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嗚呼、パンダフルライフ〜嵐山動物園物語〜
作 出合理加子
 



   田川 涼介  48歳のおっさん。特命プロジェクトパンダ・ライライ
   加藤 玉男  田川よりは若くどこかオタク臭い。・特命プロジェクトパンダ・プンプン
   市川ひとみ  20代後半か30代くらい?特命プロジェクトパンダ・プルンプルン 

   園   長  自称青年実業家
   大場かなこ  若作りだけど年齢不詳。パンダ飼育員
   逸   見  男の飼育員。通称ぺんぺん。まじめ
   犬   養  女のベテラン飼育員。あきらかにベテランとわかるお年頃。

   田川 洋子  洋介の娘。高校生
   彼   氏  洋子の彼氏。かなりおっさん。名前はふーちゃん
    




  プロローグ

    記者会見会場かもしれない空間に園長がひとり立っている。     

園 長  かつて、札幌農学校・初代教頭だったクラーク博士は言った。「Boys be ambitious ! 少年よ、大志を抱け」いまここに
     嵐山動物園・新園長として私も言いたい。「職員よ、トップをめざせ!」みなさん、我々 嵐山動物園は日本一をめざし
     ます!

    暗転。「おお〜!」どよめきと共に「パシャ、パシャ、パシャ!」とたくさんのカメラのシャッター音。「具体的には」
    「何か勝算が」「新しい施設の構想があるんですか」などといった質問まじりのざわめきが続く。

    暗転からの喧騒のまま、明かりがつくと中央にダンボール(中に玉男が寝ている)
    上手にヒトミ。買い物をしようとしてカードが使えず店員ともめている。
    下手に田川。公演のベンチに腰掛けてる体で就職情報誌を片手に携帯で片っ端から電話。就職活動中。

ひとみ  カードが使えない?!そんな、それも?あ、待ってください!じゃあこれは・・・これも?ええ?!すみません、なんと
     かします!なんとかしますから、このバッグ、取り置きしてください。え?ええ、ビトンの新作なのはわかってるんで
     す。ええ、ええ、人気なのも、ああ・・(断られる。)
田 川  そこをなんとか!面接してくれるだけでもいいんです!あ・・・・(情報誌をめくり、再び電話)あの、御社の広告を
     みて・・・はい、田川涼介48歳、あの私、普通免許のほかにペン字検定3級とそろばん5級も持ってまして、あ、パソ
     コン!パソコンですね、それも気合でなんとか・・・あ・・・ちくしょ、(情報誌をめくり、再び電話)あ、もしもし

     店を出て歩きながら携帯で話しているヒトミ。そこへヘルメットをかぶった園長とカナコが「ただいま工事中」「まわ
     り道」などの看板を持ちながらヒトミの進行方向をさりげなく誘う。

ひとみ  (携帯で話しながら)そうなんです、おたくのカードが使えなくなってるんですけど・・・ええ、ちょっと2ヶ月ほど
     支払いが遅れちゃいましたけど・・・(田川のいる公園にまんまと誘導される)ええ!
ひとみ・田川 そんなぁ、あ、待って、待ってください
田 川  私、家族を養わなきゃならないんです!!妻は親の介護もあって、たまにしかパートにも出られないし、私が働くし
     か・・・!
ひとみ  いま仕事探してるんで、仕事決まったらすぐにでも払いますから
田川・ひとみ  ああ!そんなぁ!
園 長  そんなあなた方二人に今すぐ高収入!
ひとみ  え?!
かなこ  しかも三食昼寝つき!
田 川  なに?

    中央のダンボールがピクリと動く。

園 長  住むとこだって大丈夫!家賃・水道光熱費!
かなこ  全部こちらで負担します!しかも嬉しい報酬は!
園 長  なんと一千万円だ〜!
田川・ひとみ  はぁ〜?!
玉 男  (ダンボールをはねのけ、いきなり登場)はいはいはい!それ俺やります!
4 人  (玉男に驚く)うわぁ!
かなこ  園長、大変です、予期せぬ闖入者が!
園 長  しまったぁー!他には誰もいないと思ったのに
玉 男  あれ?なに?俺ってジャマもん?
園 長  はい、正直言って
玉 男  ガーン!そんなハッキリ・・
園 長  ああ、すみません!実はこれはうちの秘密プロジェクトでして
田 川  秘密プロジェクト?!
かなこ  え、園長、秘密プロジェクトって、ペラペラ喋るとマズくありません?
園 長  しまったぁー!つい、うっかり!
ひとみ  うっかりって・・
園 長  わ、私はなんと迂闊なことを・・・!
玉 男  あ、大丈夫っすよ、俺、口堅いっすから!
園 長  それは助かります、実はこのプロジェクトにスカウトするのは男女各1名ずつ。そして我々は密かにリサーチした結
     果、このお二人に狙いを定めていたのです。
ひとみ  はっ?
田 川  おれら?!
園 長  ええ、今流行りのハケン切りで職を失いながら、買い物依存症のためローン地獄の市川ひとみさん!
ひとみ  やだ!
かなこ  そして、いずれは脱サラして夫婦でカフェを営む計画をうっかり会社で話してしまった為、真っ先にリストラされてし
     まった田川涼介さん!
田 川  なんでそれを!
園 長  他の方より切羽詰ったあなた方だからこそ、一千万円・・・欲しくありませんか?
パンダ  ・・いっせんまんえん・・・
かなこ  (いきなり似合わないセクシーキャラ路線で)そう、欲しいでしょ?一千万?ふふ
田 川  (しかし逆効果)ば、ばかにするな!
ひとみ  そうよ!お金なんかブランド品、質屋に持ってけばいくらでも作れんのよ?
園 長  あ、あれ?
玉 男  (かなこに)あの、おれは切羽詰ってるんすけど、ダメっすかね?見てくださいよ、これ(ダンボール)おれ、ホーム
     レスっすよ!
かなこ  え・・
ひとみ  なぜかしら。逆に切羽詰ってるように感じないわ
田 川  そりゃ落ちるとこまで落ちてるからなぁ
かなこ  えっと・・・どうします?園長
園 長  えー・・そうだなぁ
玉 男  頼むッスよ!このオッサンでいいなら俺だっていいじゃないスか?
田 川  おい、どういう意味だ!
玉 男  だって、選んだ基準って要は金に困ってるかどうかッスよね?
ひとみ  私は別に困ってなんか!
園 長  ぶっちゃけそうです
ひとみ  ちょっと!
玉 男  それでパソコンもたいした資格もない48歳ができる仕事なわけじゃないっすか。
田 川  なんでお前がそんなこと知ってんだよ
玉 男  さっきからそこで就職活動してたじゃん。もう聞き飽きるほど聞いたわ
園 長  でもそれまで働いていた職場の評判はけして悪くない、勤務態度は真面目で責任感もある
田 川  そうなんだよ!やっぱちゃんと調べてんだな!
園 長  そして何より他人の噂話に無頓着・・
玉 男  それ関係あるんスか?
園 長  大有りです。秘密プロジェクトの秘密を守るためには噂好きの人間では困ります。
玉 男  でも(ひとみをさして)女子とか噂、好きそうじゃないっすか
園 長  あ、彼女は基本的に友達がいないので大丈夫です
ひとみ  あんたさっきからケンカ売ってんの?
玉 男  とにかく、ちょっと俺のことも考えてみてくださいよ!おれもまじめで口堅いっすよ、
園 長  そうだなぁ、田川さんが嫌だって言うなら君でもいいかな
玉 男  やった!
田 川  おい、ちょっと待てよ、いつ俺が嫌だって言ったよ
かなこ  あら?だってさっき・・
田 川  俺は別にやらないとは言ってない!
園 長  ホントですか?
玉 男  うわ、調子いい!じゃあ、この女子の代わりに俺!どう?
かなこ  あの、欲しいのは男女各1名・・
玉 男  あたし、こう見えても女でーす!キャハ☆
ひとみ  無理ありすぎでしょ!
玉 男  でも俺、料理得意だし、女装とかムッチャ似合うンスよ!あはーん(カナコの真似をして無意味なセクシーポーズ)
園 長  そうだなぁ、市川さんが嫌だって言うなら君でもいいかな
玉 男  やった!
ひとみ  ちょっと待ってよ!誰もやらないとは言ってないでしょ!
玉 男  なんだよ、お前ら二人とも。やらないとも言ってないけどやるとも言ってないじゃんか
田 川  そりゃ、そうだけど仕事の中身がわからないのに簡単に返事できるか!
ひとみ  そ、そうよ!あんた仕事の中身もわかんないのになんでやりたがってるのよ!
田 川  おまえ、「大金」と「秘密」が揃えば大抵はヤバイことなんだよ!わかってんのか
玉 男  でもさ、ヤバイったって、たかが知れてるだろ。メイド服着たお姉さんが勧誘してるくらいなんだから(カナコに)お
     れ正直言って金よりお姉さんの魅力にクラクラっていうかぁ・・萌え!
田 川  いや待て!萌える前によく見ろっ!どう見てもお姉さんって年じゃないだろ
かなこ  まぁ!なんて見る目のある男性なのかしら!園長!彼に決めちゃいましょう
園田ひ  おい!
玉 男  もちろんお姉さんも一緒の職場なんだよね?
かなこ  ええ、みなさんのお世話が私のお仕事ですから
田 川  みなさんのお世話って・・おれらの世話?
玉 男  メイドつきの仕事ってこと?うわぁ、オレちゃん絶対やっちゃうやっちゃう!
ひとみ  ちょっと何言ってんの
玉 男  いや、もうこれはオレちゃんがやるしかないっしょ、いやむしろオレちゃんに決定?
田 川  ばかやろ、おかしな日本語使いやがって、なにがオレちゃんだ、近頃の若いモンはてんでなっちゃねぇ、(園長に)だ
     からね、私みたいなちゃんとした大人が
玉 男  オレちゃん、パソコンいじらせたらちょっとしたもんっすよ
田 川  やっぱり私みたいな・・・
ひとみ  なに、このくいつきっぷり(ひいてる)
かなこ  園長、私、自分の魅力が怖いです
園 長  昔から色白とメイド服は七難かくすって言うしねぇ。ま、性別なんか、あってないような仕事だし、田川さんとこちら
     の方(玉男)、この二人で行こうか
ひとみ  ちょっと!私は?
園 長  え?ええと・・・
ひとみ  最初にコソコソ人のこと調べておいて、いまさら違う人選んだりしたら・・・バラすわよ!秘密プロジェクト!
園 長  ええ!困ります
かなこ  園長!
園 長  じゃあ、やっぱり・・・(申し訳なさそうに玉男を見る)
玉 男  お、おれもバラしちゃうぞ、秘密プロジェクト!
園 長  ええ?!(田川を見る)
田 川  ええ!お、おれもバラしちゃうぞ、秘密プロジェクト!
かなこ  園長どうしましょう!
園 長  ええ?う〜ん、この際3人でもいいかなぁ
3 人  え!
園 長  だって、えっと・・・みんなヤル気まんまんでとってもワンダホー!・・パンダフォー・・・むしろ4人欲しいって感
     じ?なんちゃって!あはあは
かなこ  そんなこと言って園長!予算大丈夫なんですか!
園 長  予算は本物呼んでくること考えれば小さいことだ
かなこ  まぁ確かに・・
3 人  本物?
園 長  よし、とにかく3人とも採用だ! 
3 人  ホントですか!
田 川  やったー!久美子〜洋子〜!(妻と娘の名前らしい)
ひとみ  これでビトンが買えるぅ〜
玉 男  はぅ!オレちゃん萌え萌え生活ゲッチュー! 
田 川  それで、私たちの仕事とはなんでありましょうか!
園 長  おお、よくぞ聞いてくれました!
玉 男  いや、普通聞くでしょう
ひとみ  そういや中身も知らず何をバラすつもりだったんだろ、あたし(笑)
全 員  (顔を見合わせて)・・・・。
ひとみ  (ヤバイ空気を察して)で、でも秘密プロジェクトってプロジェクトの存在自体が秘密なんですよね?
園 長  ま、まあね!みんなこれからはよろしく頼むよ、守秘義務!ね!
ひとみ・玉男・田川  まかせてください
田 川  で、仕事は・・
かなこ  えっと実は私たち嵐山動物園の者でして
ひとみ・玉男・田川  嵐山動物園?!
田 川  あの赤字続きで閉園寸前だった状態から
玉 男  動物たちの見せ方に工夫して奇跡の復活劇をみせた
ひとみ  いまや入場者数日本一の
ひとみ・玉男・田川  嵐山動物園?!  
園 長  そう!その嵐山動物園こそ君たちの新たな職場。そして君たちこそが選ばれし、特命プロジェクト班だ!
ひとみ・玉男・田川  特命プロジェクト班?

