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Holy Box

作 別役慎司
 

登場人物

・ブレンダン……ホーリーガーディアンの上司
・リリア……ホーリーガーディアンの新米部下
Ep1 Restriction Box
・母 ヨシミ
・娘 マキ
・恋人
Ep2 Society Box
・コロス
・男
・女上司
Ep3 Solitude Box
・姉 林檎
・妹 蜜柑
・インタビュアー
Ep4 Victim Box
・男
・老婆
・少年
・聖女











Prologue

   ブレンダンがバインダーを持って、部下が来るのを待っている。
   リリアが現れる。

ブレンダン 遅刻だよ。
リリア すみません。初めて来る場所は必ず迷うんです。
ブレンダン 君がリリアだね?
リリア はい。
ブレンダン わたしのことはブレンダンと呼んでくれ。君の上司であり教育係として、指導していくことになる。
リリア はい、よろしくお願いします!
ブレンダン とても名誉ある仕事だ! わたしたちは、「ホーリー・ガーディアン」といわれる。君は死んでまもないと思うが、生まれ変わる前に奉仕活動をするべきだと決定が出た。それが、ホーリーガーディアンとしての仕事だ。
リリア わたし、悪いことをしすぎたのでしょうか?
ブレンダン (ファイルを見ながら)ん~、君の場合、人間のことをもっとよく知ってから転生したいと望んでいるようだ。罪を背負っているわけではない。罪はすでに赦されているしね。
リリア どんな仕事なんですか?
ブレンダン 人間たちを影ながらアシストする仕事だよ。わたしたちホーリーガーディアンや、更に上の位のホーリースピリットは、人間たちを見守り、必要なときに手を差し伸べるんだ。
リリア わたしが生きていたときも、助けなんてありました?
ブレンダン あったよ。何度もあったはずだ。
リリア つらいことばかりでしたよ。
ブレンダン ふむ、人間として生きているとわからないものだし、ほとんどの助けの手を払いのけてしまっているからね。
リリア こんなわたしにうまく助けられますかね。
ブレンダン よし、大事な説明をしよう。

   ブレンダン、四角い箱を見せる。

ブレンダン 人間は、いってみれば、みんな箱を作ってしまっている。箱は、無力感だったり罪悪感だったり、欠乏感だったりする。箱の外には神からの贈り物がたくさんあるが、みんな気づかずに自分で作った箱のなかで苦しんでいるんだ。わたしたちホーリーガーディアンは、箱の中に奇跡を入れてあげるんだ。
リリア 奇跡?
ブレンダン 愛だったり、幸福だったり、ずっと願っているものを受け取れるよう奇跡を起こしてあげるんだよ。
リリア わぁ、素敵ですね!
ブレンダン 君は人のことをよく知ることができるし、徳を積んで、次の転生に生かすことができる。
リリア やる気がわいてきました! ところで、先輩はまだ人間に戻れないんですか?
ブレンダン (一瞬止まり)まぁ、わたしのことは放っておきたまえ。では、最初の現場に行くぞ!
リリア はい!

   二人、去る。












Episode1 Restriction Box

   マキ、登場。マキは20代前半の独身の会社員。

マキ わたしはお母さんのいうとおりに生きてきました。けど、何一つ幸せだと感じられたことはありません。

   マキの母、ヨシミがお茶を持って登場。
   マキは椅子に座る。ヨシミはダイニングテーブルに二人分のお茶(湯飲み)を置く。

ヨシミ あんた、働き始めたんだから家にお金くらい入れなさいよ。
マキ うん……。
ヨシミ 仕事はどうなの? 挨拶からちゃんとするのよ。遅刻しないのは当たり前、早く出社して綺麗に掃除するのよ、誰かが見てるから。まだ新人なんだから不平不満いわずやるのよ。
マキ でも……。
ヨシミ 新人だから何でも教えてくれる、若いから何でも許されると思ったら大間違い。
マキ ……。

   ヨシミ、お茶を口にする。

マキ ……わたし、会社を休職になって……。
ヨシミ (驚いて)どうして?
マキ ストレスだと思うんだけど。
ヨシミ なんでこう続かないのかしら、あなたが8才の時に始めたバレエも続かなかったし、9才の時に始めたピアノも中途半端になっちゃったわね。ママのいうとおりにしていれば、全部うまくいくのに、あなたはどうして投げ出しちゃうのかしら。
マキ ごめんなさい……。
ヨシミ 社内の信頼も落ちたわね。

