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凍るこころにここから声を
岩野秀夫
※この作品は、高校演劇向けに書きました。ホールや体育館のステージで、
高校生が演じることを想定しています。
①あらすじ
フリースクールの高等部に転入してきた米加田ゆう。彼女は難病治療の
ためにコールドスリープを使用して、20年ぶりに蘇生した女の子だった。
フリースクールの仲間との交流の中で、ゆうにはちなみという親友もで
きる。
体力の回復を待ち、行われた難病の手術。手術は成功したが、なぜか
ゆうは目覚めなくなってしまった。
そんなゆうに、フリースクールの仲間たちは、ある試みをする。
ゆうに何があったのか。
ゆうは目覚めるのか。
②舞台
後方に一段高い台(腰掛けられる程度の高さ)を広めに設置する。
車輪付きのイスを5~6脚用意する。
③人物
・米加田(よねかた)ゆう(女・高2)
杖をついて歩く。FOPという難病のため、表情が固い。口が思うように動か
ない。音楽が好き。背中に痛みが走る時がある。
※進行性骨化性線維異形成症(FOP)
筋肉や筋が骨化し、体が動かなくなっていく難病。実際は治療法は確立されて
いない。口も動かせなくなり、全身が動かなくなる。
・ち(な)み(女・高2)
数字が生み出すマジックが好き。気になることがあると、そのことがずっと
ひっかかってしまう。
・あでの(男・高3)
大人のえこひいき、曲がったことが嫌い。前の学校では、担任や部活の顧問
とそりが合わず不登校に。高校卒業認定試験(高認)を受ける。
・ぐんじ(男・高1)
デジタルに強い、ゲーム好き。
思ったことをすぐ口に出してしまい、誤解されやすい。
・しい(女・高1)
リスカの後を隠す左手首のバンド。
音楽大好き。好きなものについては、深堀りしていくタイプ。
・香苗(女・40代半ば)
ゆうの母。ゆうがすべて。臆病な性格。
・大垣(女・50代前半)※男でも可。
医師。ゆうのコールドスリープ関連の担当医。20年前にゆうがコールドスリ
ープを始める際にも、チームスタッフの一員だった。
・井辺(女・30代前半)
フリースクールの先生。育休あがりでいつもバタバタしている。面倒見は良いが、
少し天然なところも。
1 フリースクール
井辺がゆうを連れて、舞台、前方に立っている。
その後ろ、舞台後方の台上に横一列で(下手から)ぐんじ、しい、ちみ、あでのが
車輪付きのイスに座っている。あでのの隣には空きの車輪付きイスが1脚。
井辺
「(客席に向かって)今日は、みんなそろってるわね。ちょうどよかった。今日
から、新しく仲間に加わる米加田(よねかた)ゆうさんを紹介します。さ、自己紹介
して」
ゆう
「米加田、ゆうです」
ゆう、しばらくして一礼する。
井辺
「はじめに、みんなに伝えることがあります。このことは、米加田さんからから
了解を得てるから話すんですけど、彼女はコールドスリープからの蘇生者です」
「コールドスリープ」の言葉に大なり小なりの反応をする皆。
井辺
「みんなはきっとコールドスリープから目覚めたばかりの人と会うのは初めてよ
ね?まあ、私も初めてなんですけど」
しい
「井辺さん」
井辺
「はい?」
しい
「コールドスリープって何?」
井辺
「そうね。初めて聞く人もいるわよね。
コールドスリープは、特殊な機械を使って、ひとを冷凍睡眠させることで、加齢を
止めて、生体を未来に届ける技術です。だから、その人本人にしてみたら、年をとら
ないまま、未来へ行くことになるわね」
しい
「ちみちゃん、わかる?」
ちみ
「本や映画でよく出てくるから。例えば、浦島太郎が、竜宮城から帰ってきた
ようなものと言えば、感覚が近いかな」
しい
「ああ、そんな感じ?」
井辺
「米加田さんは、当時、治療困難とされた難病を治すために、医療技術の発達を
信じて、20年前、当時、開発されたばかりのコールドスリープを使いました。だから、
眠り始めたのは2001年頃ね。幸い、20年経って、この病気の治療法が確立されたこと
から、ここで目覚めることになりました。目覚めてからあまり経ってないので、いろい
ろと今の生活に慣れてないところがあります。20年前もフリースクールだったので、
フリースクールの生活自体はなんとなくわかると思うんだけど、みんなでサポートして
あげてね。特にあでの君、ちなみさん」
あでの、顔をあげる。
ちみ
「はい」
井辺
「米加田さんは20年前、高校2年生だったから、2人は勉強面でもサポートして
あげてね」
あでの
「(嫌そうに)ええっ?」
ちみ
「はい」
井辺
「それじゃあ、みんなヨロシク」
井辺、上手へ去ろうとするところへ、井辺の周りにちみ、しい、ぐんじが集まる。
(あでのはイスに座ったまま。)
ちみ
「井辺さん」
井辺
「うん?」
ちみ
「コールドスリープってゆうさんだけ?お父さんやお母さんは?」
井辺
「なんかゆうさんだけらしいよ」
ちみ
「えー…じゃあ、起きたら20歳も年取ったお父さん、お母さんと再会したって
こと?」
井辺
「まあ、お父さんは仕事でアメリカに行ってて、会ったのはお母さんだけらしい
けどね。あれ?こんなこと言っていいのかな?これ個人情報?」
ぐんじ
「病気って何?学校来て大丈夫なの?」
井辺
「それは…何か骨の病気のようなんだけど…だから、歩き方とかいじっちゃ
だめよ、みんな」
ぐんじ
「骨の病気って重いの?」
井辺
「本人に聞いてみて。あたしからは…」
しい
「コールドスリープってしもやけしないの?」
井辺
「そのへんはうまくやってんじゃない?よく知らないけど」
井辺、足早に上手へ去る。
(上記のやりとりの間にゆうは、あでのの隣の空きイスへ座る。)
井辺が上手へ去ると同時に、ちみ、しい、ぐんじがイスに戻り、イスを移動させ、
固まって勉強を始める。
(ちみはゆうを誘おうとするが、あでのがそれを制する。)
少し離れて、ゆうがポツンとしている。
そんな様子の中、ちみ、立ち上がり
ちみ
「最初の印象ですか?そうですね。ゆうは、やっぱり不安そうでしたし、ずっと
後で知ったんですけど、病気のせいで、口も思うように動かせなかったんです。うま
く話せないのに、コールドスリープから20年ぶりに目覚めて、全く新しい環境で過
ごすんですから。でも、あたし、すぐ、わかりましたよ、ゆうは、根はいいひとなん
だって。だって、ゆう、なかなかいい笑顔するんですよ。めったに見せないんで、
あたし、ゆうの笑顔を見るのが嬉しくて…でもねぇ、あでさんは…あんまりゆうのこと
よく思ってなくって」
ちみのセリフの終わるタイミングで、香苗と大垣が下手から話しながら来る。
2 病院
大垣
「ゆうさん、どうですか、フリースクールの様子は」
香苗
「高等部の人数が少なかったので、ストレスは少ないみたいで…」
大垣
「そうですか。それは何より」
香苗
「うちでも、いろいろ20年の時間を埋めようとしてるんですよ。スクールに
通いだす前に、スマホも与えましたし」
大垣
「子どもは順応力が高いですから、スマホだって、すぐに使いこなせてるで
しょう」
香苗
「ただ…今の高校生の文化には、私うといので…だから、ゆうがフリースクールで
浮いてないか不安で、あたし、フリースクールの井辺さんに無理言って様子を動画に
録ってもらったんです」
大垣
「動画?」
香苗
「これ、ある日の自学の時間に録ったやつです」
香苗、スマホの動画を再生する。
舞台後方の台上にいる、ちみ、ぐんじ、あでの、しい、ゆうは、その動画を再現する。
舞台後方の下手から井辺が来て、ちみの元へ。
井辺、スマホで動画を録りだす。
井辺
