【登場人物】
睦月義毅(よしき)(48)
睦月咲月(46)
睦月むつみ(24)
天塚(あまづか)星矢(21)
福井笑美(?)
仲尾作郎(?)
Scene1
睦月家。居間。
作務衣を着て、腕を組み、眉間にしわを寄せている父義毅。ニコニコしながら座っている母咲月。二人の前に、娘のむつみとその婚約者星矢。スーツをビシッと着て、一世一代の、結婚申し込みを前にしている。
星矢 娘さんと、結婚さ……
義毅 ダメだ!
間。
固まるむつみと星矢。
咲月 (呆気にとられ、怒り混じりに)どうして? いい人じゃないの?
義毅 君、まだ21だろ? 大学も卒業してないくせに、結婚なんて早いだろ。
星矢 でも、起業してまして、苦労をかけないだけの収入は……
義毅 男が「でも」なんていうんじゃない!
星矢 すみません。
義毅 男が簡単に謝るな!
星矢 ……。
咲月 (星矢に)ごめんなさい、この人虫の居所が悪いみたいで。
義毅 人を虫呼ばわりするな!
咲月 お父さん。やめて、そういう学が足りないとこを見せるの。
義毅 でもね、母さん、こんななよなよした男じゃなくても、もっとしっかりとした男性がいるだろうに。
咲月 あなたは結婚相談所に入れるときから誰であっても反対するつもりだったのよ。
義毅 そんなことはない。おれがいいたいのは、男は硬派じゃないといけないってことだ。
咲月 50年続いたお義父様の会社を、継いで半年で倒産させたのはあなたが軟弱だったからでしょ。
むつみ お父さんもお母さんもやめてよ。星矢くん、せっかく来てくれてるんだよ。
義毅 じゃあ帰ってもらいなさい。
むつみ お父さん、それは失礼だよ!
義毅 失礼なもんか。
咲月 失礼よ。
星矢 あの、今日は失礼いたします。
咲月 天塚さんは失礼しなくていいんですよ。
義毅 おととい来やがれってんだ。
むつみ お父さん! もう本当に嫌。昔から人前に出るとすぐ間違った男気を見せてめちゃくちゃにするんだから。
咲月 あんたは、なんで人前に出ると硬派ぶるの。(星矢に)ごめんなさい、この人少し錯乱しちゃってるみたいで。
星矢 いえ、突然おしかけてすみませんでした。
咲月 ちょっとお時間頂ければ説得しますので。
義毅 塩撒いとけ!
咲月 いい加減にしなさい!
義毅 むつみはやらん!
咲月 あんたに塩投げてやりたいわ!
むつみ ごめんなさい、ひとまず出ましょう。
むつみ、星矢を逃がすようにリビングから出す。
咲月は義毅を叱責し始める。
むつみ (顔を押さえて)ごめんなさい。ホント恥ずかしい……!
星矢 これだけ露骨に嫌われるなんて……。
むつみ あの、いきすぎた人見知りなだけだから。慣れてくれば大丈夫だと……
星矢 たぶん、結婚は無理だと思う。
むつみ え?
星矢 ぼくも、悠長に構えてられないし、この件は一旦白紙に戻そう。
むつみ ちょっと……
星矢 じゃあ。
星矢、出て行く。
むつみ なによ、それ……。
義毅 (咲月の叱責にしゅんとして)ごめん……。
義毅は奥に引っ込み、咲月は玄関へ。
咲月 帰っちゃった?
むつみ お母さん……(泣きつく)
咲月 ごめんね、あそこまでひどい態度取ると思わなかった。
むつみ もう、結婚もやめるって。
咲月 ええ?
むつみ 三年前に初めて彼氏ができたときもそうだったの覚えてる? 一年も付き合ったのに、お父さんと会って翌日にはフラれたんだよ。
咲月 でも、天塚さんはプロポーズしてくれたんでしょ? それって真剣に結婚を考えてのことでしょ?
むつみ 悠長にしてられないって。
咲月 まぁ、ひどい!
むつみ うん……。お父さんのせいだけじゃないかも。もしかしたら冷たい人だったのかもしれない。
咲月 そうだ。結果を相談所の人に報告しないといけなかったのよ。ちょっと待って、相談所の人にもクレームつけるから。(ケータイを取り出し、電話をかける)あ、もしもし睦月むつみの母ですけど。あ、どうもお世話になってます。本日天塚さんが娘とご挨拶にいらしたんですけど……いえ、おめでとうじゃないんですよ。まとまらなかったんです。主人がね、ずっと口を出さなかったくせに急にここにきて反対しはじめまして。それで、天塚さんも結婚を取りやめるっておっしゃったらしくて。他にいい方いらっしゃいます?
