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作 髭和久
○オープニング何年か先の札幌
札幌、亡き日下(旧姓中尾)純(女)の家、夜
奥は木のぬくもりのある壁
舞台中央にレトロなテーブル。
上手奥にこちら向きに長椅子があり、日下老人が亡き純の遺影写真を見て座っている。
テーブル上のランプの灯り。
純(女)の孫娘未来が上手から入る。
手にスマホを持ち、必死で操作している。脇に木箱と日記帳らしいものを抱えている。
部屋の中の家具を、飛び乗ったり、飛び降りたりして部屋の中を歩き回りながらの操作。
その姿を呆れ顔で見る老人。
未来
「facebookのいいねチェックも大変だな。かれこれ三時間だよ。全く、友達付き合いも楽じゃないよ。・・・おっと、LINEにトークが入ったよ。え?今から遊びに行こうってか、無理無理・・・・『無理ですよスタンプ』っと・・・・これこれ。」
日下老人
「未来。」
未来
「・・・ぁ、メール入った。また援助交際しませんかって・・・迷惑メールもキリがないね。モテル女は辛いね。」
日下老人
「未来・・・・。」
スマホに着信が入る。
未来
「はい・・・りっちゃん?また彼氏と別れたって。今年入って何人目?・・・でも、もてるねぇ。」
日下老人
「未来!」
未来、日下老人に気が付きスマホを切る。
未来
「ァ、おじいちゃん。」
日下老人
「全く落ち着かないね、未来は・・・。」
未来
「ごめんごめん、おばあちゃんのお葬式終わったばっかりなのにね。」
未来、木箱と日記帳を持ってテーブルに座る。
未来
「あのねおじいちゃん、おばあちゃんの化粧台整理していたら、こんなのが出てきた。」
日下老人
「純の?」
未来
「ネックレスみたいなのが入ってる。それと、日記帳かな。」
未来はテーブルに座り、木箱の中のネックレスを出す。
未来
「おじいちゃんのプレゼント?」
日下老人
「いや、それはわしがあげたものじゃないよ。」
未来
「じゃあ、元カレとか?おばあちゃん、モテたんだね。」
日下老人
「そりゃ、おばあちゃんは綺麗だったからね。」
未来
「おじいちゃん、今さらのろけないでよ。」
日下老人
「未来も、おばあちゃんに似て綺麗だよ。」
未来
「まあね。・・・・それにこれ、日記帳だ。読んでもいいかな。」
日下老人
「日記帳なら、お墓に一緒に入れてあげればよかったな。」
未来
「そうだね。」
日下老人
「読んでみたいかね。」
未来
「・・・・・・少し。」
日下老人
「そうか・・・その日記の内容は、だいたいわしにはわかっているんだよ。」
未来
「本当?」
日下老人
「わしとおばあちゃんが出会った偶然は知っているかね。」
未来
「お母さんに少しだけ聞いたことがあるけど。」
日下老人
「人の縁、運命の出会いというのは不思議なものだよ。向こうで話してあげよう。今からもうずいぶん前のような気がするが、まだ携帯もデジカメも、メールもなかった頃の話じゃ。」
未来は、先に上手に消える。
老人は、日記帳と木箱を持ち、ゆっくり、上手に消える。暗転
○第一景 奄美大島 1995年 彩子の場合
明転
奄美大島彩子の家、昼過ぎ、明るい日差し、波の音
奥の壁は左右に分かれて、ブルーの海の景色になる。
舞台中央のテーブルと椅子はそのまま。
上手奥、こちら向きに長椅子もそのまま。
中央テーブルに彩子とカメラを持った純(男)が座っている。
彩子
「中尾くん、北海道から奄美大島って、かなり距離あったでしょ。」
純(男)
「そりゃね。でも、一度、南の島の写真をとってみたくて。それに、彩にもう一度会いたくてね。」
彩子
「それ本気?」
純(男)
「もちろん本気、あの日の出会いが、なんか僕の心から離れなくて。こういうのを一目惚れっていうのかな。」
彩子
「え?」
純(男)
「いや、なんでもないよ。」
彩子
「本当なら、嬉しいけど。あの時は本当に助かった。」
純(男)
「地元を案内してるだけなんだから、どうってことないよ。」
彩子
「北海道なんて、本当に初めてだったんだもん。」
純(男)
「今更だけど、雪まつり、どうだった?」
彩子
「素敵だった。空から舞い落ちる雪が、ダイヤモンドダストみたいにキラキラとネオンに反射して、そこに浮かぶ雪像が幻影みたいで、やっぱり、ロマンチックだよね。」
純(男)
「そこまで言われると、住民としては嬉しいな。」
彩子
「奄美大島っていうと、すごく健康的なイメージが強すぎてね。」
純(男)
「健康的?」
彩子
「やっぱり、どこか危険なムードが混じらないと、恋は生まれないと思うよ。」
純(男)
「なるほどね。そういうことか。」
彩子
「でも、北海道は広いね。まだ、札幌だけしか知らないもんね。」
純(男)
「また来ればいいさ。案内するよ。北海道はね、やっぱり冬がいいよ。僕は冬の北海道が大好きだ。」
彩子
「寒いよ。」
純(男)
「まぁ、たしかに寒いね。ぁ、今度流氷見にいこうよ。」
彩子
「流氷?」
純(男)
「僕は毎年見に行くんだ。知床半島の根本まで行くと見れるよ。」
彩子
「本当?わぁ、見てみたいな。キタキツネ居るかな。」
純(男)
「野生だから、そうすぐに出会わないかもしれないけど、会えるかもね。」
彩子
「楽しみ。じゃあ、今度、行く前に連絡するから、また案内してね。」
純(男)
「もちろん。」
純(男)じっと彩子を見る。
彩子
「・・・・・?どうした?」
純(男)
「彩・・・・・・」
彩子
「何?」
純(男)
「・・・・・・・」
純(男)はゆっくり立ち上がり下手に消える
彩子の独り言
「二年の月日が経った。私の愛する純がこの世を去って・・・・・。三年の交際、そして、彼とは生涯一緒になるだろうと思い始めた頃の事故。ニュースの中の出来事だと思っていた不幸が、身近になった瞬間だった。」
『虹と雪のバラード』が流れてきて、彩子の父真一、母雅子が彩子の居るのを無視して、歌い、踊りながら上手より入ってくる。
フルコーラス歌い終わってセリフ
真一
「雅子、この歌は何度歌ってもいいねぇ。」
雅子
「ほんとですね、真一さん。」
真一
「あれは、お前が雪まつり会場でかき氷を売ってたんだ。」
雅子
「そうですよ。あの寒い中、かき氷なんて売れるわけないのに」
真一
「札幌オリンピックで、日本中が湧いていた年だった。」
雅子
「日の丸飛行隊。素晴らしかったですよね。」
真一
「みんな真似をしたもんだ。」
雅子
「あなたも、私の前で、馬鹿なことして笑わせてくれましたね。」
真一
「そうだよ、ちょっとやってみるか?」
雅子
「ここでですか?と言うより、一体いくつだと思ってるんですか。」
真一
「いいじゃないか。ほら、そこに立って、私を支えてくれないと行かんよ。」
雅子
「はいはい」
真一
「よし、行くぞ・・ジャンップ」
雅子
「よ!」
真一
「うんうん、まだまだ腕は鈍ってないな。」
雅子
「あのねぇ」
真一、すっくと立って、腰を抑える。
真一
「それに、あの子、ジャネット・リン。大好きだったんだよね」
雅子
「(客席に向かって)今で言えば、真央ちゃんみたいなものです。」
真一
「おい、誰に向かって話してるんだ。」
雅子
「いえ、ちょっと、大勢の人に見られてる気がしたもので。」
真一
「そんなことあるわけないよ。二人っきりだよ。・・・そうそう、ジャネット・リン、銀幕の妖精、札幌の恋人だよ。かわいかったなぁ。あの笑顔、転倒したあとのあの笑顔は忘れられないな。」
雅子
「プロポーズの言葉覚えてます?」
真一
「もちろん。君は、私のジャネット・リンだ。札幌の恋人だ。俺と結婚してくれ・・・・・。」
雅子
「思わず踊っちゃいましたよ。うれしくって。」
二人、フィギアスケートよろしく華麗に舞う。
喪服姿に変わった彩子。
今日は、彩子の元フィアンセの純(男)の三回忌。
彩子
「お父さんたち、何やってるんですか?」
傍らの彩子に気がつく真一と雅子。
真一・雅子
「あっ、彩子おかえり。」
彩子
「お帰りって、さっきから居ますよ。本当に、陽気ですね」
真一
「いや、思い出していたんだよ。お父さんがお母さんに出会ったあの雪まつりの年をね。」
雅子
「おとうさん、かっこ良かったのよ。まぁ、今もかっこいいですけどね。」
彩子
「いい年して何をのろけてるのよ。」
