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おかわり

作 別役慎司
 

登場人物

あずさ……店員(女) 
なな……店員(女) 
店長(男) 
はるこ……客、母 
のりこ……客、娘 
しをん……客 
青年  




   とある個人経営の喫茶店。
   25歳ぐらいの女性店員あずさは、スマホをいじりながら退屈そうにしている。
   20歳ぐらいの女性店員ななは、同じお盆を何度も拭いている。
   40歳ぐらいの店長は、あずさをちらちら見ながら話しかけるタイミングをはかっている。

   四人がけのテーブル席に、3人の女性。華美ないでたちで、背筋をしゃんと伸ばしたしをんが、目の前に座る母娘に熱心に説明をしている。
   少し憔悴した様子ながら耳を傾ける母親のはること、黙っているが嫌そうにモジモジしている娘ののりこは、2時間ほどここに座っている。

店長  (あずさの背後に近づき)LINE?
あずさ 見ないでくださいよ……。(スマホを隠す)
店長  見ないけど、そんなに露骨に隠さなくても ……彼氏?
あずさ セクハラですよ。
店長  これくらいで~?
あずさ プライベートのことを聞くのはセクハラです。
店長  (すねるように)仕事中にプライベートのことしないでよ……。
あずさ (スマホを握り)これは仕事です。
店長  そんな仕事教えた覚えないよ。
あずさ うるさいなぁ、店長がキモかったとかツイートされてないかチェックしてただけですよ。
店長  ひどい……。
あずさ コーヒーのおかわり薦めてきます。

   それを聞いてななが手を挙げる。

なな  はい、わたしに行かせてください。
店長  ななちゃん、お店で挙手しなくていいから。

   なな、お盆にコーヒーポットを載せる。

あずさ (ななに)ちょっと待って、またおかしいことしてるよ?
なな  はい、なんでしょう? あ、コーヒーカップですね。
あずさ コーヒーカップはいらない。おかわりだから。
なな  あ、笑顔を忘れてました。(笑顔を作る)
あずさ (呆れる)店長。
店長  そのままポットでもっていけばいいんだよ。
なな  ああ……。

   そこに大学生風の青年が入ってくる。それを見て、あずさの表情が仕事モードに変化し、すぐに接客へ向かう。

あずさ いらっしゃいませ。窓際禁煙席ですね。(彼がいつも座る席を手で指し示し)こちらへどうぞ。ご注文は……
青年  えっと……
あずさ ニューヨークチーズケーキのドリンクセットをブレンドコーヒーでですね。かしこまりました。
青年  あ……

   あずさ、戻り、チーズケーキとコーヒーカップの用意をする。

店長  その笑顔をたまにはぼくにもちょうだいよ。

   あずさ、チーズケーキをお盆に載せ、運び途中のななから、コーヒーを奪い、カップに注ぎ、またななの手に戻し、青年のもとへ。青年はカバンから本を出しているところ。

あずさ お待たせしました。
青年  はや。

   あずさ、チーズケーキとコーヒーをテーブルの端に置き、青年の取り出しつつある本を取って、テーブルに並べてあげる。

あずさ ごゆっくりどうぞ。
青年  あ、ありがとうございます。

   あずさ、戻る。 
   ななが、もう一つのテーブルに辿り着く。

しをん というわけで、現在鞍馬山と呼ばれている名はサナート・クマラから来ているわけです。
なな  コーヒーの……
はるこ クマラと鞍馬、似てますものね。鞍馬天狗というのもそこからなんですね?
しをん おっしゃるとおりですお母様。鞍馬天狗といえば、不思議な神通力を持つといわれました。
なな  コーヒーのおかわりは……
しをん その神通力の謎はなんなのか。600万年前に地球に降り立ち、今でもその伝説が残っているのはなぜなのか、不思議だと思いませんか?
はるこ 確かに。
しをん 紙の発明は紀元前2世紀ですよ。
なな  (店長に目線を送る)
店長  (早くしろという合図を送る)
はるこ どうやって伝わったんでしょう?
しをん 問題はどう伝わったかではなく、今も、ここもう一度いいます、今も、神通力があるということなんです。だから今でも祀られているんです。

