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ウソをつく。本当のことを、
岩野秀夫
2019年10月、世界が揺らぐ少し前に
1 場所:田舎の駅の待合室
※テキストデータで表現しづらいですが、舞台のイメージはおおよそ
次のとおりです。
イス最後列(4脚)→ いす/いす/ 柱で隠れてる /いす/いす
イス中列(4脚)→ いす⑦/いす⑧/ 柱 /いす⑨/いす⑩
イス最前列(6脚)→いす①/いす②/いす③/いす④/いす⑤/いす⑥
←(A内) (B内)→
【A/膝くらいまでの台です】(AB)【B/膝くらいまでの台です】
←(A外) (B外)→
↑ここまでが舞台↑
※設定上、電車の発着は以下のとおり
・舞台に近い方が上りホームです。電車の進行方向は「→」
・舞台から離れている方が下りホームです。電車の進行方向は「←」
2 時:2019年10月上旬頃。夕方。
・10月から消費税が10%に。
・ダイヤモンドプリンセス号が2020年1月に横浜港から出港する。
・翌年に東京オリンピック2020
3 人物
①鈴木愛李(らぶり)
19歳。大学1年生。地元の大学に通っている。頬に傷。めったに笑わない。
シナリオライターが夢。通信教育で学習中。
②らぶりの叔父:鈴木佐里(さり)
40代前半(70年代後半生まれ)。独身。
らぶりの父の弟。清掃業。
やさしく、ことわれないタイプ。
都合悪くなると逃げてしまう一面もある。
※兄:鈴木樹里(らぶりの父)
弟:鈴木佐里
③藤野素子
26歳。白髪が目立ち、老けて見える。眼鏡あり。
④中田なお
19歳、浪人生。おもしろくもないのに笑ったり、取り繕うことが多い。
⑤高浜
20歳。なおの部活(バドミントン部)の1年先輩。社会人。交際している
ユミとは倦怠期。
⑥三倉ユミ
19歳、バド部のなおの同期。短大生。
1 プロローグ
Aに高浜が座っている。
高浜は学生服姿。部活帰り。眠っている。手には、バドミントンケースと
カバンと傘を持っている。
傘は、目立つもの。
Bに鈴木愛(らぶ)李(り)(以下「らぶり」)が、Bを机にして(B内)側に
座っている。
らぶりの右頬には大きい傷が目立っている。
らぶり、ノートパソコンで、シナリオを書いている(キーボードを叩いている)。
1-1(2018年の秋ごろ)
Bにスポットライト
らぶり
「…(シナリオのセリフ)あの時、おれ、お前のこと好きだったかも…
かもしれない?お前のこと、好きだったのかな…好き、だったの、かな…」
ノック音。
らぶり
「はい?!」
らぶり、ノートパソコンを慌てて、閉じる。
らぶり、ノック音の方を見る。(ママは姿を現さない。声のみ)
再びノック音。
らぶり
「…ママ?」
ママ
「らぶり、起きてんの?」
らぶり
「起きてるよ、何?」
ママ
「あんた、お風呂は」
らぶり
「これから」
ママ
「早く入りなさいよ」
らぶり
「わかってる」
ママ
「あんた、また、ドラマ書いてたんじゃないでしょうね?」
らぶり
「勉強してたの」
ママ
「パソコンで?」
らぶり
「調べものしてたんだって。もう、いいでしょ。行ってよ」
ママ
「ドラマ書いたって食べてなんか行けないんだからね。あんた受験も
あるのに」
らぶり
「だから、書いてないって」
ママ
「言っとくけど、あんたを浪人させる余裕なんてないから。お父さんの
遺族年金だって、もうすぐあんたの分もらえなくなるんだし」
らぶり
「(ママのセリフの途中から)何度も言わなくてもわかってる」
ママ
「大学行かせるのだって、ママがどれだけお金工面してるか知らない
でしょ。なのに、ドラマなんか書いてて、そんなで受かると思ってんの」
らぶり
「またお酒飲んでんでしょ。勉強してるってば、もう!それに、ドラマ
じゃくなくてシナリオって言うの。いいから、もう寝なよ」
ママ
「…早くお風呂入りなさいよ」
ママ、去る。
らぶり、愚痴りながら、ノートパソコンを開き、シナリオ執筆を続ける。
らぶり
「お前のこと…好き、だったのかな…」
スポットライト、フェードアウト。
1-2(2018年7月)
Aにスポットライト
夜のバス停。
(SE)雨の音。
(A内)から、中田なおが来る。学校帰り。手にはカバンとバドミントン
ケース、傘。
なお、高浜が寝ていることに気づくが、そのまま去ろうとする。その瞬間、
高浜の手から傘が離れ、倒れる。高浜は気づいてない。
なお
「せんぱい…高浜せんぱい…」
なお、周囲を見回し誰もいないことを確認してから、高浜の隣に座る。
さらに、周囲を確認して、高浜との距離を詰める。
なお、傘を拾い、高浜のバッグに掛けようとする。同時に、高浜が
寝ぼけてなおに倒れこみ、なおを膝枕にして寝る。
なお、固まる。
暗転。
2 駅の待合室
チャプター1
(SE)電車の走り去る音。
(A内)から、鈴木佐里とらぶりが入ってくる。
佐里、改札(AB)上部にある時刻表を見る。
佐里
「もうすぐだね」
らぶり④に座り
らぶり
「ああ、緊張してきた…」
佐里
「らぶりちゃんも早く免許とりなよ。ドライブ出来たら楽しいよ」
らぶり
「ママに言われたんだよ。運転免許とるよりも大卒の方が就職に
有利だって。そんなにお金に余裕ないことは叔父さんだって知ってるでしょ」
佐里
「いや、義姉さん、俺にあんまそういうこと話さないから」
らぶり
「あたし分のパパの遺族年金、もう、もらえなくなっちゃってさ」
佐里
「じゃあ、まだしばらくは俺が義姉さんの足替わりか」
らぶり
「いいじゃん。どうせ暇なんだから」
佐里
「こう見えて、いろいろあんのよ」
らぶり
「今回の女の人とも、いろいろあったわけね」
佐里
「ええ?(苦笑)単なる職場の仲間だよ。俺、清掃の仕事してるの
話したっけ?」
らぶり
「今度は清掃なんだ」
佐里
「班で清掃先担当するからさ。同じ班で仲良くしてる人」
らぶり、佐里に近づき
らぶり
「ねえ、叔父さん」
佐里
「ん?」
らぶり
「本当にやるの?」
佐里、笑う。(佐里は、独特な笑い方をする。その笑い声を聞けば佐里と
わかるくらい)
佐里
「今更…そのためにここに来たんでしょ」
らぶり
「ああ、緊張するう」
佐里
「大丈夫だって。ほんのいっときなんだからさ」
らぶり
「知り合い来たらどうしよう。クラスで地元に残っている人、結構
いるんだよね」
佐里
「ここの方が誰も来ないと思うよ。お店とかの方がよっぽど知り合いに
会う危険性が高いっしょ」
(A内)から高浜が来る。私服姿。
⑦に座り、スマホを操作し始める。あの傘を持っている。
※らぶりと佐里は、高浜を意に介さず、会話を続ける。
らぶり、④に座る。
ICレコーダーを取り出し準備を始める。ICレコーダーの録音を始める。
佐里、その様子を見て
佐里
「本当に録音するの?」
らぶり
「当然です」
佐里
「シナリオのため?」
らぶり
「あたし、あんましゃべんないからね。絶対、話したら叔父さんの子ども
じゃないってぼろが出る」
佐里
「語るに落ちるってやつだ。でも、黙ったまんまじゃ、ドラマは動かないよ、
ライターさん」
らぶり
「そうだ。叔父さん、今日のことママに言ってないよね?!」
佐里
「言えないよ!義姉さんに俺が怒られちゃう」
らぶり
「まあ、叔父さん怒られても別にいいんだけど」
佐里
「(笑って)らぶりちゃん…」
らぶり
「ああ…引き受けるんじゃなかったな」
佐里
「でも、これはなかなか得難い体験ですよ。他人の娘になりすます
なんてさ。面白いの書けそうじゃない(肯定)!兄貴も、ギター弾いたり
して曲作ったりしてたからね。きっとらぶりちゃんに、そういう芸術の才能を
残しているんだよ」
らぶり
「結局、この(頬の)傷しか残さなかったけどね」
佐里
「(笑って)ドラマみたいなこと言って。あ、そうだ。ドラマにする時は、
叔父さんの役も出してね」
らぶり
「はあ?」
佐里
「叔父さんの役、あの人にやってほしいな、あの仮面ライダーに出て、
その後ブレイクした人」
らぶり
「いっぱいいるけど誰?人によっては全否定するから」
佐里
「あ、でも、俺自身が演じてもいいなぁ。まあ、もうすぐ電車着くから、
頼むよ。叔父さんの人生がかかってるんだから」
らぶり
「その人、叔父さんをどこへ連れていこうとしてるんだっけ?」
佐里
「いいとこらしいんだけどさ」
(A内)から中田なおが来る。座っている高浜に気づき、立ち止まる。
高浜は、いつの間にか目をつむっている。
※らぶりと佐里は、なおを意に介さず会話を続ける。
らぶり
「いいとこならいいじゃん」
佐里
「いや、いいとこって言ってもだよ…」
佐里、⑤に座って、らぶりと話す。
チャプター2
なお、歩きだし、⑩に座る。
なお、高浜を見つめる。
高浜は目をつむったまま。
なお、深呼吸して、声かけの練習をする。
なお
「(小声で)先輩…先輩、何してるんですか?…中田です。
中田なおです。…よし」
なお、高浜に近づく
なお
「先輩」
高浜
「(目を開けて)ん?」
なお
「なに、な、何してるんですか?」
高浜
「今、かんだ?」
なお
「や…まぁ…」
高浜
「(笑って)久しぶりだね」
なお、苦笑する。
なお
「…お久しぶりです。あの、覚えてます?あたし」
高浜
「覚えてるよ」
なお
「(前のセリフにかぶせるように)なおです、中田なおです」
高浜
「覚えてるって、バド部で一緒だったでしょ」
なお
「そうです、そうです」
高浜
「どうしたの、こんなところで」
なお
「帰ってきたとこです」
高浜
「帰ってきた?高校から?」
なお
「もう卒業してますよ!」
高浜
「(笑って)僕のいっこ下だったよね」
なお
「そうですよ!先輩、どうしたんですか、こんなとこで」
高浜
「うん、予定があってさ」
なお
「あー、仕事ですか」
高浜
「や、また、別」
なお
「そうですか…先輩、仕事、たいへんですか?」
高浜
「え?…まあ、高校の頃とは違うからね」
なお
「ですよね。ユミからいろいろ聞いてますよ」
高浜
「え?あんまりいいこと聞いてないでしょ」
なお
「そんなことないですよ」
高浜
「君は?今…?」
なお