   ヨシミ、ため息をつき、お茶を口にする。
   そこにブレンダンとリリアが入ってくる。二人の姿は彼女らには見えない。

ブレンダン 君の仕事は、あの娘さん、マキがどんな箱に苦しんでいるかを理解して、手助けする方法を考えることだ。
リリア あまり喋らないから、いまいちよくわからないんですよね。
ブレンダン ふむ、では観察者の力を借りてみよ う。さて、ここでご覧になっている皆さん、彼女がどんな悩みを抱えているわかりますか?

   ブレンダンとリリアは観客に問いかける。
   しばらく意見を聞いてみて、マキの囚われている箱について考える。二人、納得し、感謝をする。

リリア マキさんがお母さんに対していいたいこと、それに、なにをしたいのかがわかったら手助けできると思うんですけどね~。
ブレンダン わかった。ホーリーガーディアンができる介入の技を教えよう。
リリア 介入?
ブレンダン 夢を使おう。これはレベル1の技だからしっかりマスターするように。
リリア はい。どうするんですか?
ブレンダン マキは不自由さの箱に囚われている。制限を外したらどうなるのか、夢の中で実験してみよう。
リリア そんなことができるんですね?
ブレンダン 夢は、見えない世界の存在が最も活 躍できる場だからね。さぁ、準備をしよう!

   二人、退場。
   ヨシミが椅子に座っている。マキがやってきて、二人分の紅茶(ティーカップ)を置く。

ヨシミ なぁに、これ?
マキ Honey&Sonsのアールグレイ。
ヨシミ あんた、働き始めたんだから家にお金くらい入れなさいよ。
マキ 就職したばかりでそんな余裕なんてないし。お金がほしければパート増やすか、新しい男を探しなよ。大体就職する前から、あたしのバイト代奪ってたじゃない。
ヨシミ 仕事はどうなの?
マキ ブラック会社だったのよ。毎日暴言にセクハラ、残業代は出ないし、ノルマはきついし、精神病んで休職したのよ。ホントは辞めたいけど、ママが文句言うのが恐くて辞めれてないんだよ。ママのせいで人前で意見いうのが苦手になって、面接で落とされるから、ブラック企業しか内定がなかったの、わかる? ママのせいなんだからね!
ヨシミ あんたはなにも続かないから……
マキ 好きじゃないことやらされて続くわけないでしょ。好きなことはなにもやらせてくれなかったじゃん! 
ヨシミ ママのいうとおりにしていれば……
マキ それでうまくいったことある? ママはずっと失敗し続けてるのよ。あたしの人生にまで侵入して失敗し続けてるじゃん。返してよ、あたしの人生!
ヨシミ ママはあなたに幸せになってもらいたくて……
マキ じゃあ、自由にさせて!

   ブレンダンとリリア、出てくる。

ブレンダン かなり抑圧されていたようだね。
リリア お母さんの支配から逃れたいのね。

   マキ、前方を向く。

マキ あたしが我慢すれば、ママは満足。あたしが箱を壊しちゃったら、ママもきっと壊れちゃう。

   リリア、近づく。

リリア でも、あなたはこんなにも声があるじゃない、自由を求める思いがあるじゃない。
マキ そう、本当はいいたいことがたくさんあったんです。
ブレンダン 君には選択する権利がある。お母さんのことは心配しなくていい、彼女にもホーリーガーディアンがついているから。
リリア 自分らしく生きた方が絶対いいですよ!
起きたらガツンといっちゃいましょう!
ブレンダン (顔を引きつらせ)リリア……
マキ あたしは付き合っている男性がいるんです。きっと反対される相手。

   マキの恋人現れ、マキと手を繋ぐ。

リリア いいじゃないですか! 駆け落ちしちゃえ!
ブレンダン リリア、君の主観を押しつけたらいけない。それは逆に自由を奪うことだ。気づかせてあげればそれでいいんだ。
リリア あ~、そうですね、言い過ぎました。
ブレンダン よし、わたしたちの役目は終わりだ。あとは、彼女に委ねよう。
リリア はい!
ブレンダン まだまだたくさんの現場があるぞ!