「はーい、ちなみさんこと、ちみちゃんでーす」
ちみ、スマホにピースサイン。
香苗
「彼女は、同じ高2のちなみちゃん。みんなからはちみちゃんって呼ばれてる
みたい」
井辺
「今、何してますかー?」
ちみ
「えっと…数学?やってます」
井辺
「ゆうさんも、20年前はリケジョだったみたいよー」
ちみ
「へえ!」
井辺
「一緒に勉強がんばって!」
井辺、続けて、あでのとぐんじのところへ行く。
井辺
「はーい、あでの君とぐんじ君でーす」
あでのとぐんじ、それぞれのリアクション。
香苗
「彼が、高3のあでの君、こっちが高1のぐんじ君」
井辺
「今、何してますかー」
ぐんじ
「今、スイッチで〇〇(実際に体を動かすスポーツ系)やってます」
あでの
「井辺さん、後でやろうよ」
井辺
「あたしはいいや」
ぐんじ
「やせられるよ」
井辺
「なおさら、必要ないっ!」
あでのとぐんじ、顔を見合わせ、ゲームを続ける。
井辺、続けて、しいのところへ行く。
井辺
「しいちゃんでーす」
しい
「いえい」
香苗
「高1のしいさん」
井辺
「今、何してますかー?」
しい
「カラオケ中です!」
井辺
「最近のお気に入りは?」
しい
「〇〇です!」
しい、歌いだす。
井辺、続けて、ゆうのところへ行く。
井辺
「ゆうさん、何してますかー?」
ゆう、井辺を見て
ゆう
「(小さく)本を読んで…」
井辺
「え?」
ゆう
「(小さく)本を読んで…」
井辺
「そう」
香苗
「本を読んでいたそうです」
井辺、動画を録り終え、上手へ去る。
大垣
「ちなみに、皆さん、ゆうさんの病気のこと知ってるんですか?」
香苗
「ゆうは、誰にも話してないって」
大垣
「ゆうさんの病気、FOPと言われる進行性骨化性線維異形成症は200万人に
1人の発症率です。一般的ではありませんし、筋肉や腱、じん帯が固くなって骨に変
わる。全身が骨と化すため、機能障害が進み、会話も困難になっていく。こうした症状
についても、あまり知られていません。知られていないことで、周囲からの誤解を招く。
早めにゆうさんの病気、みんなに知ってもらったほうが良いかと思いますが…」
大垣のセリフの間に、ちみ、しい、ゆうが残り、他は去る。
3 フリースクール
しいとちみがイスを持って舞台前方へ行く(ゆうは舞台後方の台上に残る)。
しいとちみ、フリースクールの行事用のスケジュールチラシを見ている。
しい
「ちみちゃん。(スケジュールのチラシを見ながら)この6月の交流会って何
すんの?」
ちみ
「これね、去年は『○○○(最寄りの遊園地かハイキングコース等を言ってくだ
さい)』に行ってたよ。要は遊びに行って仲良くなろうってことだから」
しい
「雨降ったらどうすんの?」
ちみ
「延期ってことあるらしいよ。あでさん言ってた」
しい、にやにやする。
ちみ
「何?」
しい
「あでさん、だって」
ちみ
「なんでよ、あでさんはあでさんでしょ」
しい
「や、まあ、そうなんだけどさ。うちとかぐんじは、あでの君だしさ」
ちみ
「だから何」
しい
「まあ、いいんだけどね」
ちみ
「何よ」
しい
「それよか、ゆうちゃんも行くんでしょ、交流会」
ちみ
「ま、多分そうだけど…『ゆうちゃん』て…」
しい
「雨の時、どうすんの?連絡」
ちみ
「そりゃ、井辺さんから連絡いくでしょ」
しい
「あたし達にはラインでくるじゃん。井辺さん、その方が早いからって」
ちみ
「そうだけど」
しい
「持ってるの?スマホ、ゆうちゃん」
ちみ
「あー…」
しい
「20年、時間空いてんでしょ。持ってたとしても使えんの?」
ちみ
「さあ…」
しい
「…聞いてきてよ」
ちみ
「え?」
しい
「ちみちゃん、ゆうちゃんの担当でしょ。井辺さん、言ってたじゃん」
ちみ
「や、そういう意味で言ったんじゃない、と思うけど」
しい
「同じ高2ってちみちゃんだけなんだからさ。ちょっと聞いてきて」
ちみ
「えー…」
しい
「井辺さん、育休あがりだから、いろいろと手がまわってないんだよね。ライン
招待するだけだからさ。井辺さんには事後報告でいいっしょ」
ちみ
「これって井辺さんが聞くことだと思うけどなぁ」
ちみ、ゆうのところに行く。
ちみ
「あの、米加田さん」
ゆう、ちみを見る。
ちみ
「あの…米加田さんってスマホ持ってる?」
ゆう、スマホを取り出す。
ちみ
「あ、持ってんだ。ラインやってる?」
ゆう、よくわからないって表情。
ちみ
「ラインって知ってる?スマホの」
ゆう、よくわからないって表情。
ちみ
「ちょっと、スマホ見せてもらっていい?」
ゆう、スマホをちみに渡そうとするが
ちみ
「ロック解除して」
ゆう、顔認証でロックを解除してスマホをちみに渡す。
ちみ、操作し、ラインが入ってないことを確認する。
ちみ
「ああ…ラインないんだ。あのね、これから、スマホ操作していい?ラインって
いうアプリ入れたくて。ごめん、何言ってるかわかんないかも知れないけど、高等部の
みんなの連絡網で必要なんだ。みんなやっててさ。ラインの使い方、後で教えるから」
ゆう、うなずく。
ちみ
「いい?うん…じゃあ」
ちみ、スマホの操作を続ける。
ちみ
「(スマホをいじりながら)米加田さんのお父さん、アメリカにいるんでしょ?」
ゆう、ちみをじっと見る。
ちみ
「あ…井辺さん、言ってたから。内緒だった?」
ゆう、首を横にふる。
ちみ
「あの、ラインってね、海外にいる人ともこれで連絡とれるんだ。だから、お父
さんとも、連絡取りやすくなる、と思うよ」
ゆう、うなずく。
ちみ
「(笑みを浮かべながら)まあ、父親なんて、あたしはかかわりたくないけどね」
ゆう、固い笑顔。
ちみ、スマホの操作に行き詰まる。
ちみ
「あれ?あれ?…しいちゃん!」
しい
「あい?」
ちみ
「ちょっと!」
しい、ちみのところへ行く。
ちみ
「ライン、手伝って」
ちみ、しいで、ゆうのラインを設定していく。
4 ゆう宅
照明変わり、ちみとしいが去る。
ゆう、スマホを操作しているところへ、下手から香苗が来る。
香苗
「あら、使いこなしているじゃない」
ゆう
「今日…ライン、教えてもらった」
香苗
「ライン?ライン…」
ゆう
「海外の、パパと、連絡とれるって」
香苗
「ああ…」
ゆう
「パパ、ラインやってる?」
香苗
「やってないんじゃない?あたし、詳しくなくて」
ゆう
「でも、スマホ持ってるでしょ」
香苗
「うん、まあ」
ゆう
「あたし、ライン始めたからって伝えて」
香苗
「わかった。ただ…パパ、仕事忙しくてね」
ゆう
「いいから」
香苗
「うん、わかった」
5 フリースクール
舞台前方の下手から、ちみ、やってくる。その後を追って、しい、ぐんじが
車輪付きイスを押して来る。
(香苗は去る)
ちみ
「それじゃあ、それぞれの誕生月、月ね、誕生月から1を引いて、5を掛けて、
それから3を足して、次にまた5を掛けて、そこから10を引いて、4を掛ける。
いい?ここまでの計算結果に、誕生日、今度は日の方ね。最後に誕生日を足して、
その数字を教えて」
しい
「これで、あたしらの誕生日わかるの」
ちみ
「多分ね。どう?いくつ?」
しい
「△△△」
ぐんじ
「□□□」
ちみ
「しいちゃんは〇月〇日、ぐんじ君は〇月〇日」
※参考
それぞれの計算結果の下2桁から20を引いた数が誕生日、上の桁に1を足した
数が誕生月。やってみてください。
しい
「合ってる!」
ぐんじ
「なんで?」
ちみ
「こういうの、割と好きなのよ」
しい
「すごい!」
ぐんじ
「じゃ、待ってますから」
ちみ
「何を」
ぐんじ
「プレゼント。まだ、受け付けてます」
ちみ、笑う。
しい
「で、あでの君は?」
ちみ
「や、もう知ってるから」
しい
「さすが、嫁」
ちみ
「嫁じゃないし」
しい
