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近江屋
球鹿若久
 


1  宿・竜馬の憂鬱

  音楽。雨音も聞こえる。幕が上がると舞台は宿の一室。大きい畳の部屋。下手と、奥に襖。上手は障子で開けると外に通じ出られるようになっており、設定上ここは二階なので瓦が続いているはずである。小道具として目立つのは、酒。それを飲んでいるのは坂本竜馬。隣で寝ているのは中岡慎太郎。近江屋の変を思わせるような雰囲気である。ちびちびと、ちびちびと、この男にしては珍しく陰気に酒を飲んでいる。中央のみに地明かり。

坂本「……」

  酒を飲み続ける坂本。何かにおびえているようでもある。傍らには愛刀陸奥守吉行(むつのかみよしゆき)。

坂本「……」

  そこに上手の襖を開けて仲居のお雪が現れる。田舎娘らしい格好。

お雪「坂本先生、よろしいでしょうか」

坂本「(一杯飲み)……何じゃ」

  もちろん坂本は土佐弁。

お雪「坂本様に会いたいと申される御仁が参られました」

坂本「(飲み)……誰じゃき」

お雪「分かりませぬ。青い服を着た方でございます」

坂本「青い、服?」

  言うが早いか、襖を開け放ち下手から土方歳三が現れる。

土方「御用改めでござる! 拙者は、新撰組副長土方歳三!」

  名乗ってすぐ構える土方。

坂本「新撰組!」

  逃げようとする坂本。酔っている。うまく歩けない。上手に逃げようとする坂本。そこに障子が静かに開く。沖田総司が颯爽と現れる。

総司「新撰組一番隊組長、沖田総司。坂本竜馬さんですね」

  優しい声で話し掛ける総司だが目は恐ろしく冷たい。

坂本「……ち、違うき、違うきに」

土方「……違う?」

坂本「わしは違うきに、坂本竜馬じゃないが」

総司「土方さん、間違えましたか?」

土方「馬鹿野郎、志士だってみんな馬鹿なわけじゃねえよ。言い逃れだよ、俺はこいつの顔を知ってる」

総司「じゃあ斬ってもいいんですね」

土方「ああ」

坂本「違う言うとるじゃろうが、わしは坂本じゃないぜよ」

土方「往生際が悪いよ」

坂本「(駄々をこねる)違うもん、違うもん、違うもん!」

総司「(困り)どうしたらいいですか」

土方「もし違っても斬ればいいさ。怪しげな浪人風情を京にのさばらせておいてもいいことなんてない、それに」

総司「斬りあえば分かります、ね(笑顔)」

坂本「ま、待てや」

  坂本は刀に手をかける。総司は斬りかかる。

総司「沖田総司、参る!」

  総司が上段から振り下ろすとそれを鞘で受け止める坂本。

土方「ほお。土方歳三、参る!」

  土方が斬りかかる。と後ろから斬られるので総司と入れ替わる。もちろん剣を合わせたまま。総司を押し、離す。鞘から刀を抜く坂本。

坂本「待てゆうちょるじゃろうが、新撰組とはわからん奴らじゃのう」

  構えたまま動く、土方と総司。

総司「やりますね」

土方「楽しそうだな」

総司「そうでもありませんよ」

土方「……」

坂本「話を聞いてくれち言うとるんじゃ、話したらわかるきに」

土方「黙れ」

  土方が斬りかかる。それを軽く払う。総司が続いて斬りかかる。よける。あくまで自分は斬りかかろうとしない。酔っているにしては見事な足さばき。

坂本「(早口に)短気はいかんき。剣は何も生まんぞ、わしのしっとるやつで以蔵いうやつがおるが、刀で人を斬るだけが生きがいみたいな奴じゃったが、とっ捕まってついに斬首された、おんしらぁも早死にしたくはなかろうが」

総司「よく喋る御仁ですね」

土方「しかも早口だ……気にいらねえ」

坂本「早口の何が悪い! 生麦生米生卵!」

  土方が切りかかる。受け止める坂本。その腹を狙う総司。すると、坂本は自分と土方の刀で総司を刀を受け止める。

総司「……土方さん、できますよ」

土方「そんなことは言われなくてもわかっている」

総司「やはり坂本さんだ」

坂本「違うぜよ。竜馬なんかじゃないき」

土方「嘘をつけ」

  坂本を突き飛ばす。

坂本「坂本じゃないき」

土方「今、以蔵って言ったじゃねえか。岡田以蔵こと人斬り以蔵は坂本竜馬と幼馴染だと聞く」

坂本「あ」

総司「お馬鹿さんですね」

  突きを連打する総司。それをかわす坂本。

坂本「馬鹿はおんしらぁじゃき。ばーかばーか」

  お尻ペンペンをする坂本。

土方「く、無礼な」

総司「相当にできますよ」

土方「当たり前だ。坂本竜馬といえば北辰一刀流の使い手、免許皆伝の腕と聞く」

総司「そうやすやすとは斬らせてくれないわけですね」

土方「総司。貴様、何か嬉しそうだぞ」

総司「そんなことは」

坂本「おんしらぁはそれでええがか? 今、日本は大変なことになっちょろうが。異国がみんなこの日本をねらっちょるっちゅう大変な時に、薩摩も、長州も、土佐も、日本中がみんないがみあっとるぜよ。しかも、おんしらぁはさらに、さらに小さいこの近江屋の部屋ん中でわしみたいなしょぼくれた浪人といがみあっとるぜよ。小さいぜよ、小さいぜよ。もっと大きいことを考えないかんぜよ」

土方「お主はしょぼくれた浪人などではない。軍艦奉行勝海舟と結び海援隊などという日本でも有数の海軍を率いる坂本竜馬だ。しかも、それが今は長州や薩摩と結び幕府を倒そうと企んでおる。貴様を生かしておくわけにはいかぬ」

総司「今日はいつになく多弁ですね」

土方「坂本を斬れば新撰組の名が上がる。近藤の名も上がる。新撰組は最強の部隊になる」

総司「ほっとした。土方さんは相変わらずだ」

坂本「そんなことの為に、わしを斬るがか。今は死ねんがじゃ。まだ死ぬわけにはいかんがじゃ。死んでいった仲間の為にも、新しい世界を、身分も何も無い新しい世界を作る為に、まだわしは死ねんがじゃ」

総司「……悪い人ではないようだ」

土方「総司!」

総司「わかっています。私は新撰組一番隊組長沖田総司。坂本竜馬、あなたを菊一文字の錆にする!」

  総司は愛刀菊一文字則宗(きくいちもんじのりむね)を握る。

坂本「馬鹿たれがあ!」

  坂本は懐から何かを取り出す。拳銃である。それを向けると刀をしまい。

土方「……何だ?」

総司「いやだなあ土方さん、銃というやつですよ」

土方「銃。異国の武器か」

坂本「大砲にはかなわんが、おんしらぁの剣よりは役に立つぜよ」

土方「……試してみろ」

総司「面白いですね」

  土方、総司、ともに斬りかかる。坂本が撃つ。大きな銃声。だが中から出たのは弾ではなく万国旗。

土方「……」

総司「……」

坂本「……何でじゃ」

土方「土方歳三、参る」

総司「沖田総司、参る」

  立ち尽くしている坂本をかっこよく斬り捨てる土方と総司。

坂本「があー! いやじゃあ、死にたくない、まだ死にたくないぜよー!」

  倒れる坂本。暗転。

 