   音楽。
   ブレンダンとリリア、去る。
   マキと恋人は、見つめ合ってにっこりと笑う。
   暗転。












Episode2 Society Box

   音楽のリズムに乗せて、俳優たちが現れる。
   彼らの動きは、名刺交換だったり、接待ゴルフだったり、列に並ぶことだったり、テスト勉強だったり、人々が守っているルールや常識を現している。同じリズムでアクションを繰り返している。
   ブレンダン、リリアが入ってくる。リリアは繰り返される動きを止めようと試みるが、巻き込まれて怪我しそうになる。ブレンダンが助け出す。

リリア 危ないところでした。
ブレンダン 無理に止めようとするのは危険だ。
リリア あれはなんなんですか?
ブレンダン 人々の集合意識だね。
リリア 集合意識?
ブレンダン 同じ価値観を共有する人間たちの意識は合体して強力になる。それは社会意識という巨大な箱を形成する。
リリア う~ん、それってルールとか常識とかってことですか?
ブレンダン そうだ。
リリア それはいい箱ではないんですか? みんなが守ることで平和や秩序が築かれるんですから。
ブレンダン では、(一人の肩をつかみ)この人間の人生をクローズアップしてみよう。

   風の音。
   俳優たちは去り、肩をつかんだ男が取り残される。ブレンダン、リリアもしばらく見守ったのちに退場する。

   新入社員の男は通勤途中。信号につかまり、いらだつ。スマホを開き、スマホをしまう。
   信号が変わるのを見て、小走りで横断歩道を抜ける。
   そして、駅に。他の俳優が群衆を演じる。マスク姿の群衆は綺麗に列をつくる。その後ろに並ぶ男。電車の扉が開くと、降ろす客を先に通し、続いて中に入る。満員電車。苦しそうな女性客。

男 (苦しそうな女性客に)大丈夫ですか?
女性客1 (遠慮がちにうなずく)

   男、スペースを空けてあげようと身体をよじる。別の女性客がにらむ。

女性客2 今、触りました?
男 あーいえ! ごめんなさい、どこか当たったかもしれないです。

   男、できる限り手を上部に上げ、痴漢だと間違われないようにする。
   電車が急停車する。
   アナウンス「人身事故のため、電車が止まっております。お急ぎのところ、誠に申し訳ございません」

男 なんだよ、おい……。

   時間を気にする男。
   アナウンス「電車発車いたします。おつかまりください」
   つかむところがない、という感じに空中の手を動かす。
   電車が駅に着き、人々の波と一緒に出る。男、スマホを取り出し時間を確認する。

男 最悪だ。(メールを打つ)「電車が遅延したため15分遅刻します」

   突っ立っていたら、人にぶつかる。

男 すみません。

   男、急いで歩く。
   会社に来る。女上司が立っている。

男 (お辞儀をして)おはようございます。
女上司 あなた朝礼の1分間スピーチ担当でしょ? もう終わっちゃったわよ。
男 すみません。スピーチはちゃんと考えてきたんですけど。
女上司 いいわけなんていいのよ。あなた営業だったら、スーツをちゃんと着て。
男 あ、満員電車で、崩れちゃいまして。
女上司 いいわけばっかり。「はい」でいいのよ。
男 はい。
女上司 ノルマも達成できていないし、足使ってもっと営業しなさい。
男 でも……はい。外回り行ってきます。
女上司 あと、18:00から会議が入ったから。
男 え、今日、友達のお笑いライブに行く予定なんですけど?
女上司 知らないわよ。返事は「はい」でしょ。
男 ……はい。

   男、会社を出る。
   しばらくして歩くスピードが遅くなり、公園のベンチに座る。

男 ……しんど。

   男、スマホを開く。Facebookらしきものを見ている。

男 え? 知らない間に同窓会やってるじゃん。おれが悪いの? あ~、連絡してないわ。てか、誰かいってよ。  

   男、マッチングアプリを開く。

男 またブロックされてるし。いい感じだったじゃん。おれの年収? 写真送ったから? 最悪だわ。

   男、スマホをいじり続ける。
   ブレンダンとリリアが出てくる。

リリア どうすればいいんですかね? 生まれ変わるとかですか?
ブレンダン おいおい、過激なことをいうんじゃない。誰にだって、今いる場所で、助けられる奇跡はあるものさ。彼の心の声と対話してみなさい。
リリア どういうことですか?
ブレンダン 心の中で天使と悪魔が会話したり、一人で問答するときってあるだろう? その相手役を務めるんだ。これは介入の技、レベル2だ。 
リリア やってみます!
ブレンダン では、彼の頭に触れてみて。