真一
「しかし、早いものだね。中尾くんが亡くなってもう二年、三回忌なんてすぐだね。」
雅子
「本当ね。」
真一は上手よりの椅子にすわり、新聞を広げる。
雅子は上手に消える。
下手より、双子の妹の美雪と美樹が飛び込んでくる。
美雪
「お帰り、お姉ちゃん。」
美樹
「おかえり。」
彩子
「ただいま、美雪、美樹。」
美雪
「ねぇ、こんどね、茂兄ちゃんのチュラカフェで新しいケーキ出るんだって。」
美樹
「美樹も行きたい。」
真一
「ほう。奄美大島も、都会になったもんだな。バブルが終わって、どうなることかと思っていたが、本土の賑やかな空気は残ったみたいだな。茂樹さんのカフェもがんばってるみたいだし」
美雪
「だからさ、今度、ご馳走してね、お姉ちゃん。」
美樹
「キウイパフェ食べたぁい。」
彩子
「ええ?友達と行けばいいじゃないの。どうして、私が美雪たちにご馳走しないといけないの?」
美雪
「またまたぁ。茂兄ちゃん、お姉ちゃんの事好きなんだからさ。美雪がきっかけ作ってるんじゃン」
美樹
「そうなの?茂兄ちゃんお姉ちゃんの事好きなんだ。美樹も茂兄ちゃん好きなんだけどな。」
彩子
「生意気・・人の恋愛、仲裁するなんて、百年早いわ」
美雪
「じゃあ、百年たったら、いいの?」
美樹
「ほうほう」
彩子
「じゃなくてですね。たとえでしょ。」
美雪
「百年たったらヨーダになってしまう。ヨーダにでもならないと無理だってことだね。(ブスッ)」
美樹
「ジャバ・ザ・ハットじゃなくてよかったね。」
お調子者の美雪はヨーダのふりをする。乗りやすい美樹はジャバ・ザ・ハットの真似をする。
真一
「ヨーダ?」
彩子
「ということは、私はレイア姫か?」
真一
「なんでそうなる?なるほど、スター・ウォーズか。そういえば、シリーズ再開らしいな。」
美雪
「本当?じゃあ、お姉ちゃん、また映画、連れて行ってね。」
美樹
「ハリソン・フォードかっこいいよね。」
彩子
「だから、友達と行けって。いっつも私にまとわりついて、おごってもらおうとするんだから。もうすぐ大学生なんだからね。バイトでもして稼ぎな」
美雪
「まぁ、そうおっしゃらずに、かわいい妹を大切にして損はないよ。いろいろ役に立つんだからさ。」
美樹
「そうだよ、役に立つよ。・・・・・何に?」
彩子
「まったく、調子いいんだから。」
そこへ、雅子が上手からお菓子の籠を持って入ってくる。
雅子
「賑やかね。」
雅子は、テーブルにお菓子を置き、真一のそばに座る。
美雪、美樹は、彩子のそばに座り、雅子の持ってきたお菓子を食べ出す。
真一、新聞を広げ、札幌に出来た巨大モールの記事を見つける。
真一
「おや?この札幌に出来た巨大アウトレットモール、確か中尾君の住んでたマンションの跡に建ったものだね。さすがにバブルの名残だけあって、札幌の出来事が奄美の新聞の記事にもなるんだね。早いネェ、こういうものは。」
雅子
「アウトレットモールですか。」
彩子は、父真一の言葉に耳を傾ける。
真一
「そういえば、彼のお父さんが亡くなって、引っ越した直後だったね、彼のマンションにアウトレットモールが来ることになったのは。そして、彼が事故にあって・・・。」
美雪
「お父さん、お姉ちゃんに思い出させるようなこと言っちゃダメだって。」
美樹
「全く、うちの父は場の空気が読めなくて困ります。うんうん」
雅子
「そうですよ。本当に、調子はいいけど繊細さのかけらもないんですから、うちのお父さんは。」
真一
「ぁ、これはすまんすまん。」
彩子
「いいわよ。いつまでも彼のこと考えていていも仕方ないし。」
美雪
「そうだよ、お姉ちゃん、新しい恋を始めないと。このかわいい妹に任せなさい」
美樹
「同じく、さらにかわいいこの妹にもお任せ。・・・・でも茂兄ちゃんかっこいいよなぁ。」
彩子
「だから!まだ早いって!」
美雪
「ぅふふふ・・フォースとともにあれ!」
美樹
「やっぱりいいなぁ、ハリソン・フォード。」
ふざける美雪、美樹を彩子が追いかける三人上手に消える。
真一
「おいおい三人とも。」
雅子
「仲がいいですね。あの三人は。」
真一
「俺達も仲良くするか?」
真一、雅子ににじり寄る。
雅子
「何するんですか?こんな早い時間から。」
真一
「いいじゃないか。」
雅子
「ダメですよ。これでもう3日連続ですよ。」
真一
「君の魅力に贖えないんだよ。」
雅子
「もう、今夜のお楽しみにしましょう。」
雅子、ちょっと嬉しそうに上手に消える。
真一
「お母さん?お母さん?今夜はカラオケに行くはずだったんじゃ?」
と、『虹と雪のバラード』歌いながら真一も後を追いかける。
時は夜に移る。
上手より彩子がアルバムを持って入ってくる。
椅子にすわり、ゆっくりと純(男)との思い出のアルバムを広げる彩子。
上手から真一と雅子が入ってくる。
二年前のある日、真一と雅子の会話が彩子の後ろで展開する。
真一
「まだ、中尾くんから連絡がないのか?」
雅子
「どうしたんでしょうか?もう夜の10時なのに。」
真一
「ちょっと寄りたいところがあるって連絡はあったが。」
雅子
「それにしても遅すぎますよ。」
真一
「何もなければいいが。」
雅子、電話の音に上手に消える。
彩子、アルバムを見ながら、二年前を思い出す。
彩子
「え?」
雅子の声
「あなた、警察から電話よ!・・・・・」
真一、あわてて立ち上がり上手に消える。
彩子
「二年なんて、あっという間だったな。思い出のアルバムにひたる若き乙女立花彩子か・・・うん、絵になるねこれは。」
ページの隙間から一通の手紙が落ちる。
拾い上げる彩子。
彩子
「あれ?この手紙、純が、引っ越しが決まって送ってきた手紙じゃない。この住所で手紙送るの最後だから、記念にって言ってたよな。」
じっとはがきを見る彩子。
彩子
「純、私のことは、心配しなくて良いよ。大丈夫だから。」
彩子、何かを思いついたように、席を立ち上手に消える。
しばらくして便箋と封筒を持ってくる。
彩子
「中尾純様 お元気ですか?私のことはご心配なく、それなりに元気に過ごしています・・・」
書き終えた彩子は、手紙を封筒に入れ、手紙の住所を見ながら、宛名を書く。
彩子
「札幌市中央区北1条・・・」
封筒に宛名を書いた彩子は、立ち上がり上手に消えていく。
入れ替わり、下手より純(女)が入ってくる。
○第二景 札幌1995年 純(女)の場合
札幌、中尾純(女)の家、11月、朝
奥の壁は再び閉じて、木目調の姿になる。
舞台中央にテーブルと椅子。
上手寄りの長椅子もそのまま。
下手より、手紙の束を持った純(女)が入ってくる。
純(女)
「ダイレクトメールばっかりだね。なるほど、今度お向かいにできたアウトレットか。へぇ、いい店入ってるネェ。さすが、バブル崩壊後とはいえ、洒落た店ばっかり。」
下手から、妹の美月が、たくさんの服を抱えて飛び込んでくる。
美月
「おねぇちゃぁ〜〜〜ん」
抱かえた服で前が見えない美月は、部屋中を走り回、服を広げて座り込む。
美月
「おねえちゃぁ〜〜ん」
純(女)
「美月、何やってるの?あんた、また合コン?」
美月
「将来、安定した結婚生活するためには、しっかりとした彼氏見つけないとね。」
純(女)
「あのさぁ、まだ大学生なりたてなんだから、もうちょっと、恋に、ロマンティックなもの求められないかな」
美月
「何言ってるの、おねえちゃん。早め早めに準備しておかないと、本当の幸せはつかめないよ。」
純(女)
「ズキッとくるその一言。妹ながらしっかりしてるね。感心するよ。」
美月
「でね、どの服がいいかな?」
純(女)は美月のはしゃぐ姿に呆れながら。
純(女)
「それで、今度の相手はどういうひと?」
美月
「帯広畜産大の二回生。」
純(女)
「なるほどね、なかなか、レアモノだね。」
美月
「レア物?」
純(女)
「珍しいねってこと。」
美月
「そうかな?・・・それでさ、どの服にしようか。このワンピースがいい?それとも、シックにブラウス系で。」
純(女)
「あ、それ私のじゃないの?」
美月
「いいじゃない、貸してよ。」
純(女)
「サイズあわないよきっと。これでも私、ボディには自信があるんですからね。あんたの貧相な体型に合うわけ無いでしょ。それより美月なら、こっちのスカートと組み合わせたらどう?」
