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ガラスの家族
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ロックミュージカル・ドラマ
「ガラスの家族」
作:吉原廣
原作:キャサリン・パターソン「The Great Gilly Hopkins」
登場人物
ギリー(ガラドリエル・ホプキンズ)
メイム・トロッター
バーバラ・ハリス
コートニー・ホプキンズ
祖母
アレン・カーター
ウィリアム・アーネスト・ティーグ
ランドルフ
コロス1(ポールと呼ばれる)
コロス2(マイクと呼ばれる)
コロス3(ニックと呼ばれる)
コロス4(キャッシーと呼ばれる)
コロス5(アグネス・ストークスと呼ばれる)
基本となる舞台
(1)トロッター家
中央に居間と食堂。その奥階段を昇ると、下手にギリーの部屋。上手にトロッターの寝室がある。その奥にウィリアムの部屋を想定。階段下には台所があり、戸口へと続く。ただし、ある場では、舞台上手に、ランドルフ家の玄関ドア、そして居室が瞬時に現われる必要がある。
(2)学校の校庭・教室・街中
あくまでも広い空間を必要とする。コロスの五人は、ギリーのクラス仲間であるが、その枠を越えて、観客と同次元でドラマの親展を見つめていく立場をとる。と同時に、肉体表現上の様々の試みに挑戦して、賑やかな、そして時に、緊迫した舞台の雰囲気を盛り上げる。彼らの動きは速く、その声は舞台空間のいたる所から聞こえてこなければならない。音楽はハイテンポなロック調を基調とし、コロス達の出す擬音や叫声、スキャットがリズミカルに基調音に共鳴する。
総じて(舞台装置、照明を含めて)都会的、機能的に洗練られた表現を心がけねばならない。照明はショー・ステージ風にありたい。
第一幕
(1)
アメリカ合衆国 メリーランド州の郊外の街 トンプソン・パーク
ときは、現代。9月半ば、夕刻。
音楽-コロスの合唱で始まる。
“ガラスの家族”(歌)
男がいる
女がいる
男と女がいる
愛が芽生える
愛がふくらむ
こどもが生まれる
HAA! HA! HA!
だけど
愛は ガラスの森
家族は ガラスの城
小さな傷が ひろがる
ひろがる
父が消える
母が消える
こどもがとり残される
愛が傷つく
愛がとまどう
家族が壊れる
HOO! HO! HO!
君は家族に何ができるのか
家族は君に何ができるのか
それが 家族
だから 家族
ガラスの家族
コロス1:ひとりの少女がいる。
コロス4 :その名は、ギリー・ホプキンズ
コロス3:母親は遠くで暮らしている。父親は行方不明。
コロス4:ひとりぼっち!
コロス2:親がいない!?
コロス5:どうして?
コロス1:「家庭の事情」。
コロス5:だって、まだ子供じゃない!
コロス3:ひとりじゃ生きていけないよな。
コロス2:親がいないなんて幸せな子だ。毎日、ガミガミ怒鳴られなくてもすむ。テレビが独り占めできる。通信簿見せなくていいわけだ。
コロス達:(コロス2に)マイク!
コロス1:そういう子は、他人の家庭で育てられる。
コロス5:他人の家庭?
コロス3:つまり里子だ。
コロス2:里子?
コロス1:その子が成長して大人になるまで、あるいは本来の家庭にもどれる日まで、他人が親になる。そして育てる。
コロス2:御苦労なこった。
コロス5:里子と里親!
コロス3:困っている子は、みんなで助ける。
コロス5:親がいなければ、誰かが親になる。
コロス1:子供は社会全体の子だ!
コロス4:だから、みんなで子供の面倒を見る。
コロス3:そして家庭を与える。だって、家庭って大切だもの、子供には。
コロス2:俺は重荷だ。
コロス達:(コロス2に)マイク!
コロス3:すてきな制度だ!
コロス1:と、この芝居の作者もいっている。
ギリー、登場
−−手にスーツ・ケース。ジーンズにスニーカー。もう何年もクシを入れてないといったふうの、鳥の巣状の髪。
風船ガムをクシャクシャ噛んでは、ふくらませている。
コロス3:ギリーが来た!
ギリー:ネビンズさん、お世話になりました。さようなら。ケッ、あんな家だれがいてやるものか。
コロス5:また追い出された。
コロス1:里親の間を次から次へとたらい回し。
コロス4:四歳で母親と別れてから八年間、ずうっとそういう生活。
コロス2と5:おや、まあ!
アレン・カーター、登場
アレン:やあ、待たせたね、ギリー。
コロス1:ケース・ワーカーのアレン・カーター。
コロス4:五度目のお引っ越し。
コロス3:人生は闘いだ。
コロス5:お転婆ギリー!
コロス2:突っぱりギリー!
コロス1:そうじゃない。俺達は、こう呼ぶ。
コロス達:「ギリー・ザ・グレイト!」
アレン:行こう。
道路に飛び出す、ギリー。急ブレーキ。
コロス2:ハアイ、ギリー、どこへ行こうっての?