2 宿・相部屋

  雨音。暗転が続いている。

坂本「があー!」

中岡「竜馬、竜馬ち」

  明かりがつくと、土方も総司もいない。いるのは先程寝ていた中岡慎太郎と、坂本のみ。坂本は悪夢にうなされていたようだ。

中岡「竜馬!」

  と、思いっきり坂本をはたく中岡。

中岡「起きんか、竜馬!」

坂本「があー!」

  坂本が飛び起きる。

坂本「死にたくないぜよ、死にたくないぜよ!」

中岡「落ち着け竜馬、落ち着くんじゃ!」

坂本「ハアハア……中岡か……ハアハア」

中岡「一体どうしたんじゃ、竜馬」

坂本「悪い……夢を見ちょったぜよ」

中岡「恐ろしくうなされちょったぞ」

坂本「あー中岡、中岡ち」

中岡に抱きつく坂本。離れる中岡。

中岡「何するがか、竜馬!」

坂本「斬られる、夢を見たがぜよ」

中岡「おんしゃあ、女好きだけじゃのうてそういう趣味もあったがか、いかんぞいかんぞ竜馬、わしは女一筋じゃ。その気はないぜよ」

坂本「(無視して)相手は新撰組じゃ」

中岡「……新撰組?」

坂本「中岡、聞いたかあの噂」

中岡「何じゃいきなり」

坂本「薩長同盟を結ばせようとする逆賊坂本竜馬と中岡慎太郎を討てとの幕府の命令が諸藩に下ったという噂じゃ」

中岡「知っちょる」

坂本「これでわしらは薩摩か長州に逃げ込まにゃいかんということじゃ」

中岡「いけばええがじゃ薩摩でも長州でも」

坂本「それまではどうする? 行くまでの諸藩で捕まったら? わしもおんしゃあも脱藩の身。土佐藩にも追われちょるんじゃ」

中岡「そんなもん、どうとでもなるぜよ」

坂本「おんしゃあはええよのう、おんしゃあの女装は板についちょるき」

中岡「……よせ。あれはあれで恥に耐えとるんじゃ」

坂本「いやあ、あれはわしから見ても惚れ惚れするがじゃ」

  中岡、また急いで離れる。

坂本「何をやっとるき」

中岡「やっぱりおんしゃあその気があるがか?」

坂本「……もういいきに」

  横になる坂本。

中岡「……何を暗くなっとるぜよ。おんしゃあらしくないぜよ」

坂本「……」

中岡「いつもの竜馬はどこに行ったがか? 明るく前向きがおんしゃあの唯一のとりえじゃろうが」

坂本「言うのお」

中岡「それにここは京じゃ。どこの藩の領地でもないがじゃ、何とでもなる」

坂本「本気で言うとるがか」

中岡「……」

坂本「最近の血なまぐさい事件はみなこの京で起こっておるのは知っちょろう、それに、新撰組じゃ」

中岡「……わかっちょお」

坂本「池田屋んとき、北添たちを虐殺したあの無法者どもがおるきに。あの時は乗り込んで行って皆殺しにしちゃろうかと思っちょったが今は」

中岡「……確かに、怖いのお」

坂本「……」

中岡「しかしのう、竜馬。(標準語で)その為に江戸の訛りを身につけたんだからな」

坂本「そうじゃった。いや(標準語で)そうでござったな」

中岡「将軍直属の家臣ということにしておけばやつらは手出しできんき」

坂本「中岡」

中岡「ん?」

坂本「もうすぐ、日本は変わる。たぶんわしらの手で変わるぜよ。それまで、わしらは死ねんがじゃ」

中岡「……竜馬」

坂本「死ねんがじゃ!」

中岡「……」

坂本「おりょうー!」

中岡「(頭を抱える)」

坂本「抱きたいのお、久々に」

中岡「女と酒をおまんの頭から追い払うことは出来んか、竜馬」

坂本「(ブツブツと)女、酒、女、酒」

中岡「おんしゃあは何だかんだ言ってのんきなやつじゃき」

坂本「どんな非常時にもこっちの気は消えんぜよ」

  二人、笑う。

坂本「(中岡を見て)……」

中岡「いかんぜよ!」

  離れる中岡。

坂本「何がじゃ」

中岡「おりょうさんの代わりにわしを抱こうなんて間違っても考えちゃいかんぜよ」

坂本「(呆れ)……何を訳わからんことを」

  坂本、中岡に近付こうと。坂本から離れる中岡。

坂本「……待てや」

中岡「……いやじゃ」

  中岡の方に近付く坂本。避ける中岡。二、三度繰り返す。

坂本「待てっちゅうとるんじゃ!」

中岡「男はいや!」

坂本「この!」

  中岡に飛びかかる坂本。もみ合う二人。

  襖を開け、お雪が入ってくる。

お雪「(ひどいなまり)さがもど様、ながおが様、ご夕飯の支度ができますた……(二人の様子を見て)あんれま」

  中岡は坂本を突き飛ばす。離れる二人。

中岡「女、入る時は先に入っていいか尋ねろ」

お雪「へへー失礼しますた。勘弁してくんろ。まさがお楽しみだっだとは」

中岡「違う!」

お雪「おぎゃくさん、照れなくてもいいだ」

坂本「……夢とはだいぶ違うのお」

お雪「んだば」

  お雪、再び襖を閉め、出て行く。

坂本「?」

お雪の声「さがもど様、ながおが様、入ってもよろしいでごぜえますか」

中岡「やり直すな!」

お雪、襖を開ける。

お雪「だってながおが様がそうしろって言ったんだべ」

中岡「ながおがじゃないき、中岡じゃ」

お雪「ながおが」

中岡「中岡」

お雪「(発音を変える)ながおが」

中岡「違う!」

坂本「まあまあ中岡、ええじゃないがか」

お雪「さがもど様、夕飯が」

坂本「おんしゃあ、名は何ちょ言うき」

お雪「は? 何だ?」

坂本「だから名じゃ名は何ちょ申すんじゃ」

お雪「おぎゃくさん、訛りがひどいっぺ、何言ってるかわかんねえ」

坂本「……」

中岡「おんしゃあに言われたくないき!」

お雪「名はお雪でごぜえます」

坂本「わかっちょったんじゃないがか」

お雪「今、飯持ってくるから待っててけろ、ながおが様」

中岡「中岡じゃ」

お雪「それと、さがもど様」

坂本「……」

  襖を閉めて出て行くお雪。

中岡「どういう娘じゃ、ありゃあ」

坂本「出稼ぎにきちょるんじゃろう」

中岡「……近頃、年貢がきついからな」

坂本「日本、変えねばのお」

中岡「じゃ竜馬、わしちょっと外を見てくる」

坂本「何じゃ?」

中岡「刺客がよくここらを、歩いちょるからのお。偵察じゃ」

坂本「大丈夫か」

中岡「得意の」

坂本「女装か」

中岡「じゃあな」

  行こうとする中岡。刀を置いていく。

坂本「刀は」

中岡「女装に刀は邪魔じゃ」

坂本「……着替えていかんのか」

中岡「(身の危険を感じ)……ああ、外で着替える」

坂本「どうしてじゃ」

中岡「どうしてもじゃ。ここはいかん」

坂本「何がじゃ」

中岡「おんしゃあの元では着替えられんきに!」

  逃げ去る中岡。竜馬はボーっと天井を見つめる。

竜馬「……」

  襖を開け入ってくるお雪。

お雪「さがもど様、ながおが様(気付き)……あ、いっけねえ」

竜馬「……」

  戻り、襖を閉め、やり直す。

お雪の声「さがもど様、ながおが様、入ってもよろしいでごぜえますか」

坂本「……」

お雪の声「(大きく)さがもど様、ながおが様、入ってもよろしいだべか!」

坂本「いいぜよ」

お雪の声「(さらに大声で)さがもど様、ながおが様!」

坂本「(大きい声で)いいぜよ!」

  襖を開けて入ってくるお雪。

お雪「もっと早く言ってほしかったべ」

坂本「もう、いちいち入る前に声をかけなくてもいいぜよ」

お雪「そうか? 助かるべ。あんれ? もう一人はどこ行ったんだ?」

坂本「……ちょっとな」

お雪「厠だな、わかったわかった。近いんだべ? ああ見えて結構な年なんだべ」

坂本「……そんなとこじゃ」

お雪「で、ながおが様」

坂本「違うき」

お雪「何だ?」

坂本「わしは坂本じゃ」

お雪「ああ、さがもど様」

坂本「それも違うき」

お雪「どっちだべ? はっきりしてけろ」

坂本「だから、さーかーもーと」

お雪「さーがーもーど」

坂本「だから、耳を澄ましてよく聞くんじゃ、さーかーもーと」

お雪「だがら耳をずましてよぐぎぐんじゃ」

坂本「そこは繰り返さなくてもいいがじゃ」

お雪「そごはぐりがえざなぐでもいがじゃ」

坂本「おんしゃあ、わしをおちょくっちょるんかあ」

お雪「おんしゃあ、わじを……やっぱり訛りがきづずぎるだ、お客さん」

坂本「だからおまんには言われたくないがじゃ!」

お雪「怒らないでけろ。だからさがもと様じゃろ」

坂本「(持ち直し)お、ちょっと近付いたぞ。さーかーもーと」

お雪「さーがーもーど」

坂本「また戻った……」

お雪「どう違うだ?」

坂本「名前の方は言えるかの、りょーうま」

お雪「りょーうーま」

坂本「それでいいんじゃ」

お雪「りょーうーま、そうそうそれでいいんじゃ様、まんずなげえ名前だ」

坂本「(怒りがたまり)かー……もう、おんしゃあとは話さん」

お雪「? あ、そう言えば忘れてただ」

坂本「ん?」

お雪「おぎゃくさんにお願いがあったんだべ。まんずすっかり忘れでだ」

坂本「……お願い?」

お雪「実はちょっとの間だけごの部屋を貸して欲しいんだ」

坂本「何じゃ?」

お雪「実は急なおぎゃくが来て困っでるんだ。だどもあいでる部屋はねえし、こんの部屋なら広いがら、まだいいがなって。そんなわげで、相部屋にして欲しいんだ、わがったか?」

坂本「……言ってる事の半分もわからんかったがじゃ」

お雪「だから、相部屋だ。一刻ほど雨宿りをしていくだけだって言ってるから何どがおねげえしますだ」

坂本「……そう言えば本降りになってきたがか」

  雨音がだんだん強く。

坂本「中岡ち、大丈夫がか」

お雪「さがもど様?」

坂本「ええがじゃ。一刻くらい構わんきに通してくれ」

お雪「へへーありがとうごぜえますだ」

  頭を下げ出て行こうとするお雪。それを呼び止め。

坂本「あ、念のため、くれぐれもわしが坂本竜馬だとは言わんように頼むき」

お雪「ん?」

坂本「念の為じゃき」

お雪「……おぎゃくさん、何もんだ?」

坂本「……それは」

お雪「……」

坂本「見ての通り、通りすがりのちりめん問屋じゃ」

お雪「……どこがだ? どこら辺を見てちりめん問屋だ? 大体ちりめん問屋ってよく聞くけんども、何売るんだ?」

坂本「……悪かったぜよ」

お雪「そんなでっけえ刀持ってからに」

坂本「……意外とするどいのう」

お雪「! わがったぞ。おぎゃくさんあれだな」

坂本「! 声がでかいき」

お雪「忍者っでいうやづだな。伊賀どが、甲賀どが」

坂本「……おいおい」

お雪「ほんもんは初めて見だだ。まんずまんずもっど手裏剣どがもっで頭巾どがかぶってるのがと思っだら、まるでお侍様みでえなかっこだなや」

坂本「(面倒くさくなり)……まあ、そういうことじゃ」

お雪「あんら、やっばりそうなんけ」

坂本「このごろの忍びの流行は侍みたいな格好をすることじゃからの」

お雪「なるほんどー、さすが京だなや、珍しいもんがいっばい見れるべ」

坂本「相部屋の相手、待たせてええがか?」

お雪「あんれま、忘れてた。やだあたすったら、今呼んでぐるから。ちょっど待っででけろ」

  お雪は慌てて出て行く。

坂本「(大きくため息)……疲れたき」

  坂本は襖に背を向けて寝転ぶ。ウトウトし始める坂本。そこにお雪が土方と総司を案内してやってくる。土方らの手には風呂敷包み。お雪は何も言わず中に入る。それに連れられ入ってきた二人。

お雪「(土方、総司に)ここでごぜえますだ、おぎゃくさん」

総司「すみませんね、急に無理を言って」

お雪「いえいえ。おがみさんがらいづもおぎゃく様はがみさまですっで言われでますがら。まんずまんず雨がやむまでゆっぐりしでってけろ」

土方「先客の御仁は」

お雪「ああ、あれだ」

  お雪が坂本を指す。寝ている坂本。

土方「勝手に上がってしまったが良かったかな」

お雪「さっぎ、入る前に声をがげるなっで言われたばっかりだべ。声がげたらおごられるんだ」

総司「なるほど」

土方「さて、我らはもういいから下がってもらえないか」

お雪「そうか? じゃ飯の用意を」

土方「いや、結構。さっき食べたばかりだ。なあ総司」

総司「そうですか、私はまだ」

土方「いやそうか。膨れすぎて死にそうか。酒だけでいい。酒を少し、それで結構」

総司「……」

お雪「じゃ、お酒だなや。まんずまんずすぐにもっでぐるがらまっででけろ」

  お雪、出て行く。座る土方。座る総司。

総司「ひどいなあ土方さん」

土方「馬鹿、お前の腹が膨れるまで食わせれるほど新撰組は潤っちゃいねえんだ」

総司「……けち。嫌やわあ、土方はん」

土方「やめろ、気持ち悪い」

総司「さっきも諸越屋のお饅頭を食べ損ねて、ああ悲しい、ああ虚しい、人生は儚い」

土方「天下の剣客沖田総司が饅頭一つで嘆かわしい。それより、さっきの女の訛り」

総司「ああ、ひどかったですね」

土方「聞けたもんじゃないな、言ってることの半分もわからなかった」

総司「左に同じ……あちらの御仁は、起こさなくてもいいんですかね」

土方「いいさ。すぐ出て行くんだ。大事の前だ、揉め事を起こしたくない」

総司「坂本竜馬ですね」

  その間に坂本が起きる。そっと頭を起こし、そっと土方らの方を向くとその顔を見て驚く。

坂本「……」

  話に夢中で気付かない土方と総司。坂本はまたそっと元の体勢に。 

土方「ああ。天下の逆賊、坂本竜馬を討ち取ったら新撰組の株はまた上がる。名実ともに最強になる日も近いさ」

総司「土方さん、楽しそうだ」

土方「ふん。とにかく土佐弁を喋るやつを見かけたら注意しろ。向かってくれば斬れ」

  坂本、どきりとする。身をこわばらせる。

総司「(坂本を指し)あの人、どんな顔するでしょうね。私たちが悪名高い新撰組の沖田総司と副長の土方歳三だって知ったら」

土方「(見て)二つに一つだな」

総司「二つに一つ?」

土方「腰を抜かして小便ちびるか、斬りかかって来るか」

総司「来ますかね」

土方「長州の奴なら、まず来るな。土佐者も。やつらを何匹斬ったかしれん」

総司「仇を討つのも武士の華か」

  坂本、そっとそっと土方らから離れる。

坂本「……」

土方「討たれないのが新撰組よ」

総司「よ、豊玉さん」

土方「やめろ馬鹿」

総司「一句、いいのをお願いします」

土方「駄目だ、誰かに聞かれたらどうする」

総司「やはり嫌ですか、鬼の新撰組副長土方歳三が俳句をたしなむのがわかっては」

土方「俺の鬼は新撰組の鬼だ。決して揺らいではいかん」

総司「厳しいな」

土方「お前と居ると調子が狂う。喋りすぎた、横になる」

  土方、横になり寝る。手元には愛刀和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)。その間にも海老のようにくねくねと後ろに下がる坂本。それに気付く総司。