    暗転。園長にだけ明かりがあたる(3人とカナコは着替えのため退場)

園 長  いまや入場者数日本一と言われる我が嵐山動物園。しかし、それはあくまでも期間限定の上での数字であって、一年を
     通しての数字を見るとトップはやはり上戸動物園なのだ。そこで我々は通年一位を目指し、新たに秘密プロジェクトをた
     ちあげた、それが君たち、特命!プロジェクト班だ。

    飼育員の逸見(へんみ)と犬養登場。

逸 見  本気ですか!
犬 養  本気だったんですね。
園 長  わたしが遊び半分であんな企画を提案したとでも?
逸 見  あんたは半分どころか、ほとんど遊びだろ!
犬 養  逸見君、失礼よ。仮にも園長に。
逸 見  そうですよ、なんでこの馬鹿が新しい園長に選任されたんです!私は納得がいきません!
犬 養  それはね
園 長  私が青年実業家として才能がある、とみんなが認めたんだろうねぇ、あっはっは
犬 養  ペンギンにチョコ与えたり、あざらしにポテトチップス与えたりしたからよ
園 長  だって、欲しそうな顔するんですよ、あいつら
逸 見  だからって、やっちゃだめだろ、ジャンクフード!
園 長  だって、あのつぶらな瞳に見つめられたら
逸 見  それはわかるけど、でもそこをグッとこらえるのが飼育員の務めだろ!!
園 長  そんな!無理だよう
犬 養  だから飼育員としては使いものにならないから、とりあえず肩書きだけの代表職でも与え
     とけってなったのよ・・・いざ何かあったとき、責任とって辞めることになっても惜し
     くない人材なわけだし
園 長  ええ〜
逸 見  それなら納得がいきます。それで大場さんはなんでメイド服着ていたんですか
犬 養  園長が着ろって言ったんですって
逸 見  園長!
園 長  問われて語るもおこがましいが、よかろう、今こそお前にこの答えを教えてやろう
逸 見  もったいぶった言い回しは時間の無駄だからやめてください。
園 長  単刀直入に言おう、パンダそしてメイド服、これぞ萌えの宝箱大作戦だ!
逸 見  ・・・・萌え?
園 長  そう、萌えっ☆(はぁと)
犬 養  (園長に殴りかかろうする逸見を必死に止めながら)逸見君、落ち着いて!
逸 見  離してください!
園 長  もー、ペンペンは頭が固いなぁ。パンダ、メイドさん、可愛いものがWで目の前に現れたら、大抵の人は落ちるの!相
     手の心理を考えた上での、いわば戦闘服なわけよ
逸 見  大場さんに着せてるあたりで、もうそれ負け戦じゃないですか
犬 養  そういうことなら私も協力しましたのに・・・メイド服着て
逸 見  やめてください!大場さんだけでもうお腹いっぱいです!
園 長  犬養さんのメイドかぁ、これまたマニアックな人がかかりそうですね。
逸 見  想像さすな!
犬 養  やだ、逸見君たら、さっそく妄想しちゃったの?恥ずかしいわ
逸 見  なんで照れてるんです、ほんと、マジで勘弁してください!

    パンダの着ぐるみ姿(ただし頭部は耳付き帽子型で顔はしっかり出ている。でも本物のパンダに見えるという設定。ちな
    みにいかにもな起毛素材の着ぐるみではなく、レースなど薄い素材で作ってもいい。中の人が透けて見えるが毛皮はモコモ
    コという体で演じてもらいたい)の田川・ひとみ・玉男の3人とカナコ登場。この時点では、ひとみの片目だけ黒く塗られ
    ている。

田 川  おい、なんだこれは!
ひとみ  ちょっと!この人(かなこ)あたしの顔に変なメイクしようとするんだけど
かなこ  まだ途中ですってば〜
玉 男  なんか選挙のときの必勝ダルマみたいだよね。当選したら両目塗るやつ!あはは
ひとみ  あんた死にたいの?(蹴りをいれる)
玉 男  痛っ!・・って思わず言っちゃったけど痛くなーい。着ぐるみすげぇ!
ひとみ  ああ、もう!毛皮モコモコだから効いてない!
田 川  衝突安全ボディだな! って、それよりもだ、おい、なんだよこれは!特命プロジェクト班だとか言って、この格好は
園 長  特命プロジェクトパンダ
全 員  はい?
園 長  だから(3人を指差して)特命プロジェクトパンダ
田 川  特命プロジェクト「班」じゃなくて
園 長  特命プロジェクト班の特命プロジェクト「パンダ」
全 員  ・・・・。
全 員  (ほぼ同時に)「駄洒落かよ」「ちょっとぉ」「はぁ〜?」「ざけんな」
園 長  まぁまぁまぁまぁ!
逸 見  なにが、「まぁまぁ」です!
園 長  だってさ、上戸動物園に勝とうと思ったら、後はもうパンダしかないじゃん
逸 見  だからって、(3人をさして)なんでこういうことになるんです!
ひとみ  そうよ!聞いてないわよパンダになるなんて!
園 長  だって秘密プロジェクトだもん
玉 男  いやでも、本人には教えろよ
田 川  だいたい、なんで本物つれてこないんだよ
園 長  だって、すっごい予算かかる上に権利問題とかで契約大変なんだよぉ
逸 見  だからこいつに園長は無理だって言うんです
犬 養  いや、でもパンダ問題は確かに大変なのよ。年間のレンタル料は何億とかかるし
園 長  だからね、いっそもう、中国には頼らず、自力で誰かパンダにしちゃおう!と。
逸 見  だから、なんでそうなる! バレるに決まってるでしょう!
園 長  いや、でもさ、ほら、クマ牧場のクマだって、しぐさとか妙に人間臭くて中身人間のオッ
     サンにしか見えないじゃない。だからパンダの着ぐるみの中に人間はいってても大丈夫
     そうかな〜って、てへっ
逸 見  あほですか、あんたは!
犬 養  (動揺を隠しつつ)あら逸見くん、今頃気づいたの?私なんかとっくにコイツがアホだと気づいていたわよ
逸 見  脂汗だらだら流しながら、なに平静を装ってるんです。中国政府が関与していないパンダなんてありえないでしょう
園 長  だから「日本にもいた!」「野生のパンダ発見!」って路線で行こうかと
逸 見  はぁ〜?!
園 長  北海道の山奥で見つかった新種の蝦夷パンダ!笹の平(ささのだいら)あたりで見つかっ
     たとかどう?
逸 見  新種なんてことになったら、それこそ学者やら研究者に調べつくされるじゃないですか
田 川  ええ、人体実験とかされんのか?
かなこ  パンダだから人体実験ではないと思いますよぉ
玉 男  でもあちこち調べられるんだろ
ひとみ  いやよ、あたし。前の会社の健康診断で隠れ肥満って言われてから、検査とかトラウマなんだから
かなこ  え、ぜんぜん太ってないのに?
玉 男  そのペチャパイに脂肪があればよかったのになぁ
ひとみ  あんたケンカ売ってんの?(蹴る)
玉 男  ははは!痛くない、痛くない!おれは無敵だ〜
逸 見  ちょっとそこ黙ってろ!
園 長  ああ、じゃあいいよもう普通のパンダで
逸 見  だから、パンダくらいの絶滅危惧種になると素性の確かなものしかいないんだって!
犬 養  もう、戦時中に中国から連れ帰ったパンダが北海道で野生化してたってことにすれば?
園 長  いいんじゃない、それ!
犬 養  野に放たれた外来種を保護するのも動物園の勤めですしね
園 長  それいい!犬養さん!グーグー!
逸 見  犬養さん!なにヤケクソでグッドアイデアだしてるんですか!園長止めなきゃ!
犬 養  だって、誰が止められるの、この自由人を
逸 見  それを言われると、うう、・・・だめだもう(逸見はそのまま隅っこで頭を抱えてしまう)
園 長  (歌う)アタシは自由〜〜〜誰も私を止められぇないの〜
田 川  夏木マリ子!懐かしい・・・
玉 男  女子高教師っすね!あれときどきエッチなシーンもあってドキドキしたなぁ
田 川  おまえ、チャラチャラしてっけど案外歳いってるだろ
玉 男  な、なに言うんだよ
田 川  おまえ、さっきだって俺の名前聞いて、こっそり「ライライ」って笑っただろう
玉 男  いや、それ誰でも笑うとこっすよ。
田 川  今の若いもんはなぁ、太川涼介なんて知らねぇんだよ。(ひとみに)お前知ってるか?
ひとみ  誰?
かなこ  (とぼけて)さぁ?
犬 養  昔、レッツゴーゴーヤングで司会してたアイドルよ
ひとみ  レッツゴーゴーヤングって(笑)
かなこ  なんですか〜、それ?(ちょっとわざとらしい)
田 川  ほらこの有様だ。
園 長  そういえば、市川ひとみもレッツゴーゴーヤングの司会だったよなぁ
犬 養  そういえば(ひとみを見る)
ひとみ  市川ひとみ?!私と同じ名前じゃん。
田 川  懐かしいなぁ、おれプルンプルン大好きだったよ
園 長  じゃあ、君たちのパンダ名はライライとプルンプルンね!
ひとみ  はいい?!
田 川  ちょっ、それはないだろ!おれは昔からライライって呼ばれてからかわれてきたんだぞ!
かなこ  まぁ、じゃあ昔からのあだ名なんですね、ちょうどよかった
田 川  なにがちょうどいいんだ!
ひとみ  っていうか、プルンプルンってなに?
玉 男  まぁ君のオッパイの形容詞でないことは確かだね
ひとみ  ちょっとぉ!(蹴る)
玉 男  はっはっは!痛くなーい
ひとみ  腹立つわ〜!
かなこ  まぁまぁ落ち着いて
玉 男  で、きみのことはオッパイパイって呼んでもいい?
かなこ  だめです。
玉 男  え〜!なんでぇ〜いいじゃん
かなこ  ダメったらダメです
玉 男  え〜なんでダメなんだよぉ、俺ちゃん怒っちゃうぞ!ぷんぷん!
犬 養  ハイ、決定!
玉 男  え?
園 長  加藤タマオトコと書いて加藤タマオくん、君のパンダ名はプンプンだ!
玉 男  え、ええ〜!今のはちょっとしたギャグで・・・(田川にガシッと肩を捕まれる)
田 川  (ニヤリ)一蓮托生だな
玉 男  ぼく難しい言葉わかりません
園 長  つまり早いところみんなメイクしちゃいましょうってことです。それっ!