美月
「えええええ!それ、長い。おばさんみたい。」
純(女)
「じゃあ、こっちの明るい柄物は?かわいいよきっと。」
美月
「だめだめ、それ、子供みたい。」
純(女)
「十分子供だけど。」
美月
「もっと大人っぽいのがいいよ。大人っぽくて、エレガントで、セクシーで。」
純(女)
「セクシーって、あんた一体いくつや?」
美月
「男なんて、谷間見せて、パンツ見せたらイチコロよ。」
純(女)
「あのねぇ、どこのキャバクラや。」
美月
「だから、ね、美月の魅力、全開!って感じのを見つけて。」
純(女)
「選んでって言って、文句ばっかしじゃない。」
美月
「だってぇ。・・・そうだ、いっそセーラー服とか。男って好きなんでしょ。」
純(女)
「こら、それはおやじの好みやろが。どこからそんな知識入れたんじゃ」
美月
「困ったなぁ。」
なおも、服をひっくり返して悩む美月
純(女)、一通の封筒に目が留まる。
純(女)
「中尾純様・・・・立花彩子?だれだろう。そんな友達いたっけ。ぁ、同窓会の知らせとか。」
純(女)は手紙の封を切り、中を読む。
純(女)
「お元気ですか?私のことはご心配なく、それなりに元気に過ごしています・・・・・えっ?」
純(女)は椅子にすわり、しげしげと手紙をみる。
純(女)
「元気に過ごしています・・・・ていうか、知らないよ、私はあなたのこと。あなたは誰ですか彩子さん。誤って配達された?でも、札幌市中央区・・・中尾純様だよね。私の住所、私の名前だね。いや、少し番地が違う気がするけど。・・・・」
しばらく手紙を見て考えていた純(女)は、思いつくことがあり、下手に消える。
後を追いかける、美月。
美月
「ァ、おねえちゃん、待ってぇ」
そのまま美月、下手に消える。
明かりは夕方に変わっていく。
下手より純(女)、便箋を持って入ってくる。
純(女)
「立花彩子さん、せっかく来たんだから、お返事書いてあげるね。」
テーブルに座り、手紙を書き始める。
純(女)
「私も元気ですから、安心してください。・・・と。これでよしと。」
純(女)は手早く封筒に入れ、立花彩子宛に返信する。
純(女)、下手に消える。
入れ替わり上手から彩子。
○第三景 奄美1995年 そして彩子の物語
奄美チュラカフェ、朝、波の音
奥の壁は奄美風になる。
上手より、彩子が入ってきて中央のテーブルにすわる。
彩子は来た返事の手紙を見つめる。
彩子
「どうして?・・・私も元気ですから、安心してください。?」
上手より美雪、美樹が飛び込んでくる。
美雪
「ああ、間に合った。お姉ちゃん置いて行かないでよ。美樹、あんたがグズグズしてるからじゃない。」
美樹
「だってぇ、茂兄ちゃんに会うのに、おしゃれしてこなきゃ。」
美雪
「って、ジーパンかい。」
美樹
「だから、間に合わなかったんだって。」
そこへ、カフェのオーナー茂樹がウェイターの姿で水、メニューをもって、上手より入る。
茂樹
「いらっしゃい彩ちゃん、美雪ちゃん、美樹ちゃん。」
美雪・美樹
「あ、茂兄ちゃんこんにちは。」
彩子
「こんにちは」
茂樹
「どうしたの?彩ちゃん。」
美雪
「ラブレターじゃないよ茂兄ちゃん。安心してね」
美樹
「もしかしたら、ラブレターかもぅ。」
茂樹
「そうか、でも彩ちゃんならラブレターもらってもおかしくないでしょう。きれいなんだから。」
美雪
「ああああ、いいのかなぁ〜〜〜〜」
美樹
「いいのかな〜〜?」
茂樹
「何言ってるの、美雪ちゃん,美樹ちゃん」」
美雪・美樹
「べっつに〜〜」
美雪と美樹は、上手の長椅子に移動しながら、店の雑誌やらを勝手に見て、落ち着かない風、はしゃいでいる。
茂樹は、美雪たちを微笑ましく見ながら、傍らの彩子を見る
茂樹
「そういえば、純の三回忌だったんでしょ。早いもんですね」
彩子
「本当に。」
茂樹
「突然だったからね。あの事故は。」
彩子
「いつの間にか二年が経った感じ。」
茂樹
「今でも、普通に店に入ってくるような気がしますよ、純。」
彩子
「うん・・・・・それでね、実は私、手紙を出したの。」
茂樹
「手紙?だれに?」
彩子
「純に」
茂樹
「純に?どういうこと?」
彩子
「この前、アルバム見てたら、彼が札幌から出した最後の手紙が出てきてね。なんか彼、私の事心配してるような気がして、天国の彼を安心させるつもりで、彼に手紙出したの。」
茂樹
「なるほど、気持ちはわかるけど。」
そこへ、メニューを持って二人の間に飛び込んでくる美雪。
美雪
「ねぇ、茂兄ちゃん、このケーキ、新メニューだよね。美雪これ食べたい。」
美樹
「美樹もたべたぁい」
というとまた美雪は、長椅子に戻りはしゃいでいる。
茂樹
「でも、送り先って?」
彩子
「札幌の、彼の元の住所。なんか、あそこが彼の天国の住所のような気がして。」
茂樹
「え?あそこはショッピングモールになったんじゃないの?」
彩子
「でも、他に送り先って言ってもね。まさか、ご両親の家に出すのもおかしいでしょ。」
茂樹
「まぁたしかにね。で、なんて書いたの?」
彩子
「私はそれなりに元気で過ごしています。って」
茂樹
「なるほど。でも、届かないから戻ってきたでしょ。」
彩子
「それが・・・・」
茂樹
「届いた?」
彩子
「うん」
茂樹
「まさか」
彩子
「しかも、返事まで来た。」
茂樹
「いたずらでしょう。」
彩子
「でも、いたずらって言っても」
茂樹
「もうあの住所に家はないんでしょう。」
彩子
「そう。なのに、どうして返事が来たのかしら。」
茂樹、手紙を取り、裏表を見つめる。
傍から美樹がチャチャを入れる。
美樹
「ラブレターじゃないよ、安心して」
茂樹
「これは、純の字じゃないな。きれい過ぎる。」
彩子
「私もそう思う。でも、だったら誰が?」
茂樹
「純のことを知ってるやつか、それとも。」
彩子
「知ってる人?・・・いや、でも・・・もしかして。」
茂樹
「いたずらだとしたら、かなりたちが悪いな。」
彩子
「いたずら・・・かな。でも、もしも。」
茂樹
「彩ちゃん、まさか、純からの手紙だなんて思ってないでしょ。」
彩子
「うん・・・そう・・・そうだよね。そんなはずないもん。」
茂樹
「亡くなった人を騙って、手紙を出してくるなんて、信じられないですよ。こういう人、かかわらないほうがいいと思いますよ。」
彩子
「でも。」
茂樹
「もう、純のことをいつまでも考えるのはよして、前に進まないといけないと思います。」
彩子
「茂樹さん。」
茂樹
「確かに、彼は気の毒だったと思いますけど、もう過去のことです。彩ちゃんも立ち直って、次のことを考えたほうが、純も喜びますよ。」
彩子
「わかってる、わかってるんだけどね。」
茂樹
「彩ちゃん。僕に出来ることなら、何でも力になりますよ。月並みな台詞だけど。」
彩子
「ありがとう。・・・・・でもね、でも、この手紙、本当に天国の彼からだったら、なんて思うとね。」
茂樹
「彩ちゃん、なに言ってるの!純は死んだんだよ。僕も見たし、彩ちゃんもお葬式行ったじゃない。もういないんだ。しっかりしなきゃ。」
彩子
「そうなの、そうなんだけどね。」
茂樹
「・・・・・・(言葉が出ない)」
手紙をじっと見つめる彩子。
その姿に複雑な表情の茂樹。
茂樹
「無視したら良いんですよ。どうせ、何かの間違いです。」
そう言って、そそくさと上手に消える茂樹。
美雪たちが茂樹のあとを追って上手に消える。
美雪
「ねぇ!茂兄ちゃん、この星形マンゴータルトがいいなぁ」
美樹
「いいなぁ!」
さらに、彩子は手紙を見つめる。
時は移り、夜、ランプの明かりがテーブルを照らし、彩子の自宅に移る。
かばんから便箋を取り出す。
そして、もう一度手紙を書き始める。
彩子
「あなたは・・・・誰?」
手紙を書き終えた彩子は、ゆっくり立ち上がり上手に消える。かわって、下手より純(女)、続いて香澄が入ってくる。
○第四景 札幌1995年 純(女)の想い出
札幌、昼下がり、純(女)の家
純(女)、友人の香澄が座っている。
香澄、純(女)に来た手紙を見つめている。
香澄
「あなたは誰?」
純(女)
「そう。私は、中尾純だよね。それに、ちゃんと中尾純宛の手紙だし。」
香澄
「でも、それだったら、どうして、あなたは誰?なんて書いてくるのかしら。」
