シアターリーグ
>
シナリオ
>
オトコのいないこと
>
オトコのいないこと
岩野秀夫
同性婚が認められている架空の日本。
結婚25周年を祝う女性カップル。そんな2人が、養女から急に妊娠の報告を受ける。
しかも、その赤ちゃんは『許されない子』だと言う。養女の赤ちゃんの父親は意外にも…
とある同性婚カップルと養子縁組している娘、カップルのそれぞれの母親が、価値観の
相違を乗り越えるSFホームドラマ。
1 人物
〇ルナ(女)20代前半、レセプト点検の仕事をしている。マリ、カノンとは特別養子
縁組をしている。
〇マリ(女)50代前半、レセプト点検の仕事をしている。この仕事をルナに紹介した
のはマリ。カノンと同性婚している。
〇カノン(女)50代前半、仕事は地方公務員。今の部署では生活保護のワーカー
をしている。マリと同性婚している。
〇ハナ(女)70代、マリの母。
〇エイミ(女)70代、カノンの母。
〇パパ(男)AI
※(登場しないが)レイ 30代後半。マリのいとこ。マリの母(ハナ)の妹(サラ)
の子。
※(登場しないが)ハナの夫
2 舞台
・マリ、カノン、ルナの自宅のリビング。中央に小さめのテーブル×1、イス×4。
・舞台上手後方にディスプレイを模したフレームがあり、フレームの奥にハナが座って
いる。客入れの段階から座っている。
・同様に、下手後方にもディスプレイを模したフレームがあり、フレームの奥にエイミが
座っている。客入れの段階から座っている。
・舞台中央の奥にもディスプレイを模したフレームがあり、フレームの奥にパパが座って
いる。客入れの段階から座っている。
3 本編(ある日の夜)
オルゴールで『ゆりかごの歌』が流れる。
中央のテーブルにルナ、マリ、カノンが座って、ケーキを食べ終えようというところ。
ルナとカノンの前には空のティーカップ、マリの前にはワイングラスとワインボトル。
その他、ケーキ皿、フォーク、ケーキの入っていた箱等、ケーキを食べた跡。
舞台上手後方にディスプレイを模したフレームがあり、フレームの奥にハナが座って
いる。
同様に、下手にもディスプレイを模したフレームがあり、フレームの奥にエイミが
座っている。
舞台中央の奥にもディスプレイを模したフレームがあり、フレームの奥にパパが
座っている。
オルゴール『ゆりかごの歌』の1番が終わる頃、3人はケーキを食べ終える。
マリ
「(ワインを一口飲み)今日のケーキ、いつものとこのじゃないでしょ」
ルナ
「あー、よくわかったね」
マリ
「お店どこ?」
ルナ、ケーキのボックスが入っていた紙袋を見ながら
ルナ
「スイーツハウス・テン・フット・スクエア」
カノン
「テン・フット・スクエア?そんな店あったっけ?」
ルナ
「ほら、商店街の出口の近く。オープンしたばかりの」
マリ
「ふーん」
カノン
「あの、ちょっと狭い店舗のとこでしょ。お店の入れ替わりが激しい」
ルナ
「そこのフィナンシェ食べてみたら美味しかったんで、今回ケーキ買ってみた。
どうだった?」
カノン
「うん、悪くない」
マリ
「『うん、悪くない』だって!やーねー」
カノン
「なんでよ」
マリ
「ルナがせっかくあたし達の結婚記念日に買ってきてくれたのに」
ルナ
「そうだよ」
カノン
「だから、悪くないって言ってるじゃん」
マリ
「だーかーらー、そういう時の答えは、ただひとつ」
カノン
「何?」
マリ、ルナを見つめて
マリ
「『ルナ、美味しかったよ、ありがとう』これでしょお!」
カノン
「おっさんか」
ルナ
「ありがとう、マリママ」
カノン
「いやいやいや。だって、ルナだって、そんな食べてないし」
ルナ
「あたしは、今日ちょっと」
カノン
「マリだって、基本、ワイン飲んでばっかだし」
マリ
「これだって、ルナ買ってきてくれたやつでしょ?」
ルナ
「そうだよ」
カノン
「何だかんだ言って、あたしが一番このケーキ食べてんだからね」
マリ
「じゃあ、美味しかったんだ」
カノン
「うん…まあ、悪くなかったよ」
ルナとマリ、見つめ合って笑う。
カノン
「感じ悪」
マリ
「まあ、そんなカノンとの生活も25年ですよ。思い返せばカノンと出会って
かれこれ…」
ルナ
「(前のセリフに被せ気味に)何かスピーチ始まった」
カノン
「好きだよねぇ」
マリ
「わかった。ちょっと待って」
マリ、立ち上がり、少し立ち位置を変える。
マリ
「パパ」
パパ、フレームのすぐ後ろに立つ。
※以降、パパがセリフを言う時は、毎回フレームのすぐ後ろに立つ。
パパ
「マリ、何でしょう」
マリ
「リビングの照明、消して」
照明が消えて、舞台上が薄暗くなる。
マリ
「で、この上のスポットだけ点けて」
マリに、スポットが当たる。
マリ
「あと、ミュージックも」
パパ
「ご指定の音楽がありますか?」
マリ
「うーん、まかせるけど、なんか、ハッピーな感じの」
パパ
「わかりました」
ハッピーな感じの曲がかかる。
マリ
「いいね!(カノンとルナに)はい、拍手」
カノン、ルナ、拍手する。
マリ
「思い返せば、カノンと出会って、もう30年近くなるかな」
カノン
「そっから始めるの?」
ルナ
「何度も聞いた」
マリ
「当時、カノンは役所で男女共同参画の仕事を担当していて、あたしも参加
していたLGBTQの団体と毎年、講演会の事業で接点があって、そこで
出会った。合ってるよね?」
カノン
「(笑いながら)適当に端折ってよ。あたし、明日、仕事なんだから」
マリ
「あたしだって仕事だわよ」
ルナ
「マリママ、明日レセ点(※=「レセプト点検」)返送で忙しいって言って
なかったっけ」
マリ
「わかってるから…じゃ、まあ…2人はなんやかんやあったけど、気持ちが通じ
合い、周囲の反対を押し切って、当時、稀だった同性婚をしました。以来、25年。
いろいろあったよね、カノン」
カノン
「うん…」
マリ
「みんながみんな歓迎してくれたわけじゃないけど、それでも、あたしとカノンは
力を合わせ、励まし合って…まあ、たまにはケンカもしたけど」
カノン
「や、しょっちゅうしてた」
マリ
「そう?」
カノン
「しょっちゅうしてた」
マリ
「それでもまあ、2人でなんとかやってきた。あたしはこのまま2人でもいい
かなって思ってたから、カノンから子どもが欲しいって、子どもを産みたいって
聞いた時は、正直、驚いたし、迷いもあったけど、でも、あたし達に子どもが
いて、家族になるって、すっごい素敵に思えてきて…あれ?カノンが妊活した
話ってルナにしたっけ?ゲイの友達に、ドナーお願いして」
カノン
「もう話してるよ」
ルナとカノン、笑いあう。
マリ
「そうだっけ?まあ、カノンの妊活はうまくいかなかったけど、結果的
には、まだ小さかった頃のルナと出会えて、こうして家族になれたんだ
から、無駄ではなかったわけで。ルナが無事に大きくなって、まさか、
あたしと同じ仕事をするようになるなんて…ちょっと聞いてる?ルナ」
ルナ、他のことを考えていた様子。
ルナ
「(フッと我に返り)…マリママには、いろいろ教わってます」
マリ
「娘が同じ仕事を選んでくれるって、なかなかイイもんでね。あたしは嬉しいん
だよ。カノンも、部署はとっくに変わったけど、元気に仕事を続けられてて」
カノン
「元気じゃないよ。疲れ、とれない」
マリ
「でも、みんな、こうして、健康で笑顔でいられる。うん、これはなかなか」
ルナ
「(カノンに)『悪くない』でしょ」
カノン
「うん。悪くないじゃない」
カノンとルナ、笑う。
マリ
「(笑いながら)だから、そういう言い方じゃなくて」
パパ
「(上のセリフにかぶせて)マリ…マリ…」
マリ
「何、パパ」
パパ
「気分いいところすみません。カノンにビデオ通話です」
カノン
「あたし?誰?」
パパ
「エイミです」
カノン
「あー…」
カノンとマリ、一瞬、見つめ合う。
マリ