「あたしですか?あたし、今、予備校です。部活、頑張りすぎた
かな?親に1年だけって釘さされてますけど」
高浜
「じゃ、予備校帰りってこと?」
なお
「今日は休みなんですけど、これからユミとご飯食べることに
なってて」
高浜
「ええっ!!」
なお
「そんなに驚くこと…先輩だってしょっちゅう食べてんでしょ」
高浜
「うん…まあ」
なお
「あたしにもたまには、ユミと食べさせてくださいよ。割と久しぶり
なんですから」
高浜
「そう…ここで、待ち合わせ?」
なお
「ええ…〇〇まで出て、食べようって。ユミから聞いてないですか」
高浜
「あ、うん」
なお
「何だ、言えばいいのに、ユミ」
高浜
「次の上りに乗るの?」
なお
「その予定です」
高浜
「じゃ、まあ座んなよ」
なお
「はい」
なお、⑧に座る。
なお
「…あのぉ」
高浜
「うん?」
なお
「先輩、バド、もうやってないんですってね」
高浜
「うん、まあ」
なお
「そっかー。あたし、ちょっと残念だなー、と思って」
高浜
「え、どうして」
なお
「先輩、バド上手かったし」
高浜
「僕?そんなうまくないよ、小坂と間違えてない?」
なお
「先輩ですよ。高浜先輩」
高浜
「こう言っちゃなんだけど、僕、最後だって地区大会ベスト16どまりだよ」
なお
「それはそうなんですけど」
高浜
「(笑いながら)ひどいなあ、小坂と間違えて」
なお
「(強く)違いますよ!」
高浜
「!」
なお
「違いますよ…高浜先輩です…そりゃ、最後の地区大会は、結果
出せなかったけど、でも、先輩はバドのことをよく知っていて、教え方も
うまかったじゃないですか。あたし、先輩から、フットワークのこと教えて
もらって、だいぶリターンできるようになったんですよ」
高浜
「そう?」
なお
「そうですよ」
高浜
「かいかぶりすぎ。僕はそんなたいしたもんじゃないよ。結構やらかして
いることも多いしさ」
なお
「まあ、それは否定できないですけど」
高浜
「でしょ」
なお
「だって、先輩、部活の打ち上げで…」
高浜
「また、その話か」
なお
「そりゃ、語り継いでますから」
高浜
「まいったな」
なお
「部活の打ち上げで、小坂先輩とお酒飲んじゃって、あれ、ばれたら、
秋の新人戦出場だって危なかったですからね」
高浜
「申し訳なかった」
なお
「ホントですよ」
高浜
「(笑って)いや、もう、あれからだね。お酒との悪い付き合いは」
なお
「今もなんですか?」
高浜
「ほら、20歳になってどうどうと飲めるようになったから」
なお
「今度、飲みましょうよ」
高浜
「いいけど、だって君、まだ20歳になってないでしょ」
なお
「あたしはお店じゃ飲みませんから」
高浜
「お店じゃなきゃ飲むんだ」
なお
「え?」
高浜となお、笑いあう。
なお
「懐かしい!先輩とこうしてしゃべるの」
高浜
「しょっちゅう部活の時、しゃべってなかったっけ」
なお
「しゃべるというより、先輩、怒鳴ってばっかだったし」
高浜
「そう?」
なお
「なんで、お前はホームに戻ってこないんだよ、とか言って」
なお、立ち上がってイスとイスの隙間をぬって②をホームに見立て、
フォアやバックへ動き、ホームに戻る動きを見せる。
なお
「フォア前からホーム、バック前からホーム…」
なお、その後もフォア奥→ホーム、バック奥→ホーム等の動きを見せる。
なお
「オリンピック、楽しみですね」
高浜
「僕、男ダブ(だんだぶ=男子ダブルス)の準決勝、当選してるん
だよね」
なお
「え!すごいじゃないですか!」
なおの動きの間に、(SE)電車(上り)の来る音、停車し、その後走り去る音。
佐里、立ち上がり
佐里
「お、来たかな」
らぶりも立ち上がる。
らぶり、佐里、改札(AB)まで行く。
高浜、大笑いして立ち上がり
高浜
「さっきから何か違うんだよなー」
なお
「そうですか?」
高浜
「だからさ、こう…」
高浜、一緒に動きの練習を始める。
チャプター3
藤野素子が(B外)から来る。
佐里
「どうも」
素子
「ああ、佐里さん」
佐里
「すみません、お呼びだてして。こないだ話した娘です」
らぶり、一礼する。
素子も一礼。
その間、素子はSUICAで改札(AB)を抜ける。
佐里
「じゃ、こっちで」
らぶりは④、素子は⑤、佐里は⑨のところへ。
素子
「(歩きながら)佐里さんにこんな大きな子がいたなんてねぇ」
佐里
「うん。改めて。娘のらぶりです」
らぶり
「はじめまして。らぶりです。鈴木らぶりです」
素子
「はじめまして、藤野素子です」
佐里
「はじめまして、鈴木佐里です。なーんて(笑う)」
らぶり
「(佐里にふれず)父がたいへんお世話になってます」
素子
「こちらこそ。らぶりさんって、どんな字書くの?漢字」
らぶり
「愛するの愛をらぶと読ませて、あとは桃李の李です」
素子
「桃李もの言わざれども、下自ずから蹊をなす、の桃李ね。
お父さん、お母さん、どっちがつけてくれたの」
らぶり
「父が」
素子
「あらあ!(佐里に)素敵ね!佐里さん」
佐里
「なかなかでしょ」
素子
「(らぶりに)あなたの愛に、多くの人が集っていくのね。
いろんな願いがこめられてるいい名前」
らぶり
「どうも(佐里を一瞬にらむ)」
佐里
「あの…今日は、娘がこれからアルバイトで、あまり時間とれ
なくてさ。ただ、まあ、俺の状況を素子さんにわかってもらいたくてね」
素子
「状況?」
佐里
「娘が行くなって、どうしてもね。なあ、らぶり」
らぶり
「お父さん…」
佐里、素子を見て、笑う。
素子
「らぶりさん、おいくつ?」
佐里
「らぶりはえー…」
らぶり
「19です」
素子
「働いてるの?」
らぶり
「まだ、学生です」
佐里
「大学生でね」
素子
「大学生?佐里さん、あそこの給料で学費払ってるの?すごい
のね!」
佐里
「まあ、娘のためですから」
素子
「意外にしっかりしてる」
佐里
「(笑って)『意外』は余計だよ」
らぶり
「あの、学費的なところは、母が…」
素子
「お母さん?」
らぶり
「ええ、母が工面してくれてて」
素子
「…失礼ですけど、佐里さん、奥さんいらっしゃらないんじゃな
かった?」
佐里
「そう。だから、つまり、死んだ妻の…遺産?的な?」
素子
「そう…いいお母さんだったのね」
らぶり
「いえっ(否定)」
素子
「え?」
らぶり
「そんないい母ってわけでもなかったです」
佐里
「ら、らぶり?」
素子
「亡くなったお母さんをそんな風に言うもんじゃないわ。おかげで
大学だって行けてるわけなんだから」
らぶり
「それはまあ」
素子
「死者は悼まなきゃだめよ」
らぶり
「…はあ」
素子
「それでね、らぶりさん。もし、らぶりさんが独り立ちできてるなら、
あたしね、あなたのお父さんと、一緒にファームで暮らしたいなぁって
思ってるの」
らぶり
「ファーム?」
素子
「正式にはエーテルファームって言うんだけど、そこで、あたし達の
仲間と寝食を共にして、この世界の悲しみについて、一緒に考えながら
生きていきたいの」
らぶり
「(感情なく)そうですか…」
素子
「世界はメッセージに満ちてるの。この世界って辛くて理不尽なこと
ばかりじゃない?」
らぶり
「はあ」
素子
「それは全てメッセージなのよ。大勢の人がいるようで実は孤独と
悲しみに覆われたこの世界、あなた、どうして悲しみばかりが世界を
満たしているか考えたことある?」
らぶり
「うん、と…」
素子
「エーテルファームには主催がいてね、私達がそのメッセージを受け
取りやすいように、中継的な役割をしてくれているの。エーテルの流れから
主催が読み解いたものを、私達に届けてくれるから、私達はできるだけ、
主催と波長が合うように、主催と同じ家で暮らして、メッセージを読み解き、
悲しみの日常を仲間と分かち合い、心が痛む時はみんなでかばい合い、
一緒に生きて朝を迎えるの。ねえ、らぶりさん、そんな生活をどう思う?」
らぶり
「なんだか、難しくて、ちょっと…」
佐里、あくびしている。
素子
「あたしとしてはね、もう、すぐにでも、佐里さんに主催と会って
もらって、年内にはファームで一緒に」
佐里
「や、理解はしますよ。崇高なものだなって。でも、そのファームで
暮らすってのはどうも。娘もまだまだ金かかりますし」
素子
「大丈夫よ。ファームから仕事に行けばいいんだから。仕事変える
必要ないの。あたし達働いてるあそこ(清掃の仕事)って、ファームからも
結構いってるのよ」
佐里
「ただねぇ、娘も寂しがって。(らぶりに)なあ」
らぶり
「はあ」
佐里
「父ひとり、子ひとり、一所懸命やってきました。本当に…らぶりには…
寂しい思いばかりで…」
らぶり
「父もこう申しておりますので…」
素子、目をつむる。
らぶりと佐里、目を合わせる。
佐里、素子の顔に手をかざしたりする。
急に目を開ける素子。
らぶり
「大丈夫ですか?」
素子
「今、主催からメッセージを受け取りました」
らぶり
「はあ」
素子
「(らぶりに)あなた、本当のこと言ってないでしょ」
らぶり
「!…どうしてですか」
素子
「そう?そんなメッセージだったんだけどな」
らぶり
「それは、どんな…?」
素子
「あなたの寂しさは、お父様によるものじゃない」
らぶり
「…」
素子
「(ゆっくりと)あなたの寂しさは、みんなと同じようにいようと
しながら、それが本当の自分ではないとわかっていて、でも、
そのことを誰も知らないっていう寂しさ…そんな内容だった」
らぶり
「そうですか…」
素子
「だから、お父さんがファームに入って、一時的には寂しさが募る
かもしれないけど、でも、すぐに気づく。ああ、お父さんはいても
いなくてもあまり変わらなかったって」
佐里
「あの、それはちょっと言い過ぎでは…」
素子
「(聞かずに)それは本質的なものじゃない。あなたの寂しさの
根本はそこにはない」
らぶり
「そんなこといきなり言われても」
素子
「そうね、失礼だったわね、ごめんなさいね」
らぶり
「まあ、いいですけど」
素子、顔をあおぎ、
素子
「ああ…しゃべり過ぎてのど乾いちゃった。何か飲みません?」
らぶり