   リリア、男の背後に回り、両手で頭に触れる。

ブレンダン 彼の心の声に耳を傾けて。
男 「人生終わってるよ」
ブレンダン 答えて!
リリア 「いや~、そんなことないよ~」
男 「は? そんなことあるだろ」
リリア 「人生、まだまだこれからさ~」
ブレンダン 下手だなぁ。
男 「もう疲れたよ」
リリア 「う~ん、頑張りすぎなんじゃないかなぁ」
男 「頑張らないと、もっと人生ダメになっちゃうじゃん」
リリア 「そうだよね~」
ブレンダン そこ肯定しないで。
リリア (手を離し)どうすればいいんですか~!
ブレンダン 社会という箱で苦しんでるわけだから。
リリア あぁ、じゃあ……(頭に触れ)「上司なんてぶん殴っちまえ、会議なんてサボっちまえ、会社なんて辞めちまえー!」
ブレンダン 君、過激なのよ。
男 「おれだってそうしたいって!」
ブレンダン 代わろう。

   ブレンダンとリリア、入れ替わる。

ブレンダン (男の頭に手を置き)「自分のことが一番大事だ」
男 「それはそうだ」
ブレンダン 「会社のために生きてるわけじゃない。どうすればいいかわからないだけだ」
男 「楽に生きられればどれだけいいか。周りにうまく合わせれば問題は起きないけど、幸せだとは感じられないし、自分ってなんなんだろうって思う」
ブレンダン 「自分を大事にすることを優先し、少なくとも毎日5つやろう。仕事をさぼるのは1つ目」
男 「ばれたら怒られるけど」
ブレンダン 「愚痴を吐くのもいいことだ。二つ目。営業成績を上げることも自分を大事にすることに繋がる。よし、3つ目は外回りをがんばろう。そして4つ目はおいしいランチを食べよう」
男 「いいね、いいね」
リリア コツがわかりました。代わってください! (男の頭に手を置く)
男 「友達のライブどうしよ?」
リリア 「なんとか上司を説得してみて、ダメだったら友達に謝って埋め合わせをしよう。できないことにもがき続けるのは自分のためにならないから、あとはホーリーガーディアンに任せよう」
男 「ホーリーガーディアン?」
リリア 「(慌てて)あ、運に任せよう。自分の力で全部解決しようとしなくていいんだ。守られてるんだから」
男 「よくわからないけど、楽になった。それが今日の5つ目だ」

   男、笑顔で立ち上がる。リリア、手を離す。二人、男の様子を見る。

男 よし、元気出てきた。営業がんばろう。

   男、威勢良く去る。

ブレンダン 上出来だ。
リリア やった!
ブレンダン 自分の力で解決しようとすることで人間は箱をぶ厚くしてしまうからね。
リリア 見えない助けを受け取るほうが早いですよね。
ブレンダン 人間たちの周りには想像もできない偉大な力がある! 箱から出れば無限の可能性が待っているものさ。
リリア はい! 次の現場も楽しみです!