総司「おや? (坂本に)起きてらしたんですか」

坂本「……」

  坂本困り、とりあえず高いびき。

坂本「ごー、ごー」

総司「寝たふりなんてしなくても大丈夫ですよ。斬りはしません」

坂本「ごー、んがんが、ごー」

総司「聞いてらしたんでしょ、別に何もしてない人に危害を加えるほど新撰組は無法な集団ではないですから」

坂本「(あくまで聞いてないフリ)んが、ごー。ごがー、ごー、ずおー、ずおー」

総司「顔くらい見せてくださいよ」

  総司が坂本の方に回りこもうとすると坂本はとにかく障子ぎりぎりまで動く。総司は坂本を自分の方に向けようと引っ張る。イヤイヤをする坂本。

総司「……なかなか頑固な御仁だ」

  坂本は必死に総司と目をあわせないよう、顔を見られないように頑張る。しかし。

総司「えい!」

  裏返しにされる坂本。しかし、顔だけは隠す。

総司「……相当な頑固もんだな、誰かさんみたい」

  その手をどけようと引っ張る総司。頑張る坂本、いびき。

坂本「んが、ぐわ、ぐわ、ごーーー」

しかし手をどけられてしまう。

坂本「ぐわ……ん、ん、んー。ふあーあ」

  大きく欠伸をする坂本。

坂本「ん? なぜ拙者はここに? ここはどこ、私は誰? あなたは誰、今はいつ?」

総司「……なかなかいい根性をお持ちだ」

坂本「拙者、何も知りまっしぇーん」

総司「今さっきのことは?」

坂本「夢を見ているときは頭空っぽなんで何も聞いた記憶がないのでござる」

総司「面白い御仁ですね」

坂本「拙者、ちょっと頭が痛くてな。では、ではではちょっと厠へ」

  立ち上がり出て行こうとする坂本。その袖を掴む総司。

坂本「何をする」

総司「我々は新撰組です」

坂本「あー聞こえない、耳が悪くてねえ」

総司「我々が京で壬生狼と呼ばれ皆さんに怖がられているのは知ってます。あなたもそれで我々を避けておられるのでしょうが」

坂本「……」

総司「我々は目的もなく人を斬ることはありません。ご安心を。どうか座って下さい」

坂本「(座り)……わかったき」

総司「……き?」

坂本「え? き、き……綺麗な月」

総司「え?」

  障子は閉まっている。

総司「見えるんですか? 閉まってるのに」

坂本「え?……いや、さっきは開いてて。きれいな月だったなあと」

総司「……どれどれ」

  総司は障子を開け、外を見る。

総司「(竜馬の方を向き)あの」

坂本「(怖い)はい?」

総司「(にっこりと)雲しか見えませんが」

坂本「……」

  それもそのはず。外は土砂降りだった。雨音。

坂本「だから……雨が降る前の話ですよ」

総司「ああ」

坂本「ね? 雨が降る前に綺麗な月だったなと」

総司「なるほど」

坂本「あんな綺麗な満月は見たことがなかった」

総司「えっ?」

坂本「……何か」

総司「昨日私も月を見ましたが」

坂本「……見ましたが?」

総司「綺麗な三日月でした」

坂本「!」

総司「……」

坂本「(気まずい)……」

総司「(にっこり)……」

坂本「あ! そうだ。満月はこの前にここに止まった時だった。何故に、どうして気がつかなかったんでしょう」

  白々しい坂本。

総司「そうですか。それなら納得がいきますね」

坂本「いや、参った。拙者のうっかり者。ハハハハハハハハ!」

  高笑いをあげる坂本。

総司「ハハハハハ」

二人「ハハハハハ」

  乾いた笑いの二人。

総司「……」

坂本「……」

  再びの乾いた笑い。

総司「ところでまだお名前を伺ってませんでしたね。私は新撰組一番隊組長、沖田総司」

坂本「……名前」

総司「ええ。お名前をお伺いしたい」

坂本「名前」

総司「ええ」

坂本「名前?」

総司「はい」

坂本「なーまーえー」

総司「……」

坂本「……」

総司「伸ばすことに何か意味が」

坂本「……ありませぬ」

総司「結構。どうぞお名前を」

坂本「……」

総司「何か、名前を隠しておきたいわけでも」

坂本「いいえ。まさか」

  そこに入ってくるお雪。びっくりする坂本。

坂本「!」

お雪「……」

  何も言わずズカズカと入ってきて酒を置く。

坂本「おい! 入るなら入るといったらどうじゃ」

お雪「だって、おぎゃくさんがそったらことしなくてもええって言ったんだべ」

坂本「時と場合によるんじゃ!」

お雪「(総司に)おぎゃくさん、まんずまんず大変おまたすしましたべ」

総司「ずいぶん時間がかかったんだね」

お雪「申し訳ねえだ。おがみさんがいねえもんだがら、わたすひとりではまんずまんず酒の場所もよくわがんなぐで」

総司「ありがとう。頂きます」

坂本「わしらの飯はどうしたんじゃ」

お雪「あんれま、すっかり忘れでだ。ちょっと待っててけろ」

総司「……ちょっといいですか」

お雪「はい、何だべ」

総司「こちらの御仁は何と言うお名前で」

坂本「!」

お雪「は? まだお名前もきいとらんのけ」

総司「はい。人見知りが激しくて」

お雪「あんれま。大の男二人して何やってんだ。まんずまんず照れ屋さん」

総司「すいません、お願いします」

坂本「ちょっと待った」

総司「あなたが教えてくれないからです」

坂本「教えるから」

総司「じゃあどうぞ」

坂本「なーまーえーじゃーろ」

総司「だから何で伸ばすんです」

お雪「さがもど様」

坂本「!」

総司「えっ」

お雪「この人の名前だ。さがもど」

坂本「……あ」

総司「坂本?」

坂本「……」

お雪「違うだ、おぎゃくさん、さがもど」

総司「さがもど?」

お雪「んだ。さがもどだ。な、おぎゃくさん」

坂本「……」

総司「さがもどってどういう字書くんです?」

坂本「え?」

お雪「それ、おらしらねえ」

総司「さがもどさん?」

坂本「だ、だから……京の嵯峨に喪服の喪に怒るという字の怒」

総司「……」

坂本「嵯峨喪怒って」

お雪「……」

総司「……」

坂本「ごめんなさい(と言いかける)」

総司「珍しい名前ですねー」

お雪「まんずまんず京にはいろんな人がいるもんだ」

坂本「……」

総司「我々の昔の局長で芹沢鴨という人が居ましたが、あの人より珍しい名前にははじめて会った」

お雪「さすが京だ」

総司「なかなか居ないでしょう、嵯峨喪怒なんて」

坂本「(話を合わせ)そうなんですよ、だから一発で名前覚えられて」

総司「嵯峨喪怒さん」

坂本「(冷や汗をかきながら)何か照れるなあ、改めて呼ばれると」

お雪「嵯峨喪怒様」

坂本「(手を上げて)はい!」

  笑う三人。

お雪「あ、飯の用意だった。んだば、すんずれいしますだ」

  出て行くお雪。

坂本「ハアハア危なかったき」

総司「……嵯峨喪怒さん」

坂本「何でしょう?」

総司「失礼ですが藩は」

坂本「!」

総司「お気を悪くしないで下さい。いつもの癖でつい聞きたくなるんです」

坂本「……江戸」

総司「江戸?」

坂本「藩はござらぬ。将軍様直属の家来でござる」

総司「(にっこり)承知しました」

  緊張のとける坂本。

坂本「……ところで」

総司「はい」

坂本「こちらの御仁は」

総司「ああ、土方さんですか」

坂本「やはり」

総司「土方歳三。新撰組副長です。世間では鬼の副長などと呼ばれていますが疲れたのでしょう。眠ってます、ご無礼お許しを」

坂本「いえ、できればそのまま」

総司「は?」

坂本「何でもないでござる」

総司「あ、そうだ」

  立ち上がる総司。

坂本「(慌て)どうされました」

総司「厠に行って来ます」

坂本「ああ、どうぞ」

総司「そういえば、嵯峨喪怒さんも厠に行きたかったんじゃ」

坂本「え? あ」

総司「ご一緒します?」

坂本「いいえ! とんでもない! すっかり止まってしまってまあ大変」

総司「そうですか、では」

坂本「(元気よく手を振り)いってらっしゃい!」

総司「失礼しました(襖を閉める)」

坂本「ホントじゃき」

総司「(襖を開け)え?」

坂本「何でもございませぬ!」

総司「では」

坂本「では」

  襖を閉め出て行く総司。ホッとする坂本。

坂本「(緊張が解け)寿命が縮んだがじゃ」

  大きくため息。ボーっと辺りを見回す。そしてある事実に気付く。

坂本「……あ」

  坂本の視線の先には土方。部屋に二人きりである。

坂本「鬼と、二人きりになってしまったぜよ」

  土方が寝返りを打つ。ビクっとする坂本。

土方「……」

  坂本は土方から離れる。そしてその動向を見つめている。

坂本「……」

  やがて。

坂本「……刀は危ないき」

  恐る恐る近付き、刀をどけようとする坂本。

坂本「(緊張)……」

土方「(寝言)うー、うー」

坂本「!」

  土方が突然飛び起きる。刀を手に取る。

坂本「!」

  坂本は慌てて土方から離れようと。

土方「うおおおおお!」

  土方、大声で叫ぶと刀で空を斬る。

  上段から、そして居合抜きのように何度も空を斬る土方。

坂本「……」

土方「……」

  土方、刀を鞘に納めるとそれを手元に置き、寝る。

土方「(寝言)思い知ったか、むにむに」

坂本「……ハアハア」

土方「……」

坂本「鬼じゃ。鬼じゃき」

  坂本、そう言いながら部屋の隅にうずくまる。

坂本「……どうしたらええんじゃ。こんな奴らと一刻も同じ部屋で」

  土方が目を開ける。しかし坂本は気付いていない。

土方「……」

坂本「逃げるんじゃ今の内に。中岡に知らせて、それで寺田屋にかくまってもらえば」

土方「逃げるって、どこに逃げるんだい」

  土方が体を起こす。

坂本「!」

土方「ちょっと寝ちまったみたいだな」

坂本「(怖がりながら)……起きて、らっしゃったのでござるか(声が上ずる)」

土方「大丈夫かい。声が変だぜ」

坂本「大丈夫で、ござるる」

土方「総司は」

坂本「え」

土方「連れだ。どこへ行った?」

坂本「厠へ行くと」

土方「そうか……で」

坂本「で?」

土方「逃げるってどこに逃げるんだい?」

坂本「え」

土方「今、言ってたじゃねえか、聞こえたぜ、逃げるって」

坂本「ああ」

土方「俺は土方だ。沖田から聞いたか」

坂本「はい」

土方「あんたは?」

坂本「あ、さか……いや嵯峨喪怒です」

土方「何? 坂本?」

  刀に手をかける土方。

坂本「(慌て)いえ! 嵯峨喪怒。京の嵯峨に喪服の喪に怒るの怒で嵯峨喪怒!」

土方「何だ……聞かない名前だな」

坂本「故郷の方でも珍しくて、もうどんな場所に行っても一発で覚えられて」

土方「聞いちゃいねえよ」

坂本「……」

土方「生まれは、どこなんだ」

坂本「え」

土方「藩は」

坂本「……江戸でござる」

土方「江戸?」

坂本「将軍様のお膝元で。旗本でござる」

土方「その割には……嵯峨喪怒? 聞かねえな」

坂本「それは……(思いつく)あ、嵯峨喪怒は死んだ母の性ですので」

土方「母君の?」

坂本「喪が明けるまでは嵯峨喪怒の名を名乗ろうと心に決めております」

土方「ほう」

坂本「ということでござるので例え貴殿が新撰組の土方殿であっても父方の姓をお教えすることまかりなりませぬ」

土方「……どうしても?」

坂本「いかなることがございましても」

土方「あいわかった」

坂本「(胸をなでおろす)……」

土方「そう長居はしない。二度と会うこともないでしょう。名などそう肝心なことではござらぬ」

