある朝、私は目覚めた。そこは暗い場所で、何もなかった。私は頭を打っていて、ここがどこなのか自分が誰なのかもよくわからなかった。そのこと自体、私をとても絶望的な気分にさせたことを覚えている。しばらくすると、私の、その靄が晴れて、自分が何をしていたのかも思い出すことが出来た。そうだ、皆はどうしただろう、あたり一面の瓦礫の中を、あの重い瓦礫を一枚、また一枚と願いをこめながら私はどけた。どうか、彼らが生きていますようにと。どうか、生き残ったのが私一人でありませんようにと。
?
今のは何ですか
前部
私の好きな詩よ
?
詩?
前部
そう、似合わないでしょ
?
いえ、ただ
前部
ただ?
?
哀しいお話だなと思って
前部
そう、だからいいのよ
バットを振り上げる前部。
前部
皆、皆、私を壊す。やめて、やめて。ふざけるな、ふざけるなー! あー!
バットを降り下ろす前部。いつの間にか嶋田が立っていて。
嶋田
目を閉じて三つ数えて。1、2、3
音楽。そのまま頭を抱える磯島。嶋田は倒れる。他の皆はストップモーション。音楽が高まっていき、突然カットアウト。暗転。明かりがつくと先程のシーン。
杉崎
どうするんだよ、タイマーが止まらない! むしろ早くなってる!
影本
諦めてはダメです、映画でもこういう時あきらめた人から死ぬんです
大津
でもさ
影本
何ですか
大津
このスピードだと全員一斉に死ぬわよ
影本
・・・あきらめちゃダメです! 映画だと
杉崎
うるさいよ!
磯島
あと10秒、9、8、7、6、5、4!
照明と音楽、緊張感が高まっていく。
杉崎
冥土の土産に聞いていいか
影本
何です?
磯島
3
杉崎
その映画、何て映画だ?
磯島
2
影本
・・・忘れました
磯島
1!
杉崎
ばかやろー!
頭を伏せる皆。
磯島
爆発・・・しない
影本
・・・映画は映画ですから
杉崎
ばかやろう!
どこからか拍手の音が聞こえる。
杉崎
なんだ?
大津
何よ
影本
拍手?
多山
誰?
嶋田が入っていた箱が開く。
船川
あああ!
磯島
嶋田?
船川
おばけ! ゾンビ? バイオハザードもリングも苦手!
嶋田
・・・素晴らしい
杉崎
お前
大津
死んだんじゃ
船川
貞子? バイオ?どっち?
磯島
しつこい! どういうつもりだ
前部
・・・
嶋田
素晴らしい・・・いいシーンが撮れました、その鬼気迫る表情、それこそが僕が求めていたものです
杉崎
ふざけるな、お前!
寺前
生きてたんだ
磯島
いったい何がしたいんだ・・・お前の、お前の目的はなんだ
杉崎
やっぱりドッキリなのか?
嶋田
やれやれ・・・ここまでしても。まだ
磯島
答えろ!
嶋田
まだ、思い出さないのか
磯島
思い出す?
嶋田
まだ思い出さない? 何も心当たりはない? 違和感はないのか、その日記にかかれている君らの話に違和感はないのか?
杉崎
どういうことだよ
嶋田
君らは何も無作為に偶然に選ばれた訳じゃない
多山
意味がわからない
嶋田
ここまでやってもダメか、仕方ない・・
箱の中を探る嶋田。
杉崎
何だ?
前部
・・・
銃を取り出す嶋田。
磯島
な
嶋田
・・・もーしーもー(口ずさむように)
銃を構える嶋田。
影本
え? え?
杉崎
嘘だろ
嶋田
ぼーくがー
大津
待って
磯島
ちょ
嶋田
いーつかー君をー・・・何だっけ
船川
おもちゃ?
寺前
え
嶋田
まあいいや
銃で寺前、影本、杉崎、船川、大津、多山を撃つ嶋田。倒れる6人。
嶋田
・・・
磯島
・・・何するんだ・・・何するんだ、おい!
嶋田
・・・歌詞が思い出せないや
磯島
何こいつ何?
前部
・・・
磯島
何で撃つの? 何だよいきなり! 彼、寺前さんは仲間だったんじゃないの、何で殺すんだよ、何がしたいんだ、何故殺す必要があるんだ! 俺も殺すんだろ、俺らも、いいよもう、結局・・・その前に言えよ、なぜだ、何故殺した、何故殺す必要があったんだ!