「ゆうちゃんは?ゆうちゃんにやった?」
ちみ
「あ…やってないけど」
しい
「ゆうちゃん!」
ゆう、3人の方を見る。
しい、「ちょっと来て」と手招きする。
ぐんじ、イスをゆうの元まで持っていき、ゆうを載せて、ちみとしいの所へ
連れていく。
しい
「今ね、ちみちゃんが、ゆうちゃんの誕生日を当てるから。スマホ用意
して、スマホ」
ゆう、スマホのロックを解除する。
しい
「(ちみに)で、どうやんだっけ?」
ちみ
「誕生月から1を引いて、5を掛けて、それから3を足して、次にまた
5を掛けて、そこから10を引いて、4を掛ける。最後に誕生日を足して、
その数字を教えて」
ゆう
「…328」
ちみ
「へえ」
しい
「何が『へえ』なの?」
ぐんじ
「答えは?」
ちみ
「4月8日」
しい
「合ってる?」
ゆう、うなずく。
しい
「すごーい」
ぐんじ
「なんでー?」
ゆう
「ちなみさんの誕生月…」
ちみ
「あたし?」
ゆう、うなづく。
しい、ぐんじ、ゆうを見つめる。
しい
「え?ゆうちゃん?」
ぐんじ
「わかるの?」
ちみ、少し笑ってスマホを用意する。
ゆう
「誕生月から1を引いて、5を掛けて、3を足して、5を掛けて、10を
引いて、4を掛けて、最後に誕生日を足して」
ちみ、計算していく。
ゆう
「結果は?」
ちみ
「625」
ゆう
「ちなみさんの誕生日は、7月5日」
しい、ぐんじ、ちみを見つめる。
ちみ
「…正解」
しい
「ええ!?」
ぐんじ
「なんで、わかんの?」
ゆう
「ポイントは、掛け算だと思う。5×5×4で100になる。そこに、足し算の
要素が加わって…下2桁から20を引くと誕生日になって、上の桁に1を足すと
誕生月になる…XとYを使った方程式使えば、もう少しわかいやすいんだけど」
しい
「(ぐんじに)わかる?」
ぐんじ、首をかしげる。
しい
「て言うか、ちみちゃんの誕生日、もうすぐじゃん!お祝いしよう!」
ちみ
「(しいの話を聞かずに)え、じゃあ米加田さん、方程式つながりで、これ
解ける?」
ぐんじ
「第2問いった」
ちみ
「(x-a)×(x-b)×(x-c)ってずーっとアルファベット順にエックス
から引いてって、最後(x-z)まで掛けた式の答えはなんだ?」
ぐんじ
「えー…」
しい
「むず…」
ゆう
「(x-a)×(x-b)×(x-c)…」
ちみ
「いいよ、ひっ算しても」
ゆう
「(x-y)×(x-z)…あっ…」
しい
「え?」
ぐんじ
「わかったの?」
ゆう
「ゼロだ」
しい
「ゼロ?」
しい、ぐんじ、ちみを見つめる。
ちみ
「…なんで?」
ゆう
「(x-x)があるでしょ。ここがゼロで、あとは、ゼロに何を掛けてもゼロ
だから」
ちみ
「…正解」
しい・ぐんじ
「おおーっ!」
ちみ、にっこり笑う。
ゆう、固く微笑む。
しい、舞台前方に行く。
しい
「あの時のちみちゃんとゆうちゃん、ホント不思議な雰囲気で。何か、同じものを
持ってる人と初めて会えた、的な?みたいな?なんかそんな感じだった。それからかな、
ゆうちゃんと話すようになったの。と言っても、ゆうちゃん、なかなかしゃべんないん
だけどさ(笑)でも、あたしはそういうの嫌いじゃなくて。前の学校で、同じグループ
にいたのに、その子が席離れると、急にそのこの悪口言いだしたりするの、本当に本当に
うんざりしてて。だから、しゃべんないのなんて、むしろ安心できて。あ、でもゆう
ちゃんも音楽は好きらしくて、カラオケ行こうって言ったら、OKだったんで、一緒に
行ったんですよ。ちみちゃんの誕生日に。あたし、カラオケ大好きで、ちょいちょい
行ってて、ほら、20年前に流行った曲って知りたかったし…」
しい、マイクを取り出し、歌いだす。
6 カラオケ
(しいのセリフの間にあでのが来る。)
しい、ぐんじ、ちみ、ゆう、あでのがいる。
しい、流行のバースデーソングを歌っている。(「ハッピーバースデートゥーユー」は
歌わないでください)
しい
「ちみちゃん、誕生日おめでとう!」
ちみ
「ありがとう」
しい
「ゆうちゃん、この曲知ってる?」
ゆう、首を横にふる。
しい
「いい曲でしょ!」
ゆう、首を縦にふる。
ぐんじ
「カラオケって20年前と変わらないすか?」
ゆう、うなずく。
ぐんじ
「ちなみに、20年前、どんなの流行ってたんすか?」
しい
「ああ!待って、検索してみる!ゆうさん、眠ったのって2001年だっけ?」
ゆう、うなずく。
しい
「そうすると、例えば、これ?GLOBE」
ぐんじ
「GLOBE?」
しい
「小室の全盛期だよ!♪feel like dance~!それから、これ、GLAY」
ぐんじ
「ああ」
しい
「♪会いたいから~(でも何でも)!さらにこれ!ラルクアンシエル」
ぐんじ
「ほお」
しい
「♪乾いた~(でも何でも)!それから、これもだ!speed」
ぐんじ
「んー」
しい
「♪body and soul~(でも何でも)」
ちみ、ゆうの耳元で何かささやく。
ゆう
「国会議員になった…?!」
ちみ
「そう、今井絵理子」
ゆう、驚きの表情。
ちみ
「ゆうの好きな曲って何?」
ゆう
「…secret of my heart」
ちみ
「(あでのに)誰?」
あでの
「知らん」
ぐんじ、スマホで超高速に検索する。
ぐんじ
「倉木麻衣」
ゆう、うなずく。
ぐんじ
「あ、今でも現役だ」
しい、「secret of my heart」を入力する。
しい
「シークレット、オブ、マイ…」
ぐんじ
「しい、知ってんの?」
しい
「名探偵コナンのエンディングでしょ。結構、DVD借りて観てた」
ぐんじ
「(スマホ見ながら)あー。書いてある。この「secret of my heart」から
20年くらい、倉木麻衣ってコナンのエンディング曲に使われてたみたいよ」
ゆう
「えー!」
ぐんじ
「倉木麻衣も、もうちょっと頑張ってたら、ゆうちゃん起きるまでコナン
やれてたのに」
「secret of my heart」の前奏が流れ始める。
しい、マイクを持ちだし、歌う準備。
「secret of my heart」のBGMはそのままフェードアウト。
ぐんじ、立ち上がる。
ぐんじ
「ゆうさんと話してると、そりゃ不思議な感覚になりますよ。20年がなく
なった状態の、へんな感じって言うか、うまく言えないんですけど。ゆうさんは、
スマホを知らなかったし、音楽のダウンロードのことも知らなくてCDがこんなに
廃れていることに驚いてました。あと、ビデオがなくなっていることにも驚いてま
した。ビデオ…VHSで合ってます?もう、レンタルしてないんだって…まあ、
VHSのことは俺もあんま見たことないんですけど。ゲームはゲームボーイとか
やってたらしくて、あとプレステは2なんだって。2って(笑う)。
それから、SMAPが解散していたこと、すっげえ驚いてました。「笑っていいとも」
が終わっていたことも驚いてたし、「徹子の部屋」がいまだに続いていたことには、
別の意味で驚いてました。ねえ、話せば俺らとあんま変わんなくて、20年とか、
あんま関係ないって思うんですけど…でも、あでのさんは、どうしても許せない
ところがあったみたいで」
7 帰り道
(ぐんじ、去る。しい、あでのはイスと一緒に去る。)
舞台後方の台にちみとゆうが腰掛けている。
ちみ
「あたしね、小さい頃から、気になってたことがあって、1を3で割っても
割り切れないのに、現実に1メートルのひもを3等分することができるのは、
なんでかなって」
ゆう、うなづく。
ちみ
「お父さんやお母さんにも、どうでもいいこと考えるのはやめなさいって言われて、
でも、どうしても気になって、前の学校の友達に聞いてみたりして、でも、そのうち