ギリー:新しい里親の家よ。そこに、収容されるの。
コロス3:収容される? こいつはいいや。
アレン:少しは利口になってくれるんだろうな、ギリー。五軒目だ、今度で。
ギリー:ヘッ! おかげで随分かしこくなったわ。
コロス1:里親なんて皆おなじだ。
コロス3:誰も本気で構っちゃくれない。
ギリー:その通り。
コロス2:愛されてると思っちゃいけない。
コロス4:他人の愛におぼれると大怪我をする。
ギリー:その通り。
コロス1:気分はまるで野良猫。
コロス5:結局、自分しか頼る者はいない。
ギリー:そして、人間は強くなくてはならない。負けたらおしまいだってこと。
アレン:とにかく、すべてが君のせいってわけじゃない。そりゃ確かだ。ただね、話をまとめるには君も協力してくれなきゃ。今度の里親はネビンズさんとはまるで違う。もう20年も里親をやっているんだ。
ギリー:相当の古狸ね。
アレン:ギリー……。
ギリー:あたしの名前は、ガラドリエルですけど。ガラドリエル・ホプキンズ。
アレン:ギリー、トロッターさんに会う前に、その髪をとかしなさい。(クシを渡そうとする)
ギリー:だめ! 髪はとかせないの。ギネスブックに、「何日髪をとかさなかったかの世界記録」を載せるんだから。
アレン:頼むよ、ギリー。
コロス2:そうじゃない。ギリーの作戦なんだ。
コロス5:作戦?
コロス2:読めるんだ、俺、アイツの心が。
コロス5:新しい里親の気持ちを探ろうってわけ?
アレン:いいね、今度しくじったら……。
ギリー:帰るわ。
アレン:帰る? ほう、どこへ?
ギリー:お母さんのとこ。
アレン:ギリー、お母さんは、まだ当分迎えに来ないよ。
ギリー:来るわ! コートニーは必ず来る。余計なこといわないでよ。コートニーのこと、何も知っちゃいないくせに。
アレン:わかった。わかった。
アレン:さあ、着いた。この家だ。
メイム・トロッターが戸口にでんと立つ。
−−見事に肥え太った大きな女性。心臓が悪いらしく、一声ごとに息が大きい。
その大きなお尻の陰から、ビン底眼鏡をかけた小さな顔が、ひょいとのぞいている。
トロッター:あーれ、トンプソン・パークへ、ようこそ、ギリー。
ギリー:まるでスカートをはいたカバね。
コロス達、ゲタゲタ笑う。
アレン:ギリー!
ギリー:(コロス達に)あたしの本当の気持ちはね……
コロス2:わかってるよ、ギリー……
コロス5:出会いが大切。こうしたいんでしょう?
コロス2:ヘイ、カモン!
明かり変わって、コロス2とコロス5、すべるように走り出したかと思うと、クルリと回転しざまに、トロッターとウィリアムを蹴り上げる。
ギャッ! と、ぶっ倒れるトロッターとウィリアム。
ギリー、爆笑する。
明かりがもどると、コロス達はいなくなっている。もちろん、何事も起こらなかったのだ。
トロッター:あーれ、そこにいたのかい?
トロッターがその頭に腕を回して、ひっこぬこうとするが、動かない。
トロッター:新しいお姉さんにご挨拶しないの? ギリー、この子がウィリアム・アーネスト・ティーグよ。
アレン:やあ、ウィリアム、元気でいるかい?
トロッター:アレン、御苦労さまだね。さあ、お入り。押し売りみたいに、いつまでもつつっ立ってることないんだよ。もうこの家の人なんだから。
(2)
トロッター家の居間。
何もかもほこりだらけといった様子で、散らかり放題の混乱ぶりを示している。
トロッター:皆、まずは座っとくれ。(顔一杯に笑う)
ギリーは座る場所を探して、ソファからクッションを取り上げ、椅子のほこりを拭って座る。
大人達はくつろいだ表情でそれを見ている。
アレンはひとり、散らかった物を手際良く片づける。
トロッター:よっこらしょ。(と、ソファに腰かけて)まったくだ。誰れかこの家の散らかり物を何とかしてくれたら、百万ドルあげようと、いつも用意して持ってるんだけどねえ。そうだよねえ、ウィリアム・アーネスト? アッハッハ……アレン、いいんだよ。あんたに百万ドルあげる気はないんだから。まあ、落ち着いとくれよ。
アレン:ええ、せめて一ドル分だけでも。ところでトロッターさん、紹介します。こちらが、ガラドリエル・ホプキンズです。
ウィリアムは、ソファの上、トロッターの後に横たわり、ちょいと首を延ばして、ギリーを盗み見る。
ギリーは世にも恐ろしい、MGM映画のライオンのように、無言で吠える。
素早く引込む、ウィリアムの首。
ギリーは、くすくす笑う。
大人達はギリーを見る。
ギリーはすまし顔にもどる。
トロッター:もう挨拶は済んだ。固苦しいのはごめんだよ。ねえ、ギリー?
アレン:じゃあ、ボクは児童相談所にもどらなきゃならないんで、いずれまた。この中に学校に持っていく書類が入ってますから。
トロッター:ここと同じで、ギリーは新しい学校にだって、すぐ慣れるさ。
アレン:何か問題が起きましたらおっしゃって下さい。なんなりと、どんなことでも。ギリー、頼んだよ。
トロッター:大丈夫だよ、アレン。あんた、髪が少し薄くなったんじゃないかい。ギリーとウィリアム・アーネストとあたしは、もう仲良し。死んだ亭主のメルビンが、「俺の辞書に他人という文章はない」っていってたけれど、全くうまいこといってくれたよ。あたしゃこれまで、どんな子供とでも、うまくやれなかった例しがないんだから。
トロッターは笑いながら、アレンを送り出す。
ギリーは、その後姿にゲロを吐く真似。
ウィリアムが動き遅れた。
ギリー:(ウィリアムの耳元で)あんたも里子ね?