    園長のかけ声を合図にカナコと犬養、田川と玉男にとびかかり押さえつけメイクをはじめる。
    ひとり難を逃れたつもりのひとみにそれまで隅っこで項垂れていた逸見が忍び寄る

逸 見  (ひとみをガシっと捕らえ)さ、覚悟決めようか
ひとみ  きゃー!やめて!
逸 見  ええい、じたばたするんじゃねぇ!(筆をかまえる)
ひとみ  あんた、さっきまで反対派だったんじゃないの!
逸 見  ふ、悲しいかな。所詮、ぼくも組織の人間。組織の決定事項は絶対です。たとえ心は反対していても体は組織には逆ら
     えないのです
ひとみ  それ、なんて悪の組織と改造人間?!い、いや〜顔はやめて〜

    暗転

かなこ声のみ あ、つり目になっちゃった
田川声のみ ひでえ!せめて可愛くしてくれよ!

    軽快な音楽とともに舞台前方に明かり。園長がたっている

園 長  さて、晴れて我が動物園のパンダとなった諸君に言っておきたいことがある。まずは――。

    音楽が大きくなって園長の声がかき消される。暗転。
    ふたたび明かりがつくとパンダ3人組がバランスボールなどでゴロゴロしている

田 川  しっかし詐欺だよなぁ〜
ひとみ  ホント、家に帰れないなんて、聞いてないわよ!しかも外出もダメって!
田 川  それに電話もダメ!携帯取り上げられるとは思わなかったぜ
玉 男  秘密漏洩を防ぐためとはいえ、徹底してるよねぇ
ひとみ  いくら一千万の報酬もらえたって、外出しなきゃ買い物で使うこともできないじゃない!
玉 男  お前は先にローンやクレジットの支払いきれいにするべきじゃね?
ひとみ  ああ、もう!あんたって!
田 川  お前らはまだいいよ、おれなんか家族いるのに・・・
玉 男  ライライはなんかヤバそうだよなぁ〜この仕事始めるから帰れないって電話した時のアレ、洒落にならないんじゃね?
田 川  お前、人の電話聞いてんなよ!
玉 男  だって、仕方ないじゃん、聞こえたもんはさぁ
ひとみ  情報漏洩を防ぐため、みんなの前で電話って!こっちの個人情報はどうなのよ!って話よね
田 川  いやっ、お前の電話は聞いてないよ、うん聞いてない
玉 男  え・・・あ〜、まぁなんだ、結婚だけが人生じゃないって!
ひとみ  うが〜〜〜〜!
田 川  ばか、お前っ、こういうの下手な慰めは逆効果なんだよ。聞いてないふりしてやるのが優
     しさだろ!
ひとみ  しっかり聞いてるんじゃない!
田 川  いや、だってお前、電話の相手が「よかった!まだ生きてた!ひとみちゃん早まっちゃだめぇ〜〜〜」っていきなり喚
     いていたら何事かと思って聞き耳たてちゃうんだろ
ひとみ  も〜お母さんのばかっ、一方的に婚約解消されたくらいで死ぬほど、わたし恋愛体質じゃないのに
玉 男  あ、確かにそんな感じだよね。女の人にとっては、それこそ死んじゃうくらいの一大事のはずなのに、わりとあっさり
     してるような・・・
ひとみ  ん〜、まぁ、あっさりっていうより、あきらめの境地? いろいろあったんで・・・
田 川  ま、男と女のことだからな、あるよな、うん、いろいろあるよな
玉 男  わ、経験者っぽい会話、やばい俺よくわかんない
ひとみ  うん、あんたはそんな感じ
玉 男  あ、ひでえ!いま、おれのことドーテイとか思ったろ!違うから、最低限の経験はあるから!
田 川  むきになるなって
ひとみ  最低限なんだ
田 川  お前もつっこむな。でもよかったよ、そんなに気に病んでないみたいで
ひとみ  まぁね、多少やけ食いしたり、買い物しすぎたりしちゃったけど、お母さんや周りが大騒ぎするほど病んでもないわ
     ね。
玉 男  本人こんなにあっさりしてるのに、なんであんなにお母さんが心配してるんだ?
田 川  いや、ふつう娘が結婚ダメになったら親は心配するもんよ?
ひとみ  でもさ、もうそろそろ娘の性格を把握してもよくない? 今度の仕事の都合でしばらく連
     絡できないって言ったら、髪は切ったの?出家?まさか修道院に行くの?とか心配され
     たし、私、お母さんの中でどんだけ乙女なのよ
玉 男  どっちかっていうと、お母さんが乙女なのでは・・
ひとみ  それはある。昔から思い込みがはげしくて、こっちの言い分も聞かず、やたら泣く
田 川  そういや電話でも泣いてたな〜
ひとみ  当事者の私よりもね
田 川  それだけ娘が可愛いんだよ
ひとみ  それはどうかな〜昼のメロドラマ見て、自分のことのように泣く人だし、今回も勝
     手に私の気持ちになりきって浸ってるような気がしなくもない
玉 男  当の本人はブランドもんのヤケ買いするくらい元気でとても死にそうにないのになぁ
田 川  おれらが思うほど女は弱くないんだよな
玉 男  ライライのとこの奥さんも怖いし
田 川  なんだよ、あいつ一言もしゃべってないのに何がわかるんだよ
玉 男  なにも喋らないから怖いんじゃないか
ひとみ  そうよぉ〜ライライが必死に「なにか一言くらい返事しろよ」って言ってるのに完全無視!あれは相当よ〜〜〜〜
玉 男  怖い怖い
田 川  いや、それはちょうど喧嘩中で・・・
玉 男  ほら、やっぱりマズイじゃん。そんなときに一年も音信不通で大丈夫なのかよ
田 川  そうなんだよなぁ〜
ひとみ  まぁ今更どうこう言ったって契約しちゃったんだし、下手に刺激するよりいいんじゃない?一年もすりゃほとぼりもさ
     めるでしょ
田 川  おまえ、他人事だと思って
玉 男  つーか、なんか腹減ってきたなぁ・・・
 
    そこへ飼育員のかなこが七夕かざりのように人参やらきゅうりやらの野菜スティックがぶら下がってる竹をかついでやって
    くる。

かなこ  はーい!パンダのみなさんごはんですよー!
玉 男  やったぁ〜モグモグタイムだね、かなちゃん!
かなこ  はぁい、モグモグタイムでーす
玉 男  かなちゃんかわいい〜!も・・・萌え〜っ!
田 川  マジで言ってんなら、おれは本気でお前を尊敬するよ
ひとみ  ほんとにいるのね熟女好きって
田 川  っていうか、なんだ、この七夕もどきの竹は
かなこ  ごはんです
ひとみ  はい?
かなこ  ほら、ここに野菜スティック。ここにも、ここにも、ほら、ここにも!
玉 男  え・・・。
かなこ  それにこれは枝に擬装したパン。こっちはカロリーメイト、いろんな味そろえましたよー
田 川  ・・・この七夕もどきをどうしろって?
かなこ  食・べ・て(はぁと)
玉 男  どきゅん(倒れる)
ひとみ  アホか!
田 川  ふざけんな!こんなメシがあるか!
ひとみ  そうよバカにしてんの?
玉 男  そうだよ、かなっぺの可愛さに思わず騙されそうになったけど、これはないでしょ
田 川  こんなもん食えるか!
逸 見  (登場)食えるんだよ!
パンダ  ペンペン!
逸 見  ペンペンじゃない!逸見だ!
かなこ  逸見くーん、みんながごはんに文句言うの〜
玉 男  だ、だって
田 川  これ、どう見ても間違ってるだろ
逸 見  うるさい!いいか、お前ら。お前らはなんだ?
田 川  パンダです。
逸 見  そしてここは?
玉 男  嵐山動物園です
逸 見  じゃあ、ここのウリは
ひとみ  ウリ・・・? モ・・・モグモグタイム?
逸 見  うーん、いい答えだな。しかしもっと広い意味であるだろう
かなこ  はいはい!行動展示です。
逸 見  そのとおり!おい、行動展示とはなんだ、答えろ。
ひとみ  え・・・(残りの2人を見る。)
玉 男  えっと・・・(残りの1人を見る)
田 川  さぁ・・・
逸 見  はぁー・・・、お前らそれでもうちの職員か!
玉 男  職員ったって、おれらパンダだし
ひとみ  ねぇ
かなこ  あのね、行動展示ってね、うーんと、普通の動物園は動物の姿見せるだけでしょ?それ形態展示って言うんだけど、う
     ちみたいに自然の環境に近い中での行動を見せるっていうか、本来の生活スタイルを見せるのが行動展示なの
ひとみ  あ、オランウータンの空中散歩とか!
田 川  ペンギンやアザラシの、こう、泳いでるやつ、あれか。
逸 見  そのとおり。
田 川  で?
玉 男  何の話だっけ?
かなこ  これです(七夕かざりもどきの竹をふりまわす)
パンダ  あ!
逸 見  つまり、お前らはいかにも自然の環境にいるパンダらしく、竹をちぎって食う姿を客に見せんきゃならんわけだ。
パンダ  ええー!!
ひとみ  じゃあ・・・ひょっとして
逸 見  客の目がある開園時間中の食事はこのスタイルで食べてもらう!
玉 男  開園時間中って・・・ちゅ・・昼食だけだよ・・・ね?
逸 見  うーん、非常に残念ながら夕食もだ(ニヤリ)
田 川  ひでぇ!
玉 男  1日2食も生野菜とパンだけ?!
かなこ  カロリーメイトもありますよ
田 川  そんなん同じだ!
ひとみ  鬼!悪魔!
逸 見  なんとでも言え、それがお前らパンダの仕事だ!
玉 男  そんなの聞いてないよ!
逸 見  黙れ!ダラダラ転がってるだけで年収一千万が手に入ると思うなんて甘いんだよ!
ひとみ  それはそうだけど・・・
逸 見  わかったら、しっかり食え!あーっはっはっはっは(去る)
田 川  ちっくしょー!!
玉 男  聞いてないよ〜
ひとみ  っていうか、見れば見るほど七夕じゃん、
田 川  七夕かざりに人参はねぇよ!