嶋田
君はもう一人だ、どんな気分だ
磯島
・・・どんな気分、最悪だよ、殺せよ、もう殺せよ!
照明が変わる。
磯島
なぜかその時、激しい怒りに襲われながら俺は思いました。こんな気分、味わったことがある。一人だ、一人になってしまった、最悪だ。もう殺してくれ・・・あのテロ事件の時? いや、違う。そうじゃない
嶋田
まだ思い出さないか
磯島
あ・・・え・・・え
音楽と照明。嶋田に向かって話す磯島。
磯島
もう嫌だ、何でこんなことになったんだよ。大切な人は皆死んじゃって・・・俺は生き残りたくなんかなかった。何でこんなとこに来たんだ、何で何で何で何で何で!
嶋田
すまない
磯島
お前が、俺を、俺たちを呼んだから。こんな記憶覚えていたくなかった、忘れたいのに忘れられない
嶋田
・・・
磯島
殺せ、殺せ、もう殺せよ! 殺せ殺せ殺せ!
嶋田
生きろ!
音と照明。その場で崩れる磯島。
嶋田
思い出したか?
磯島
何だ今の
嶋田
君の記憶だ
磯島
・・・え、え? そんな、何で・・・
嶋田
そう・・・君は
磯島
じゃ、どうして。どうして皆を
寺前が急に立ち上がる。
磯島
! え?
寺前
びっくりしたー
影本、船川、杉崎、大津、多山も立ち上がる。
船川
死んだと思ったー
嶋田
空砲ですよ
磯島
何なんだよ!
大津
どおりで痛くないと思った
船川
死んでなかったのか
杉崎
てめえ、本当にふざけろよ!
嶋田
君らは、まだ思い出さないのか
杉崎
何をだよ!
磯島
待って。あんたは何がしたいんだ、何を言いたいんだ
嶋田
もう、思い出したろう
磯島
ちゃんと教えてくれ。さっき言いかけたのは
前部
全部、間違ってるの。全部
磯島
どういうことだ、君は、やっぱり協力者? だから核心に触れないで
前部
記憶を思い出せるには、わざと邪魔をすることも大事なの。隠そうとすればするほど、人はより真実を求めるもの。この計画を成功させるためには、障害が必要だった
磯島
計画・・・?
前部
そう、あなた達は私の患者なの。そして、大切な友達でもある
嶋田
そう、君は刑事じゃない。売れない役者で、バイトリーダーだった
磯島
・・・そんな
暗転。
≪りんだりんだりんだ≫
嶋田の声
あの日、僕らは同窓会をしていた。
照明。乾杯する皆。
皆
乾杯!
照明が変わる。嶋田が出ていくシーン。
嶋田
トイレに行くよ
杉崎
酒くれよー
照明変わる、爆音。皆が、揺れにより立っていられなくなる。
磯島
何なになになに?
影本
地震だ、皆、座って、屈んで!
照明変わる。
磯島
え? あれ、また揺れてない? 何かさっきより
影本
さっきより強い!
皆
うわー!
暗転。照明変わる。
嶋田
おい、おい・・・皆、生きてるか
影本
うん、大丈夫。皆は
磯島
大丈夫
杉崎
うん、大丈夫だ
口々に無事を確認する皆。
船川
どれくらい時間が経ったんだろう
寺前
携帯の電池、切れてる。結構時間が経ったみたいだな
嶋田
とりあえず、ここを出よう。助けを呼んでこないと
杉崎
俺も、奈津子は待ってろよ
前部
・・・うん
走り去る杉崎と嶋田、大津や船川、影本、寺前、多山が続く。
磯島
ちょっと待ってくれ!
嶋田
何だ
磯島
いきなりそんな話をされても
嶋田
信じられないのも無理はないが、君らの記憶は間違っている。正確に言うと、君らが自分の記憶だと思っているそれは、君らの記憶じゃない
影本
そんなバカな
嶋田
こんな話がある。朝起きて、自分が何者かを思い出すために人間はその手がかりとなるものを無意識に探している。見たことのある枕、携帯電話、家族、友人・・・それぞれに関する思い出・・・が、記憶の根拠となる。君らの記憶の、思い出の根拠は何だ
杉崎
根拠だと?
