シアターリーグ > シナリオ > 可笑しカンパニー > |
可笑しカンパニー |
作 山岡幸紘 |
中谷「大林」
大林「はい、中谷部長!なんでしょうか?」
中谷「明日何かあるのか?」
大林「はい!明日の午後、新商品の営業に行けることになりました!」
中谷「明日の午後は会議が入っているだろう?」
大林「ああ、そうでした…!今すぐ断りのお電話を…!」
中谷「もう良い。お前はその営業に行ってこい。どうせ会議にはいてもいなくても同じようなものだろう」
大林「そうですよね!」
中谷「…まあ良い。それで営業で使う資料は作ったのか?」
大林「はい、この前使った資料を持っていこうと思っています!」
中谷「この前って三角商店さんのやつか?」
大林「そうです。あれは良いできだったので!しばらくはこの資料を使っていこうと思っています!」
中谷「使いまわしなど駄目に決まってるだろう」
大林「そうですよね…!」
中谷「お店ごとに合った資料を作れ。まったく」
大林「はい、わかりました…!」
大林「ああああ…どうしよう…」
中谷「…どうした大林?」
大林「え?……何でもないです」
中谷「そんな訳ないだろう。どうした?」
大林「えっと…三角商店さんに今日の午前中商品が届く予定だったんですが…」
中谷「手配の時間を間違えたのか⁉」
大林「そうなんです…間違えてしまったんです…」
中谷「何をやっているんだ馬鹿者!」
大林「そうなんです…馬鹿者なんです…」
中谷「ふざけているのか⁉」
大林「そうなんです…ふざけてるんです…」
中谷「…とにかくまず落ち着け!」
大林「え?」
中谷「工場に電話していつ頃商品が着くのか聞いてみろ」
大林「はい…」
中谷「…もしもし」
大林「もしもし、営業の大林です」
中谷「営業の中谷だ」
大林「え?ああ!すいません!」
中谷「…次はないぞ」
大林「はい…」
大林「営業の大林です。すいません、今日の納品のことでお聞きしたいことが…・はい、場所は三角商店で、はい、そうです、50セットなんですけど。はい、はい、わかりました。失礼します」
大林「どんなに早くても今日の夕方みたいです…」
中谷「みたいですじゃない。今すぐ謝りに行って来い三角商店さんへ」
大林「え?でも事務所で段取りをつけていた方が…」
中谷「それで三角商店さんには顔も見せずに電話で平謝りか?ああ?」
大林「いえ…」
中谷「お客様に誠意も見せずに何が営業だ。お客様のことをきちんと考えられないようなやつはもう辞めてしまえ!」
大林「はい…すいません…」
中谷「謝る相手が違うだろう」
大林「はい…その通りです…。三角商店さん、行ってきます」
中谷「それは鞄か?」
大林「はい。(鞄でないことに気付く)…全然違います」
中谷「もしもし株式会社おかしの中谷です。三角商店様でしょうか?はい、この度はうちの大林がとんだご迷惑をお掛けしてしまい大変申し訳ございませんでした。はい、全ては私の監督不行届けにございます。はい、大変申し訳ございませんでした。今後とも大林をよろしくお願い致します。はい、失礼致します」
國分寺「そんな顔されてどうされました?」
中谷「うん?なんだ國分寺か」
國分寺「なんだとは挨拶ですね中谷部長」
中谷「どうした?」
國分寺「いえ、大林君と約束があったんですけど…」
中谷「大林?すまない、今あいつはお客さんのところだ」
國分寺「何かあったのですか?」
中谷「…大したことではないよ」
國分寺「…ホントですか?」
中谷「…最近お前の方はどうだ?」
國分寺「話逸らして…人事部の方は相変わらずですよ。まあ慌ただしい営業部にいたおかげでトラブル対応はお手の物ですね」
中谷「…お前が人事に行ってもう五年もなるのか」
國分寺「そうですね。そろそろ異動の季節ですから。今度は部長が覚悟しておいてください」
中谷「偉くなったものだな。しかしそっちは何事もなくてよかったよ」
國分寺「…ただ最近少し、」
中谷「最近?」
國分寺「辞める人が多いですね」
中谷「辞める?」
國分寺「はい。まあ多いって程ではないですけどちらほら。特に若い人に」
中谷「…そうなのか?」
國分寺「仕事が合わなかったとか、上司が厳しかったとかそういう理由ですが。ここだけの話ですよ」
中谷「上司が厳しくて辞める…?」
國分寺「ええ、なんでも他部署の話ですけど、仕事のミスを怒鳴った上司が次の日辞表を叩きつけられたみたいで。(中谷、國分寺の話を聞きながらどんどん落ち込んでいく)まあ結局は日頃からの小言が溜まって爆発してしまったってのが理由ですけど。ちなみにその上司ってのがあの嫌味モンスター山尾専務のことで、ホントあいつが辞めてしまえば良いのに、ってどうしました?」
中谷「私も辞めようかな…」
國分寺「何言ってるんですか」
中谷「いや…なんでもない」
國分寺「また部下を怒鳴ったんですね。大林君?」
中谷「…少しな」
國分寺「本当は?」
中谷「もう辞めてしまえ!と言ってしまった。他にも厳しく注意してしまった」
國分寺「ああー懲りないですね。後で気にするくせに」
中谷「あいつも落ち込んでいるようだったな…」
國分寺「部長も相当ですけど。まあ私の頃も言われてましたからねえ。辞めてしまえ!って。いつもいつも」
中谷「…大林には今日初めて言った訳だが」
國分寺「本当は?」
中谷「週に一回くらい…」
國分寺「本当は?」
中谷「三日に一度」
國分寺「もうひと声!」
中谷「これ以上は勘弁してくれ!」
國分寺「それでも多いですよ。色々溜まってるんじゃないですか大林君」
中谷「やっぱりそうなのだろうか…。大林も辞表とか持ってるのか?」
國分寺「持ってないですって。…多分」
中谷「なんで言い切ってくれないんだ!」
國分寺「少しは可能性あるかなって…」
中谷「大丈夫だよ。そんなに弱い男じゃないよあいつは」
國分寺「でも中谷部長の部署も大変なところですからね。仕事内容も」
中谷「それでもあいつはしっかりできている、概ね。もちろん至らないところも多いがきちんと仕事をこなそうとする姿勢もしっかりある」
國分寺「そういうこと直接伝えてあげればよろしいのに。時には良いところを褒めてあげるのも大切ですよ」
中谷「心ではわかっているんだが口が勝手に…」
國分寺「もっと素直になられた方が良いですよ。とにかく部長は口調が厳しいですから。大林君も恐くて悩みとか相談できないのでは?」
中谷「…恐いってことはないだろう」
國分寺「自覚してください。娘さんいましたよね?パパこわ~いって言われませんか?」
中谷「…言われないよ(小声)」
國分寺「言われるんですね」
中谷「…三日に一度」
國分寺「大林君もそうなんですって。相談したくても部長が恐い。でも相談できなくてミスをする。そしてまた怒られる。負の連鎖。デフレスパイラル。隣を見れば仲の良さそうな上司と部下。ああ、なんで僕はこの人が上司なんだろう。そうだ辞めてしまおう。そうしようってな具合で、」
國分寺「あっ…すみません、少し、」
中谷「私は部下を持たない方が良いのでは…?」
國分寺「え?」
中谷「もう帰る…」
國分寺「…鞄、忘れていますよ」
中谷「トイレだよ…。あほ…」
大林「…退職いたしたくお願い申し上げます(早口)」
中谷「おい!」
國分寺「中谷部長」
中谷「な、なんだ⁉(慌てて封筒を自分のデスクに隠す)」
國分寺「何か隠されました?」
中谷「いや別に?どうした?」
國分寺「いえ、三角商店の店長様がお見えですけど」
中谷「ああ、わかった。すぐ向かうよ」
中谷「拝啓 時下ますますご健勝にお過ごしのこととお慶び申し上げます。公私にわたり色々とお世話になりましたことを厚くお礼申し上げます。いたらぬ私ではございましたが、皆様方のおかげで大過なく勤めさせていただき大変喜んでおります。さて私事、このたび一身上の都合により、」
大林「戻りました」
國分寺「(慌てて封筒を自分の懐にしまう)ああお帰り、大林君!」
大林「あ、國分寺さん。お疲れ様です。中谷部長は…?」
國分寺「部長は…」
大林「え?どうしたんですか?」
國分寺「ううん!なんでもないの!私がなんとかするから心配しないで!」
大林「ええ?何があったんですか?」
國分寺「ちょっと部長と話してくるから…!」
中谷「おお、戻ったか大林」
大林「お疲れ様です部長。今國分寺さんが部長に話があると言って出ていかれましたが?」
中谷「え?ここで待っていれば良かったのに」
大林「そうですね」
中谷「大林」
大林「はい?」
中谷「お前…私に何か言うことがあるんじゃないか?」
大林「あっ!はい…すみません!報告することがあります」
中谷「…言ってみろ」
大林「はい、三角商店さんの件ですが、納品作業を直接手伝って何とかお許しを頂けました!」
中谷「そんなこと今はどうでも良いだろ!」
大林「ええ⁉すみません!」
中谷「その件は私が手を回しておいたから大丈夫なんだよ!」
大林「そうだったんですか!すみません、自分のために!」
中谷「いや別にお前のためでは、(中谷はっとする)」
國分寺「もっと素直になられた方が良いですよ」
中谷「お前のためではなくはないということもあるかもしれない」
大林「ありがとうございます…⁉」
中谷「とにかくだ。まだあるだろ言わなければならないことが」
大林「もしかして…気付かれていたのですか?」
中谷「ああ…。大林お前…辞めたいのか?(かなり早口で)」
大林「はい?」
中谷「そうなのかやっぱり!」
大林「いえいえ!あのすみません、聞き取れなかったです!」
中谷「だからその…やめ…悩みがあるのか?」
大林「はい…そうです。すみません出てしまってましたか」
中谷「隠す気ないのかっていうくらい出てたぞ。デスクに」