    暗転
 
    逸見が包丁をもって客席に背を向けて台所で動物たちのえさの野菜を切っている。
    軽快な包丁の音がしている中、園長と犬飼が登場。

逸 見  ふっ、ははは、あっはっはっはっは!
園 長  逸見くん・・・包丁を振り回しながらの高笑い、むっちゃ怖いです。
犬 養  彼、この間からちょっと性格変わってしまいましたね。ワイルドですてき・・・
かなこ  (飾りのとれた竹を持って登場)いや〜パンダのみなさん、なんだかんだ言って今日も
     食べてくれました〜
犬 養  よかったわ、初めはどうなるかと思ったけど
かなこ  逸見くんのおかげです
逸 見  はっはっは、(包丁を片手に振り返り)こうなった以上、やつらに文句は言わせませんよ
園 長  逸見君、だから包丁もって笑うの、怖いですって
かなこ  逸見君、最近なんだか悪の組織の幹部みたい
犬 養  ワイルドですてき・・・
逸 見  で?どうですか、客の反応は
園 長  いいねぇ!
かなこ  お客さんもさらに増えましたよね
逸 見  客が増えたのは見ただけでわかりますよ。そうじゃなくて、大丈夫ですか?
犬 養  ああ、中身ね。ええ、まぁ、特に疑われてもいないみたいだけど
園 長  いや〜取材の記者さんにはかなりつっこまれたけど、あくまで野生化してた外来種を保護
     しただけで詳しいことはわかりません!で通したからね!
犬 養  あれは心臓に悪かったわ・・・
逸 見  犬養さんがやけくそでグッドアイデアだすからですよ
犬 養  まさか本当にその設定でいくとは・・・
かなこ  でもお客さんは納得したみたいですよ。アライグマとか、外来種がいつのまにかずいぶ
     ん繁殖してますから。
犬 養  普通に生活してたら、いくら北海道でもまずアライグマもヒグマも目にしないものね。
     今まで見たこと無かったけど、実はパンダも山奥で繁殖してましたって言ったら、案外
     そういうもんかって信じちゃうのねぇ
逸 見  あとはアイツらが、ぼろ出さないように願うばかりですよ
園 長  まぁバレたら「嵐山動物園特別企画、パンダドッキリでした〜」で誤魔化そう
逸 見  (無視して) 大場さん、あんた、しっかりアイツらフォローしてくださいよ
かなこ  それはもう・・がんばります
園 長  わたしも頑張っちゃうよ〜!
逸 見  あんたはいいから、大人しくしてろ 
園 長  だから逸見君!包丁もって凄むのやめて!こわい!
かなこ  ひぃ〜〜!
犬 養  ワイルドですてき・・・

    暗転

    パンダーランドでだらだら過ごす田川たちパンダ3人。野菜スティックの飾られた竹を
    持っている

田 川  当たり前だけど今日も七夕もどきか
ひとみ  なんかホントに自分がパンダに思えてきた・・・
玉 男  朝食はともかく、昼食と夕食はお客さんの前で食べなきゃならないからねぇ
田 川  朝は朝で胃が焼肉食える状態じゃねぇし・・・
ひとみ  そうなのよ、せっかく1日一食だけとはいえ、お客さんの目を気にせずメニュー選べるのに寝起きじゃ胃が受付けない
     のよね。
玉 男  せめて昼か夜ならなぁ。
田 川  結局、朝もパンとサラダだろ・・・
ひとみ  もう、すっかりベジタリアンだよ
玉 男  でも、こういうのも意外とオツだよね
ひとみ  それはプンプンだけ。意外と好きよね野菜。
玉 男  あー、うん。うち昔農家だったから。子供の頃なんか、おやつ代わりに野菜に塩して食ってた。
田 川  ヘルシーなおやつだな、おい
玉 男  親も忙しくて、普通のおやつ買っておく暇がなかったみたいでさぁ
ひとみ  自分で買えばよかったじゃん
玉 男  それがうち、すっげぇ田舎だったからさ、コンビニどころが普通の店すら7キロ先まで無かったし
田 川  陸の孤島じゃねぇか
ひとみ  そりゃお菓子も買い食いできないわねぇ
玉 男  それで、一人暮らし始めてからさ、その反動でジャンクフードばっか食べてたわけ。うまかったなぁ、いろんな味が
     あって。吉牛も十八ではじめて食べたよ、うまかったー・・
田 川  言うな、牛丼が食いたくなってくる
ひとみ  私ケーキ食べたい・・・
玉 男  俺もここにきて久しぶりだよ、野菜食べたの。すっかり忘れてたもんなぁ野菜の味。
田 川  どれも塩味じゃねぇか
玉 男  同じ塩かけても、それぞれ甘みが違うんだよ。
ひとみ  あ、それわかる!それはね、私もわかった。私マヨラーだからさ、今まで味わっていたのは野菜じゃなくてマヨの味
     だったんだって思ったの。
玉 男  お、発見だね?
ひとみ  発見ですなぁ
田 川  なるほどなぁ、俺の場合は野菜って言えば、あれだ、胡麻ドレッシングか焼肉のタレ味だ。人生48年生きてて素材
     じゃなくて調味料の味しか知らなかったってわけか。情けねぇなぁ(食べる)・・・人参って生で食うと意外とうまい
     な。
玉 男  だろ?(ポリポリ)
ひとみ  (ポリポリ)・・・。
田 川  (ポリポリ)・・・。
玉 男  (ポリポリ)・・・。
田 川  やっぱ、牛丼食いてぇ〜!!
ひとみ  そうね、吉牛の!
玉 男  うぉー!ツユだく大盛りでかっこみてぇ〜!!

客の声  「かわいー!野菜スティック食べてる」

    あわててパンダらしく(?)嬉しそ〜に野菜を食べる3人

客の声  「竹以外でも食べるんだー」
逸 見  ええ、パンダは元々クマ科の動物ですからね。本来は雑食なんですよ。長い年月の間に食糧不足を経験し、入手しやす
     い竹ばかり食べるようになったみたいですけど
客の声  「え、じゃあ、お肉とかも食べます?」
逸 見  ええ、肉も食べるみたいですよ

ひとみ  なぬ?!
田 川  なんだよ!パンダ、肉食っていいのかよ!
玉 男  聞いてないよ!

逸 見  でも牛丼とかは食べませんけどね
客の声  「やだー、パンダが牛丼食べてたら超ウケるー(笑)」
逸 見  はっはっは、ウケますよね、はっはっはっは

田 川  ウケんなら食わせろよ!
ひとみ  そうよ!肉よこせ肉、肉!肉!!
玉 男  園長呼べー!!

    暗転。
    
    不機嫌そうな逸見がたっているそばで、パンダ3人と園長が正座させられている。
    犬養は頭を抱えている

逸 見  だから言ったじゃないですか、どうするんです、これ!(持っていた雑誌を叩く)
田 川  その雑誌、ホント北海道のローカルスキャンダル暴くの得意だよな
逸 見  いくらなんでもやりすぎなんですよ。アホですか、あんたたちは!
玉 男  でもお客さんは大喜びだったのになぁ
ひとみ  入場者数も過去最高だったんでしょ
逸 見  だからって、こんな風に騒ぎになっちゃ、日本一どころか動物園存続だって危うくなるでしょう
園 長  いや、おれはね、パンダが牛丼・焼肉早食いショーやるのはさすがにまずいんじゃないかなぁ〜とは思ったのよ?
田 川  あ、汚ねぇ!自分だってノリノリだったくせに
逸 見  だったらなんで許可したんです。
園 長  なんか、パンダくんたちの情熱にうたれて・・・
逸 見  園長!
園 長  は、はいっ!すみませんでした
逸 見  すみませんでした、じゃありませんよ。どうするんですか、この、偽パンダ人間疑惑!こんなにデカデカと書かれ
     ちゃって・・・あ〜も〜
園 長  どうしようね〜???
犬 養  うーん、ここはひとつ逆転の発想で「木の葉を隠すなら森の中に隠せ」作戦でどうでしょう
逸 見  なんですかそれ
犬 養  園長!いまこそ、パンダフルサンデー大作戦を立ち上げるときです!
園 長  そうか、その手があったか!みんな、今すぐ準備だ!来い!(去る)

    一同、園長のあとについて退場。

逸 見  (去りながら)パ、パンダフルサンデー大作戦?!

    前奏。明かりショウタイムのものに代わる。
    犬養、急ごしらえのフリフリスカートで登場。
    田中○児「ビューティフルサ○デー」を思わせるような曲「パンダフルサンデー」熱唱。

犬 養  ♪晴れやかな日曜〜輝くわ太陽〜いえい〜いえ〜い!イッツァ、パンダフォーデー
     ぱ・ぱ・ぱ・パンダフォーサンデー

    ぱぱぱでパンダ3人登場。パンダ「フォー」の部分で、明らかにクオリティに落ちたいかにも偽者らしいパンダ姿(帽子
    と手袋だけ)のかなこが4人目のパンダとして登場。
    3匹と1人のパンダユニット「パンダフォー」として犬養の歌に合わせて踊り狂う。
    客からの大歓声。逸見と園長が登場。みんなのステージを袖から見ている

逸 見  すごい、大場さんが扮する明らかにバレバレのパンダを交ぜることによって、他の3人が本物のパンダにしか見えな
     い・・
園 長  「木の葉を隠すなら森の中に隠せ」この場合、状況はちょっと違うが、まさしく逆転の発想による成功例だ。

犬 養  ぱ、ぱ、ぱ、パンダフォーサンデー

園 長  日曜日限定企画・パンダフォーサンデー。
逸 見  日曜だけ、偽者が混じるとはいえ、パンダが4匹になる、という触れ込みのこの企画・・・・

犬 養  これはぱ、ぱ、ぱ、パンダフォーパンティ〜

    パンダ、パンダフォーパンティを振りかざしながら踊る
  
犬 養  さらに、ぱ、ぱ、ぱパンダフォーパンタロン〜

    以下、パンダフルサンダル、パンダフォーパンケーキ、など次々と歌に合わせてパンダグッズがパンダたちによって披露
    される

犬 養  パンダフォーグッズ!(歌終わり)みなさん、これらのパンダフルグッズはお土産売り場コーナーで販売しています。
     どうぞよろしくお願いしまーす。

逸 見  しかも便乗商法もバッチリ。
園 長  パンダニセモノ疑惑を払拭し、なおかつグッズ販売で大繁盛。
逸 見  まさに一石二鳥のウハウハ企画・・・!園長!あんたは天才だ!
園 長  逸見くん・・!
逸 見  園長!