「でなよ」
カノン
「うん。パパ、照明戻して。あと、音楽も止めて」
照明が明るくなる。
音楽がや止む。
カノン、軽くため息。
ルナ
「カノンママ、お茶入れてくるね」
カノン
「あ、ありがとう」
ルナ、自分とカノンのティーカップを持って、下手へ去る。
マリ
「あたしもはずそうか?」
カノン
「ううん。大丈夫。(パパに)いいよ。つなげて」
パパ
「つなげます」
エイミ、フレームのすぐ後ろに立つ。
※以降、エイミがセリフを言う時は、毎回フレームのすぐ後ろに立つ。
エイミ
「カノン」
カノン
「お母さん、今日はどうしたの?」
エイミ
「なによ、あんたたちの結婚記念日じゃない。お祝いしちゃいけない?」
カノン
「そんなことないよ。ありがと」
エイミ
「もう何年になんの?」
カノン
「25年」
エイミ
「そう。よかったわね」
カノン
「マリのおかげ」
エイミ
「まあ、あれだけ反対されてんのに同性婚して、周りからいろいろ言われ
たんだから、別れるなんてできないだろうけどね」
カノン
「(とがめるように)母さん」
マリ
「エイミ母さん、マリです」
エイミ
「あら、マリさん」
マリ
「あの、うちらの周りに割とありますよ。離婚したり、パートナー解消したり
するカップル。まあ、ゲイの友達とかも含めてですけど」
エイミ
「ふーん」
マリ
「うちはカノンがいろいろ気配りできるひとだから、おかげさまで仲良く続いて
ます」
エイミ
「そりゃ良かったわね」
マリ
「エイミ母さんがカノンを大切に育ててくれたおかげです」
カノン
「マリ…」
エイミ
「嫌味のつもり?」
マリ
「どうしてー?本当にカノンのおかげなんですよー」
エイミ
「まさか、こんな娘になるなんて思ってなかったけどね。ルナちゃんはいるの?」
カノン
「いるよ。(下手に向かって)ルナ」
ルナ、下手から来る。
ルナ
「エイミおばあちゃん」
エイミ
「働き始めたんだってね」
ルナ
「はい。会社は違うんですけど、マリママと同じレセプト点検の仕事してます」
エイミ
「そう。たいへん?」
ルナ
「そうですね…まあ、覚えることいっぱいでたいへんですけど、あたしの場合、
困ったらマリママにも聞けますし、在宅で仕事もできるので、なんとか頑張れてます」
エイミ
「あんまり無理しないで」
ルナ
「ありがとうございます」
パパ
「ルナ」
ルナ
「何、パパ」
パパ
「お湯が沸きましたよ」
ルナ
「わかった。ちょっと、エイミおばあちゃん、失礼しますね」
ルナ、下手へ去る。
エイミ
「何?パパって」
カノン
「うちのAIだよ」
エイミ
「あんた、自分とこのAIをパパって呼んでんの?」
カノン
「いいじゃない、別に」
エイミ
「同性婚して、自分の両親が離婚していて、で、自分ちのAIを『パパ』って
呼ぶなんて。ホントいい性格してる」
カノン
「や、別にそんな深い意味は」
マリ
「あのですね」
下手からルナの声
ルナ
「マリママ!ちょっと来てー!」
マリ、エイミに何か言いたそうにするが
マリ
「今いく」
マリ、下手に去る。
カノン
「お母さん」
エイミ
「なに」
カノン
「あたし達が25年続いたのも、ルナを子どもに迎えたのも、マリの理解が
あったからなんだよ。おかげで、お母さんも孫に会えたでしょ。孫の顔が見たいって、
言ってたじゃん」
エイミ
「子供はあんたが欲しがったんでしょうが」
カノン
「そりゃ、まあそうだけど」
エイミ
「ルナちゃん…大丈夫?」
カノン
「え?どうしたの急に…なんで?」
エイミ
「いつもと様子が違ってた」
カノン
「そう?」
エイミ
「何か、こう、おなかに貯めてる感じがして」
カノン
「さっきケーキ食べたばっかだから」
エイミ
「ばか。比喩的なこと言ったのよ」
カノン
「あ、そうなの?」
エイミ
「当たり前でしょ。言いたくても言えない様子とたんなる満腹感と…表情が違って
くるじゃないの…え、もしかして話したの?」
カノン
「何が」
エイミ
「ルナが養子だってこと」
カノン
「そんなの、いいじゃない。あたし達の問題なんだから」
エイミ
「もしかして、ついさっきカミングアウトしたのかと思って」
カノン
「真実告知って言うのよ」
エイミ
「言ってなかったら早く知らせなきゃダメよ」
カノン
「高校入学の時には、もう伝えてる」
エイミ
「そう」
カノン
「もう中学の頃から、どうして、うちは他とは違うのかって、ルナから聞かれ
てたんだから」
エイミ
「…ならいいんだけどさ」
下手から、ルナとマリが戻ってくる。ルナはトレイに紅茶を載せて戻ってくる。
エイミ
「まあ、これからもうまくやんなさい。あたしはあんたの父さんと10年
続かなかった。あたしなりにあんたのこと心配してんのよ」
カノン
「わかってる。ありがと」
エイミ
「じゃあね。ルナちゃん、おやすみ」
ルナ
「おやすみなさい」
マリ
「おやすみなさい!エイミ母さん」
エイミ、通話を終える。
マリ
「あたしはスルーかい」
カノン
「ごめんね、マリ」
マリ
「いつものことだから。でも、本当に変わんないね、カノンの母さん」
カノン
「もう、歳だしね。変わりようが」
マリ
「今でもあたしのこと、許せないんだね」
カノン
「や、許すとか許さない、とかじゃないと思うんだけど」
マリ
「さっきもね、ルナに呼ばれてキッチン行ったじゃない。あれ、ルナが気をきかせて
くれたんだよね」
ルナ
「なんかね。マリママより、カノンママの方が、つらそうだったから」
カノン
「あら(気が利くこと)」
マリ
「エイミ母さんがルナのこと可愛がってるのわかる気がする。(ルナに)それで、
話って何?」
カノン
「え?」
マリ
「さっき、キッチンで言われたんだ。話したいことがあるんだって」
カノン
「ああ…」
ルナ
「カノンママもいい?」
カノン
「…やっぱり」
マリ
「え?何?内容知ってるの?」
カノン
「内容は聞いてないけど、ルナの様子がヘンだなって思ってたから」
マリ
「ええ?」
ルナ
「そう?」
カノン
「なんか、言いたいことをおなかに貯めてる感じがして」
マリ
「だから、ケーキもあんま食べなかったんだ」
カノン
「これは比喩的な意味で言ってるの」
ルナ
「ちゃんと、ケーキ食べたってば」
マリ
「で、何よ、話って」
ルナ
「あのね」
カノン
「うん」
マリ
「何」
と、マリ、ワインを飲もうとする。
ルナ
「あたし…おなかに赤ちゃんがいるの」
マリ、むせてワインを吹き出しそうになる。
マリ
「ぶほ!」
カノン
「もう!ちょっと、やだ、汚い」
ルナとカノン、ハンカチやティッシュでこぼれたところを拭く。
マリ
「ちょ、ちょっと、ルナ、今、なんてった?」
ルナ
「赤ちゃんがね…おなかにいるの」
マリ
「誰のおなかにいるのよ?」
ルナ
「あたしに決まってるでしょ」
マリ
「えー…」
カノン
「本気で言ってる?」
ルナ
「うん…」
カノン
「産婦人科行ったの?」
ルナ
「まだ…でも、検査キットで陽性がでて」
カノン
「ちゃんと確認した方いいから、病院行きなよ」
ルナ
「うん…」
マリ
「相手は?そのこと知ってるの?」
ルナ
「相手ってのは」
マリ
「だから…その子のパパになる人」
ルナ
「…」
ルナ、紅茶をぐいぐい飲む。
マリ
「黙っちゃったよ」
カノン
「相手知らないんだ。ルナの妊娠のこと」
マリ
「そっかあ…」
一同、沈黙。
カノン
「マリ、知ってる?ルナの彼…」
マリ
「いや…」
カノン
「そっか。ちょっとね…こういうのって普通、交際期間があって、彼の紹介が
あって、結婚して、その後聞くのが、親のだいご味だと思ってた」
マリ
「なんだか、いきなり〆のケーキが出てきた気分ね」
ルナ
「(軽く笑って)さっきからケーキの話ばっかり」
マリ
「あんたの心配して言ってんの!」
ルナ
「ごめん」
カノン
「ねえ、ホント、彼にすぐ連絡して、相談した方がいいよ」
ルナ