うざがられて、結構浮いちゃった…」
ゆう
「1を3で割ると3分の1だから」
ちみ
「そりゃ、3分の1なんだろうけどさ」
ゆう
「あたしも、そのこと気になって、パパに聞いたことある」
ちみ
「へえ」
ゆう
「3分の1と0.33333…」
ちみ
「そうそう」
ゆう
「パパは、両方に3を掛けてみてって」
ちみ
「3分の1と0.33333…両方にかけたら、1と0.99999…」
ゆう
「パパは、だから、1と0.999999…はイコールだって」
ちみ
「や、イコールじゃないでしょ」
ゆう
「パパはイコールだって」
ちみ
「なんで?」
ゆう
「数が違うというのは、その数と数の間に違う数が入る。1と2が違う数である
ことは、1と2の間に、1.1、1.11、1.111と無数の数が入る」
ちみ
「うん、まあ」
ゆう
「でも、1と0.9999…の間には他の数が入らない。だから、1と0.99
99…は同じ数だって」
ちみ
「(おもしろい)ふーん…」
ゆう
「世界は数に満たされているけど、それを解釈するのはヒトだって。だから、
ヒトを見つめることを、忘れちゃだめだって。へんなパパでしょ」
ちみ
「えー、むしろ羨ましい。うちのおやじなんて、税務署で働いてて、細かい数字の
ことばっかり。全然つまらん」
ゆう
「でも、ちなみちゃん、育ててくれた。おかげで、あたし、ちなみちゃんに会えた」
ちみ
「おおげさな」
ゆう
「あたし、コールドスリープする前、人がこわかった。人を見つめることができな
かった。でも、今は…」
ちみ
「お父さんとまだ、会えてないの?」
ゆう、首を縦に振る。
ちみ
「会えてないの?なんで?」
ゆう
「ボストンってところで薬剤の研究してて、なかなか帰ってこれないってママが…」
ちみ
「それにしても…ゆうが蘇生したってのにへんじゃない?」
ゆう
「(辛くて話を変える)…あのね、パパ、あたしの名前も、数式で表わせるって
教えてくれて」
ちみ
「何それ」
ゆう
「あたしは、8×2なんだって」
ちみ
「8×2?16が何でゆうなの?」
ゆう
「…今度は、ちなみちゃんにあたしからの問題ね。なぜ、あたしの名前は8×2なのか」
ちみ
「(嬉しい)えー…」
ゆう
「ヒントは、パパからの言葉。世界は、数に満たされているけど、それを解釈するのは
ヒトだよ」
ちみ
「なんだそりゃ。ますますわからん。もう少しヒントを…あとさ…ちみでいいよ、
あたしのこと」
2人の会話が続く。
8 病院
舞台前方の下手から、大垣と香苗と井辺が、話しながら来る。
(以下の3人のやり取りの間に、舞台後方の台上にちみ、ゆう、あでの、ぐんじ、しいが
来る。)
大垣
「近い将来、ゆうさんにFOP治療のためのカテーテル手術を行います。血管を通して
遺伝子ウイルスを、骨化した筋組織に直接投与する手術です」
井辺
「カテーテル…そうですか(よくわからない)」
大垣
「ゆうさんには、その手術に耐えられるだけの体力回復が必要です」
香苗
「だから、ゆうには、できるだけスクールを休ませないようにしていました」
井辺
「ゆうさん、スクールのいろいろな行事も一緒にやってますんで、だいぶ体力ついて
きたんじゃないでしょうか」
香苗
「うちでも、よくスクールの様子は話してくれてます。特に同じ学年のちみちゃん」
井辺
「ちみちゃんね」
香苗
「すごくちみちゃんとは仲良しみたいで」
井辺
「他のメンバーとも、だいぶ仲良くやってますよ。スクールの行事の風景をまた
動画で録ってますので、ゆうさんの様子の参考にしてみてください。これが…」
井辺、スマホを操作して再生する。
井辺
「これが6月の交流会。恒例の○○(最寄りの遊園地やハイキングコース等)で1日
過ごしました」
仲良くしているあでの、ぐんじ、しい。少し距離をおいてゆうとちみ。
大垣
「これ、ゆうさん、最後までいたんですか」
井辺
「はい。相当疲れたようですが、最後まで頑張ってました」
香苗、嬉しい。
井辺
「それから、これが9月のスポーツ大会。今年はぐんじ君のアイデアで、ゆうさんも
参加できるように高等部だけeスポーツ大会になりました」
ゆうとぐんじがペアになり、ちみとしいがペアになって、スポーツ系のゲームをしている。
コントローラーが専用のタイプのもの。
端の方であでのがいる。あでのは参加していない。
井辺
「ゆうさんも、ぐんじ君に教わりながら、やってましたよ」
ゆうとぐんじペアが勝ったらしく、喜ぶゆうとぐんじ。
大垣
「ゆうさん、こんなに体を動かせているんですか。いい傾向です。このままいけば、
ゆうさんの手術も近いうちにできるかもしれない」
香苗
「はい」
次のゲームが始まったらしく、再びゆうとぐんじ、ちみとしいのプレイが始まる。
香苗
「井辺さん、ちょっと、止めてください」
井辺
「はい」
井辺、停止ボタンを押す。
当然、みんなの動きが止まる。
香苗
「このこ、あでの君でしたっけ」
井辺
「はい」
香苗
「さっきの交流会でも思ったんですけど、このあでの君だけ、ゆうと距離を置いて
ません?なんか、そんな感じするんですけど」
井辺
「あ、まあ、そうですね、ただ、あでの君はそんな誰かに害を及ぼすような子じゃない
です。それは私、確信してます。だから、そんな不安にならなくても大丈夫ではないかと」
香苗
「そうですか…」
井辺
「彼、11月に高卒認定試験が控えてるので、少しナーバスになっていたかもしれま
せん」
香苗
「それなら…」
井辺
「12月には、クリスマス会がありますので、みんなでその準備を始めていきます。
で…そのことで少しご相談がありまして」
香苗
「はい?」
井辺
「このクリスマス会では、みんなで出し物やるんですよ。ゆうさん、お父さんに来て
ほしいって思われてて。いかがですかね。お父さん、来られないですか?」
大垣
「(香苗に、淡々と事実を確認するように)まだ、伝えてなかったんですか?」
井辺
「え?」
香苗
「…」
大垣
「ゆうさんのお父さん、もう病気で亡くなっているんです。もう何年前になりますか。
ゆうさんにショックを与えないために、蘇生したばかりの頃は、しばらくは内緒にしておく
ことにしようと…」
井辺、驚いて声が出ない。
香苗
「ゆうには、あたしから伝えます。井辺さん、どうぞご内密に」
井辺、うなずく。
あでの、立ち上がる。
(あでののセリフの間に、ゆう、ぐんじ、ちみ、しいは下手へ去る。大垣、香苗、井辺は
上手へ去る。)
あでの
「ゆうと仲良くする気、なかったですね。正直、どうでもいいって思ってましたし。
ゆうって、コールドスリープ利用者で、米加田っていうんだから、あの米加田製薬の関係者
なんでしょ。だから超金持ちなんでしょ。確かにゆうの病気には同情するけど、金の力で
治せる未来に送られるって、なんか、もやもやしません?俺、調べたことあるんですけど、
経済的な理由で自殺する人って年間3000人はいるんですよ。年に3000人ですから、
1日に約8人。ってことは3時間に1人は、お金無くて自殺するんですよ。世の中、不公平
だなって…。俺の親父、米加田の系列会社にいたんだけど、リストラにあって…だから、
まあ、何とか高卒認定試験は受けるつもりだけど、俺、もう大学は諦めてんですよ。ゆうに
責任はないってわかってるよ。わかってるんだけど…(言葉につまる)」
9 帰り道
(あでの、去る。)
舞台前方に、ちみとゆうが下手から来る。
ちみ
「え?あでさんが?」
ゆう
「多分…あたし、嫌われている」
ちみ
「そんなことないと思うよ。試験が近いからピリピリしてるだけだよ」
ゆう
「…詳しいね、あでのさんのこと」
ちみ
「…そんなことないけど…ま、そんなに気になるなら、あでさんに参考書でもあげたら?