大林「デスク?」
中谷「デスクからお前の陰気が溢れているんだ!」
大林「陰気?そんなものが…」
中谷「あーあーまったく…(頭を抱える)」
大林「部長、大丈夫ですか?なんだか顔色が良くないのですけど」
中谷「誰のせいだと思っているんだ!(中谷はっとする)」
國分寺「時には大林君の良いところを褒めてあげるのも大切なのでは?」
中谷「上司の体調にも気を使えるとはたいした奴だ!」
大林「ありがとうございます…?あ!」
中谷「どうした?」
大林「いえ…國分寺さんと約束していたことをすっかり忘れていました…!」
國分寺「そういえばそうね」
中谷「なんでそのままいるんだ。きちんとはけろ」
國分寺「部長、やっと見つけましたよ…!」
中谷「そりゃあ戻ってくるだろ」
國分寺「部長お話が、」
大林「すみませんでした國分寺さん」
國分寺「え?」
大林「昼間お会いできなくて」
國分寺「ああ、うん。部長、後でゆっくり。それで何の話なの?」
大林「はい、ええっと、」
大林「あれえ…どこにやったのかな…。すみません部長、このくらいの封筒、」
中谷「知らないな」
國分寺「何か探し物?」
大林「はい。封筒なんですけど」
中谷「何を探しているのかはよくわからんが、なくしてしまったならもうしょうがないのではないか?」
大林「はい?」
中谷「もう一度考え直すべきだと言っているんだ」
大林「いやしかし大事なものなので」
國分寺「部長も探すの手伝ってくださいよ」
中谷「いや私は…ちょっと、」
國分寺「なんですか?一度去ると決めたらもうそんな薄情なんですか?」
中谷「は?」
國分寺「ですからもう私達を部下だと思っていないのかと聞いているのです」
中谷「いやもう部下じゃないだろう」
國分寺「酷い…!」
中谷「もう部署違うし」
大林「困ったな…。実はですね國分寺さん、」
中谷「大林、やめろ!人事の奴に言ったらすぐきられるぞ!」
國分寺「どうしたの大林君?」
中谷「お前も余計なことをするな國分寺!」
國分寺「あら?部外者の方は黙っててください?」
中谷「…何か怒っているのか?」
國分寺「怒ってないです!」
中谷「それ怒ってるやつ…」
國分寺「…なんで何も相談してくれなかったのですか?」
中谷「え?」
國分寺「すみませんこれ、読ませて頂きました」
中谷「そうか…お前も見てしまったのか…」
大林「それ、」
中谷「すまない大林、勝手に」
國分寺「謝るのは大林君だけですか?」
中谷「え?他に誰がいるんだよ。」
國分寺「はあ?少なくても私はまだ中谷部長の良き部下だと思っていましたよ…!」
大林「あの…」
國分寺「大林君は少し黙ってて。」
大林「はい…!」
中谷「どうしたんだ國分寺?」
國分寺「私は悔しいんです…!部長のことをよく理解しているつもりで実は何もわかっていなかった…!」
中谷「何が始まるんだ?」
大林「さあ?」
國分寺「私は部長をからかうのが楽しかった…!苦悶する部長を見るのが楽しかった…!」
中谷「怒った方が良いのか?」
大林「さあ?」
國分寺「でもその言葉一つ一つが…実は繊細な部長を追い詰めていただなんて…ごめんなさい…」
中谷「後で説教だぞ」
國分寺「いくらでも説教は聞きます。ですからこれ(封筒)…考え直してくれませんか?」
中谷「そんなこと…私がどうこうできる問題ではないだろう!」
國分寺「あなたの問題でしょう!あなたの机から出てきたんですよ!」
中谷「え?お前もしかして…?」
大林「すみません。それ、多分自分のデスクにしまってた封筒だと思います…」
國分寺「は?」
中谷「すまん、勝手に私のデスクへ移動させていた…」
國分寺「え?じゃあ…犯人は…?」
中谷「ああ…(大林を見て頷く)」
中谷「なんで⁉」
國分寺「すみませんでした部長!」
中谷「このビンタにも必要だよ謝罪」
國分寺「犯人は大林君だったのね…」
大林「言い出せなくてすみません。割って入れませんでした」
國分寺「でも…本当に大林君が…?」
大林「その封筒なんですが、今國分寺さんにお渡ししても良いですか?」
國分寺「でも、」
中谷「國分寺。…今は黙って受け取ってやってくれ…!」
國分寺「部長…」
大林「お願いします」
中谷「大林」
大林「はい」
中谷「気付いてやれなくてすまなかった」
大林「え?」
中谷「お前の悩み…もっと早く理解してやれればよかった」
大林「部長…」
中谷「大林…お前に伝えておきたいことがある」
大林「なんでしょうか?」
中谷「お前はまだ仕事上至らないところが多い」
大林「はい…」
中谷「簡単なミスもする」
大林「すみません…」
中谷「ただ…お前は真っ直ぐだ」
大林「え?」
中谷「そこがお前の良さだ。自分に嘘をつかないで真っ直ぐに進めるんだお前は」
大林「自分は…そんなことないです」
中谷「そんなことある!」
大林「…!」
中谷「だから…お前はどこに行ってもその自分らしさを絶対忘れるな!」
大林「はい…!」
中谷「そして…お前がどこに行っても私の大事な部下だったことに変わりはない。私は…お前の上司でよかった」
大林「部長…!」
中谷「そしていつか!お前が私のことを思い出した時!そのように思ってくれるなら…・私は嬉しいだろうな!」
大林「部長!」
中谷「もう何も言うな大林!…頑張れよ!」
大林「部長ー!」
國分寺「泣かせるじゃない…。大林君、辞めても元気でね…」
大林「はい?辞める?」
國分寺「うん?この会社辞めるんでしょ?」
大林「それってクビってことですか?やっぱり昼間の失敗で…?」
國分寺「え?いや、辞職するんでしょ?」
大林「自分が?辞職する訳ないですよ…。やめてくださいよ…。なんなんすか…」
國分寺「…じゃあなんで泣いてたの?」
大林「部長が急に優しくなったので…やっと認められたと思ったらなんか感動して」
國分寺「…部長?」
中谷「大林…今更心変わりか?さっきも言ったと思うが私は知っているんだぞ、その封筒の中身を」
大林「それですか?(封筒を手に取る)」
中谷「勝手に見てしまったことはすまなかった」
大林「いえ。まあ自分のではないので」
中谷「は?」
大林「昨日、技術部の前で拾ったので保管してたんです。大事なものみたいなので自分が直接人事の方にお渡しした方が良いかと思いまして」
國分寺「なんだーそうだったの。ありがとう。そんなに畏まらなくてよかったのに。それじゃあ今度こそちゃんと預かるね」
中谷「國分寺」
國分寺「はい?」
中谷「私にもビンタさせろ」
國分寺「それパワハラになります」
大林「中谷部長、それに何が書かれていたのですか?」
中谷「勝手に言える訳ないだろう!」
國分寺「それじゃあ私はこれでー」
大林「自分だって勝手に見たくせに。教えてくださいよー」
中谷「そういえば!結局お前の悩みはなんだったんだ?」
大林「え?それはその…もう大丈夫です」
中谷「駄目だ。部下の悩みはきちんと知っておかなければ。別にお前のことが…・心配だからな。言ってくれないか?」
大林「ありがとうございます。でも本当にもう大丈夫です!」
中谷「まだ私が恐いか…?」
大林「恐いなんて…わかりました、言いますよ」
中谷「ああ」
大林「部長ともう少し仲良くできたらなあ…と」
中谷「はあ?」
大林「だからもう大丈夫です!」
中谷「あほか。本当にお前はどうしようもない奴だな」
大林「ありがとうございます!」
中谷「早く今日の始末書書け。それまで帰らせんぞ」
大林「はい!」
國分寺「はい、ありがとうございました。長い時間に亘った最終面接ですが次の質問で最後となります」
羽瀬・大林「はい」
國分寺「最後は荒幡社長と山尾専務の前でもう一度わが社を志望する理由をお聞かせください。では羽瀬さんから」
羽瀬「はい。私が御社を志望する理由は私のプログラミングの力を大いに活かせると考えたからです。私は大学で情報工学を専攻しており、プログラミングを用いたシステム論を学びました。御社は日々数百、数千という商品の流通がございます。その無数のやり取りにおいて単純明快なシステムを作成することに貢献し、効率的に作業が進むように努めていきたいと考えます。そして将来的には御社の考える海外展開に向け、国を越えてもスムーズに機能するシステムを創り上げたいです。以上です」
國分寺「はい、ありがとうございました。社長、何かございますか?」
荒幡「羽瀬君はメガネが良く似合っているね」
羽瀬「ありがとうございます(メガネをくいっとする)」
國分寺「よろしいでしょうか?」
荒幡「うん」
國分寺「えーそれでは次に、」
山尾「うおっほん。私には質問させてくれないのかな?」
國分寺「いえ、申し訳ございません。それでは山尾専務お願いします」
山尾「特にはないけどね」
國分寺「はい…」
山尾「私の言いたいことは全て社長におっしゃって頂けましたから。ありがとうございす!」
荒幡「うん」
國分寺「えー失礼致しました。では改めまして、大林さん、よろしくお願いします」
大林「はい!大林です!よろしくお願いします!僕が志望する理由は、僕の大好きな御社の商品を自分の手で一人でも多くのお客さんに広めていきたいと思ったからです!僕は学生時代ラグビー部で副主将をやっており、そこでチームワークの大切さを学びました!入社してからも困っている会社の仲間がいたら僕が助け、時には仕事の手が回らない僕のことも助けてもらいたいです!そしてゆくゆくは、日本だけでなく海外のお客さんのもとへも商品を届けていきたいと思います!以上です!ありがとうございました!」
荒幡「大林君と言ったね」
大林「はい!」
荒幡「僕も学生の時、副部長だったんだよ」
大林「え?社長もラグビーを?」
荒幡「放送部だよ」