   音楽。
   二人、退場。












Episode3 Solitude Box

   姉妹の対談。姉の林檎と妹の蜜柑が並んで座っており、雑誌記者らしきインタビュアーが対面で座っている。

インタビュアー 世界的に活躍している姉妹というのも珍しいですが、お二人の場合は、お姉さんが将棋のタイトルを持つ棋士で、妹さんはスノーボードでオリンピック候補じゃないですか。まったく別のジャンルというのは例がないですよね。どこに秘密があったのでしょうか?
姉 わたしたちは、幼少の頃から支え合うことが生きることの核だったんです。ご存じのようにわたしたちは飛行機事故で生還し、「奇跡の姉妹」といわれました。わたしが8才、蜜柑が5才だったときです。あの事故で両親を亡くし、わたしたちの周りは全員他人となりました。支え合うしかなかったんです。育てて頂いた会長には感謝しています。わたしたちに好きなことをさせてくださいました。ジャンルは異なれど、二人に一流の先生をつけてくださいました。
インタビュアー 「奇跡の姉妹」をより有名にさせて会社の広告塔にしたかったと、後に発言して炎上しましたが。
妹 血が繋がっていないんですから、本物の愛じゃなくてもいいんですよ。わたしたちに最高の教育を与えてくれ、成長させてくれたことはとても感謝しています。有名にならなければ、捨てられてしまうという恐れはありましたよ、厳しい人でしたから。でも、成功を目指すことでわたしたちは結束できたんです。
姉 心と心で支え合うことができました。
妹 特に、わたしがスランプの時には林檎が助けてくれ、林檎がスランプの時にはわたしが助けてね。
姉 そうね。
インタビュアー なるほど。素敵な話をありがとうございました。それでは最後に写真を数枚撮らせてください。

   インタビュアー、二人の写真を撮る。姉妹は仲よさそうに手を繋ぎ、微笑む。

インタビュアー 貴重なインタビューをありがとうございました。二ヶ月後の特大号の巻頭で掲載させて頂きます。

   インタビュアー、去る。
   姉妹の緊張が崩れる。

妹 いつまでこんな演技を続けるんだろうね。
姉 昔は本当に仲良かったけど。
妹 林檎と蜜柑は種類が違うってことがわかった。
姉 お互い一流になったことで支えなんて必要なくなったわね。「奇跡の姉妹」と注目を浴びることを、わたしたちも利用していた。
妹 もう、わたしは海外に拠点を移すし、林檎もタイトル戦で忙しくなるから、しばらく会うことはないでしょ。

   妹、片付け始める。
   間。

姉 蜜柑、会長のこと憎んでたでしょ?
妹 憎んでたよ。わたしはあいつのおもちゃに過ぎなかった。だから、あいつは死んでも遺産を残さないんだ。  
姉 血縁関係ないから、あの人たちに遺産をもっていかれるのは致し方ないわ。
妹 さんざん、わたしたちで金儲けしたくせに!
姉 いいじゃない、あんたなら一人で生きていける。
妹 スノーボーダーの寿命は短いのよ。林檎は年取っても将棋続けられるからいいけどさ。
姉 焦ってるの?
妹 決まってるでしょ!

   姉、片付け始める。
   二人、帰ろうとする。

妹 わたし、オリンピック選ばれると思う?

   間。

姉 さぁ。
妹 ……。
姉 わたし、タイトル防衛できると思う?
妹 さぁ。不安なの?
姉 ……まぁね。

   二人、また椅子に座る。
   ブレンダンとリリアが現れる。

リリア この二人はどんな箱なんですか?
ブレンダン なぁに、誰しもが持ってる箱、「孤独」と「不安」だよ。 
リリア この人たちはたくさんのファンがいるし、才能もあって有名なのに? 
ブレンダン 関係ないよ。どんな人であれ、孤独と不安を癒やせるものは本物の愛だけだ。
リリア 難関だな。わたしに愛を与えられますか?
ブレンダン その必要はない。君はすでに目の前にある愛に気づかせてあげればいいんだ。
リリア 二人の間にある愛ですか?
ブレンダン そう。今回は介入レベル3! 声を乗っ取る!
リリア え、そんなことしていいんですか?
ブレンダン 一瞬だけだよ、危険だから。ついつい本音を口走っちゃうことってあるよね。君は彼女らの本音を見極めて、口に出してあげるんだ。
リリア う~ん、過激ですね!
ブレンダン 好きだろ? 伝えたい相手の背後に立ち、テレパシーで言葉を送るんだ。
リリア わかりました。

   リリア、悩みつつ、妹の背後に立つ。そして、妹に向けて念じる。

妹 「わたしはオリンピック選手になれるし、一人でできるから大丈夫」

   妹、おかしなことをいったと困惑する。

姉 (落胆しつつ皮肉を込めて)そうよね。

   リリア、姉の背後に立って、姉に向けて念じる。

姉 「わたしも全然大丈夫」
妹 (ムッとして)ああ、そう。
リリア よし。
ブレンダン よしじゃないよ。強がってるだけで孤独が深まってるよ。
リリア ダメでした?
ブレンダン 本音を見極めないと。
リリア ええ~。

