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さくらと、私と、黒い雫
作 鈴木麻名実
 



   季節  3月。
   時   深夜1時半をまわったところ。
   所   さくらとゆりの共有スペース。二人はルームシェアをしている。
       テーブルにソファ。クッションがいくつか。
       カーッペットの上には大きなマスコットのキーホルダーがついたさくらのスマフォが放り投げてある。





   ピンク色の部屋着を着たさくらが、一人くつろいでいる。
   ちらりと壁にかけてある時計を見る。溜め息。


さくら  遅いなー、ゆり姉・・・・・・。


   手持ち無沙汰にスマフォを手に取りいじる。
   そこに、玄関の鍵を開ける音が聞こえる。


さくら  帰ってきた!


   さくら、急いで部屋の電気を消す。玄関のドアが開く。
   ゆりがソープランドの仕事から帰ってくる。黒いコートにブランドもののバッグを持っている。服装の割に化粧はしておらず、黒いロングの髪も特にセットなどされていない。


ゆり   (気だるそうに)ただいまー。って暗いし。さくら、寝てるのー?


   ゆりが電気のスイッチを押す。


さくら  (後ろからゆりに抱き着いて)わっ!
ゆり   うわっ。ったく、びっくりさせないでよ。電気ついてないし寝てるのかと思った。
さくら  ごめんごめん、おかえりー。あれ、ゆり姉すっぴん? 化粧落としてきたんだ?
ゆり   (自分の部屋に向かいながら)うん、送りの車出るのに時間かかりそうだったから、向こうでお風呂入ってきた。
さくら  そっかー。(ゆりの部屋に向かって)ゆり姉、一杯飲むー?
ゆり   (ゆり自室から)飲むー。
さくら  おけ!


   さくら、キッチンからグラスを持ってくる。
   テーブルの上に置いて、またキッチンに戻る。


さくら  (キッチンの方から)うわー、倒れたー。なんてこったー。


   さくら、ケーキの乗ったお皿を二枚持って出てくる。
   お皿を見つめながら慎重に歩き、テーブルの上に置くと満足そうに座る。


さくら  はっ! フォーク忘れた!


   再度キッチンに戻り、フォークを二本持って出てくる。
   フォークをお皿の上に置く。


さくら  お酒よーし! ケーキよーし! フォークよーし! うん、完璧!


   着替えを終えたゆりが、手に煙草を持って戻ってくる。


ゆり   はー、疲れた・・・・・・。
さくら  お疲れ様! ささ、お掛けになってください!
ゆり   (テーブルの上のケーキに気付き)何これ? どうしたの?
さくら  ゆり姉疲れたでしょ? 甘い物食べたいでしょ? てことで食べよう!
ゆり   いや、別にそんな食べたい気分じゃないし。
さくら  冷たい・・・・・・。
ゆり   はいはい、冷たくてごめんねー。


   ゆり、煙草に火をつけ吸う。それを見て、灰皿をゆりの近くに置き直すさくら。
   さくら、グラスに氷をいれ、ウイスキーを注ぎ、ゆりの前に置く。


さくら  てか、今日遅かったねー。延長入ったりしたの?
ゆり   ううん。常連さんが、遅くからの開始で。常連じゃなかったら帰ってたわ。
さくら  そか。常連って、ヴィトンおじさん? コスプレ兄ちゃん?
ゆり   ITの営業さん。
さくら  バーコードハゲの? 最近常連になったって言ってた人か!
ゆり   そうそう。お金の払いは良いんだけどねー。セックスもまぁそこそこ上手だし、良い人だと思うし。だけど、臭いのよ!
さくら  あー、臭いのはきついよね。
ゆり   口はタバコ臭いし酒臭いし、あそこも臭いし。もう洗う時グリンスだけじゃなくて、イソジンぶっかけてやろうかと思った。それに、ワキガの臭いも強烈で。あのワキガの臭いってさ、本当ひどい人だと、こっちにも臭い移るじゃない。
さくら  移るねー。その人もそうなんだ?
ゆり   そうなの。もう本当嫌っ。ていうか、あんた今日どうしたの? 当欠するなんて珍しいじゃん。体調崩したのかなって思ってたら、全然元気そうだし。
さくら  それが昨日めっちゃ激しいお客さんに当たっちゃって! それで中切られちゃったの。お陰で今朝もまだ血が出ててヒリヒリするから休んだんだー。
ゆり   あらら。
さくら  あー、なんで爪チェックし忘れたんだろ。イケメンだったからって油断した! ・・・・・・今日誰か店来たかなー。
ゆり   あー、あんたの客、今日来てたみたい。
さくら  え、誰!? 
ゆり   確かねえ・・・・・・アサ、なんとかさん?
さくら  (笑顔で)朝倉さん!
ゆり   あー、確かそんな名前だった。岡っちが「さくらさんに伝えておいてくださーい」って。
さくら  マジかー。朝倉さん、昨日来てくれれば良かったのに・・・・・・。
ゆり   なに、太客なの?
さくら  ちょー良いの、セックスが。
ゆり   (笑いながら)あっそう。
さくら  すごいよ、一二〇分コースでさくら、毎回二十回位イかされるもん。何なんだろ、あれ。時間経つのがあっという間でさ、もっとやってーって思うもん。もうさ、あのセックスだったら何十時間でもしてたいよ。時間を忘れさせてくれるセックスって本当最高。あーもう、セックスしたーい。
ゆり   はいはい。もう流石に出血おさまったんでしょう? 明日出勤して思う存分にセックスしなさいな。
さくら  はーい。
ゆり   にしても感心するわ。あんたのそのセックス好きには。
さくら  へへー、ありがとう!
ゆり   褒めてないから。
さくら  でも、ゆり姉だってたまには良いセックスだったーって思うことあるでしょう?
ゆり   ありません。そもそも客相手にイかないから。
さくら  えー、一回もないの?
ゆり   一回もない。お金が発生するからやる。それだけ。店でもセックスするのに、セフレまで作るあんたの気が知れないわよ。
さくら  だって下手な人たちばっかとやってたらイきたいのにイけないーみたいな? こうムズムズするじゃない? 物足りなくなるの! うまい人とやりたくなるんだもーん。やっぱセックスは、一緒に気持ちよくなれるのが一番!
ゆり   あっそう。
さくら  なのに色々勘違いしてる殿方が多くて困るよね。さくらはそういう殿方に会うと悲しくなる。AVのやり方じゃ駄目。皆研究しあおうよ、お互いのことを! さくらはそう思う!
ゆり   まあ勘違いな男共が多いってのには同感だけど。
さくら  てかさ、じゃああの声は何なの!? ゆり姉の喘ぎ声やばいよ! 昨日も聞こえたけど。さくらのお客さん、ゆり姉の声に興奮しちゃって! まあさくらもあの声には興奮するけど。
ゆり   何言ってるの。
さくら  え、どの位演技してるの? あれ、演技の声だったらすごいわ。さすがゆり姉だわ。
ゆり   本指に繋げたい客にはサービスしなくちゃね。
さくら  繋げたい客?
ゆり   清潔で、そこそこ良い人で、そこそこうまくて、定期的に来てくれそうなお金持ってそうな人。
さくら  なるほど、選んでるんだ。だから、ゆり姉のお客さん、太客多いんだ!
ゆり   客は諭吉でしかないから。
さくら  諭吉!
ゆり   そう、ただの諭吉。諭吉様さまですよ。 