「うん…」
ルナ、涙が滲んでしまう。
ルナ
「ごめん…」
カノン
「ルナ」
マリ
「や、ちょっと」
ルナ、涙が止まらなくなる。
ルナ
「そうだよね。いきなり、こんなこと言ったら、心配しちゃうよね。ごめん」
マリ
「や、気にしないで。あたしとカノンなんて結婚するって言ったときから、
親に心配かけて」
カノン
「今はそんな話いいから」
ルナ
「ねえ、マリママ、カノンママ」
マリ
「どうした?」
ルナ
「もし、この赤ちゃんが許されない子だとしても、マリママ、カノンママは、
あたしがこの子を産むことを許してくれる?」
マリとカノン、顔を見合わせる。
カノン
「ルナ…」
マリ
「許されない子って…どういう…」
ルナ
「あたし、産んでもいいのかな」
カノン
「ああ…でも…相手がどんな立場の人でも、言わなきゃだめだよ。その子の
父親はその人だけなんだから。ちゃんとその人と相談して」
ルナ
「それができないから、あたしはママ達に聞いてるの!」
マリ
「どういうこと?」
カノン
「彼に言えない事情があるの?」
ルナ
「…あたし、わかんなくなっちゃって」
マリ
「わかんないって…」
パパ
「マリ、ビデオ通話です」
マリ
「…え?」
パパ
「ビデオ通話です。ハナですよ」
マリ
「ああ…」
ルナ、涙をぬぐいながら下手へ去る。
カノン、後を追おうとするが、ためらってしまう。
マリ
「わかった。でるよ、パパ」
ハナ、フレームのすぐ後ろに立つ。
※以降、ハナがセリフを言う時は、毎回フレームのすぐ後ろに立つ。
ハナ
「もしもしい」
マリ
「お母さん」
ハナ
「おめでとお、マリちゃん。25周年でしょ。バンサンカーン」
マリ
「うん」
ハナ
「早いものねえ。今度、何かお祝い送るわね」
マリ
「いいよ、別に。お母さんだってお金に余裕あるわけじゃないんだから」
ハナ
「あたしが送りたいんだって」
カノン
「お母さん」
ハナ
「ああ!カノンさん」
カノン
「いつもありがとうございます」
ハナ
「こちらこそお。マリちゃんがお世話になってますう」
カノン
「お父さんにもよろしくお伝えください」
ハナ
「オーケー、オーケー。ホント、うちのハズバンはトゥーシャイだから、挨拶も
しなくてごめんなさいねえ」
カノン
「いえ」
マリ
「お父さん、元気なの?」
ハナ
「うん。かわんない。というか、わかんない。最近姿見てないわあ」
マリ
「ちょっと、大丈夫なの?」
ハナ
「まあ、なんかあれば言ってくるでしょ。ルナちゃんは、元気なの?」
マリ
「うん、ま、ちょっと今調子悪くて、休んでる」
ハナ
「まあ、大丈夫?仕事忙しいの?」
マリ
「仕事…というよりも、まあ女の子特有のやつだから」
ハナ
「そう。あたしはもうそういうのすっかり忘れちゃったわあ!」
マリ
「ねえ、お母さん」
ハナ
「うん?」
マリ
「例えばよ。例えば、お父さんに、隠し子ができたとするでしょ」
ハナ
「ホワット?!フー?!どこの女?!」
マリ
「だから、例えばよ、例えば」
ハナ
「最近、お父さん見かけないから、あやしいのよ」
マリ
「お父さんだって、もういい年なんだから」
ハナ
「いい年して、あの野郎!ダーティオールドマン!」
マリ
「ちょっと落ち着いて!お父さんじゃなくて、あたしの知り合いの話!」
ハナ
「オーマイ」
マリ
「お母さんたち、ホント大丈夫なの?」
ハナ
「じゃあ、お父さんじゃないのね」
マリ
「さっきからそう言ってるじゃない!だから、仮によ。仮にお父さんに
隠し子ができたとしたら、お母さんはその相手の人に、産んでほしいって
思う?」
ハナ
「うーん…」
マリ
「産んでほしくないよね、やっぱ」
ハナ
「難しい話だけど、まあ、状況にもよるわよねえ」
マリ
「状況って何?」
ハナ
「つまり、その赤ちゃんは、できたのか、つくったのか」
マリ
「できたのか?つくったのか…?」
ハナ
「どっちなの?」
マリ
「うーん…」
ハナ
「あんたにできたわけじゃないんでしょ?」
マリ
「ちがうちがう!」
ハナ
「え、なに、てことは…」
ハナ、怪訝そうにカノンを見つめる。
カノン
「あたしじゃないです」
ハナ
「じゃ、誰?ルナちゃん?なんてことはないわよね!こないだレイちゃんと
中国行ったばかりで」
カノン
「中国…」
マリとカノン、顔を見合わせる。
マリ
「ありがとう!参考になった。あの、ちょっとルナみてくるから、また後で
電話するね。きるね、きるからね」
ハナ
「あら、そう。じゃ、ここで待ってるわね」
マリ
「じゃあね」
ハナ、通話を終える。
マリ、ため息。
カノン
「いいの?きっちゃって」
マリ
「ああ、お母さんの話、長いから。それより、確かにルナ、中国に行ってたね」
カノン
「レイちゃんて…」
マリ
「あたしのいとこ。お母さんの妹の子。なんかルナと仲良くてさ」
カノン
「中国行ったのって4カ月くらい前だっけ」
マリ
「あやしくない?妊娠がわかるのと時期も合うし」
カノン
「どういうこと?あ…つまり、レイさんって男の子だったってこと?」
マリ
「や、レイは女なんだけど、レイを騙る男と行ったか…あるいは、レイ以外に
男がいたか…」
カノン
「その男がワケありってわけか」
マリ
「何、その『ワケ』って」
カノン
「生保のワーカーやってると、まあ、本当にいろんな人いるからね。そんなの
あり?って人、大勢いるから」
マリ
「妻子持ちとか?」
カノン
「そんなの普通にあるある。他、例えば…過去に犯罪歴ありとか?」
マリ
「えー…」
カノン
「ヤク中とか?」
マリ
「えー…」
カノン
「余命いくばくもないとか?」
マリ
「でもでもでも…ちょっと冷静になろう!」
カノン
「あんたがね」
マリ
「あたしにはルナがそんな、ワケあり男と子どもつくるなんて思えない」
カノン
「あたしも思えないよ。でも、だまされてた、とかいうことも考えられるでしょ」
マリ
「ルナが?えー…?だって、あの子があたしと同じレセ点の仕事を選んだの
だって、人との接触が極力少なく、在宅でもできる仕事がいいからって選んだん
だよ。あの子、慎重すぎるくらい、人に対して警戒するから」
カノン
「でも、そういう免疫のない人に限って、一度信じると、コロッと騙される」
マリ
「いやあ、ルナに限ってそんなこと…」
カノン
「ルナに限って…そうか…」
マリ
「どうした?」
カノン
「マリ、覚えてる?ルナと初めて会った時のこと」
マリ
「2人で施設に行ったときでしょ」
カノン
「子供たちが何人もいる中で、あたし達とまっさきに目が合って、じっと
あたし達を見つめてた子、あたし達を選んでくれた子がルナだった」
マリ
「うん、覚えてる」
カノン
「あの子は最初から、自分の意志が感じられる子だった」
マリ
「そうだったね」
カノン
「そうだよ…ルナは、赤ちゃんができたんじゃない。つくったんだよ」
マリ
「だから、でも、誰と…?」
カノン
「それは…レイさんが何か知ってるはず」
マリ
「パパ!」
パパ
「マリ、なんですか」
マリ
「パパ、レイちゃんの連絡先って登録ある?」
パパ
「レイですか?」
パパ
「あたしのいとこで、ほら…4か月くらい前にルナと一緒に中国行った」
パパ
「少々お待ちください(3秒後)登録ありません」
マリ
「まあ、そりゃそうか…」
カノン
「ハナ母さん、知らないかな?連絡先」
マリ
「パパ!」
パパ
「マリ、なんですか」
マリ
「ハナにつないで」
パパ
「音声?ビデオ通話?」
マリ
「ハナにまかせる」
パパ
「ハナにつなげま」
ハナ
「(間髪いれず)待ってたわよー!」
マリ
「早っ!」
ハナ
「言ったじゃない!電話口でずっと待ってるって!ルナちゃん、大丈夫だった?」
マリ
「あんま調子よくないみたい」
ハナ
「そりゃねえ、中国で手術受けたんだから、まだまだ本調子ってことには」
マリ、カノン
「えっ…」
ハナ