大林「…はい!」
國分寺「山尾専務は如何でしょうか?」
山尾「社長の質問がまだ終わられていないだろう!」
國分寺「…はい」
山尾「進めて」
國分寺「…はい。えー以上をもちまして、株式会社おかしの新卒採用最終面接を終了とさせて頂きます。結果は一週間以内にお電話にて直接ご連絡致します」
羽瀬・大林「はい」
國分寺「それでは本日はありがとうございました。お気をつけてお帰りください」
國分寺「ふう。終わりましたね」
荒幡「終わったねえ」
國分寺「この二人、どちらも優秀な人材かと」
荒幡「そうだね」
山尾「それにしてもこの面接、もっとスムーズに進行できなかったのですかね社長。我々も暇ではないですからな」
國分寺「申し訳ございません…」
山尾「では私は」
山尾「そうそう(國分寺を手招きする)」
國分寺「…なんでしょうか?」
山尾「わかっていると思うが採用するのは一人だけだぞ」
國分寺「え?」
山尾「ちっ。当たり前だろ。使えもしない新卒など二人もいらん。早急にどちらか決めろよ。わかったな?」
國分寺「…はい」
山尾「それでは社長、失礼致します。わかったな?(國分寺に)」
國分寺「うーん…」
荒幡「それじゃあ僕もこれで、」
國分寺「あの、荒幡社長」
荒幡「うん?」
國分寺「大変恐縮なのですが、社長はあの二人どちらが気になりましたでしょうか?」
荒幡「うーん。大林君…元気があってよかったねえ。羽瀬君は真面目そうでよかったねえ。國分寺君はしっかりあの二人の話を聞けていてよかったねえ」
國分寺「ありがとうございます…それで結局社長はどちらを、」
荒幡「うん。國分寺君、任せるよ」
國分寺「え…?」
荒幡「君に全部任せるよ。信頼してるからね」
國分寺「…ありがとうございます」
荒幡「まあ…もし悩むようだったら一度じっくり考えてみると良い」
國分寺「はい?」
荒幡「彼らがもしこの会社に入ったらを考えてごらん」
國分寺「はあ」
荒幡「妄想だよ。國分寺君、得意だろ?そういうの」
國分寺「…はい!」
荒幡「じゃあ、よろしく頼むね」
大林「おはようございますっす!」
國分寺「え?大林さん…?なんで?…おはよう…ございます」
羽瀬「おはようございます」
國分寺「わあ!羽瀬さんも?おはよう…メガネ似合ってますね」
羽瀬「ありがとうございます(くいっとする)」
大林「國分寺さん、なんだか大変そうっすね」
國分寺「え?…いえ、大丈夫です。大林さんはご自分のお仕事の方を…」
大林「いいや、自分も手伝うっす!困ってる時はお互い様っす!」
國分寺「良い後輩…!ありがと」
大林「その代り自分が大変な時は手伝ってほしいっす」
國分寺「え?もう、ちゃっかりしてるわね」
大林「困ってる時はお互い様っす」
國分寺「ぐいぐいきてくれるのは…良いわね」
大林「ところで國分寺さん、今日の夜空いてるっすか?」
國分寺「え?どうしたの?」
大林「飲みにでも行かないっすか?」
國分寺「別に良いけど」
大林「よっしゃあ!助かったっす!」
國分寺「え…なに?もしかして…お金なくて出してもらおうとか?」
大林「は、はあ?そんなことじゃないっす!な、なんなんすか!自分がたかり屋みたいな言い方!ていうかケチケチしてんじゃないっすよ!」
國分寺「ぐいぐいじゃなくて、ふてぶてしくなってない?大林君は可愛い後輩系だと思うけどなあ(自分の頭を叩く)」
大林「(可愛く)自分は…単純に國分寺さんと飲みに行きたいだけっす!(さらに可愛く)でも…ちょっと出してくれると助かるっす」
國分寺「…合格!それなら最初から正直に言いなさい!(チョップ)」
大林「はいっす…!」
羽瀬「ドウシマシタ?」
國分寺「え?いやちょっとパソコンにエラーが出ちゃったの」
羽瀬「ミセテクダサイ」
國分寺「うん、ごめんね」
羽瀬「(エンターキーかたーん!)ナオリマシタ」
國分寺「機械的過ぎない?これじゃロボットだよ」
羽瀬「コレデダイジョウブデス」
國分寺「うん、ありがとう」
羽瀬「イエ」
國分寺「あれ?おかしいな」
羽瀬「どうしました⁉」
國分寺「なんだか印刷機の調子がよくないの」
羽瀬「見せてください‼」
國分寺「お願い」
羽瀬「これは大変だ‼…ちっくしょう‼」
羽瀬「これで大丈夫だと思いま~す?直りましたよ~?」
國分寺「すごい、印刷機まで。ありがとう」
羽瀬「いいえ~?」
國分寺「でもそんなふわふわしてない。もう少しキビキビしてて…頼りがいのある感じよ(頭を叩く)」
國分寺「あれ?おかしいな」
羽瀬「見せてみなよジェニファー!」
羽瀬「直ったよ!」
國分寺「デスクまで!なんでも直せるのね、羽瀬君は!でもここは日本よ(頭を叩く)」
羽瀬「てえしたことねえぜい。てやんでい!」
國分寺「うまくいかないなあ。もっと真面目!そう真面目なのよ羽瀬君は。(頭を叩く)…今日は色々ありがとね。お礼に今日の夜ご飯でも行かない?奢るわよ」
羽瀬「すみません、今日はまだ片付けないといけない仕事が残っておりまして」
國分寺「真面目だあ!そうこれくらいよ。…技術部はいつも大変ね」
羽瀬「また今度お誘いして頂けませんか?」
國分寺「うん、約束ね(指切りにポーズ)」
羽瀬「はい(無視して自分の席に戻る)」
國分寺「これくらいはノッてくれるんじゃない?」
國分寺「なるほど…こういう感じか。今のところ五分五分ね」
大林「それでは國分寺さん、営業行って来るっす!」
國分寺「いってらっしゃい。あ、待って大林君。ネクタイ曲がってるわよ」
大林「あ!すいませんっす!…こうしてると何だか新婚さんみたいっすね!」
國分寺「…潤う!これでよし!それじゃあ頑張ってね!」
大林「へへへいーっす!」
大林「お疲れ様っす…」
國分寺「お疲れ様」
國分寺「どうしたの大林君?営業先で何かあったの?」
大林「いやいや、なんでもないっす…。大丈夫っす…」
國分寺「大林君、言ってたよね。仲間同士助け合うんだって。今度は私が助ける番だよ」
大林「國分寺さん…」
國分寺「話してごらん」
大林「営業先の…スーパーの店長に喋り方を馬鹿にされたっす…」
國分寺「語尾の~っすのことね…!確かに私も気になっていたわ…!」
大林「こんなんじゃ社会人失格だって言われて…」
國分寺「その店長に怒ったりしたの?」
大林「そんなことしてないっす!最後までちゃんと笑顔でいたっす!」
國分寺「じゃあ問題ない!大林君は立派に社会人やれてるよ!」
大林「ううう…うううわーん‼」
國分寺「恐い恐い!もう流石にこの子の情緒が恐すぎるよ!」
大林「俺、國分寺さんが先輩で本当によかったっす…!」
國分寺「もう…馬鹿ね。今日は飲みに行くんでしょ?残りの仕事さっさと片付けるよ!」
大林「はいっす!今日は散々飲んでやるっす!」
國分寺「私のお金で?」
大林「はいっす!…あ」
國分寺「まったく」
國分寺「羽瀬君もまだ仕事してるの?」
羽瀬「はい」
國分寺「私も少し手伝うよ」
羽瀬「大丈夫です」
國分寺「そんなこと言わないで。仲間同士助け合うんでしょう?」
羽瀬「それ私じゃない方です」
國分寺「そうだった…。けど手伝うわよ」
羽瀬「國分寺さんもお忙しいでしょう」
國分寺「羽瀬君ともっと仲良くなりたいの」
羽瀬「…そんな」
國分寺「ほら遠慮しないで言って」
羽瀬「…そんなこと言われたら勘違いしちゃいますよ俺」
國分寺「え?」
羽瀬「俺に優しくするあなたが悪いんですよ」
國分寺「うおおお‼これやー‼」
羽瀬「國分寺さん、あなたを俺好みにプログラミングしてあげます」
國分寺「きゃあ。駄目よ羽瀬君。ここはオフィスなの」
羽瀬「もう夜も深いです。誰も来やしません」
大林「な、なにやってるんすか二人とも!」
國分寺「お、大林君!」
羽瀬「大林か」
大林「二人はそんな関係だったんすか…⁉」
國分寺「ご、誤解よ、これは、」
羽瀬「誤解だったんですか?少なくても俺はその気でしたよ」
國分寺「羽瀬君…」
大林「とにかく國分寺さんから離れるっす!」
羽瀬「それよりもお前が帰れば?」
國分寺「なんで二人いるのよ。どちらか一人なんだから。…うん。でも悪くなかったわ」
荒幡「盛り上がっているね」
國分寺「荒幡社長!いらしてたんですか⁉」
荒幡「いたよ」
國分寺「…変なこと言ってませんでしたか?」
荒幡「(スマホを取り出す)バッチリだよ」
國分寺「社長~!」
荒幡「それでどうだい?イメージできた?」
國分寺「まあ…ぼちぼちです」
荒幡「それじゃあどちらにするか決められたんだ?」
國分寺「それは…申し訳ございません社長」
荒幡「うん?」
國分寺「もう一度あの二人と面接させて頂けないでしょうか?」
國分寺「申し訳ございません、再度面接してもらうことになってしまいまして」
羽瀬「いえ、問題ないです」
大林「はい、大丈夫です」
國分寺「それで本日は二人の内面をもっともっと見られたらと思いまして。少し雑談をしましょうか」
大林「雑談ですか」
羽瀬「わかりました」
國分寺「しかし、大林さん。今日は言葉遣いもネクタイもバッチリですね!その調子です!」
大林「この前の面接、そんなに駄目でしたか?」
國分寺「…そんなことなかったですね。勝手にイメージしてました」
大林「そんなイメージが…」
國分寺「でも私的には全然おっけー…です!可愛い後輩系も有りですから」
羽瀬「どういうことでしょうか?それも面接に受かる秘訣なのですか…?」
國分寺「そんな深いことではないです…。それでですね!お二人はどこの部署が希望なのでしょうか?」
羽瀬「私は技術部です」
大林「自分は営業部です」
國分寺「ここは思った通りですね」
大林「営業ってこういう(飲みを手で表す)お付き合いも多いんですか?」
國分寺「多いと思いますが」