   ゆり、グラスを持って口をつけようとする。


さくら  わー! 何勝手に一人で飲もうとしてるの! 乾杯しようよ! 乾杯!
ゆり   何よもう、だいたい何に乾杯するの?
さくら  お祝いだよ! お祝い!
ゆり   お祝い?
さくら  うん! 今日は何の日でしょう?
ゆり   わかんない。
さくら  ちょっとは考えようよ!
ゆり   もう面倒臭いなぁ。何の日なの?
さくら  へへへー、今日で二年目なの! ゆり姉と一緒に暮らし始めて!
ゆり   あー、そうだったっけ。あんた、よくそんなこと覚えてんのね。
さくら  覚えてるよー、そりゃあ。記念日は忘れないもの。
ゆり   記念日? 彼氏に追い出されてビービー泣いてた日が?
さくら  うっ・・・・・・。
ゆり   出勤したらワンワン喚いてる声が聞こえてさ、何事かと思って事務所入ったら、「ゆり姉助けてー」って。
さくら  いやー、もう本当あの時はありがとうございました! 助かりました!
ゆり   本当にね。しかも、まさかそのまま居続けるとはねー。
さくら  ごめーん。でもゆり姉、さくらが来て楽しくなったでしょう? それに、こんな広いのに一人で住んでたなんてさ。空いてた部屋が可哀そうだったよ。さくらが住むようになって、喜んでたもん。住んでくれてありがとうって!
ゆり   何それ。
さくら  だから喜んでたんだよ、お部屋が!
ゆり   バッカみたい。
さくら  バカだもーん!
ゆり   はいはい。さみしい部屋に住んでくれたおバカなさくらさん、私にそろそろお酒を頂けますか?
さくら  仕方ないな、あげようではないか。
ゆり   それはそれは、ありがたき幸せ。
さくら  というわけで、かんぱーい!
ゆり   乾杯。


   さくらとゆり、グラスを重ねる。それぞれ飲む。


さくら  あ、ゆり姉! ケーキ食べてね! ゆり姉の好きなチョコレートケーキだよ!
ゆり   明日食べる。
さくら  なんで?
ゆり   こんな時間に甘いもの食べれないもの。私の分、冷蔵庫しまっといて。
さくら  ・・・・・・こんな美味しいケーキ冷蔵庫に閉まっちゃったら、朝起きるまでに冷蔵庫がパクパク食べちゃってるよ、きっと。
ゆり   食べるとしたら冷蔵庫じゃなく、あんたでしょう。
さくら  いやいや、冷蔵庫も食べたくなっちゃう位の美味しさなんだって。
ゆり   はいはい。
さくら  なんてったって、パティスリーリョーコの新作だし。
ゆり   ・・・・・・。
さくら  ウイスキーにも合うって店員さん言ってたよ? 
ゆり   ・・・・・・。
さくら  一日だけなら大丈夫だって。
ゆり   ・・・・・・。
さくら  ゆり姉と一緒に食べようと思って買ってきたのになぁ。
ゆり   ・・・・・・。
さくら  (ゆりの分の皿を取って)冷蔵庫にパクパクされる位なら、さくらが食べる!
ゆり   わかったから。食べる食べる!
さくら  (皿をゆりの前に戻して、にやりと)どうぞ。
ゆり   (ケーキを食べて)・・・・・・リョーコめ。
さくら  美味しい?
ゆり   悔しいほどに美味しいわ。
さくら  ウイスキーのおかわりはいかがですか?
ゆり   ・・・・・・お願いします。
さくら  もうじゃんじゃん飲んじゃって! じゃんじゃん!
ゆり   じゃんじゃんって。