純(女)
「そうなのよ。どうしよう。」
香澄
「どうしようったって。」
純(女)
「私も、そういうあなたは誰ですか?って手紙出してみようか。」
香澄
「いや、それだったら、きりがないよ。」
純(女)
「そうだよね。でも、困っちゃってね。」
香澄
「最初に戻るけど、なにか、心当たりになることないの、立花彩子さんという人に。いとことか、誰かの友達とか、友達のお母さんとかお姉さんとか、ご先祖様とか。」
純(女)
「飛んだな!・・・いないよ。第一、奄美大島だよ。ちゅらさんだよ。国仲涼子だよ。知り合いがいるはずないじゃないの。札幌と奄美大島って、北と南のはずれ同士だよ。」
香澄
「確かにね。・・・国仲涼子は余計だけどね。私達の年齢で、そこまでいろいろ友達いたらすごいと思う。ついでに言うと、このお芝居の設定で、NHKで『ちゅらさん』はまだやってないし、あれは奄美大島じゃなくて沖縄だからね。一応、説明。」
純(女)
「誰?って聞いてきてるのに、応えないのも失礼だよね。」
香澄
「といっても、なんて応えるの?中尾純っていう名前はわかってるんだよ。あと何を教えればいいのってことだよね。」
純(女)
「生年月日とか、職業とか、お母さんの旧姓とか、飼ってる犬の名前とか。」
香澄
「あのねえ、何かずれてない?」
純(女)
「わかる?」
香澄
「ふざけてる?」
純(女)
「ごめんなさい。」
香澄
「わかればよろしい」
純(女)
「だから、困ってるんだよ。」
香澄
「そうかもしれないけど、何か、手がかりになるようなことないかな。」
純(女)
「全然思いつかない。というか、苦手なんだよね、こういう頭を使うの」
香澄
「だから、軽いノリで返事だしたわけ?」
純(女)
「まぁ、そういうとこかな」
香澄
「無責任だねぇ。」
純(女)
「それで、どうしようかな?」
香澄
「結局、親友の私に相談てわけか。」
純(女)
「頼りにしてます、香澄ちゃん!」
香澄
「頼りにされると、頑張ってしまうのがこの香澄おねえさまだ。」
純(女)
「おお、頼もしい。」
香澄
「そうでしょう、そうでしょう。」
純(女)
「で、どうしようかな?」
香澄
「まず、身近にあるものから検討してみるのが一番だね。」
純(女)
「うんうん・・・・・それで?」
香澄
「最初に来た手紙は、お元気ですか?って聞いてきたんだよね」
純(女)
「そうそう」
香澄
「ということは、その立花彩子さんが送った相手は、病気かなんかかもしれないね」
純(女)
「なるほど」
香澄
「じゃあ、札幌の、この近くの病院で入院してるとか。」
純(女)
「そうかそうか」
香澄
「それで、奄美大島からとても来れないから、まず手紙を出した」
純(女)
「それからそれから?」
香澄
「でも、この近くに大きな病院なんてないね。」
純(女)
「だねだね・・」
香澄
「ということは、病気というわけではない。」
純(女)
「うんうん」
香澄
「つまり、お元気ですか?という言葉にそれほど深刻な意味は無いのかも。」
純(女)
「ははぁ、なるほど。」
香澄
「・・・・・純?」
純(女)
「なぁに?」
香澄
「考えてる?」
純(女)
「別に」
香澄
「やっぱり・・・・」
純(女)
「(笑顔)」
香澄
「私も元気ですって書いてきてるということは、この立花彩子さんと宛先になってる中尾純さんとは、長い間会っていないのかもね。」
純(女)
「中尾純は私だけどね。」
香澄
「つまり、親友なのかも。」
純(女)
「さすが香澄、目の付け所が違うね」
香澄
「おだててもダメ。・・・そうだね。アルバムとかない?」
純(女)
「アルバム?」
香澄
「うん、とにかく、純の知り合いとかそういうのかもしれないでしょ。手がかりになりそうなのは見てみないとね。」
純(女)
「アルバムって、卒業アルバムとか?」
香澄
「そう、中学とか高校時代とか、ある?」
純(女)
「そうか、ちょっと待って。」
純(女)下手に消える
そこへ、下手から洋服を手一杯に抱えた美月がやってくる。
抱きかかえた服で前が見えない。
美月
「ねぇねぇ!おねえちゃん、どれ着て行こうかな?」
と、部屋の真ん中に服をまき散らす、そして香澄に気がつく。
美月
「ぁ、いらっしゃい。」
香澄
「美月ちゃん、おじゃましてます。何その服。」
美月
「ぁ、今日ね、美月、合コンなんだ。」
香澄
「合コン?いいなぁ、若いなぁ。」
美月
「そりゃね、花の女子大生ですから。」
香澄
「はは、学生生活満喫だね。」
美月
「だって、今日は、北海道大学の人なんだ」
香澄
「おお、エリートだね。」
美月
「そう、しかも獣医学部。」
香澄
「ますます、すごいな。動物のお医者さんじゃない」
美月
「そうだよ。美月、牛が好きなんだ。」
香澄
「へえ、じゃあ、将来は酪農とかするの?」
美月
「いや、焼き肉が好きなの。今日の合コン、焼肉パーティ」
香澄
「そっちかい!」
しばらくして、下手からアルバムを持って純(女)が戻ってくる。美月に気がつく。
純(女)
「こら!美月、じゃまやろが」
香澄
「あった?」
純(女)
「あったよ、高校の卒業アルバム」
美月
「ァ、おねえちゃん、ねぇ、どれ着て行こうかな。」
純(女)
「ええ!また合コン?あとで見てあげるよ。今、香澄が来てるんだからさ」
美月
「だね。わかった。・・」
と、純(女)が手に持っているアルバムを見つける美月。
美月
「あれ?なにそれ?」
美月は純(女)のアルバムを奪い、ひろげる。
美月
「おお、これ、おねえちゃんの卒業アルバム?。高校生の時じゃん。」
純(女)
「こら、かえしな。」
美月
「ねぇねぇ、おねえちゃん、何組?」
純(女)
「うるさいな、あっちへいってな」
美月
「いいじゃない。」
香澄
「三年六組だよ」
美月
「三年六組ね」
美月はアルバムをひろげる。
美月
「おねえちゃんは・・・っと」
純(女)
「早く、返して。」
美月
「三年・・・・五組・・。六組・・、どれどれ、かっこいい男の子いるかな。えっと」
香澄
「美月ちゃん、男の子が目的?(笑)」
美月
「だって、年上の男の人って、お兄ちゃんみたいで、甘えられそうじゃん。」
香澄
「言うネエ。」
美月、アルバムの一点を見つめる
美月
「あれ?」
香澄
「どうした?」
美月
「あれ、おねえちゃん、この写真おかしいよ。」
香澄
「え?なにが」
純(女)
「美月、あんた、何言ってるの?」
美月
「だって、中尾純、ってお姉ちゃんの名前書いてる所に、・・ほら、これ男の子の顔だよね。」
純(女)
「男の子?」
香澄
「どこ?・・・中尾・・・純・・・?」
純(女)も香澄がじっと見ているアルバムを覗きこむ。
純(女)
「あ。」
香澄
「これ、中尾君だ。」
純(女)
「私と同姓同名の。」
香澄
「そういえばいたな。純と同じ名前の男の子。」
純(女)
「・・・・・・い・・た。いたよ、私と同姓同名の、中尾純って。」
アルバムを手に取り、写っている中尾純の姿を見つめる純(女)、そして、かつての思い出を回想する風の純(女)
純(女)
「あの手紙、まさか中尾君に?」
薄暗くなる中、美月の声が聞こえる。
美月
「おねえちゃん、どれ着て行こうっか」
純(女)、香澄、美月、下手に消える
○第五景 奄美1995年 彩子と茂樹
チュラカフェ、昼
テーブルに一人彩子
上手から茂樹が現れる。
茂樹
「彩ちゃん、大丈夫ですか?この前の手紙のことですが、落ち着きました?」
彩子
「はい、たぶん。」
茂樹
「あんないたずら、知らないふりするに越したことないですよ。全くひどいものだ。」
彩子
「実はね、私、もう一度手紙出したんです。」
茂樹
「出した?一体なんて書いたの?」
彩子
「『あなたは誰ですか?』って」
茂樹
「それで、また届いたの?」
彩子
「多分。」
茂樹
「それで、返事は?」
彩子
「その返事はまだ、来てません。」
茂樹
「彩ちゃん、あまり、こだわらないほうがいいですよ。」
彩子
「でもね。」
茂樹
「何考えてるの?」
彩子
「別に・・・・別に、何も。」
茂樹
「もう、放っておきなさい。」
彩子
「はい、でも・・・・。」
茂樹
「彩ちゃん、何度も言うけど、もう二年も経ってるんですよ。想い出の中にしまってもいいと思いますよ。」
彩子