大林「やっぱりそうなんですね」
國分寺「なんですか?嬉しいんですか、もしかして?」
大林「いえ自分、お酒飲めないので」
國分寺「飲めないの⁉あんなにたかってきたのに⁉」
羽瀬「たかったのですか?」
大林「たかりましたっけ?」
國分寺「たかって…ないですね。ごめんなさい、人違いでした、人違い!うふふふ」
大林「…ははは」
國分寺「今度は技術部のお話をしましょうか?」
羽瀬「はい、お願いします」
國分寺「あそこはいつも人手不足と嘆かれていますから本当に所属もありそうですね」
羽瀬「即戦力ということですか」
國分寺「その通りです。しかし羽瀬さんなら大丈夫でしょう。パソコンだけでなく印刷機の修理等もこなせていましたし」
羽瀬「修理?印刷機は無理ですが…」
國分寺「なるほど。全然駄目ね私…」
羽瀬「何かこの間の面接で間違った発言をしてしまったのでしょうか?」
國分寺「いえ。羽瀬さんは何も悪くありませんから」
羽瀬「すみません…デスクとかならできるんですが」
國分寺「デスクできるんかい」
羽瀬「はい。日曜大工でしたら」
大林「へえ。いろいろできてすごいですね」
羽瀬「ありがとうございます」
山尾「誰か使っているのかね?」
國分寺「げっ!この声は山尾専務か。…違うところ使えば良いのに」
山尾「入るぞ」
國分寺「今着替え中ですー。大林さん」
大林「はい?」
國分寺「扉の鍵、かけてもらえますか?」
大林「ええ?大丈夫なんですか?」
國分寺「うん。早くかけて」
山尾「どうなっているんだ、まったく。うん?君たちは確か新卒の…」
羽瀬「羽瀬です」
大林「大林っす!」
山尾「これはこれは。今日は…また面接かな?」
羽瀬・大林「はい」
山尾「そうか…國分寺君」
國分寺「…はい」
山尾「なぜまだ新卒採用が終わってないのかな?予定でもう終わっているはずだと思うのだが」
國分寺「申し訳ございません。少し長引いてしまっておりまして」
山尾「グズグズするんじゃないよ、まったく」
國分寺「はい、迅速にこなしますので」
山尾「迅速ってねえ。仕事が遅いから私生活の方も遅くなってしまうのではないのかね?」
國分寺「…そうかもしれません」
山尾「もう三十路も過ぎているというのに、浮いた話の一つもないし。なんなら私が相手をしてやろうか?冗談だけどね。ははは」
國分寺「ははは…」
大林「すいません」
山尾「うん?」
大林「少し言い過ぎじゃないっすか?」
國分寺「ちょっと大林君!」
山尾「うん?もしかして私に言っているのかな?」
大林「そうっすけど」
山尾「大林君だったかな。まだ社会というものをよく理解できていないみたいだね」
國分寺「申し訳ございません、専務!大林君、ちょっと冷静じゃないみたいで」
大林「自分は冷静っす」
山尾「まったく。流石は君が選んできた人材だ。品のないところまで君にそっくりだよ」
大林「おい…!自分のことは何て言われても良いっす…!でも…國分寺さんのことを悪く言うのは許さないっす!」
山尾「ほう?どう許さないと言うのだね?」
大林「……」
山尾「ふん。君は新卒、私は専務!立場をわかって意見したまえ!」
山尾「…なっ!」
大林「専務かなんか知らないが…自分はまだここの社員じゃないっす」
國分寺「大林君…」
山尾「き、きさま…!おい、キミ!(羽瀬)この無礼者をなんとかしろ!」
羽瀬「私でしょうか?」
山尾「そうだ!こいつをなんとかしたらキミを採用する!約束しよう!」
羽瀬「ありがとうございます山尾専務」
山尾「早くしろ」
羽瀬「しかし俺は國分寺さんに採用してもらいたいのです」
羽瀬「とんだ小悪党だったな」
大林「そうっすね」
國分寺「二人とも…何やってるの!これじゃあ不採用になっちゃうよ!」
大林「すいません、ついかっとなったっす」
羽瀬「でも俺は後悔してませんよ」
大林「自分もっす」
國分寺「馬鹿…」
國分寺「荒幡社長…」
荒幡「見てたよ。あんまり感心できる行いではなかったなあ」
國分寺「社長!この二人は悪くないんです!全て私が、」
荒幡「でもね。自分の正しいと思うことを曲げないで実践できる人間って素晴らしいと思うんだ僕は」
國分寺「え?」
荒幡「君たち二人はそんな人間だ」
羽瀬・大林「いえ、そんなことないです」
荒幡「うん。だから…採用だ」
國分寺・羽瀬・大林「え?」
荒幡「君たち二人は採用だよ。来年度から頑張っていこうね」
羽瀬・大林「ありがとうございます!」
荒幡「ちなみに山尾氏はクビだからね」
國分寺「ありがとうございます!」
荒幡「それじゃあ。…あ!最後に。僕のことは殴らないでおくれよ。ははは」
羽瀬「國分寺さん」
國分寺「うん」
大林「國分寺さん!」
國分寺「うん」
羽瀬・大林「國分寺さん!」
國分寺「はい⁉はい⁉え?え?あれ?」
大林「途中からぼーっとしていましたが」
羽瀬「大丈夫ですか?頭」
國分寺「うん、大丈夫、頭。…さっきのは…妄想?」
羽瀬「山尾専務さん、部屋にお入れしなくてよかったのですか?何やらぶつぶつ言われながら帰って行きましたが」
國分寺「うん…私だってばれてなければ大丈夫だから…」
羽瀬「…わかりました」
國分寺「あの…なんか変なこと言ってた、私?」
羽瀬・大林「大丈夫です」
國分寺「うん…なんかごめんね」
國分寺「社長」
荒幡「こんにちは」
大林・羽瀬「こんにちは」
荒幡「面接は終わった?」
國分寺「え?…はい」
羽瀬「あれで終わり?」
大林「ヤバい、何も喋れてない」
荒幡「よし!それじゃあもうこの場で決めちゃおうか」
國分寺「ええ?この場でですか?」
荒幡「うん。これ以上先延ばしにしちゃうのもね」
國分寺「えっと…」
荒幡「さあ國分寺君」
國分寺「……」
國分寺「…二人採用というのは如何でしょうか?」
荒幡「いいよ」
國分寺「いいよ?」
荒幡「國分寺君に全て任せるって言ったよね?キミがそう言うんなら間違いないんでしょう。いいよ」
國分寺「ああ…ありがとうございます」
大林「え?ということは…?」
羽瀬「私たち採用ですか?」
荒幡「うん、これからよろしくね」
羽瀬・大林「ありがとうございます!」
國分寺「最後は妄想通りになってよかった…」
荒幡「そうそう國分寺君。山尾君が呼んでたよ」
國分寺「…よくなかった」
羽瀬「どうしたんですか國分寺さん?また妄想ですか?」
國分寺「違うわよ。君たちの面接を思い出してたの」
羽瀬「ああ、あれは色々ありましたね」
國分寺「そうねえ。でもあなたに入社してもらってよかったわ」
羽瀬「…それなんですが、あれ?それって。(國分寺が持ってる封筒)」
國分寺「これ?大林君が昨日人事の前で拾ったんだって」
羽瀬「よかった」
國分寺「え?」
羽瀬「それ、私のなんです」
羽瀬「そういえば今日発表か」
大林「今日発表か、じゃなくてさ!営業から戻ってきたらびっくりだよ!」
羽瀬「こんな夜までお疲れ」
大林「おお、ありがと。じゃなくて!何?羽瀬会社辞めるの⁉」
羽瀬「ああ。大林が俺の辞表拾ってくれたんだろ?助かったよ」
大林「あれ羽瀬のだったのか…!なんだよ全然知らなかったよ!」
羽瀬「言ってなかったし」
大林「なんで辞めるんだよ?少しくらい相談してくれてもさあ…!」
羽瀬「急なことで仕方なかったんだ」
大林「仕方ない?」
羽瀬「父親が倒れて」
大林「え?」
羽瀬「もう歳だから父親も。だから田舎に戻って俺が父親の跡を継ぐんだよ」
大林「え?え?」
羽瀬「ちょっと予定より早くなっただけだ。いずれはこうなってた」
大林「…羽瀬の父ちゃんって偉い人?」
羽瀬「別に…小さい企業の社長だよ」
大林「社長⁉」
羽瀬「だから小さい会社だって。しかも田舎の」
大林「それでもすげえって!やっぱりすごいな…羽瀬は」
羽瀬「だから辞めるんだよ」
大林「そうだったのか…。なんか怒鳴ったりして悪かったな。ごめん」
羽瀬「別に」
大林「でももうすぐいなくなるのかお前…ほんと寂しくなるわ…」
羽瀬「そうか」
大林「お前はどうなの?…お前も寂しいか?」
羽瀬「え?まあ…それなりには」
大林「おう、そうか。ごめんな、変なこと聞いて!」
羽瀬「いや?」
大林「よし!じゃあ最後になんか思い出作るか!お前なんかやり残したこととかないのかよ?」
羽瀬「うん?」
大林「いや東京でさ、最後になんかこうやりたいことないのかと思ってさ」
羽瀬「……」
大林「なんかあるんだったら協力するぜ!俺たち同期、いや…親友だろ!」
羽瀬「一つ、したいことがあってさ」
大林「なんだ?なんでも言ってくれ!」
羽瀬「よく聞いてくれ。これは人間、嫌、全ての生物にとって必要なことなんだ。しかしその行いは一人ではできない。生物にとって自分の子孫を残すために本能的に求めること。ある意味では神秘的とまで言える行為。互いの体と体が極限まで重なり合う究極のセッション!ここまで言えばわかるだろ大林?」
大林「えっと…つまり羽瀬がしたいことってセック、」
羽瀬「直接言うなよ。下品なやつだな」
大林「変なとこピュアだな。でもお前そんないきなり…まあ気持ちは嬉しいけど、」
羽瀬「変な勘違いしてんなよ、馬鹿。そうじゃねえよ」
大林「そ、そうだよな!悪い、ちょっとびっくりして。お前からそんなこと言われるとは思わなくて」
羽瀬「……」
大林「あの…羽瀬君はまだ…したことないの?」
羽瀬「ないよ」
大林「へー…そうなんだ。まだないのか。なんか意外だったな」
羽瀬「悪いか?」
大林「全っ然!むしろ…ありがと」
羽瀬「馬鹿にしてるのか?」
大林「してないよ。でもそれだったらさ…今じゃなくても地元帰ったからでもできるんじゃないの?」
羽瀬「違うんだよ。だからあんな田舎じゃなくて東京の娘とそういうことをな…」