「あ、はい」
素子、柱の裏側にある自販機のもとへ行く。
らぶり、素子の後を追う。
素子
「佐里さん、何飲む?」
佐里
「え、じゃ、コーヒー。甘いの」
素子
「らぶりさんは」
らぶり
「一緒に行きます」
素子
「そう」
らぶりと素子、柱のところまで来てから
らぶり
「あと…」
素子
「うん?」
らぶり
「あたし、別に寂しくなんてないですから」
素子
「そう」
らぶり
「むしろ、ひとりの方が楽ですし」
素子
「ふーん」
らぶり
「ただ、父はきっと寂しがるかと」
素子
「そうかもしれない。けどね、ファームには大勢の仲間がいる
から。寂しいって感じない、と思うのよ」
らぶり
「大体、何人くらい一緒に暮らしてるんですか?」
素子
「人数?どれくらいかしらね。せいぜい2、30人くらい?」
らぶり
「ああ、思ったより…」
素子
「少ないでしょ」
飲み物を買いながら、素子のファームの話が続く。
チャプター4
しばらくバドの練習を続けていた高浜となおだが、疲れて立ち尽くす。息の荒い2人。
高浜
「…のどかわかない?」
なお
「はい」
高浜、柱の裏側にある自動販売機で飲み物を買う。
高浜
「何、飲みたい?」
なお
「え?いいんですか?じゃ、お水かお茶」
高浜
「ん(了解の意)」
高浜、飲み物を買っている間に、なおのスマホにラインがきた様子。
なお、ラインを確認する。
高浜、ペットボトルの水をなおに渡す。
なお
「ありがとうございます。いただきます」
なお、ペットボトルを開け、水を飲む。
なお
「ユミ、遅れてるみたい。今、ラインきました」
高浜
「そう」
高浜、自分のスマホを見て、ふと、席を立ち⑥前へ行く。
なお、高浜の、あの目立つ傘が気になる。
なお、立てかけてあった傘の先を、つま先でつついて傘を倒す。それを拾うなお。
高浜、スマホを手に戻ってくる。
高浜
「(拾うところを見て)あ、ありがと」
なお
「先輩、この傘」
高浜
「それ?」
なお
「この傘って」
高浜
「今日、雨降るかもしれないんでしょ。ニュースで言ってた」
なお
「あ、違くてですね、この傘、高校の頃から使ってたやつじゃないですか?」
高浜
「あ、そうかも。何となくずっと使ってるから。でも、よく覚えてるね」
なお
「(笑って)先輩は覚えてない、と思うんですけど。あたし、この傘
覚えてて…あ、こんな話していいのかな」
高浜
「え?何?」
なお
「まあ、いいですよね。あの頃はまだ、先輩、ユミとつき合ってなかったし、
今は幸せなんだし」
高浜
「えー?」
なお
「やっぱり、覚えてないですか?あの雨の日のこと」
高浜
「雨の日?いつ?」
なお
「先輩が3年の夏くらいなんですけど。夜、バス停で雨が降っていて、
あたしと先輩、2人きりの時があって、その時、先輩この傘持ってたんですよ」
高浜
「バス停?」
なお
「あたし、あの時のこと、忘れられなくて、また、先輩に会いたくて…
会いたかったんですよ。だから…今日、会えて良かった…です」
高浜
「(ドキドキして)え…どういう意味?」
一瞬、なおと高浜、目と目が合うが、なお、すぐにそらす。
なお
「もうすぐ、ユミ来ますよ」
高浜
「ふーん…や、実は、今日さ、僕もユミと待ち合わせしてるんだよね」
なお
「…え?」
高浜
「僕もユミと、会うことになってて、今日ここで待ち合わせしてるの」
なお
「え?…え?」
高浜
「どういうことかわかる?」
なお
「さあ?…」
高浜
「君から急にそんな話もあって…2人で僕をからかってる?」
なお
「そんなことないですよ!」
高浜
「僕にはまだ、何のラインも来てないし、や、君にこんな話するのも
あれだけど、最近、ユミとうまくいってなくってさ。何か、ユミ企んでるん
じゃないかな」
なお
「…」
高浜
「今日だって、胸騒ぎがして、早くここ来ちゃったんだけど、君が
来て、君もユミに会うって言うし…そうだ!」
なお
「はい?」
高浜
「ねえ、いきなりこんなお願いするのもなんだけど、僕、
あそこらへん(柱の辺り)に隠れているから、ライン通話中にして、
様子聞かせてくれない?」
なお
「ええ?!」
高浜
「僕からは直接聞けなくてさ、お願い。頼むよ!」
なお
「でも、あたし、先輩のライン知らないですし…」
高浜、スマホを取り出す。
なおもスマホを取り出す。
お互い、ライン登録をする。
なお、嬉しい。
高浜
「ありがと」
高浜、なおに電話をかける、と同時に、ユミが到着したことに気づき、
荷物をもって柱の陰へ行く。
ユミ、(A内)から小走りで来る。
ユミ
「ごめーん!遅れた!」
なお
「ユミ」
ユミ
「なお!まだ、ひとり?」
なお
「ひとりって?」
ユミ
「よかった!いやいや、あのさ、早速で悪いんだけど、今日頼みが
あんだわ」
なお
「何、いきなり」
ユミ
「実はさ、今日これから高浜と会うんだけど」
なお
「へえ、そうなんだ」
ユミ
「…リアクション薄っ!何、知ってるの?」
なお
「何が」
ユミ
「だから、高浜来ること」
なお
「誰」
ユミ
「高浜!あたしつきあってるバド部の1こ上の」
なお
「…知ってる、知ってる」
ユミ
「高浜が来たら、なおにも会ってほしくてさ。あたし、高浜と別れたくて、
なおに協力してほしいんだ」
なお
「別れ…別れ?協力?」
ユミ
「なおが高浜のこと、好きってことにしてほしいの」
なお
「は?」
ユミ
「なお、何とも思ってないでしょ、高浜とは、ずっと会ってないだろうし」
なお
「あー…」
ユミ
「あたしとしては、なおが高浜のことを想ってる、それがつらいってことに
したいの。大丈夫、何もしゃべんなくていいからさ。かえってその方が…」
ユミ、腕時計を見る。
なお
「ユミ、あたし無理…できない」
ユミ
「そう言うと思って、前もっては言わなかった、それは謝る。でも、お願い、
後で、お礼するから!もう、高浜来ちゃうから!」
なお
「ねえ、きっとばれると思うよ」
ユミ
「多少、疑われるかもしれないけど、この場をしのげれば大丈夫!
だって、高浜もなおも、お互い連絡先知らないでしょ」
なお
「あー…」
ユミ
「お願いだって!こんなの頼めるの、なおしかいないんだからさ。あの、
往年の息のあったダブルス、思い出してさ」
なお
「(前のセリフにかぶせて)や、ただ、あのね…」
いつの間にか、高浜が2人の後ろに来ている。
高浜
「ごめん、お待たせ」
なお、ユミ、かなり大きく驚く
なお・ユミ
「わーーっ!!」
高浜
「びっくりしたぁ」
ユミ
「びっくりしたのはこっちだよ!」
高浜
「あれえ?なおさんじゃないかー」
なお
「た、高浜先輩、お久しぶりです」
高浜
「今日はどうしたのー、こんなところで」
なお
「今日、これから、ユミとご飯食べることになってて」
高浜
「あれれー、おかしいぞお、ユミは僕とご飯を」
ユミ
「名探偵コナンかよ」
高浜
「え、なに?」
ユミ
「違和感!何かヘン!2人、会ってた?」
高浜
「そんなことないよ!」
なお
「久しぶりですよねぇ」
高浜
「僕、卒業以来かも」
なお
「ですかね」
ユミ
「まあ、いいや。タカさん。今日ね、なおも交えて、話したくて」
高浜
「ふーん、何かあるんだ。ま、とにかく電車来るから、乗ろう。ご飯
食べに行こうよ」
アナウンス
「まもなく1番線に18時12分上り普通電車、〇〇行が
まいります。危ないですから、黄色い線の内側まで下がってお待ちください」
高浜
「ああ、電車くる!行こう!」
高浜、改札(AB)をSUICAで通り、(B外)から去る。
ユミ
「ほら、行くよ」
なお、ユミも同様にして(B外)から去る。
チャプター5
チャプター4の間に、飲み物を買い終えて、元の席に戻っているらぶりと素子。
素子の話が続いている。
素子
「ごめんなさいね、あたしばっか喋っちゃって。らぶりさん、時間まだ大丈夫?」
らぶり
「はあ…」
素子
「そう?そしたらね、この世界が悲しみに満ちているって話なんだけど、
らぶりさんの周りで、すべてを手に入れているような人っていない?」
らぶり
「ああ、まあ」
素子
「いるでしょ、そういう人。らぶりさんの周りにはどんな人いた?」
らぶり
「…あたしのクラス…あ、高3の時の同じクラスにいたんですよ。
田中ちあきさんってコなんですけど、かわいくて、家がお金持ちなんで、
大学受かったお祝いに、家族で来年1月にダイヤモンドなんとかって
豪華クルーズ船の旅に行くみたい。バドミントンやってて、1年上の
スターみたいな先輩とつきあってて、すべてを手に入れているような人、
田中ちあきさんのこと、思いだしました」
素子
「そういう人も、私たちの見せてる顔とは別の顔がある。その顔は果たして
どんなものなのか、あなた、考えてみたことある?」
らぶり
「よく、あたしの英語のノート、コピーしてきてって頼んでくるんですけど、
あたしがコピーしてきたの渡しても、ただの一度もコピー代を出してくれたことが
なかった」
素子
「それはそのコが、あなたに見せている顔の一面なの。そのコも、違う顔が…」
らぶり
「他の顔があるなら、見せてほしかったです。だから、これ」
らぶり、財布を取り出し、ドリンク代を払う。
らぶり
「さっきの」
素子
「え、いいのよ」
らぶり
「いえ(払います)。消費税もあがったことですし」
らぶり、お金を素子の手に置く。
素子、佐里を見る。
佐里
「あ、お金お金」
素子
「違うの、ねえ、佐里さん」
佐里
「あ、いいの?」
素子
「らぶりさんって、本当に佐里さんの子ども?」
らぶり・佐里
「えっ?!」
佐里
「なんで…」
素子
「だって」
佐里
「らぶりは俺の子だよ。だから今日、君に会ってもらってるわけだし」
素子
「だって、ね。佐里さん、覚えてる?以前(まえ)にわたしと一緒にご飯
食べた時、沙里さん、手持ちがあんまりなかったみたいで、食べ終わる頃、
急にあたしにお金借してって言ってきたの。そんなこと、このタイミングで言いだす
のもどうかと思ったけど、あたし貸したの、1万円。そしたら、佐里さん、『ここは
僕がごちそうしてあげる』って言ってその1万円でご飯代払ってね、その時の
あたしの複雑な気持ちったらなかった」