「純ね。私に一目惚れしたって言ってた。」
茂樹
「え?」
彩子
「よく聞こえなかったんだけど、確かにそう言ったんだ。純が、奄美大島まで私に会いに来た時。」
茂樹
「全く、名前通り、純粋なやつだった。だから、俺も、純を信用できるやつだと思ったんです。彼なら、彩ちゃんを幸せにできると。」
時は二年前に戻る。
下手長椅子に純(男)カメラを片手に現れる。
純(男)
「茂樹さん、このカメラですよ、今度買ったのは。」
茂樹、振り返り、純(男)の方に向かう。
茂樹
「これはいい。軽いし、コンパクトだし、やっぱりオリンパスは名機だね。それにレンズがいいんだよ。」
茂樹、純(男)の持っているカメラをしげしげと眺める。
純(男)
「茂樹さんと趣味が同じなんて、本当に偶然ですよ。」
茂樹
「今度、石垣島の方行こうか、サンゴが抜群に綺麗なんだぜ」
純(男)
「いいですね。ぜひお伴させて下さい。」
茂樹
「知り合いが船持ってるから、乗せてもらおう。遠浅で、観光客が誰も行かないところがあるんだ。」
純(男)
「はい、楽しみにしてます。・・・」
純(男)嬉しそうに下手に去る。
茂樹、彩子のもとに戻る。
時は1995年に。
彩子
「でも」
茂樹
「でも?どうしたんですか?」
彩子
「本当に私に一目惚れしてたんだろうか?」
茂樹
「何言ってるんですか?」
彩子
「彼ね、私と会ってる時に、時々、私を不思議そうに見たんですよ。」
茂樹
「不思議そうに?」
彩子
「何か、別の人を見ているような。」
茂樹
「どういう意味ですか?」
彩子
「私の中に、別の人を見てるような。」
茂樹
「まさか、あいつはそんなやつじゃないですよ。」
彩子
「わかってる。わかってるんだけど。今度の手紙のことでね」
茂樹
「あれは、誰かの質の悪いいたずらですよ。」
彩子
「今度の手紙、なにか、私が知らなかった何かが、見えるような気がするんです。」
茂樹
「知らなかった何か?」
彩子
「彼の過去というか、私と知り合う前の彼の姿というか。」
茂樹
「何を考えてるんですか?」
彩子
「本当に私に一目惚れしたんでしょうか。」
茂樹
「彩ちゃん、いい加減にしないと怒りますよ。」
彩子
「ごめんなさい。」
茂樹
「純は、彩ちゃんのことを心の底から愛していました。それは間違いありませんよ。」
彩子
「茂樹さん。」
茂樹
「純は、そういうやつです。でもね彩ちゃん、彼はもう死んだんですよ。」
彩子
「わかっています。」
茂樹
「彩ちゃんが、純のことを愛していたのはわかります。純も、あの世で、そんな彩ちゃんの気持ちを喜んでいるかもしれない。でも、そろそろ、未来に進まないと、そうでしょう?」
彩子
「わかっています。でも、今度の手紙、どこか気にかかるところがあって。」
茂樹
「いい加減にしないといけない。」
彩子
「茂樹さん」
茂樹
「純の友達として、はっきり言います。もう、純のことは忘れた方がいい。そのほうが、純も喜ぶと思う。」
彩子
「わかっています。でも、この、どこか引っかかる何かはなんだろう。」
茂樹
「彩ちゃん」
茂樹は思わず彩子を抱き寄せてしまう。
暗転
○第六景 1990年雪まつり 純と彩子の出会い
明転
時が流れ、1990年雪まつり会場に背景が変わる。夜。
つまり六年前、純(女)純(男)高校最後の冬
テーブルに客二人、下手より三人通行人。
上手からくまモンが、イベントの宣伝よろしくプラカードを持って入ってくる。そして突然踊りだす。続いて、テーブルの客、通行人、露店の女もくまモンと踊りだす。
<フラッシュモブシーン>
踊り終わって、客と通行人は上手下手へ。
くまモンはプラカードを上げる。プラカードには5年前の1990年札幌雪祭りと書かれている。
下手寄りに露店
露店の女が鼻歌を歌いながら店の準備をしている。
露店の女
「♪〜たまごクラブ、ひよこクラブ、こっこクラブ、ダチョウクラブ・・・♪ってね。」
手に腕章をつけ、バイト姿の純(男)は、会場の露天を物色している。
露店の女
「おや?何かお探し?」
純(男)
「はい、あのう・・」
露店の女
「ぁ、わかった、彼女へのプレゼントとか?」
純(男)
「え、・・・・まあ」
露店の女
「いいねぇ、若い子は。バレンタインも近いしね。そうだ、私がひとつ占って差し上げよう。」
純(男「え?おばさん、占いもしてるの?」
露店の女
「失礼な。まず第一に、私はおばさんじゃない。これでもまだ25歳、れっきとしたお姉さんだ。このセクシーなボディが目に入らぬか。」
純(男)
「セクシーというよりゼクシーって感じですけど。」
露店の女
「わたしゃ、婚活雑誌か!」
純(男)
「??」
露店の女
「まぁいい。次に、占いもしてるかって?ほれ、ここを見なさい。『uranai』ッて書いてあるじゃろが」
純(男)
「uranaiって、ローマ字か!わかりにく!普通、占いとか手相とか、いかにもな漢字とかで書くでしょ。」
露店の女
「そこが、違うのさね。雪祭りだよ、札幌だよ、恋の町札幌〜〜〜〜♪」
純(男)
「あの、おばさん?ぁいや、お姉さん、歌古いよ。」
露店の女
「何が古いんだ!いい歌に古いも新しいもあるものか!いずれ桑田さんも絶対カバーするはずだよ。うんうん」
純(男)
「お姉さん、桑田さんのファンなの?」
露店の女
「いいよねぇ。歌がさ。もう青春まっただ中よ」
純(男)
「確かに、桑田さんの歌はいいですよね。・・・・というか、恋の町札幌から離れてるね。」
露店の女
「おお、そうだった。なんだったっけな。そうそう、占いだ。どれどれ、何にしようかね。」
そう言って露天の女は、トランプや虫眼鏡や、ガラス球を取り出す。
露店の女
「どれがいいかね」
純(男)
「え?決まったものはないんですか?お客さんの好みで決めるんですか?」
露店の女
「当たり前だろう!今どき、一つのことやっててもダメなんだよ、儲からないんだよ。顧客ニーズってやつよ。何で占って欲しいか、お客さんに決めてもらうのが一番なんだ。」
純(男)
「なるほど」
露店の女
「で、何がいいんだい、お兄さん」
純(男)
「でも、お金あまりないし、一番安いものでいいです。」
露店の女
「大丈夫さね。ここでバイトしてるんだろ?ただでいいよ、お仲間じゃないか。」
純(男)
「そうですか、じゃぁ、オーソドックスに手相とか。」
露店の女
「ほほう、お兄さん、なかなか大人だね。」
純(男)
「そうですか?」
露店の女
「うん、その年で、というか、まだ高校生くらいだろう?」
純(男)
「そうです」
露店の女
「高校生で、占いといやぁ、タロット占いとか、水晶占いとかだろ」
純(男)
「そういうのもできるんですか?じゃあ、タロット占いで」
露店の女
「できないよ。それは」
純(男)
「え?じゃ、水晶占いとか」
露店の女
「それも無理」
純(男)
「トランプ」
露店の女
「修行中」
純(男)
「四柱推命」
露店の女
「なにそれ?」
純(男)
「西洋占星術」
露店の女
「日本じゃ無理」
純(男)
「姓名判断」
露店の女
「もうやめた」
純(男)
「血液型占い」
露店の女
「血を見ると気が遠くなるからダメ。と言うより、何でそこまで種類知ってるの?手強いね。」
露店の女、やや焦る
純(男)
「じゃ、何ができるんですか?」
露店の女
「手相だね。」
純(男)
「・・・・・・」
露店の女
「何だ?その目は。」
純(男)
「じゃあ、この並べているものは?」
露店の女
「だから、顧客ニーズだよ。こうして並べてるとさぞ、色々出来るようにみえるだろ?」
純(男)
「でも、出来ないなら。」
露店の女
「まだ、なにか?」
純(男)
「いえ、別に。」
そう言って、ゆっくりと手を差し出す。
その手をとって、おもむろに見る露天の女。
露店の女
「うむ、好きな女の子がいるんだね。」
純(男)
「それは、さっき言いましたよ。」
きっと睨む露天の女。
更に手相を見る。
露店の女
「なるほど、幼なじみなんだね。」
純(男)
「分かるんですか?」
露店の女
「当たり前だろうが、私を誰だと思ってるんだね。」
純(男)
「いや、それは・・・・」
露店の女
「札幌で占い始めて十余年・・・花も嵐も踏み越えて、明日は明日の風が吹く・・・人生いろいろ、愛燦々、別れの時にはクラクション五回・・・あ・・い・・し・・て・・る・・のサインだよ。」