転げ出ていく、ウィリアム。
ギリー:さてと、すべり出しはまずまず。勝負は見えたわね。あの二人が相手なら。
トロッター:あんたの部屋に案内するよ。(二階へ)ここだ、荷物をほどいて、ゆっくりおしよ。きっとうまく行くよ、あたしのギリー。あっちこっち移されて、さぞ辛かったろうね。
ギリー:引越しは好きよ。一ヶ所にじっとしてるのは退屈だわ。
トロッター:まあ、ね。とにかく気楽にして(台所に立つ)ウィリアム・アーネストや、セサミ・ストリートの時間だよ。
ウィリアムは旧式のテレビのスイッチを入れる。「セサミ」のテーマソング。ギリーは、テレビのチャンネルをガチャガチャと切り換えて、台所へ。
トロッター:おや、ギリー、食事の仕度、手伝ってくれるかい?
ギリー:いや!(一本取った)
トロッター:えっ?……そんなら、ウィリアム・アーネストとテレビでもごらん。
ギリー:いやだあ、あたしのこと、脳足りんだとでも思ってんの?
トロッター:脳足りん?
ギリー:ウスノロか、馬鹿ってことよ。(やたら首を振りながら)
トロッター:とんでもない。
ギリー:なら、どうしてあんな間抜けな番組見ると思うの?
トロッター:ギリー・ホプキンズ、はっきりいっておくけどね、あの男の子を馬鹿にしないでおくれ。
ギリー:え?
トロッター:自分ほど頭の良くない子がいても、その子を軽蔑する権利はないんだよ。
ギリー:だれを軽蔑したって?
トロッター:今、いったじゃないか(にんじんをぶった切る)。ウィリアム・アーネストのことを、(声を低めて)間抜けって。
ギリー:いわないわよ。そう、馬鹿なの。
トロッター:ギリー!……あの子はこれまで、その事でとても辛い目に会ってきた。でも、もう、トロッター家に来たからには、そして神様があの子をここに置いてくださる限りは、誰れにもいじめさせないつもりだ。どんなちっぽけなことでも。
ギリー:わあ、神様。あたしがいおうとしたのは……
トロッター:それともうひとつ。この家では、やたらと神様を口にするんじゃない。
ギリー:(両手を上げて)わかった、わかった。もうたくさん。
トロッター:隣りへ行って、ランドルフさんを連れてきておくれ。夜はここで一緒に食事をすることになっているんだから。
ギリー:どんな人?
トロッター:行けば会えるよ。
ギリー:(頭を振って)初めての人に会うのに、あたしどこかおかしくない?
トロッター:どこも。
ギリー:ほんとに、おかしくない?
トロッター:かわいいよ。
ギリー:(動いて)どこを見てるのよ。あたしの髪がニューファッションだとでも思ってんの。普通なら、クシを入れろとかなんとか、小言をいうはずよね、普通の人なら。
ランドルフ家の玄関前。
ギリーはノックする。もう一度ノックする。
ふいにドアが開いて、小さい、しなびた、黒人が現れた。
ギリー:ワッ!
ギリーは家の中に走り込む。
ウィリアムがギョッとして、トロッターにしがみつく。
トロッター:ランドルフさんは?
ギリー:(ふるえて)知らない。いなかった。
トロッター:いないって?
ギリー:いなかった。気味の悪い、黒ん坊が出て来た。
トロッター:その人がランドルフさんだ。眼が見えないんだよ。さあ、行って手を引いておあげ、転ばないように。
ギリー:(後退して)あんな人の手、触ったことないもん。
トロッター:チャンスだ。今日からたんとお触り。
ギリー:あんな人と話ししたことないもん。
トロッター:チャンスだ。今日から、たんとお話し。
ギリー:あんな人と一緒に食事したこともないわ。
トロッター:チャンスだ。今日からたんと楽しい食事ができるってわけだ。
ギリー:ああ、神様。
ギリーはまた、ランドルフ家に行く。
ランドルフ:ウィリアム・アーネストかね?
ギリー:違う。
ランドルフ:おお、では、新しく来たお嬢さんかな。(右手をさし出して)よく来た。よく来た。
ギリーは握手を無視する。
ギリー:夕ごはんだから呼んで来いって。
ランドルフ:ありがと、ありがと。
一人で歩き出したランドルフが、つまづいて、よろめく。
ギリー:あぶない!(彼の肩に両手を延ばして受け止める)
ランドルフ:ありがと、ありがと。
ギリー、あわてて手を離して、そっと肘をつかむ。
ランドルフ:トロッターさんがあんたの名前を教えてくれたが、はずかしいことに忘れてしもうた。(白髪頭をたたいて)ここに贅沢な物はいろいろしまっておけるのだが、肝心なことはみんなこぼれてしまう、困ったものだ。
ギリー:ギリー。
ランドルフ:なんだって?
ギリー:ギリー・ホプキンズ。
ランドルフ:ああ、そうそう。あんたと知り合いになれて、こんなうれしいことはないよ、ギリーさん。わしはトロッターさんとこの子供たちには、とても親しみを感じてな。ウィリアム坊主などは孫のようだ。だから、きっと……
ギリー:ドア!
ランドルフ:はい、はい、ありがと。
トロッター:ランドルフさんかい?