嶋田
君らの記憶の根拠は、君らが持っている日記だろう。あやふやな記憶が確かなものだという証拠は、日記にそう書いてあったからだ。だが、その日記に書かれている物語は君らの本当の記憶じゃない
前部
人間は過度のストレスにさらされた場合、自分を守るため、脳細胞を破壊する作用を持つホルモンが放出されることがあるの。あることで強いショックを受けたあなた達は全てを忘れようとした。狂っちゃったの、狂うことで自分を保とうとしたの。現実の全否定をし、自分達は全然違う人間だと思おうとした。でも、そのためには何らかの物語が必要だった。
嶋田
それがこの日記だ
前部
そう、実際にはもっとたくさんの物語があった。でも、あなた達が辛い現実を忘れるために必要としたのは、そのありえないほど残酷な物語だった。悲しい辛い現実を忘れるためには、辛い物語が必要だったのかも
船川
そんな・・・僕らは
磯島
そんなバカな、だって僕は妻と子を
多山
俺だって妻を殺した
寺前
俺は痴漢で
船川
その痴漢は僕が!
寺前
え?
船川
ごめんなさい
嶋田
全てはその日記、世の中の誰かが残した物語から繋ぎ合わせ、俺が書いた日記、君らはそれを自分の体験だと信じた
磯島
じゃ、俺らの本当の話って
嶋田
そう。俺は君らの記憶を取り戻すために何度も何度も同じシーンを撮った。一週間どころじゃない、1年かかった。しかし君らが記憶を取り戻すことはなかった。何度も実験は失敗に終わった。何度も何度も繰り返して、繰り返して、傷つけて、傷つけて・・・やっと、やっとだ
影本
ちょっと待ってくれ。じゃ、地震が起きたことで、僕らはショックを受け、記憶を無くしたってこと?
嶋田
いや、その後だ
照明変わる。走り去る杉崎と嶋田、大津や船川、影本、寺前、多山が続く。すぐ戻ってくる嶋田、というより、何か恐ろしいものを見て先に進めない様子。
前部
どうしたの?
嶋田
ダメだ・・・来るな。見てはいけない
杉崎
わー!
大津
・・・何、これ
照明が元に戻る。
嶋田
そこには、何もなかった。街が消えていた。いったい何が起きたのか、通信は途絶え、ただ、ただ瓦礫の山が広がっていた・・・後から街を探索して新聞の切れはしを見てわかった。地震が起き、火山が噴火し、街は津波に巻き込まれ、土砂崩れや水害が起きた、らしい。そしてバカな国が、瀕死のこの国にミサイルを打ち込み戦争を仕掛けてきた。そして、この国は終わった。生き残ったのは地下に閉じ込められた俺達だけ。その現実に、耐えられなくて・・・君らは自分を保とうとし、現実逃避をした・・・その日記を、自分の体験と思った。俺はあの日君たちを呼んだ責任を感じていた。こんなとこに来なければ、一人生き残ることもなかったのに。俺は君らを救いたかった。君らを・・・辛い現実から救ってあげたかった。でも、それはただの思い上がりで、現実逃避だった。皆忘れてしまった、皆にはもっと素晴らしい思い出があったのに・・・救いようのない偽りの記憶の中、君らは自分を責め、またおかしくなっていった。それはそうだ、そんな辛い物語しか覚えてないんだから。辛かったと思う。苦しかったと思う・・・あの日、久しぶりに会った君らは、俺の友達は、皆、とてもいい奴らだったよ。昔と全然変わらなくて、あの頃に戻ったみたいだった・・・日常に嫌気が差していた俺は、いつまでもいつまでもこの時間が続けばいいとさえ思った。そんなことを思ったから、そんなくだらないことを思ったから、こんなことになったのかもしれない・・・どんどん、どんどん狂っていく君たちを見て、俺は自分のやったことが間違いだったと気づいた。そして俺は、俺が作り上げた幻を、世界を壊そうと思ったんだ・・・君たちにはもっと素晴らしい思い出があったから。それを思い出してほしかったから、そして
磯島
この台本を俺たちに演じさせた
嶋田
これは、この台本は本当の君らの物語だ
杉崎
嘘だ!
嶋田
嘘じゃない
大津
嘘よ!
嶋田
思い出せ。映画と称して演じさせた台本は全て本当の場面の再現だ。君たちが体験したことなんだ
影本
あの時代劇は? あんなものが本当であるはずが
嶋田
あれは学生の頃に撮った時代劇映画だ
影本
・・・
磯島
そんな
嶋田
ちなみにスーパー日の出屋のくだりも事実だから
磯島
・・・いやああ!