   さくら、ウイスキーを注ぐ。


ゆり   どうも。(ウイスキーを一口飲んでから)それで?
さくら  え?
ゆり   本当は何のお祝いなの?
さくら  本当って?
ゆり   去年はこんなことしてないでしょう? 何があるの?
さくら  あはは、ゆり姉のそういうところ大好き。
ゆり   ありがとう。それで?
さくら  ・・・・・・あのね。
ゆり   うん。
さくら  えとね・・・・・・。
ゆり   うん。
さくら  ・・・・・・。
ゆり   早く言いなさいよ!
さくら  ・・・・・・さくら、結婚することにしたの!
ゆり   ・・・・・・え?
さくら  だから、結婚することにしたの!
ゆり   ・・・・・・・・・・・・。
さくら  ・・・・・・もー、何か言ってよー。
ゆり   (呆然と)あー、おめでとう。
さくら  何それ、冷たい。
ゆり   (さくらの頭を手でぐしゃぐしゃにしながら)おめでとうー!
さくら  (笑いながら)もう、雑!
ゆり   ごめんごめん。おめでとう。
さくら  うん、ありがとう。
ゆり   ・・・・・・そっか、結婚か。
さくら  うん。
ゆり   あんた、最近男の話しないなあとは思ってたけど。そっか、結婚するのか。
さくら  うん。
ゆり   どんな人?
さくら  優しい人。それにすごく紳士的でね、車乗るときとかお店入るときとかエスカレートしてくれるの。
ゆり   うん、エスコートね。
さくら  (ゆりに構わず)デートのときはいっつも手をつないでくれるし。あ、料理も上手! さくら、男の人に料理作ってもらったの、洋ちゃんが始めてだったの! あ、洋平さんていうから洋ちゃんって呼んでるんだけど! もうね、さくらが作るより、うんと上手!
ゆり   あんた、料理しないでしょ。
さくら  さくらバカだからさ、一般常識とかマナーとかわかんないし、敬語とかも全然できなくって、よく呆れられるじゃない? でもね、洋ちゃんはさくらのわからないことがある度に一つ一つ丁寧に色々なこと教えてくれるの。
ゆり   そうなんだ。何やってる人なの?
さくら  なんとなんと! ゆり姉が毎日お勉強中のものであります!
ゆり   え? ああ、弁護士?
さくら  そうそう。
ゆり   へー、何歳? 弁護士なってもう長いの?
さくら  三十六歳。二十四歳から弁護士やってるんだって。
ゆり   二十四から!? 随分優秀な人だね。
さくら  うん、すっごく頭良いよ。てか、なんか頭良すぎてたまに何言ってるかよくわかんないもん。
ゆり   あんたのオツムが足りないだけでしょ。
さくら  あはは、そうかもー。
ゆり   でもそっか、九歳差か。まぁあんたにはその位上の方が良いかもね。
さくら  うん。もうね、ゆり姉と一緒に住むようになってから年下は無理になった。年上最高! 
ゆり   何よ、それ。
さくら  てか、なんかゆり姉とちょっと似てるの。性格とかじゃないんだけど、雰囲気がなんかこう、ゆるゆるつんつんーってしてるの。
ゆり   いや、よくわからないんだけど、それ。
さくら  え、ゆり姉兄弟とかいないよね?
ゆり   いないけど。
さくら  ゆり姉と親戚とかになったりしたら面白いのになー。
ゆり   面白くないって、全然。どこで知り合ったの?
さくら  うん、えと、その・・・・・・ウチの店?
ゆり   ・・・・・・ウチの店って、お客さん?
さくら  ・・・・・・そう。


   間。


ゆり   ・・・・・・まあいいんじゃない。
さくら  ・・・・・・え?
ゆり   風俗やってるの知っててプロポーズしてくれるなんて、なかなかいないでしょう。
さくら  ゆり姉、反対するかと思った。
ゆり   なんで?
さくら  だって、お客さんと付き合い始めたーって報告したら、いっつも良い顔しないじゃない。
ゆり   客と付き合うことに反対してたんじゃないよ。客の中でもどうしようもないのとばっか付き合うから反対してたの。
さくら  うう・・・・・・。
ゆり   寂しいからってさ、彼氏が切れたらすぐに、誰かれお構いなしに付き合ってたじゃない。いつだったっけ? セックスが最高だからーって理由だけで付き合ったこともあったでしょう。
さくら  あったあった! でも本当に最高だったんだよ! 当時ダントツで相性良かったんだもん!
ゆり   ていうか、あんた、色々言ってたけど、まさかその洋ちゃんって人もセックスが良かったからってことでオーケーしたとかないでしょうね?
さくら  違うよ。だって洋ちゃん、ちょーセックス下手だもん。 
ゆり   え、下手なの?
さくら  そうなの、そこだけが物足りない。
ゆり   ・・・・・・へー。
さくら  何?
ゆり   セックス人間のあんたがねー。
さくら  さくらもびっくりだよ。結婚するなら絶対セックス上手な人って思ってたのに。洋ちゃんといるときはね、セックスしてなくても、一緒にいるだけで心が落ち着くの。安心するの。なんかさ、それまではセックスしてるときだけだったから、心が落ち着くっていうの。だから最初変な感じがして、ちょっと戸惑った。
ゆり   そう。・・・・・・良かったんじゃない。
さくら  うん。
ゆり   店は? 辞めるんでしょう? いつまでやるの?
さくら  常連さんに挨拶したいから、あと一ヶ月はやろうかなって。
ゆり   そう。その洋ちゃんとやらは、それでいいって?
さくら  うん。キリのいいって思えるところまでやっていいよって。
ゆり   そっか。あと一ヶ月で風俗卒業か!
さくら  ねー。なんか想像つかないんだけどね。
ゆり   よし! もう一回乾杯しよう!
さくら  え?
ゆり   さくらの風俗卒業を祝って!
さくら  (ゆりに抱き着いて)ゆり姉! 
ゆり   何よ、もう。
さくら  もう好き! 愛してるー!
ゆり   はいはい、私もあいしてるよー。(さくらを引き剝がしながら)ほらほら、起きて。
さくら  んー。
ゆり   ほら、グラス持って!
さくら  はい!
ゆり   では、さくらの風俗卒業を祝って! 乾杯!
さくら  乾杯!