坂本「かたじけない」

土方「私も大事を控えている為、少し疑り深くなっていた。申し訳ない」

坂本「……大事とは」

土方「聞きたいのかい」

坂本「(離れながら)いや、そういうわけでは」

土方「何で離れるんだ?」

坂本「(近付く)離れてなんて!」

土方「あんたと名前の似た男だ」

坂本「……私と」

土方「こいつだ、坂本竜馬」

  と、土方は懐に入れていた人相書きを出す。それを坂本の前に突きつける。

坂本「!……」

  坂本と似ても似つかない顔と坂本竜馬という文字がそこには書いてある。

土方「名前位は聞いたことがあるだろう、坂本竜馬。天下の大逆賊だ」

坂本「……さあ、私は」

土方「知らないのかい? 旗本だろ」

坂本「(慌てて)ああ、思い出した。坂本竜馬。確か、勝海舟先生に師事した男でござるな」

土方「そうだ。あと先生はやめな。勝は幕府に逆らった罪で謹慎中だ」

坂本「……そうでした」

土方「坂本は薩長に働きかけ、倒幕を企む天下の極悪人だ。やつを殺せば新撰組の株は上がる」

坂本「……そんなことを、拙者等に言ってもいいのでござるか」

土方「構わんさ。あんたに言った位で仕損じる新撰組じゃない」

坂本「……大した自信じゃ」

  酒に気付く土方。

土方「お、酒か。飲むかい?」

坂本「いや、私は」

土方「そうか」

  酒を注ぎ、飲む土方。

坂本「……」

土方「……」

  竜馬のお腹がグーとなる。

坂本「……」

土方「……飯、食ってないのか」

坂本「さっきから待っておるがいっこうにこんのじゃ、でござる」

土方「(饅頭を取り出す)食うか?」

坂本「饅頭でござるか」

土方「うまいぞ、諸越屋の饅頭だ。ホントは総司にやろうと思ったが、やめた。あいつにやると仕事が片付かねえ。甘いものに目がねえんだ」

坂本「……(受け取る)ありがたく」

土方「それにしても大した度胸だ、気に入った、飲もう」

坂本「?」

土方「鬼の副長と呼ばれる俺の前で腹を鳴らした奴はあんた以外は局長か総司くらいだ」

坂本「……あの御仁は若いでござるな」

土方「総司か? あいつは二十と一つか、二つか」

坂本「何故新撰組に?」

土方「見えねえだろう。まあ飲め」

  坂本に酒を注ぐ土方。

土方「あいつは局長の近藤の所に九つの時から居てな、道場で目録も取った師範代だ」

坂本「……」

土方「今じゃ沖田総司と言えば泣く子も黙る新撰組の中でも一番の使い手という噂だ。不思議なもんだぜ。あの泣き虫の宗二郎が」

坂本「沖田殿は、池田屋の時」

土方「さすがに聞いてるか、池田屋は。総司は一番隊隊長だ。もちろん斬ったさ」

坂本「……」

土方「……嵯峨喪怒殿?」

坂本「土方さんは坂本竜馬を斬るつもりか」

土方「急に話が飛ぶな」

坂本「何とはなしに気にかかった」

土方「斬るぜ」

坂本「……幕府のために?」

土方「(苦笑し)さっきも言っただろう、新撰組の為だ。俺は局長と違って出世にも幕府にも興味はない。ただ新撰組を一流の剣客集団にしたいだけだ」

坂本「……」

土方「喋りすぎたな、また。どうも気が高ぶっていかん」

坂本「拙者のようなものに色々と興味深き話を」

土方「なあに、あんたが気安いからだ。それにあと半刻もすれば二度と会わなくなるんだ。色々気をもんでも仕方がないさ」

坂本「……うむ。二度と会わんことを切に祈るぜよ」

土方「?」

坂本「何でもござらん。(ごまかし)まあおいしそうな饅頭」

土方「じゃあもう一個」

坂本「……土方殿、別に拙者は饅頭大好き侍という訳では」

土方「(凄み)いるのかいらねえのか、どっちだ?」

坂本「(奪い取り)まあ、おいしそうなお饅頭!」

土方「それにしても、総司の奴、遅いなあ。ちょっと見てくる」

坂本「行ってらっしゃい!(嬉しく)」

土方「おうよ」

  出て行く土方。気を落ち着かせる坂本。

坂本「……池田屋で斬ったか、土佐もんも斬ったか……くそ。新撰組め、新撰組め」

  立ち上がろうとする坂本。腰が抜けている。

坂本「……竜馬だとわかったら……斬られるぜよ、確実に」

  天井を見上げる坂本。そこに女装した中岡が障子から入ってくる。

坂本「逃げる、逃げるぞ。人斬りなんぞに付き合ってられるか。どこぞで勝手に死ぬがいいがじゃ、フン、フフ、フハハ」

中岡「竜馬?」

坂本「ハハッハハ、(気付いて驚き)うわあ!……ごめんなさい」

中岡「何をしちゅうがじゃ?」

坂本「中岡かーびっくりしたき!」

中岡「変わりはないがか」

坂本「大いにあるぜよ」

中岡「そうか、ないか。(気付く)え? あるがか?」

坂本「うむ、おんしゃあがおらん間、こっちはえらい事になっちょったがじゃ」

中岡「その前にわしの報告も聞いてくれち。なかなか大変なことになっちゅうがぜよ」

坂本「これ以上わしを脅かして楽しいか、おんしゃあ」

中岡「ええか、驚かずに聞いてくれち」

坂本「(下手を気にして)ええぜよ」

中岡「実は、今、薩摩屋敷に行って西郷に言われたことによるとの」

坂本「何じゃき」

中岡「幕府から京の新撰組、見廻組などに坂本竜馬および、中岡慎太郎を討てとの命令が下ったがじゃ」

坂本「(まんじゅうを差出し)……饅頭食うか?」

中岡「竜馬。何で驚かんがじゃ」

坂本「(饅頭をかじって)……続けてええぜよ」

中岡「よし、これ聞いたら驚くきに。おまけにどうやらわしらの人相書きまで出回っちゅうらしいがじゃ」

坂本「……」

中岡「(驚くかな)……」

坂本「これか」

  土方の残していった人相書きを中岡に見せる坂本。

中岡「(驚いた)うわあああ!」

坂本「そんな事は先刻承知しちゅうがじゃ」

中岡「こんなもんどこで手に入れたがか」

坂本「(意地悪に)秘密じゃ」

中岡「相変わらず情報が速いのお。それならこれは絶対に知らんじゃろ。実は新撰組の」

坂本「沖田総司と土方歳三がこの近辺をうろついちょるんじゃろ」

中岡「(口をパクパクさせる)……」

坂本「もっと新しい情報はないがか」

中岡「(驚き)おんしゃあ、いつの間に神通力を身につけたがか!」

坂本「……」

  中岡は立ち上がる。

中岡「ずるいぜよ、ずるいぜよ! わしにも教えてくれち」

坂本「そんなもんは身につけとらんがじゃ」

中岡「じゃあ何ち」

坂本「わしはおんしゃあが出て行ってから、その本人と先刻まで今しがたまでここで話をしちょったがじゃ」

中岡「何じゃと!」

坂本「声が大きいぜよ」

中岡「(小声で)それは一体どういうことぜよ」

坂本「話せばちいっとばかし長くなるがの、さっきの仲居、おったじゃろ」

中岡「ああ、あの訛りのひどい女か」

坂本「そうじゃ、あの女が先刻、ここへ来て相部屋を頼んできたがじゃ」

中岡「相部屋」

坂本「そうじゃ、その相部屋の相手と言うのが」

  と、坂本が言い終らない内に総司に肩を貸して、土方が入ってくる。

坂本「!」

中岡「どうしたが、竜馬」

  その口をふさぐ坂本。

中岡「んー、んー」

坂本「出て行け、出て行け、早く出て行け!」

中岡「何を言っちゅうがじゃ?」

坂本「いいから、行け!」

  中岡を追い出す坂本。中岡の落ちるドスンという音。

坂本「……まあいいが」

土方「大丈夫か、総司」

総司「すいません土方さん。ちょっと気分が悪くなっただけなんです」

土方「とにかく寝ろ」

  土方は総司を寝かせる。

坂本「……」

土方「(気付き)ああ、嵯峨喪怒殿」

坂本「どうか……されましたか?」

土方「こいつが少し加減が悪くてな」

総司「大したこと無いのに」

土方「いいから寝てろ」

坂本「そうじゃ!……いえ、そうですよ。寝ないと」

土方「そうだ、布団を敷いてもらうか。よし、あの仲居を呼んでこよう」

坂本「(中岡の行った方を気にしながら)それがいい、それがいい!」

総司「そんな、いいですよ」

土方「いいから寝てろ。嵯峨喪怒さん、ちょっと見ててやってくれるか」

坂本「(キョロキョロしながら)はい、喜んで!」

土方「頼んだ」

  出て行く土方。気が気でない坂本。

総司「……まったく」

  そして這い上がり,戻ってくる中岡。ちょっと額から血が出ている。

中岡「竜馬、おんしゃあ」

坂本「いいから行けー!」

  中岡を突き飛ばす坂本。落ちる音。

総司「(起きて)どうかなされました?」

坂本「いいから寝てろ!」

総司「ごめんなさい」

  寝る総司。

坂本「(ブツブツと)全く何ちゅう日じゃ。わしが何をしたっちゅうんじゃ……どうするんじゃ、どうするんじゃ、竜馬。今日死ぬ訳にはいかんぜよ、日本の夜明けまでもう少しじゃ」

  そこに障子から中岡の手が出てくる。障子の枠を掴んでいる中岡。

総司「(見つけ)あれ、手が」

坂本「わー!」

  障子の前に滑り込む坂本。指を一本一本丁寧にはがす。

中岡の声「りょ、う……まー!」

  落ちて行く中岡。その音。坂本がその方向に手を振る。

総司「今、何か手が見えた気がしたんですけど」

坂本「これは大変だ、幻覚を見てしまっている!」

総司「幻覚? 変な声も聞こえたんですけどりょ、う、まーとか」

坂本「幻聴まで。間違いない、重病です!」

総司「どうしてそんなことが言いきれるんです?」

坂本「私、医術の心得が」

総司「何と」

坂本「旗本として家督を継ぐまでの手習いですけど」

総司「それは素晴らしい」

  そこに戻ってくる土方。

土方「総司、あの仲居どこかに消えたぞ」

坂本「(近付く)あー! 入って来ちゃいかんぜよ!」

土方「何? どうした?」

坂本「布団を探しに行かないと!」

土方「しかし仲居が居ないんだ」

坂本「仲居なら今出て行ったばっかりだ!」

土方「どっちへ?」

坂本「(襖の向こうを指し)あっち!」

土方「すれ違いか!」

  土方は出て行く。

総司「仲居さんなんて居ました?」

坂本「一瞬で、ダッ、ダッて。まんずまんずとか言いながら」

総司「ホントですか?」

坂本「間違いない、この目で見た」

  そこにまた中岡の手が、障子に伸びている。

総司「(気付いた)!……やっぱり誰か」

坂本「違いますよー!」

  総司の頭をシェイクする坂本。

総司「うわあああ!」

坂本「幻覚、幻覚(シェイクやめる)」

総司「頭が……痛い」

坂本「ほら重病になってきた!」

総司「うぷ、気持ち悪」

  障子の中岡は、上がるのに苦労している。その手を外しに行こうとすると襖が開く。

  お雪が居る。

お雪「まんずまんず」

  坂本は襖にジャンプして、襖を閉める。

総司「……」

坂本「ほら、本当だった!」

総司「確かに……う、気持ち悪」

坂本「いいから寝てなさい!」

  中岡が上がりきる。中岡は血だらけ。

中岡「ハアハアハア」

坂本「おまんはいいから入ってくるな!」

中岡「おんしゃあはわしを殺す気じゃったか、それならわしにも考えがあるぜよ」

坂本「おまんの命を救おうとしちょったんじゃ!」

中岡「(自分の身体を触り)これが? これが? どういういい訳じゃ!」

  襖が開く。

お雪「まんずまんず」

坂本「出てけー!」

お雪「……」

  襖を閉めるお雪。

坂本「……今日は何なんじゃ!」

中岡「言うてみろ、竜馬。何ゆえわしは合計三度もおまんに二階から突き飛ばされなければならんのじゃ?」

総司「一体何の騒ぎです、気持ち悪」

坂本「しばらく寝ててください、もっと気持ち悪くなりますよ!(シェイク)