   リリア、妹の背後に立つ。

妹 「っていったけど、実は不安で寂しいんだ」
姉 なにいってるの? 馬鹿にしてる?
妹 え、わたし、なにを……。
ブレンダン ストレート過ぎるって。

   リリア、姉の背後に立つ。

姉 「わたしのこと愛してるでしょ?」
妹 はぁ? 気持ち悪い。愛してるわけないでしょ。
姉 「姉さんが抱きしめてあげる」
妹 頭おかしくなったの?
リリア すみません。ぐちゃぐちゃになっちゃいました。
ブレンダン おーい、なんてことしてくれたんだ!
リリア 先輩なんとかしてください。
ブレンダン 何回もやっちゃダメなんだよ、自由への介入になるから天使に怒られる。くそっ、じゃあ、妹の蜜柑をやって。わたしが姉の林檎をやるから。

   二人、背後に立つ。テレパシーを送る。

姉 「今のは忘れて」
妹 「わかった。ご飯でも食べに行く?」
姉 「それより、あなたと仲直りがしたいの」
妹 「賛成~」
姉 「バカ、軽いって!」
ブレンダン やべ。
妹 「先輩だってへましてるじゃないですか!」
姉 「こら! そんなことテレパシーで送るな!」

   二人、背後から離れる。
   姉妹はわけがわからず混乱している。

ブレンダン やっちまった~。また人間に戻るの延期だよ。
リリア どうするんですか、この二人!
妹 悪霊にでも取り憑かれたみたい。
姉 わたしも。気持ち悪い。大丈夫?

   二人、お互いにしがみつく。

ブレンダン 聖なるホーリーガーディアンが悪霊扱いだよ~。終わった~。
リリア 先輩、凹んでないで、事態を収拾しましょう!  
妹 塩、撒こう。(カバンから食塩を取り出して振る)
姉 なんでそんなの持ってるの? 食塩、ウケる!(笑う)
妹 だって、林檎、よく味が薄いっていうじゃん。
姉 そうだ、わたしもお守り持ってたの。効くかも(カバンからお守りをたくさん出して渡す)
妹 なんでそんなたくさん持ってるの?(笑う)
姉 だって、あんた海外に行くんでしょ。
妹 わたしのために?

   二人、見つめ合う。そして抱きしめ合う。

姉 すごい久しぶりだわ。
妹 ほんと。昔はいつも手を握ってたのに。
姉 なにかつらいことあると、こうやって抱きしめ合ってたよね。
妹 わたし、林檎が有名になればなるほど、誰かに盗られると思って恐かった。
姉 わたしも、蜜柑が有名になるほど、遠くなっていく気がしてた。
妹 わたしたちはずっと繋がってるよ。
姉 どんな関係よりも強い繋がり。

   その様子を見ていたブレンダンとリリア。

ブレンダン 奇跡が起きた……。
リリア よかった~。
ブレンダン ホーリースピリットのおかげだな。これ以上壊さないよう、わたしたちは退散しよう。
リリア はい。お幸せに。バイバ~イ。

   音楽。
   二人、退場。















Episode4 Victim Box

   辺境の貧しい家。古い時代。
   40代の男性と召使いの老婆がいる。
   男の前には、パンとスープがある。

男 何年経っても同じ食事。変わらない毎日。
老婆 いつか、誰かがドアをノックして、もう一度お城に戻ってきてくださいとお願いに来ますよ。
男 お前はいつもそういうな。失った信頼は二度と戻ることはない。それに、国民はとうにわたしのことを忘れてしまっただろう。
老婆 旦那様、あなたはたった一つの過ちを犯しただけです。
男 それがすべてだ。疫病が発見され、真っ先に逃げた。その一つの過ちで多くの者を死なせた。いっそ、処刑されればよかったのだ。わたしにこれ以上生きる価値はない。
老婆 神様に生かされているということは、役目があるということですよ。 
男 いや、罰を受けているだけなのだ。