嶋田
全ては、君らを元に戻すためにこの1年、何度も何度も繰り返してきたことだ。そろそろ、いいだろ。なあ、思い出してくれよ、どれだけ責めても、酷い言葉を吐いてもいいからさ、自分の、素晴らしい思い出を取り戻してくれよ。
磯島
・・・
沈黙。杉崎、笑う。
嶋田
おかしいか
杉崎
ああ。そりゃおかしいだろ。ていうかさ、まさかお前ら、今の話信じたのか?おいおい、バカじゃないのか。今の話を聞いて導き出される結論は、こいつは頭がおかしいってことだ
大津
そう・・・だよね
船川
そう、だよ。こんなのデタラメだ
前部
違う!
杉崎
ここには食料も水もある。嘘をつくならもっとマシな
嶋田
人がいなくても、瓦礫の中に被害の少ないスーパーやコンビニはある。缶詰や保存食くらいいくらでも手にはいる
杉崎
・・・
大津
電気は? ここ電気来てる
杉崎
そうだ
嶋田
ホテルだったときからここは太陽光発電なんだ
杉崎
バカな・・・そんな都合良く
嶋田
それを言うなら、皆が皆、日記を書くなんて偶然、あると思うか? 君らはここに書いてあることを本当の記憶とすり替えたんだ。
大津
だって
前部
思い出して。あなたは本当にオカマだったの? (船川に)あなたの入信してた宗教団体は? どこにあったの? (影本に)あなたが捨てたお母さんの名前は? 本当によく自分のことを思い出してみなさいよ!
皆
・・・
杉崎
でも・・・まさか
前部
本当にそう? 自信なくなってるわよね、と同時に、演じてるはずの設定について、私と、あなたが、夫婦だったってことについて! 思うことはないですか? 思い出すことはないですか
杉崎
・・・
前部
私のことはどうでもいい、あの子のことは思い出してください。あの子は、あの子・・・私、本当何で置いてきたんだろう、何で・・・お願いだから思い出してよ、忘れないでよ! 私達だけは忘れちゃダメなのよ・・・
杉崎
・・・
磯島
俺、俺は
前部
・・・思い出して、あなたが奥さんと出会ったのはどこ?
磯島
え
前部
告白は、いつ? 初デートは? 奥さんにプロポーズはどこでしたの
磯島
・・・そんなの覚えて
前部
じゃあ、娘さんが生まれた日のことは? あなたは立ち会った? 難産だった、そうでもなかった? 赤ちゃんの時の印象的なエピソードは?
磯島
・・・それは
前部
何それ。娘のことを何も覚えてない父親なんているもんか
磯島
・・・
杉崎
・・・
前部
あなたは何も知らないのよ、元からそんな記憶なんてなかったからよ。あなたの目に見えてるこの世界は、あなたの記憶は嘘で出来てるからよ! ほら! これ見て! 誰よ?
前部が写真を取りだし、磯島に見せる。
磯島
これは・・・
前部
これ、あなたの奥さんと娘さんでしょ?
磯島
うん・・・そう! やっぱり本当は!
前部
違うわよ、これ、あの頃テレビドラマに出てた有名な女優と子役。あなたに、私が暗示をかけたの・・・ごめんなさい
磯島
・・・
嶋田
辛いな
磯島
・・・
嶋田
辛い辛い辛い。人生は辛いよな、磯島。この一年、辛いことしかなかったよ。本当にあのとき、あのとき死んでいたらこんな思いはしなくてすんだのに。俺は、君たちに何回も泣かれ怒りをぶつけられた、何も言えなかった。俺があの時、君らをここに呼ばなければ俺たちが生き残ることはなかったのに・・・分かってくれとは言わない。でも、俺にできることなんて他に何もなかった
照明変わる。嶋田と前部の回想。
嶋田
一時的な記憶喪失を起こしてるのか
前部
強いショックを受けて、それを忘れようとしてるみたい
嶋田
・・・思い出させなくていいよ、彼らの記憶。変えてしまおう。いつか話してくれたろ。君は大学病院で研究をしているんだろ。大人でも本人が忘れたいと思っている記憶は刷り込みによって忘れることができるって。
明転。
嶋田
俺にとっては、それが唯一の手段だった。思い出すだけで辛い死にたくなる記憶ならない方がいいんじゃないか、大好きな人のいない世界なんて、生き残ってなんの意味があるんだって。わかってたんだ。意味のないことをしていることは・・・でもせずには居られなかった。君たちには生きてて欲しかったから
大津
・・・信じられない
前部
でも、これが本当の話。
影本
君は、見たの? 外を
前部
私は・・・見てない、見るなって。見て、君が狂ったら誰がみんなを助けるんだって
杉崎
じゃあ、見たのはあいつだけ
前部
あなた達もよ、あなた達も見たから狂ったんじゃない!