むつみ もぅいいよ、お母さん。わたし退会する……。
咲月 少数精鋭って、まぁいいようにおっしゃいますけど。
むつみ あたし、星矢くんでダメなら諦めるって決めてたし。
咲月 ええ、当人同士は結婚する気でいたんですよ。でも、今回破談で他にもいい人がいないということでしたら退会ということに……え? 「交渉人」? なんですかそれ? ええ……ええ。
むつみ なに?
咲月 なんか裏メニューがあって、まとめてくれる人をよこすって。
むつみ まとめる?
咲月 結婚交渉人が今から来るって。
音楽。
Scene2
1時間後。リビング。
むすび屋福井笑美が座っている。
福井 (名刺を差し出しながら)結婚交渉人、通称「むすび屋」の福井笑美と申します。
咲月 (名刺を受け取り)むすび屋……?
福井 あと一歩が踏み出せない会員様の後押し、両家のこじれ、お父様お母様のこじれの解決などを請け負っております。
咲月 はぁ。
福井 それでは早速なんですが、お父様が反対の立場を取っておられるということで、今いらっしゃいますか?
咲月 はい。では、呼んで参ります。
義毅、威勢良く入ってくる。
義毅 聞いてるよ! 変な奴呼びやがって!
福井 はい、家の中ですからね、そんなに大声を出されなくても結構ですよ。どうぞ、お座りください。
義毅 (腕組みをし)いや、おれは立ってる。
福井 左様でございますか。それでは、この状態でお話しさせて頂きます。そもそも反対されたご理由はどのような案配なのでございましょう。
義毅 いっぱいあるね。若すぎるということ。なよなよしてるということ。まだ大学生ということ。それに、硬派じゃないってことだ。
福井 としますと、若すぎると大学生であるのは同じで、なよなよと硬派でないのは同じですので、実質問題は二つということですね。
義毅 まぁ、おおまかにいえば、そうかもしれないね。
福井 お母様。
咲月 はい。
福井 結婚相談所の資料によりますと、旦那様は四年前に事業を失敗なさっているということですが。
咲月 「睦月板金加工」という会社の二代目として継いだのですが、うまくいかなくて。
福井 それはなぜでございましょう。
咲月 リーダータイプじゃないんでしょうね。
福井 それからはお母様が外へお仕事に出られて。
咲月 ええ、結婚前にやっておりました美容師として、駅前の「ヘアサロン御影」で働いています。
福井 それで旦那様は?
咲月 ずっと求職中です。
福井 いつからですか?
咲月 四年ですね。
福井 それはお気の毒に。
義毅 なんなんだよ。
福井 では、お嬢さんにお聞きします。そんなお父様を内心どう思われますか?
むつみ 嫌いです。
義毅 むつみ、お前。
福井 具体的にいいますと?
義毅 なんで具体的に聞くんだよ。むつみの結婚の話じゃなかったのかよ。
むつみ いっぱいあります。臭いとこ、汚いとこ、だらしないとこ、情緒不安定なとこ、おっさんなとこ、人の気持ちがわからないとこ、仕事しないとこ、威張り散らすとこ。
義毅 おれ泣くぞ!
福井 実質問題は八つということですね。
義毅 二つくらいにまとめろよ!
福井 お気の毒です。
義毅 家族のものへの同情はやめてくれよ。なんなんだ、お前は。出て行け!
福井 聞いてくださいませ、お父様。星矢さんは仕事をしている、お父様は仕事をしていない。彼は若い、あなたはおっさん。彼は綺麗、あなたは汚い。
義毅 よくそんなこと面と向かっていえるな。
福井 (立ち上がり、義毅に近づきながら)あなたが反対しているのは単なる星矢さんへのあてつけなんですよ! 星矢さんの軟弱さが癪に障るのも、あなたが軟弱だからなんです。彼の長所はあなたが持っていないものであり、彼の短所はあなたが持っているものなんです!
咲月 なるほど。
福井 そんな当てつけで娘さんの幸せを踏みにじっていいんですか?
義毅 ……。
沈黙。
福井 あなたは硬派ではありません。頑固なだけです。あなたがすべきことは、娘さんの幸せを奪うことではなく、早く過去の失敗から立ち直って、奥様を楽にして差し上げることです。
咲月 (うなづく)
沈黙。
義毅の鼻をすする音が響く。
福井 もう一つ、結婚をお勧めする理由があります。むつみさん、ちょっとよろしいですか?