大林「…なるほど!東京の娘…ね!でも…あんまり風俗とかはお勧めしないなあ…。病気とか恐いよ?」
羽瀬「違うって。風俗でもないよ」
大林「え?それじゃあ…やっぱり俺?」
羽瀬「なんでだよ。違うっつうの。馬鹿。この馬鹿」
大林「馬鹿、馬鹿言うなよ。冗談だよ。馬鹿…」
羽瀬「俺が求めるのは『愛のあるセッション』なんだ」
大林「愛のあるセッション?」
羽瀬「そうだ。最初の行いは尊いものでなくてはいけないんだ」
大林「長くなりそうな話?」
羽瀬「事務的なものじゃないんだよ。仕事でもない。お金⇔お客さんの関係じゃないだよ。わかるか?臭い待合室じゃない、入る前狭い個室でシャワーじゃないだ。終わった後イソジンじゃない、喘ぎ声が演技じゃない、明らかに前の客が使ったヘロヘロのマットじゃあ駄目なんだよ!」
大林「おお、詳しいんだ?」
羽瀬「調べたんだ。(かたーん!)これ(PC)で」
大林「家で調べろよ」
羽瀬「俺が求めるのは『愛のあるセッション』なんだ」
大林「2回目?」
羽瀬「最初の行いは尊いものでなくてはいけないんだ」
大林「それ必ず付けるの?」
羽瀬「初めては好きな娘としたい。お互い初めてなんだね、とか言ってはにかみたい。お互い一生懸命でありたい!終わった後心地よい無言の空間を楽しみたいんだよ!」
大林「ああこじらせてるのか」
羽瀬「俺が求めるのは『愛のある、」
大林「もういいよ!わかったから!大体わかったから!」
羽瀬「わかったか」
大林「つまりまず羽瀬は恋愛から入りたいと」
羽瀬「うん」
大林「そして心を許した人とセッションしたいと」
羽瀬「その通り」
大林「無理無理。あと2週間で?」
羽瀬「なんとかならないかなあ。俺の夢なんだよ」
大林「夢って…。ゼロからのスタートは難しいと思うよ。だからさ…その仲の良い知り合い?とかに当たってみるんだよ。親友とかも良いと思うね」
羽瀬「そうだな」
大林「それでさ…羽瀬はぶっちゃけどういう人が好きなんよ?参考までにさ」
羽瀬「あー」
大林「顔なのやっぱり?可愛い系とか?それとも体?スタイル良い人?胸ないと駄目なの?」
羽瀬「可哀想な男だな」
大林「え?」
羽瀬「人は内面だろ。心の綺麗な人と交わしたいんだよ」
大林「そ、そうか!内面か!そうだよな!内面がよけりゃあ良いのか!よっしゃ!」
羽瀬「なんだよ急に」
大林「いやいや」
羽瀬「誰かいないかなー」
大林「…羽瀬には候補はいないのか?例えばここの会社とかで」
羽瀬「え?そうだな…」
大林「どっちなんだよ?」
羽瀬「いや、まあ…ここの社員さんにはいないかな」
大林「そうか…!」
羽瀬「社員さんに限らずさ、こう…広く探せばいるかもしれないけど、」
大林「そうだな!じゃあいっそ男女問わずって方向で探そうか!」
羽瀬「なんでだよ。問うよ。男女は問うよ。俺はあの…女の子の肌と触れ合いたいというか、」
大林「俺のここ(体の一部分)触る…?」
羽瀬「なんでだよ。(そこの部分をぱーんと叩く)」
大林「一応ね…。しかし誰かいないもんかねえ」
羽瀬「うーん…」
大林「…羽瀬、あのさ、」
築島「失礼します」
大林「あ!…どうも」
築島「いつも遅くまでご苦労様です」
羽瀬「(声がオクターブ上がる)いえ…そんな…全然っす」
築島「またまたー。それでは」
羽瀬「はい」
羽瀬「誰かいないかな」
大林「逆にわざとだろ⁉」
羽瀬「何が?」
大林「ええー⁉何?お前ああいう人がタイプなのー⁉」
羽瀬「ああいう人ってなんだよ」
大林「今の清掃員だよ!」
羽瀬「え?築島あやこさんのこと?」
大林「築島さんって言うのか…」
羽瀬「まあ築島さん…良いよね」
大林「ええー認めるなよー。いっそ否定しててくれよー」
羽瀬「まあ正直…築島さん良いよね」
大林「なんだよー!もてあそびやがってよー!築島さんってお前…最悪だよ!」
羽瀬「最悪って…え?」
大林「え?」
羽瀬「え?」
大林「え?」
羽瀬「お前まさか…!」
大林「ああ~そう、実は…、」
羽瀬「お前も築島さん狙ってるのか?」
大林「ちげーよ!そっちじゃねえよ!俺にはもっと身近にいるんだよ!」
羽瀬「ふーん?まあお前もうまくいくと良いな」
大林「ありがとよ!でもなんでその築島さんが好きなんだよ?それくらい教えろ!」
羽瀬「聞きたい感じだ?」
大林「顔が可愛いとか以外でな」
羽瀬「それもあるけど」
大林「あるのかよ!内面の話どこいった!」
羽瀬「もちろん内面がメインだよ。彼女は優しくて気さくなんだ。さっきも声をかけてきてくれただろう」
大林「まあな」
羽瀬「それに手を見たかい?綺麗に整ってる。そして髪の毛のにおい。あれはアジエンスかな。清掃業なのにそういうところもしっかりしている。女性らしさを忘れていないんだ。あとは腰のかがめ方と少し慌てた時の走り方を見たことがあるか?とても綺麗なんだ。きっと学生の頃は陸上部だったね。運動部で努力もできる人間なんだよ。それに、」
大林「羽瀬、ストーカーだけは止めた方がいいよ。俺もストーカーはしてねえもん」
羽瀬「社内で観察してたら十分わかることでしょ」
大林「それでも十分気持ち悪いって」
羽瀬「これこそ愛だよ愛」
大林「その愛俺なら大歓迎だけどな」
羽瀬「は?お前に?」
大林「お、俺が好きな人にされたら嬉しいってこと!」
羽瀬「ふーん?まあとにかくさ、協力してくれ」
大林「具体的な話になってきたなあ。やる気出ねえなあ」
羽瀬「俺、築島さんと営みたいんだ」
大林「そんな真剣に言われても。俺の気も知らないでさ」
羽瀬「彼女から話しかけてくれるし、色事まであともう一歩だと思うんだ」
大林「まだまだかかるよ」
羽瀬「頼むよ。お前だったらいろいろ経験もあるんだろ?師匠」
大林「…よし、わかった。じゃあ…協力するよ」
羽瀬「ホントか?」
大林「でももし駄目だったら…他の人も視野に入れろよ?」
羽瀬「ああ?まあ、わかった」
大林「よし。そのかわり…あれだぞお前。俺の言うことは絶対やってもらう」
羽瀬「まあ…内容によるけど」
大林「いいや誓ってもらう!」
羽瀬「わかったよ…」
大林「ちゃんと当たって砕けてきてもらわないと」
羽瀬「砕ける?」
大林「…いやだからそれくらいインパクトが必要ってこと。恋愛っていうのは大きな印象を相手に残すのが一番良いんだ」
羽瀬「おお、なんかそれっぽいな」
大林「あの清掃員の野郎まだ掃除でここ通るだろ?」
羽瀬「多分な」
大林「その時までにゴミをばら撒いとくんだ」
羽瀬「はあ?そんな印象残して、」
大林「まあ聞け。まずはこのフロアにゴミをばら撒く。そうすれば築島がここで作業する時間が増える。そこを羽瀬が手伝うんだ。好感度アップに加えて一緒に作業したという印象も残る」
羽瀬「そういうことか…でも迷惑をかけるのはなあ…」
大林「だからその後はお前がいろいろ手伝ってやれよ」
羽瀬「うーん。でももう人もいないし俺がゴミ増やしたって思われないかな?」
大林「そこは俺がゴミ箱を倒したでも何でも言ってくれ」
羽瀬「大林お前…」
大林「俺が泣いた赤鬼になってやるよ」
羽瀬「ありがとな」
大林「こっち(上手後ろ)は俺がばら撒いてるから、清掃員がきそうだったら合図する」
羽瀬「わかった。俺はこっち(下手前)だな」
羽瀬「こんなもんで良いかな、大林(振り返る)…え?」
築島「なんでゴミを…?」
羽瀬「いやいや、違うんですよ、な!大林!」
大林「はい、ずっとなんかあんな感じで一人で…私怖くて…!」
羽瀬「おい!」
築島「これ(上手後ろ)…全部不燃ゴミ?もしかして…分別してくれてたんですか?」
羽瀬・大林「え?」
築島「あ、こっち(下手後ろ)は燃えるゴミですか?皆さん全部一緒にゴミ箱へ入れられてしまいますからね。実は後から仕分けるのって少しだけ手間だったんですよ」
羽瀬「そうですよね」
築島「お忙しいのに…ありがとうございます!」
羽瀬「いえ…当然のことをしたまでです」
築島「続きは私がやりますから。どうぞ、お仕事に戻られてください」
羽瀬「はい」
羽瀬「ここまで計算してたのか。感心するよ」
大林「まあな!だから言っただろ!(泣きそう)」
羽瀬「なんで泣きそうな顔してんの?」
大林「してねえよ!」
羽瀬「でも大分仲良くなれた気がするよ。次は本番かな?」
大林「気が早いって。まだまだこれからだよ。次いくぞ」
羽瀬「次な。どうすれば良いんですか?」
大林「そうだな…あれだ、『愛の言葉』だ」
羽瀬「愛の言葉?」
大林「あの人に愛の言葉を囁くんだよ」
羽瀬「どういうこと?」
大林「印象はさっきので付けられたから、次は緩急のある愛の言葉で相手の心を惹きつけるんだ。つまり言葉で攻めるんだよ!」
羽瀬「うん…愛の言葉か…」
大林「最初はあえて褒めずに後半から一気に攻めたてる」
羽瀬「なるほど…でも急に思い浮かばないな…」
大林「そうくると思ってな、カンペ用意するよ」
羽瀬「カンペ?」
大林「おう俺そういう文章得意だから。まだこの辺往復してるだろうから次通った時もう一回行ってきな」
羽瀬「わかった」
築島「どうしました?また何か?」
羽瀬「(大林の持つカンペ読みながら)このビッチが」
築島「え?」
羽瀬「残業してる男に媚びを売って楽しいのかこのビッチが」
築島「そんなつもり…」
羽瀬「この泥棒猫!デブ猫!その髪型全然似合ってないんだよ!馬鹿!あほ!金返せ!終わり。終わり⁉」
築島「急に…どうして?酷い…!」
羽瀬「…後半からたたみかける予定だったんですよ!」
築島「後半からもっと酷い言葉が…?」
大林「どんどん泥沼にはまってるな。まあ今度こそ、」
築島「でも…なぜでしょうか?不思議と悪くありません…」
羽瀬・大林「はい?」
築島「むしろ…もっと言ってもらいたいような…そんな気持ちです!もっとお願いします!」