試験対策になるやつ。喜ぶよ、きっと」
ゆう、急に立ち止まる。
ちみ
「ゆう?どした?」
ゆう
「今日、どうも、痛みがひどくて…」
ゆう、舞台後方の台に座り込む。
ちみ
「え?え?大丈夫?救急車!救急車呼ぼうか?!」
ゆう
「大丈夫…よくあるから」
ゆう、自分のバッグから錠剤を取り出し、服用する。
ちみ
「ちょっと…お母さんに連絡しようよ」
ゆう、痛みに耐えながら、うなずく。
ちみ
「…ゆうのスマホ貸して。お母さんの番号、登録されてるでしょ?」
ゆう、うなずく。
ちみ、ゆうのバッグからスマホを取り出す。
ゆう、顔を伏せて、痛みを耐えている。
ちみ
「顔認証…は、無理か。ゆう、悪いけど、暗証番号教えて!」
ゆう
「…01、04、08」
ちみ、ゆうのスマホの画面に暗証番号を入力する。
ちみ
「010408…8…あ!」
ちみ、一瞬、手が止まる。
ちみ
「あった…8×2…」
だが、すぐに香苗の番号を調べる。
ちみ
「これか?これかな?…あった」
ちみ、香苗に電話をかける。電話のコール音。
ちみ
「8×2か…ガラケー文化だな…」
香苗が電話をしながら舞台後方の台上の下手から出てくる。
香苗
「ゆう?」
ちみ
「もしもし、あたし、ちなみといいます」
香苗
「ちみちゃん?」
ちみ
「あ、はい、そうです」
香苗
「どうしたの?ゆうは?」
ちみ
「それが…ゆうが、痛いって言ってつらそうなんです」
香苗
「痛み止めの薬、あるはずなの。ゆう、飲んだかな」
ちみ
「さっき、飲んでました」
香苗
「しばらくしたら、痛みは治まると思う。心配しないで、ちみちゃん。たまに
あることだから。ありがとう、迎えに行くから場所教えて」
ちみ
「はい、場所は…」
ちみ、場所を伝えてスマホをきる。
ゆう
「ありがとう」
ちみ
「いいから」
ゆう
「ちみちゃん、帰っても大丈夫だよ」
ちみ
「つらいんだから口きかないで」
ゆう
「…ありがと」
ちみ
「あ、わかったよ。ゆうの数式、8×2。これ、ケータイのナンバーディス
プレイのことでしょ。8の数字を2回押すと、アルファベットの『U』が出る。
なるほど、解釈するのはヒトってわけね」
ゆう、微笑んで
ゆう
「20年前、あたしには、ちみちゃんみたいな人、周りにいなかった」
ちみ
「黙ってなよ」
ゆう
「どうして、そんなにやさしいの」
ちみ
「…黙って聞いてられるなら話す。いい?」
ゆう
「わかった」
ちみ
「黙ってて」
ゆう、微笑する。
ちみ
「婚約数ってあるのよ。婚約数…その数本体と1をのぞいた、約数の和が互いの
数となるペアの数。その最小値が48と75なの、わかりずらいか」
ちみ、バッグから行事用のスケジュールのチラシを取り出し、裏面に以下の数字を書く。
(※参考)
48=1+2+3+4+6+8+12+16+24+48=75
75=1+3+5+15+25+75=48
ちみ
「48の約数は1と2と3と4と6,8、12,16、24,48。
75の約数が1と3と5、15,25,75。この1と48と75を除いた、約数の
合計数が48は75になるし、75は48になる。これが婚約数」
ゆう、チラシを受け取り
ゆう
「48…」
ちみ
「75。ゆうの誕生日4月8日でしょ。あたし、7月5日。もちろん、たんなる偶然
だよ。でも、偶然って、数字を超えてる感じしてすごくない?」
ゆう
「すごい」
ちみ
「黙ってて…婚約数で大切なのは、1を除くこと。解釈するのはヒトだから…だから、
ゆう、1人にならないで。あたし達って、きっと1と0.9999…なんだよ」
ゆう、ちみにしがみつく。
ゆう
「ちみちゃん」
ちみ
「うん?」
ゆう
「婚約数、嬉しいけど…あたし、女だよ」
微笑しあうゆうとちみ。
ゆう、ちみの背中に手をまわす。
ゆう、ちみの湾曲した骨に触れて、驚く。
ちみ
「ゆう…この骨…こんなになってるなんて…」
ゆう
「ちみちゃん…」
ちみ
「何」
ゆう
「あたしの骨のこと、みんなに黙ってて」
ちみ
「それで…いいの?」
ゆう
「黙ってて」
上手から、香苗来る。
香苗
「ちみちゃん」
ちみ
「ゆうのお母さん?」
香苗
「初めまして。(ゆうに)立てる?」
ゆう、うなずく。
香苗
「あっちにタクシー止めてるの。行きましょ」
ちみ、香苗、ゆうを抱えるようにして去る。
10 フリースクール
舞台前方の下手から、ぐんじとしいが来る。2人はパソコンで作業をしている。
舞台後方の台上の上手から、あでのが来て、勉強している。
ぐんじ
「あでの君」
あでの
「ん?」
ぐんじ
「もうすぐすね。高卒認定試験」
あでの
「んー」
ぐんじ
「たまには息抜きしたらどうすか?」
あでの
「いいんだよ、俺は。今まで十分息、抜いてきたからな」
ぐんじ
「格好つけて」
しい
「打ち上げしようね、試験の」
あでの
「え?」
しい
「カラオケでいいよね?打ち上げ。ストレス発散にはカラオケでしょう!」
ぐんじ
「変わり映えしないなあ」
しい
「(あでのに)クリスマス会の余興ってさあ、歌でもいいの?」
あでの
「いいはず。過去、やってた先輩もいたし」
しい
「え、じゃあみんなで歌おうよ、クリスマス会」
あでの
「(嫌)ええ?」
しい
「いいでしょ、ぐんじ」
ぐんじ
「別にいいけど、ただ、ゆうさん歌えんの?」
しい
「ああ…」
下手からちみが来る。
ちみ
「(お)はよー」
しい
「ちみちゃん!」
ぐんじ
「ちみさん!」
しいとぐんじ、ちみのところに駆け寄る。
しい
「昨日、たいへんだったね」
ぐんじ
「ゆうさん、大丈夫なの?」
ちみ
「ゆうママに聞いたら、たまにあることなんだって。今日は病院行ってから
来るって」
ぐんじ
「休めばいいのに」
ちみ
「あたしもそう思って、ラインしといた」
しい
「ホント、何の病気なんだろう、ちみちゃん知ってんでしょ」
ちみ
「…うん」
しい、ぐんじ、ちみを見つめる。
ちみ
「ゆうママから聞いたけど、言わない。ゆうから言わないでって。いつか自分
で言うからって約束したから」
しい
「…わかった」
上手から、井辺が来る。
井辺
「おはよう!あ、ちみちゃん、昨日たいへんだったわね」
ちみ
「あ、うん」
井辺
「みんな、今日はゆうさん、病院行ってから来るって」
しい
「あ、(井辺に)ねえねえクリスマス会なんだけどさ」
井辺
「うん?」
しい
「あたし達、ステージで歌とか歌っていい?」
井辺
「いいね!いいじゃない!ステージ関係はきっと高等部中心で廻すことに
なるし」
ぐんじ
「あ、そうなの?」
井辺
「あでの君に聞いてごらん。これで3回目だから」
ぐんじ
「あでの君、じゃあ機材のこと教えてよ」
あでの
「や、いいんだけど。まだ、俺、やるって決めてねえぞ」
しい
「えー、みんなでやりたいな。あでの君の『〇〇〇〇』もやるからさ。
あ、あと、倉木麻衣もやるから、ゆうちゃんにも出て欲しいんだよね!」
井辺
「ゆうさんも?」
しい
「いいでしょ!ゆうちゃんとも、一緒にやってみたくてさ」
井辺
「うーん…歌えるかな?」
しい
「だめかなー。でも、ゆうちゃん、ステージで歌うってなれば、ゆうパパ
だってきっと帰ってくると思うよ」
井辺
「ねえ…それで生き返ってくれたら、どんなに…」
ぐんじ
「何言ってんだよ、死んでるみたいに言うなよ」
井辺、しまった!という表情。
ちみ
「井辺さん…」
井辺
「え?なに?」
ちみ
「ねえ、本当なの?」
井辺
「あたし、行かなきゃ。クリスマス会の買い出しもあってさ」
しい
「え?どういうこと?そうなの?」
ぐんじ
「マジなの?」
井辺
「へんなこと言わないでよ、違うから!勘違いだからね!」
井辺、上手へ去る。
ぐんじ
「海外にいるんじゃないのかよ」
しい
「(ちみに)知ってた?」
ちみ
「これは…聞いてない」
しい
「(咎めるように)井辺ちゃん…」
ぐんじ
「(ちみに)ゆうさん、知ってんだよね」
ちみ
「…多分、知らないと思う」
しい