総司「それは大変だ……寝ます」

坂本「お願いします」

  寝る総司。

中岡「竜馬」

坂本「あー(錯乱し)もうどうにでも」

  襖が開く。

坂本「出てけー!」

  土方である。

土方「……」

坂本「……」

土方「出て行け?」

坂本「……(顔が歪む)違う、違います」

土方「出てけって」

坂本「まんずまんずかと」

土方「饅頭? そんなに欲しいのか? ほら」

  またもう一個饅頭を渡す土方。

坂本「(受け取って)……あーおいしい!」

中岡「おい(坂本に)……相部屋の相手か」

坂本「! 逃げるがじゃ」

中岡「何?」

坂本「まだ間に合う。逃げるがじゃ」

土方「(気付く)逃げるってどこへだい」

坂本「!」

中岡「何を言っちょるき」

坂本「江戸訛りで喋れ!」

中岡「?」

土方「そちらのおなごは誰かね」

中岡「?」

坂本「え! えーえー拙者の許婚にござる」

中岡「何?」

坂本「(中岡に)いいから黙れち」

土方「そうか。すまねえな、密会の最中だとは。申し訳ねえ事をした」

中岡「(坂本に)どういうことじゃ竜馬」

坂本「江戸訛りじゃ。いや、そういうわけでは」

中岡「(男っぽい声で)お初にお目にかかります」

土方「?」

坂本「高く!」

中岡「(気付き高い声で)お初にお目にかかりまする」

土方「邪魔をして申し訳ない。ちょっとこいつの具合が悪くてな、しばらく休んだら出て行くからもう少し頼む」

中岡「はい。(坂本に)竜馬、どういうことじゃ。何でわしがおんしゃあの許婚じゃ」

坂本「その格好、そうでも言わなきゃ説明できん」

中岡「……確かに」

土方「おい、総司」

総司「(起きて)すいませんね、土方さん」

土方「無理するからだよ馬鹿野郎、ゆっくり休め」

総司「はい」

中岡「(土方に)もし」

坂本「!」

土方「ん?」

中岡「どこか具合でもお悪いのでございますか」

土方「ちょっと肺がな、何、心配するほどのことでもないさ」

中岡「そうですか、お大事に」

土方「あんた、綺麗だな」

  咄嗟に、ニ、三歩下がる中岡。

土方「どうした?」

中岡「いいえ、何でも」

土方「名前は」

坂本「……やばいち」

中岡「名前?」

土方「ああ」

中岡「名前?」

土方「名前だよ」

坂本「……(中岡に)何か言え」

中岡「……なーまーえー」

総司「(突然起きあがり)だから伸ばすことに意味はあるんですか?」

中岡「特に」

土方「だから無理するなって」

総司「ハアハア、つい気になって」

土方「いいから休んでろ……で?」

中岡「で?」

土方「名前」

  土方にじっと見られている中岡。

坂本「……」

中岡「……」

  そこに入ってくるお雪。

お雪「大変おまたすいたしましたべ。嵯峨喪怒様、ながおが様」

中岡「!」

お雪「あんれま。まだながおが様いないんけ?」

  全く気付いていないお雪。

土方「中岡?」

坂本「違うち」

土方「?」

坂本「中岡じゃなくて長尾画。長い尾っぽの画という字で長尾画」

お雪「また珍しいさなー」

中岡「……」

土方「このおなごが?」

坂本「え……ああ」

土方「長尾画か、これまた珍しいな」

坂本「(話をあわせる)そうなんですよ」

お雪「長尾画様ー、どこさ行っただー?」

坂本「(中岡に)おい、呼んでるぞ」

中岡「(訳がわからず)何?」

坂本「あの仲居、近眼でね」

  お雪の近くに中岡が立つ。

お雪「どうしたんだ?」

  そこにさっと寄って来る坂本。

坂本「おい、いいかい。ひとつ言っておきたいことが」

お雪「何だべ」

坂本「(中岡を指し)これが長尾画だ」

お雪「え?」

中岡「竜馬、あとでちゃんと説明しろち」

お雪「それじゃあ」

坂本「ちょっと訳があってな。察してくれ」

お雪「そったらことだったんだなや」

坂本「え? わかったがか?」

お雪「んだ。つまりだ、二人は夫婦というわけだなや」

坂本「ん?」

中岡「?」

お雪「それにしても色っぺえおなごさ、嫁っ子にもらったもんだなや長尾画様は」

坂本「何じゃと」

中岡「?」

お雪「んだべ? 長尾画様の嫁っ子」

坂本「……」

お雪「んだべ?」

坂本「……(迷ったが)そういう事じゃ。そういう事」

中岡「!」

お雪「やっぱすそうか。一目見ですぐにわがっだ。まんずまんず夫婦は顔が似てくるもんだって言うからな」

坂本「全くだ、そっくりになってきたな、長尾画の嫁っ子。なあ」

中岡「(話を合わせ)いやだ、そったらこと恥ずかしい……後でちゃんと説明するがぜよ」

土方「話し合いは終わったか」

坂本「ああ、万事解決です」

土方「じゃあ座ってくれ。それと悪いが埃をたてないでくれ、肺の病に埃はいかん」

坂本「ああ」

お雪「(坂本に)一つ聞きてえごどがあるんだけれども」

坂本「何だ?」

お雪「長尾画様も忍びなんけ?」

坂本「……」

お雪「隠密のおしごどなんだべ?」

坂本「……そうかもしれないし、そうでないかも」

お雪「やっばりそうがー。そういう雰囲気しだんだ」

坂本「わかったら出て行け」

お雪「んだば、すんづれいして」

  出て行くお雪。

中岡「何の話じゃ」

坂本「知らぬが仏じゃ」

  座る坂本、中岡。

坂本「結局、何しに来たんだあいつは」

中岡「さあ」

土方「で、長尾画殿。名は」

中岡「……名? 長尾画と」

坂本「長い尾っぽの画という字で」

土方「姓はわかったから、名を申してくれ」

坂本「何故そんなことを!」

土方「おなごに姓で呼ぶのはいかがなものかと思っただけ。特に意味はござらぬ」

坂本「……なるほど」

土方「名は?」

中岡「……慎子」

土方「慎子?」

  坂本は中岡を小突く。

中岡「痛……(土方に)慎子にござります」

土方「そりゃまた珍しい名前だな」

総司「本当に」

土方「総司。寝てろって言ったろ」

総司「こんな時間に寝たら夜が寝れません。それにしても珍しい名前の集まりですね」

中岡「そちらはどういうお名前で」

土方「(しばらく考えるが)豊玉と宗二郎だ」

坂本「何?」

中岡「豊玉さん? 珍しいお名前」

総司「どうしたんです土方さん」

坂本「?」

土方「綺麗なおなごをいたずらに怖がらせなくてもいいだろう」

中岡「!」

  危険を感じた中岡、部屋の隅へ。

土方「新撰組だってわかったら怖がらせちまうからな」

坂本「……(皮肉に)お優しいことだ」

  中岡の方へ行く坂本。

総司「もう、落ち着きました」

  起き上がる総司。

土方「まだ寝てろよ。布団敷いてもらおうか」

総司「いいですよ。あとは喉が渇く位で」

土方「よし、もらってきてやる」

  すぐさま出て行く土方。

総司「心配性なんだから」

坂本「……鬼の弱点か」

中岡「何じゃ?」

坂本「ええか、中岡。よー聞けよ。あの二人はの」

総司「嵯峨喪怒さん、慎子さん」

坂本「はい」

中岡「はい」

総司「まだ、雨は降ってますか」

坂本「それはもう、のう慎子」

中岡「はい。あなた。ほほほ」

総司「困ったなあ、雨がやんだらすぐに出発するつもりだったのに」

坂本「(障子を開け)おかしいな、急に晴れてきたぞ!」

中岡「?」

  しかし大粒の雨。雨音。

坂本「……そんな事も、ないようじゃね」

総司「僕は、ちょっと肺を患ってましてね」

坂本「……」

総司「あまり、長くもない病らしくて」

中岡「……」

総司「もう、戦えるかどうか」

坂本「……」

総司「でもだからこそ、身体の自由が効く内に剣を振るおうと思ってます」

坂本「そんなに……」

中岡「ん?」

坂本「そんなにまでして、人を斬りたいのか」

総司「嵯峨喪怒さん?」

坂本「今の日本は、前途ある若者がそんなにまでしてしたいことが……人を斬ることじゃ」

総司「それが何か?」

坂本「これから日本はどうなると思う」

総司「え?」

坂本「日本は、すぐに平和になる。生臭い血がたくさん流れた後に新しい時代が来る。その時必要な者は、若さじゃ。あんたのような若い御仁は生臭い血の中で、生きるべきじゃないと思う」

総司「……」

中岡「相変わらず甘い奴じゃ」

総司「え?」

坂本「高く!」

中岡「(慌て)おほほ。甘いお人だわ、おほほ」

坂本「……」

総司「……僕は今、楽しいですから」

坂本「人斬りが?」

総司「んーというよりあの(気を利かし)豊玉さんや近藤さん、他の仲間と居るのが」

坂本「……もっと命を大切にせにゃいかん」

総司「嵯峨喪怒さん?」

坂本「(興奮し)わしの知り合いで以蔵いうのがおったが、こいつは人を斬るのが生きがいのような男で人斬り以蔵なんて呼ばれていい気になっておったがじゃ、ついにとっ捕まって斬首された。人など斬るやつの明日に未来なんてないがじゃ」

中岡「竜馬」

総司「江戸の方じゃないんですか?」

坂本「(気付き)や! そ、そうだが」

中岡「何をやっちょる」

総司「それに以蔵って人斬り以蔵の事じゃ」

中岡「(話そうと)実はでございますね」

坂本「あー!」

  中岡を部屋の隅へ連れて行く。

総司「?」

中岡「何をするんじゃ竜馬」

坂本「シーッ、シー!」

中岡「まさか、幕府方の人間か」

坂本「とにかく黙れ。それどころじゃないがじゃ」

総司「嵯峨喪怒さん」

  立ち上がる総司。

坂本「はい?」

総司「もし人斬り以蔵とお知り合いならば改めさせていただきますが」

坂本「違う、違います。ちょっと言い間違えを」

総司「言い間違え?」

坂本「そう、言い間違え。人斬りいーぞおっていつも叫んでる男です」

総司「人斬りいーぞお?」

坂本「そうです。以蔵じゃなくていーぞお」

総司「……」

中岡「竜馬」

坂本「何じゃ」

中岡「苦しい」

坂本「わかっちょる!」

総司「嵯峨喪怒さん」

坂本「……(顔が引きつる)はい?」

総司「無礼しました。私もちょっと疲れていたらしい」

  と、総司はふらつく。

坂本「大丈夫ですか」

  駆け寄る坂本と中岡。

総司「いや、ちょっとした立ちくらみです。気にしないで」

坂本「やっぱり寝ていた方が」

総司「ありがとう。大丈夫」

  横になる総司。

坂本「どうするか、どうするか」

  総司が立ち上がる。

坂本「!……何か?」

  総司がぐいっと近付く。

坂本「いかがなされた!?