「え?受けたでしょ、中国で手術。やだ、知らなかった?うそでしょお?」
マリ
「や、ほら、だってもう何か月も経つしさ、もうかなり良くなってはいたんだけど
(カノンに)ねえ」
カノン
「そ、そうね」
マリ
「でも、なんで母さん、知ってるの?」
ハナ
「こないだ、妹と話した時…あ、妹って、あたしの妹ね。サラ叔母ちゃん」
マリ
「わかるよ」
ハナ
「サラ叔母ちゃんね、聞いちゃったんだって。レイちゃんとルナちゃんが電話で、
何か手術の話をしてるとこ。聞いちゃったって言うか、聞こえてきちゃったって
言うか、聞くとはなしに耳に入ってきただけだから、そんな盗み聞きした…」
マリ
「いいの、いいの。でも、良かった。ちょっとその件で、レイちゃんと連絡
とりたくてさ」
ハナ
「レイちゃん?」
マリ
「海外の診療行為って、国内の保険で請求する時、いろいろ書類が必要なのよ。
で、足りないのがあってさ、レイちゃん持ってないかなって」
ハナ
「ああ…(わかったようなわからないような)」
マリ
「レイちゃんの連絡先知ってる?」
ハナ
「直接はわからないけど、サラ叔母ちゃんちの電話番号ならわかるよ。
レイちゃん、まだ一緒に住んでるから」
マリ
「教えて!」
ハナ
「じゃ、うちのAIから、マリんちのAI、パパって言ったっけ?」
マリ
「そう」
ハナ
「パパに転送しておくね。それから、お父さんの話なんだけど…お父さん、また
勝手に高そうな釣り竿買ったみたいで、こないだ、こんな長い段ボールが…」
マリ
「お母さん、ごめん、ちょっと急ぐから、先にレイちゃんちの連絡先、転送して」
ハナ
「レイちゃんね(モニターの奥に引っ込みながら)ぐーぐるー、あのお、
あたしの妹の家の電話の番号の…」
マリ
「お願いね!」
マリ、カノンを見つめる。
マリ
「…どう思う?」
カノン
「マリ、知ってた?ルナの手術のこと」
マリ
「ううん(否定)」
カノン
「あたしも…手術ってどういうこと?」
マリ
「さあ、知らない」
カノン
「てか、そんな手術の跡っぽいの、ルナにあったっけ?」
マリ
「や、流石にもうそんな、身体じろじろ見れないし」
カノン
「痛そう…とか、辛そう…とか」
マリ
「わかんなかった…カノンは?」
カノン
「…あたしも」
パパ
「ハナから電話番号が送られました」
※ハナはフレームの後ろで、立ったまま待機する。
カノン
「そもそも、ハナ母さんの話も、また聞きなんだから、直接、レイさんに
確認しないと、なんとも言えない」
マリ
「そうね…(妙にいらだって)もう!パパ!」
パパ
「マリ、なんですか」
マリ
「今送られてきた電話番号にかけて」
パパ
「ハナとの通話が保留中ですが」
マリ
「悪いけど、保留のままにして、送られてきた電話番号につなげて」
パパ
「わかりました。音声?ビデオ通話?」
マリ
「相手にまかせる」
パパ
「1回線、保留にします。サラの家に電話します(3秒後)留守電につながり
ます。メッセージ残しますか?」
マリ
「残す」
パパ
「メッセージをどうぞ」
マリ
「あー…サラ叔母様、ご無沙汰してます。マリです。レイちゃんに、ルナのことで
用事があって電話しました。レイちゃんから折り返しを…」
パパ
「音声です。(レイ)もしもし…」
マリ
「あ、レイちゃん?お久しぶり。マリです」
パパ(レイ)
「ご無沙汰してます」
マリ
「ごめんね、こんな時間に。叔母様は…」
パパ(レイ)
「今日はもう寝ました」
マリ
「そう」
パパ(レイ)
「マリさん、ルナのことって」
マリ
「ああ、そう。レイちゃんに聞きたいことがあって」
パパ(レイ)
「聞きたいこと?何ですか?」
マリ
「ま、聞きたいことって言うか、確認したいことなんだけど、ルナと一緒に中国
行ったでしょ、ほら、いつだっけ」
カノン
「(上演から4か月前)〇月頃」
マリ
「そう、〇月頃だから4か月くらい前かな。で、ほら、ルナ、そっちで手術
受けたでしょ。海外の手術って、日本の保険で請求する時、いろいろ必要な
書類があってさ。ちょっと、足りないのがあって、ルナに聞いてもらちがあかない
から、レイちゃん持ってないかなって…」
パパ(レイ)
「はあ…」
マリ
「その中国での手術のレセプト…って言ってわかるかな。診療の明細が書かれて
いるやつのね…」
パパ(レイ)
「マリさん」
マリ
「や、わかんなかったらわかんないでいいのよ、ダメもとで聞いてるんだから。
あとでまたルナに聞いて」
パパ(レイ)
「(間髪入れず)ねえ、マリさん、その話、誰から聞いたんですか?」
マリ
「え?誰って、ルナからだよ」
パパ(レイ)
「手術の話をルナから聞いたんですか?」
マリ
「そうよ。なんで?」
パパ(レイ)
「マリさん、失礼ですけど、嘘ですよね」
マリ
「え、なんで?」
パパ(レイ)
「ルナからは聞いてないでしょ」
マリ
「そんなことないよ。なんでそんなこと言うの」
パパ(レイ)
「…」
マリ
「レイちゃん、ルナ、手術、受けてるんでしょ。私も心配だから、確認してん
のよ」
パパ(レイ)
「…」
マリ
「…なんで、黙ってるの」
パパ(レイ)
「…自由診療だからですよ」
マリ
「…えっ?」
パパ
「手術。自由診療の…無保険のを受けたんですよ、ルナ」
マリ
「ええ?…」
パパ(レイ)
「レセプトとかないんですよ。ルナも当然、それを承知で…」
マリ
「…本当なの?」
パパ(レイ)
「だからさっきのが嘘だってわかったんです。ルナがそんなこと言う
はずない」
マリ
「…」
パパ(レイ)
「…申し訳ないですけど、マリさん、ルナのことわかってない」
マリ
「え…だって」
パパ(レイ)
「すみません、もう切ります」
マリ
「ちょっと待って!」
カノン
「待ってレイさん!カノンです」
パパ(レイ)
「どうも…」
カノン
「横から入っちゃってごめんね。実はね、さっきルナから、お腹に赤ちゃんが
いるって話を聞いたの」
パパ(レイ)
「ルナから?」
カノン
「うん。でも、こうも言ってたの。この子が許されない子だとしても、あたし、
産んでいいかって」
パパ(レイ)
「…」
カノン
「あたしもマリも、ルナが中国で手術を受けたこと知らなくて、赤ちゃんの
話もついさっき聞いたばかりだから、もういろいろ混乱しちゃっててさ。
教えてくれない?中国で何があったのか」
パパ(レイ)
「…」
カノン
「誰か、男の人が一緒に行ったんでしょ?それが誰なのか、知りたいの。
ルナさん、知ってるんじゃない?」
パパ(レイ)
「ねえ、カノンさん、マリさん」
カノン
「(同時に)はい」
マリ
「(同時に)なに」
パパ(レイ)
「カノンさんやマリさんが、ルナのこと、とても大切に育てて
くれたことはわかります。ルナからも、両親のいなかった自分にとって、2人が
本当に大切な存在だってこと、いつも聞いてましたから。
でもね、2人から愛されたことと、ルナが2人のママから育てられたことで、
周囲からどんなふうに言われてきたかは、別の話なんですよ」
マリ
「ど、どういう…」
パパ(レイ)
「あたし、ルナから口止めされているから、全部は言えない。
でも、あたしもルナのことすっごく心配している。ねえ、どうかしっかりとルナと
話をして。ルナをわかってあげて」
カノン
「わかってあげてるつもりだけど」
パパ(レイ)
「それじゃあ、どうして中国に一緒に行く相手に私を選んだか。
友達じゃなくて、私だったのか。わかります?」
カノン、マリ、目を合わせる。
パパ(レイ)
「それじゃ(パパに戻り)通話がきれました」
マリ
「どうする?カノン」
カノン
「ね。どうしよう」
マリ
「レイちゃんのあの言い方。ルナは何を隠してるんだろう」
カノン
「…」
マリ
「まだまだ子供だと思ってたのに…」
カノン
「マリ」
マリ
「10年前はこれっくらいの背丈で、周りの子よりも小さいくらいだった
のに…」
カノン