   ゆり、さくら、乾杯をする。それぞれ飲む。


ゆり   はー、美味しい! 祝い酒だからか、余計に美味しく感じるわ。 
さくら  あはは。・・・・・・ねえ、ゆり姉。今度洋ちゃんに会ってくれないかなあ。
ゆり   え? 何で?
さくら  洋ちゃんにゆり姉の話ししたら、会ってみたいって言ってて。
ゆり   ・・・・・・あんた、何話したの。
さくら  ふふふー、ゆり姉が優しくって格好良くって、喘ぎ声が超絶エロイって話。
ゆり   おいこら。
さくら  うそうそ、最後のは冗談ですー。
ゆり   ったく。
さくら  お姉ちゃんみたいな人だって。って、さくら、お姉ちゃんとかいないけどさ。お姉ちゃんがいたら、こんな感じなのかなぁって。それにさくら、パパもママもいなかったから、家族っていうもの自体よくわかんなかったし。家族って憧れだったんだ。
ゆり   ・・・・・・そう。
さくら  うん。なんかさ、よく皆、お父さんお母さんうざーいとか言ってるじゃない? そういうのも羨ましかったんだよね。「お父さんの後お風呂入りたくないー」とか、「洗濯物もの一緒にしないでー」とか、「お母さんが口うるさいー」とか? そういうの言ってみたかったんだ。でも、ゆり姉と住むようになって、羨ましいとかなくなったの。・・・・・・一緒に住み始めたころのこと、覚えてる?
ゆり   ん? 
さくら  「食器は食べたらすぐ片付ける!」「帰ってきたら、荷物はリビングに置かない、すぐ自分の部屋に持ってく!」「電気つけっぱなしにしない!」ってもうさくら、めっちゃゆり姉に怒られたじゃない?
ゆり   そうだったね。
さくら  あれさ、実はすっごい嬉しかったんだよね。そんな風に怒ってくれる人、それまでいなかったから。
ゆり   そう。そういえばあんた、あの当時怒っても怒ってもニヤニヤしてたもんね。
さくら  そう! それで、「怒ってるのにどうしてそんな笑ってんの!」ってまた怒らせちゃってさ。
ゆり   あったあった。
さくら  んねー。
ゆり   随分経ったねー。


   二人、思い思いに耽る。
   少しの間。
 

ゆり   洋平さん? いつ仕事休みなの? 日曜日?
さくら  え? うん、そう。日曜日だけど。
ゆり   私、来週は週末予定入ってるけど、他は今のところ大丈夫だから。
さくら  会ってくれるの!?
ゆり   うん。でも早めに決めてくれると有り難いかな。
さくら  わかった! 洋ちゃんに聞いてみる!


   さくら、スマフォを手に取り、早速ラインをする。


さくら  よし、送信! 


   さくら、スマフォをテーブルの上に置き、スマフォに両手をかざす。


ゆり   ・・・・・・何やってんの。
さくら  すぐに返信が来ますようにって。
ゆり   それですぐに来たらすごいわ。


   ラインの着信音が鳴る。
   二人、顔を見合わせる。


ゆり   まじか。
さくら  (スマフォを確認して)・・・・・・うう、違った。
ゆり   まあ、そりゃそうだよねぇ。・・・・・・あ、そうだ。あんた、その洋ちゃんって人の写メとかないの?
さくら  写メ?
ゆり   そうそう、どうせ撮ってるんでしょう? 
さくら  うん、あるよ! 
ゆり   見せてよ。
さくら  うん! ちょっと待ってねー! ・・・・・・じゃじゃーん! この人!


   さくら、ゆりにスマフォを渡し、画像を見せる。
   ゆり、それを見て固まる。


ゆり   ・・・・・・・・・・・・。
さくら  格好良いでしょう! 私服姿も素敵だけどね、スーツ姿がまた最高に格好良いの!
ゆり   ・・・・・・。(未だに動けずにいる)
さくら  身長も183㎝あるの! スラってして見えるんだけど、脱いだら良い胸筋ついてるんだよ! もうね、こう、丁度良いフィット感なの!
ゆり   ・・・・・・。
さくら  ってもう、そんなじーっと見ちゃって! いくらゆり姉でも洋ちゃんのこと好きになっちゃ駄目だからね!
ゆり   ・・・・・・。
さくら  ・・・・・・ゆり姉? どうしたの、そんな固まっちゃって?
ゆり   (絞り出すように)さくら・・・・・・。
さくら  ん? なあに?
ゆり   (スマフォの画面を見ながら、呟くように)この人に、私のこと話したって言ったよね?
さくら  え、うん、そうだよ。
ゆり   何を話したの?
さくら  何をって、さっき話したじゃん!
ゆり   そうじゃなくて・・・・・・あ、私の顔は知らないのよね。
さくら  うん。あ、でもお店のグラビア写真は見てるんじゃないかな?
ゆり   ああ、あの写真ね・・・・・・。
さくら  うん。ゆり姉のあの写真、あの加工の入れ方ないよね。なんか整形してますーみたいな加工でさ。全然ゆり姉の良さが出てないっていうか! ゆり姉も撮り直せばいいのに。
ゆり   ねえ、さくら・・・・・・。
さくら  ん? なあに?
ゆり   ・・・・・・この男はやめときなさい。
さくら  え?
ゆり   この男はやめときなさいって言ったの。
さくら  ・・・・・・え、なんで? いきなりどうしたの? ゆり姉、さっきまで良いって言ってくれてたじゃない。
ゆり   ・・・・・・黒川だとは思わなかったから。
さくら  え、ゆり姉、洋ちゃんのこと知ってるの? 
ゆり   ・・・・・・。
さくら  あ、昔お客さんだったとか?
ゆり   違う!
さくら  じゃあ何? 
ゆり   ・・・・・・昔結婚してたの、黒川と。
さくら  ・・・・・・え?
ゆり   まさかあんたが結婚したいって人が黒川だったなんて・・・・・・。
さくら  ・・・・・・そんな、さくら、ゆり姉が結婚してたなんて知らないよ。
ゆり   過去のことをいちいち言わないわよ。それに、あいつのことは忘れてたの。思い出したくなかったから。
さくら  え、待ってよ。だって、洋ちゃんだって昔結婚してただなんて言ってなかったよ?
ゆり   あいつも私とのことはなかったことにしてたんでしょう。それだけのことよ。
さくら  え? え? ちょっと待って。なんか、え? よくわかんないよ・・・・・・。ゆり姉が洋ちゃんの元奥さん? え? でも、そしたらおかしくない? 洋ちゃん、ゆり姉に会いたいって。元奥さんに会いたいなんて言うものなの? 似てる人とかじゃないの?
ゆり   あのグラビア写真しか見てなくて、ゆりって話してるならわからないでしょう。
さくら  どういうこと?
ゆり   ゆりは源氏名なんだから。
さくら  あ、そっか。そうだよね、さくら、そのまんま使ってるから・・・・・・。