総司「……どうして?」

坂本「何がでござる?」

総司「なぜゆえに!」

坂本「何が?(中岡に)わし、何をしたんじゃ?」

中岡「わしの女装か?」

坂本「いかん、いかんきに」

総司「なぜなんです!」

中岡「一体どうしたんじゃ」

坂本「高く!」

中岡「(女声で)一体どうしたのでございます?」

総司「それを、何故あなたが持っているんです!」

坂本「……何が?」

総司「……」

  総司は黙って饅頭を指す。

坂本「……饅頭?」

総司「諸越屋の特製饅頭、私の大好物なんですよ?」

坂本「……だってさっきくれたから」

総司「え?」

坂本「……(下手を指す)」

総司「あの野郎」

坂本「食べますか?」

総司「情けはいりません」

坂本「では(食べようかと)……」

総司「(睨みつけ)……」

坂本「いります?」

総司「いいえ」

坂本「では(食べようかと)……」

総司「(もっと睨みつけ)……」

坂本「やっぱりどうぞ!」

総司「そこまでおっしゃるなら」

坂本「(渡す)……」

  総司は嬉しそうに饅頭をほおばる。

土方が水を持ってやってくる。

土方「待たせた。あの仲居が居なくてどこに新鮮な水があるのかわからなかった」

総司「(食べながら)どんなのでも良かったのに」

土方「何で饅頭を食ってるんだ!」

総司「……」

  急いでほおばる総司。

土方「嵯峨喪怒殿!」

坂本「はい?」

土方「なぜ饅頭を食わせた!」

坂本「だって!」

総司「んー、んー」

  喉に饅頭を詰まらせた総司。

中岡「喉に詰まったみたいじゃ」

坂本「高く!」

中岡「(高い声)喉に詰まってありんす」

土方「(聞いていない)馬鹿野郎! 水を飲め」

総司「すいません、もがもが」

  水を飲む総司。

土方「それからこれを飲め」

  懐から薬を出す土方。

総司「またこれか、苦いんですよ」

土方「馬鹿野郎、うちの実家の薬だぞ。良薬口に苦しというだろうが」

総司「はいはい、強引なんだから」

  薬を飲む総司。

総司「落ち着きました。どうも」

土方「心配させやがるぜ、宗二郎は」

総司「(にっこり)……」

中岡「ところで、お二人はお侍様で」

坂本「! やめろち」

土方「ああ、まあ……似たようなもんだな」

中岡「どちらの」

土方「会津藩だ」

中岡「会津……そうですか、ご無礼を」

土方「気にするな」

中岡「(坂本に)会津藩だ。危ないな」

坂本「事実というのはもっと恐ろしいもんぜよ」

中岡「?」

総司「嵯峨喪怒さんは、流派は?」

坂本「え?」

総司「何流ですか」

坂本「んと、その……北辰一刀流を」

土方「何?」

総司「そうですか。うちにも藤堂さんといって北辰一刀流を学んだ方が」

坂本「へー」

中岡「うち?」

総司「ええ」

土方「総司」

中岡「うちというのは……宗二郎さま、道場でも持っておられるので」

土方「お喋り」

総司「え、まあ、そんな所です」

中岡「どちらに」

総司「まあ、京ですか」

中岡「京といえば新撰組がおられますね」

坂本「ちょっとやめろ慎子」

土方「……」

総司「……あちゃ」

中岡「あちらの道場はさぞ繁盛してるみたいですねえ」

土方「まあ当然だろうな」

中岡「ほお、ずいぶん新撰組を買ってらっしゃるみたい」

土方「……」

総司「豊玉さん」

土方「うるせえ。(中岡に)新撰組な、京では壬生狼などと呼ばれ恐れられている無法者という事だが実は」

中岡「実は」

坂本「……」

土方「礼儀をわきまえ、お上に仕え士道を尽くす。そこらへんの腐った武士などに比べたらずっと武士らしい最強の剣客集団だ」

中岡「新撰組の方とご面識は?」

坂本「慎子」

土方「……何度か」

総司「(吹き出す)ぷっ」

土方「総司」

総司「ごめんなさい豊玉さん」

坂本「その辺で、慎子」

中岡「……」

土方「ところで、嵯峨喪怒殿」

坂本「ん? 何でござる」

土方「北辰一刀流と言っていたが」

坂本「……ええ」

土方「先程貴殿はこう申された。坂本竜馬とは面識がなく噂に聞いた事があるだけだ」

坂本「ええ」

土方「坂本竜馬と言えば北辰一刀流免許皆伝の腕前。それを知らぬとはいかに」

坂本「……」

総司「確かに、変ですね」

坂本「……」

土方「……」

中岡「(慌て)……あなた、何とか」

坂本「いかにも坂本竜馬は我が北辰一刀流の免許皆伝」

土方「うむ」

坂本「拙者も破門の身でなければ堂々とその事を語ったであろう」

土方「破門?」

坂本「左様。この不肖嵯峨喪怒、剣の道を志し、ついに免許皆伝目前の所までいくも、やむなく破門」

土方「……何故」

坂本「拙者のあまりの太刀さばきに、師匠千葉定吉が恐れをなし破門を」

土方「ほほお」

総司「それは凄いですね」

坂本「まあ拙者の腕を持ってすればそれも無理なきこと」

中岡「おい、竜馬」

坂本「はーはっはっは」

中岡「(坂本を引っ張り)おい」

坂本「何じゃ」

中岡「調子に乗りすぎじゃ」

坂本「昔から言うじゃろ、嘘は大きい方がいいち」

中岡「知らんぞ」

  土方、立ちあがる。総司、立ち上がる。

坂本「……何じゃ」

土方「嵯峨喪怒殿、是非お手合わせを」

坂本「何!」

総司「ずるいなあ。嵯峨喪怒さん、是非僕と」

土方「病人は下がってな」

総司「そうはいきません」

坂本「な、何じゃ、どういうことじゃ」

中岡「だから言ったんじゃ」

土方「天下の剣豪、千葉道場の千葉定吉が恐れたほどの剣、是非やってみたい」

総司「右に同じ」

坂本「しばし待たれい。こんな所で、できるわけがなかろうが」

土方「これは笑止。貴殿らの剣は道場という狭い所で鍛錬をつまれ、その腕を磨かれたもの。むしろ不利なのは日ごろ外で剣を振るう我ら。それにこの天井」

  土方が剣を上段に構える。しかし天井にはつかない。

土方「これだけの高さがあれば、全く問題などないのでは」

坂本「……それは、そうだが」

土方「臆されたか」

総司「嫌だなあ、土方さん。そんなわけないでしょう」

坂本「しばし」

  中岡を部屋の隅に連れて行く坂本。

坂本「しばし待たれい(中岡に)どうすればいいがじゃ」

中岡「わしは知らん。自分で何とかしたらええがぜよ」

坂本「何とかなる相手じゃないから言うちょろうが」

中岡「仮にも北辰一刀流免許皆伝の腕前じゃろが。会津藩の武士二人くらいが何じゃ」

坂本「一言告白するがの、中岡。わし、長いこと剣など握っとらんがぜよ」

中岡「何じゃと、しかし」

坂本「この陸奥守は飾りじゃ。抜いた事はあっても今まで人を斬った事はないがじゃ」

中岡「おんしゃあ、本当に甘いのお」

坂本「やつらは相当の使い手じゃ。わし一人では斬られるき」

中岡「あいつらはそんな使い手き?」

坂本「何を言うちょるか、奴らこそ」

土方「そろそろ!」

総司「そろそろ!」

坂本「!……」

土方「だから寝てろ」

総司「埃を立てられちゃ寝てられません」

土方「ふん。嵯峨喪怒殿」

坂本「……承知した」

中岡「竜馬、どうするがじゃ」

坂本「わしに考えがある」

土方「引っ込んでろ、総司」

総司「嫌です」

土方「じゃあ俺が先だ」

総司「そう言って殺しちゃったら僕はやれないじゃないですか」

土方「病人は引っ込んでろ」

総司「病人じゃない」

土方「何を」

  坂本、近付き。

坂本「やめい! 一言よろしいか」

総司「……どうぞ」

坂本「そなたらと拙者では申し訳ないが力の差、ありすぎる」

土方「何?」

坂本「まともにやっては勝負にならぬ」

中岡「……刺激してどうするんじゃ」

総司「言いますね」

坂本「そこでじゃ、そなたら二人で一気に向かってこられい」

中岡「何?」

土方「……」

総司「僕ら、二人で?」

坂本「左様、そうすれば少しは勝負になる」

土方「なめられた、もんだな」

総司「どうします?」

土方「あっちがやってくれと言ってるんだ。新撰組得意の挟み撃ちでやればいい」

中岡「どういう気じゃ」

坂本「……」

土方「よかろう。なめられたもんだが、なるほどそっちとこっちの力の差と言うことなんだろう。いいぜ」

中岡「一人に手こずる者が二人に責められてどうするんじゃ」

総司「仕方ないですね」

土方「では、いつ始める」

坂本「もう一つ」

土方「……何だ」

坂本「二人対一人でもまだ足らぬ。もう一つ拙者に枷をつけて欲しい」

土方「何だと、いい加減にしろよこの野郎」

総司「なめすぎですよ嵯峨喪怒さん」

坂本「枷は、こいつじゃ!」

  坂本は中岡を前に出す。

中岡「何!」

土方「……どういう気だ」

坂本「見ての通り、拙者と慎子の二人でそなたらと戦う」

総司「嵯峨喪怒さん」

中岡「おい」

坂本「拙者は慎子を守りながら、そなたら二人と戦う。それでやっと互角」

中岡「……(坂本に)つまり、あたしも戦うのね」

坂本「わしを、守ってくれ」

中岡「……」

土方「いいだろう」

総司「土方さん」

土方「なめられたもんだが、仕方ねえ。言い出したのはこっちだ。やり方はそっちに従うのが筋ってもんだ」

総司「……いいんですか」

土方「こいつを斬れば、この事も他言されないさ」

総司「面目も立ちますか」

中岡「嵯峨喪怒様、私は何を持てば」

坂本「なぜかここに都合よく剣がある」

  中岡の置いていった剣である。

中岡「(それを持ち坂本を睨む)まあ、本当。何て都合のいい」

坂本「偶然て恐ろしいなあ」

土方「……」

総司「……」

坂本「(構え)では」

中岡「(構え)……では」

土方「(構え)では」

総司「(構え)では」

土方「いざ!」

  と、土方が言うと総司がまず三段突き。それをかわす坂本。そこに更に土方が斬りつける。避ける坂本。更に襲い掛かる土方。

坂本「何でわしだけ」

中岡「当然だろう」

  斬りつける総司。斬られそうになる坂本。しかしその太刀を中岡が受け止める。

総司「何と」

  そのまま総司を押し出し、土方に斬りかかる中岡。それをすんでのところで避ける土方。

土方「さすが嵯峨喪怒殿の許婚だ」

坂本「参ったか!」

中岡「……」

総司「参りませんよ」

  総司が坂本に斬りかかる。それを避ける坂本。

総司「なぜ逃げる!」

  総司の三段突き。避ける坂本。決して自分から斬りに行こうとしない坂本。土方が斬りかかるが、それを止める中岡。

土方「……おなごとは思えんな」

中岡「!」

  土方を押し返す中岡。

総司「何故だ、何故打ち返さない!」

坂本「それは、君の体に聞け」

総司「!……」

  土方が坂本に斬りかかる。それを止める中岡。

土方「でいやああ!」

  土方が中岡を蹴飛ばす。倒れる中岡。土方は坂本に斬りかかる。避ける坂本。

土方「避けるなああ!」

坂本「いやじゃ」

  土方が坂本に斬りかかる。その剣をやっと剣を使って止める坂本。

坂本「おんしゃあの剣には生が見えん」

土方「……何」

坂本「人を殺すためだけの剣じゃ」

土方「……剣は人を斬るものだ」

坂本「そうかの。おんしゃあの剣には自分自身の生さえ見えん」

土方「何?」

坂本「定吉先生は人を殺す剣より、人を生かす剣をふるえと言った。おんしゃあを見ているとその意味がよくわかる」

土方「戯言を言うなああ!」

  土方は坂本を突き飛ばし、坂本に斬りかかる。避ける坂本。総司が近付く。

総司「土方さん、いけない!」

  総司がその間に入ろうと。その途中。

総司「うっ!」

  総司が倒れる。それに気付いた土方。

土方「ん! 総司!」

  止まる四人。そこに夕飯を一膳持って入ってくるお雪。

お雪「まんずまんずお待たせいたすました」

  そのお雪に気付く四人。

お雪「いんや、さっぎがら、何度も夕飯さ、持っでごようとしでだんだけど、そのだびに何だか何しに来たか忘れちまってって、あー! 駄目だ、一膳しか持ってこなかったべ、やだあたすったら。まんずまんずうっかりさん、えっへっへっへ、あ?」