「もうとっくに大人だったのよ」
マリ
「あの子、相手を隠してどうするの?隠し通すつもりなの?で、何?独りで
産んで育てるつもりなの?子育てを何だと思ってるの?もう本当に何考えてん
だか…」
カノン
「マリ!」
カノンも座り、マリの手を握る。
マリ
「(すねながら)…なに?」
カノン
「ルナのこと信じてあげよう」
マリ
「信じてるよ」
カノン
「それじゃあ、ルナがどんな人を相手に選んだとしても、ルナのこと、
ちゃんと受け止めてあげなきゃダメだよ」
マリ
「わかってるよ」
カノン
「ルナ、赤ちゃん産めるんだね。いいなあ」
マリ
「何それ?」
カノン
「あたし、結局子どもを産むことはできなかったじゃない?でも、ルナは
産めるんだなあって」
マリ
「カノンはカノンで頑張ったんだからいいの」
カノン
「わかってるよ。ただ、いいなあって」
カノン、微笑む。
マリ、カノンの手を握り返し、微笑み返す。
マリ、立ち上がり、ワイングラスに残っていたワインをぐいっと飲み干す。
マリ
「ルナ、呼んでくる」
マリ、下手へ去る。
カノン、しばらくマリを見つめていたが
カノン
「お母さん…か」
カノン、エイミのフレームの前に立ち
カノン
「パパ」
パパ
「カノン、なんですか」
カノン
「エイミを呼び出して」
パパ
「音声?ビデオ通話?」
カノン
「ビデオ通話」
パパ
「呼び出します」
カノン、待っている間、鼻歌のように『ゆりかごの歌』を歌い出す。
カノン
「♪『ゆりかごのうたを、カナリヤがうたうよ。ねんねこ、ねんねこ、
ねんねこよ。ゆりかごのうえに、びわの実が』」
エイミ
「なに」
カノン
「あ、お母さん、あのね、ルナのことなんだけど」
エイミ
「どうかしたの?」
カノン
「ねえ、どうして、ルナに何かあったってわかったの?」
エイミ
「やっぱり何かあったの?!」
カノン
「うん、まあ」
エイミ
「何があったの?大丈夫なの?」
カノン
「ルナね、妊娠してたみたい」
エイミ
「まあ…」
カノン
「あたし、ルナに言われるまで気づかなくって」
エイミ
「大事にするようにしなさいよ、ルナちゃん。お腹に赤ちゃんがいると、
いろいろたいへんになるから。あんたはわかんないだろうけど」
カノン
「(少し傷つき)そういう言い方しなくても」
エイミ
「ルナちゃん、いくつだったっけ」
カノン
「21」
エイミ
「まあ、年齢的には別にいいんだろうけど。相手はどんな人なの?」
カノン
「それが、教えてくれなくて」
エイミ
「何かあんのね、きっと」
カノン
「ねえ。お母さん、どうして、ルナの様子がヘンってわかったの?」
エイミ
「ヘンだなんて言ってない。いつもと違うって言ったのよ」
カノン
「だから、どうしてわかったの」
エイミ
「知らないわよ、そんなの。わかるからわかったとしか言いようないでしょ」
カノン
「あたし、ルナのことずっと見守ってきたのに。ルナのこと、わかって
なかったんだ」
エイミ
「おこがましい。直接血のつながりのない子のことを、そんなわかった気で
いるほうがどうかしてんのよ」
カノン
「…何でそんなこと言うの」
エイミ
「わかんなかったからよ」
カノン
「何が」
エイミ
「あんたのこと」
カノン
「あたし…?」
エイミ
「血のつながりがあってもね、あんたがまさか、同性婚するようだなんて、
ずっとわかんなかったから」
カノン
「…」
エイミ
「これでも、あたしは、あんたのこと、わかろうとしたんだけどね。
あたしにはあんたが一番、一緒に人生を過ごしたひとだから」
カノン
「うん…」
エイミ
「ま、今でも、よくわかってないんだけどさ」
カノン
「そう…?」
エイミ
「ルナちゃんはそこにいない?」
カノン
「いないよ。なんで?」
エイミ
「…うまく言えないんだけど、こう…命が続くのっていいもんだから。
できれば、あたし、あんたの子がみたかったよ。ルナちゃんはルナちゃんで
かわいいんだけどさ。」
カノン
「…ルナはあたしの子だよ」
エイミ
「まあ、そうなんだろうけど」
カノン
「ルナの赤ちゃんにも歌ってあげるんだ」
エイミ
「何を」
カノン
「『ゆりかごの歌』。お母さんがあたしに歌ってくれてた」
エイミ
「よく、覚えてるのね」
カノン
「いっつもそれしか歌ってなかったでしょ」
エイミ
「そう?」
カノン
「(笑って)お母さん、あんまり子守歌のレパートリー無かったから」
エイミ
「失礼な」
マリとルナが戻って来る。
ルナ、下手のところで、リビングに入ることをためらっている。
マリだけ、入って来る。
マリ
「(エイミとのビデオ通話に気づき)あ、話し中だった?」
カノン
「大丈夫」
エイミ
「ハナさんは知ってるの?」
マリ
「はい?」
エイミ
「ルナちゃんのこと」
マリ
「あ…まだ言ってないです」
エイミ
「早めに言ってあげたほうがいいわよ」
マリ
「はい」
エイミ
「…それじゃあ、うまくやんなさい」
エイミ、通話がきれる。
マリ
「(ルナを見て)入って」
ルナ、入って来る。
マリ
「座って」
ルナ、座る。
マリ
「さっきはごめん。あたし達、ちょっと驚いちゃって」
カノン
「ごめんね」
マリ
「でも、もう大丈夫。何があってもあたし達ルナの味方だから、ね(とカノンに)」
カノン
「うん、安心して」
マリ
「だから教えて。許されない子ってどういうこと?」
カノン
「お父さんは誰なの?」
ルナ
「…」
マリ
「もしかして、あたし達知ってる人?」
ルナ、しばらくためらった後にうなづく。
マリ
「え…誰?」
カノン
「誰か紹介してくれた人いたっけ?」
ルナ、首を横に振る。
マリ
「え?じゃ誰?」
カノン
「誰なのよ」
ルナ
「…あたし」
マリ
「うん…で、誰?」
ルナ
「あたし」
マリ
「…や、だから、ルナのパートナーが誰なのかって聞いてるわけで」
カノン
「おなかの赤ちゃんのお父さんが誰なのかって話をしてるの」
ルナ
「あたしなの…赤ちゃんのお父さん」
マリ
「え?」
カノン
「は?」
ルナ
「赤ちゃんのお父さんはあたしなの。あたしのクローンが、あたしのお腹にいるの」
マリ
「え…」
カノン
「クローン…」
マリ
「クローン?」
カノン
「クローン」
マリ
「…クローン」
マリ、気づく。
マリ
「あんた、中国で受けた自由診療って、もしかして」
ルナ、うなづく。
マリ
「ルナのDNAを、ルナの子宮に着床させる手術だったのね」
カノン
「え?何、どういうことなの?」
マリ
「ルナは自分のお腹に、自分を宿したの」
カノン
「はあ?」
マリ
「確かに、お腹の赤ちゃんのお父さんはルナってこと」
カノン
「でも…じゃあ…お母さんは誰よ」
マリ
「ルナでしょ。当たり前じゃない」
カノン
「あ~もう、わけわかんない…」
マリ、深いため息の後
マリ
「うわさで聞いたことあるんだけど、中国では、一部の大学病院で秘密裏に
クローン人間の実用化が研究されているって話」
カノン
「ええ?そんなことしていいの?」
マリ
「中国政府は認めてないけど、独自に非公式で研究している大学病院が
あるらしくて…中国って一人っ子政策と経済発展の影響で、人口減少が
続いているから、将来的なニーズを見越してるみたいね。もちろん、世界的には、
クローン技術は法的にも倫理的にも、まだ認められていない」
カノン
「そうだよねえ」
マリ
「あなた、こっそり調べてたのね」
ルナ、うなずく。
マリ
「どうして…ルナ…」
ルナ
「…」
カノン
「(マリに)ねえ」
マリ
「ん?」
カノン
「ちょっと…」
マリ
「なに」
カノン
「いいから」
カノン、マリを連れて舞台前方へ行く。
カノン、ルナを気にしながら
カノン
「こんなのだめでしょ」
マリ
「だめって」
カノン
「だって…違法につくった子どもってことでしょ」
マリ
「まあ…」
カノン
「そんな子認められるの?」
マリ