むつみ はい?
福井、スマホでむつみの写真を撮る。
福井 顔認識アプリでの娘さんの年齢は33歳です。
むつみ (ショックを受け)えー?
福井 24歳だといって、お相手を選び放題だと思ったら大間違いです。お相手がいるうちに、決断されることをお勧めします。
義毅 わかった。結婚を認める……。
むつみ なんでわたしの顔面年齢が決め手なの?
福井 お気の毒です。
むつみ えー……。
福井 了承を得られましたね。おめでとうございます。
咲月 むすび屋って論破する人なのね。
福井 ささやかながら、(鞄からチケットを取り出し)ブライダルエステの割引券を置いていきます。
咲月 商売上手。
福井 それでは失礼いたします。
咲月 あ。ご依頼料は?
福井 結構でございます。結婚相談所の成婚料からマージンを頂きますので。
咲月 そういう仕組みなの。
福井 むつみさん、星矢さんの気持ちが離れる前にお二人でお会いくださいませ。それでは。
福井、深くお辞儀して去る。
むつみ あっという間にお父さんを説得したのはすごいけど……心の傷も大きいんだけど。
音楽。
義毅 (泣きそうな顔で)少しの間……床の間で一人にさせてくれる?
咲月 今晩はあなたの大好きなハンバーグつくってあげる。
義毅 ありがとう……。
暗転。
Scene3
黒服姿の怪しげな男性、仲尾作郎が現れる。
電話に出る。
仲尾 もしもし。随分久しぶりじゃないですか。 私の記憶が確かならば一年と二ヶ月ぶり……あぁちょうど二年になりますか。また、縁を裂きたい相手がいるんですね。任せてください。この「ほどき屋」が、どんな縁も破談にしてあげますよ。ほぅ、結婚相談所に。もうそんな年なんですね。私の記憶が確かならば娘さんはもう三十……あ、まだ24でしたか。それは顔の年齢? 相談所であれば、手持ちの資料は全部見せてください。それと、娘さんの動きも逐次ご連絡を。
仲尾、退場。
夜の街。
星矢が歩いてくる。待ち合わせをしているようで、時計を確認する。浮かない顔。スマホを取り出し、電話をかける。
星矢 (顔がほころび)もしもし。あ、なんか着信があったみたいだから。なにしてたの? うん。また、近いうちに行くよ。電話、切っとかないと見つかるよ。
むつみの「星矢く~ん」の声。
星矢 (慌てて)あ、じゃあ、また連絡するね。
星矢、電話を切り、顔つきを意識的に真剣な表情に戻す。
濃いメイクのむつみが現れる。
星矢 あ、むつみちゃ……(むつみの顔を見て)なんか、今日少し派手だね。
むつみ そぉ? ごめんね、遅れて。でも、22歳になったの。
星矢 (わからず)え?
むつみ ううん、なんでもない。それでね、お父さんの了承を得られたことを伝えたくて。
星矢 そうなの!
むつみ うん!
星矢 そっか、それはよかった。
むつみ だから、結婚は白紙に戻さなくても……いいよね?
星矢 あぁ……う~ん、でも。
むつみ (不安げに)なに?
星矢 お義父さんと、うまくやっていけるか、自信がね……。
むつみ でも、一緒に住むわけじゃないし、お父さんも、仕事が見つかれば精神的に落ち着くと思うんだよね。
星矢 トラウマになってて……。
むつみ 傷つくことなんていっぱいある!
星矢 ……力強いね。
むつみ うん。前向いていかないと。
星矢 でも、確かにぼくは軟弱だし、未熟だし、結婚は早いんじゃないだろうかって。
むつみ しっかりしろっていいたい既婚の48歳だっているよ。星矢くんはすごくしっかりしてるよ。
二人の近くに、サングラスをつけ、怪しいローブを着て、占い師として街角に座っている仲尾がいる。
仲尾 あー、そこの二人~。なにやら悩んでいるようだけど、ちょっと視てあげようか?
星矢 占い……?
仲尾 当たるよ~。
むつみ いえ、結構です。
仲尾 まぁ、そういわずに。タダで視てあげるからさ。他人に悩みを打ち明けるだけでも心が軽くなるよ~。
むつみ (小声で)行こう。
星矢 視てもらおう。
むつみ え?
星矢 ね?