  固まっている四人。

お雪「なんか、あっだのが?」

土方「いや、その……」

お雪「まさが、決闘?」

坂本「いや、ちょっと刀を磨いててな」

  突然、刀を磨きだす四人。

お雪「刀を」

坂本「そうだ。四人で刀の砥ぎ競争を」

お雪「面白いんか?」

坂本「それはもちろん、なあ」

中岡「本当に、おほほほ」

土方「総司、大丈夫か」

総司「ええ。いやあ僕の刀が一番光り輝いてますよ」

坂本「何を、わしの方が」

中岡「あたしですわ、ほほほ」

土方「俺だよ」

  乾いた笑いの四人。

お雪「何か、変なおぎゃくさんだ」

土方「あいつめ」

総司「我々の負けでしょう」

土方「ふん、どうかな」

総司「全部避けられてましたから。相当やりますね」

土方「このことは他言無用だぞ」

総司「わかってます。口が裂けても言いませんよ。女に刀を止められたなんて」

土方「全くだ」

お雪「ところでおぎゃくさん、長尾画様はどうしたんだ?」

土方「?」

坂本「……長尾画なら、ここに」

総司「そうですよ」

お雪「そっちの長尾画様じゃなくて。男の方の、夫の方の」

総司「?」

土方「?」

坂本「……何を言うんだ」

お雪「だがら、わがんねえ人だな。この(中岡を指し)長尾画様の旦那さんの長尾画様はどこだって言ってるんだ」

坂本「あー! あー!」

中岡「……あたし、知らない」

土方「どういう事だ」

総司「何言ってるんですか、この人の旦那さんは嵯峨喪怒様でしょ」

お雪「は? あんたこそ何言ってるんだ」

坂本「落ち着こう、皆。落ち着くんじゃ」

土方「どういうことか、説明してくれよ」

坂本「……今、しよう。どうじゃ、本人から(中岡に)」

中岡「(坂本に)おほほ、おなごの口からはとてもとても」

坂本「(中岡を睨む)……」

中岡「(にっこり)……早く、説明を」

坂本「……まずな。わしとこのおなごは親が決めた許婚でござる」

総司「それは知ってます」

坂本「しかし、それは小さい頃のことで。大きくなり私は故郷を飛び出してしまった。その時、千葉道場に」

土方「ほお」

坂本「その間に、慎子は長尾画殿という侍とまた親の決めた縁で無理やり婚儀を結び、その妻となった。そうじゃな慎子」

中岡「ええ……多分」

総司「……」

坂本「そして故郷に戻って来たわしは慎子と再会し、恋に落ちた」

土方「なるほど」

総司「それって」

お雪「泥沼じゃあ、泥沼じゃあ」

坂本「そう。そして今晩、ここで長尾画殿とわしで慎子をめぐる話し合いが持たれておったと言うわけだ」

総司「そんな大変な事になってたんですね」

坂本「しかし、慎子はわしを心配してここに駆けつけて来たというわけじゃ」

土方「……」

坂本「そうじゃな、慎子」

中岡「ええ。(泣き崩れ)よよよ」

お雪「二人の男を手玉に取って、まんずまんず凄いなあ」

中岡「あたしって見かけより悪いおなごなの」

お雪「悪女ってやつね。わかるわかる」

土方「互いの親は怒らなかったのかい?」

坂本「ああ、もう大賛成です」

中岡「嫁姑問題など何のその。お義母さまとはもう親子同然に仲が良くて。ホホホホ」

坂本「その通り、ハハハハ!」

土方「……母君は死んだんじゃないのか?」

坂本「……後妻じゃ!」

中岡「ご、後妻です」

  気まずい沈黙。

土方「なるほど、あいわかった」

坂本「納得してくれたか」

土方「しかし合点が行かないことがある」

坂本「……何じゃ」

土方「貴殿は江戸の旗本じゃないのかい」

坂本「……そうだが」

土方「故郷を、出たんだよなあ」

総司「あ」

中岡「あ」

坂本「?」

土方「じゃあ、何で故郷が江戸で、家出した所も千葉道場なんだい」

坂本「!」

土方「確か、千葉道場は江戸で一番の道場のはずだが」

坂本「いや……」

中岡「……」

お雪「確かに、変だ」

総司「家出って普通そんな近くにはしませんもんね」

土方「嵯峨喪怒殿」

坂本「それは……」

総司「それは?」

土方「……」

中岡「……それは、この人が密かにあたしとの関係を続けていたから」

土方「何?」

総司「何と」

お雪「それなのに、長尾画様と婚儀を結んだのけ」

中岡「あたしって生まれつきの悪女なの」

お雪「へー」

坂本「そこに惚れたんだ」

お雪「恐ろしいとこだなや京は」

土方「なるほどねえ」

総司「世が混乱してるとこういうこともあるんですねえ」

土方「全くだ」

お雪「おっがねえなあ、はやぐ田舎に帰りてえ」

坂本「そうしてもらえるとすごく助かるき」

お雪「おぎゃくさん、なあに怒ってんだ?」

坂本「おんしゃあのせいで事態はどんどん悪くなっちょるんじゃ!」

お雪「もしがしで、長尾画様のことは言っちゃなんねえことだったっぺか?」

坂本「そうじゃ!」

お雪「すまねえだ、忍びの掟だっだとは知んねえでついつい言っぢまっだ」

  それをしっかり聞いていた新撰組。

総司「え? しの」

土方「しのび?」

坂本「ああ!」

お雪「あんれま」

中岡「?」

お雪「……」

  下手に歩いて行くお雪、襖の前で座り、一礼をして。

お雪「しんづれいいだしましだ」

坂本「待て!」

  慌てて出て行くお雪。

坂本「……」

土方「……」

総司「……」

坂本「(なまり)そんじゃおらも」

  土方が坂本の腕を掴む。

土方「待ちな」

坂本「……はい」

土方「確か先程は将軍様直属の旗本だと」

総司「その前に医術の心得があったそうですよ」

坂本「んー」

中岡「どういうことじゃ、りょ」

坂本「高く!」

中岡「(高く)どういうことでごじゃります?」

坂本「……まあ落ち着こう」

土方「いいぜ。雨はまだ止みそうに無い」

総司「ええ」

坂本「?」

土方「時間はたっぷりあるぜ、嵯峨喪怒殿」

  座る四人。

坂本「(言いよどみながら)えっと、まず……拙者、旗本は旗本なんでござるが」

  刀に手をかける土方。

坂本「な、何を!」

土方「……嘘は、つくなよ」

坂本「……わかった。本当のことを言おう」

中岡「……」

坂本「……実は、拙者は旗本などではないきに」

中岡「嵯峨喪怒様」

坂本「もういい。仕方ない」

中岡「……」

坂本「実は、旗本とは世を忍ぶ仮の姿」

中岡「……」

土方「……」

総司「なんと」

坂本「ある時は旗本、ある時はお医者さん、ある時はちりめん問屋、しかしその実体は」

土方「……」

坂本「将軍様お抱え隠密、服部半蔵が子孫、服部肝臓!」

中岡「……」

土方「服部?」

総司「肝臓?」

坂本「ごめんなさい(と言いかける)」

土方「なるほどー」

総司「あの有名な服部半蔵の」

  襖を開けて突然入ってくるお雪。

お雪「おぎゃくさん、そんなすげえ人だったんだなや」

坂本「聞いちょったのか!」

お雪「むふ」

土方「今の話は本当か」

坂本「はい」

土方「嵯峨喪怒殿!」

坂本「(怖く)はい!」

土方「……無礼をした」

総司「すいませんね」

坂本「いやいや構わん。のう慎子」

慎子「ほほほ、お優しい人」

土方「全くだ」

お雪「待ってくれ、ということは」

慎子「え」

総司「そうですよね、慎子さんは」

慎子「え」

土方「くの一?」

慎子「……まあね」

お雪「なるほどなあ」

坂本「くの一の中でも悪女で知られてる」

中岡「そうなの、おほほ。生まれついての悪女だから、おほほ」

土方「なるほどねえ」

総司「あ、一つ僕も気になったことが」

坂本「もう何でも質問してよ」

総司「長尾画さんも、嵯峨喪怒さんも江戸の人なのに、どうして京で話し合いを」

坂本「……」

お雪「ほんとだ、おかしいべ」

土方「んー考えてみると」

総司「嵯峨喪怒さん」

土方「嵯峨喪怒殿」

お雪「嵯峨喪怒様」

中岡「……あなた、何とか言って」

坂本「……実は」

土方「実は?」

お雪「実は?」

坂本「我らは」

総司「我らは?」

中岡「我らは?」

坂本「将軍様に勅命を受けまして」

中岡「!」

総司「何と!」

お雪「へえー」

土方「将軍様に?」

坂本「そう、逆賊坂本竜馬と中岡慎太郎を討ち取れという勅命です!」

中岡「な!」

土方「……」

総司「……」

坂本「ほら、忍びだから、勅命。ねえ」

中岡「……」

総司「なるほど、だから京に」

坂本「ええ。黙っていて申し訳ない」

土方「将軍様直々の勅命じゃ仕方がないな」

坂本「そうなんですよ」

中岡「(声も出ない)……」

土方「そうとは知らず、疑ってすまなかった」

坂本「いや、別に私は」

土方「許してくれ。ともに坂本竜馬らを狙う身。どちらが先に討ち果たすか勝負だ」

  土方は坂本の手を握る。

総司「あ、私も」

  土方、総司に手を握られる坂本。

お雪「なんだかよくわがんねえけど、まんずめでてえ」

坂本「ほんとめでてえ、はっはっはっはっは!」

坂本はわざとらしく笑う。土方と総司も、笑う。中岡は笑えない。中岡は坂本を連れて少し離れる。

坂本「何じゃ」

中岡「どうするが?」

坂本「何がじゃ」

中岡「坂本竜馬を討つ忍び? よくもまあ言えたもんじゃな、おんしゃあが坂本竜馬を討てるわけがないじゃろうが」

坂本「んなことはわかっちょる」

中岡「もし奴らが感づいて会津の仲間を連れてきたらどうする気じゃ? それだけならまだええが、この辺りを巡回しちょるはずの土方歳三や沖田総司を連れてきたらどうするんじゃ?」

坂本「その心配はいらん。連れてくることはまずない」

中岡「何でそんなことが言えるんじゃ?」

坂本「ここに存在しているものを他の所から連れて来る事なんて出来やせんからのう」

中岡「何を言っちょる!」

坂本「だから!」

  お雪が近付いて来て。

お雪「さっぎがら何をコソコソやっでんだ?」

坂本「忍び同士の小粋な密談じゃ!」

お雪「(中岡に)おぎゃくさん、あとで悪女話もっど聞かせてくんねえか? 田舎の土産にすっから」

中岡「……もういいがじゃ」

  下手に歩いていく中岡。

坂本「どこへ行く?」

中岡「付き合っちゃおれんち」

坂本「わしを一人にしないでくれ!」

中岡「もうおんしゃあとは付き合っちゃおれんち!」

坂本「高く!」

中岡「(高く)あんたとは付き合ってらんないのよ!」

総司「何です?」

お雪「また揉め事だべか?」

土方「男と女は複雑だからな」

お雪「泥沼じゃあ泥沼じゃあ」

  三人、高らかに笑う。

中岡「これ以上、辱めを受ける訳にはいかん。わしは武士じゃ」

坂本「今、おまんは武士である前に、わしの許婚であり、くの一であり、とびっきりの悪女なんじゃぞ!」

中岡「知らん、着替えてくる!」

坂本「高く!」

中岡「(高く)お色直しをしてきまーす!……竜馬、いつか必ず殺してやる」

坂本「……」

  中岡が出て行く。

総司「何なんですか、あれは」

坂本「……」

お雪「追わなくていいんか?」

坂本「おまんは早く飯の用意をせんか!」

お雪「あんれま」

  お雪が出て行く。

土方「おい」

坂本「?」

土方「追わなくていいのか?」

坂本「ええ」

土方「許婚だろ」

坂本「……親が勝手に決めたもの、愛情はござらん」

土方「しかし、何度か夜を供にしたんだろ?」

坂本「まさか! あれと? ありえない!」

土方「意外と奥手なんだな」

総司「ふられたんです、そおっとしといてあげましょう」

坂本「違う!」

土方「嵯峨喪怒殿」

坂本「何じゃ!」

総司「服部じゃないんですか?」

坂本「(慌て)え、は、うん!」

土方「どっちでもいいや。今、坂本竜馬はどこにいるんだ?」

坂本「え?」

土方「我々も奴を追っている。少し情報を分けてくれ」

坂本「それは」

土方「けちけちするな。一緒に酒を飲んだ仲じゃないか」

坂本「……はい」

土方「坂本は今どこだ?」

坂本「……」

  坂本が下手を指す。

坂本「あっちの方かなーなんて」

土方「あっち。あっちとはどっちじゃ」

坂本「だからあっちかなーって」

土方「嵯峨喪怒殿」

総司「服部では」

坂本「ああ、訳がわからなくなってきた」

土方「後で聞こう。嵯峨喪怒殿は少し疲れているようだ」

  土方は出て行く。総司と坂本が残る。

総司「嵯峨喪怒殿、いや服部殿とお呼びした方が良いかな」

坂本「どちらでも構いませぬ」

総司「一つ教えていただきたい」

坂本「……何なりと」

総司「坂本竜馬とはどういう男です」

坂本「……」

総司「私は坂本竜馬には、会ったことがない。しかし興味があります。土佐藩を脱藩し一介の浪人の身である男が軍艦を何艘も持ち、薩長を結ばせようとする。一体その男はどんな化け物なのか?」

坂本「なかなか良い男ですよ」

総司「そうですか」

坂本「女にモテまくってるし、剣は先程言ったとおり免許皆伝の腕前であるし、それに頭が凄くいい」

総司「そうですか」

坂本「すごーくいい!」

総司「わかりましたから」

坂本「坂本竜馬は、いや坂本竜馬大先生は日本全体のことを考えています。日本の未来を憂いているんです」

総司「ずいぶん坂本竜馬を買ってらっしゃるようだ」

坂本「え、あ」

総司「思うんです、偶然の一致にしては出来すぎていませんか? 坂本と嵯峨喪怒、中岡と長尾画。人斬りいーぞう。共に北辰一刀流を学び、共に免許皆伝の腕前。あなた、もしかして坂本竜馬を狙う刺客なんかじゃないんじゃないですか?」

坂本「何のことだか私には」

総司「もっと坂本竜馬に近い人物。昔から彼のことを知っている人物」

坂本「違う、私は!」

  そこにお雪が入ってくる。

お雪「坂本様、御夕飯なんですけんども」

坂本「後にせい!」

お雪「へえ」

  と,お雪は出て行きそうになる。

総司「! 待ちなさい!」

お雪「何だ?」

総司「今あなたはこう言いませんでしたか? 坂本様、と」

お雪「嵯峨喪怒様」

総司「じゃない、坂本」

お雪「嵯峨喪怒」

総司「あんたねえ、(坂本に)嵯峨喪怒さん、いや,坂本さん」

坂本「何の事だか」

お雪「んで、嵯峨喪怒様。松、竹、梅、三種類あるんだけんどもどれがええだ?」

坂本「中岡と同じのでええが!」

お雪「へえ」

総司「(坂本を見つめ)……」

坂本「間違えた。長尾画ど!」

お雪「わかりました、じゃ梅で。んだば」

総司「(坂本を指してお雪に)この人の名字ではなく名前を教えてください」

お雪「確か,えーど,えーどな,竜馬」

坂本「この野郎!」

お雪「ごめんなすって」

  ササッと出て行くお雪。

総司「だ、そうですよ」

坂本「ち,違うち」

総司「違う?」

坂本「私は坂本竜馬じゃない」

総司「仲居さんがそう言ったでしょ。この部屋に他に誰がいると言うんだ」

坂本「私じゃない」

総司「じゃあ誰が坂本竜馬なんです」

坂本「……」

  ためらいがちに下手を指す坂本。

総司、その方向を見る。

総司「何ですか」

坂本「……」

  手を一回転させる坂本。それに合わせて視線を移動させる総司。

坂本「(笑顔で)はは」

総司「(合わせ)はは」

  総司は刀を抜き、坂本に突きつける。

総司「誰が坂本竜馬なんです」

坂本「……」

  下手を指す坂本。

総司「(イラつき)嵯峨喪怒さん」

坂本「あの女です、あの女が坂本竜馬!」

総司「あの女って」

坂本「(高い声で)慎子にござります」

総司「(下手を向き)まさか!」

坂本「あれこそ世を忍ぶ仮の姿」

総司「だってあの人は許婚なんでしょう?」

坂本「今日、初めて会いました」

総司「何だかわからなくなってきた」

坂本「お察しします。私も自分で整理がついているのか非常に怪しい」

総司「何が嘘で何が本当なのか」

坂本「私は真実しか語りません」

総司「だってあんな格好をしているのに」

坂本「そういう趣味なんですよ!」

総司「女装が?」

坂本「……あんな女装に騙されるようではまだまだ青い。私に言わせれば化粧のノリが足りない」

総司「随分詳しいんだな」

坂本「その道のプロヘッシオナルですから」

総司「は?」

坂本「女装した男の見分け方の権威なんです」

総司「……」

坂本「医術を心得た後学びました」

総司「なるほど……こうしちゃいられません」

  下手に走る総司。

坂本「どちらへ?」

総司「土方さんに知らせないと」

坂本「(立ちはだかり)それはどうかなあ」

総司「新撰組副長と一番隊組長が居合わせて坂本を逃がしたとあっては新撰組の名折れですから」

坂本「どこを探すつもりです? もう遠くに逃げてしまっているかも」

総司「……そうですね、じゃあ聞きます」

坂本「え?」

総司「あなたとあの女、坂本竜馬との関係を」

坂本「……先程も言ったはずです。私は坂本竜馬を討つ為にやってきた忍びだと」

総司「はい。それを聞いて坂本竜馬は逃げてしまいましたね」

坂本「……しまいましたね」

総司「もしかして、こういうことですか? あなたは坂本竜馬を逃がそうとした?」

坂本「……はい?」

総司「あなたは坂本竜馬の命を狙う隠密です。そして我々も彼の命を狙っている。あなたにとって私達はいわば商売敵」

坂本「(膝をつき)……そう来たか」

総司「あなたはわざと竜馬を逃がしたんだ!」

坂本「深みにはまってきた……」

総司「待てよ、あなたはこんがらがってきたぞ。……なぜだ、なぜあなたと竜馬は一緒に居たんだ」

坂本「それは……色々と事情が」

総司「それを聞いているんです」

坂本「奴とは幼馴染でして」

総司「何と」

坂本「幼馴染の相手を討つのが私の仕事」

総司「(疑い始める)……ほお」

  坂本は饒舌になって行く。立ち上がり、大げさな身振り手振り。

坂本「(早口に)まず私は幼馴染の坂本を説得しようとこの近江屋にやって参りました。しかし、説得は失敗に終わり、そしてそこにやってきたのはあなた方新撰組。幼馴染の命を別の輩に取られるくらいならこの嵯峨喪怒……じゃなくて、この、この」

総司「服部肝臓?」

坂本「そう! この服部肝臓が坂本竜馬の命を取ってやろうと、考えた末の苦肉の策。これこそ友情のなせる業。マイ・フレンド・フォーエバーでーす!……ハアハア、わかっていただけましたか?」

総司「……早口ですね」

坂本「何を聞いてたんじゃ!」

総司「大体、言いたいことはわかりました。その結果判ったことがあります」

坂本「何でしょう?」

  下手を指す総司。

総司「あの女は坂本竜馬では無いという事です」

坂本「……どうして?」

総司「坂本竜馬は土佐の生まれです。服部肝臓さん? 将軍直属の忍びのあなたが土佐の生まれのはずが無い。そうですよね? じゃあここで考えられる可能性は唯一つ」

  総司は坂本の刀を遠くにやり、坂本に刀を突きつける。

総司「あなたを嘘を突いている。しからば何ゆえ嘘をつくか? あなたの早口言葉の間に考えさせていただきました。あなたは」

坂本「見逃してくれ!」

  土下座をする坂本。

総司「何故こんな事を……あなたが坂本竜馬でしょう」

坂本「(顔を上げる)……そうじゃ」

総司「私は土方さんからこう聞いています。坂本竜馬という男は、大悪党であると。しかし、その行動は大胆不敵。己の志の為には手段を選ばず、決して命を惜しむような男ではないと」