杉崎
・・・
影本
ねえ
磯島
・・・え?
影本
俺、思うんだけど
前部
うん?
影本
・・・瓦礫の山はあったんだろう
前部
うん
影本
きっと瓦礫の山はあったんだよ。地震も。だからそれを見てショックを受けた。あまりの光景に。パニックになって、現実逃避した。それはわかる・・・
前部
うん、そうよ
影本
でもさ、果たしてさ、そんなことあるのかな。全員が死に絶えた? 戦争が起こった? そんなことあるわけがない。現実的じゃないよ
杉崎
・・・そうだ、だよな。確かに
影本
俺の好きな映画にこんなシーンがあって
杉崎
また映画かよ
影本
映画では、ウイルスだったか何かで世界中の人間が死に絶えていて。主人公は、そのウイルスから逃げまくるんだけど、その事実を知り絶望する。でも、実は遠く離れたところに生きていた人間がいて、彼らに会うことで最後助かる
杉崎
・・・つまり
影本
その映画と同じじゃないかなって、皆が死に絶えたなんて、あるのかな。この世界を日本中だって探せる訳ないんだから。俺達が地下に生きてたんなら
寺前
そうか。俺達の大切な人も生きている可能性がある
杉崎
・・・なるほどな、だよな。絶対そうだ。こんなの全部こいつの嘘・・・ていうか妄想だ
大津
俺もそう思う
船川
僕も
影本
そうだ、そうだよ。この地球上に生き残ったのが僕らだけなんて、あるはずがない! きっと生き残ってる。皆、皆
磯島
確かに・・・そうかもしれない。ていうかきっとそうだ
嶋田
・・・
杉崎
決まったな、お前の言うことなんか信じられるか
嶋田
・・・なら出て行けばいい、開けるのは自由だ。でも覚悟しろ、外は地獄。(部屋の鍵を杉崎に渡す)自分の目で確かめるんだな
杉崎
・・・そうするさ、行くぞ
大津
うん
船川
待って
寺前
俺も行くよ
嶋田
・・・わかった
影本
行こう
磯島
ああ・・・
杉崎
君も来いよ・・・一緒に行こう
前部
え?
杉崎
・・・先にいってる
前部
・・・
船川
・・・杉崎君
杉崎
何だよ
船川
・・・仕方ない。譲るよ
杉崎
はあ?
船川
大切にしてあげて
大津
ほら、いくよ痴漢
船川
痴漢じゃない!
嶋田を残し、出ていく皆。最後に前部が残り。
嶋田
奈津子
前部
私もいく・・・あなたの言うことが正しいのはわかってる。でも、私見てないから。ずっと逃げてたから。探してみたいの、あの人と一緒に。私がずっと死ななかったのは、あの人が正気に戻るのを待ってたんだと思う
嶋田
そうか、気を付けて。今までありがとう
前部
こっちこそ、ありがとう
前部が出ていく。間。磯島が戻ってきて。
磯島
・・・
嶋田
忘れ物か
磯島
・・・もし、お前の言うことが違っていて、全部妄想だったら
嶋田
・・・妄想だったら
磯島
ぶん殴って、そしてここからお前を出してやる
嶋田
・・・何だそれ
磯島
お前、俺らの友達だったんだろ?
嶋田
・・・好きにしろ
磯島
(笑み。出ていく)
嶋田
・・・あ。思い出した
取り残され、箱からキーボードを出す嶋田。
嶋田の声
拝啓、雛鳥大学映研の皆様。ご無沙汰しています。このたび卒業から10年を記念して同窓会を行うこととしました。日時、場所は追ってお知らせします。お忙しい中、大変申し訳ありませんが、万障お繰り合わせの上、何卒お越しください。その時は是非、あの頃のように、皆でリンダリンダでも歌いましょう
キーボードで静かに演奏する嶋田。
嶋田
もーしもーぼーくがーいーつーかきみーとでーあいーはなしーあえーたらーそんなーときはーどうかーあいのーいみーをー・・・はいカット!
笑みを浮かべる嶋田。間。暗転。音楽「リンダリンダ」
≪りんだりんだりんだりんだ≫
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