「こんなこと、ゆうちゃん知ったら」
ゆう、下手から来る。
ゆうの手には重そうな紙袋。
ぐんじ
「わあ!」
ちみ
「ゆう…」
ゆう
「ちみちゃん、昨日、ありがと」
ちみ
「大丈夫なの?」
ゆう、うなずく。
ゆう、あでののところへ行く。
あでの
「何?」
ゆう
「これ、高認の参考書。よかったら」
あでの、黙って受け取る。
ゆう、みんなのところに戻る。
あでの、手提げ袋の中を見もしない。
ぐんじ
「あでの君さぁ」
あでの
「なに」
ぐんじ
「ゆうさんのこと良く思ってないのは、わかんですけど、礼ぐらい
言ったらどうなの」
あでの、ぐんじを睨む。
ぐんじ
「うちらってそういうことするような奴と、うまくつきあえないから、
こういうとこに来ちゃってるんじゃないんすか?あでの君は、そういう連中
とは違うでしょ」
あでの、袋の中を覗き込む。
あでの
「…ありがと」
ゆう、ちみに微笑む。
ちみ、微笑む。
ゆう
「今日は、これで」
ぐんじ
「あでの君にそれ渡すためだけに来たの?」
しい
「何、やってんの。早く帰りなよ」
ちみ
「あたし、ちょっと送ってくわ」
しい
「ねえ、ゆうちゃん!クリスマス会のことなんだけど」
ぐんじ
「しい!スマホ!忘れてる!」
と、ゆう、ちみ、しい、ぐんじが下手へ去る。
しばらくして、舞台後方の台上の上手から井辺が来る。井辺の手には参考書。
井辺、あでののところへ。
あでの
「井辺さん」
井辺
「さっきは…危うくばれるところだった」
あでの
「や、ばれてるからね」
井辺
「勉強どう?順調?」
あでの
「話変えたでしょ」
井辺
「違います!ちゃんと、あでの君に参考書、持ってきたんです」
井辺、参考書をあでのの脇に置く。
井辺
「高認の参考書で、これ、おすすめなんだから」
あでの
「どうも」
井辺、ゆうの紙袋に気づく。
井辺
「あれ?」
井辺、ゆうの紙袋から参考書を取り出す。
井辺と同じ参考書。
井辺
「どうしたの、これ」
あでの
「くれた」
井辺
「ああ、ちみちゃんね。ホント、いい奥さんになれるわ」
あでの
「…」
あでの、紙袋の中の参考書を見ながら、勉強を続ける。
11 病院
舞台前方の上手から、大垣と香苗が来る。
(入れ違いに井辺が上手へ去る。あでのは残る。)
大垣
「今日、ゆうさんに会えて、本当、見違えるようになりましたね。精神的にも
安定している」
舞台後方の台上に、ちみ、ゆう、ぐんじ、しいが来る。カラオケ店内の様子。無音
で盛り上がる。
大垣
「そろそろ、手術について、具体的に話しましょうか」
香苗
「先生、ゆうは、本当に今のスクールが楽しいみたいで、今度、クリスマス会が
あるんです。それをすごく楽しみにしてるんです。クリスマス会は参加させてあげて
ください」
大垣
「では、手術はその後、年末くらいに」
香苗
「よろしくお願いします」
香苗、深々とお辞儀。
香苗
「あたしにとって20年止まっていた娘の成長が、ようやく進むことになるん
ですね…先生、ありがとうございます」
大垣
「お礼はまだ早いですよ。iPS細胞の技術革新によって、ほとんどの感染症が
治癒可能となり、FOPの遺伝子療法も確立されたとはいえ、FOPは発症事例があまり
にも少ない。十分な臨床がなされていないのが実情です。つまり…完治は約束でき
ない。そのことはご理解のうえで、ゆうさんの蘇生を承認されましたよね」
大垣、語気を強めてしまう。
香苗
「…はい」
大垣
「(冷静を努め)…すみません。ただでさえ難しい遺伝子療法を、コールド
スリープの蘇生者に対して行うんです。…どんな想定外の症状が発生するか…」
ちみ、ぐんじ、しい、あでのの笑い声。
大垣、香苗、上手へ去る。
12 カラオケ
カラオケ店内の5人。
しいとあでのが、「〇〇〇〇」(←あでのが好きな応援ソング。どうぞ決めてくだ
さい)を歌い終わったところ。しい、マイクを持ったまま
しい
「あでのさん、高卒認定試験、お疲れさまでしたー!」
みんな、盛り上がる。
あでの
「みんな、ありがとう」
ぐんじ
「残念会はまた後日」
あでの
「うるせえよ!」
あでの、席に戻りながらぐんじをつっこむ。
ちみ
「手ごたえ、どうですか?」
あでの
「うーん、わかんねえや。まあ、やるだけのことはやったしさ」
しい、先ほど歌ったばかりの「〇〇〇〇」のサビのワンフレーズを歌う。
あでの
「いい曲だ!」
しい
「みんなさ、マジであたし、クリスマス会、みんなで歌、歌いたいんだけど、
もう決めてくんない」
「えー…」って感じのちみ、あでの。
しい
「あたし、みんなで歌いたい!ゆうちゃん、みんなで「Secret of my heart」
歌おうよ!ついでにあでの君の「〇〇〇〇」もやるからさ!」
あでの
「俺はついでか!」
ぐんじ
「ねえ、やっぱ、ゆうさんは難しくない?」
しい
「失礼なこと言うな!歌は歌えなくてもいいんだよ!コーラスって言うかハーモ
ニーを口ずさむだけで、声の厚みが増すんだから!歌に関して言えば、1+1は2
じゃないの。3でも4でも、なんなら10でも100でもなる!ゆうちゃんが口ずさむ
だけで全然変わってくるんだよ!だから、ゆうちゃん!」
ゆう
「!」
しい
「あたしとしては、ワンチャン、ゆうちゃんにも出て欲しいんだよね」
ゆう
「わんちゃん?(犬)」
ぐんじ
「ん?なんか発音が違うぞ。ワンチャン」
ゆう
「わんちゃん?」
ゆう、犬のポーズ。
ぐんじ・しい
「ワンチャン」
ゆう
「わんちゃん?」
ぐんじ
「草!」
ゆう
「くさ?」
ちみ、ゆうに意味を説明する。
あでの
「ま…俺も最後だし、ちみ、やるわ俺」
ちみ
「はい、はい」
あでの
「だから、ゆうもやろうぜ」
ゆう
「…」
あでの
「ゆう、やろう」
ゆう
「あたし、こんなですよ」
あでの
「どんなんだよ。知るか。しいも言ってたろ。ゆうの声で、100にも1000
にもなるんだよ」
しい
「インフレしすぎ」
ゆう
「…わたしの病気」
ゆうを見つめるあでの、ちみ、ぐんじ、しい。
ゆう
「…わたしの病気は、筋肉とか、腱とか、組織が骨になって…全身が骨になって…
いずれは体が動かなくなる病気で…」
ぐんじ
「そんな病気あるの…?(悪気なく)生きたまま凍るみたいじゃん」
あでの
「ぐんじ…」
ぐんじ
「あ…ごめん…」
ゆう、首を横にふる。
ゆう
「20年前から…もう、いろんなところが骨になり始めていて、顔も固まり始めて
いて…うまく話せなくて…うまく笑えなくて…声もうまく出せなくて…歌も歌えなくて…」
ゆうの隣に座っていたちみ、ゆうの背中をさする。
ゆう
「20年前も、もう…話せなくて…こわくて…気持ち、伝えるのって…なんで、こんなに
難しいんだろうって…でも…声、出ないかもだけど…迷惑かけるかも、だけど…あたし、
みんなと歌いたい…あたしも、ワンチャン、歌いたい…」
みんな、泣き笑う。
ゆう、笑顔。
しい
「じゃ、決まり!」
あでの
「っしゃー!」
みんな、笑顔で拍手。
その後、しいは、ちみとぐんじに声をかけ、クリスマス会の相談。
その間、あでの、ゆうのところへ。
あでの
「へんに構えんなよ。楽しめばいいんだからさ」
ゆう、うなずく。
あでの
「よろしくな。あと、これ」
あでの、何かプレゼント。
あでの
「参考書のお礼。ありがとな」
ゆう、うなずく。
その様子を見ているちみ。
13 ゆう宅
音楽(できれば『secret of my heart』のインスト)
そのまま舞台後方の台上であでの、ゆう、ちみ、ぐんじ、しいが歌の練習(誰かが楽器を
やっていても可)をしている(声は出さない)。
しばらくして、井辺と香苗が、スマホの動画を見ながら舞台前方に現れる。
井辺
「こんな感じで、ゆうさんもクリスマス会の練習、頑張ってます」
香苗、嬉しくて涙ぐむ。
井辺
「いよいよ、今度の金曜日にクリスマス会です」
香苗
「楽しみ」
井辺
「余計なことですが、お父様のことは…」