   間。


ゆり   (努めて冷静に)とにかく黒川だけはやめときなさい。私は反対。
さくら  ・・・・・・なんで? なんで反対なの?
ゆり   ・・・・・・。
さくら  離婚しちゃったってことは何かうまくいかなくなっちゃったのかもだけど、ゆり姉だって前に洋ちゃんと結婚してたってことは、洋ちゃんのこと良いって思ったからじゃないの?
ゆり   ・・・・・・。
さくら  ゆり姉とうまくいかなかったってだけで、さくらとはうまくいくかもだよ?
ゆり   ・・・・・・。
さくら  さくら、反対する理由がわかんないよ。
ゆり   ・・・・・・。
さくら  なんで? いつものゆり姉だったら、反対だったら反対で理由も言ってくれるじゃない。
ゆり   ・・・・・・。


   間。


さくら  ・・・・・・ねえ、ゆり姉、まさかだけど、洋ちゃんのこと引きずってたりしないよね? それで反対してたりとかないよね?
ゆり   (イライラして)引きずってなんかないって。
さくら  じゃあどうして? 
ゆり   ・・・・・・。
さくら  ねえ、ゆり姉!


   ゆり、煙草に火をつけ吸い始める。
   間。

   
さくら  煙草、今はやめて。
ゆり   ・・・・・・。


   ゆり、煙草を吸い続ける。
   さくら、ゆりの煙草を奪って、灰皿に押しつける。


さくら  何で? 何で何にも言ってくれないの?
ゆり   ・・・・・・。
さくら  ゆり姉!
ゆり   ・・・・・・。


   間。


ゆり   あんたが思っているようなことは何もないわよ。
さくら  ・・・・・・じゃあ何でさっきそう言わなかったの?


   間。


ゆり   ねえ、さくら。あんたはあいつのこと何もわかってない。
さくら  ・・・・・・何、それ。自分は洋ちゃんのこと何でも知ってます、みたいな言い方しちゃって。
ゆり   別にそういうことが言いたいんじゃないわよ。
さくら  じゃあ何・・・・・・?
ゆり   ・・・・・・。
さくら  ゆり姉、いつも言ってたよね。恋愛はこりごりだって。それって洋ちゃんのことじゃないの? 本当はずっと忘れられなかったとかじゃないの?
ゆり   違うわよ。
さくら  弁護士になりたいのだって、洋ちゃんが弁護士だからじゃないの?
ゆり   違うって言ってるでしょう!
さくら  じゃあ何なの! 言ってくれなきゃわかんないよ!
ゆり   ・・・・・・。


   間。


さくら  もういい。ゆり姉にどんなに反対されたって、さくら、洋ちゃんと結婚するから。
ゆり   さくら!
さくら  ゆり姉が洋ちゃんのことどう思ってたって、それもう昔のことだよね。さくらが知らなかったってことはもう何年も前のことでしょ? 洋ちゃん、結婚しようって言ってくれたの。幸せにするって。何もないって言うなら、さくらがどうしようと勝手でしょ!
ゆり   あいつと結婚して幸せになんてなれるわけない!
さくら  ゆり姉が洋ちゃんとうまくいかなかったからって、さくらに当たらないでよ! さくらはゆり姉とは違うもん。さくらは洋ちゃんと幸せになってみせるもん!
ゆり   あいつがDV男でも!?


   間。


さくら  ・・・・・・え? 
ゆり   ・・・・・・。
さくら  ・・・・・・何言ってるの、ゆり姉?
ゆり   だから、あいつはDV男だって言ってるの。
さくら  ・・・・・・意味分かんない。洋ちゃんがDVするなんてありえないよ。
ゆり   あんたが知らないだけよ。
さくら  嘘!
ゆり   嘘じゃないわよ。私はずっとあいつから暴力受けてたんだから。
さくら  ・・・・・・。


   間。


ゆり   あんたがどれ位、あいつと付き合ってるのかわからないけど、あんたは知らないだけ。
さくら  ・・・・・・。
ゆり   あいつはね、そういう男なの。
さくら  ・・・・・・でも、洋ちゃん、さくらにはすっごく優しいよ?
ゆり   最初はね。私だってそう思って結婚した。
さくら  でも昔の話でしょ? 今は変わったかもしれないし・・・・・・。
ゆり   ああいう奴は何年経ったって変わらないの。
さくら  ・・・・・・。


   間。
   ゆり、ウイスキーを一口飲む。


さくら  ・・・・・・何年前?
ゆり   (さくらの顔を見る)
さくら  ゆり姉が洋ちゃんといたのって、何年前?
ゆり   ・・・・・・九年前に結婚して、それから六年間あいつと一緒だった。
さくら  六年!? え、じゃあ三年前に離婚したってこと? え、三年前ってさくらがゆり姉とはじめて会ったのもその頃だよね? あの時、離婚したばっかだったってこと?
ゆり   あの時は、まだ籍は入ってた。ちょうど離婚調停してる最中だったから。
さくら  ・・・・・・離婚調停?
ゆり   そう。向こうは離婚に反対だったから、色々揉めて。本当大変だった。神経がどんどんどんどんすり減らされていって。・・・・・・そんなときだった。宮下さんにスカウトされて店を紹介してもらったの。ボーイさんたちって凄いよね。どん底に落ちてる女を見たら気づくのよ。こいつは落とせるって。・・・・・・弁護士を雇うのにお金も必要だったし、私も必死だったから、藁にもすがる想いで働き出した。・・・・・・今にして思えば、冷静な判断ができなくなってたのね。楽な方に逃げたのよ。これで楽になれるって思ったの。まさか自分が風俗をやるだなんて思わなかったわ。
さくら  ・・・・・・。
ゆり   そんなときよ、あんたと出会ったのは。
さくら  ・・・・・・そうなんだ。