    ふたり、感極まって星と伴のように熱く抱きあう。
    場面かわって楽屋裏。ステージを終えたメンバーが次々に戻ってくる

田 川  いや〜・・・盛り上がったな!
玉 男  かなちゃん、超可愛いよ!!
ひとみ  メイド服きて帽子と手袋だけパンダって、いかにもオタク向けのコスプレよね、
かなこ  そういえば、大きいお兄さんたちの声援が特にすごかったです。
玉 男  だって、可愛いもーん
ひとみ  ・・・・私もそういうカッコがよかったな。
田 川  ばーか、それじゃお前までニセモノだってバレちまうだろ。
犬 養  あー、汗かいた。
かなこ  犬養さん、お疲れ様です。
玉 男  犬養さん、意外な歌声で俺ビックリしちゃったよ
犬 養  ふふふ、私も昔はロリコンオタクキラーと呼ばれたもんよ
玉 男  うわぁ、見たかったなぁ〜その頃の犬養さん
田 川  ほんとにあと30歳若ければなぁ!ははは・・・いえ、何でもないです・・・
逸 見  (登場)みんなお疲れ様、いやぁよかったよ!便乗グッズも結構な売れ行きだぞ
かなこ  でしょうね!こうゆう可愛いの、若い女の子は弱いんですよ。
犬 養  田川さん、娘さんにどう?
田 川  そうだなぁ
かなこ  このパンダフルパンティなんかいいんじゃないですか?
ひとみ  勝負パンツには可愛すぎるけどね
田 川  いらねぇよ勝負パンツなんか。うちの娘はまだ子供なんだから、
ひとみ  そう思ってるのは父親だけだったりするのよね〜
玉 男  高校生でしょ、彼氏くらいいるんじゃないの?
田 川  ないない、いるわけない!高校生なんてまだ子供だって
かなこ  でもあそこのカップルだって、女の子、高校生くらいじゃないですか?
玉 男  ん?男の方はどう見てもオッサンじゃね?(カップル登場)・・・なんだ、あれ親子?
逸 見  いや、親子であんな腕組んで歩かないだろ・・・
かなこ  えー?じゃあ・・
田 川  なんだぁ?援助交際ってやつかぁ?
ひとみ  そうかも。ほら、あそこのカップル
田 川  ったく、近頃のガキは、親の顔がみてぇよよよ、洋子〜〜〜?!(飛び出していく)
一 同  え?!
洋 子  ぱ、パ、パ・・・パンダ?
田 川  洋子、なんだそいつは!
彼 氏  パ!パンダがしゃべった!!
田 川  パンダじゃねぇ!
逸 見  (かなこと一緒に走ってきて) いえ!パンダです!
かなこ  パンダのライライです!ね!ライライ!
田 川  ライライって呼ぶんじゃねぇ!
逸 見  と、とにかくこっちへ!(と、強引に田川と娘と彼氏を楽屋裏へ引っ張り込む)
かなこ  (逸見を手伝いながら)はい!今日の飼育部屋特別見学できるラッキーなお客様はこ
     ちらのおふたり〜(と、ひとみと玉男がいる楽屋裏へ)
彼 氏  え?え?え?
ひとみ  も〜田川さんたら急にとびだしていくんだもん
玉 男  パンダって言うよりイノシシみたいだったな
かなこ  ライライったら、もう!お客様に話しかけたらだめでしょ!
逸 見  人間ってバレたらどうするんです!
田 川  この一大事に、んなこた気にしてられるか!
彼 氏  え?え?え? 
洋 子  ライライって・・・まさかお父さん?!
彼 氏  え?お父さん?、パンダが?
田 川  洋子!
洋 子  なにやってんの、お父さん
田 川  お前こそなんだ
彼 氏  なに?あのパンダさん、ヨコタンのパパ?
田 川  ヨコタン?!
洋 子  パパじゃないわ、お父さんよ
玉 男  同じだろ
逸 見  いや、同じじゃないだろ
ひとみ  ああ、違う意味のパパもいるもんね
彼 氏  ヨコタンのお父さんですか、
田 川  誰がヨコタンだ!洋子、お前まさか・・・え、え、援、助、交・・・
洋 子  お父さん、なに言ってんの?!
田 川  だってお前、じゃあ、なんだって、そんなオヤジと腕なんか組んで歩いてんだ!俺となんか1度だって腕組んだことな
     いじゃないか!
洋 子  やだ、あたりまえじゃない!なんでお父さんなんかと腕組んで歩かなきゃいけないの?!気持ち悪い!
田 川  き、気持ちわるい・・・(ショック)
ひとみ  ライライしっかり!
田 川  気持ち悪いって言われた・・・娘に、気持ち悪いって(大ショック)
犬 養  年頃の女の子はそういうもんですよ、
かなこ  うんうん、多感な時期ですもん、お父さんが嫌いになっちゃうんですよ。
田 川  き、キライ・・・(更にショック)
彼 氏  キライはひどいですよ。ヨコタンもお父さんに対してあんまりだよ。謝って!
洋 子  だって、ふーちゃん!お父さんたらひどいこと言うんだもん
田 川  ふーちゃんってなんだ!ふーちゃんって!
洋 子  ふーちゃんはふーちゃんよ!
田 川  そんなオヤジを親しげに呼ぶな!援助交際じゃなかったら、なんだそいつは!
洋 子  ふーちゃんはカレシよ!
田 川  かっ!(後が続かない。あまりのことに一瞬で灰になっている)
ひとみ  カレシ!
洋 子  わかりきったこと聞かないでよ!
玉 男  わかりきってない、わかりきってない。
ひとみ  ちょっとごめんなさい、その方、おいくつ?
洋 子  なんですか、あなた。
ひとみ  え?えーと・・・なんだろ?同僚っていうか・・・
逸 見  パンダです
ひとみ  そう、パンダです。
洋 子  なんで、お父さんとペアルックなんか着てるんですか?!
ひとみ  はぁ?
逸 見  ペアルック・・・?
洋 子  ハッ!まさかお父さんが家に帰らなくなったのって・・・
ひとみ  え?
洋 子  いくら電話しても電源切ってるし、メールの返事もないと思ったら・・・この女と浮気?
     ひどい、お父さん!
田 川  へっ?!
ひとみ  え、ええ〜誤解です、誤解!私と田川さんはそんなんじゃ・・・
洋 子  じゃあ、なんですか、そのペアルック!(パンダの着ぐるみをさす)
ひとみ  ペアルックって
かなこ  ペアルックに見えるんだ・・・
玉 男  あのー・・・僕もいるんですけど
洋 子  お母さん可哀想だよ!お父さんったら家出の果てにそんな浮かれたペアルックで不倫なんか楽しんじゃって
田 川  なに言ってるんだ、おれがいつ・・・
洋 子  もういい、お父さんが好きなことするんなら私もする。私もふーちゃんとペアルックでラブラブしちゃうんだから!行
     こっ、ふーちゃん
田 川  洋子!待て、おれの話を聞け!
彼 氏  ヨコタン、待って!ぼくまだお父さんに挨拶してないし
田 川  あ、挨拶なんかいるかー!!
彼 氏  お父さん、落ち着いて、
田 川  お父さんって呼ぶな!大体いくつだ、てめぇ!オッサンのくせに若い娘たぶらかしやがって
洋 子  酷っ!お父さんだって、そんな若い女たぶらかしといてなによ!
田 川  おれはたぶらかしてない!
ひとみ  そうよ!たぶらかされてなんかないわ!
洋 子  じゃあ、あんたが、おとうさんたぶらかしたのね!このメギツネ!
ひとみ  メギツネ!?
玉 男  いや、パンダですけど
逸 見  うわぁ・・女狐なんて罵声、リアルではじめて聞いた、
かなこ  私も私も!ホントの修羅場なんてはじめて!
彼 氏  ヨコタン落ち着いて、そんな言い方しちゃダメだよ。
洋 子  だって、お父さんたらこんな若い人と!
彼 氏  それは僕らと同じだよ、愛に歳の差なんか関係ない。そうだろ?ヨコタン・・・
洋 子  ふーちゃん・・・
田 川  こらー!見つめあうなー!
彼 氏  お父さん、僕たちは確かに三十一歳も違う歳の差カップルです。だけど、ふたりの愛は本物なんです!
田 川  さんじゅういち・・・四十九か!俺よりも年上じゃねぇか、このやろー!!許さーん!!
洋 子  もうっ、お父さんのばかー!!お母さんに言いつけてやるからー!!(彼氏の腕をつかんだまま走り去る)
彼 氏  (引っ張られながら)ヨ、ヨコタ・・
田 川  洋子〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!