ランドルフ:はい、そうですよ、トロッターさん。
トロッター家の食堂に移動する。
ランドルフ:このお嬢さんは、わしがつんのめりそうになったのを助けてくれたよ。
トロッター:へえ、そう?(チラッとギリーに目をやる)
ランドルフ:いい子が来てくれた。おかげで、この古い家も、少うし活気が出るんじゃないかね。
トロッター:かもしれないね。さあ、夕ごはんだ。
皆が席について、お祈りの恰好をする。ギリーは無視して、食べようとする。
トロッター:家じゃね、ギリー、お祈りをしてからご飯をいただくようにしてるんだよ。
ランドルフ:恵み深い神よ。神よ、あなたは恵み深い方です。このすばらしい食事と、新しいすばらしい友人とをお与え下さいました。心から感謝を献げられますよう、お守り下さい。アーメン。
トロッター:アーメン。さあ、食事を始めよう。
ランドルフ:さて、今夜はどんな料理を楽しませてもらえるかな。
トロッター:ランドルフさん、今日は特別いい話があるんだよ。
ランドルフ:ほう、なんですね?
ギリーは居ずまいを正す。
トロッター:ウィリアム・アーネストが、タップダンスがうまいって、今日、先生に誉められたんだ。そうだよね、ウィリアム・アーネスト?
少年はうなずく。ギリーはがっくりする。
ランドルフ:ほう、そりゃ立派なもんだ。タップダンスね、うむ、おいしい(ぼろぼろこぼしながら、ガツガツ食べている)
トロッター:家でも散々練習したもんね。後で、ギリーにも踊って見せておやり。
少年は、さも恐ろしそうな目をして、顔を上げる。
ギリーは、にっこり笑って歯をむき出し、頭を横に振る。
ウィリアムは、ずるずると鼻をすすって、首をすくめる。
トロッター:ハンカチ、いるかい、ウィリアム・アーネスト?
トロッターは、エプロンのポケットからハンカチを出して、やさしく鼻を拭いてやる。
トロッター:大丈夫? ほんと?
ウィリアムは、椅子をトロッター側に引き寄せる。
ギリー:この子どうしたの?
トロッター:どうって?
ギリー:まるで張り合いがないじゃない。あんた、ほんとに男の子? ポコチンあるの?
トロッター:ギリー、そういう言い方はやめるんだ。
ギリー:……あたしの事聞かないの?
トロッター:なにを?
ギリー:今迄、どんな生活してたのか、里親にどんな風にいじめられてきたのか、好きな食べ物は何か、お小使いはいくらほしいか、どうしてそんな髪をしているのか、−−聞いて当然じゃない。今迄の里親はみんなそうだったわ。
トロッター:話したいっていうんなら聞いてあげるよ。
ギリー:話したくないわよ!
トロッター:じゃあ、問題ないんだ。
ランドルフ:ギリーさん、ひとつ伺ってもいいかね?
ギリー:いいわよ。
ランドルフ:どうだね、ここん家の料理は?
ギリー:まずくないわ。
ランドルフ:まずくない!? 正直いって、わしはトロッターさんの料理には毎日びっくりさせられているんだがね、しかし今夜のは、ここで食べさせてもらうことになって以来の最高にうまい夕飯だ。
トロッター:いやだよ、お世辞いってさ。
ランドルフ:お世辞じゃありませんよ。ねえ、ウィリアム・アーネスト?
ウィリアム:うん。
ランドルフ:ほらごらん。なんて心のこもった食事だろう。おいしい、おいしい。神さま、ありがとうございます!
笑いが起こる。
ギリーは、ありったけ髪を振り回した。
トロッター:おや、ケイレンでも起きたかい?
ギリー:違う!
ギリーは憤然と席を立ち、階段を昇って、自分の部屋に入る。
ギリー:バカッ! ウィリアム・アーネストの鼻水は一滴もたれないように拭いてやるくせに、あたしの事なんかこれっぽっちの関心もないんだ。(髪を乱暴にくしけずる)里親がこういうえこひいきをやっちゃいけないって法律を作るべきよ。バカ! カバ! カバゴジラ!
ギリーはスーツケースの底から、写真を取り出して見つめる。
どこからか、音楽とともに、まるで天使のような、やさしい声が流れてくる。
声:わたしの可愛い、ガリドリエルへ。いつも愛しています。
ギリー:(写真を裏返して)コートニー・ラザフォード・ホプキンズ……お母さん! また新しい里親の家に引越したわ。それも最低の家。今までの家ん中で、一番貧しくて、一番汚いの。里親なんて、他人よ。何かを期待しようって方が間違っているのよ。わかっているわ……ただね、少し落ち着ける場所がほしいの。だって、何も変わってかないんだもん。あたしだって里親に気に入られるように努力してきたつもりよ。でも駄目なの。どういうわけか、いつもいやな気分に終わっちゃうの。おねがい。あたしを呼びもどして下さい。これがもし、あたしが小さい時に、何か悪い事をしたためのこらしめだというなら、これからは、悪いことしません。お母さん、どこにいるの? あたし、あなたがどこに住んでいるか知らないのよ。手紙を書きたいのよ。迎えに来てほしいの。コートニー……
(3)
翌朝。
−−朝の陽光が明るく差し込む。コロス達が口笛吹きつつ、階段口で、ギリーに語りかける。
コロス4:おはよう!
コロス2:御機嫌いかが、愛しのギリー?
ギリー:最低よ。
コロス5:かもね。
コロス1:新しい学校だ。
コロス3:ギリー、学校は好きかい?
ギリー:刑務所とどこが違うの?
コロス2と5:同感。
コロス1:ぼくは、大好きだ。
ギリー:じゃあ、あんたは囚人ってわけね。
コロス1:どうして学校を嫌うの? 勉強ができないんだ?
ギリー:(力強く)今まで、どこでだって、いつだって、やろうと思えば、その学校で一番になれたわ。
コロス1:やばいな、ぼくはどうなる?
ギリー:いいこと、勉強がどうのこうのといった問題じゃないの。
コロス1:なら、どういうわけ?