らぶり、佐里に冷たいまなざし。
佐里、声を出さず笑う。
素子
「その1万円もまだ、返ってきてない。そんな佐里さんから、こんな経済
観念しっかりした子が生まれるなんて信じられなくて」
らぶり
「母に似たんだと思います」
素子
「そうなの」
らぶり
「(自分で言ってひっかかる。佐里に)あれ?あたし、ママに似てる?」
佐里
「似てきたんじゃないの…?(素子の視線を意識し)いや、似ている…
いや、似ていた…いや」
素子
「生きてるの?死んでるの?」
佐里
「つまり…妻は…らぶりの母は、らぶりの中で生きている…心の中で」
佐里、ウソ泣きする。
らぶり
「本当にこんな人連れてくんですか?」
素子
「こういう人こそ、私たちの仲間になって、日常の悲しみを分かち合って
ほしい」
らぶり
「いやぁ、父には…無理だと思いますよ」
素子
「最初はみんなそう言うの。でも、あたし達と一緒に暮らして、メッセージを
受け取れるようになれば」
素子がしゃべっている間、佐里、らぶりをせっつく。
らぶり
「あの!…あの!」
素子
「なあに」
らぶり
「あのぉ、そもそも父は集団生活向いてないんで…あんまり長いこと同じ人と
いるのに耐えられないですよ。我慢が続かないっていうか。だから職場の人と
衝突して、よく仕事変わるし。だから」
素子、らぶりをじっと見つめる。
らぶり
「やめといた方が…」
素子
「やっぱり、お父さんと離れ離れになるのは寂しい?」
らぶり
「え…」
素子
「お父さんのこと好きなんだね」
らぶり
「や、好きっていうか」
素子
「こんなお父さんでも、お父さんはお父さんだもんね。娘がお父さんと、こうして
通じ合っている姿、きっとあなたのお母さん見たかったと思うな」
らぶり、うつむいてしまう。
素子
「ああ、そうか」
らぶり、素子を見つめる。
素子
「あたし、いいこと思いついちゃった。ねえ、らぶちゃん。らぶちゃんも一緒に
どう?」
らぶり
「え?」
素子
「あなたなら、すぐにメッセージを受け取れるようになるわよ」
らぶり
「いや、あたしはちょっと…」
素子
「ねえ、佐里さん」
佐里
「うん?」
素子
「どうかしら、あたしの考え」
佐里
「うん…」
素子
「いいと思わない?これなら、佐里さんも寂しくないでしょ」
佐里
「まあ、そうねえ」
らぶり
「お父さん!」
素子
「(佐里に)ちょっと」
素子、立ち上がり、佐里を柱の裏へ連れ出す。
素子
「ちょっと」
佐里
「え…」
2人、柱の陰に向かう。
らぶりも立ち上がり、同行しようとするが、佐里に手で制される。
素子と佐里、柱の陰に隠れる。
らぶり
「えー…」
チャプター6
なおの声が聞こえてくる。
なお
「先輩、傘!どこですか!」
高浜
「多分、待合室だと思うんだけどなあ」
なお、ユミ、高浜が(B外)から戻ってくる。
ユミ
「もう、傘なんていいじゃない」
3人、改札(AB)をSUICAで通って、中に入る。
(SE)電車の走り去る音。
ユミ
「あーあ、行っちゃった」
なお、高浜、柱の陰で傘を見つける。
なお
「良かった…」
ユミ
「さーて、どうしよう」
高浜
「次の電車に乗っていこうよ。(時刻表を見て)あと30分くらいで
来るしさ」
ユミ
「ねえ、やっぱここでいいから、ちょっとタカさん、話したいんだけど」
高浜
「いやいや、だって、彼女とも、飯食う約束してんでしょ。行かなきゃ
悪いよ」
ユミ
「や、そのなおも関わる話なんだって」
高浜
「なおさんも?」
なお
「ユミ」
ユミ
「ね、だからちょっと座って、あたしの話を聞いて」
高浜
「でも、すぐ来るよ、次の電車」
ユミ、なおを連れて、なおが②に、ユミが③に座る。
高浜は立ったまま。
ユミ
「タカさん、聞いて。あのね、本当に申し訳ないんだけど、あたし、これ以上
タカさんとつき合えない」
高浜
「そっか、今日はね、なおさんとの約束が先だったのかな」
ユミ
「そうじゃなくて、今日に限らず、もうタカさんとつき合えないってこと」
高浜
「…ふーん」
ユミ
「ごめんね」
高浜
「うん…」
ユミ
「(間髪入れず)え?理由?」
高浜
「や、聞いてないよ」
ユミ
「理由がね、あの、タカさんのせいじゃないの」
高浜
「だから、聞いてないから」
ユミ
「なおの気持ちを私、知ってしまって」
なお、高浜を見る。
なおと高浜、目が合う。
なお、照れて視線をはずす。
ユミ
「タカさん、あのね、なお、タカさんのこと好きみたいで…それも高校の
頃からずっと…」
高浜
「ずっと…」
ユミ
「それを知ってしまった以上、あたし、なおに申し訳なくて、タカさんとは
もう」
高浜
「そう…」
ユミ
「でも、だからって、なおを責めないで。仕方ないことなんだから。あたし、
言ったの。なお、怪しかったからさ。想いは隠したってなくならない。後で、
ふっとその時の気持ち思い出すと、結構重くなってることがある。だから、
隠さないで言いなよって」
高浜
「ん…」
ユミ
「ごめんね。タカさんとつき合えて、あたし良かったと思ってるよ。
それなりに楽しかったし」
高浜
「それなりに…」
ユミ
「まあ、短かったけど」
高浜
「はあ…」
ユミ
「だから、ステキな思い出のうちに、これでタカさんとは、終わりにしたいの」
高浜
「はあ…」
ユミ
「あの…伝わってる?」
高浜
「じゃあ、ご飯、どこで食べる?」
ユミ
「ご飯?」
高浜
「うん」
ユミ
「ご飯は、今日は無しじゃない?」
高浜
「そう…でも、なんで?」
ユミ
「だって!タカさんとは、もう!」
高浜
「あ、そうじゃなくて、なおさんに」
ユミ
「なお?」
なお
「はい?」
高浜
「なんで、僕のこと…」
なお
「えっと…それは…」
ユミ
「タカさんのそういうとこ!そんなの聞かなくてもいいでしょ!」
高浜
「心当たりないんだよ、自分で言うのも何だけど」
ユミ
「あたしさ、タカさんのダメなとこ50は挙げられるんだけどね…
まず、その余計なことを…」
なお
「ユミ」
ユミ
「なおは黙ってて」
なお
「ユミ」
ユミ
「何?なんかあんの?」
なお
「雨の日にね、先輩と2人っきりになった時があったんですよ、先輩が3年の
時。夜のバス停で。先輩、そこで寝ちゃってて」
ユミ
「なんだか、やけにリアル」
なお
「その時、先輩と、こう…なんか、こう…」
なお、高浜に膝枕したことを伝えようとするが、恥ずかしくてうまく表現できない。
ユミ
「何?トイレ?」
なお
「違うよ!ごめん、うまく言えないけど、先輩とのひとときがあって…あの時、
もう…あたし、先輩のこと…好き、だったのかな」
なお、無理に笑顔をつくって高浜を見つめる。
高浜
「あの日か…」
ユミ
「覚えあるの?」
高浜
「いや、ない」
ユミ
「おい!」
高浜
「覚えてはいないけど、もしかして、あの時のことかな、と…」
ユミ
「タカさんのそういうとこ!紛らわしいその態度」
高浜
「や…バス停で、夜で、雨で、僕が眠ってんだったら、あの日のことかと…」
ユミ
「思い出したの?!」
高浜
「それが、その…」
ユミ
「どっちなんだよ!」
なお
「ユミ、もういいよ。いいんだよ、もう」
ユミ
「え?何?何がもういいの?」
なお
「だって、高浜先輩の気持ち、考えたら」
ユミ
「ちょっと、なお」
なお
「先輩は最初から」
ユミ
「や、待って。タカさん、ちょっと待っててね。なお、ちょ、ちょっと…」
ユミ、なおを連れて、柱のところへ行く。
なお
「どうした?」
ユミ
「やだ、本気なの?高浜のこと…」
なお
「(本気じゃない風に)…本気だよー」
なお、いたずらっぽく笑う。
ユミ
「…もう!焦ったー!本気なのかと思った」
なお、笑う。
なお
「そういうふりをするって話でしょ」
ユミ
「…うますぎて焦ったわ、やめてよ、女みたいで面倒くさい」
なお
「女だし」
ユミ
「なに、あれ、好きだったのかな…なんて、どっからそんなセリフ」
なお
「あれ、あたしと同じクラスだった、らぶりってコが書いたシナリオの
セリフ。あ、らぶり、知らないか」
ユミ
「あの、ほっぺに傷のあるコでしょ。ちょっと陰キャっぽい」
なお
「陰キャって言うか、まあ、独特なこだったんだけど、らぶりって、
シナリオライターになりたくて、書いたやつ、読ませてもらっててさ。
さっきのらぶりが書いたセリフ、良かったでしょ」
ユミ
「あんた、仲良かったよね」
なお
「や…そうでもないよ…もう会ってないし」
ユミ
「ふーん…」
なお
「そんなことより、本当にこれでいいの?高浜先輩と本当に別れ
ちゃって」
ユミ
「あの…高浜ってさ、妙に隠し事が多くて、嫌んなっちゃうんだよ」
なお
「隠し事?」
ユミ
「あれだってそうだったんだよ、あれ。覚えてる?打ち上げん時」
なお
「部活のでしょ。お酒飲んじゃった」
ユミ
「そう!最近やっと教えてくれたんだけど、あの時のお酒のことだって、
ホントは自分で持ってきてないくせに」
なお
「持ってきたのって高浜先輩なんじゃないの」
ユミ
「そういうことになってるでしょ、でも、違うんだよ」
なお
「誰?」
ユミ
「本当は、あれ、小坂先輩が持ってきたんだよ」
なお
「えっ」
ユミ
「知らなかったでしょ」
なお
「えー…」
ユミ
「そのこともずっと隠してたんだよ」
なお
「でも、なんで、高浜先輩、自分だって」
ユミ
「バレちゃった時のこと考えたんじゃない?これ以上、小坂先輩を傷つけたく
なかったとか。あの頃、小坂先輩、県の総体で結果だせずにくさってたから」
なお、高浜を見つめる。
ユミ
「自分のこと、あんま話さないし、なんかね、シェアハウスみたいなとこに
住んでるっぽいんだけど、絶対家には連れてってくれないし、家族のこと聞くと、
必ず話そらすし、何かを見せないようにしてる。それがすっごい息苦しい。あたし、
来年、就活だよ。将来のこといろいろ考えなきゃなんないのに、こんなじゃ、
高浜とのこれからなんて、とっても考えられないよ」
ユミ、高浜の不審点を挙げていく。
チャプター7
佐里と素子、柱の陰から戻ってくる。
素子
「ごめんなさいね、お待たせして」
らぶり
「いえ…」
素子
「ね、らぶちゃん、今、お父さんと話してきたから」