    暗転。

    数日後。パンダーランド内
    玉男とひとみがバランスボールでゴロゴロしながら会話している


玉 男  で?今日もライライの家族からは何のコンタクトもなし?
ひとみ  そ。だからライライ、外出許可もらいに、いま園長のとこ直談判に行ってる。
玉 男  パンダがパンダーランド出ちゃダメだろ。しかしそうか、それでかなちゃんが「お散歩タイムでーす!」とか叫びなが
     らついていったのか。
ひとみ  かなちゃんも飼育員としてフォロー大変よね。でもお散歩タイムなら私も出たかったなぁ。
玉 男  でもバラバラに散歩するわけにはいかないんだからライライにつきあって園長のとこいかなきゃならないだろ。
ひとみ  あ、そうか
玉 男  しかし、家庭もちも大変だなぁ
ひとみ  そういえばプンプンってネットカフェ難民だったっけ
玉 男  出会ったときは金無くてホームレスだっただけどね
ひとみ  ね、そういうのってさ、最近多いけど親元に帰ろうとは思わないの?
玉 男  …。
ひとみ  あ、農家だっけ。下手に帰って跡継ぎにされるの嫌だったとか
玉 男  いや、うちもう農家辞めてるし
ひとみ  あ、そうなんだ
玉 男  別に農家は嫌じゃなかったよ。近くにコンビニもない田舎だったけどそれも嫌いじゃなかった
ひとみ  じゃあ、なんで帰らなかったの?
玉 男  うちの親はさ、すげぇ真面目でさ。朝から、晩まで働いて・・でも金儲けは下手だったんだな。農家辞めるとき、オレ
     はなんにも知らされなかったんだよなぁ。
ひとみ  離れて暮らしてたからでしょ?
玉 男  いや、あの頃オレはまだ高校生で、そりゃ相談したってなんの役にもたたないガキだったけど、でも言って欲しかっ
     た。家族なんだからちゃんと話して欲しかった。
ひとみ  ・・・。
玉 男  「お前は心配しなくていいから」って
ひとみ  心配させたくなかったんだ。
玉 男  そうやっていつもオレは蚊帳の外だ。オレが家を出た後、固定資産税とか払い続けるのが大変だったみたいで、畑だけ
     じゃなく家も売ることにしたらしいんだけど、肝心の引越し先が決まらなくてさ、母親の実家の世話になってたみたいな
     んだ。でも相変わらず「お前は心配しなくていいから」って
ひとみ  それはちょっと・・・寂しいかも
玉 男  それでさ、オレもオレのことは心配しなくていいからって何も相談しなくって、会社つぶれて・・・でもいまさら、
     引っ込みつかないだろ?親元帰るにしたって、まだ母親の実家にいるかどうかも怪しいし
ひとみ  じゃあ、連絡とってないんだ?
玉 男  そりゃ、パンダになってからは俺たちみんな同じだろ?
ひとみ  私が言ってるのはパンダになる前の話。まぁ、私も親とはまともに連絡とってないけど・・・
玉 男  ああ・・・まぁ連絡しづらいよなぁ(気まずげに)
ひとみ  いや、結婚が駄目になったこともそうなんだけどぉ、母親はあの調子だし、ローン地獄がばれて余計に干渉もすごかっ
     たっていうか・・
玉 男  でも前金で借金きれいにしたんだろ
ひとみ  おかげさまでね。
玉 男  うちの親も、パンダ報酬の前払い金、全部親の口座に振り込んでおいたから、住むとこぐらいなんとかなったろ
ひとみ  全部?あんた一文無しだったくせに全部親に?
玉 男  だって、契約のとき生活費は一切かからないし、1年間拘束されて使う暇ないって話されたろ?契約更新したら、また
     金はもらえるし、自分の分は後でなんとかなるだろ
ひとみ  それにしたって、
玉 男  それにオレ、ローンとか一切利用してなかったしなぁ(笑)
     悪かったわね。
玉 男  ははは
ひとみ  あんたってさ、
玉 男  うん?
ひとみ  なんでもない
玉 男  なんだよ
ひとみ  ただの変態じゃないんだなって思ったの!
玉 男  誰が変態だよ、ひっでぇ!
ひとみ  あははは!だって、しゃべり方も初めてあった頃は変だったしさ
玉 男  ああ、あのしゃべりかたね、ネットに書きこむときの口調がそのままつい口に出てたから
     なぁ。しばらくネットもしてねぇなぁ
ひとみ  わたしも前は一日に何回も見てたけど・・・まぁ、こんな姿を自撮りしてアップするわけ
     にはいかないしね
玉 男  まぁな〜前はネットなしの生活ありえねぇと思ったけど、無きゃ無いで平和だ
ひとみ  そうね、焦ったり、苛立ったり、買ったブランドものアップして優越感にひたったり、な
     んであんなに一生懸命だったのかな〜
玉 男  (ひとみを見てしみじみと)・・・今の方がいいな
ひとみ  かもね、こんな穏やかに暮らすのも悪くないわ
玉 男  いや、お前のこと。
ひとみ  は?
玉 男  はじめて会ったときは、ブランドもん買うために必死だったろ、あんときの鬼気迫る顔よ
     り、今の方がやさしい顔してる
ひとみ  え?!(どっきーん!)な、な、(動揺)
玉 男  まぁ、そのパンダメイクでそう見えるのか
ひとみ  な、なによ、もう、・・・この顔で優しい顔も何もないでしょ
玉 男  いや、でも、うん。今の方がいい。ははは
ひとみ  ぷ、ぷんぷんも今の方がいいよ、そのしゃべり方、普通っぽいし
玉 男  ははは、しゃべり方かぁ〜自分じゃあんまり意識してないから、よくわからないけどなぁ
ひとみ  いや、ほんと、きもかったからね?
玉 男  ひっでぇ

    ふたりいい雰囲気で笑いあう。
    場面かわって、園長室。田川が園長や飼育員にかけあっている

園 長  そうか、それは大変だったねぇ。
田 川  だろ?だから頼むよ〜
園 長  娘さん、十八歳だって?
田 川  ああ、
園 長  相手四十九歳かぁ。守備範囲広いなぁ。
田 川  園長!
園 長  ああ、ごめんごめん。で、ぼく何したらいいの?
田 川  私に外出許可をください
園 長  出てどうすんの
田 川  そんなの1つしかないでしょう!
園 長  1つとは?
田 川  まず、娘の目を覚まさせて彼氏と別れさせる。そして俺の不倫疑惑をはらす。それから嫁さんと久しぶりに・・・
逸 見  1つじゃないだろ、それ
犬 養  それより、娘さんにパンダがお父さんだってこと口止めしてもらわないと・・・
逸 見  そうですよ、どっから情報もれるかわからないからこそ、これまで厳戒態勢しいてきたのに
田 川  だから、それも含めて対処してきますって!とにかくこっから出ないことには話にならないんだよ、いえ、話にならな
     いんですよ、お願いします!
園 長  ん〜でもねぇ。明日は恒例のパンダフルサンデーだし
かなこ  今日だってこのあとサタデーナイトフィーバーショーがあるんですよぉ
田 川  園長〜〜客もパンダ一匹くらい少なくても気づきませんって!
園 長  気づくよ!せめて月曜日まで待ってよ。そしたら外出許可あげるから
田 川  そんなに待てねぇよ!娘が来たあの日からもうすでに一週間たってるんですよ、なのにあれからまったく音沙汰ないん
     だから。
逸 見  音沙汰ないって・・・仕方ないでしょう、携帯はこっちで預かってるんだし
田 川  でも嫁の方から動物園に電話してくるとか、直接ここへ来るとか、
かなこ  娘さん、奥さんには告げ口してないとか
田 川  いや、それはない。うちの娘は嫁にはなんでも話すんです。俺が浮気したって娘から聞いたはずなのに、なのに来な
     い・・・
逸 見  それはもう、田川さんのことを見限ったってことじゃ・・・
田 川  く、久美子〜誤解だぁ〜!!
かなこ  落ち着いて、田川さん!!
犬 養  じゃあ、私がちょっと行ってきます。
田 川  へ?
犬 養  田川さんちに行って、誤解を解いて、ちゃんと説明してきます。
園 長  犬養さん、それは・・
犬 養  娘さんにパンダ姿見られた以上、放っておくと大多数の人間にパンダが偽者だとバレてしまいます。それよりはプロ
     ジェクトの内容をしっかり説明して秘密を共有してもらうのが1番じゃないでしょうか
園 長  それもそうだな
犬 養  田川さん安心して。奥さんに浮気は娘さんの早とちりだってちゃんと説明しますから
田 川  犬養さーん!(泣)あと娘の彼氏のこともお願いします!
逸 見  それはさすがに・・・
犬 養  わかりました、できる限りのことはやってみます
田 川  犬養さん!
逸 見  そんな、どうするんです。奥さんの誤解を解くみたいに簡単にはいきませんよ
犬 養  まかせてください、娘さんの彼氏を私の魅力で誘惑します!
一 同  え・・・。
犬 養  大丈夫。女とメロンは腐りかけが1番美味しいんです。ねぇ?
かなこ  確かに
逸 見  いや、それは人それぞれだと・・・
犬 養  では奥さんや娘さんの誤解を解いて、彼氏をメロンメロンにしてきます。
田 川  あ、ああ、お願いします。
犬 養  (去りかけて) あなた方ももう、ショータイムの時間ですよ。ほら、
かなこ  ああ!もうこんな時間じゃないですか!田川さん行きますよ!ほらっ
田 川  ああ、じゃ、じゃぁ、よろしく頼みます。(かなこに引っ張られながら去る)

    パンダーランド。玉男とひとみがステージ裏で振り合わせをしながら会話している。

玉 男  じゃあ、言ってたのと真逆のタイプだったんだ?
ひとみ  そうよ〜あいつ、私には自分の隣に立つに相応しい身なりをしてくれとか言ってたくせに、その女、しもむらばっか
     じゃん!みたいな。頑張ってた自分がばかみたい
玉 男  見る目ないなぁ〜そいつ。
ひとみ  そうよ〜、そりゃ、しもむらもオシャレだけど素材や作りが安物だってわかるはずなのに
玉 男  いや、そういうことじゃなくてさ・・・自分の好み押し付けてさ、ひとみちゃんの本当のよさ理解しないまま、健気に
     自分にあわせようとしてたひとみちゃん捨てちゃうなんてさ・・・見る目ないよ、そいつ。
ひとみ  (むっちゃ動揺して)ちょっと、急に名前で呼んだら照れるじゃない!も、も〜!プンプンったら!ま、まぁ、見る目
     ないのは私も同じなんだけどね。
玉 男  だからさ、ブランドものなんかで武装しなくても好きになってくれるような男にしたらいいんだよ。たとえば・・・俺
     とか
ひとみ  それって(胸きゅん!)
玉 男  探せばいるよ、俺みたいな見た目で女を選ばないヤツがさ
ひとみ  え?ああ、探せばほかにね・・・あは、ははは、そういう意味ね、はは、紛らわしいっ
かなこ  (田川連れて登場)お待たせしました〜〜
玉 男  待ってました〜!う〜ん、やっぱキャワユイね〜かなちゃん!
かなこ  もう、調子のいいことばっかりぃ
ひとみ  ・・・・。(ぼそっと)確かに見た目では選んでないわよね・・ったく、なんなのよ、も
     う・・・・不覚。またときめいた・・・悔しい〜!いろんな意味で悔しい〜〜〜
田 川  (悶えるひとみに)どうしたんだお前

    かなこがステージに飛び出す。

かなこ  さぁてみなさまお待ちかね!サタデーナイトフィーバーショーのはじまりだお!

    大歓声とともにイントロ。パンダがわらわら出てきてバックで踊り、カナコが歌う。
    (暗転でショー部分は冒頭のみでカット可。たっぷり歌って踊りたいならご自由に)

かなこ  ありがとうございました!いつものようにパンダフォーグッズはお土産売り場コーナーで絶賛販売中で〜す(拍手)

    場面かわって楽屋裏。ステージを終えたパンダ3人が戻ってくる

玉 男  はぁ〜着ぐるみで踊るのはキッツイなぁ
田 川  おれ、この毛皮モコモコで踊るの、限界!暑い!
ひとみ  同感〜ぶっ倒れるわ!
犬 養  (登場)田川さん、
田 川  犬養さん、早かったですね。
犬 養  あのね、田川さんのお宅って、この住所であってるのよね?
田 川  ええ、あってますよ。あれ?わかりませんでした?ひときわ目立つオレンジ色の喫茶店みたいな家なんですけど。いや
     ね、嫁の希望でいずれは夫婦ふたりで喫茶店やろうってね、それで、ああいう造りにしたんですけどね
犬 養  じゃあ、あの家で間違いないのよね・・・
田 川  ってことは、間違わず行ったんですね。あ、誰もいませんでした?
犬 養  ええ。
田 川  なんだ、留守でしたか。近くに買い物でもいったのかなぁ
犬 養  いえ、買い物じゃないと思います
田 川  は?
犬 養  ・・・、お宅、空き家になってました。
田 川  は?
ひとみ  どういうことですか?
犬 養  玄関のとこに「売り家」って張り紙があって
田 川  ちょっと、なに言ってるんですか
かなこ  (登場)あ、犬養さんお帰りなさい
犬 養  かなちゃん、金庫から田川さんの携帯とってきて。
かなこ  え?
犬 養  早く。
かなこ  は、はい。(走り去る)
田 川  ちょっと、冗談でしょ。
犬 養  田川さんの携帯でかけてみましょう。
田 川  嘘でしょ、空き家なんて
犬 養  ・・・。
田 川  あの家はね、将来ふたりで喫茶店やろうと思って、表玄関も二つ作って・・・
かなこ  持ってきました!