   間。


さくら  ・・・・・・でも、さくら全然想像つかないよ、洋ちゃんがそんな・・・・・・。
ゆり   そうでしょうね。
さくら  ゆり姉と別れてから三年経ってるし、洋ちゃんも変わったかも――。
ゆり   (さくらを無言で見つめる)
さくら  だって・・・・・・だって、信じられないよ。あ、ゆり姉のことじゃないの。ゆり姉が信じられないとか、そういうことじゃないの・・・・・・。
ゆり   ・・・・・・。
さくら  DVって、暴力ってそんなに酷いものだったの?
ゆり   ・・・・・・。
さくら  あ、ごめんなさい! 言いたくないよね、ごめんなさい。
ゆり   別に、大丈夫よ。
さくら  ・・・・・・うん。


間。



ゆり   ・・・・・・最初はね、あんたも言うとおり優しい人だった。出会ったとき、私も若かったし、勢いで結婚しちゃったの。あいつは弁護士になってまだ二年目で駆け出しだったから、勉強勉強でなかなか時間もなかったけど、それでもなんとか時間を作って会ってくれた。だから私だって信じられなかった、あいつがあんな風になるなんて・・・・・・。


   間。


ゆり   結婚して一年位経った頃・・・・・・。最初は言葉遣いがきつくなっていった。でも、仕事がうまくいってないからだって、そう思ってた。きっと落ち着いたら戻るだろうって。でも、どんどんどんどんエスカレートしていって、物を投げつけるようになった。ゴミ箱が転がって、中に入ってたゴミがそこら中に飛び散った。部屋に置いてた観葉植物も倒れて、土が散らばって。お皿なんかも飛んできた。ガチャンって食器の割れる音。料理でぐちゃぐちゃになったカーペット。あいつが寝静まってから片付けた。朝そのまんまの状態だったら、またお皿が飛んでくるの。・・・・・・ずっと我慢したわ、ずーっと、我慢し続けた。でも限界になったのね。私、真夜中家を飛び出したわ。あいつと口論になって、またお皿が飛んできて。私のすぐ横。割れた破片を見てたら、いつの間にか飛び出してたの。エプロンもつけたまんまで。すっごく寒い日だった。あいつは私を追ってきた。私は走って走って、息があがって、寒さなんてすぐに感じなくなった。五分も経たない内に結局捕まって、そのまま外でもみ合いになった。私、アスファルトに頭をたたきつけられて。手で頭に触れたら、こめかみから血が流れてた。そんな私を見てあいつは我にかえるの。「ごめん。ごめん」って。大の男が涙流しながら私に言うのよ。・・・・・・それをきっかけに、暴力がはじまった。殴られて、髪を引っ張られて、しまいには首を絞められた。・・・・・・そんなことがずっと続いたの。
さくら  ・・・・・・。


   さくら、無言でゆりに抱きつく。
   ゆり、されるがまま。
   間。


ゆり   だからね、あいつはやめなさい。
さくら  ・・・・・・。
ゆり   いい?
さくら  ・・・・・・。
ゆり   いいわね?
さくら  (ゆりから離れて一瞬ゆりの顔を見るがすぐに項垂れる)・・・・・・。


   間。
   ゆり、さくらの残っているケーキをフォークに乗せ、さくらの口に突っ込もうとする。


ゆり   ん。
さくら  何?
ゆり   ほら、食べて。
さくら  何で?
ゆり   いいから。はい。
さくら  ・・・・・・。(ケーキを食べる)
ゆり   美味しい?
さくら  ・・・・・・うん、美味しい。
ゆり   はい。(グラスをさくらの口元まで近づける)
さくら  だから何!
ゆり   いいから飲む! 
さくら  何なのさ・・・・・・。(ウイスキーを飲む)
ゆり   とにかく食べて飲んで忘れるの!
さくら  忘れる?
ゆり   そう、忘れる。
さくら  忘れる・・・・・・忘れるなんて、そんなのムリだよ・・・・・・。
ゆり   ・・・・・・。
さくら  さくらにとって洋ちゃんは――。
ゆり   ・・・・・・。


   間。


さくら  セックス依存症治そうって言ってくれたの。
ゆり   ・・・・・・あいつが?
さくら  うん。さくら、洋ちゃんがそうやって言ってくれる前から、自分がおかしいなんてことわかってたよ。毎日セックスやってなきゃ不安になるなんて、おかしいって。ゆり姉とか、お店の女の子皆、嫌だーって言いながらも働いててさ。お金のためとか夢のためとか、すごいなって思うの。さくらにとっては、好きなだけセックスが出来て、それでお金がもらえるって、こんな良い仕事ないって思った。天職だって思った。・・・・・・わかってるよ。こんなんじゃ駄目だって、こんなの良くない、やめなきゃって思うんだよ。でも、やめれないの。誰かに抱きしめてもらわなくちゃ怖くて怖くて仕方ないの。さくらを埋めてくれるのはセックスだけだから。だって、セックスしてるときは、皆さくらのこと必要としてくれるの。皆、いっぱい愛してくれるの。・・・・・・さくらのことおかしいって思う人いたと思うよ。でも別に皆何も言ってこなかったし、いいやって。でもね、洋ちゃんは言ってくれたの。「それはおかしいよ」って、「駄目だよ」って・・・・・・。
ゆり   ・・・・・・。