   なな、無言で3人のコーヒーカップに注ぎ足す。
   申し訳なさそうなのりこが小声で謝る。

のりこ すみません……。5杯目ですよね。
しをん 消えることのない神通力がなにに宿っているのでしょう? そんなものが存在するとしたらすごいと思いませんか?
はるこ ええ? あるんですか?
しをん (勿体つけるように神妙に頷く)
はるこ (驚きのあまり口を手で押さえる)
のりこ トイレ……(立とうとする)
はるこ のりこ、今大事なときよ。あなたのためなんですからね。
しをん (パンフレットを取り出し)それが、クマラ石と呼ばれる、わたしたちが特別に独占的販売権を得たものなんです。
はるこ まぁ! お札だけじゃないんですね。
のりこ ママ、聞いてて……。(席を立つ)
はるこ (パンフレットに釘付けになっている)

   のりこ、コーヒーを注ぎ終えたななに追いつき、頭を下げる。

のりこ すみません。もう二時間以上いますよね。
なな  あ、大丈夫です。ごゆっくりと。
のりこ あの……できれば、店を出るように強くいってもらえないでしょうか?
なな  え?
のりこ このままだと、母がまた高額な買い物をしてしまいそうなんです。
なな  わたしは一兵卒に過ぎないので、て、店長に相談を……。あの、こちらです。

   なな、のりこを誘導する。

店長  どうしました?
なな  この方が、追い出してくれと。
店長  へ?
のりこ (ちょっとたじろぎながら)うちの母なんですけど、怪しい人からいつも変なものを買ってしまうんです。助けてください。
あずさ それな。サナート・クマラがどうのこうのってやつでしょ。あの人、よく来るのよ。さすがに買う人いたらやばいよね。

   四人、聞き耳を立てる。

しをん このクマラ石をポットに入れて水を注ぐだけで聖水になるんです。飲むだけで病気が治ってしまう。お風呂に入れれば、美容効果抜群。
はるこ 信じられない。それが神通力なんですね。
しをん お嬢さんの男性恐怖症も消えてなくなります。サナート・クマラは金星から地球に来たといわれますが、金星は愛の星ですから。
はるこ まぁ! でも、やっぱりお高いんですよね?
しをん 100グラム100万円なので、少ししますけど、それ以上の価値がありますよね?
はるこ もっとするかと思いました。
あずさ 買いそうだ。
のりこ 止めてください。父の生命保険は老後のためにとっておいてほしいんです。
店長  とはいえ……。
なな  はい(挙手する)
あずさ なな、行く?
店長  お店として介入はできないよ。ただの喫茶店なんだから。
あずさ 警察呼ぶ?
店長  警察沙汰も困るなぁ~。
なな  (挙手したまま)あの窓際の方に、仲裁に入ってもらってはいかがでしょうか?
店長  いやいや他の客まで巻き込んだら……
あずさ それいい。あの人、いつも小難しい本読んでるもん。絶対東大生だよ。弁護士とか目指してるよ。
しをん (手を挙げて店長たちのほうを向き)すみません!

   店長たち、一瞬固まる。

しをん お水を入れたポットを貸してもらえますか?
店長  あ、(裏返った声で)はい。
あずさ 実演を始める気だ。
店長  少々お待ちください。(ななに)残ったコーヒーを捨てて、水を入れて持っていって。
なな  はい。(厨房へ)
のりこ どうしましょう。
あずさ 時間がない、任せて。(行こうとする)
店長  待って(あずさの肩をつかむ)
あずさ 店長、セクハラ。
店長  (反発的に離す)