純(男)
「あの、それブレーキランプですよ。・・・それで、どうですか?彼女と僕なんですが。」
露店の女
「人が気持ちよく喋ってるのに水を差して。まぁ、慌てなさんな。・・・なるほど、もうすぐ目の前に現れるよ。運命の女性が。」
純(男)
「え?ここにですか?」
露店の女
「そうだよ、もちろん。」
純(男)
「純が・・・・。」
露店の女
「純・・・というのかい。」
純(男)
「はい。僕と同姓同名で。」
露店の女
「おや、そうかい。そりゃ、珍しいね。」
純(男)
「それで・・・彼女とは。」
純(男)若干照れが混じってくる。
露店の女
「う〜〜〜ん・・ほうほう、ことは成就するよ。目の前にしあわせが待ってる。ふむ。いいねぇ。若いねぇ。」
純(男)
「彼女も僕のことが?」
露店の女
「そういうことだね。良かったね。・・・」
ところが露天の女、じっと手相を見ながら一瞬顔が曇る風に見える。
露天の女には、純(男)の数年後の死が見えたのである。
純(男)
「どうかしました?」
露天の女ふと我に返り、
露店の女
「いや、大丈夫。」
露店の女は雪の結晶の模様のネックレスを取り出す。
露店の女
「それでっと、占いはこれくらいにしてだね。」
純(男)
「え?もう終わりですか?」
露店の女
「そうだよ。世の中はスピード時代。どんどん先に進まないとね。」
純(男)
「そういうものですか。」
露店の女
「そういうものだよ。若いね、まだまだお兄さん。・・・えっと、プレゼントするならこれだね。」
純(男)
「ネックレス?」
露店の女
「そうだよ、女の子にはアクセサリーだね。手相にも出てるよ。彼女へのアクセサリーのプレゼントが吉相だってね。ほら、ここに書いてある文句がいいだろ、『雪の結晶が愛の結晶へ』。ちょっとベタだけど、雪祭りの記念には最高だよ。」
純(男)
「そうかな」
露店の女
「ここでバイトして、お金稼いで彼女へプレゼント?なんて、いいねぇ。うちの亭主も昔はあんたみたいにいい男だったんだよ。二〇年前に死んじまってねぇ・・」
純(男)
「え?25歳なんじゃないんですか?」
露店の女
「ぁ、いや・・・ぁはははは・・・・
そういいながら、ネックレスを包む露天の女。
露店の女
「はい!まいどありがとうございます。がんばれ!ぁ、そうそう、これは雪祭りのサービス。愛のメッセージカードだ」
純(男)
「メッセージカード?」
露店の女
「この書いてある文句がいいだろ・・・・草原の輝くとき、花美しく咲くとき、再び帰らずとも嘆くことはない、その奥にひめられし力を見出すべし・・・ワーズワース・・・ってね」
純(男)
「どういう意味なんですか?」
露店の女
「それは・・まぁ・・・辞書で調べてみるんだね。」
露店の女は包みと、メッセージカードを手渡す。
純(男)は財布からお金を出し、照れくさそうにネックレスの包みを手に取ると、ポケットにしまう
そこへ、下手から彩子が近づいてくる。彼女は、純(男)が告白しようとしている同姓同名の少女純(女)と瓜二つだった。
純(男)
「ぁ、じゅん!?・・・・」
彩子
「え?」
純(男)
「ァ、すみません、違います・・あまりに、友達と似ていたので。・・・えと、何か?」
彩子
「ちょっと、お聞きしたいんですが・・」
純(男)
「何でしょう?」
下手の純(男)は彩子に何やら道順を説明しながら、下手に消えていく。
じっと二人を目で追う露天の女。
暗転
○第七景 1995年雪まつり前 現実
明転
札幌、昼下がり、雪祭りの準備が進む大通り公園ベンチ。
くまモンがテーブルやら椅子やらを直している。
くまモン1995年雪まつりまで後一ヶ月という看板を置いて去る。
中央に純(女)香澄が座る。
香澄
「純と同じ名前の中尾君か、いたよね。本当にびっくりした。まだ五年前のことなのに、もうずいぶん昔だった気がする。」
純(女)
「同姓同名だから、よくからかわれたよ。」
香澄
「でも、彼が、純に来た手紙の本当の相手かどうかはわからないじゃない。」
純(女)
「そうなの。だからね、手紙出したの。私は、あなたが手紙を出している相手と同姓同名の中尾純っていいますってね。」
香澄
「何度も言うけどさ、その立花彩子さんが手紙を出している相手の中尾純と、高校生の時、同姓同名だった中尾純とも同じ人物なのかわからないんじゃないの。」
純(女)
「そうなんだけど、同一人物じゃないかと思うんだ。」
香澄
「勘ですか?純らしいね。今更だけどさ、純、中尾くんのこと友達以上に思ってたんじゃない?」
純(女)
「・・・・青春の思い出よ。」
香澄
「告白しなかったの?」
純(女)
「告白?」
香澄
「手紙とか、プレゼントとか。」
純(女)
「手紙・・・・・か。」
香澄
「お父さんが亡くなって、突然引っ越したものね彼。」
純(女)
「もう、随分経った気がする。」
香澄
「まだ五年だって。」
純(女)
「もう五年だよ。・・・」
純(女)五年前の雪まつりの日を思い出す。
香澄
「それでね、私、中尾君と仲が良かった日下和也っていたじゃない。彼なら立花彩子さんのこと知ってるかもしれないと思って。」
純(女)
「日下和也?」
香澄
「そう、ちょっと小太りだったけど、可愛かったじゃない。きっと、スマートなイケメンになってるよ。」
純(女)
「あんまり覚えてないな。」
香澄
「存在感、薄!」
純(女)
「だって。」
香澄
「やっぱり、純、中尾くんのことしか考えてなかったんじゃない。」
純(女)
「いやぁ、私モテモテだったからねぇ。」
香澄
「よく言うよ。」
純(女)
「(笑い)」
香澄
「彼、まだこの札幌に住んでるらしいから、連絡取ったんだ。」
純(女)
「手回しいいねぇ。」
香澄
「そりゃそうでしょ、私を誰だと思ってるの?」
純(女)
「香澄」
香澄
「おい!それ普通のリアクションだろ。」
純(女)
「それで?」
香澄
「ここに来てくれるの。」
純(女)
「ますます、てまわしいいねえ。」
香澄
「だから・・・私を誰だと思ってるのって」
純(女)
「香澄」
香澄
「もういい!」
下手より、純(男)の親友だった和也が現れる。
香澄
「ぁ、来た来た。こっちこっち。」
和也
「お待たせしました。」
香澄
「ごめんね、呼び出したりして。」
和也
「いえ、大丈夫ですよ。どうせ暇ですから。」
純(女)
「今も小太りじゃん。(ブスッ)」
香澄
「確かに小太り」
和也
「なにか言いました?」
純(女)
「いえ、別に。」
香澄
「右に同じ」
和也、傍らの純(女)に気がつく
和也
「中尾・・・純さん?」
純(女)
「覚えてくれてたの?久し振りだね。まだ札幌にいたんだ。」
和也に複雑な表情。実は和也は純(女)が好きだった。
和也
「おひさしぶりです。もう五年になりますか。」
純(女)
「同窓会もしないからね。」
香澄
「ところで、電話でも話したんだけど、立花彩子さんて」
和也
「ああ、聞いたことありますよ。中純から・・・ああ、中純って中尾のことですけどね。同姓同名だったんで、俺は中尾のこと中純って呼んでたんですよ。」
純(女)
「早速だけどさ和也君、立花彩子さんてどういう人なんでしょうか。」
和也は自分に向けられた純(女)の視線に一瞬戸惑う。
和也
「立花彩子って、あいつのフィアンセだった人です。」
純(女)
「フィアンセ?・・・だった?」
香澄
「フィアンセだったって、じゃあ別れたの?」
和也
「いや、亡くなったんですよ中純、事故で。」
純(女)
「え!亡くなった?」
香澄
「中尾くんが・・・死んだ?」
和也
「中純、写真が好きだったでしょう。」
純(女)
「いつもカメラ持ってたものね。」
和也
「高校卒業した頃から、奄美の方の海にすっかり魅了されてね。」
純(女)
「奄美?」
和也
「向こうで知り合った写真仲間の人に案内されて、卒業してからも、何度か写真撮りに行ってたんですよ。そこで事故にあったんです。それが二年前です。」
純(女)
「・・・・亡くなったって。」
香澄
「純?」
和也
「大丈夫ですか?中尾さん。」
純(女)
「私、大変なことしたかも。」
香澄
「大変なこと?」
和也
「どういうことですか?」
純(女)
「その立花彩子さんからの手紙だけど、もしかしたら、亡くなった中尾君宛だったんだとしたら。」