「あたしだってわかんないよ。でも、父親がわからない子供はいるわけだから、
そういう方面はカノンの方が詳しいんじゃないの」
カノン
「調べてみないと、なんとも…」
マリ
「大体…だめだとしたら、どうすんのよ、お腹の赤ちゃん…」
カノン、スマホを取り出し、調べ始める。
マリ、ルナを気にして
マリ
「…ちょっと、向こうでやってよ」
カノン、下手のはけ口に立って、スマホで調べものを始める。
マリ、ルナのことが気になるが、カノンを追う。カノンの調べるスマホの画面を一緒に
見つめる。
ルナ、マリを見送った後
ルナ
「パパ」
パパ
「ルナ、なんですか?」
ルナ
「パパ…あたしにやさしい言葉かけて」
パパ
「やさしい言葉ですか」
ルナ
「パパだったら、どんな言葉をかけてくれる?」
パパ
「ルナに、やさしい言葉」
ルナ
「パパらしくイケボで言って」
パパ
「イ、イケボ?」
ルナ
「うん」
パパ
「イケボ…(イケボで)ルナ、大丈夫だよ。私がそばにいる」
ルナ
「パパ、あたし、どうしたらいい?」
パパ
「(イケボで)わたしには、わかりません」
ルナ
「…もういい」
パパ
「(イケボで)でも話を聞くくらいは」
ルナ
「イケボもいい(「いらない」の意)」
パパ
「(普通の声に戻り)話を聞くくらいは」
ルナ
「ありがと」
ルナ、両手で顔を覆いながら
ルナ
「(声が極力漏れないように)あーーーーもーーーー!」
パパ
「ルナ」
ルナ
「本当になんなの?!ママ達って何にもわかってない!ねえ、聞いてる?パパ」
パパ
「聞いています」
ルナ
「ママ達はわかってない!あたしがどんな思いをして生きてきたか。2人のママに
育てられたってことが、どれだけあたしの人生を面倒なものにしたか…ねえ、パパ。
あたしさ、友達っていないんだ」
パパ
「ルナの関係者の登録は全部で16件です」
ルナ
「みんな関係者ってだけだよ。スマホの登録なんかもっと少ない」
パパ
「レイは?頻繁に連絡をとっていたのでは?」
ルナ
「レイさんは親戚なんだけどさ。あたしはママ達の養子だから、直接的な
血縁じゃない(否定)。パパ、あたしね、不安なんだ」
パパ
「不安ですか」
ルナ
「これからも、ずーっと独りぼっちってことに…」
パパ
「ルナには、マリやカノンがいるのでは」
ルナ
「ママ達といつまでも一緒ってわけにいかないでしょ」
パパ
「ルナにもいつかパートナーが現れるのでは」
ルナ
「パートナー…」
パパ
「ルナにもいつかパートナーが」
ルナ
「あたしは、もっと確かなつながりが欲しい」
パパ
「マリやカノンやレイ、みんなルナとつながっているのでは」
ルナ
「そうじゃないんだよ…あたしと直接つながりのある誰かが欲しくて…」
ルナ、両手でお腹を抱え、お腹を見つめる。
ルナ
「でも、なんか…ママ達にはわかってもらえそうにないね。あ~あ、
なんだか飲みたくなっちゃった」
ルナ、立ち上がり、ワインボトルから直接ワインを飲もうとする。
ルナがワインボトルに口をつけた瞬間
パパ
「ルナ」
ルナ
「うん?」
パパ
「お酒は良くないんじゃないですか?」
ルナ
「…」
パパ
「あなたの検索履歴に記録がありました」
ルナ、ワインボトルを置く。
※このあたりから、イライラしたハナがパパに対し、発声なしで『いつまで
待たせてんの?!』アピールを始める。
ルナ
「パパ、教えて」
パパ
「ルナ、なんですか」
ルナ
「あたしがクローンの手術を受けたこと話したの、レイさんでしょ」
パパ
「…」
ルナ
「パパ?」
パパ
「やりとりを再生します。(レイ)『あたし、ルナから口止めされているから、
全部は言えない。でも、あたしもルナのことすっごく心配している。ねえ、どうか
しっかりとルナと話しをして。ルナをわかってあげて』
これが履歴に残ってます」
ルナ
「レイさん…もう、なんで…(手術のこと言っちゃったのか)」
ルナは怒っていない。
パパ
「ルナ」
ルナ
「うん?」
パパ
「すみませんが、ハナのビデオ通話が保留中のままです」
ルナ
「え?いつから?」
パパ
「かれこれ〇分くらい」
ハナ、尋常じゃなく『つなげてくれ』とアピールしてる。
ルナ
「ええ?」
パパ
「つなげてくれって尋常じゃない状態です。つなげてよいですか?」
ルナ
「わかった」
パパ
「つなげ…」
ハナ
「ちょっと待たせすぎい」
ルナ
「ハナおばあちゃん。ごめんね、マリママ、今取り込んでて」
ハナ
「ちょっとでも、話せない?やあね、あたしのハズバンがさっき珍しく早めに
帰ってきて、久しぶりに会ったもんだからあたし何話したらいいかわかんない
のよ。しかも、明日、〇〇(←お近くの釣り場の名前を)まで釣りに出かける
から朝4時に起こしてくれって!よ、よ、4時って!よ、よ、4時って!
これはもう、マリに起こしてもらおうって」
ルナ
「(ハナの話に割り込むように)あの、ちょっと、マリママ呼んできますんで」
ハナ
「そういえばルナちゃん、体調もういいの?」
ルナ
「あ…はい」
ハナ
「中国で手術したんだってね。マリも心配してた」
ルナ
「ええ…」
ハナ
「なんか、レイに保険のこと聞きたいって言ってたけど、大丈夫だったのかしら」
ルナ
「レイさんに?」
ハナ
「だから、サラ叔母さんの連絡先伝えといたんだけど」
ルナ
「ああ…そういうこと…」
ハナ
「それにね。マリからミステリアスな質問を受けたのよ。赤ちゃんがどうの
こうのって…」
ルナ
「マリママからですか」
ハナ
「そうよ」
ルナ
「じゃあ、ハナおばあちゃんもご存じなんですね」
ハナ
「まあ、全部ってわけじゃないけど…で、保険の方は?大丈夫なの?」
ルナ
「や、保険使ってないんですよ」
ハナ
「ホワット?保険使ってないの?」
ルナ
「認められてませんから。クローン用の手術は…」
ハナ
「パ、パードゥン?」
ルナ
「ええ…ですから、クローンの…」
ルナ、自分が墓穴を掘ったことに気づく。
ハナ
「ええ?」
ルナ
「あの…その…」
ハナ
「赤ちゃんって、ルナちゃんの子なの?!」
ルナ
「ああ…まあ、そうですけど」
ハナ
「しかも、ルナちゃんのクローン…」
ルナ
「まあ、そうです」
ハナ
「オーマイガー…そのこと、マリやカノンさんは」
ルナ
「さっき、伝えました」
ハナ
「マリ達はなんて…」
ルナ
「さあ…まだ、何とも…」
ハナ、いじわるな笑顔。
ハナ
「面白いわねえ…エイミさんには?伝えた?」
ルナ
「いえ、まだ…」
ハナ
「話しといた方がいいわよ。あの人、口が悪いところもあるけど、
決して人が嫌いなわけじゃないから」
ルナ
「はあ」
ハナ
「それからね」
ルナ
「はい」
ハナ
「ひとつ聞かせて」
ルナ
「はい」
ハナ
「あなた、赤ちゃんが無事にお腹にいることがわかって、どう思ったの?」
ルナ
「あたし…(涙と嬉しさがこみあがりながら)嬉しかった…」
ハナ
「そう。コングラチュレーション」
ルナ
「はい…」
ハナ
「Never regret anything that made you smile.昔のアメリカの作家が
言ってた言葉よ。あなたを笑顔にさせてくれたことなんだから、絶対、後悔しないで。
Never regret anything that made you smile.」
ルナ
「はい」
ハナ
「パパ!」
パパ
「ハナ、なんでしょう」
ハナ
「エイミにつなげて!」
パパ
「音声?ビデオ通話?」
ハナ
「ビデオに決まってるわよ!」
パパ
「つなげます…エイミです」
エイミ
「何、カノン。うまく話しできたの?」
ハナ
「あたしよ、あたし!ハナです!」
エイミ
「ハナさん?」
ハナ
「エイミさん、ルナちゃんの話、聞いてあげて!」
エイミ
「ルナちゃんの話?赤ちゃんのこと?」
ハナ
「あら、知ってるの?」
エイミ
「お腹に赤ちゃんがいるってことだけね」
ハナ
「その子のお父さんのことは?」
エイミ
「え?知らないわよ」