香苗
「…」
舞台後方の5人
あでの
「ファイトォー!」
5人
「オー!」
ゆう、声を出して笑う。
ちみ
「(嬉しい)笑ってる」
あでの、ゆうのところに行く。
あでの
「何だよ、声出して笑えんじゃん」
2人で談笑する。
その様子を固い表情で見つめるちみ。
『secret of my heart』の音大きくなり、そのまま暗転。
14 フリースクール
拍手の音。クリスマスのBGM。
クリスマス会の後。歌を披露した後の舞台袖。
舞台前方の下手から、興奮状態で入ってくるちみ、ぐんじ、しい。
その後、入ってくるあでの、ゆう。
あでの
「ゆう、良かったな!ゆうの声、聞こえたぞ」
ゆう
「すっごく、緊張した…」
ゆう、あでのに倒れこむ。
あでの
「ゆう!」
あでの、ゆうを支える。
しい、ぐんじ、駆け寄る。
あでの
「大丈夫か?」
ゆう、うなずく。
ちみ、距離を置いて、その様子を見つめる。
あでの
「ぐんじ、イス」
ぐんじ
「うん」
ぐんじ、イスを持ってくる。
あでの、ゆうを抱きかかえながら、ゆうをイスに座らせる。
あでの
「無理すんなって言っといたのに、バカ!」
ゆう、しばらくあでのに抱きついている。
ちみ、その様子を冷たく見つめているが、しばらくしてスマホを取り出し
ちみ
「あたし、ゆうママに電話する。しいちゃん、ぐんじ君、井辺さん探して
きて」
ぐんじ
「わかった」
ぐんじ、しい、上手へ去る。
ちみ
「あでさん」
あでの
「ん?」
ちみ
「まだホールに、ゆうママいるかもしれないから探してきて」
あでの
「うん」
あでの、ゆうの手をほどいて、上手へ去る。
ちみ、あでのが去るのを見届けてから、スマホをしまう。
ちみ、ゆうのそばに行く。
ちみ、ゆうのそばにしゃがみ、ゆうに何事か話す。
ゆうの驚きの表情。
ちみ、うなずく。
しばらくして、上手から香苗とあでのが来る。
香苗
「ゆう!」
香苗、ゆうのところに駆け寄る。
香苗
「大丈夫?帰れる?」
ゆう、うなずく。
ゆう、難儀そうに立ち上がる。
香苗とちみがゆうを支えながら、上手へ去る。
あでの、後を追う。
15 ゆう宅
舞台後方の台上の上手から香苗とゆうが来る。
香苗
「単に疲れが出ただけで良かった、ホント」
ゆうは沈んだ表情。
香苗
「クリスマス会、素敵だったよ」
ゆう
「うん…」
香苗
「これで、もう冬休みになるから、手術まではのんびりして」
ゆう
「ママ」
香苗
「うん?」
ゆう
「どうしてパパ、来てくれなかったの?」
香苗
「え…」
ゆう
「どうしてパパに会えないの?」
香苗
「あ…」
ゆう
「手術までには会えない?」
香苗
「…お父さん、なかなか帰ってこれないから」
ゆう
「あたしに会いたくないのかな」
香苗
「何言ってるの!そんなはずないじゃない!」
ゆう
「じゃ、どうして帰ってきてくれないの?」
香苗
「だから、研究で忙しくて…」
ゆう
「もう、死んでるから?」
香苗
「…」
ゆう
「お母さんはウソつかないって信じてたのに」
香苗
「どうして…」
ゆう、下手へ去る。
香苗
「ゆう…」
香苗、ゆうを追いかけ下手へ。
16 LINE
15の間に、舞台前方の上手にぐんじ、下手にしい、舞台後方の台上の上手にちみ、
下手にあでのが来る。
それぞれでライン(スマホに入力しながらセリフを言う)。
しい
「あけおめ!」
ぐんじ
「あけおめ!」
しい
「年末、ゆうちゃんの手術があったんでしょ。結果知ってるひといる?」
あでの
「何もきいてない」
ぐんじ
「便りのないのがいい便り?」
しい
「ちみちゃん、きいてる?」
あでの
「ちみ、何か、知ってる?」
ちみ、しばらく迷うが
ちみ
「手術はうまくいったらしい」
しい
「よかった!」
ぐんじ
「よかった!」
ちみ
「ゆうママが教えてくれた」
しい
「20年寝た甲斐があった!」
あでの
「気になる。手術、「は」?「は」って何?」
ぐんじ
「「は」?」
ちみ
「でも、ゆうは、目覚めてない」
あでの
「え?!」
しい
「どういうこと?」
ぐんじ
「マジなの?」
ちみ
「原因は不明らしい」
あでの
「原因不明って」
ちみ
「ただ、目覚めてないらしい」
しい
「会えないの?」
ぐんじ
「お見舞い行こうよ」
あでの
「ちみ、ゆうママと連絡とって」
ちみ、しばし迷い
ちみ
「わかった」
あでの、ぐんじ、しいは去る。
ちみ、ゆうママへのメッセージをスマホに入力してから去る。
その間に、舞台前方の下手から香苗、井辺が来る。
17 病院
香苗
「井辺さん、ご足労いただいてすみません」
井辺
「いえ…」
香苗
「お電話でもお話しましたとおり、ゆうのカテーテル手術はうまくいって、
遺伝子ウイルスの投与は無事に始まったんですが、なぜか、今も目覚めており
ません。ずうっと眠ったままなんです」
香苗のセリフの間に、大垣が舞台後方の台上に、ゆうを載せたベッドを持って
くる。
その後、大垣は上手へ去る。
(ベッドは斜めに立て、客席からゆうの表情がみえるようにする)
香苗
「先生、ゆうです」
井辺、舞台前方に立ち、客席を見つめる。
井辺
「…」
大垣、舞台前方の上手からまた現れる。
大垣
「直接の手術は専門の医師が担当しました。私も知っているドクで、とても信用
できる方です。彼が、手術自体はうまくいっているはず、と言ってくれてます。しかし…
なにせコールドスリープからの蘇生者への、これだけの手術…コールドスリープが
視床下部に、何かしらの影響を与えてしまったのか…可能性はいくつも考えられますが」
井辺
「それで、私が呼ばれた理由は」
大垣
「医学的には、ゆうさんは昏眠と昏睡とをいったりきたりしている状態です。例え、
昏睡といえども脊椎反応は失われません。外界の刺激に無反応とは限らない。事実、家族
や友人の呼びかけや、好きだった音楽に反応し、意識が回復したケースもあります。家族
の呼びかけにつきましては、お母さんが日々、行っている。しかし、今にいたるも状態に
変わりはない。そこで、ゆうさんと親しかった方からの呼びかけの方をご協力いただき
たい」
大垣、井辺を見つめる。
井辺
「私がですか!?」
大垣
「いえ、あなたでなく、フリースクールのゆうさんのお友達」
井辺
「ああ…」
大垣
「香苗さんから聞くところ、ゆうさんとフリースクールの仲間は、音楽を嗜好し、
クリスマス会では、一緒に歌を歌ったと聞いてます」
井辺
「つまり?」
大垣
「ゆうさんのお友達に、ここに来てもらい、ここで、ここから歌うことで、ゆうさんに
呼びかける」
香苗
「井辺さん、お願いします…」
井辺
「米加田さん…」
香苗
「20年前、ゆうがコールドスリープに入る時、これで、ゆうがしっかりと大人になる
姿を見られる、と…それだけを楽しみに、20年、待ちました…やっとゆうの成長の続きを
見られるというのに、ゆうはまた目覚めなくなってしまった…だから、やれることはなんで
もやっておきたいんです。どうか、みなさんの力で…ゆうを目覚めさせてください…お願い
します」
香苗、深々とお辞儀する。
香苗
「お願いします」
井辺
「米加田さん、どうぞ、頭をあげて」
井辺のスマホが鳴る。
井辺、スマホを見る。
井辺
「ちみちゃんからです。…ゆうさんのお見舞いに、みんなで行っていいですかって…」
顔を見合わせる、香苗と大垣。
井辺、下手へ去る。
香苗と大垣、上手へ去る。
18 ここから声を
舞台前方の下手から、井辺に連れられ、あでの、ぐんじ、しい、最後にちみが来る。
あでの、ぐんじ、しいは、井辺を追い越して、舞台前方に来る。
ちみも最後に、舞台前方に来る。
舞台後方の上手から、大垣と香苗が来る。
大垣と香苗は、ゆうの傍らに立つ。
あでの、ぐんじ、しい、ゆうを見つめ(=客席側を見つめ)言葉にならない。
あでの
「本当に起きないのか」
大垣、うなずく。
あでの
「でも、なんで…」
大垣
「原因はわかりません。手術自体は問題なかった」