ギリー:あんたたちみたいな薄汚いガキがいるからよ。それに退屈な授業、きまって口うるさく干渉する先生。規則、規則。あれをしちゃいけません。これをしちゃいけません!
コロス2と5:全く、同感。
コロス3:俺達ァ、大好きだ。学校てのは楽しいものだ。
コロス1:授業以外は、だろう?
コロス3:その通り。ヘイ、カモン、ひと汗かこうぜ。
コロス達、バスケットボールを回して遊ぶ。
トロッターがよそ行きの恰好で待っている。
トロッター:さあ、行こう、ギリー。いい学校さ、きっと気に入るよ。
ギリー:この家と同じくらいにね。
コロス達が校庭で、バスケットボールに興じている。
バスケットボードにはね返ったボールが、ギリーの方に転がる。
ギリーはボールをつかんでゴールに投げる。ボールはボードに当たってはねる。また、ギリーはつかむ。コロス達の抗議の声。
ギリー、もう一度投げる。
ボールは弧を描いて、きれいに入る。
コロス達を押しのけて、またギリーがつかむ。
コロス3:どういうつもりだ、ベイビィ!?
コロス3がボールを奪い返そうとする。ギリーは、くるりと身を交わして、3を地面にたたきつけ、もう一度、シュート。入った。またつかむ。
コロス達が、叫びを上げて、一度に襲ってくる。
ギリーは笑いながら、逃げまわる。
トロッター:うちの子に何をするんだい?
コロス1:何かしたのは、こいつだ!
コロス5:やっちまえ!
ギリーの投げたボールが遠くへ消えた。コロス達は、ギリーに飛びかかる。
−−だんごになって転げ回る六つの身体。
コロス達は、犬のように、キャンキャン鳴いた。
トロッター:おお、神様! やめて、やめなさいってば、暴力はやめなさい!(バッグでコロス達の頭をバンバン殴る)おお、神様。おお、神様。
声:お止しなさい! どうしたっていいうの!?
紅茶色の肌の女の人が立っている。
女の人:(コロス1に)ポール、たった一人の少女を五人がかりでいじめて、何がうれしいの?
コロス1:いじめる? いじめられてるのはぼく達です。
コロス2:(頬に赤い傷)狼みたいに暴れやがる。
コロス4:(見るも無惨)ジャワ島の猿よ。
コロス5:イタチよ。
コロス1:コヨーテ。
コロス2:ハゲタカ!
コロス5:ブタガラス!
ギリー:ウスノロ!
コロス達:なにを!!
女の人:よしなさい!……あなた方は行きなさい、早く。後で職員室へ来るのよ。(コロス達、ぶつくさいいながら、去る。)ところで、(ギリーとトロッターを見て)トロッターさんでしたわね。
トロッター:あたしゃ、こんな地獄を見たのは始めてだ。心臓が張り裂けそうだ。
女の人:お気の毒です。ずいぶん乱暴なご挨拶ね、新入生さん?
トロッター:ギリー、ご挨拶おし、バーバラ・ハリス先生だ。この方があんたの担任だよ。
ギリー:まあ!?
ギリーは驚いて尻込みしたが、トロッターの巨大な乳房にはね返される。
ギリー:黒人が先生!?
ハリスの眼が、ギラリと光る。
トロッター:ギリー! それがあんたの挨拶かい?
ハリス:トロッターさん、だれにでも、びっくりするような出会いがあるものですわ。今までの先生は皆、ギリーと同じ色の肌をしていた、それだけのことです。
トロッター:これがギリーの書類です。
ハリス:(受け取って)前の学校から手紙が来ています。成績表もね。かなり、いいようね。
トロッター:この子はとてもかしこいですよ。もし、そういう意味のことなら。
ハリス:だったらわかるわね。新しい学校に来たんだから、いくらでもやり直しができるのよ、もし何か力になれれば……
ギリー:平気です。誰れの助けもいりません。
ハリス:無理にとはいわないわ。
ギリー:……(横を向いている)
トロッター:よろしくお願いします、先生。ギリー、あたしはこれで帰るよ。なんだか、心臓が……
ハリス:さあ、皆さん、教室へ!
生徒達が入ってくる。
ハリス:(書類に目を通していたが)ガラドリエル・ホプキンズ。すてきな名前ね。よかったら、ガラドリエルって呼びたいわ。とてもいい名前ですもの。
ギリー:いやです!
皆がギリーを見る。
ギリー:あたしは、ギリーって呼ばれる方がいいです。
ハリス:そう。なら、ギリーでいいでしょう。(生徒達に)さあ、授業を始めましょう。
チャイムが鳴る。
ハリス:終わります。
コロス達:アララ……
ハリス:皆さん、さようなら(と去る)
コロス達:さようなら、ハリス先生……
“授業は終った”(歌)
チャイムが鳴る
授業は終るよ
眠い目 バチッと開くよ
ぼんやり顔 スカッとさえる
ヒザが動く アクビ引っ込む
人間が生れ変わるよ
わかっていても
わからなくても
勉強は 終わりだ
HA HA HA HA
あとは オレ達の時間
遊びの時間さ。
思い切り 身体動かす
気分を ハイにする
レッツ・ゴー・アウト
コロス達、騒ぎ立てながら退場。
ギリーが行く。
コロス5が立ちふさがる。
数歩離れて、コロス2が壁によりかかる。
コロス5:(すごんで)さっきはやってくれたね?
ギリー:それで?
コロス5:一度に五人も相手にするなんて、できるこっちゃないよ。
ギリー:だから?