坂本「……」

総司「そう聞いています」

坂本「……」

総司「だから私も是非剣を交えてみたかったのです。坂本竜馬と……あなたと!」

  座り込む坂本。

坂本「ヒューマンじゃき」

総司「? ひゅ? 何です?」

坂本「天地の虫も獣も人も、生き物じゃいう事は変わらんきに。天皇様も、将軍も武士も百姓も……たかがヒューマンじゃ、同じヒューマンじゃ」

総司「何を言っているんだ!」

坂本「ヒューマンじゃき、人間じゃきのう。この坂本竜馬も……人間じゃき、死ぬのは怖いきに、斬られるのは痛いきに……坂本竜馬じゃから怖くない、痛くないっちゅう訳じゃないがじゃ」

総司「それでも武士か!」

坂本「ヒューマンじゃ! 人間坂本竜馬じゃ!」

総司「……」

坂本「生きたいがじゃ、生きて日本の夜明けを見たいがじゃ……わしが死んでものう、おそらく他の奴の手によって日本は変わる。わしがおらんでもいつかは薩長は手を結ぶ……幕府は倒れる、新しい時代になる」

総司「なりませんよ、そんなことは私達が」

坂本「なるんじゃ……物事には始まりがある、ならば終わりも必ずある。わしにも必ず終わりはある……わしは、何のために生まれてきたんじゃ。幕府を倒し時代を変えるため? 歴史を作る礎になるため?……わしの人生じゃぞ。わしの命は、人間坂本竜馬のもんじゃぞ! 歴史のもんでも、時代の、もんでも無い! わしのもんじゃ!」

総司「やめてください、坂本さん」

  立ち上がる坂本。

坂本「君の人生もじゃ! 君のもんじゃ! 幕府のもんでも、新撰組のもんでも、土方のもんでもない! 君のもんじゃ!」

総司「……」

坂本「わしは、格好が悪いかもしれん。往生際が悪いかもしれん。ヒーローじゃ、ないじゃろう。弱虫、卑怯者、臆病者……何ち言われても構わんき。大切なのは生きることじゃ、生き続けることじゃ、ただそれだけでライフイズハッピイバアスデイツウユウじゃ」

総司「……」

  土方が戻ってくる。下手の襖から。

坂本「!」

土方「……どうした?」

総司「……」

坂本「……」

土方「総司、嵯峨喪怒殿、いかがした?……総司、何故剣を抜いている?」

総司「いや、これは」

土方「何があった、何ゆえ嵯峨喪怒殿を斬る?」

総司「(目を背ける)

土方「答えろ、総司!」

総司「……」

土方「チッ……嵯峨喪怒殿」

坂本「……」

土方「何か言えよ、饅頭やった仲だろ?」

総司「(思い出した)おおおお!」

坂本「土方殿、それは禁句!」

  中岡が外から戻ってくる。上手の障子を開けて入ってきた。男の格好に戻っている。

中岡「竜馬、待たせた!」

土方「……あん?」

  刀を抜く土方。

中岡「……え?」

坂本「最悪のタイ、ミングじゃ」

土方「誰だ、こいつは」

総司「……」

土方「どこかで見たような面だな」

中岡「……(雰囲気を十分うかがって)間違えました。失礼します」

  帰ろうとする中岡。その腕を掴む土方。

土方「まあ待て」

中岡「待てと言われて待つ馬鹿は」

  刀を中岡の首筋に当てる土方。

中岡「居まーす、ここに」

土方「竜馬、待たせた……確か、こんな事言ってたよな」

中岡「えー、あー、さー、どうだろう。わっかんないなー僕わかんない。あらゆることがわっかりましぇーん」

土方「死にたいのか?」

中岡「言いました、言いました、ああ、言ったさ。言ったがどうしたさ! それのどこが悪いのさ!」

土方「開き直るな!」

中岡「ごめんなさーい、黙ってまーす」

土方「竜馬というのは坂本竜馬か」

中岡「……」

坂本「……」

土方「死ぬか」

中岡「そうでーす」

坂本「……おい」

総司「……」

土方「この旅館に坂本竜馬が居るんだな」

中岡「……」

土方「……なるほどな、そういうことか」

  坂本を睨む土方。

土方「そういう事らしいぜ、総司」

総司「土方さん」

土方「あ、そうか。だからお前は(強調)嵯峨喪怒殿を斬ろうとしているのか」

  土方は、中岡を突き飛ばし、部屋の中央にやる。

総司「土方さん」

土方「そういう事なら俺も斬るよ」

  強い雨音。

総司「……」

坂本「……(これまでか)」

中岡「すまん、竜馬」

  剣を抜き、構える土方。

土方「嵯峨喪怒殿、覚悟」

総司「待って下さい」

土方「何だ」

総司「下がって下さい。私が斬ります」

土方「お前には無理だ」

総司「斬ります」

土方「無理だ」

総司「土方歳三!」

土方「!」

  総司は刀の柄で土方の腹を突く。

土方「……総司」

総司「この男だけは僕が斬る」

  倒れる土方。

坂本「ま、待てや」

総司「沖田総司、参る!」

坂本「わしは、人間」

  総司、坂本の胴を斬る。倒れる坂本。サッと刀を戻す総司。

総司「……」

  腹を押さえながら立ち上がる土方。

土方「総司……何故、そこまでして」

総司「……土方さん、この男は私達を騙しました」

土方「それは知ってる」

総司「この男が坂本竜馬だと、まさか本気で思ってるんじゃないんでしょ?」

土方「何?」

総司「この男はさっき私に必死で命乞いをしました。土下座までしました。志の為に死ぬ事などできないと……それが坂本竜馬ですか? 幕府を倒す大悪党ですか?」

土方「……何が言いたい」

総司「この男は小物です。本来なら我々が斬る価値も無い。武士の誇りを捨て、坂本竜馬の名を語り、生きることにしがみついたただの不貞浪士です。こんな男、私達が追っている坂本竜馬なる人物ではありません。しかし、私達を欺いた罪は重い。だから斬ったんです、それだけです」

土方「……」

総司「その男も同じです」

  中岡を指す総司。

中岡「……」

総司「命惜しさに仲間を裏切る様な小物、我らが斬る価値は無い。我々は志の為に、誠の道の為に殉ずるんでしょ、土方さん。こんな所に長居は無用です。行きましょう」

  刀をしまう総司。

土方「……」

総司「……」

土方「本当に」

総司「土方歳三ならわかるはずです。あそこの屍が坂本竜馬かどうか」

土方「……あいわかった」

  刀をしまう土方。そこに入ってくるお雪。

お雪「坂本様、中岡様、飯の用意が……あんれま!」

  お雪、その様子を見てたまげる。

お雪「一体、何が起こったんだ?」

総司「行きましょうか、雨も……やんだみたいだ」

  上手方向を見る二人。

中岡「……おまんらは、まさか」

  二人は持ってきていた風呂敷包みを開ける。その中には背中に誠の文字でおなじみの新撰組隊服。それに着替える二人。

中岡「(気付く)!……新撰、組!」

土方「新撰組副長、土方歳三」

中岡「土方、歳三……鬼の」

総司「そして僕が一番隊組長沖田総司」

中岡「沖田……総司」

総司「幼名は宗二郎と言います」

中岡「……」

お雪「そして、近江屋が仲居、お雪!」

中岡「……」

総司「それで?」

お雪「いや、何となく」

土方「総司」

総司「はい」

土方「甘いもん食いすぎだ」

総司「……すいません」

  土方が出て行く。それを見送った総司、中岡に近付く。

総司「あの」

中岡「まだ、何か用が」

総司「介抱してあげて下さいね」

中岡「え?」

  坂本が動き出す。

坂本「いったーい、いったーい、まっこと痛いきに」

中岡「竜馬!」

坂本「もちっと手加減してくれてもええじゃろうが、沖田君」

総司「逆刃で斬ってあげたんです。それだけでも感謝して下さい」

坂本「ああ、まっこと助かったぜよ」

中岡「どういうことじゃ、どういう」

坂本「確かにそうじゃ、何で助けてくれたんじゃ?」

総司「……さあ」

坂本「斬る価値も無かったがか?」

総司「……あんな事を言う人に会ったのは初めてですから」

坂本「ん?」

総司「人間坂本竜馬」

坂本「君もどうじゃ、人間沖田総司にならんか?」

総司「私は元から人間沖田総司ですよ、好きでやってますから」

坂本「……新しい、日本に刀はいらんぞ」

総司「……」

坂本「わしは、先程からおぬしらと話し、おぬしらを知った。新撰組はなるほど人殺しの集団じゃろう、しかしおぬしらはもっと未来に生きられる男じゃ。こんな時代に、無駄死にしていい男じゃあない、沖田総司や、土方歳三は」

総司「私は、私の生き方をするだけですから」

坂本「……」

総司「人間沖田総司は……自分の為に生き、死ぬんです」

坂本「君は、君の身体は」

総司「ご心配どうも、しかし無用にござります。この沖田、死ぬ時は戦場で」

坂本「……」

総司「できれば土方さんや近藤さんと供に」

坂本「……わかったち」

総司「嵯峨喪怒さんは、いや坂本さんはお元気で。新しい日本を見てくださいね」

坂本「ああ」

総司「坂本竜馬は、あなたじゃない。あなたは……何でしたっけ?」

坂本「ヒューマンか」

総司「それです。ひゅうまんですから。では」

  総司、去る。

中岡「……何じゃ、あいつらは」

坂本「……良かったきに。これ使わんで」

  懐から銃を出す。

中岡「……本物か?」

坂本「……旗が出て来たりしてのう」

  坂本、障子の方に行き外に向かって、発砲。銃声。

坂本「良かったきに」

中岡「……」

坂本「できれば、死んで欲しく、ないのう」

中岡「……甘い、男じゃ」

坂本「どうした、中岡」

中岡「腰が抜けた」

坂本「そうか、ハハハ」

お雪「(標準語で)あの、ご飯冷めますよ」

坂本「え? ああ」

お雪「早く食べてもらわないと、冷めてまずいなんて言われちゃかないませんから」

坂本「おんしゃあ、訛りは」

お雪「ああ。この店で流行ってるんです。東北っぽい訛りで喋るの。あたしはホントは江戸生まれで」

坂本「何じゃ、道理で訳の分からん訛りじゃと思っちょった」

お雪「あんたたちに比べたらマシよ」

坂本「ハハハハハ!」

中岡「よく笑っとれるのお。新撰組じゃぞ」

坂本「ガハハハハハハ!」

中岡「ふ、ふ、ハハハハハハハ!」

お雪「?」

  笑う二人。暗転。

 

3  宿・そして近江屋

  笑い声が消えると明かりつく。血だらけの坂本と中岡。

坂本「……ということ、じゃったな」

中岡「そうじゃった、あん時のおんしゃあの顔ったらなかったのお」

坂本「おんしゃあこそ、腰抜かしちょったくせに」

中岡「おんしゃあは不思議な男じゃのう」

坂本「何がじゃ」

中岡「今にも死にそうな時じゃいうのに、考えるのは親のことでも家族のことでも嫁のことでもない」

坂本「ホントじゃ。おりょうに怒られるき。あ、わかったがじゃ。ここ」

中岡「?」

坂本「近江屋じゃ」

中岡「……そうか、あの日も近江屋じゃったか」

坂本「あの娘、おらんかったな」

中岡「あ? あの仲居か。おらんかったな」

坂本「面白い奴じゃったのに特にあの訛り」

中岡「……竜馬、おんしゃあにあやまらにゃならんことがある」

坂本「……あいつら、どうしちょるかのう」

中岡「竜馬、聞いてくれ。実はこれは」

坂本「……」

中岡「あん時からずっとわしはおんしゃあを殺そうと、しかし間違いじゃった。結局わしも利用されちょっただけじゃ。すまん竜馬、すまん」

坂本「いいんじゃ」

中岡「何?」

坂本「いいんじゃ」

中岡「……知っちょったのか」

坂本「あの二人、どうしたかのう」

中岡「……」

坂本「土方歳三と沖田総司じゃ」

中岡「自分が死のうっちゅう時におんしゃあは」

坂本「まだ、生きてるかのう」

中岡「……甘い男じゃ」

坂本「それがわしのとりえじゃき」

中岡「さっきからどれ位経つ」

坂本「半刻か、一刻か」

中岡「それ位喋れる元気があるんじゃったら逃げんか」

坂本「そんな元気はないがぜよ」

中岡「本当におんしゃあは」

坂本「説教は堪忍ぜよ」

中岡「……まあいいち」

坂本「ところで覚えちょるか、薩長同盟を結んだ時のことじゃ」

中岡「ホントによお喋るのお」

坂本「それも、特技じゃき」

中岡「そうか」

  坂本、笑う。中岡、笑う。そして、暗転。音楽。


終宴



 
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