仲尾 結婚の相性知りたいんじゃないの~?
星矢 すごい。見抜かれてる。
むつみ 話聞こえてたんだよ。
仲尾 あれぇ、お嬢さんの家、荒れてそうだな~。親父さんになにかあったのかなぁ?
むつみ うそ。
仲尾 お兄さんのほうは、インターネットで商売をしているのかなぁ。
星矢 (椅子に座り)わかるんですね。占ってください。(むつみの手を引っ張り)むつみちゃんもほら。
むつみ (しょうがなく椅子に座る)
仲尾 結婚しようか迷ってるって感じだね?
星矢 引っかかることがいくつかあって。結婚しても大丈夫だっていう保証がほしいんです。
仲尾 結婚はさ、障害があって当たり前で、乗り越えていく覚悟があるかどうかだけどね~。
星矢 なるほど。覚悟次第なんですね。
仲尾 まぁ、ぼくも数多く視てきたけど、ほとんどの人は覚悟がないか、障害が大きすぎるかだね~。乗り越えても、苦労ばっかりって人も多いから、結婚だけが幸せじゃないと思うけどね~。
星矢 そうか……。
仲尾 だって君なんか学生なのに結構な額納税してるしね~。
星矢 え、そんなことまで。
仲尾 あ、ああっ、視えるんだよね。
星矢 じゃあ、幸せになれますか?
仲尾 いや、破局するね。
星矢 え?
むつみ !
仲尾 いやぁ~ダメだな、こりゃあ。相性が良くないし、障害は大きいし、お兄さんは今結婚するのが勿体ないね。もうちょっと年齢上がったら、寄ってくる女いっぱいいるよ~?
むつみ (星矢の手を引っ張って、そこから離れる)だから占いってくだらないの。知りもしないで適当なこといって!
星矢 でも、いってること全部当たってたよ。
むつみ 気にしなくていいよ。わたしたちの問題じゃない。
星矢 うん……。
むつみ 気分変えよっ! あ~もう考えない、考えない! ご飯でも食べに行こう!
二人、去る。
サングラスを取り、不敵な笑みを浮かべる仲尾。
音楽。
Scene4
睦月家。居間。
scene1と同様に、一方に義毅と咲月、一方にむつみと星矢が座っている。真ん中には福井が笑みを浮かべて様子を見ている。
福井 それでは私も立ち会っておりますので、どうぞご安心の上、ご挨拶を執り行ってくださいませ。
重い空気。星矢もやりにくそう。
義毅 あの……
福井 しっ
間。
義毅 でも……
福井 (義毅のほうに回り込み)男は「でも」なんていわないものです。なんでございますか?
義毅 (ウィスパーで)もうちょっと、待ってもらえませんか?
福井 (ウィスパーで)待ってなにになるというんですか? 本当にあなたは優柔不断な方です。よろしいですか? これ以上反対して娘さんに嫌われたらどうなるか想像してみてください。実家に帰省してもお父様とは言葉を交わさない、孫が生まれても会わせてもらえない、そんな仕打ちを受けることになるんですよ。
義毅 (弱々しく)……ごめんなさい。
福井 (ウィスパーで)「娘さんをください」「はいどうぞ」で終わる話なんです。
福井、また中央に行き、笑顔を浮かべ、星矢に促す。
星矢 あの……ちょっといいですかね。
福井 聞きたい台詞じゃないな~。(星矢のほうに回り込み)なんでございますか?
星矢 (ウィスパーで)やりにくいので、席を外してもらってもいいですか?
福井 (ウィスパー)男なら自信と勇気で乗り越えるべきでございますよ。
星矢 いや……。
義毅 (意図的に湯飲みを倒す)
咲月 お父さん!
義毅 あー、お茶をこぼしちゃったー。
福井 お母様、台拭きを!
咲月 わたしがやります。すみません。
咲月、手際よくテーブルを拭き、布巾を片付けて元の位置に戻る。
やっと落ち着いたのを見て取り、また笑顔を浮かべる福井。
福井 それでは私は背中を向けておりますので(反転する)どうぞ掛け軸の美人画とでも思ってください。(顔だけ義毅のほうに向ける)
星矢 うわぁ~……。
むつみ (露骨に嫌悪感を顔に出し)あの、終わったら報告いたしますので、お願いだから席を外してください。
福井 (大きく息を吐き)承知いたしました。一生に一度あるかないかのことですものね。
むつみ (むっとして)一度はありますよ。
福井 それでは五分差し上げますのでどうぞ首尾良くお済ませくださいませ。
福井、奥の部屋へ去る。
息をつく四人。
星矢、気にしないように自分に言い聞かせ、集中度を高める。
星矢 それでは改めて。娘さんと結婚……
チャイムが鳴る。
緊張が解ける。
咲月 (怒り混じりに)もう、誰なの?