大林「ヤバい人だった」
羽瀬「それは次までお預けだよ豚野郎」
大林「ノリノリじゃねえか」
築島「また…お願いします…!」
羽瀬「ここまで計算してたのか。感心するよ」
大林「これはもう違うよ!」
羽瀬「でも結果的にうまくいきそうだしありがとな」
大林「どうも!」
羽瀬「いやホントにありがとな」
大林「え?」
羽瀬「いや…俺のためにいろいろ考えてくれて」
大林「いや、まあ、うん」
羽瀬「お前が同期でよかった」
大林「ああ…」
羽瀬「俺が女だったら惚れてるぜきっと」
大林「…そうか。ありがと」
羽瀬「なんだよそれ。気持ち悪いな」
大林「ははは。でももう大丈夫だろ。…ここからはお前一人でもさ」
羽瀬「おう。子供できたら報告するよ」
大林「おう…。もうなんでもしてくれ…」
羽瀬「じゃあ俺、残りの仕事終わらせて帰るわ。そんじゃあ、ホントありがとな」
大林「ああ…。俺も帰るわ…」
大林「あ、社長…!お疲れ様です!まだ残られてるんですか?」
荒幡「うん、今日はそういう気分なんだ。君は帰り?」
大林「今から仕度して帰ります」
荒幡「そう。…聞いたよ」
大林「え?」
荒幡「君の同期の羽瀬君だっけ?辞めるんだってね」
大林「…そうみたいですね」
荒幡「寂しくなるね」
大林「いやーどうなんでしょうね」
荒幡「あれ?君たちは仲良いって聞いてたけど」
大林「ははは。まあただの同僚ですから。辞めたらもう関係ないんじゃないですかね。それにあいつはあいつで今うまいこといってますから。俺のことなんて…ね」
荒幡「うん。なんだか君らしくないね」
大林「…なんですかそれ?」
荒幡「そんなこと言う子だったかなと思って」
大林「…だってもう忘れるしかないじゃないですか。そうしないと…ツライだけです」
荒幡「そういう気持ちを彼に伝えないで見送るつもり?」
大林「言ったって…あいつを困らせるだけです」
荒幡「人に想われて嫌な気持ちになる人間なんていないよ」
大林「そうだとしても…俺はもうあいつに何か言える資格はないんです。俺は最低なやつなんだ。あいつの恋路を駄目にしようとしました。そんなやつに…もう何かを伝える資格なんてないんですよ」
荒幡「そう。わかったよ。それじゃあお疲れ様」
大林「はい…」
荒幡「ああそうそう、最後に一つ。こんな話があってね」
大林「はい?」
荒幡「いやなに、よくある昔話。好きな人から逃げてしまった男の話さ」
大林「逃げる…」
荒幡「その男は愛する人と結ばれることができ、二人の間には娘もできた。その男は家族のために毎日毎日遅くまで働いた。休日も働いた。そしてその男は…離婚してしまった」
大林「…なんで?」
荒幡「結局…仕事を理由に家庭から逃げてしまったんだな。慣れない子育てや子供ができて変わってしまった妻にきちんと向き合えなかったんだよ」
大林「そんな…」
荒幡「でもね、その男はきっと…後悔していると思う。なんとなくそう思うんだ」
大林「社長…」
荒幡「中谷君の話だよ?」
大林「え?ああ、そうなんですか。…いやでも部長、娘さんと暮らしてますよね?」
荒幡「ははは、そうだったっけ?とにかく君も……逃げているだけではないのかい?」
大林「え?」
荒幡「立派な意見を並べて…彼に拒絶されることから逃げているだけではないのかい?」
大林「……」
荒幡「間違っていたらごめんね」
大林「俺はどうしたら…?」
荒幡「自分に嘘をつかないで真っ直ぐに進めるんだお前は」
大林「え?」
荒幡「奥さんに頭が上がらない君の上司からそう聞いているけど?」
大林「羽瀬!」
羽瀬「なんだ大林か。どうした?」
大林「お前さっき…女だったら惚れてるって言ったよな?」
羽瀬「いきなりどうしたんだよ?」
大林「言ったよな⁉」
羽瀬「なんだよマジになって…。なんか恐いぞ」
大林「俺もなんだ」
羽瀬「何が?」
大林「俺もお前に惚れてるんだ」
羽瀬「そう…でも俺は女じゃないぞ」
大林「女じゃなくて良いんだ」
羽瀬「…何言ってるんだ?」
大林「男のお前に惚れてるんだ!」
羽瀬「お前疲れてるんだよ、冷静になりな」
大林「抱いてくれ」
羽瀬「うん?」
大林「お前の初めては俺に任せてくれ!」
羽瀬「変な冗談はやめろ大林!」
大林「なんてな…俺も初めてだ!」
羽瀬「どうでも良いわ!」
大林「もう自分に嘘はつかない!」
羽瀬「や、やめろ!やっぱりあの噂は本当だったのか⁉」
大林「噂?」
羽瀬「中谷部長と抱き合ってたって聞いたぞ!」
大林「あ、あれは違う!誤解だ!確かに部長も良い男だけど…本命はお前だけだ!」
羽瀬「そんな心配してねーよ!」
羽瀬「もうやめろ!」
築島「お邪魔だった…みたいですね」
大林「そうだね」
羽瀬「違うんです。そんな訳ないでしょう?」
築島「大丈夫です。私、そういうのに理解ありますから…」
羽瀬「いやいやまずちょっとお話を、」
築島「お幸せに」
築島「え?」
羽瀬「築島さん…俺はあなたと、」
大林「セックス」
羽瀬「セックスがしたいんだ。…あ」
築島「……」
羽瀬「いや…あの…。セッションさせてください!」
羽瀬「築島さん…お前かい!」
大林「俺でした☆」
羽瀬「築島さんは?」
大林「築島さんなんてはじめから…いなかったのかもしれないな」
羽瀬「え?」
大林「俺たちは幻想に囚われていただけだったんだ」
羽瀬「そんな…」
大林「でもな、羽瀬。築島さんは…俺たちの心の中で、いつまでも存在し続けてくれるさ、きっと」
羽瀬「大林…ってなるかボケ!」
大林「やっぱり?」
羽瀬「どういうことなんだよ!なんでいなくなったみたいになってんだよ!」
大林「そうカリカリすんなって。俺が慰めてやるから」
羽瀬「お前のせいなんだよ!」
大林「まあまあ」
羽瀬「触んな!もう最悪だよ!」
羽瀬「(コンコンコンコン)」
上手側の扉「(コンコン)」
羽瀬「そっち?こっちには入ってないのか?」
下手側の扉「(コンコン)」
羽瀬「遅いよ。どういうラグしてんだよ」
上手側の扉「(コンコン)」
羽瀬「そっちはもういいよ」
中谷「並んでいるのか?」
羽瀬「はい、って中谷部長大丈夫ですか?」
中谷「…問題ない」
羽瀬「そうは見えないですけど」
中谷「聞いたよ。会社辞めるんだってな…うっ!」
羽瀬「喋らない方がよろしいのでは?順番譲ります」
中谷「あまり世話できなかったんだ。せめてここの順番くらい気を使わないでくれ、うっ!」
羽瀬「使いますよ。私はまだ大丈夫ですから」
中谷「…すまないな」
中谷「ふー…(お腹をおさえている)」
羽瀬「部長、気休めになるかわかりませんが」
中谷「うん?」
羽瀬「こういう動きをすると多少マシになりますよ」
羽瀬「どうでしょうか?」
中谷「う…ん。まあ気休め程度には…なってるか?」
羽瀬「うーん。あとは落ち着いたことを想像してみると収まることがあります」
中谷「落ち着いた想像?」
羽瀬「はい。例えば静かな森林とかですね」
中谷「…私は草原にしてみよう」
中谷「うう…!」
羽瀬「駄目でしたか?」
中谷「一瞬イノシシを想像してしまった…!」
羽瀬「何やってるんですか。一番危険なやつですよそれ」
中谷「草むらからひょっこり出てきてしまったんだ…」
羽瀬「うう…!」
中谷「羽瀬?」
羽瀬「私も想像してしまいました…!」
中谷「シシか?」
羽瀬「いえ宍戸錠です…」
中谷「なんだと…?」
羽瀬「しかもイノシシに乗ってました。ああ…ヤバい。けっこうヤバくなってきた」
中谷「落ち着け羽瀬。もう一度あの動きをやってみよう」
羽瀬「……」
中谷「羽瀬?」
羽瀬「すみません、私ホントにまずいです…」
中谷「だからあれをやろうと」
羽瀬「いやホントにふざけてる場合ではないので!」
中谷「私には散々やらせておいて…」
羽瀬「ふうー…よかった。波は去りました。これでしばらくは大丈夫です」
中谷「羨ましいよ」
山尾「…大丈夫か君たち?」
中谷「…あまり大丈夫ではないです」
山尾「だろうな。しかし混んでいるな」
中谷「はい」
山尾「これから新しい支部に向けての大事な会議があるんだよ。遅れる訳にはいかないのだがね」
中谷「……」
山尾「どうしたものかねえ」
中谷「…お先に使われますか?」
山尾「いやいやすまんね。そういうつもりで言った訳ではなかったのだが」
山尾「なんだね君は?」
羽瀬「羽瀬です。私が最初に並んでいましたので」
山尾「聞いていなかったのかな?私にはこれから大事な会議があるのだよ」
羽瀬「一回くらい参加しなくても問題ないのでは?」
山尾「どういう意味かな?」
羽瀬「大事な出世に響くことはないと思います」
山尾「羽瀬と言ったか。そんな口の利き方だとどういうことになっても知らないぞ」
羽瀬「脅しですか?」
山尾「そのままの意味だよ。専務ともなると平社員くらいの扱いなんてどうとでもなる。勉強になったかい?」
羽瀬「くっくっく」
山尾「何がおかしい?」
羽瀬「辞めるんですよ俺はもう」
山尾「何?」
羽瀬「どうぞどこへ飛ばすなりしてください」
山尾「まさか辞める者だったとは…」
羽瀬「この腐った社会の序列から抜け出せる唯一の存在…それは自主退職するものだ!」
山尾「くっくっく」
羽瀬「…⁉」
中谷「違うんだ羽瀬…!」
山尾「一理あるねえ。しかし君は円満退社したくないのかね?」
羽瀬「円満…退社?」
山尾「私の力があれば、君が去る最終日、周りはよそよそしい挨拶しかしなくなるぞ。それでも良いのか?」
羽瀬「それでも、」
中谷「羽瀬!円満退社は大切だ!」
羽瀬「しかし部長のお体が!」
中谷「私のことだったら大丈夫だ」
羽瀬「しかし!」
中谷「大丈夫だ…!私はお前にきちんと退職してもらいたい…!」