    ひったくるように携帯を奪い、電話する田川。

声  「お客様のおかけになった電話番号は現在使われておりません」

    何度もかけ直す田川。繰り返される応答メッセージ。

かなこ  あの、いったい何があったんですか?
ひとみ  あ、うん、あのね、(田川の方をちらりと見てから)ちょっとこっちに(かなこをひっぱ
     って隅のほうで小声でかなこに説明する)  
田 川  くそ!

    再び携帯をかける田川。今度は通じる。

田 川  あ、もしもし?田中さんのお宅ですか?私、隣の田川ですが・・・・ええ、いつもどうも。実はいくらうちに電話して
     も通じないんですよ。申し訳ありませんがちょっと様子を見にいってくれませんか?・・・・引越し?・・・どこ
     へ、・・・そんな、何か聞いてるでしょう。ちょっと、・・あ、もしもし?もしもし!

    ツーツー。

田 川  うそだろ・・・
玉 男  なんだよ、お隣の田中さん、冷たくねぇ?
逸 見  田舎ならともかく、こんなもんじゃないか
かなこ  田川さん
田 川  そうだ携帯、嫁の携帯はあ〜・・・これだ(かける)

声    「この電話は現在ご利用いただけません」

    何度もかけ直す田川。繰り返される応答メッセージ。

田 川  ・・・。(携帯を放り出して去りかける)
ひとみ  田川さん
玉 男  おい、どこへ行くんだよ
田 川  帰る
玉 男  え、ちょっと
田 川  離せ、帰るんだよ
玉 男  ちょっと待った、落ち着こうよ
犬 養  まだ娘さんに電話してないでしょ
田 川  娘にかけたって同じだよ!
犬 養  でもやってみないと、ほら!

    田川、携帯を受け取らない。

犬 養  じゃあ、私がかけます
田 川  どうぞご勝手に!

    犬養、田川の携帯をいじる。田川去りかける。

かなこ  田川さん、ちょっと待って
ひとみ  そうよ、引っ越しちゃったのに帰ったってしょうがないでしょう。
玉 男  そうだよ、とにかく落ち着いて。いまおれたちパンダなんだから
田 川  うるさい、何がパンダだ、こんなばかばかしいことやってられるか
ひとみ  ばかばかしいことって
玉 男  なんだよ、いまさら
ひとみ  パンダだって立派な仕事よ、そう言ったのライライでしょう。
田 川  ライライって呼ぶな、おれは田川だ!パンダなんかじゃねぇ(被り物をとる)

    ざわめく客。騒ぎにきづいて逸見と園長がかけこんでくる。

逸 見  なにやってるんだ田川!楽屋裏ったって、角度によってはお客さんから見える場所なんだぞ!
園 長  うわー、おしまいだー!
ひとみ  なにやってんの、ライライ!
玉 男  そうだよ、ちょっと家族がいなくなったくらいで
田 川  「ちょっと」ってなんだ、「ちょっと」って、すげぇ重大なことだぞ!
玉 男  あ、ごめん、いまのは言葉のあやで・・でもさ
田 川  お前らにはわかんねぇんだよ!
玉 男  わかんないって、
田 川  家族はなぁ、一緒にいなきゃダメになんだよ。一緒の家に住んで、一緒にメシ食って、一緒にテレビ見て、一緒に笑っ
     て・・・、とにかく、一緒に暮らさないと、家族が家族じゃなくなっちまうんだよ
かなこ  離れてたって、お父さんはお父さんですよ
逸 見  そうだ、親子に違いないだろ
田 川  確かに親子は親子だ。一生死ぬまで親子だよ。だけどな家族じゃなくなるんだよ。
玉 男  なんだよそれ
田 川  お前、言ったよな、「俺は家庭は持ってない、自由気ままな一人暮らし」だって。でもお前にだって生きてる親がいる
     んだろ、でも家族じゃない。違うか
玉 男  ・・・。
田 川  家族ってのは、一緒に泣いたり笑ったり、お互い支えあって一緒に人生を生きてくもんだろ。金だけ渡して後は何も知
     らないって、引越し先すら知らないって、そんな家族あるかよ?
玉 男  悪かったな、悪かったな、なんにも知らなくて!仕方ないだろ、なんにも、なんにも話
     してくれなかったんだから!
ひとみ  プンプン、あなたのことじゃない、田川さんは自分のこと言ってるんだから。田川さん
     も、ちょっと落ち着いてって
田 川  おれは帰る。もうパンダは辞めだ。おれには守んなきゃいけない家庭があるんだ。こんなところで家にも帰らないでパ
     ンダやってる場合じゃねぇんだよ!
玉 男  誰も住んでない家に帰ってどうすんだよ
田 川  いいんだ、俺はあの家で家族が帰ってくるまで待つ
玉 男  ちょっ、待てよ!
田 川  離せって
洋 子  (登場)帰ってきたって仕方ないんだから。ちゃんと仕事しなよ。大人でしょ
田 川  洋子!
犬 養  早かったわね
洋 子  電話もらったとき、もうすぐそこまで来てたから
田 川  洋子、なにがどうなってんだ
洋 子  あのね、お母さん、入院しちゃったの
田 川  なんだって!
洋 子  それで入院や手術するのに家族の同意書とかいろいろ必要だから来た。
田 川  手術?!
洋 子  うん、今おばあちゃんも入院しちゃってるからさ、お父さんに署名とかハンコもらおうと思って
田 川  ばあちゃんも?いや、それより手術ってなんだ、そんなに悪いのか
洋 子  ううん、ただの虫垂炎。
田 川  ちゅうすいえんって・・・、盲腸?
洋 子  うん、手術っても3日くらいで退院できるみたい
田 川  な・・・(脱力)
洋 子  だから別に心配ないよ、お母さんは。あ、おばあちゃんは転んで足を骨折しちゃったの。入院はしたけどたいしたこと
     ないよ。それよりお父さん、なに大騒ぎしてるのよ?
田 川  だって、おまえ、うちが、空き家になってたって、売り出されてたって、
洋 子  あ〜・・・うん、ごめん、バタバタしてて連絡忘れてた。っていうか、連絡できない状態だったのお父さんの方よね
田 川  それはそうだけど、だけど、そんな大事なこと、なんで勝手に決めてんだよ、どういうことだよ、おれはもう、なにが
     なんだかサッパリ
洋 子  だよね、も〜だから言ったのに、お母さんってば・・・やだ、お父さん?なんで泣いてんの?あ、やっぱりショックだ
     よね、こだわって建てた家を売るなんて
田 川  家なんかいいんだよ!(泣く)
洋 子  え
ひとみ  田川さーん、
犬 養  安心したら気が抜けちゃったのね
逸 見  すごく心配した後だからな。家じゃなくて、あんたたち、妻と子供のことだよ
洋 子  ・・・お父さんさぁ・・・(ちょっと笑って)もう、お母さんガッカリするよ?お母さん、家族だから大丈夫だって
     笑ってたのに。
田 川  家族だから大丈夫?
洋 子  ん。信頼しあってるから、勝手に決めちゃっても、報告が後回しになっちゃっても大丈夫だって。
田 川  ・・・・。
洋 子  ・・・やっぱマズイか。だよね、勝手に引っ越したら何かと思うよね、
玉 男  まぁ普通は愛想つかして家出とか思うかな
洋 子  全然そんなんじゃなくて、おばあちゃんがね、今は入院しちゃったけど、もうひとり暮らしが無理なのよ。それで一緒
     に住むことにしたんだけど
犬 養  田川さんの家に呼ぶんじゃなくて、あなたたちがおばあちゃんの家に引っ越したのね
洋 子  うん、今まで住んでた家の方が新しいし、思い入れもあるんだけど、最近、うちの近く物騒でさ、お向かいのエミちゃ
     んは変な男につけまわされるし、お隣の田中さんは空き巣にはいられるし
玉 男  あ、さっきライライが電話かけたお隣の人か、ちょっと塩対応の・・
洋 子  塩対応って・・・もとは気さくなひとだったんだけど、空き巣のあと、企業秘密が流出しちゃったとかで、ちょっと人
     間不信になっちゃったのよ
逸 見  いまサラッとすごい話が出ましたね、
洋 子  まぁそれで、おばあちゃんちで暮らすことにしたってわけ。
玉 男  でも別に家は売らなくてもいいんじゃないか?ほとぼり冷めたら戻れるだろ?
洋 子  それは・・・(ちらっと父を見る)
田 川  なんだよ、俺には言えないことか、
洋 子  なによ、その言い方。言わせて貰うけど、お父さんだって、仕事クビになったの隠して
     たよね。わたしたち知ってた。ずっと相談してくれるの待ってた。なのにある日突然、
     変なこと言って、帰ってこないし連絡はつかないし
かなこ  あ、そのへんは、こちらにも責任が・・・そういう条件での契約だったので
洋 子  おまけにあんな大金、口座に振り込まれてるし
玉 男  普通に考えると怪しいよな〜
洋 子  お母さんね、カフェやるためにお父さんが無理してるんじゃないかって、あのお金、や
     ばいお金に手を出したんじゃないかって
逸 見  あ〜、普通、そう思いますよね
洋 子  偶然かもしれないけど、ちょうどうちにイタズラ電話あったり、お母さんの携帯にワンキ
     リあったり
ひとみ  そういうときって、なんでも怪しく思えちゃうのよね
洋 子  だから家の電話は引越しのついでに解約して、お母さんの携帯は番号変えたの。私のは特
     に何もなかったから変えてないけど
犬 養  だから洋子ちゃん以外には電話が通じなかったのね
洋 子  とりあえず、家も売ってお金をつくっておこうって、あの大金、あきらかにやばいし
玉 男  それで売り家になってたわけか
洋 子  家は惜しいけど、お父さんがヤバイ状況になってたら、お金で解決できるなら解決して
     お父さんのこと助けたいからって、お母さんが。
玉 男  愛されてるなぁ!
逸 見  なんかおれ、結婚したくなってきた
犬 養  あら、わたしでよければ・・
逸 見  (食い気味に) や、大丈夫です
洋 子  お父さん
田 川  ・・・。
洋 子  やっぱ怒ってる?ほら、カフェはさ、おばあちゃんの家の縁側のある部屋!
     あそこを改造したら、よくある古民家風のお店にできそうだし、なんとかなるよ、ね?
ひとみ  古民家カフェ! いま人気ですよね、いいじゃないですか田川さん!
田 川  ・・・。
洋 子  お父さん
田 川  ・・・。
洋 子  お父さんってば、
ひとみ  田川さんってば、何か言ってあげなさいよ
田 川  ・・・。
洋 子  ・・・パンダちゃーん!(いきなり父に抱きつく)
田 川  よ、洋子?!
洋 子  パンダちゃん、可愛い〜(抱きついたままグリグリ
田 川  おい、なんだよ
洋 子  パンダちゃん、可愛い〜、も〜大好きパンダちゃん、
田 川  おい
洋 子  大好きだよ?
田 川  ・・・。(口元が緩む)
洋 子  あ、笑顔になった
田 川  こ、このやろ、親をからかうな
洋 子  親じゃないよ、パンダだもん
田 川  なにぃ
洋 子  父親だったらこんなハグしないもん。恥ずかしい
犬 養  そうよね、普通、年頃の娘は父親に抱きつかないわよねぇ
ひとみ  うん、抱きつかない。
かなこ  抱きつきませんねぇ
田 川  パンダだから?
洋 子  うん、パンダだから
田 川  パンダだから・・そうか・・・
洋 子  えヘヘ
田 川  へへ(つられて笑う)あー、おい、さっき言ったこと取り消し!
逸 見  なんですか?
田 川  前言撤回。パンダやめるのやめた!
ひとみ  ライライ!
かなこ  ホントですか?
田 川  ああ、おれもう一生パンダでもいい
逸 見  ゲンキンだなー
園 長  一応うち六十歳定年なんだけど
犬 養  園長、これいけるんじゃない?
園 長  なにが?
犬 養  モグモグタイムならぬハグハグタイム。
玉 男  !!
園 長  ハグハグタイム!
玉 男  イイ!むっちゃイイ!犬養さん、あんた天才だ
ひとみ  プンプン、テンションあがりすぎ
玉 男  うおーハグハグタイム!こう、たくさんのキャワユイ女の子が群がってきて(抱きつくアクション)キャー!うっ
     そー!可愛いー!やっだー!って、うぉ〜!!
かなこ  プンプン・・・
洋 子  なんかやばくない?
犬 養  マズイ提案しちゃったかしら
逸 見  いや、妄想とはいえ、いま幸せの絶頂のいるんだ、大目に見よう
犬 養  っていうかさ、肝心なこと忘れてない?
一 同  ん?
犬 養  さっきからあのへんのお客さんに見られてる。
一 同  ハッ!(被り物を脱いだままの田川を見て)あーーーー!!