ハナ
「これがねえ…ほら、ルナちゃん。詳しく聞かせて!」
ルナ、ハナとエイミにお腹の赤ちゃんのこと、その子がクローンであることを報告する。
ハナとエイミのリアクション。
ルナの報告が始まると同時に、以下のカノンとマリのやりとりが始まる。
カノンとマリ、調べものを終える。
カノン
「だめ…」
マリ
「わかんない?」
カノン
「基本的にクローンによる妊娠なんて想定されてないから」
マリ
「で…結局、許しちゃってもいい子なわけ?」
カノン
「良くはない。でも、ダメとも言い切れない」
マリ
「どっちよ」
カノン
「戸籍の父親欄が、空欄になっている子は確かにいる。だからルナの子も
そういう扱いになるんだと思う」
マリ
「じゃあ、まあ、セーフと言えばセーフってこと?」
カノン
「ただ、違法に生まれる子であることも事実だから。そのことが、将来的に
どんな影響を与えるか…それはもう誰もわからない」
マリ
「でも、お腹の子には何の罪もないんだから」
カノン
「それはそう。ただ、そんな子を…法的にはかなりグレイになる子を、ルナは
しっかり守っていけるかな」
マリ
「じゃ、何。カノンはどうしたらいいと思うの?」
カノン
「…」
ルナ、報告を終え、カノンとマリを見つめる。
ハナとエイミの回線はつながったままになっている。
カノンもマリも、ルナの視線には気づかない。
マリ
「産ませないつもり?」
カノン
「選択肢はいくつかあると思うから」
カノンがマリの方へ振りかえる。
カノン、ルナが見つめていることに気づく。
カノン
「ルナ…」
ルナ
「選択肢はね」
マリもルナの方を見つめる。
ルナ
「選択肢はひとつしかない」
マリ
「ルナ」
ルナ
「あたし、はっきりわかった。産みたい。あたしのクローンを産みたい。
だから、あたしの子宮にあたしの遺伝子を着床させた。どうしてもそうした
かった。帰国して少し迷いもしたけど、はっきりわかった」
マリ
「どうして…」
ルナ
「…あたしには2人のママがいるってこと、信じていいかなって友達や
付き合ってた人に教えたことがあった。でも内緒にしてねって。でも、その話は
広まって、みんなのあたしを見る目が、変わっていった。腫れ物にさわるように、
家族の話が避けられるようになって…あんまり思い出したくないけど、傷つく
ことだって何度もあったし、嫌な思いを何度もした。マリママもカノンママも
知らなかったでしょ」
カノン、マリ
「…」
ルナ
「女も男も関係ない。人にはうんざり。あたしが仲良くできるのは、あたしの
ことをよく知らない人だけ。あたしのこの状況を知っていて、気を許せるのは、
レイさんだけだった。だから、レイさんには中国に一緒に来てもらった。ひとり
だと不安だったから。そう、あたし、不安なんだ。ずっとひとりでいることも、
ずっと他人といることも。だから、あたしは、もう一人のあたしが欲しかった」
マリ
「ルナには…いるじゃない。あたし達がさ」
ルナ
「ママ達の愛情は感じてるよ。でも、さっきもそうだったけど、ママ達は、
やっぱりママ達の価値観がある。だから、あたしを否定することだって」
カノン
「ね、聞いて。それは、非合法で作った子供を、ルナが責任もって育て
られるか心配だから」
ルナ
「じゃあ、ママ達は、2人のママに育てられたあたしのことを、どう責任もって
育てようと思ったの?こんな不安なことばっかりで」
カノン
「あたしとマリは、愛情をもって育てれば、きっとあなたにも伝わると思って」
ルナ
「伝わってるよ。でも、あたしが世間的に受ける風当たりは、また別なんだよ」
カノン
「世間が何?そんなの、あたし達に何かしてくれたの?あたし達の邪魔
ばっかりで」
マリ
「カノン、今はそういう話は」
ルナ
「いいんだよ、マリママ。あたしわかってるんだから」
マリ
「何が」
ルナ
「カノンママは、あたしが子供を産めるのを羨んでるだけ」
マリ
「ルナ!」
ルナ
「自分が産めなかったから、あたしのこと、ひがんでるだけなんだよ!」
カノン、カッとなってルナに平手打ちをしようとするが、なんとかこらえる。カノン、
叩こうとした手を、反対の手で押さえ、腹立たしいやら、悲しいやら…
マリ
「親に向かって、なんてこと言うの…!」
ルナ
「本当の親じゃないくせに」
マリ、ルナを平手打ちする。
マリ
「親は親だよ!あたしもカノンも、あんたのことが大好きなあんたの親なんだ!
あんたのこと心配して何が悪いの?!」
ハナ
「マリ!」
マリ
「えっ?!」
ハナ
「マリマリマリマリ!あんた、何言ってんの?!」
マリ
「パパ、何、つながってたの?!」
パパ
「〇分前から接続されております」
ハナ
「マリ、ちょっと聞いてる?」
マリ
「はい」
ハナ
「あんた、何の権利があって、そんなにルナちゃん責めてんの」
マリ
「あたしはルナを心配して」
ハナ
「心配?!」
マリ
「するでしょ、そりゃ」
ハナ
「ファックオフよ、あんた!」
マリ
「ファックオフって…」
ハナ
「あんたのやってることは否定であって心配じゃないでしょ!
ふざけんじゃないわよ!」
マリ
「え…」
ハナ
「あんたがカノンさんと結婚する時、あたし達がどれだけ心配したか、
忘れたの?!」
マリ
「それとこれとは」
ハナ
「何?違わないっての?よくそんなこと言えたもんね!ねえ、エイミさん!」
カノン
「お母さん?!」
エイミ
「まったく何言ってんだかね」
カノン
「え?いつからつながってんの?」
パパ
「〇分前からつながっております」
ハナ
「エイミさん、この子たちときたら…」
マリ
「お母さん!」
ハナ
「(マリに)シャットアップ!(エイミに)ねえ、エイミさん、覚えてる?この子
たち、結婚するって時に、うちらがどれだけ心配したか」
エイミ
「忘れるはずないでしょ」
ハナ
「あんた達には言ってなかったけど、エイミさんとあたしで毎晩のように
電話で話してたんだから」
エイミ
「2人の結婚を認める勇気がなかなか湧かなくてね」
ハナ
「それでも、あたしやエイミさんが、あんた達の結婚を、否定したことあった?」
エイミ
「あったなんて言わせないけど」
ハナ
「自分たちだけで、全部やってきたような気になって、勘違いも甚だしい」
いつの間にか、パパは移動してハナのフレームの奥の方にいる。
(パパは、ハナの夫(=マリの父)となる)
パパ(ハナ夫)
「おい。いつまで話してんだ」
ハナ
「うわあ!」
パパ(ハナ夫)
「誰と話してんだよ」
ハナ
「マリですよ。お父さん代わります?」
パパ(ハナ夫)
「俺、明日、朝早いから…」
マリ
「お父さん、いたんだ」
ハナ
「…(小声で)あの人に、あんたとカノンさんの結婚のこと、わかってもらうの、
どれだけ苦労したか。まあ、今もきっとわかってくれてなさそうだけど」
エイミ
「あたしやハナさんは、いつだってあんた達の価値観を受け入れてきた」
ハナ
「同性婚のことだって受け入れるのに時間かかったのに、ルナちゃんと養子
縁組する話まで…本当、どこまであんたらは自分勝手なんだって思ったよ」
パパ(ハナ夫)
「こないだ届いたさ…」
ハナ
「ちょ、ちょっと今…」
マリ
「(前のセリフに被せ気味に)いけない?」
カノン
「マリ」
マリ
「いけないの?ねえ…あたし達は幸せになろうとしちゃいけないの?
あたし達は幸せになっちゃいけないの?ねえ…」
パパ(ハナ夫)
「おい」
マリ
「カノンだって、あたしだって、いろんな思いをして、今までやってきたんだよ…
ずっとひとりで苦しい思いをかかえたままの方が、ずっと隠したままの方が
良かったって言うの?!」
カノン
「マリ!」
マリ
「ルナのことだって、たくさん考えたし、たくさん迷った!でも、きっと
家族で支え合えば、乗り越えられるって、乗り越えようって、決めた!
それは間違いだったの?!あたし達はあきらめなきゃいけなかったの?!