香苗
「ただ…クリスマス会の後、なぜか、ゆうは元気をなくしてました。あんなにクリスマス
会を楽しみにしていたのに…」
あでの
「クリスマス会?」
しい
「えー、だってゆうちゃん、楽しそうだったよ」
ぐんじ
「俺、隣にいましたけど、声出てたし」
しい
「練習だって一緒にやってたんだよ。倉木麻衣やることになったら、すっごく喜んでたんだ
から」
ぐんじ
「なんで…」
あでの
「井辺さん」
井辺
「ん?」
あでの
「細かいことはよくわかんないけどさ、俺たちがあのクリスマス会を再現すれば、ゆうは
また、起きてくるんだよな」
井辺
「いや…約束はできないんじゃ…」
あでの
「できないのかよ」
大垣
「でもね、あでの君。今のところ、打てる手はそれしかないんだ」
あでの
「だったら、やるよ、俺」
しい
「あたしも」
ぐんじ
「うん」
あでの
「ちみもやるだろ」
ちみ
「う、うん」
井辺
「みんな、ありがとう。それじゃあ、日を改めてまた…ね」
あでの
「ぐんじ、クリスマス会のデータ残ってる?」
ぐんじ
「消すわけないじゃん」
ぐんじ、スマホを取り出し、データを確認する。
井辺
「あでの君、ゆうさんの方も準備ってものがあるんだから」
あでの
「え、でも、いいんじゃないの?(客席に向かって)先生、今からやっちゃだめなん
ですか?」
大垣、香苗を見つめる。
香苗、うなずく。
大垣
「こちらはかまわない」
しい
「(データが見つかり)あでの君、いいよ」
あでの
「井辺さん、やるよ」
しい
「あでの君、セットリスト変えよう。ゆうちゃん好きだった倉木麻衣からにしようよ」
あでの
「うん…(客席に向かい)ゆう…また、一緒に歌おうな」
あでの、しい、ぐんじ、並ぶ。
ちみは後ろに下がったまま。
あでの
「ちみ!やるよ!」
ちみ、首を横にふる。
あでの
「おい…」
ちみ
「あたし、いいや」
ぐんじ
「え?」
しい
「なんで?!」
あでの
「どうしたんだよ、さっきやるって」
ちみ
「でも、それで起きるかどうか、わからないんでしょ。なんで、あたし達が歌ってゆうが
目覚めるの?あり得ないでしょ」
大垣
「そんなことないよ。前例はある」
ちみ
「それはどれだけ続けて目覚めたんですか?半年?1年?もっとですか?今、ここで
あたし達が歌って…なんの意味があるの…」
井辺
「ちなみさん…」
ぐんじ
「ちみさん…どうしたんですか…」
しい
「らしくないよ」
ぐんじ
「このまま、何もしないで、平気なんすか?」
ちみ
「今、ここだけで済む話じゃないって言ってるの。あたし達には、これからの生活があるん
だよ。卒業して、自分たちで生きていかなきゃならないんだよ。ゆうのこと、かわいそうとは
思うけど、でも、いつまでも、ゆうばかりに」
あでの
「ちみ!」
ちみ
「…あでさんだって言ってたじゃん。お金の力で治すなんて、とかさ。結局、お金の力で
どうにもならなかったってことでしょ。あでさんの言ったとおりで良かったじゃん」
あでの
「お前、それ本気で言ってるのか」
ちみ
「あでさん、4月から働くんでしょ。それでも、ここに来れるの?忙しくなって来れなく
なって、でもゆうが目覚めなかったらどうすんの?辛くなるの、あでさんなんだよ」
あでの
「もういい!ぐんじ、しい、俺たちだけでやろう」
ぐんじ
「あでの君…」
あでの
「どうかしてるよ、あいつ」
香苗
「ちみちゃん」
ちみ
「はい」
香苗
「あなたね」
ちみ
「はい?」
香苗
「ゆうに、父が死んだことを話したの」
ちみ
「…」
あでの、ぐんじ、しい、井辺、ちみを見る。
香苗
「クリスマス会の後、あの子は急に、父が死んだことを知った。誰から聞いたのか…ゆうは話さ
なかった。あなたね、話したのは」
ちみ
「…ちがいます」
香苗
「責めてるわけじゃないの。本当はもっと早く、あたしが言わなければならないことだったから。
でも…どうしても、あたしからは言えなかった…ちみちゃん、父のこと、話してくれてありがとう」
ちみ
「…」
あでの
「本当なのか、ちみ」
ちみ、何かを言おうとした時に、香苗、1枚の紙を取り出す。
香苗
「これ、ちみちゃんが書いてくれたんでしょ」
それは、フリースクールの行事スケジュールのチラシの裏面に書いた、婚約数の計算数字。
香苗
「4月8日はゆうの誕生日。7月5日はちみちゃんの誕生日。婚約数っていうのね、48と75
は。あのこ、手術の入院の時にも、これを持ってきてた。ゆう、すっごく勇気づけられてた、と思う」
ちみ、下手へ出て行こうとする。
後を追う、あでの、しい、ぐんじ、井辺。
あでの
「おい、ちみ!」
しい
「ちみちゃん!」
香苗
「待って!ちみちゃん!」
ちみ、立ち止まる。
香苗
「ちみちゃん、クリスマス会の後、しばらく、ゆうのラインに返信してくれなかったでしょ。ゆう、
とっても気にしてて、手術の前、ゆうが送ろうとして送れてなかったラインのメッセージがあるの。何
のメッセージなのか、あたしにはわからなくて…今から送っていい?」
ちみ、観客側(つまり香苗の方を)を見る。
香苗、ゆうのラインを操作して、ちみに送る。
香苗
「みんな、ゆうには内緒ね」
ちみ、スマホを取り出しラインを見る。
あでの
「ゆうは何て…」
ちみ
「(2×3)+(8×2)…」
あでの
「え?何それ」
ぐんじ
「6+16?」
しい
「22?どういうこと?」
ちみ、微笑する。
ちみ
「これは…ナンバーディスプレイでアルファベットを選択する式。2×3は、2のボタンの3つめ
のアルファベット、C。8×2はU。C、U」
あでの
「See Youって、『またね』って意味だろ。勉強したぞ」
ちみ
「またね…」
ちみ、座り込む。
香苗
「みんな、今日、来てくれてありがとう。20年前にはいなかった、ゆうの大切な友達…ゆう、
きっと、みんなに会いたかったはず」
しい
「ちょっと、待ってよ。もう会えないみたいに言わないでよ!YOASOBI、一緒に歌うことになって
るのに!」
ぐんじ
「そうだよ!こっちもプレステ5、一緒にやることになってんだよ!もうこれ以上寝かせんなよ!」
しい
「ねえ、やろうよ、あでの君」
ぐんじ
「やりましょうよ」
あでの、ちみのところへ行く。
あでの
「ちみ」
ちみ
「…」
あでの
「ゆうは、ちみに『またね』って言ってんだぞ。ゆうにもう会えないままでいいのか?」
ちみ
「…」
あでの
「このまま一生、ゆうの声を聞かないでいいのか」
ちみ、立ち上がりながら
ちみ
「…あたし、すぐ、わかりましたよ、ゆうは、根はいいひとなんだって。だって、ゆう、なかなか
いい笑顔するんですよ。めったに見せないんで、あたし、ゆうの笑顔を見るのが嬉しくて…
でも…ゆうの笑顔、見たくない時もあって…やっと見せてくれるようになったゆうの笑顔を、あたしは
凍らせてしまった。ゆうの心を…凍らせてしまった…またねって、ゆう…まだ、あたしに会いたい?」
ちみが舞台最前、際まで来て、歌いだす。
震える声で、アカペラで「secret of my heart」を歌いだす。
途中から、あでのが加わり、歌いだす。
ぐんじとしいも加わる。
みんなで歌う。
香苗、大垣を見る。
大垣、首を横にふる。
香苗、ゆうの頭をなでる。
香苗、ゆうの変化に気づく。
香苗
「先生…」
大垣、ゆうを見つめる。
大垣
「目覚めてはいない。でも…歌ってる」
ゆう、口を動かしている。
香苗、ゆうの口に耳を近づける。
香苗
「歌ってる…」
香苗、ちみ、あでの、ぐんじ、しいに向かい
香苗
「歌ってる!」
ちみ
「ゆう!」
あでの
「ゆう!」
香苗
「歌ってる…ゆう…」
あでの
「みんな、次いつ来るか調整しようぜ」
ちみ
「それも、いいけど、次の曲いこうよ。あでさんの曲」
あでの、うなずく。
みんな、歌いだす。
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