客の声  「い、いやー今日のパンダ劇場おもしろかったなぁ」
客の声  「ホント、まるで人間みたいだったなー」
客の声  「え?今のお芝居だったの?そっかーパンダが人間のわけないもんねー」

    あきらかに棒読みなお客さんたちの白々しい声が聞こえる。

園 長  あ、あの・・・
犬 養  ありがとうございました!また次のショータイムをお楽しみにー!

    一同、客を見送りながら口々に客に礼を言う。
    
園 長  いや〜・・・ばれたかと思ったね!
玉 男  いや、バレただろ
ひとみ  確実にばれたわね
逸 見  むしろ、なんでこれでバレずに済んだなんて思えるんです
園 長  ええ〜
田 川  っていうか、意外とみんな、おれらが人間ってわかってたんじゃねぇのか
逸 見  それは否定できないというか・・(頭痛)
かなこ  でも気づかなかったふりしてくれたわけですし!
玉 男  つまり、なんだ・・・あ〜、俺たち愛されてるってことで、オッケイ?
ひとみ  オッケイー
田 川  よーし、ほんじゃ応援してくれるお客さんのためにも、次のショーもがんばるか!
ひとみ  おっしゃー!暑いだのなんだの言ってらんないわね!
玉 男  ねぇハグハグタイムは?
かなこ  それはもうちょっと詳しく決めてから
玉 男  えー、もう今日からやっちゃおうよ!俺ちゃん全然OKよ!
犬 養  だめよ!やるならちゃんと告知してから。
洋 子  じゃあ、お父さん、向こうでコレ(同意書)名前書いてハンコくれる?病院に持ってかないとお母さん手術できないん
     だ。
田 川  ああ、そうだよ、それは急がなきゃ。盲腸だってそのまんまにしとくと命に関わるんだからな、オイ、かなちゃん、オ
     レの預けた貴重品ちょっと出してくれよ
かなこ  はい、いますぐ。(走って退場)

    ふたりもかなこを追って行きかける

ひとみ  あ、洋子ちゃん。
洋 子  はい?
ひとみ  あ、ライライは先に行ってそれ書いてていいよ、洋子ちゃんだけ
田 川  あ〜?
洋 子  なんですか?
ひとみ  ほら、田川さんは行って!
田 川  あ、ああ。じゃあ先行って書いてるな(去る)
洋 子  で?私になんの用ですか?
ひとみ  いや、用ってほどのことじゃないんだけど、お礼を言いたくて
洋 子  お礼?
ひとみ  うん、あのね、お父さんのこと、・・・ありがとね
洋 子  私、べつになにも・・・
ひとみ  田川さんパンダ続けてくれるって、洋子ちゃんのおかげ
洋 子  それはお礼を言われる筋合いじゃないです。この仕事のおかげで経済的に楽になるし・・・それに、パンダやってるお
     父さんキライじゃないし。離れて暮らしてもお父さんが私たち家族のことすっごい大事ってわかってるから
ひとみ  そっか
洋 子  そうです。お父さん、お母さんのこと超愛しちゃってますから。ほかの女の人が入り込む余地なんかないくらいに。
     じゃあ、私これで
ひとみ  う、うん、また来てね。
洋 子  はい、今度はお母さんと。あなたがお父さんとペアルックきてても、ぜーんぜん愛情にヒビ入ったりしませんから。
ひとみ  はい?

    洋子さっそうと去る

玉 男  プルンプルン・・・なんか牽制されてない?
犬 養  一応、誤解だとは言っておいたんだけど
園 長  やっぱり、疑ってるな、あれは
ひとみ  ちょ!ちょっと、洋子ちゃん!誤解よ〜!あなたのお父さんなんか、そういう意味ではな
     んとも思ってませんから!眼中にないですから〜ちょっと〜〜〜!!
園 長  ここからじゃ、もう聞こえないんじゃない?
ひとみ  もう、どうして、誤解されるかな!
逸 見  そりゃあ、なぁ・・
ひとみ  なによ
逸 見  「お父さんのことありがとう」、って
ひとみ  それか!
玉 男  まぁ、言いたくなる気持ちはわかるけど
ひとみ  確かに私がお礼言う筋合いじゃなかったか・・・
犬 養  いいんじゃない?ここ、大切に思ってるからでしょ
逸 見  うん、あれだけ文句言いながら・・・結構、ちゃんと考えてんだな
ひとみ  はぁ?なに、いきなり・・・・そりゃ、生活かかってるし、将来見据えて貯金だってしなきゃだし
逸 見  ブランドものは?
ひとみ  もういらない
逸 見  いいんだ?
ひとみ  ここじゃ必要ないもん。
逸 見  そりゃそうだ。
園 長  でもこっから出たときの反動がすごそうだねぇ
玉 男  どわーって大人買いしたりね
ひとみ  しないもん
玉 男  どーかなぁ
ひとみ  大丈夫。いまはもう自分になんでブランド物が必要だったかわかったから。だから、もうなくても大丈夫・・・なよう
     な気がしてる
逸 見  ふーん?
田 川  (かなこと一緒に戻ってきて)おいおい何の話だー
ひとみ  田川さんの話じゃないです
田 川  うそつけ、田川さんって家族から愛されてる幸せな人だよね〜とか噂してたんだろ、こんにゃろめ!うっひっひ
玉 男  違うって
田 川  でもな、今はお前たちも俺にとっては大事な家族だぜ!
玉 男  調子いいこと言って。
園 長  まぁ、一緒にメシ食って
田 川  一緒に笑って
ひとみ  支えあって暮らしてるし?
田 川  な?

    玉男とひとみ、目があい、ふたりだけで密やかに笑いあう。

田 川  なんだ?
ひとみ  ううん、なんでもない
田 川  なんでもないことあるか!怪しいぞお前ら!
犬 養  そうよ、いつのまに?
ひとみ  違うって
かなこ  やっぱりそうだったんですね
玉 男  僕はかなちゃんひとすじだよー
かなこ  も〜プンプンたらー調子のいいこと言ってー
園 長  (ひとみに)ちょっと奥さん、あんなこと言ってますぞ
玉 男  奥さんって!もう〜違うって
ひとみ  あー、あのねぇ、私もプンプンも、ここでパンダやってるほうが人間らしいんじゃない?って、このあいだ話してた
     の。
玉 男  いま、それ再確認しちゃっただけ
逸 見  パンダの方が人間らしいって?
ひとみ  そ。世の中の変な価値観に流されないで
玉 男  コンビニ弁当じゃない野菜中心の食事して
田 川  家族みたいな仲間がいて
園 長  みんなに愛されて?
田 川  そう、愛されて!
犬 養  パンダとしてだけどね
ひとみ  でもさ、ここでパンダやってると、ちゃんと生きてる感じするんだ。なんかこう浮世離れしててさ、居心地よすぎて現
     実から逃げてるみたいだけど
田 川  ・・・ばかやろ、これは「逃げ」なんかじゃねぇぞ。
玉 男  そうだよ、「逃げ」なんかじゃない。
かなこ  むしろ、ものすごい攻撃態勢じゃないですか?
田 川  ああ、だって俺たち、すっげぇ野望に向かって走ってんだぜ?
逸 見  打倒、上戸動物園ってな。
園 長  そう、目標は――、
全 員  ニッポン、イチ!
園 長  あん、みんな、それ俺のセリフぅ

    音楽。
    全員が顔を見合わせて勝利の誓いらしきアクション。飼育員たちは1度はけて、パンダたち
    は曲に合わせて踊り狂う。再び飼育員たちがバケツを持って登場。
    曲のサビで「パンダパンダ!」と歌いながら飼育員たち、バケツからパンを取り出しパンダたちに投げる。パンダたちは
    「パンだパンだパンだ!」と喜びパンを奪い合う。投げられたパンを見て客が「パンだ」と無自覚のうちに駄洒落をつぶや
    いてくれることを願って(笑)
 
       幕   

 
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