コロス5:(2をちらっと見て)……あたいらと組むべきだと思うよ。
ギリー:なんでよ?
コロス5:理由はないけど……(ジャケットの袖を、右、左とゆっくりとたくし上げる。無言で、厳粛な儀式のように)
ギリー:名前は?
コロス5:アグネス・ストークス。アグって呼びなよ。こちらさんは……
コロス2:マイク
コロス5:わかるでしょ? あたいらと組んでおいて損はしないわ。ねえ、マイク?
コロス2:そういうこったな(格好つけてる)
ギリー:なにカッコつけてんの?
コロス2:エッ!?
ギリー:ミュージカルの観すぎじゃない?
コロス2:アレッ?
コロス5:あたいら文句なし、おもしろいことが好きなの。楽しませてあげるわ。
ギリー:どんな?
コロス5:ブロードウェイの情報なら誰にも負けないし、誰れかつかまえて小使い銭巻き上げるから、お金に不自由しない。消防署に電話して「火事だッ!」って叫べば気分もスカッとするし、それに……
ギリー:わかった。あんたたち、ワルね?
コロス2と5:当り!
ギリー:ねえ、アグ、あんたの顔見てると、気分が悪くなるわ。
コロス5:なんだって?
ギリー:あんたのせいじゃないのよ。ただ、気分が悪くなるっての。我慢できない感じ。
コロス5:我慢できない?(シャツの袖をめくり始める)
ギリー:あんたの、でっかい口がよ!
コロス5:……あたいの口、でっかくないけど。
ギリー:だったらとじてなさいよ!なけなしの脳ミソみんな流しちゃうつもり?
コロス5:……!(コロス2は笑う)
ギリー:あたしはね、あんた達の「おもしろいこと」につき合ってる暇ないの。いまに、この学校を大混乱させてやるんだから。
コロス2が口笛を鳴らす。
コロス5:ヒェッ!?
ギリー:いいこと? なめた真似はさせないわよ、あんた達にも、他の子にも、あの黒ん坊の先生にも!
コロス5:おっそろしい!
コロス2:ギリー?
ギリー:……?
コロス2:合うぜ。お前と俺、ピッタリだ。
ギリー:バーカ!
(4)
トロッター家
トロッター:あーれ、ギリー、早かったんだね。(ギリー、行きかける)お待ち、ハガキが来てるよ。
ギリー:ハガキ!?……お母さん!
ギリーは、ハガキをひったくると、自分の部屋へ。ベッドの上にひっくり返る。大事そうに眼をつぶり、ゆっきり絵はがきを見つめる。
ギリー:……カリフォルニア州 サンフランシスコ市 オリーブ・ストリート263。サンフランシスコ……遠いわ、アメリカ大陸の反対側じゃない。あんまり不公平よ。他の子たちはいつだってお母さんと一緒に暮らしている。お母さんのことあんまり愛してもいないような、うすのろでさえ、一緒にいられる。なのにあたしは、四つの時から、お母さんに会ったこともない。「会えなくて寂しい。愛をこめて」と、言ってきてるのに。
ギリーは、頭をたれて泣き出す。
声:最愛のガラドリエルへ
役所から、お引越ししたと聞きました。
ここへ来られればいいのに
会えなくて寂しいです。
愛をこめて コートニー
声がゆっくりと、それでいて感情のない調子で流れる。明かりがつくと、食堂で、食事が始まっている。
ランドルフ:ほう、それはすごい。これは、うまい。
トロッター:生まれてこの方、あたしゃあんな地獄を見たことないね。心臓がもんどり打ってたよ。
ギリー:人間は強くなくては生きていけないわ。弱さを見せると他人につけこまれてしまうもの。
ランドルフ:優しくなければ、生きている資格はないともいうよ、ギリーさん。
ギリー:あたしは、今までずっと、そうやって生きてきたの。それがあたしの信条よ。誰れにも文句はいわせないわ。
ランドルフ:ほう、それは驚きだ。こいつはうまい。
ギリー:トロッターさんだって、男の子の頭、バッグでバンバンたたいていたじゃない。
トロッター:おお、神様、お許し下さい!
皆が大きく笑い合う。
トロッター:そうそう、あんたはとっても読み方がうまいんだってね、ランドルフさんに何か読んであげたらどう?
ランドルフ:ほう、ほう! そうしておくれかね、おいしいことだがな。
ギリー:……この家になんて、何も読むもん、ないじゃない。
トロッター:それなら問題ないよ。ランドルフさんは図書館が開けるくらい、いっぱい本を持っているんだから。
ギリー:……(笑って)まさか!?
トロッター:見てきてごらん、自分の眼で。
ギリー:……(椅子から飛び下りて)本取ってくる。
ギリーは、ランドルフの部屋へ。
スイッチを入れると、ほこりっぽい蔵書の山でいっぱい。
ギリー:何よ、これ!……ほんとに、あの黒んぼじいさんが読んだっていうの?(本に触ろうとした手を引込める)いつ頃から目が見えなくなったんだろう。……まさか! ただの飾りじゃない? そうよ、食べることしか頭にないあの黒ん坊と、本の山、いったいどう釣り合うってのよ。
ギリーは気楽になって、鼻歌まじりに本を選択する。
本棚に足をかけて、一番上の本を取り出そうとした。
何かひらひらと落ちてくる。
ギリー:(手に取って)お金!……五ドル札が二枚!
ポケットに入れて、もう一度上がろうとする。
トロッターの声:どうかしたかい、ギリー?
ギリー:今、行くわよ!