らぶり
「あの、私、行きませんから。どうぞ父、連れてってください」
佐里
「おい」
素子
「あのね、らぶちゃん。あたしもね、何もない頃は、この日常が続くものと
思ってた。多少の波風があっても、普通の毎日がずっと続くものだと思ってた。
でも、違う。この日常は、ある日突然崩れる」
らぶり
「…」
素子
「あたしね、いくつに見える?」
らぶり
「40歳くらい…ですか?」
素子
「あたしね、26歳なのよ、こう見えて」
佐里
「えっ!」
らぶり
「…すみません」
素子
「いいの、自分でわかってるから、老けこんでるって。あたしね、24歳で
結婚したの。同じファームに住んでいた、ちょっと太めの、でも、とってもやさしい
人だった。チェーン店の居酒屋で、寝る間もなく働かされて、ある日、職場で
倒れた。その日から、あたしの日常は変わったの」
らぶりと佐里、顔を合わせる。
素子
「くも膜下出血だったんだけど、そのまま入院して、治っても麻痺が残るかも
しれないって本社に言ったら、退職を勧告されて。その頃の私、妊娠してたんだけど、
でも、本社の対応が許せなくて、労災を認定してもらおうと、弁護士や労基署の
人に相談して、準備を始めた。でも、あまりにも夫は、証拠を残していなかった。
勝ち目が薄いって弁護士に言われた。夫に、いろいろ聞きたかったけど、回復しない
で、ずっと入院したまま、死んじゃった。そのショックと疲れで私、流産してしまって…
私は、すべてを失った」
佐里
「…きみ、それ本当なの?」
素子
「信じられなかったら信じていただかなくてもいいです。ただ、あたしは
知ってしまった。この日常は何かのきっかけであっさり崩れる。そして一度
崩れたら、もう元には戻らない。でも、それさえもメッセージなのよ。
らぶちゃん、あなたのその傷」
素子、らぶりの頬の傷に触れようとする。
らぶり、顔をよける。
しかし、素子、らぶりの頬の傷に触る。
素子
「何かがあって、あなたの顔に、この傷がついた。そして、この傷のせいで、
あなたの日常は変わってしまったんじゃない?」
らぶり
「…そんなことないです」
素子
「(前のセリフにかぶせて)この傷のせいで、あなたは周りの人と同じように
いたいと思いながら、それが叶わなかった。自分は人と違う。そう思うことで、自分を
守ろうとした。その結果が、今のあなた」
らぶり
「何ですか、一体」
素子
「あなたのこと、受け入れてくれる人、いる?あなたのお父さん以外で、あなたを
受け入れてくれる人、いるの?」
らぶり、立ち上がる。
(AB)前にスポット。
ここでは、らぶりの回想の中の2人。
2019年3月の出来事。
スポットの中にらぶりが入ってくる。
なお
「らぶり!」
なおが来る。
らぶり
「なおー。どうした?」
なお
「や、これから、ユミとか、ちあきとかと会うことになっててさ」
らぶり
「そっかー」
なお
「らぶりもたまには会おうね。4月から、なかなか会えなくなるけどさ」
らぶり
「ねえ、あれ本当にいいの?」
なお
「何が」
らぶり
「卒業しても、あたしのシナリオ読んでくれるって」
なお
「もちろん!必ず読むよ」
らぶり
「ありがとう」
なお
「らぶりはシナリオ続けるんだね。いいね、やりたいことがあって」
らぶり
「でも、読んでくれるの、なおだけだから」
なお
「今はそうかもしれない。でも、きっと鈴木らぶりのシナリオが、作品に
なって、たくさんの人が見るようになるよ、うん」
らぶり
「…本当に思ってる?」
なお
「らぶりなら、あたしが言ったこと、本当かどうかわかるでしょ」
らぶり、なおをハグする。
なお
「(嬉しい)ちょっと…」
らぶり
「なお…」
らぶり、強く抱きしめる。
なお
「らぶり…?」
らぶり、両手をなおの頬にそえて、耳に口元を寄せ、何事かささやく。
なお、らぶりを乱暴に離す。
らぶり
「あ、ごめん」
なお
「(無理に笑って)何…?あたし、別にそういう趣味ないし」
らぶり
「あ、うん、そうだよね。や、でも、違うの、これは」
なお
「違うって何が?」
らぶり
「あの…ごめん」
なお
「うん」
らぶり
「ごめん…」
なお
「じゃあ…」
らぶり
「うん…」
なお、去る。
らぶり、少し追いかけるが、追うのをすぐにやめる(回想を終え、各チャプターに
戻るため、スポットが消える)。
そのまま立っているらぶり。
後ろから素子、話しかける。
素子
「あなたのこと、お父さん以外で受け入れてくれる人いる?」
らぶり
「別にいなくても良くないですか」
素子
「いないようなら、ファームへいらっしゃいよ」
らぶり
「あたし、特に誰かと何かを分かちあいたいとか思ってませんし」
素子
「あなた、お名前をらぶりっておっしゃるんでしょ」
らぶり
「そうですけど」
素子
「お父さんがどんな願いを込めたか、おわかりよね」
らぶり
「はあ…」
素子
「なのに、あなた、ひとりなの?」
らぶり
「…」
素子
「やっぱり、エーテルファームに来るべきだと思うなあ。ねえ、佐里さん」
佐里
「素子さん」
素子
「ほら、佐里さんからも」
佐里
「素子さん、あのね。俺がこんなこと言うの筋違いかもわからんけどさ。
何か、素子さんの今の状況、あんま良くないって思うんだ」
素子
「…」
佐里
「そりゃあ過去のこと思い出したら苦しいし、先のこと考えると、不安な
ことばっかりなんだろうけど、でも、苦しくなるのは『今の自分』だし、将来の
ことに不安になるのも『今の自分』なんだからさ、『今の自分』をどうにかすれば
いいんじゃないの?ファームにすがるのもいいかもしれないけどさ、素子さんに
必要なのは苦しみを分かち合うってことじゃない、と思うんだよね。むしろ
楽しめること分かち合えたほうがいいんじゃない?うまく言えないけどさ」
素子
「…うまく言えないなら、言わないでください」
佐里
「でもさ」
素子
「知らないんですから、あたしのこと」
佐里
「今の素子さんなら、多少は知ってるよ。だから、また、俺と飲みいこうよ。
今度は本当にごちそうするからさ。俺で良かったら、楽しめること探すの、
手伝うよ」
らぶり
「叔父さん…」
素子
「…今、おじさんって言った?」
らぶりと佐里、しまった!という顔。
佐里
「ばか、らぶり、何言ってんだ」
らぶり
「あの、普段は父のこと『おじさん、おじさん』って呼んでるんです。ほら、
見てのとおり、くたびれたおじさんだから」
佐里
「言い過ぎだぞ、らぶり」
素子、少し佐里とらぶりから距離をとる。
佐里
「や、本当だって…あの…」
素子
「佐里さん、この子、誰なんですか」
佐里
「だから、娘だよ(らぶりに)なあ?」
らぶり
「はい…」
素子
「お母様の前でも、おじさんって呼んでるの?」
らぶり
「え…っと…母の前では、お父さんって…あ…」
佐里、気が遠くなり、立っていられない。
素子
「やっぱり…本当は奥様、ご存命なんじゃないですか…」
佐里
「そういうわけでは…」
らぶり
「これは、だから、つまり」
素子
「だいたい、さっきの佐里さんの話、私と同じ立場なら言えないと
思いますよ」
佐里
「同じって…」
素子
「ですから、私と同じ、配偶者を亡くされていれば」
佐里
「や、だから、妻は…」
素子
「らぶちゃん、お母さん、いつ亡くなられたの?」
らぶり
「いつ…って言うと…結構、前」
素子
「それは、いつ?」
らぶり
「ねえ、お父さん、もう何年になるかね」
らぶりと佐里、見つめあいながら
佐里
「妻は…」
素子
「いつ頃?」
佐里
「実は…生きている」
らぶりも気が遠くなり、立っていられない。
素子
「やっぱり…」
佐里
「ただ、海外で仕事していて、なかなか会えないんだ」
素子
「何の仕事してらっしゃるの?」
佐里
「訳あって、言えない」
素子
「海外で訳ありの仕事って…らぶちゃん、どういうことなの?」
らぶり
「や、あたしの口からは…」
素子、目をつむりメッセージを受ける。
佐里
「あ、これメッセージ…」
佐里、すっと立ち上がり去ろうとする。
らぶり
「(小声で)ちょ…おじ…お父…おじ…どこ行くの?!どこ行くの?!」
らぶり、佐里を捕まえる。
らぶり
「(小声で)何よ!海外で訳ありの仕事って?!スパイみたいに
なっちゃってるじゃない!」
佐里
「(小声で)先に死者を復活させたの、らぶりだろ!」
らぶり
「(小声で)だからって逃げないでよ、もう!」
らぶり、力づくで、佐里を素子の前に座らせる。
素子、目を開ける。
らぶり、佐里、息が荒い。
素子
「わからない…」
らぶり
「どうしました?」
素子
「らぶちゃんのお母さんのエーテルの流れは感じる。でも、どうしても、
佐里さんとのつながりが感じられないって…」
らぶり
「素子さん、よくわかりますね」
素子
「主催からのメッセージを受け取ってるだけよ。…よくわかるってどういうこと?」
佐里
「らぶり…」
らぶり
「ごめんなさい」
素子
「え…?」
らぶり
「この人、あたしの父じゃありません」
素子
「…」
らぶり
「ホントごめんなさい」
素子
「ウソだったの?」
佐里
「あ、いや…」
らぶり
「あの…」
素子
「一体どこからがウソなの?本当のことってあるの?」
らぶりと佐里、神妙な表情。
素子
「もしかして、全部ウソなの?」
佐里
「違うよ」
素子
「夫が死んだ時、たくさん人が、力になるって言ってくれた。でも、みんな
口だけだった。ファームの人でさえ、そうだった。みんな、ウソをついていた」
佐里
「…」
らぶり
「…」
素子
「(ため息と一緒に)そうだ…忘れてました。人はみんな、おんなじでした」
素子、(A内)から去ろう、とする。
佐里、追いかける。
佐里
「ちょっと!」
佐里、素子の前に立つ。
素子
「何ですか?」
佐里
「らぶりちゃん」
らぶり、佐里のところに行く。
佐里
「あれ(ICレコーダー)」
佐里、ジェスチャーでICレコーダーを現す。
らぶり、ICレコーダーを取り出し、佐里に渡す。
佐里、録音を止めて、再生しようとするが、操作がわからずあくせくする。
らぶり、察して、佐里からICレコーダーを取り、再生する。
(以下、再生された声)