香澄
「でも、その立花彩子さんていう人、どうして、亡くなってる中尾くんに手紙出したんだろう?」
純(女)
「それはわからないけど。」
和也
「中純、いつも言ってました。彩子さんのこと。」
純(女)
「彩子さんのこと、ほんとうに愛してたんですね。」
和也
「それに彩子さんて、中尾さんにそっくりなんですよ。」
純(女)
「私に?」
和也
「そうです。だから、最初、彩子さんに会った時に、自分の目を疑ったって言ってました。」
香澄
「でも、中尾くん、彩子さんに純のこと見てたわけじゃないですよね。」
和也
「確かに、最初はそうだったかもしれません。今だから言いますけど、中純、中尾さんの事が好きだったみたいです。」
純(女)
「私の事?」
香澄
「まさか」
和也
「あの雪まつりの日に、中尾さんに告白するんだって。」
純(女)
「そんな。」
和也
「でも、結局、告白できずに、お父さんの突然の死で引っ越したでしょう。」
純(女)
「そうだった。」
香澄
「新学期が始まった時には引っ越した後で、結局、クラスの誰も、お別れ言えなかったものね。」
和也
「最初は彩子さんの中に中尾さんを見ていたようですが、そのうち、彩子さんにすっかり惚れちゃって、よく俺の所に手紙や電話よこしましたよ。」
香澄
「何度も言うけど、彩子さん、どうして中尾くんに手紙を出したんだろう。」
純(女)
「それはわからない。でも・・・・。私、亡くなった人を騙って返事を出したことになる。」
和也
「知らなかったんだから仕方ないでしょう。」
純(女)
「亡くなって二年しか経ってないんだもの。まだ、たった二年なんだ。きっと彩子さんの心には中尾くんがまだ生きてるんだ。」
和也
「でも、これから何年経っても、彼女の心には中純が消えることはないと思いますよ、人の記憶、想い出ってそういうものでしょう。」
純(女)
「そうだと思うけど。」
香澄
「悪気があったわけじゃないし、どうしようもないよ。」
純(女)
「そうだけど・・・・・そうだけどね。」
純(女)立ち上がり、下手に消える。和也が立ち上がり、後を追って下手に消える。
和也
「中尾さん・・・待ってください。大丈夫ですか?」
香澄、しばらく二人を見つめる。
香澄
「日下くんって、もしかして、純のこと好きだった?」
香澄、ゆっくり下手に消える。
暗転
○第八景 1995年奄美チュラカフェ 彩子と茂樹
明転
チュラカフェ朝
茂樹と彩子がテーブルに座っている
茂樹
「女?」
彩子
「そう、私に返事くれたのは、同姓同名の女性だって。」
茂樹
「まさか?」
彩子
「でも、ほら、この手紙に。」
彩子、先日来た純(女)からの手紙を見せる
茂樹
「なるほど、確かに、女って書いてあるけど。」
彩子
「それに、同姓同名って書いてあるでしょ。」
茂樹
「しかし、これも怪しいものだよ。」
彩子
「そう言ってもね、・・・・純からの手紙には変わりないんだ。」
茂樹
「純からの手紙って・・・・」
彩子
「だから・・女性か男性かということじゃなくて。」
茂樹
「彩ちゃん?・・・彩ちゃん、大丈夫?」
彩子
「手紙の相手が女性だったとしても。いや、そういうことは関係なくて。私は、純からの手紙にしか見えない。」
茂樹
「純からって。彩ちゃん、しっかりしないと。ちゃんと別人だって書いてあるじゃない。」
彩子
「私・・・彼に、ちゃんとお別れ言ってないもの。亡くなったっていう連絡もらっただけだもの。・・・」
茂樹
「彩ちゃん・・・・ちゃんとお別れしたじゃない。お葬式で、さよなら言ったじゃない。」
彩子
「だって・・・・彼に・・・・彼に、さよならって・・・さよならって・・・。彼・・何も言わなかった。私にさよならって言ってくれなかったもの。」
茂樹
「彩ちゃん!・・・彩ちゃん・・・・」
茂樹、彩子の肩をだき、必死でなだめる。
彩子
「あのね・・・札幌はもうすぐ雪まつりなんだって。私が初めて純と・・・・」
取り乱す彩子を静かに見つめる茂樹。
茂樹
「・・・・彩ちゃん・・・・、札幌に行ったほうがいいかもしれない。」
彩子
「え?」
茂樹
「その中尾純て人に会って、ちゃんと話してきた方がいい。」
彩子
「でも、何を話せばいいのか。」
茂樹
「彩ちゃんが、その手紙を純からの手紙だと思いたい気持ちはわかる。でも、現実に、純は死んだんだよ。だから、ちゃんと自分に言い聞かせなくちゃ、納得しなくちゃ。」
彩子
「でも・・・・どうすればいいんだろう。会って。」
茂樹
「何もかも話せばいいんですよ。そうすれば、彩ちゃんも見えないものがはっきり見えてくると思う。」
彩子
「見えないもの・・・・」
暗転
○第九景 1995年雪祭りの夜、彩子と純(女)
明転
1995年札幌雪祭り、夜。
作業をしている人に指示をしているくまモン。
首に巻いたタオルに1995年雪まつりカフェと書いてある。そして、何かを叫ぶように下手に消える
オープンカフェのテーブルにはアロマろうそくのようなローソクの明かりがともっている。
背後にはスノーダスト、雪の彫像がネオンに光っている。
雪祭りの雑踏、上手より二人下手へ。下手から一人上手へと、人々が行き交う。
純(女)が上手から入る。彩子を待つ。
彩子からの手紙を読む純(女)
純(女)
「あなたが、どういう方かは存じませんが、一度お会いしないと私の気持ちの整理がつきません。雪祭りの夜、七時、大通公園の札幌テレビ塔の下でお会いしたいと思います。立花彩子」
そこへ、下手より彩子が来る
彩子に気がつく純(女)。
純(女)
「私と、そっくりだ。それに、5年前、中尾くんと話してたのはこの人・・・だった?」
純(女)は、かつて、雪祭りの夜、純(男)と親しげに話していた女性だとわかる。
彩子
「お待たせしました、立花彩子です。中尾さんですか?」
純(女)
「はじめまして、中尾純といいます。」
彩子
「中尾純・・・やはり女の方だったんですね。」
純(女)
「立花彩子さん、あなたが、あの中尾君のフィアンセ。」
彩子
「だったということですね」
純(女)
「座りましょうか。」
純(女)はオープンカフェのテーブルに彩子を誘う。
二人で向かい合う。
純(女)
「今度のことは、本当にごめんなさい。何も知らないこととはいえ、亡くなった人の名前でお返事したみたいになってしまって。」
彩子
「構いません。知らなかったんですから。」
純(女)
「でも、どうして、亡くなった人に手紙を出したんですか?」
彩子
「どうしてでしょう。私も本当のところはわからないんです。・・・・」
純(女)
「実は、私は、以前、あなたをお見かけしたことがあります。
彩子
「え?」
純(女)
「五年前の雪祭りの夜、あなたは中尾君と、この会場でお話していましたよね。」
彩子
「五年前ですか・・・。ああ、私が初めて雪祭りを見に来た日ですね。」
純(女)
「初めて?」
彩子
「冬の北海道に来るのが夢で、どうせ来るなら雪祭りを見ようと思って、この地を訪れました。」
純(女)
「あの日が初めてだったんですか?」
彩子
「そうです。ずっと奄美の暖かいところで暮らしてきたので、雪景色自体がほとんど初体験で、しかもあの寒さでしょう。最初は雪祭りどころではなかったのですが、たまたま、あの日、純と、ああ、中尾純さんと出会って、いろいろ、雪祭りのことや、回る順路なんかを教えてもらったんです」
純(女)
「中尾君と会ったのが、あの日が初めてだったんですか。・・・・・」
彩子
「はい、最初、私の顔を見て、じゅん?と聞かれました。友達と間違えたといってましたが、あなたと会って、納得しました。あの時、中尾さんが言ったのは、あなたのことだったんですね。本当に、私とそっくりですね。」
純(女)
「私も、最初にお会いした時驚きました。世界には自分とそっくりな人が10人いるといいますが、その中の一人が目の前にいると。」
彩子
「本当ですね。中尾さんは、親切に私を案内してくれて、結局、会場全てを回ってくれました。そして、翌日も札幌の町を案内してくれて、別れたんですが、これが運命の出会いだったんでしょうか。あのあと、彼は奄美大島まで私に会いに来ました。」
純(女)
「奄美大島まで。」
彩子