羽瀬「部長…!すみません…!こんな他部署の私のために…!」
山尾「君(中谷)はよくわかっているね。流石だよ」
山尾「荒幡社長…でしたか…」
荒幡「遅くなってごめんね」
山尾「あまり急かすんじゃないよ君たち」
羽瀬「はあ?」
山尾「大変申し訳ございませんでした社長。ドアを叩くのはマナー違反だからやめた方が良いと何度も言ったのですが。なにせ一人は最近の若者です。忍耐力の方が…。しかしそれを止められなかった私にも責任はございます。どうかあの二人のことは責めないでやってください」
荒幡「うん。僕は大丈夫だから。早く使いなさい」
山尾「はい。その寛大なお心に感謝致します」
羽瀬「あの、」
中谷「やめろ羽瀬。こじれるだけだ」
羽瀬「はい…」
羽瀬「……」
山尾「なんだね?どきなさい」
羽瀬「……」
山尾「中谷君の善意を無駄にする気か?」
羽瀬「……」
山尾「言いたいことがあるのなら言え!黙っていたらわからんだろ!」
羽瀬「腹殴んぞ」
山尾「こわ。これが最近の若者か…」
中谷「うう…!」
羽瀬「部長⁉」
中谷「腹殴られるのを想像してしまった…!」
羽瀬「変なこと言ってすみません!」
羽瀬「畜生!山尾!山尾!」
中谷「羽瀬…お前に最後の頼みがある…」
羽瀬「最後なんて言わないでください…!」
中谷「聞いてくれるか?」
羽瀬「なんですか…⁉」
中谷「コンビニへ行って…パンツを買ってきてくれないか…」
羽瀬「部長!」
中谷「ブリーフで…頼む…ぞ…」
羽瀬「部長ー!」
中谷「よかった…今回ばかりはお終いだと思ったよ…」
羽瀬「中谷部長…!」
中谷「羽瀬…!」
羽瀬「実は私もかなりヤバいです」
中谷「え?」
羽瀬「また波がきました」
中谷「おい…やめろ…」
山尾「おい!お前ら!まだいるんだろう⁉紙がないんだ、紙が!持って来てくれ!おい!聞いているのか⁉紙を持って来てくれ!頼む!紙を!紙を!」
國分寺「海外支部の話も具体的になってきましたね社長」
荒幡「うん。後は頼れる頭を決めるだけだよ」
國分寺「今後の展開の命運を握ることになる支部長ですものね」
荒幡「うん。難しい仕事になると思う。でもそれを成功に導いてくれた人になら僕は安心してこの会社を任せられるよ」
國分寺「え?それはつまり…社長の跡を?」
荒幡「まあ、そういうことだよ」
國分寺「そんなお考えが」
荒幡「それでね、ごほん、君にはその支部へ行ってもらいたいんだ」
國分寺「え?私ですか?」
荒幡「うん」
國分寺「私が、支部長…?」
荒幡「え?」
國分寺「をしっかり支えれば良い訳ですかね?」
荒幡「うん、頼めるかな?」
國分寺「はい、頑張ります。しかしそうなってくるとどなたに支部長を…。私の上司になる人か…」
荒幡「そのことなんだけどね國分寺君」
國分寺「はい?」
荒幡「今日はここでその話をしようと思って。國分寺君の他にも信頼のおける人を呼んでいるんだ」
國分寺「はい、承知しました」
中谷「失礼します」
國分寺「中谷部長ですか」
荒幡「そう。彼は仕事もできるし部下想いだからね。この会議に適任かと思って」
國分寺「そうですね」
山尾「失礼致します」
國分寺「げっ!」
中谷「お疲れ様です」
山尾「ん?何かな國分寺君?」
國分寺「いえ!山尾専務かあと、思いまして…」
山尾「そうだよ。何か不都合があるのかな?」
國分寺「いえいえ、決してそのような訳ではございません…が(荒幡の方を見る)」
荒幡「うん。山尾君は人当りが良くて気が回る人だからね。適任かと思って」
國分寺「そうですか?」
山尾「いやいや、そのような評価を頂けていたとは。しかし私はそのような立派な人間ではございませんよ」
荒幡「なんだ違うんだ?」
山尾「というのはあくまで自己評価です。周りから見ればもしかするとそういう人物なのかもしれません」
國分寺「しれないかもしれませんけどね」
山尾「うん?」
築島「失礼します」
山尾「清掃員さん、見てわからんかな?今使用中なのだが」
荒幡「僕が呼んだんだ」
山尾「ようこそ」
國分寺「え?」
中谷「どうした國分寺?」
國分寺「社長、この娘もメンバーなのですが?」
荒幡「そうそう。いろんな人の意見も取り入れようと思ってさ」
國分寺「しかし、清掃員さんですよね?」
荒幡「うん。でもこの娘、けっこうしっかりしている娘なんだよ」
築島「ありがとうございます」
國分寺「まあ…社長がそうおっしゃるんでしたら、はい」
山尾「あのう、申し訳ございません社長。少しお話しが見えないのですが」
中谷「そうですね。我々はどうして集められたのですか?」
荒幡「うん。今度海外に新しく支部を展開させるよね」
中谷「はい」
荒幡「今日はそこの支部長を誰にするのかの会議だよ」
中谷「そういうことでしたか」
山尾(声)『とうとうこの話が私の元に。初の海外支部長の話。聞けば支部長後には社長の席が用意してあるらしい。ならばなってみせよう支部長に。なってみせよう山尾社長に』
山尾「それでは歌わせて頂きます。山尾幸博で『出世道』」
山尾「そのお話でしたか」
荒幡「ある程度候補は決まっているんだけどね。(山尾と中谷を見る)ここからは僕も悩んでしまっていて。一つみんなの意見が欲しいんだ」
荒幡「キミ(築島)はここに座って」
築島「はい、失礼します」
國分寺「部長、早くアピールしてください!」
中谷「はあ?何言ってるんだ」
山尾「社長!お話はわかりました。それでは私の方から早速ですが」
國分寺「ほらー!」
荒幡「うん」
山尾「支部長になる人物は実績がある者が適任でしょうな。そして地位、役職もしっかりと確立している人物。社長の右腕とも言える存在。つまりですね…大変恐縮ですが私という、」
國分寺「その人物とは、中谷部長のことをおっしゃっているのですね?」
仲谷「私?」
山尾「國分寺君、何を言っているのかな?」
國分寺(声)『山尾が支部長?そんなことには絶対させない!この会社のため、そして私のためにも!』
國分寺「それでは歌います。國分寺遥で『山尾、駄目絶対!』」
國分寺「実績と言えば、わが社で一番若くして部長に就任された中谷部長のことかと。移る部署部署でしっかり成果も上げておられますし、必ずや海外でも実績を上げて頂けるでしょう。頑張れよ!」
築島「(山尾に)すごい方なんですね」
山尾「社長、確かに中谷君にも当てはまるかもしれませんが、」
國分寺「山尾専務には本社の方で中谷部長の抜けた穴をしっかりサポートして頂きたいと考えます」
築島「(山尾に)もう決まりでしょうか?」
山尾「うるさい!」
荒幡「そうか。中谷君、こういう話が出てるけどどうかな?」
中谷「とてもありがたいお話だと思います」
國分寺「そうですよね!」
中谷「まだまだ至らないところもございますが心のおける仲間とならば大丈夫です。海外でも私の親愛なる、ごほん!信頼できる営業部の部下と共に、」
國分寺「え?」
中谷「どうした?」
國分寺「いや、えっとですね、」
山尾「あれえ?他のメンバーは決まっているんじゃないか、確か。向こうの支部の主な人員は海外企画部の連中と聞いているねえ。営業部ではなく」
國分寺「でも部長ほら、私がいますから、ね?」
山尾「まあこっちのことは心配するな中谷君。残された君の部下は私が責任を持って手厚く面倒を見てやろう。手厚くね」
中谷(声)『営業部の仲間と離ればなれはツライ…!そして残された部下が山尾専務の下につくはもっとツライ…!』
中谷「YO!YO!それじゃあここで一曲!中谷賢で『部下への想い!』」
中谷「私が支部長になるのは早すぎると思います」
國分寺「おい」
中谷「本社に残り、営業部でまだまだ精進していかなければならないと思います」
山尾「そうか、それは残念だ」
荒幡「ふむ」
國分寺「今の部下と離れたくないだけですよね?」
中谷「だってえ」
山尾「まあ本人にその気がないのなら致し方ないと思うがね。本心を言うとは私も中谷君が適任かと思っておりましたが。私は中谷君本人の意思を尊重するよ」
中谷「ありがとうございます」
荒幡「そうか…本人にその気がないとなあ」
山尾「しかし困りましたなあ。中谷君の代わりになる人物などなかなか…私がいるではないですか!」
國分寺「たーいむ!(中谷に)ちょっと部長!だってえ、じゃねえよ!このままだと山尾が支部長になってしまいますよ!」
中谷「別に山尾専務でも問題ないだろう。…大丈夫だよ」
國分寺「大丈夫ではないです!支部の人がどんどん辞めていきますよ!そして私もその一人になります!」
中谷「仕事に私情を挟むな」
國分寺「あなたがそれを言いますか?」
山尾「決まりですかな?」
國分寺「社長!この清掃員さんにも意見を聞いてみては如何でしょうか⁉」
築島「私ですか?」
築島(声)『なぜか呼ばれたこの会議。しかも何か皆さんピリピリしてる。えーい、この際私も一曲!』
築島「それではその社員さんに向けて歌います。築島あやこでいきものがかり『ありがとう』」
中谷「カラオケじゃないんだから」
荒幡「お金がかかる。清掃員さんも何かあるなら言っていいよ」
國分寺「そうだった。あなたはどちらが支部長に相応しい人だと思う?個人的な意見で良いからお願い。カッコいい方を選ぶだけで良いわ」
山尾「そういうのは駄目だろ」
築島「そうですね…こちらの方でしょうか。(山尾を選ぶ)」
國分寺「目は大丈夫?」
築島「あの…そういうよさではなくてですね、単純にその…支部長らしさが出ているかなって」
山尾「ほう…清掃員にしてはよくわかっているじゃないか」
中谷「そうですね。私などまだまだです」
山尾「まあ君は日頃から部下に怒鳴りすぎなんだよ。厳しい雰囲気がにじみ出てしまっているのではないか?」
築島「怒鳴る?」