佐里
「本当に録音するの?」
らぶり
「当然です」
佐里
「シナリオのため?」
らぶり
「あたし、あんましゃべんないからね。絶対、話したら叔父さんの子ども
じゃないってぼろが出る」
佐里
「語るに落ちるってやつだ。でも、黙ったまんまじゃ、ドラマは動かないよ、
ライターさん」
らぶり、ICレコーダーを止め、素子の言葉を待つ。
素子
「あなた達、どうかしてる。何でレコーダーまで録ってるの?」
らぶり
「それは、あたしがシナリオライターになりたくて」
素子
「シナリオ?」
らぶり
「今日のことも、シナリオの参考になればって」
素子
「シナリオが何だって言うの。あたしは現実に生きてるんですけど」
らぶり
「すみません」
佐里
「素子さん、確かに失礼だった。ホント、謝るよ。おれがファームに行きたく
なくて、らぶりに無理言って頼んだんだ。俺はらぶりのおやじじゃない。違うのは
そこだけだ」
素子
「らぶちゃん」
らぶり
「はい…」
素子
「佐里さんは、お父さんじゃないのね」
らぶり
「…はい。あたしの父は佐里叔父さんの兄です。樹里っていいます。佐里
叔父さんは結婚してません。したこともありません」
素子
「あなたの本当のお父さんは?」
らぶり
「事故でもう死んでます。あたしの小さかった頃、あたしを載せたまま自動車
事故にあって」
素子
「じゃあ(頬の)傷は」
らぶり
「事故でついたのは本当です。それに、素子さんが言ってたこと、大体、合って
ます。あたしを受け入れてくれるような人は、今は、もういない。でも、それでもいいん
です。ひとりが楽なんです」
素子
「あなたのお母さんは?」
らぶり
「母は生きてます。生きてますけど…もう、あまり話もしてません」
素子
「…お父さんのこと恨んでる?」
らぶり
「はい」
素子
「本当?」
らぶり
「…わかりません」
素子
「そうよね、そこまで否定したら、あなたには何も残らないもの」
らぶり
「あたし、何もないですから」
らぶり、泣き出す。
素子
「本当かなぁ…」
素子、らぶりを抱きしめる。
チャプター8
ユミから、隠し事が多い高浜の報告が続いていた。
ユミ
「そりゃ、仕事も大変なんだろうけどさ。あんまり深くは話してくれないし」
なお
「社会人はいろいろあるからね」
ユミ
「なんかこっちが学生だからって、話しても無駄みたいな言い方で、なんか
感じ悪くてさ」
なお
「ねえ、ユミ、それ全部高浜先輩に伝えればいいじゃん」
ユミ
「はあ?」
なお
「ユミの考えてることさ、全部、話してみなよ。高浜先輩、何かワケがある
かもよ」
ユミ
「や…話してどうなるものじゃないってわかるんだ、高浜の闇は」
なお
「なんでよ、何かきっとあるんだよ、高浜先輩にさ、事情が」
ユミ
「なんか、かばうね、高浜のこと」
なお
「そんなことないよ」
ユミ
「なんでかばうの?」
なお
「かばってない、かばってない(笑う)」
ユミ
「可笑しくないよ、なお」
なお
「(笑うのをやめ)うん」
ユミ
「ねえ、あたし別れるの、手伝ってくれるんでしょ」
なお
「そう、だね」
ユミ
「とにかく、なおは高浜のこと好きなふりをしてくれれば、いいの」
なお
「…わかった」
ユミ
「本当は好きなの?高浜のこと」
なお
「(無理に笑って)違うよー」
ユミ
「(笑って)なら、早く話つけてご飯食べいこうよ」
ユミ、高浜のところへ戻る。
なお、ペットボトルの水をぐいとひと飲みして、ユミの後を追う。
ユミ
「え…と、どこまで話したっけ?」
高浜
「まあ、とにかく3人でご飯食べにいこうよ、もうすぐ次の電車来るから」
ユミ
「や、だから、そういうことにはならないでしょ。そんなの、なおに悪いもん」
高浜
「でもさ、ユミはそれでいいのかって話なわけだよ」
ユミ
「あたし?」
高浜
「なおさんの気持ち、それはよくわかった」
なおとユミ、目を合わせる。
高浜
「でも、ユミだって、まだ僕のこと想ってくれてるんじゃないの?一緒に
過ごした時間、楽しくなかった?僕は楽しかったよ。オリンピックだって一緒に
行こうって約束したじゃん。ダブルスの準決勝のチケット、ユミの分もあるんだよ」
ユミ、うんざりしてため息。
高浜
「ずっと一緒にいたいって思わなかった?これまでのこと、全部ウソだった?」
ユミ
「ホント、そういうとこ。なおだって聞いてんだよ」
高浜
「あ、ごめん」
なお
「そんな…あたしだって…あたし、別に2人の仲を裂こうとか、そういう…」
高浜
「なおさん」
なお
「はい」
高浜
「きっと、僕のこと誤解してるんだよ」
なお
「そんな…」
高浜
「ユミの言うとおり、僕はたいした男じゃない。君にも迷惑ばかりかけてるしさ」
なお
「そんなことないですよ」
高浜
「あの時もそうだったんだよね…あの雨の夜も、僕、きっと君に迷惑かけた」
なお
「…迷惑だなんて思ってないですから」
高浜
「やさしいんだね」
なお
「いえ…」
高浜
「ただ、僕は今、ユミとつきあってるわけで」
なお
「そうですよね、あたしじゃダメですよね」
高浜
「いや」
なお
「え…?」
なおと高浜、目が合う。
なお
「『いや』ってどういう…」
高浜
「どういうこと…かなぁ」
なおと高浜、微笑み合う。
ユミ
「マジか…」
なお
「え?」
高浜
「何言ってんだよ、なおさんが僕のこと好きだって言ってたの、ユミじゃん」
ユミ
「や、言ったけどさ…(はっきり察してなおに)いつから?」
なお
「…え?何が?」
ユミ
「もういいから。いつからよ」
なお、言葉につまり笑う。
ユミ
「…高校の頃から思ってたけどさ。なおって、本当のこと言わないよね」
なお
「何、急に」
ユミ
「楽しくないのに笑うしさ、好きなのに好きじゃないって言うしさ」
なお
「(笑顔のまま)笑ってないし」
ユミ
「あたし、あんたが本当は何考えてんのか、わかんなかった、昔から」
なお
「…」
ユミ
「あんた、みんなと合わせてるように見せて、自分は違うって思ってるでしょ」
なお
「…」
ユミ
「あたし、付き合い短いわけじゃないじゃん。でも、あたしに本心言ってくれた
ことある?」
なお
「…」
ユミ
「なおがあたしに本心言ってくれたことってあんの?」
なお
「…」
ユミ
「なんで、否定してくれないの?」
なお
「…そんなことない」
ユミ
「じゃあ、聞くよ。本当のこと言ってよ」
なお
「言ってるよ」
ユミ
「なお、タカさんのこと好きなの?」
なお
「だから、違うって」
ユミ
「これからもずっと、そうやって本当のこと言わずにいるの?」
なお
「…好きだよ」
ユミ
「いつから」
なお
「高校の頃から、ずっと…」
ユミ
「ふーん」
高浜
「でも、違うんだよ、きっと彼女は、自分の気持ちを勘違い
してるんだよ。あの夜、僕は」
ユミ
「タカさんは黙ってて!」
なお
「もう、いいでしょ。あたし、帰るね」
ユミ
「何も知らないでいたの、あたしだけか」
なお
「高浜先輩も知らなかったし」
ユミ
「それで?」
なお
「それでって、何?」
ユミ
「良かったじゃん。あたし、別れたら、タカさんとつき合えるでしょ?」
なお
「そんなの…あたしだけで決めることじゃない」
なお、高浜を見つめる。
ユミ、高浜を見つめる。
ユミ
「タカさん、どうすんの?」
高浜
「僕…僕は…」
高浜、立ち上がり、スマホを取り出し、柱の脇へ行く。
高浜、スマホで電話をかける。
素子のガラケーが鳴る。
素子、やさしくらぶりへの抱擁を解き、申し訳なさそうにガラケーを取り出し
ながら、柱の前へ移動する。
素子、通話を始める。
素子
「はい?」
高浜
「姉さん、今どこ?」
素子
「今、ちょっと用事で出かけてて」
高浜
「だから、どこ?」
素子
「〇〇駅の…」
高浜
「隣じゃん!」
素子
「何、隣って」
高浜
「隣の駅!今、僕、△△駅にいるんだよ」
素子
「何やってんの?」
高浜
「ま、あんまり時間もないんだけどさ、ちょっと相談のってくれない?今さ、
女の子と会っててさ」
素子
「ああ、前に話してくれたコね。高校のバドミントン部の後輩、名前が…」
高浜
「三倉ユミ」
素子
「そうそう、三倉ユミさん」
らぶり、反応する。聞き耳を立てる。
高浜
「あと、もう一人、今日会っててさ、同じ後輩のなおってコ」
素子
「なおさん?」
らぶり、驚いて素子を見る。が、すぐに気づかれないように前を見つめる。
らぶり
「なお…?」
高浜
「それでね、今日さ…」
高浜、説明を続ける。
らぶり、立ち上がり、素子の会話を聞こうと、一定の距離を保ちつつ近づく。
舞台、夕焼けで赤く染まる。
高浜と素子が通話している間に、ユミは②に座っている。
ユミ
「座んなよ」
なお、①に座る。
ユミ
「で、いつからなの?」
なお
「…高浜先輩のことは、いつの間にか気になってて…いろいろバドのこと教えて
くれたし、でも決定的だったのは、あの雨の夜のこと…部活帰りのバス停に、先輩が
いて、その日、あたしが片付け当番で、帰りが遅くなって。あたしがバス停、
通りがかったら、先輩がいて、眠ってた。傘が、先輩のバッグの上にあってね。それが
落ちちゃったの。で、あたし、拾って先輩のバッグに置いたら、先輩、急にあたしに
もたれかかってきて…そのまま、あたしの膝枕で寝ちゃって」
なお、黙り込む。
ユミ
「…それで?」
なお
「それでって?」
ユミ
「だから、そこからどうなったの」
なお
「や、これで終わり」
ユミ
「え、それだけ?」
なお
「何、いけない?」
ユミ
「もっとこう…何かあるのかと思った」
なお
「ないよ。しばらくして、先輩起きそうだったんで、あたし、そのまま帰った」
ユミ
「そう」
なお
「うん」
ユミ
「ふーん」
なお、笑う。
ユミ
「何、笑ってんの?」
なお、笑顔をやめる。
ユミ
「あたしは、なおの気持ち、何も知らないまま、高浜とつきあってたんだ」
なお
「そんな、だって、言えないよ、そんなの」
ユミ
「あたしが別れるって言いだした時、正直言って、『ラッキー』とか思ってた
わけだ」
なお
「思ってないよ!思うわけないじゃん!」
ユミ
「その気持ちは本当なの?ウソなの?」
なお、言葉に詰まる。