   間。


さくら  はじめて会ったときからね、洋ちゃん、さくらに真っ直ぐ向き合ってくれたの。フリーで入って、さくらと会ったのなんてたまたまだったんだけど。やることも終わって、残り時間世間話して、それでお店の話とかなって「さくらちゃんはどうして働いてるの?」って聞かれたの。さくら、「セックスが好きだからだよ」って答えた。そう言ったら大抵のお客さんは喜んでくれるし、それが本当のことだったし。でも洋ちゃんは、「本当に? お金のためとかじゃなく?」ってすんごい真剣な顔で、そりゃもうしつこく聞いてくるから正直面倒臭いお客さんだなって思った。だって現実に戻っちゃうじゃない。さくらはお客さんが帰るまでは現実に戻りたくないの。さくらのこと必要としてくれて、さくらも必要として、それだけでいいの。なのにずっと「本当に? 大丈夫なの?」って。だからさくら、イラッてしちゃって思わず帰り際に言っちゃったの。「さくらにとって風俗は天職なんです。だからあなたみたいにセックスが下手な人は物足りないの」って。
ゆり   ・・・・・・。
さくら  そんなこと言われたら普通もう来ないでしょう?
ゆり   ・・・・・・そうねぇ。
さくら  なのに、二週間後にまた来てね。この人バカなのかなって思った。
ゆり   あんたがバカって思うなんてよっぽどね。
さくら  本当よっぽどだよ。でね、服を脱がせようとしたら「今日はいい」って言うの。
ゆり   え、しなくていいって?
さくら  うん。
ゆり   それで? 本当にしなかったの?
さくら  したけど。
ゆり   え、したの?
さくら  うん、した。てか、さくらが襲った。
ゆり   ・・・・・・まあ、あんたらしいっちゃ、あんたらしいわ。
さくら  で、また帰り際に言ってやったの。「面倒臭いんで、もう指名しないでください。さくらはセックスがしたくて働いてるんで、あなたみたいなお客さんは求めてないんです」って。
ゆり   ・・・・・・でもまた来た?
さくら  うん、また来たの。この人、何がしたいんだろって思ったもん。次来たときはいきなり「源氏名つけよう!」って言われて。
ゆり   源氏名?
さくら  うん。さくら、いつも自分のこと、さくらって言うから、お店入るときも間違えちゃいそうだったし、そのまんまにしたのね。でも洋ちゃん、「本名でやってたら傷つくでしょう」って?
ゆり   傷つく?
さくら  うん。「色々嫌なことも言われるでしょう。源氏名だったらダイレクトに言葉が入ってこないよ?」って。そんなこと考えもしなかったから、さくらびっくりしちゃって。その日の帰り際に、さくらはじめて「またね」って言ったの。そうしたら洋ちゃんガッツポーズしてね、面白い人だなって思ったの。
ゆり   あいつがガッツポーズ?
さくら  そう。洋ちゃん格好良いけど無愛想じゃない? その無愛想な顔のまんまでガッツポーズとかするから、さくら待機所戻ってからも、暫く笑いおさまらなかったもん。
ゆり   それは笑えるわ。
さくら  それからも月に二回は必ずお店に来てくれて、色々話している内に、洋ちゃんといるときはセックスしなくても安心してる自分がいたの。・・・・・・さくらね、お客さんに「好き」って言ってもらいながら抱いてもらうのが好きだったの。でも、洋ちゃんと出会ってから、「好き」って言葉が逆に凄く嫌になっちゃって。なんかその言葉を聞くと、鳥肌が立つっていうか、全身が寒くなるっていうか。
ゆり   うん、わかるよ。
さくら  それまで平気だったのに、なんかさ急に思っちゃったんだよね。あのお部屋に入ると、言葉って急に薄っぺらくなるんだなって。奥さんがいても彼女がいても、好きって言ってくる。会ったばっかなのに。「どうしよう、さくらちゃんのこと好きになりそう」って。簡単に言えちゃうの、皆。前はそれが嬉しかったんだけど。・・・・・・洋ちゃんは、この人はすごく言葉を選んでくれてるんだって。そう分かって・・・・・・。さくら、洋ちゃんを信じたいって思ったの・・・・・・。
ゆり   ・・・・・・。
さくら  あんなにさくらのこと想ってくれて、さくらを必要としてくれる人、洋ちゃんだけだもん・・・・・・。


   間。


さくら  ねえ、ゆり姉。さくら、どうしたらいいの? どうしたらいいのか分かんないよ。洋ちゃんのこと、この人ならって思ったの。でも違うって。あんなにゆり姉が教えてくれたのに、さくら、まだ洋ちゃんに会いたいって思っちゃう。暴力だって振るわれてもいいって思っちゃう。
ゆり   さくら・・・・・・。
さくら  どうしてだろう。どうしてこうなっちゃうの。いっつもこう。自分で信じたものが、信じたいって思ったものが、バラバラっていっつも消えちゃうの。いっつもいっつも、消えてっちゃうの。
ゆり   ・・・・・・。
さくら  (呼吸が荒くなっていく)そう、バラバラって。皆いなくなるの。皆、さくらの前からいなくなるの。パパもママも! やだよ、やだやだやだやだ!
ゆり   さくら・・・・・・?
さくら  さくらの何が悪かったの? さくら、どうしたら良かったの? どうしたらさくらも連れてってくれたの? やだよ、連れてってよ! 置いてかないでよ! お願いだから置いてかないで置いてかないで置いてかないで!
ゆり   さくら、落ち着いついて!
さくら  さくらが悪い子だから? ねえ、さくらが悪い子だからいけないの? だから皆いなくなっちゃうの? 
ゆり   (さくらの腕を両手でつかんで)落ちついて!
さくら  ゆり姉もいつか、いなくなるの?
ゆり   え?
さくら  皆そうだから。皆こうやって掴んでくれたって思っても、結局さくらの手を振り払ってくの。バシンって。それで簡単にいなくなるの! (ゆりの手を振りほどいて)そうだよ。そうだよね。さくらが誰かに必要とされるなんてあるわけないよね。だって、さくらいらない子だもん。
ゆり   いらない子なんかじゃないって。
さくら  いらない子だよ。だって言ってた。あのパパとママの目。お前はいらないって。いらない子だって――
ゆり   そんなこと言わないでよ!
さくら  だって言ってたの! ――
ゆり   (さくらを抱きしめて)さくら!
さくら  ――。
ゆり   そんなこと・・・・・・言うもんじゃない。
さくら  ・・・・・・。
ゆり   私はあんたに救われたんだから!
さくら  ・・・・・・え?
ゆり   いらないなんて・・・・・・そんなこと言わないでよ。
さくら  ・・・・・・。