あたし達が人と違うから…普通の人と違うからってだけで、あたし達は
幸せになろうとしちゃいけないの?!ねえ!ねえ!!」
パパ(ハナ夫)
「届いた釣り竿、お前どこしまった…」
マリ
「お父さん、ちょっと黙っててくんない?!」
パパ(ハナ夫)
「だって、お前、竿の手入れしとかないと、朝、間に合わ…」
マリ、カノン、ルナ、エイミ
「今、大事な話してるの!」
パパ(ハナ夫)、ためいきをつきながら、奥へひっこむ。
パパ(ハナ夫)
「…釣りを覚えれば、一生幸せだってのに…それがわからん
なんて」
※その後、元のパパフレームの位置に戻る。
しばしの間。
エイミ
「マリさん」
マリ
「…」
エイミ
「幸せになりたいよね、誰だって」
マリ
「…」
エイミ
「ルナちゃんだって、ルナちゃんなりに幸せになろうとしている。さあ、
2人のママ。自分の子どもの幸せを、かなえてあげる覚悟ある?」
ルナ
「エイミおばあちゃん…」
エイミ
「ルナちゃん、なんであたしがカノンの結婚や養子縁組を受け入れられた
かと言うとね、カノンの中に、これまでのカノンの面影が、全部詰まっている
からなの」
ハナ
「あーわかる」
ルナ
「全部って」
エイミ
「カノンと一緒にすごした、時間とか空気とか温度とか色とか、そういった
全部。例えばね、まだ小さかった頃のカノンの寝顔。お布団にくるまれて、
薄暗がりの中のカノンの半眼の寝顔」
ハナ
「うちなんか、こうやってバンザイしながら寝てた」
エイミ
「ママって言えなくても『だあだあ』って、あのお風呂の中で、急に言って
くれた時の嬉しさ」
ハナ
「夕方、保育園から帰る時に、あたしの手をぎゅっと握ってくれて。『ママ、
おそらキレイだね』って。マリと見たあの日の夕やけ、あたし一生忘れない」
エイミ
「寝不足が続いて、朝、いらいらしてカノンとケンカしちゃって、でも、
泣くのをこらえているカノンの顔見て、あたし怒っているのに、かわいいって
思っちゃった」
ハナ
「あたしも思ったことある」
エイミ
「小学校に入学して、だんだん手がかからなくなってきたなって思ったら」
ハナ
「あっという間に卒業して」
エイミ
「中学」
ハナ
「高校」
エイミ
「たくさん、ケンカして」
ハナ
「派手な言い合いもして」
エイミ
「それでも、あたしのごはんはちゃんと食べてくれて」
ハナ
「でも、どんどん、あたしの手の届かないくらい成長して」
エイミ
「ホント、あっという間」
ハナ
「こんなたくさんの幸せをくれたマリ」
エイミ
「カノン」
ハナ
「あんた達が幸せになってくれるんなら」
エイミ
「あたし達にはわからないあんた達の価値観、あたし達いくらでも受け
入れるよ」
ハナ
「今度はあなた達の番」
エイミ
「ルナちゃんのこと、受け入れられる?」
ハナ
「あなた達が理解できないかもしれない、ルナちゃんの幸せを、あなた達は
受けいれられる?」
いつの間にか、マリ、カノン、立っていられず、座り込んでいる。
ルナ
「もしかして、おばあちゃん達も歌ってた?『ゆりかごの歌』」
エイミ
「歌った」
ハナ
「もちろん、それだけじゃないけどね」
エイミ
「うちはそればっかりだった」
ルナ
「マリママも、カノンママも、この歌、歌ってくれて。あたし、なんか覚えてて。
あたしも、歌ってあげたい。自分の子に、この子の寝顔を見ながら」
ルナ、お腹にそっと手を添える。
ルナ
「♪『ゆりかごの歌を、カナリヤが歌うよ。ねんねこ、ねんねこ、ねんねこよ。
ゆりかごのつなを、木ねずみがゆする…』」
カノン
「だめ!」
マリ
「カノン…」
ルナ、カノンを見つめる。
カノン
「それじゃだめだよ、ルナ」
ルナ
「カノンママ…」
カノン
「…ゆりかごの歌の2番はびわの実だよ!ちゃんと覚えててもらわないと!」
マリ
「え、そこ?」
カノン
「木ねずみの歌詞は3番。2番は(歌わずに歌詞だけ)『ゆりかごの上に、
びわの実がゆれるよ』なんだから」
ルナ
「なんだ…」
カノン
「『何だ』じゃないでしょ!大事なことよ!」
マリ
「(笑って)やっぱり、まだまだ私達がいないとだめね」
ルナ
「そんなことない」
マリ
「(ルナに)おいで」
ルナ
「…」
マリ
「おいで」
ルナ、カノンとマリのいるところへ行く。
マリ、ルナをハグして
マリ
「さっき、ごめん。叩いて」
ルナ
「あたしも…ごめん」
マリ
「あんた、産むのね」
ルナ
「…うん」
マリ
「わかった。じゃあ、子ども育てるのにあたし達の力が必ず必要になるから、
赤ちゃんが産まれても、ここで暮らしなさい」
ルナ
「え…」
カンナ
「そうね。うちで育てた方がいいよ。あたしやマリもいた方が、赤ちゃんに
何かあった時、ルナも安心でしょ」
マリ
「ルナだけで育てようなんて、甘いんだから」
ルナ
「うん…」
マリ
「忘れないで。あんたは独りじゃないからね」
カノン
「ここに2人もお母さんいるんだから」
ルナ
「(感極まりながら)…うん」
ハナ
「ルナちゃん、あたしらもいるからねえ」
ルナ
「うん!」
エイミ
「(歌い出す)♪『ゆりかごの歌を、カナリヤが歌うよ』」
エイミ・ハナ
(2人で歌う)「♪『ねんねこ、ねんねこ、ねんねこよ』」
ハナ
「みんなグッナイ」
ルナ
「おやすみなさい」
マリ
「おやすみ」
カノン
「おやすみなさい」
ハナ
「さ、ハズバンの釣り竿、探さなきゃ」
エイミ
「マリさん」
マリ
「はい」
エイミ
「おやすみ」
マリ
「(エイミに言われて少し驚きながら)おやすみなさい」
ハナ、エイミ、フレームの奥に引っ込み、イスに座る。
ルナ、マリ、カノン、顔を見合わせる。
ルナ
「(歌う)♪『ゆりかごの上に、びわの実がゆれるよ、ねんねこ、ねんねこ、
ねんねこよ』」
カノン
「(歌う)♪『ゆりかごのつなを、木ねずみがゆするよ、ねんねこ、ねんねこ、
ねんねこよ』」
マリ
「(歌う)♪『ゆりかごの夢に、黄色い月がかかるよ』」
ルナ、カノン、マリ
「(歌う)♪『ねんねこ、ねんねこ、ねんねこよ』」
ルナ、カノン、マリ、笑いあう。
マリ
「さ、からだに障るから、早くお風呂入って寝な」
カノン
「こっちはあとやっておくから」
ルナ
「ありがとう」
ルナ、上手へ去る。去り際、ふと立ち止まり、
ルナ
「カノンママ、さっきひどいこと言ってごめん」
カノン
「なんだっけ?忘れちゃった」
ルナ
「あたしね…」
カノン、マリ、ルナを見つめる。
ルナ
「赤ちゃん産もうって決めたら、強くならなきゃって思えてさ。
きっと、ママ達も、幸せになるために、強くなろうとしたんだよね。それが、さっき
わかって…ああ、あたし、お母さん達から産まれたんだなって思った…よ」
カノン、マリ、嬉しい。
ルナ、照れくさそうにして去る。
マリ、カノン、顔を見合わせる。
マリ
「(ルナのこと)まったく、かわいいんだから」
カノン
「(軽いため息)こんなことになるなんてね」
マリ
「ねえ、思いもしなかった」
カノン
「ルナがお母さんか…」
マリ
「(笑って)ルナの子が大きくなる頃には、どんな世界になってるんだか」
カノン
「例えば、ここからさらに25年後」
マリ
「25年後かあ…想像もできない」
カノン
「あたし達も生きてるんだか、いないんだか」
マリ
「パパ」
パパ
「マリ、なんですか」
マリ
「これからの未来予想、教えて。25年後、あたし達の社会がどうなっているのか」
パパ
「お待ちください…そうですね、人口は減少していくでしょうね。合計特殊出生率は
1.0を下回っている可能性が高いです。それから、ARやAIチャットボット関連の
企業の株価の推移からすると、人はより、仮想世界と現実を行き来する時間が増え
そうです。おそらく多くの人間が、仮想世界で友達や恋人やパートナーを見つけ、仮想
世界で結婚、出産、そして死を体験する」
マリ
「何それ」
カノン
「なんだか、人類が滅びそうな話ね」
パパ
「安心してください。滅びるのは、もっとずっと先ではないかと予想されます」
マリ
「あんまり嬉しくないなあ」
カノン
「まあ、いいや。その時はその時。あたしはルナが楽しんで生きていれば、
それでいい」
マリ
「無責任だねえ」
カノン
「きっとルナも、自分の子供に対して、自分の価値観を問われることに
なるんだよ」
マリ
「ルナの子は、仮想世界で赤ちゃんを産んじゃうのかな」
カノン
「まずはルナが無事に赤ちゃんを産んでくれないと」
マリ
「あたし、このトシでもうおばあちゃんかー」
カノン
「疲れたなんて言ってられないよ」
マリ
「まあ、悪くないけどね、そういうの」
カノンとマリ、一瞬見つめ合い、お互い吹き出す。
『ゆりかごの歌』のオルゴールが流れ始める。
ゆっくりと暗転が始まる。
カノン
「あたしのセリフ、言わないでくれる?」
マリ
「さ、早く片づけよ。明日も仕事なんだから」
カノン
「あ~あ、疲れた疲れた」
マリ
「言ってる矢先にこれだよ」
カノン、マリ、雑談しながら食器を片付け始める。
暗転で幕。
シアターリーグ
>
シナリオ
>
オトコのいないこと
>