義毅 (救世主が来たという顔をする)
咲月、玄関へ。
黒服姿の仲尾が現れる。
居間に来る。
咲月 お父さん、この方がお父さんに呼ばれたと。
義毅 おお、やっと来てくれたか!
むつみ なに?
義毅 危ないところだったんだ。
仲尾 皆さん、遅くなって申し訳ございません。仲尾作郎と申します。
むつみ すごい嫌な名前。
仲尾 お父様からご依頼を受けて、天塚星矢さんのことを調べさせて頂きました。
咲月 わたしに黙ってなに勝手なことしてるの!
仲尾 お父様を責めないでください。決断前にしっかりと調査をしておくというのは良いことです。そして判明しました。この方が提出した結婚相談所の書類には虚偽があるということが。
むつみ うそ!
星矢 ……!
義毅 はっはー! やっぱりなにかあったか!
咲月 どういうことなんですか?
仲尾 天塚さんの父君は会社員で単身赴任中ということでしたが、そんな実態はありません。二年前に蒸発して、行方がわからなくなっていますね。あなたは警察と探偵に相談したことがありますね。
義毅 作郎ちゃん、すごいよ。
咲月 本当なんですか?
星矢 はい……。
仲尾 どうやら会社で大失敗を起こして倒産寸前に追い込み、その責任に耐えきれなくなって逃げたようです。
義毅 その件についてはなにもいえねぇ。
仲尾 それだけじゃありません。母君に関して特記事項に記載しておりませんでしたが、入院中なんですね?
むつみ え、ご挨拶に行ったのに。
仲尾 替え玉だったんですか?
むつみ どうなの、星矢君?
星矢 あの日に合わせて外出許可をもらってたんだ。
むつみ 元気そうだったのに!
星矢 化粧でごまかしたんだ。
むつみ その件についてはなにもいえない。
仲尾 虚偽申告です! ついでにいってはなんですが、彼、本当は好きな人がいるみたいですよ。親しげに電話している様子を見ました。
むつみ (ショックを受ける)
星矢 それは……
福井が戻ってくる。
福井 お前は、「ほどき屋」!
仲尾 ご無沙汰してますね、むすび屋さん。天塚さん虚偽申告してましたよ。おたくと癒着している結婚相談所では、強制退会および違約金発生ですよね? お父さん、喜んでください。彼の違約金は全額お宅への補償金に回されますから、お好きなパチンコにでも使ってください。
義毅 すごいよ、惚れるよ!
仲尾 私へのマージンもお忘れなく。
福井 毎度毎度、縁談をぶち壊して、違約金で商売をやりおってからに……! 人様の幸せを奪って、心が痛まないのか!
仲尾 何を言っているんですか、私は人助けをしているだけです。嘘つきと結婚する身にもなってください。あなたこそ、なんでもかんでもくっつけて成婚料を搾取する結婚相談所の回し者じゃないですか!
福井と仲尾の口論が始まる。
咲月 (義毅を平手打ちして)あんたはどうしてなにもかもめちゃくちゃにするの!
義毅 むつみのためなんだよ!
咲月 あんたの心の狭さでしょ! あたしが一生懸命稼いだお金で相談所に入れてるのに、あんたは一円も稼ぎもせずにぶち壊して。
義毅 違約金で戻ってくるって。
咲月 (平手打ちする)
義毅 母さん、暴力はやめなさい。
咲月 ずっと我慢してきたけど耐えられない。もう、あなたとは別れます。
義毅 (仰天して)えー! それはないよ~。
咲月 もう決めた。
義毅 (福井と仲尾の喧嘩に割って入り)むすび屋さん、私と母さんをくっつけてください。
福井 なに? あなたお金持ってないでしょ。
仲尾 別れた方が正解です。
福井 初めて意見が合った。
仲尾 おお!
福井 そうじゃない。うちのビジネスに寄生するのをやめろっていってるの!
仲尾 人助けですよ。あこぎな商売やってるのがいけないんです。
福井 こっちが人助けだっつーの。意志薄弱なひよっこをくっつけたり、頑固一徹の親を説得したり、こっちは大変なんだ!