高浜と素子の通話が続いている。
素子
「それじゃあ、どっちにも、会いたいな。2人とも連れてきてよ。あたし、
2人がファームに馴染めるかどうか見てあげる」
高浜
「そっちで飯食える場所ある?」
素子
「駅前に喫茶店あるから。軽食くらいはあるでしょ」
高浜
「わかった。(改札(AB)のところまで移動して)じゃあね、上り
18時39分発のに乗ってくから」
高浜、素子との通話を終えて、なおとユミのところへ行く。
素子は、様子を見ていたらぶりに気づく。
らぶり
「あ、ちょっと」
と、らぶりスマホを取り出す。
らぶり、⑥の前に行く。しかし、すぐには電話をかけられず、ためらう。
素子は佐里のところへ。
高浜
「ユミ、やっぱり、今日、みんなでご飯食べよう。ほら、せっかくバド部の
メンバーで再会してるんだから」
ユミ
「食べてどうすんの?」
高浜
「どうするのかは、わからない。でも、こんな大事な話、すぐには結論出せ
ないよ。隣の駅で、お茶できるところあるからさ、そこで」
ユミ
「結局、思い出したの?なおとのこと」
高浜
「え?」
ユミ
「なおが言ってた、雨の夜のこと」
高浜
「心あたりはある」
ユミ
「あるんだ…なおもすっごくよく覚えててさ…なんだよ、もう」
高浜
「…あの雨の夜、確かに、僕は彼女に申し訳ないことをした。酔った勢い
とはいえ」
ユミ
「酔っぱらってたの?!」
なお
「そりゃあ、酒飲んだら酔っぱらうだろ」
ユミ
「そういうことじゃなくて、タカさん、高校の頃、そんなにしょっちゅう飲んで
たの?」
高浜
「あの時はたまたま」
ユミ
「だから寝ちゃってたんだ」
高浜
「ただ、全く覚えてないわけではないんだ。だから、彼女に申し訳ないことを
したことは自覚して」
ユミ
「ま、あたしが言うのもなんだけど、そんな申し訳ないことでもないじゃん」
高浜
「え?そういうもんなの?」
ユミ
「たいしたことじゃないでしょ」
高浜
「最近の女子高生は乱れ飛んでるな!キスくらいなら大したことない
のか?!」
ユミ
「キスしたの?!」
高浜
「だから、申し訳ないことしたって」
ユミ、責めるようになおを見る(「また、ウソついたな」)。
なお、混乱する。
なお
「あたし、キスされたんですか?」
ユミ
「覚えてないのかい!」
高浜
「あの…帰りでしょ。雨降っててさ、バス停で歩けなくなってたところで、介抱して
もらって、そしたら、まあ、雰囲気でいいかなあって」
ユミ
「きもい!(または「きしょい!」)」
高浜
「もしかして君も飲んでた?」
なお
「飲んでないです!」
高浜
「まあ、飲んだのは僕と小坂くらいなもんか」
なお
「小坂先輩?」
ユミ
「なんでそこで小坂先輩出てくんの?」
高浜
「だって、一緒に飲んでたの小坂だから」
なお
「小坂先輩、隠れてたんですか?」
高浜
「隠れてない…と、思うよ。正直、飲んじゃった後は、よく覚えてないんだけど」
ユミ
「タカさん、いつの話をしてるの?」
高浜
「え…部活の打ち上げの時の話でしょ。僕とか小坂が3年の」
ユミ、なおを見る。
なお、高浜を見つめる。
ユミ
「タカさん、この子誰か、覚えてる?」
高浜
「失礼な、そりゃ覚えてるよ、バド部の子だもん」
ユミ
「名前は?」
高浜
「た、田中さんでしょ。田中なおさん」
ユミ
「え?」
高浜
「あの時も、介抱してくれた時、誰?って聞いたら、田中ですって、先輩
大丈夫ですかって」
なお、うつむく。
高浜
「たなかさん…?じゃないの?」
ユミ
「彼女は中田。な、か、た」
高浜
「中田…」
ユミ
「うちらの代に田中ちあきってコ、いたんだよ。小坂先輩とつき合ってた…
だから、それ、なおじゃないよ」
高浜
「たなかじゃなかた(無かった)…?」
ユミ
「てか、タカさん、ちあきに酔っぱらってキスしたんだ」
ユミ、冷たい眼差しで高浜を見る。
ユミ
「なおとのことは覚えてないの?」
高浜
「ど、どういうこと?」
ユミ
「雨の夜、部活の帰り、バス停、なおの膝枕、覚えてない?」
高浜、曖昧に首を振る。縦に振っているようにも、横に振っているようにも見える。
らぶり、意を決し、なおに電話する。
なおのスマホが鳴る。
なお、スマホのディスプレイを見て驚く。
なお
「えっ…」
なお、電話に出る。
なお
「もしもし」
らぶり
「あの、あたし、らぶり」
なお
「うん、わかるよ」
らぶり
「あの…久しぶりだね」
なお
「何、今、忙しいんだけど」
らぶり
「ごめん、すぐ終わる。そこに、三倉さん、いる?」
なお
「え?」
らぶり
「名前あってたかな?三倉ユミさん。確か、なおと同じバドミントン部の」
なお
「いるけど、なんで知ってんの?」
らぶり
「もうひとり、誰かと3人でご飯食べに行くの?」
なお
「ちょっと、どういうこと?何で知ってんの?こわいんだけど」
らぶり
「そのもう一人の人のお姉さんと、あたし、今一緒にいるの」
なお
「はあ?」
らぶり
「そのお姉さんのこと、なおに伝えておきたくて」
なお
「はあ…」
らぶり
「その人は決して悪い人じゃないんだけどね、ただ…」
なお、らぶりの話を聞く。
高浜
「がっかりしたよね」
ユミ
「うん?」
高浜
「僕だって完璧な人間じゃない」
ユミ
「そりゃ、まあ、誰だって」
高浜
「きっと、中田さんを傷つけたよね。お詫びも兼ねて、今日はおごるよ」
ユミ
「おごる?」
高浜
「申し訳ないからさ」
ユミ
「まだ、なおとご飯食べるつもりなの?」
高浜
「たな、中田さんだけじゃなくて、ユミも行こうよ」
ユミ
「(あきれて)だからさあ」
高浜
「(怒る気持ちを抑えながら)たまには俺の言うこと聞けよ!先輩だぞ!」
ユミ
「…」
高浜
「(努めて冷静に)あ、つまり、たまには先輩に格好つけさせろって意味
でさ。おごるって言ってんだから」
ユミ
「…わかった」
高浜
「隣の駅にね、あるんだよ、お店。次の上りに乗っていこうよ」
高浜、時刻表を見て、確かめる。
一方、なおとらぶり。
なお
「それ本当なの」
らぶり
「…なおは、あたしが言ったこと、本当かどうか、わかるでしょ」
なお
「…わかるよ」
高浜
「あ、もう(電車が)くるな」
高浜、なおのところに行き、おかまいなく話しかける。
なお
「らぶり、あのさ…」
高浜
「田、中田さん、ごめんね」
なお
「(高浜に)いいんです、別に」
高浜
「田中、田さんも行こうよ。お詫びもかねてさ、ごちそうするから」
なお
「…あたしもですか?」
高浜
「もちろんだよ、せっかくバド部揃ってるんだし」
なお
「ユミは?」
高浜
「うん、一緒に行くって」
なお
「そうですか。」
なお、ユミと目が合う。
なお、通話に戻ろうとするが、らぶりは通話をきっている。
なお
「先輩、ちょっと待ってて」
なお、ユミに近づく。
なお
「ユミ…」
ユミ、なおの方に振り向く。
なお
「高浜先輩と行くの?」
ユミ
「…さあ?」
なお
「行かない方がいいかなって思って」
ユミ
「…どうして?」
なお
「さっき、らぶりから電話あって、久しぶりに。高浜先輩のことで話が
あったんだ」
ユミ
「は?」
なお
「高浜先輩って実はね…」
ユミ
「ねえ、またウソついてんの?」
なお
「や、違うよ。ウソじゃない」
ユミ
「じゃ何?たまたま高浜と再会したその日に、久しぶりにその、らぶりから
連絡が来て、何だか知んないけど高浜の秘密を教えてくれたってわけ?」
なお
「そう…なるかな」
ユミ
「ウソばっか」
なお
「…」
ユミ
「ウソばっかり!」
なお
「本当だって…」
ユミ
「どこがよ。全部ウソでしょ」
なお、むっとする。
なお、ペットボトルの水を飲む。キャップ閉めずに、ゆっくりとユミの頭の上に
ペットボトルを持っていき、かけるか、かけないか。
ユミ、よけようともせず
ユミ
「それで、どうするの?」
なお
「…」
ユミ
「あんた、どうしたいのよ」
なお、ペットボトルの水をユミの頭にかける。ユミ、微動だにしない。
ユミ、ためいきをつき、
ユミ
「一応どういうことか、聞こうじゃない。高浜のこと」
チャプター9
素子、らぶりのところへ行く。
素子
「らぶちゃん、今日、もう本当に帰らなきゃならない?」
らぶり
「あ、まあ」
素子
「本当は予定なんてないんでしょ。何とかならない?ちょうど、
あたしの弟がお友達連れて来るの、次の電車で。一緒にご飯でも
食べましょうよ」
らぶり
「あの、素子さん」
素子
「うん?」
らぶり
「あたし、素子さんっていい人だと思う」
素子
「ありがとう」
らぶり
「だから佐里叔父さんとのこと、考えてほしい」
素子
「え?」
佐里
「らぶり」
らぶり
「さっきの叔父さんの話、結構本気だったと思うんです。佐里叔父さんと、
仲良くしてくれませんか」
素子
「今でも仲良しよ」
らぶり
「本当の意味で」
素子
「本当の意味で?」
らぶり
「叔父さんとの出会いだって、メッセージなんじゃないですか」
素子、目をつむる。
(SE)雨の音。
ユミ
「エーテルファーム?」
なお
「何か、そこからメッセージが届くらしくて」
ユミ
「ふーん」
なお
「(笑って)なんか、信じられないよね」
ユミ
「ホント、あんたのこと信じられない」
なお
「あたし?」
ユミ
「そんな話…信じられると思う?」
なお
「だって…」
ユミ
「らぶりってコが言ったからなんでしょ。じゃ、らぶりってコはそんなに信じられるの?」
なお
「それは、そう…」
ユミ
「今も会ってるの?」
なお
「いや、もう、全然会ってない」
ユミ
「(苦笑して)そんなコの話を信じていいの?」
なお
「…」
ユミ
「てか、本当にそのコからの電話だったの?」
なお
「…そうだって言ってんじゃん」
ユミ、高浜のところに行く。
ユミ
「タカさん。タカさん言ってたその店、行こうか」
高浜
「ユミ…」
ユミ
「言っとくけど、あたしの気持ちも変わったわけじゃないからね。タカさんのため、
タカさんの悪いところ教えてあげるためにあたし、行くんだから」
高浜
「おう…」
ユミ、高浜と改札(AB)に行く。
ユミと高浜、なおとすれ違う。
ユミ
「(目も合わさずに)じゃあね」
高浜
「え?田中さんはいいの?」
ユミ