「はい、それからお互い、大学に進んでからは手紙のやり取りと電話だけのお付き合いが中心でしたが、不思議なことに、彼の気持ちはまったく薄れることはないようでした。」
純(女)
「私と中尾君は、中学からずっと一緒でした。高校では同じクラスになり、同姓同名ということで、からかわれたこともありましたが、それがかえって、友人関係の絆のようになって、いつも一緒でした。」
彩子
「あのう、こういうことをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
純(女)
「なんでしょうか?」
彩子
「あなたは中尾さんのことが、好きだったのではありませんか?」
純(女)
「それは」
彩子
「かまいませんよ。正直、奄美と札幌で、あれだけの間、関係が途切れなかったのは、彼の心に、私にそっくりなあなたがいたからじゃないかと思えたんです。」
純(女)
「フィアンセだったあなたを前にして、言うべきことではないかもしれませんが、中尾君は私にとって、初恋の人でした。」
純(女)はかつて、雪祭りの日、チョコレートを持って行った日のことを思い出していた。
彩子
「やっぱりそうでしたか。」
純(女)
「ごめんなさい」
彩子
「いえ、謝ることではありません。中尾さんは、私の中に、あなたを見ていたような気がしたんです。」
純(女)
「それは?」
彩子
「最初にお会いした時、手に、大切そうに包んだものと、カードを持っていました。自分のものではないようだったので、誰かへのプレゼントだったかもしれません。確かではありませんが、もしかしたらあなたへの。」
純(女)
「私への・・・プレゼント?」
彩子
「これは推測です。間違えているかもしれません。でも、今日あなたにお会いして、彼との日々を思い返してみて、ふとそんなことを考えてしまいました。嫉妬かもしれませんね。ごめんなさい。」
純(女)
「でも、中尾君はそんな人じゃありません。もちろん、その包みは私へのプレゼントだったかもしれませんが、でもあなたへの気持ちに嘘はないと思います。」
彩子
「そうでしょうか?」
純(女)
「出会いというのはそういうものだと思います。」
彩子
「実は、彼、奄美で私に再会した時に、札幌で私に一目惚れしたって言ってたんです。ただの冗談だと思ってたんですが。」
純(女)
「いえ、それは彼の本心だったと思います。実は、ここに来る前に、私は中尾くんの親友だった日下和也さんと話をする機会がありました。彼が言うには、確かに、最初は彩子さんがあまりに私に似ているので、彩子さんの中に私を見ていたらしいです。でも、奄美大島に出かけて行って、彩子さんと話した時に、確信したんだそうです。札幌の出会いは運命だったと。人の出会いは運命で決められているものだと確信したそうです。」
彩子
「そうですか。・・・やはり彼を好きになってよかった。」
純(女)
「そうですよ。」
彩子
「やっぱり、あなたとお会いして本当に良かった。ありがとう。」
茂樹が下手より、ゆっくりと入り、彩子の後ろに立つ。
純(女)は、彩子の後ろに、静かに立つ青年に目をとめた。それは、今の彩子を影で支える茂樹だった。
茂樹
「あなたが、中尾純さんだったんですね。」
彩子は突然の声に、振り返り、茂樹を見つける。
彩子
「茂樹さん。」
茂樹
「お父さんが、どうしても、心配だって言うから。やっぱり女性だったんですね。中尾純さん。」
純(女)
「はじめまして、中尾純といいます。」
茂樹
「氷室茂樹です。彩子さんの家のそばでカフェを経営しています。中尾くんとは写真を通じて友だちになりました。」
純(女)
「そうですか」
彩子はゆっくりと立ち上がり、茂樹の横に立つ。
彩子
「中尾純さん、今日はありがとうございました。これで、彼との想い出も、想い出として私の中に刻まれると思います」
純(女)
「それなら良かった。」
茂樹
「じゃあ、彩ちゃん、行こうか」
茂樹はゆっくりと彩子を促し振り返る。
純(女)
「立花・・・・彩子さん、お幸せに・・・・」
彩子
「え?」
茂樹と彩子は、ゆっくり下手に消えていく。
純(女)は正面を向き、雪の降る空に向かう。
純(女)
「純!私も、・・・・元気ですよ。・・・・・」
暗転
○エピローグ 1995年奄美 札幌、そして1990年雪まつり
明転
奄美大島、彩子の家、夜
彩子がテーブルに座っている。
真一、上手から木箱を持ってくる。
真一
「お前が北海道に行っている時に、中尾君のご両親が見えてね。三回忌も終わったしと、遺品を整理していたら、お前からの手紙が入った木箱が出てきたそうだ。それで、これはやっぱり、フィアンセだった彩子さんに持っておいて欲しいと届けてくれたんだよ。」
そう言って、真一は木箱を彩子に手渡した。
彩子が木箱を持ってテーブルに座る。そして、その木箱を開くと、かつて、中尾純に宛てた彩子の手紙がぎっしりとつまっていた。
彩子
「これは、私が中尾くんに送った手紙じゃないの。」
その一番底に、赤い紙で包まれたものと、添えられたメッセージカードを見つける。
彩子
「あら、これはなんだろう?」
それは、初めて会った雪祭りの日、彼が、彩子に出会う直前に手に持っていた雪祭りの記念品だった。
彩子
「これは・・・あの時、純が手にしていた包みだ。カードは中尾さん宛になってる。」
暗転で、彩子、真一は上手へ去る。
舞台は彩子の家から、純(女)の札幌の家に切り替わる。
代わって下手より純(女)がテーブルに座り木箱を見つめる
彩子からの手紙を読む純(女)の姿。
純(女)
「中尾純様、先日はありがとうございました。あれから戻りますと、彼の両親から、彼の遺品を預かりました。その中に、この木箱も添えられていましたが、中に、あの日の彼が、雪祭りで求めたものがあったので、これは、本来あなたにお渡しするものだと思い、送らせていただきました。」
純(女)が、彩子から届いた木箱の中を開けると、あの日、純(男)が買い求め、おそらく、純(女)にプレゼントするべく準備したであろう雪の結晶のペンダントが入っていた。
『雪の結晶は愛の結晶へ』
時は1990年雪まつりの夜になる。その様子を見つめる純(女)
下手に露店の女。
その前に高校時代の純(男)が立つ
露店の女
「そうだよ、女の子はアクセサリーだね。手相にも出てるよ。彼女へのアクセサリーのプレゼントが吉相だってね。・・・・」
上手より、手袋をして、寒そうに高校時代の純(女)が入ってくる。
手には手作りのチョコレートと手紙。
純(女)
「確か、純はここで、案内のアルバイトしてるって言ってたな。バレンタインにはちょっと早いけど、・・・・」
渡す相手は、雪祭り会場でバイトをしている高校時代の中尾純(男)
下手に、露店の前で話している姿の純(男)の姿を見つける。
純(女)
「純!・・・ぁ、なんか、自分の名前呼んでるみたいだな。・・・えっと、・・・・中尾・・・!」
純(男)の前に5年前の彩子が現れる
瞬間、身を潜める純(女)
純(女)
「あれ?あの人は誰?純の彼女・・・・彼女がいたんだ」
その親しげな様子に、すっかり彼女と勘違いした高校時代の純(女)は、ゆっくりと上手に引き返す。
純(男)も彩子とともに下手に消える。
ナレーション
「草原の輝く時、花美しく咲く時、再び帰らずとも嘆くなかれ、その奥にひめられし力を見出すべし・・・ワーズワース」
木箱を置いて、純(女)は下手に消える。
変わって上手から年老いた和也、未来が入ってきてテーブルの座る。
未来
「おじいちゃんも、その中尾純さんの事好きだったのね。」
老和也
「しかし、彼女は、私の親友が想いを寄せる女性だったんじゃ。」
未来
「だから、諦めたの。」
老和也
「諦めたというより、彼女が幸せになるなら身を引いたほうがいいと思っただけじゃよ。」
未来
「・・・・・」
老和也
「まさか、親友の死が、わしと彼女を再会させるなんてなぁ。」
未来
「運命・・・・」
老和也
「人の人生とは不思議なものじゃ。」
未来
「・・・・私も手紙、だそうかな?」
老和也
「手紙?」
未来
「ラブレター。」
老和也
「・・・・(微笑み)」
木箱を取り上げ、ゆっくりと閉じる。
暗転エンディング
<全員のダンスシーンでカーテンコール>
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