   あずさ、青年の所へ。

あずさ すみません、お客さま、東大生ですよね?
青年  え……まぁ、捉え方によれば。
あずさ 頭いいんですよね。いつも勉強をされていて。
青年  (戸惑い)え、なんでしょう? 
あずさ あそこで派手なオバサンが地味なオバサンに詐欺を働こうとしているから止めてほしいんです。
青年  ぼくがですか?
あずさ 止めてくれたらサービスしちゃいますっ。
青年  よくわからないですが、女性の頼みとあらば、放っておけませんね。(立ち上がる)
あずさ 素敵。
店長  あずさ君も詐欺の素質あるな。

   青年、しをんとはるこのところへ。他の人たちも遠巻きに注目している。

青年  あの……むやみに売りつけるのはよくないですよ。
店長  ストレート。
しをん なんですか、あなた突然。
はるこ あ、話を聞いてたんですよ。(青年に)あなたもほしいんですか、クマラ石を?
しをん いいわ。見るからに買えそうにはないけど、これから実演をするので見ていきなさい。

   なながコーヒーポットに水を入れて持ってくる。

なな  お待たせしました。
しをん ありがとう。この水の中に、100グラムのクマラ石を入れるでしょ。(石を入れる)
店長  おいおい。
のりこ (距離を取りながらも謝り)すみません。
しをん コップの水がこれで変わります。本当は一日置いたほうがいいんですけど。(少し振ってから水をコップに注ぐ)さぁ、飲んでみましょう。(青年に)あなたもどうぞ。

   しをん、のりこのコップに水を注ぐ。しをんとはるこが水を飲む。青年は臭いを嗅いだり、色を見ている。

のりこ あ……
はるこ まろやかですね。
しをん でしょー。神通力が水に浸透してるんです。この神通力が600万年も出続けているんですよ。
はるこ 内側からエネルギーが出て、肌にハリが出るのもわかりますわね。
青年  (水を飲む)
のりこ 間接キス……!
青年  ただの水ですね。
あずさ よくいった。
店長  流されない若者、いいね。
しをん なにもわからない青二才がなんなの? 
青年  プラシーボ効果でしょ。この方は長時間話を聞いてマインドコントロール下にあるんですよ。
しをん おあいにくさま。病気が治ったり、数々の結果が出ているのよ。
青年  病気は治るものですけどね。それをいうならどういう物質が結果として出ているんですか? なんの物質が効果を生んでいるんです? 石から染み出しているなら徐々に体積が減るはずなので、600万年も経ったら消えてなくなるはずですけど。
しをん バカね~。神通力は物質じゃないのよ。九次元のエネルギーなの!
青年  荒唐無稽ですね。なにを信じるかは自由ですけど、ただの水にただの石であることは間違いありませんね。

   青年、元の席へ。悔しがるしをん。
   のりこ、いつのまにかテーブルに戻り、青年が飲んだコップで水を飲み干す。

はるこ のりこ、あなたはどうなの?
のりこ (笑顔で)温かいものが広がる感じ。
店長  なにをいってるんだあの子?
はるこ もう、わからなくなってきたわ。

   しをん、はらわたが煮えくりかえるような面持ちで、ポットを持って青年の所へ。青年の頭上で、水を出して石を回収する。  

店長  おいおい。

   なながふきんを用意する。

あずさ (怒った口調で)ちょっとお客様ー。
しをん ごめんなさ~い。わたしの意志じゃないんです、石だけに。

   しをん、スッキリした表情で席へ戻る。
   なながふきんで青年の頭を拭く。

なな  大丈夫ですか?
青年  あ、すいませ……くさっ。
あずさ (しをんに)すみませんが、もうお帰り下さいませー。
なな  ああ、顔も。
青年  ありが……くさっ。

   のりこ、嫉妬感に駆られて、ななを突き飛ばす。驚く一同。店長、なながぶつかった観葉植物の心配をする。あずさ、店長を叱責する。

のりこ (突発的なことにパニックになりながら)あの……すみません、わたし……はぁ!(店を出る)
青年  どなたか……
はるこ のりこ! いけないわ、ああなったら……!(急いで追いかけるように店を出る)
青年  タオルを……。
しをん さ、次。

   幕。


SHINJI BETCHAKU©2019

 
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