   間。


さくら  ・・・・・・ごめんなさい。
ゆり   ううん。大丈夫?
さくら  うん、大丈夫。
ゆり   うん。


   間。


ゆり   ・・・・・・私ね・・・・・・子供がいたの。
さくら  ・・・・・・え?
ゆり   さくらって名前の子。
さくら  ・・・・・・さくら?
ゆり   そう、あんたと同じ名前。・・・・・・四年前に亡くなっちゃったんだけどね。
さくら  ・・・・・・。
ゆり   あいつに暴力されても別れなかったのは、あの子がいたから。あの子がいたから、私どんなことされても耐えられた。
さくら  ・・・・・・そうなんだ。
ゆり   うん・・・・・・あの子、生まれたときから病気でね。
さくら  病気?
ゆり   そう。心臓の病気だったんだけど・・・・・・なんでさくらなのって思った。
さくら  ・・・・・・。
ゆり   洋平もさくらの病気がわかったときは、一緒に悲しんでくれた。三人で病気治していこうって。さくらを守っていこうって。・・・・・・さくらもね、三回も手術して、痛い思いして、闘ってた。でも、四回目の手術を控えてるってときに急に病状が悪化してね・・・・・・。
さくら  ・・・・・・。
ゆり   さくらがいなくなって、私どうしたらいいのか分からなくなっちゃって、・・・・・・ぽっかり穴が空いたっていうか・・・・・・。私にとってさくらが全てだったから・・・・・・。
さくら  ・・・・・・。


   間。


ゆり   宮下さんに「さくらさんです」ってあんたのこと紹介されたときね、私正直あんたにはあんまり関わりたくないって思ってたの。
さくら  ・・・・・・え?
ゆり   別にあんたはあんたなのにね、あのときは「さくら」って聞くとキツくって。
さくら  ・・・・・・。
ゆり   なのにあんた、「ゆり姉ー!」ってうざい位寄ってくるんだもん。
さくら  ごめん・・・・・・。
ゆり   本当だよ。しかも自分のこと「さくらねー」って名前で言うし? いい歳して「私」ってきちんと言えよって思ったわ。
さくら  すいません・・・・・・。
ゆり   でもね、お陰で早く吹っ切れた。
さくら  え・・・・・・?
ゆり   いっつもバカみたいに笑ってるあんた見てたら、いつの間にか笑えてたのよ。
さくら  ・・・・・・。
ゆり   (優しく)私はあんたに救われたの。あんたがいなかったら、私いつ吹っ切れてたかわからない。もしかしたら、今もまだ引きずってたかもしれない。
さくら  ・・・・・・。
ゆり   私の人生にはあんたが必要だったの。
さくら  ・・・・・・必要?
ゆり   そう、必要。今まであんたが出会ってきた人たちがどうだったのかは分からないけど、あんたを必要とする人は絶対にいる。絶対現れる。だって私がそうだから。
さくら  ・・・・・・うん。


   間。


ゆり   ホットミルクでも飲む?
さくら  え?
ゆり   もうこんな時間だもん。一息ついて寝よ。
さくら  ・・・・・・うん。


   ゆり、空いたグラスを持って、キッチンに行く。
   さくらは一人、じーっとする。
   チンという電子レンジの音が聞こえて、さくらは我に返る。
   ゆり、カップを持って戻ってくる。


ゆり   はい。
さくら  ありがとう。
ゆり   いいえ。
さくら  (一口飲んで)・・・・・・ゆり姉。
ゆり   何?
さくら  ありがとう。
ゆり   ・・・・・・いいえ。
さくら  さくら、頑張るね。
ゆり   ・・・・・・うん。
さくら  洋ちゃんのことは、もう一回洋ちゃんと話してみる。
ゆり   うん。
さくら  ゆり姉、そのときは一緒に来てくれる?
ゆり   いいよ。
さくら  ありがとう。


   間。
   さくら、ホットミルクを飲む。


ゆり   洋平に会うのかー。
さくら  やっぱり嫌だよね?
ゆり   まあね。でも弁護士目指そうって思ったときから、いつか会うかもとは思ってたから、別に大丈夫。
さくら  ・・・・・・うん。
ゆり   にしても、あんたは本当男見る目ないんだから、まず男見る目を養いなさい。
さくら  養うったって、どうやって?
ゆり   さあ。
さくら  もう! そういうとこはいっつも適当なんだから! てか、ゆり姉だって洋ちゃんと結婚してたんだし、人のこと言えないじゃん!
ゆり   あんた、痛いとこつくわね。
さくら  洋ちゃん以外に付き合った人たちもどうだったのかなー?
ゆり   どうでもいいでしょ、そんなこと。
さくら  否定しないんだー。
ゆり   あーもう、それ飲んだら早く寝なさい! 
さくら  まだあと一口あるもーん。
ゆり   はいはい。
さくら  (一口飲んで)ご馳走様でした! 
ゆり   これ、片付けておくから。
さくら  え、いいの?
ゆり   うん、私はあと一杯だけ飲むから。
さくら  そっか。じゃあ、お願いします。
ゆり   うん。おやすみ。
さくら  おやすみなさい。


   さくら、自室に戻る。
   ゆり、さくらを見送った後、ウイスキーを一口飲む。
   その後、テーブルの上のものを片付けにキッチンに行く。
   戻ってきたところに、さくらの置き忘れたスマフォから電話の着信音が鳴る。
   ゆり、スマフォを見つめる。

   
   暗転。


   着信音が鳴り続ける――。





                                             ――幕――


    
 
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