「なおを覚える気ないんだから、うちらだけでいいでしょ」
高浜
「(なおに)ホント、ごめんね。あ…雨降ってきたから、これ」
高浜、あの傘をなおに差し出す。
なお、傘を受け取る。
アナウンス
「まもなく、1番線に上り電車18時39分発、〇〇行きが
まいります」
ユミ、高浜、2人で改札(AB)をSUICAで抜け、(B外)へ行く。
なお、2人を見送る。
なお、小さく手に持った傘を振る。その後もずっと2人を見送る。
なお、何かを後悔しているような、それでも、これで良かったような表情。
(SE)電車の到着する音。
(SE)発車ベルが鳴る。
鳴り終わると同時に、なお、驚く。
(SE)電車の走り去る音。
ユミが(B外)からゆっくりと戻って来る。A越しになおとユミの会話。
なお
「どうして?」
ユミ
「高浜に言っといた。もう、以前(まえ)のようには、タカさんを想うことが
できなくなった。だから一緒にいられないって」
なお
「…」
ユミ
「好きじゃなくなったっていうのも、なんか正確じゃなくて…高浜にいいところ、
いっぱいあるの、わかってるし。だから、なおの協力がほしくてさ。
まあ、予定どおりってわけにはいかなかったけど」
なお
「ユミ」
ユミ
「うん?」
なお、ペットボトルの水を自分の頭にかける。
ユミ
「ばか!何してんの!」
ユミ、A越しにハンドタオルでなおの頭を拭く。
なお
「さっきはごめん」
ユミ、SUICAで改札(AB)を抜けて中へ入る。
ユミ、引き続きなおを拭く。
なお
「あたしの言ったこと信じてくれたんだ。水かけちゃったのに」
ユミ
「おかげで随分、話しやすくなった。今のほうが感じいいよ、なお」
なお
「言っても水だから、汚れたわけじゃないしね」
ユミ
「そういう問題じゃないから」
なお、ユミ、笑って話しだす。
らぶりと素子。
素子、目を開ける。
素子
「らぶちゃん、あなたの言うとおりかも」
佐里
「あの、どんなメッセージが…」
素子
「佐里さんと私、そしてあなた…」
らぶり
「あたしも?」
素子
「確かに私達には深い結び付きがあるって」
らぶり
「だから、私は…」
素子
「らぶちゃん、あなたは何も悪くない。何も悪くないのに、あなたには
良くない事が続いた。だから、人とのつながりを求めない。
あなたが世界とつながるには、主催の力が必要よ。あたしがそうだったもの」
らぶり
「…」
素子
「あたしと佐里さんとあなたでファームに行きましょう」
佐里
「や、おれも別にファームには」
素子
「(らぶりに)あなたの境遇には、何かしらのメッセージがあるはずなのよ」
らぶり
「あの…」
素子
「あなたのこれまでの過去には、きっと大きなメッセージが込められてるはず」
らぶり
「あの!」
素子
「はい?」
らぶり
「素子さん、すみません。あたし、ホント言うと、友達が、いたんでした」
素子
「そう?」
らぶり
「あたしにも友達がいたんですよ。私を認めてくれる人」
素子、疑いのまなざし。
らぶり
「本当ですよ」
素子
「誰?」
らぶり
「あたしの高校の頃の友達、あたしのシナリオを読んでくれて、いっつも正直な
感想言ってくれて」
素子
「ふーん」
ユミ
「で、どうする?]
なお
「どうするって?」
ユミ
「らぶり。高浜、向かってるじゃん。いいの?このままで」
なお
「まあ、うん」
ユミ
「電話してあげなよ」
なお
「…いいよ(否定)」
ユミ
「え、なんで?」
なお
「らぶりとは、まあ、いろいろあってさ」
ユミ
「ふーん」
なお
「…」
ユミ
「いろいろあったのに、らぶりはなおのこと心配してくれたんだ」
ユミ、なおを連れて、時刻表を見に行く。
素子
「連絡とれるの?」
らぶり
「ええ」
素子
「連絡してみて」
らぶり、スマホでなおに電話をかけようとする。
ユミ
「お!いい感じで、もうすぐこっち行きの電車が来る。ほら!らぶりに
電話しなよ!それに乗ってこいって」
なお
「だから、いいって」
ユミ
「(急かすように)ほら!」
なお、渋々スマホを取り出し、らぶりにかける。
ちょうど、らぶりとなおが同時に電話する。
らぶり・なお
「話し中だ…」
らぶりとなお、電話をきる。
なお
「じゃあ、そういうことで」
ユミ
「何があったか知らないけどさ、このまま会わないでいいの?」
なお
「…らぶりは…あたしと真逆で、独りでいること平気だし、やりたいこと
はっきりしてるし、まっすぐだし…だから割とあたし、尊敬してたんだ。すごい
なあって。でも、卒業するって時にね…らぶり、あたしのこと抱きしめてきて…」
と、なおの説明が続く。
素子
「わかるでしょ。つながらなかったのもメッセージなのよ」
らぶり、うつむく。
素子
「らぶちゃん。行きましょう、あたしとファームへ。」
ユミ
「ふーん…そんなことあったんだ」
なお
「それから、少し距離ができちゃって…」
ユミ
「あんたら似てんだわ、きっと」
なお
「似てる?」
ユミ
「らぶりは本心を口に出せなくて、あんたは自分にウソをついて、どっちも
本当の気持ち、隠そうとしてた。あたしにはそう見えるよ」
なお
「本当の気持ち…」
ユミ
「なおだったらと思って、らぶりは本心を言ったんだよ、きっと。それを
あんたが受け止められたかどうかはさておいて、よ。そんな、らぶりをこのまま
ほっとくの?…それは、なおの本心なの?」
なお、再度、らぶりに電話をかける。
らぶりのスマホが鳴る。らぶり、電話に出る。
らぶり
「はい」
なお
「なお、です」
らぶり
「あ、うん」
なお
「あのさ」
らぶり
「うん?」
なお
「傘持ってる?」
らぶり
「傘?何で?」
なお
「雨、降りだしたからさ」
らぶり
「(外を見上げて)あ、本当だ」
なお
「あたし、傘あるから。今から、こっちおいでよ」
らぶり
「何それ…」
なお
「いいからおいでよ。もうすぐそっちに高浜先輩行くからさ」
らぶり
「どういうこと?」
アナウンス
「まもなく、1番線に18時45分発、上り電車○○行が
まいります」
(SE)電車が到着する音。
ユミ
「(なおに)時刻表、時刻表」
なお
「時刻表、そこもあるでしょ、見て」
3人、改札(AB)に集まり、上部の時刻表を見る(必ずらぶりとなおが
隣同士になるように並ぶ)。
なお
「ほら、もうすぐ下り電車来るでしょ」
らぶり
「ある」
なお
「それに乗って、次の駅で降りて。あたし、そこいるから」
らぶり
「ええ?隣の駅にいたの?」
なお
「そう!隣にいたんだよ、ずっと!」
らぶり
「…行ってもいいの?」
なお
「そこいると、高浜先輩が来て、らぶりもややこしいことに巻き込まれる」
高浜が、(B外)から来る。
らぶり
「あ…多分来た」
なお
「早く、ホームに出なよ、らぶり」
らぶり
「や、ただ…叔父さんが…」
高浜、改札(AB)からSUICAで入ってくる。
らぶり、よける。
高浜、らぶりとなおの間を抜けていく。
高浜、すぐに素子と佐里に気づく。
高浜
「姉さん!」
素子
「あら!(ふと、気づく)あれ、お友達は?」
高浜
「それがね、なんやかんやあって結局、僕ひとりになってしまった」
素子
「雑な説明ねぇ」
高浜
「我ながら、よくわかんなくてさ。一体何が何やら。その人誰?」
素子
「紹介するね、鈴木佐里さん」
佐里
「あ、鈴木です」
高浜
「はじめまして。高浜です。(素子を指して)弟です」
素子
「佐里さんは、あたしと深く結びついてる方なのよ」
佐里
「や、素子さん、まだそんな…」
高浜
「(佐里を冷たく見つめ)そうですか、そうですか」
佐里
「あははは」
高浜
「はははは」
佐里
「じゃあ、おれ、そろそろ」
佐里、帰ろうとする。
素子
「あれ?らぶちゃんは?」
高浜
「お茶でも飲みに行きましょうよ。せっかくですから」
佐里、行こうとするところを、高浜が遮る。
佐里、柱のところへ行くが、高浜も後を追い、2人で柱の周りを
ぐるぐるする。
なお
「それで?高浜先輩、どうしてる?」
らぶり
「何か…ぐるぐるしてる」
なお
「言ってることよくわかんないんだけど、いいから下りに乗りなよ、らぶり」
らぶり
「叔父さんがまだ…」
なお
「なら、別にいいけどさ」
らぶり
「ねえ、心配してくれたの?」
なお
「え?」
らぶり
「心配してくれたの?なお」
なお
「ま、会いたくなったからさ」
らぶり
「急になに…?」
なお
「会いたいの!今!」
らぶり
「今?」
なお
「今っ!(大声で)会いたーい!」
ユミ、驚く。
らぶり
「うるさい…」
なお
「(大声で)会いたいんだー!」
ユミ、大爆笑。
なおも笑う。
らぶり、思わず笑う。
なお
「あんたはどうなの、らぶり」
らぶり
「え?」
なお
「あたしに会いたくないわけ?」
素子、らぶりのところへ行く。
素子
「ねえ、らぶちゃん、弟も来たから、一緒に…」
らぶり
「(素子に気づかないまま)会いたいよ…」
なお
「(笑いながら怒って)聞こえないー」
らぶり
「会ってもいいよ」
なお
「(笑って)なにー?!あたし会いたくなくなった」
らぶり
「(笑顔で)会ってもいいよ!」
なお
「(笑って)あたし会いたくない!」
らぶり
「(大声で)会ってもいいよー!」
素子、高浜、佐里、びっくりしてらぶりを見る。
なお
「(大声で)会いたくなーい!」
らぶり
「(大声で)会ってもいいから!」
なお
「(大声で)会いたくなーい!」
ユミ
「何、こいつら」
アナウンス
「まもなく2番線、18時48分発、下り電車△△行きが
まいります」
なお
「どうすんの?!間に合わなくなるよ!」
らぶり、通話をきって、ダッシュで自分の荷物を回収し、改札(AB)を
SUICAで通り、(A外)へ走り去っていく。
そんならぶりの様子をポカンと見つめる佐里、素子、高浜。
なおとユミ、改札(AB)まで行き、らぶりの到着を待つ。
(SE)強くなる雨音。
照明、徐々に暗くなる。
完全に暗くなりかける前に、(AB)にスポット。
らぶり、(A外)から涙をぬぐいながら来る。
そんならぶりを迎えるなお、ユミ。
完全に暗くなる。
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