ギリーはあきらめて、手近な一冊の本を取り上げ、出て行く。
再び、トロッター家の食堂。
トロッター:たくさんあったろう?
ギリー:くだらない本ばっかし。
トロッター:他人にはくずに見えても、本人には宝物だってこともあるんだよ。
ランドルフ:何を持ってきてくれたね?
ギリー:(読んで)「オックスフォード英国詩選」
ランドルフ:なんだって?
トロッター:前に、あたしがよく読んであげてた本じゃないか。
ランドルフ:そう、そう、そいつはいい。わしは、詩を読むのが何よりの好物でな。この世に、詩ほどおいしい食事はありませんな。それはいい、それはいい。
ギリー:どこ読むのよ。
トロッター:ワーズワースがいいんじゃないかね。
トロッターが、ギリーの前にかがみこむ。
ギリー:自分で見つけるわよ。名前いってよ。
ランドルフ:ウィリアム・ワーズワース。……かつて牧場も 森も 小川も 大地も……
ギリー:
かつて牧場も 森も 小川も 大地も
目に映るものすべてが
神々しい光に 包まれて
夢の 煌めきと 瑞々しさを
湛えているように 思えたときがあった。
(そこで止めて、自身気に皆の反応を見る)
ランドルフ:今は昔の面影はなく……
ギリー:
今は昔の面影はなく
夜となく 昼となく
見まわせど……
二人:かつて見た輝きは 消え失せた
ランドルフは、じっと耳を傾けつつ、まるで合唱するように、ギリーの声に合わせて暗唱する。
音楽−−そして、コロス達の低い、静かなハミングがすべり込む。
ギリー:
人間は
どこから生まれ どこへ行くのか
生きていく証を 何に求めるのか
人間の誕生 それは
暗闇の渕から来たのではない
寂しさにおののきながら
孤独の悲しみと共に
やって来たのでもない
人間の誕生 それは
遠い宇宙の彼方より
祝福の鐘とともに
たなびく 栄光の雲に乗って 現れたのだ……
二人:
わが生と共に産声をあげた
人間の素直な心に感謝しよう
その優しさ その喜び その懼れ
風に飛ぶ いとも いやしき花さえも
涙さそう 底深き 生命の想い
教え悟らす
音楽、遠のく。
しばし、静寂。
ランドルフ:(大きな歎息をついて)ありがとう、ありがとう。
トロッター:いいねえ。
ランドルフ:で、ワーズワースをどう思ったかね、ギリーさん?
ギリー:……ばかみたい。
ランドルフ:(悲しく)それはまあ、一度読んだだけでは……
ギリー:例えば、ここ。<風に飛ぶ いともいやしき花>ってあるけど、これはいったいどういう意味? 花がいやしいなんて、聞いたこともない。
ランドルフ:<いやしい>という言葉には、いろいろな意味があってね。ここで、詩人は謙遜とか卑下していっているのであって、下劣という意味ではないのだよ。
ギリー:(カッとなって)それに、<風に飛ぶ花>ってなによ、そんなの見たこともないわ。
ウィリアム:タンポポ。
皆が声の方に向く。
忘れられていたウィリアムが、目をパチクリしている。
トロッター:聞いたかい? タンポポだって!? まあ、なんてかしこいんだろうねえ。
ランドルフ:ワーズワースも、そのつもりで歌ったのかもしれないねえ。たしかにあれなら、最も質素な花だ。
トロッター:いともいやしき花だね。タンポポは風に飛ぶね、そこら中飛ぶね。
三人の大きな笑い顔が、ギリーに向いた瞬間、こわばる。
ギリーが真っ赤になって、怒っている。
ギリー:……二階へ……行って……いい?
トロッター:……ああ。
ランドルフ:なんとお礼をいっていいか、ギリーさん……。
ギリーは本を投げ出し、階段を駆け昇って、自分の部屋へ走る。
ギリー:こんな家、出ていくわ!(二枚の五ドル札を取り出す)行くわよ、行くわよ、お母さん。たなびく栄光の雲となって、あなたの元へ行くわ。
ギリーはノートを一枚破り、ベッドの上で乱暴に手紙を書き始める。
ギリーの声:
親愛なる、コートニー・ラザフォード・ホプキンズ様
おはがきありがとう。初めてお便りします。今は最低です。まるで、人生のはきだめ。あなたの元へ行きます。
カリフォルニア行きのバスの切符を買うために、10ドルためました。そちらの都合がついたら、残りのお金を送って下さい。
今のあたしの状態をお報せします。里親の新しいお母さんは狂信家で……
(5)
コロス達、登場。
コロス1:ひと月が過ぎた。
コロス3:勉強の遅れも、今ではすっかり追いついた。
コロス5:追いついたどころか、
コロス1:今まではぼくが一番だったのに。
コロス2:やってくれるよな、あの子。
コロス4:あの子? 「あの子」っていったの?
コロス3:(コロス2に)マイク、気があるんだね、ギリーに?
コロス2:よせよ、……笑っちゃうぜ。
コロス5:今では、いっぱしのボス気取り。
コロス3:イヨッ、新番長!
コロス1:ガリ勉!
コロス2:だが、まるで歯が立たない相手もいる。
コロス3と4:バーバラ・ハリス先生。
ギリーがにたりと笑う。
コロス2:ギリー、何か企んでるね?
コロス1:何をやろうっていうんだ?
ギリー:あの黒ん坊先生をギャフンと言わせてやる。知ってるでしょう、あたしの戦略?
コロス1:前の学校でやらかした事件かい?
ギリー:そう!
コロス2:なんだい、そりゃ?
コロス4:知らないの?