國分寺「怒鳴るって言ってもね、それは本当に部下のことを想っているからでね、」
山尾「真意などわからんよ。こいつは怒鳴るぞ厳しく叱るぞ。見ていて相手が可哀想になるくらいだ」
中谷「そうです…か?最近はちょっと優しいと思いますよ…」
築島「すみません…私、やっぱりこの方が相応しいと思います」
山尾・中谷・國分寺「え?」
築島「厳しく叱れる人ってとっても素敵です。そういう方がいらっしゃると場も引き締まりますし。私もあなたの元で働きたいです!そしてビシバシ指導してもらえませんか⁉」
山尾「なんだこいつは?」
國分寺「やる気に満ち溢れているんですよきっと!」
荒幡「中谷君、今後の段取りについてだけどね、」
中谷・山尾「ちょっとちょっと!待ってください!」
中谷「早計過ぎます!」
山尾「その通りです社長!こんな一清掃員の意見だけで!」
荒幡「でも、厳しく指導できることも大切だよね」
國分寺「そしてその厳しさの裏には愛もあります。部長は部下への愛が深すぎるからなあ」
中谷「しかしそれで支部長に決まるというのは、」
山尾「…確かにその通りだ國分寺君」
國分寺「うん?」
山尾「しかしですね社長、その愛?が深すぎるのかなんなのか、中谷君は些か部下に熱心過ぎると聞いております。今度の支部には女性もたくさんおります。変な間違いが起こると大変でございます!」
中谷「(歯を食いしばりながら)その通りです…!」
國分寺「部長はそんなことしませんよ!」
山尾「この間部下と抱き合っていたと聞いたが?」
中谷「(歯を食いしばりながら)その通りです…!」
國分寺「でも男の部下ですよ!」
荒幡「そうなんだ…」
築島「あなたも…?」
中谷「その通り…じゃないです!そういうあれではないです!」
荒幡「でも大林君はそうみたいだよ?」
中谷「え?あいつが?またまたご冗談を」
山尾「とにかく男だろうが女だろうがそういう異常なことをする人間は信用できません!」
荒幡「そうか…」
國分寺「異常ってそんな。中谷部長はただ…!すみません、こういうことは言いたくなかったのですが」
山尾「なんだ?」
國分寺「山尾専務には…その…裏表があると言いますか…」
築島「確かに…あっ」
中谷「國分寺やめろ」
山尾「裏表か…ふふ。それがあって何が悪い?」
國分寺「え?」
山尾「表の顔で振る舞い、相手の裏をかく。我々のいるビジネスの世界ではむしろ必要なことではないのか?甘ったれたことを言っているんじゃないよ。反吐が出るわ!」
荒幡「えー裏表あるの、山尾君?」
山尾「いえいえ今のはあくまで一般論でございます社長。私は裏表を操れるほど器用な人間ではございません、はい」
荒幡「えー本当なのそれ?」
山尾「本当ですとも社長!私は少年のような真っ白な心を持った人間でございます!(中谷にアイコンタクトする)」
中谷「そ、そうですね。山尾専務はとても正直な方だと思います…ある意味ではとても正直です」
築島「すごい方ですね…」
國分寺「うん…なんだあいつ…」
中谷「もう諦めろ國分寺」
國分寺「うーん…」
國分寺「じゃあ!いっそ!この娘を支部長にしたら⁉」
中谷・荒幡・山尾・築島「は?(え?)」
國分寺「海外に行ってみたくない?(築島に)」
築島「行ってみたいです!」
中谷「馬鹿なこと言うな國分寺」
國分寺「まあ聞いてください。この娘の反骨精神が溢れるやる気は先ほどもお聞きになられましたよね?」
中谷「あれか」
國分寺「あれだ。最近の人にはないガッツがあるんですよこの娘には。ねえ、厳しい仕事でも大丈夫よね?(築島に)」
築島「はい!与えられたお仕事は精一杯努めさせて頂きます!そのためにならどんな厳しい指導も受けます!むしろ常にビシバシお願いします!私を虐めてください!」
國分寺「バッチリですね!」
荒幡「キミ(築島)を支部長かあ。新しい考えだねえ」
國分寺「私も向こうで全力を持ってサポートしたいと思います!」
中谷「まあ…私でないのなら」
山尾「いい加減にしないか!…おふざけはもう終わりにしなさい!」
國分寺「別にふざけている訳では…ねえみんな?」
山尾「國分寺!」
國分寺「私?」
中谷「ほら、呼ばれてるぞ」
山尾「先ほどから君の態度はなんだ?」
國分寺「え?」
山尾「何やら私のことをよく思っていないみたいだが、少し私情を挟み過ぎではないか?もう少し上手に隠したまえよ」
國分寺「…はい。いや、隠すだなんて、」
山尾「そんな風に自分のことしか考えられないから婚期だって、おっとこれ以上言うのは可哀想かな。ではアドバイスを一つ。最近化粧のノリが悪くなっているぞ」
國分寺「ひどーい!それを今言う必要があるのですか…!セクハラですよセクハラ!」
荒幡「うんうん。向こうで良い人見つけてきなよ」
中谷「私がお前を仕事人間にしてしまった…すまない」
築島「頑張ってくださいね!」
國分寺「なんだお前ら」
山尾「そしてキミ(築島)だ」
築島「はい?」
山尾「はい?ではない!」
築島「え…?」
山尾「自分の立場も弁えずよく意見など言えるな?挙句自分が支部長だって?自分が場違いなことがわからないのか?」
築島「ごめんなさい!(ニヤニヤしている)」
山尾「ニヤニヤするな!」
荒幡「山尾君」
山尾「社長、そろそろ冗談はお終いにして頂きたいのですが」
荒幡「冗談?」
山尾「社長。こんな小汚い清掃員の発言などまともに取り合わないでくださいよ」
荒幡「いろんな人の意見も取り入れてみないと」
山尾「重要なのはあくまで地位のある者の意見ですよ。ろくに働いてもいない小娘の意見に一つの価値もございませんよ」
荒幡「掃除をしてるじゃないか」
山尾「掃除?掃除?掃除ですか?そんなこと仕事とは言えませんよ。どんな馬鹿ガキでもできることです。働いたうちには入りません」
荒幡「影でみんなを支える働きの中でしか見えないものもあると思うな、僕は」
山尾「失礼ながら、そんなものがあるとは思えませんなあ」
荒幡「そうかな?こういう娘の考えも面白いと思うよ。君の知らないことも知っているかもしれない」
山尾「知っているかもしれません。役に立たない知識ばかりでしょうけどなあ!…社長、もうこれ以上こんなどこの馬の骨ともわからないクソガキの戯言に付き合うのはやめましょう!」
荒幡「…素性はわかってるよ」
山尾「ほう…。教えてください…!どんな教育は受けたらこんな娘になるのか興味が尽きません…!」
荒幡「うーん」
山尾「さぞご立派な娘さんなのでしょうな…!」
荒幡「…僕の娘」
山尾「僕の娘?僕の娘⁉」
國分寺・中谷「ええ?」
荒幡「聞かれたから答えちゃったよ」
山尾「またまた…ご冗談を」
荒幡「どう取ろうが君の勝手だけど」
山尾「…君、名前は?」
築島「築島あやこです…」
山尾「ふん、荒幡社長…驚かせないでくださいよ…!」
荒幡「久美子さんはお元気?」
築島「どうしてお母さんのことを…?」
國分寺「確かに社長には離婚歴がお有だけど…!」
山尾「調べたらわかるだろうそんなこと…!」
荒幡「そうなんだよ。調べたらわかるんだよ。だから言ってるだろう?どう取ろうが君の勝手だって」
築島「えっと…荒幡社長…?」
荒幡「ふふふ、ごめんね急に。でも、よかったらお父さんと呼んでくれても良いんだよ?」
山尾「その…」
荒幡「どうしたの?」
山尾「いえ…社長にこんな可愛らしい娘さんがいらっしゃったとは…。私驚きのあまり少し取り乱しておりました、ははは…」
荒幡「ありがとう山尾君」
山尾「いつもご苦労様だね…お掃除」
荒幡「ホントにご苦労様。でもその仕事のせいで外見は小汚くなってしまっているかもしれないなあ。ねえ山尾君?」
山尾「いえ…そんなことは…」
荒幡「けど心は綺麗だと思うよ君(築島)の」
山尾「まったく…その通りです」
荒幡「山尾君は、もう少し下の人間にも配慮できるようになった方が良いかもね」
山尾「…その通りです」
荒幡「それじゃあ山尾君はもう行っていいよ。お疲れ様」
山尾「え?…承知しました。失礼致します」
國分寺「ま、まさか社長にお子様がいらっしゃったなんて」
中谷「しかもここで働いていたとは」
築島「あの…?」
荒幡「実はまだいるんだ」
國分寺・中谷・築島「え?」
荒幡「君も、君も…まあ子供かな?この会社で働いている人はみんな家族だよ。君たちも子供みたいなものさ」
國分寺「あ、ああ。そういう、ね」
中谷「では君(築島)は?」
築島「確かに母と二人暮らしですけど…お父さんは小さい頃に亡くなったって聞いてます」
國分寺「ぶっこみましたね社長」
荒幡「ははは。そう聞いてるんだ…」
築島「え?」
中谷「しかし私も驚きましたよ」
荒幡「ふふふ。今日の話の続きはまた連絡するから。君たちももう戻って良いよ」
國分寺「はい」
中谷「失礼します」
築島「あ、私も」
荒幡「こんな茶番に巻き込んですまなかったねえ。山尾君からもずいぶん酷いこと言わせてしまったし。ごめんね」
築島「いえいえ。むしろ気持ちよかったです」
荒幡「…それはよかった。でもね、そんな山尾君も家族なんだ」
築島「え?」
荒幡「山尾君にはここらで一つ、下で働く者への気遣いっていう大切なことに気付いてほしくて。今回の支部は中谷君に任せるけど、次の支部は山尾君に頑張ってもらいたいねえ」
築島「はい」
荒幡「おっと、こんなこと君に聞かせることじゃなかったね」
築島「あの…なぜお母さんのことを?」
荒幡「僕はここで働く人のことだったらなんでも知ってるんだよ。ストーカーなんだ。ははは」
築島「社長を務める人はすごいですね」
荒幡「そうかな?」
築島「はい。それでは社長さん、私も失礼します」
荒幡「うん」
シアターリーグ > シナリオ > 可笑しカンパニー > |