更に、口論が続く。
義毅 考え直してくれ、母さん、おれが悪かったよ。なんでもいうこと聞くからさ。母さんに捨てられたら、おれ終わりだよ。
咲月 ハローワークに行ってるかと思えばパチンコに行ってたり。
義毅 改心する。
咲月 むつみがメンタルヘルスで会社辞めて、ペットショップなんかでバイトし出すから家にお金も入れられないでしょ。だから無理してでも相談所に入れて、早く結婚してもらえたらと思ってたのに、あんたが全部ぶち壊し。整理したものは散らかす、綺麗にしたものは汚す、入ったお金は使う。もう、実家に帰らせて頂きます!
咲月、奥の部屋へ退場。
義毅 母さん、待って! 愛してるから!
咲月 (声)愛さなくていいから働いて!
義毅 働くよ、おれ、ほどき屋になるよ!
義毅、追いかけて退場。
仲尾 おー、才能ありますよ。是非。
福井 余裕かましてんじゃねぇよ。裁判で闘うか?
仲尾 もう片がついたでしょ。任務完了、帰らせてもらいますよ。
福井 待て。
仲尾 それと、本性を出したあなた、なかなか素敵ですよ。
仲尾、玄関へ去る。
福井 え?(ほっぺたに手を当てる)やだ、わたしと結ばれちゃう? 遂に? わたしの心の固結び、ほどいちゃう? 待って。
福井、玄関へ去る。
残されたむつみと星矢。
沈黙。
星矢、立ち上がり、無言で乱れた椅子を揃える。
星矢 騙しててごめん……。
むつみ こちらこそ、親の醜いところを見せて、ごめんね。
星矢 賑やかである意味羨ましいよ。うちの両親は会話がなかったから。
むつみ お母さん、病気なの?
星矢 うん……精神科なんだ。拒食症で……痩せてたろ? あれでも挨拶の日が決まってからがんばって食べてたみたいだけど。父がいなくなってから、あれでも父を愛してたのか、それとも生活への不安なのか……すぐ具合が悪くなっちゃうんだ。
むつみ そうなんだ……。
むつみ、立ち上がり、お茶を入れ直す。
星矢は椅子に座る。
むつみ、椅子に座る。
むつみ でも偉いよね。大学も通って、ビジネスも立ち上げて。
星矢 うん、自分がしっかりしなきゃって火がついたよ。生活費や入院費を稼ぐためには自分で稼がないといけないし、ビジネスやるためには中退じゃかっこ悪いし。
むつみ いやぁ、わたしが就職したときのストレスなんてちっちゃなもんだったんだろうなぁ。
星矢 いや、あそこブラックで有名だもん。しょうがないよ。ペットショップのほうが似合ってるよ。
むつみ いやぁ、年下なのにすごいなぁ。
星矢 そんなことないよ。
むつみ でも、なんでそんなに若いのに、結婚しようって思ったの? 好きな人がいるなら、その人じゃだめなの?
星矢 (軽く笑って)電話は母さんだよ。
むつみ そうなんだ。(ほっとする)
星矢 早く、安心させたかったんだよね。それに、結婚して家族が増えたら、もっと元気になるんじゃないかなって。
むつみ あぁ。
星矢 急ぎすぎてるよね。勝手な事情にむつみちゃんを巻き込んじゃって、失礼だなと思うよ。
むつみ そんなことないよ。
星矢 占いでも、破局を予言されたし。実は、そのこともあって、もうちょっと時間がほしいっていおうと思ってたんだ。
むつみ あの占い師、たぶんほどき屋の人だよ。
星矢 え? そうなの?
むつみ においが一緒だった。
星矢 におい? そこでの判断?
むつみ あの人フェレット飼ってるよ。フェレットって結構においきついからね。
星矢 (安心した笑い)
むつみ (安心した笑い)
星矢 そうか……占いは気にしなくていいんだ。
むつみ でも、時間をかけたいならわたしは尊重するよ。なんか、親に振り回され、相談所の人にも振り回され、バカみたいに思えてきたもん。
星矢 確かに。
間。
むつみ わたしたちのペースで付き合っていければいいかな、っと……。
星矢 うん、そうだね……。もっと楽な気持ちでいたいよね。むつみちゃんがよければ、一旦婚約は白紙にして、改めて結婚を前提に付き合っていきたいな。
むつみ うん。賛成。
音楽。
星矢、手を伸ばしてむつみの手を握る。
照れくさく、微笑みあう二人。
音楽高まり、幕。
2016©SHINJI BETCHAKU