   身体の不自由な少年が入ってくる。

少年 旦那様、大変です。国境の向こうにいくつもの煙が見え、近づいて確認すると、大勢の兵士が谷を通っているのが見えました。
男 (驚き)金色の獅子の旗を掲げていたか?
少年 そこまでは見えませんでしたが、おそらく。
老婆 攻めてくるのですかね。
男 戦争になるな。
老婆 おお、恐ろしい。早く知らせなければ。
少年 馬の準備をしますか?
男 いや。ここにいればわたしたちは安全だ。

   間。

少年 なにもしなくていいのですか?
男 わたしを追い出した国だ。
老婆 しかし、それでは、二度民を見捨てることになります。
男 もう、わたしの国ではない。滅びるなら滅びるまでだ。 
少年 わたしが行きましょうか。
老婆 しかし、お前を知る者が一人もいないでは、誰も信じてくれず、捕まってしまうだけだろう。
男 忘れよう。

   ノックの音。
   硬直の間。

男 出てくれ。

   少年が一旦、退場。
   美しい女性を伴って現れる。

男 何者だ?
聖女 国王様に大事なお話が。
男 使いの者か。(老婆と少年に)下がってくれ。

   老婆と少年、外に退場。

聖女 箱の中から出たくはありませんか。
男 なんのことだ?
聖女 あなたには二つの未来があります。一つは、なにもしないこと。あなたがかつて治めた国は不意を突かれ、多くの民が死ぬでしょう。しかし、この辺境の小屋から出ることができ、あなたは自由になります。もう一つは、隣国が攻めてくることを知らせに行くこと。あなたを歓迎しない国民は罵詈雑言を浴びせ、石を投げるでしょうが、戦争の準備ができ、隣国を撃退することができるでしょう。
男 使いの者でなければ、おまえは悪魔かなにかか? 
聖女 あなたをずっと見守ってきた者です。
男 前者を選べば、政権は倒れ、わたしが復帰する道も現れる。占領されなければだが。後者を選べば、名誉挽回に繋がる。もう一度英雄になれるのはどちらだ?
聖女 残念ながら、どちらにしてもあなたの寿命はまもなく尽きます。最後にどのように生きるかだけが問われています。
男 死ぬのか……。
聖女 あなたは罪悪感と犠牲者の箱に囚われていますが、死ぬ前にその箱から出るのです。
男 箱とはなんだ?
聖女 神との間に置いた囲いです。そのせいであなたは神が見えません。
男 それはわたしに課された罰なのだろう?
聖女 いいえ、神はいかなる罰も与えません。あとはあなた次第です。

   聖女、去ろうとする。

男 待ってくれ。わたしはどうすればいいのだ?
聖女 箱から出るだけです。

   聖女、去る。
   男、しばらく考え込む。
   老婆と少年が入ってくる。

老婆 旦那様、あの方は一体?
男 神の使いであるホーリーガーディアンという存在を聞いたことがある。おかげですべきことがわかった。(少年に)馬の準備を。
少年 はい。(外に出る)
老婆 行かれるのですね?(外套を着せようとする)
男 わたしはまもなくいなくなるようだ。そうしたらホーリーガーディアンとなって、守りにくるよ。(老婆の肩に手を置く)

   男、去る。
   音楽。








Epilogue

   ブレンダンとリリアが現れる。

ブレンダン これが、わたしがホーリーガーディアンになるきっかけとなった過去生さ。
リリア あの女の人もホーリーガーディアンなんですね?
ブレンダン そう。その後、わたしの教育係になった。人間の姿で現れるのは介入レベル10の最高の技だよ! 
リリア へ~。わたしも立派なホーリーガーディアンになれるよう精進します!
ブレンダン いいね。さて、リリア、もう一つ仕事があるよ。

   ブレンダンとリリア、観客を見る。
   他の出演者も整列する。

ブレンダン 皆さんの人生にもたくさんのホーリーガーディアンによる助けがあります。多くの存在に守られていることを忘れないでください。
リリア わたしたちの物語を通して、どんな箱を築いてしまっているのか是非考えてみてください。箱に囚われる人生から解放されましょう。もちろん、簡単に箱が消えることはないでしょう。例え箱の中でも、蓋を開けてみてください。聖なる贈り物があなたの元にも届きますように。

   カーテンコール。
   幕。 





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