コロス1:「ギリーの反乱」、つまりこうだ……
コロス3:(先生のつもりで)ギリー・ホプキンズ、君は実に優秀な生徒だ。
コロス1:近頃の猛勉強ぶりには、全く頭が下がる。
コロス4:申し上げます。我が生徒、ガラドリエル・ホプキンズは去る四月、全国一斉に実施された学力テストにおきまして、本校創立以来の最高成績をおさめましたあ!
拍手の渦「ブラボー ブラボー」
コロス3:ギリー、おめでとう。こういう出来る生徒って、先生大好き。出来ない子は嫌い。さてと、今日のテストの答案はどんなものかな……
コロス1:君の実力では屁でもないはずだが……
コロス3:なに!?
コロス1:なに!?
コロス2と5:なに!?
コロス3:白紙!?
コロス1:真っ白け!?
ギリー:もちろん、わざと白紙で出したのよ。
コロス3:こら、どういうわけだ?
コロス4:天才ギリーが、白紙答案を出すなんて!
コロス1:これは、教師の責任か?
コロス達:めっそうもない!
コロス3:里親が悪い。
コロス1:里親?
コロス達:ネビンズさん、あなたのせいだ!
コロス5:まあ、なんてことでしょう! あたしが何をしたっていうの? もう我慢できません。アレン、ギリーは出ていってもらいます。里親なんて、二度とごめんだわ!
コロス達:ジャン、ジャン!
ギリー:アハハハ……(と高笑い)
コロス1:今度もその手で行こうってわけだ。
ギリー:もうやったわ。
コロス3:やった!?
コロス4:昨日のテストで!?
ギリー:(にこりと)そう。
コロス2:ヒャッホー! こいつは見ものだ。
コロス1:無茶苦茶に腹を立てて、
コロス4:オタオタになって、
コロス3:降参するのが見てみたい。
コロス達:バーバラ・ハリスのおでましだ!
ハリス:おはよう、みなさん。
コロス達:おはようございます。ハリス先生。
ハリス:昨日の数学テストの答案を返します。みんな良くできたわ。少しやさしすぎたかしら?
コロス達:そんな、ハリス先生。
ハリス:(一人ひとりに手渡す)(コロス1に)ポール、おめでとう、百点よ。(コロス4に)キャッシー、おしかったわ、九十五点。
(コロス5に)アグネスがんばったわね、四十五点。
ギリー、0点ね。
(コロス3に)ニック、おめでとう、七十五点……。(生徒達の歓声、ざわめき)
ギリー:……それだけ!?
ハリス:エッ?
ギリー:あたし白紙で出したのよ。
ハリー:だから0点よ。
ギリー:そんな、……あたしは普通の子と違うのよ。
ハリス:どこが違うの?
ギリー:もういい!
ハリス:さあ、授業を始めましょう。
ギリー:頭に来た!
ギリー、一枚のカードを出して、書く。
ギリー:
"Black isu Beautiful"
「黒は美しい」といわれます。
でも、どう見ても、黒人は黒人、
結局、白人には勝てませんよね。
ギリーは、カードをハリスの本の開いたページにのっける。
ハリスは、無言の授業を進める。
コロス1:ギリーは待った。
コロス2:朝一番に教室にしのびこんで、ハリス先生の数学の本に、そのカードを差し込む。
コロス4:そして待った。
コロス3:ハリス先生の生の怒りが、黒人というだけで差別されてきた人間の怒りが、爆発するのを。
コロス5:ギリーは待った、一日中。
コロス4:だが、何も起こらない。
コロス1:時は過ぎる。授業は進む。
コロス2:その朝、期待に高鳴っていたギリーの心臓は、昼休みまでには怒りに変わり、腹の底に鳴り響いた。
コロス3:ハリス先生は、
コロス達:狂わない!
終業のベルが鳴り渡る。
ハリス:終わります。皆さん、さようなら。
コロス達:さようなら、ハリス先生。(去る)
ギリーも行こうとする。
ハリス:ギリー、……待ってくれない?
二人は見つめ合う。
ハリス:ちょっと、座らない? ……あなたは信じられないかもしれないけれどね、ギリー、あなたとわたしはよく似ているわ。
ギリー:……?
ハリス:知性の点でじゃないのよ。まあ、それもそうには違いないわ。わたし達二人とも頭がいいし、その事を承知してるわね。でも知性よりももっと似ている事がある。……怒りよ。あなたもわたしも「怒れる人間」だと思うの。いつも、何かに対して怒り続けている人間、あなたも知っているように、この国では肌の色が黒いというだけで、いろんな差別と侮辱を受ける。わたしはこれまで、いつも、ずっといつも、この怒りを抑えこむようにと教育されてきたし、今もそうしているの。あなたがうらやましいわ。あなたの怒りはすぐにも行動に現われる。怒りを相手にぶつけることができる。それでいて、その気になれば、友達を作ることもできるでしょう?
あなたに残ってちょうだいっていったのは、あなたが頭いいとか、うらやましいとかいうためじゃないのよ。(ニッコリとカードを取り出して)カードのお礼がいいたかったの。すてきなカードよ。わたしはこのカードを、お昼休みにトイレへ持っていって、20分間、ありったけの憎しみの言葉でののしったわ。わたしの人生の思いのたけを込めてね。もう何年も、こんなに激しく怒りを爆発させたこともないし、こんなすっきりした気分になったこともないのよ。ありがとう、ギリー。で、お返しに、あなたにこのカードをさし上げるわ。
ギリー:(カードを読む)
"Black is beautiful. and White is beautiful,too."
人間は、皆、美しい
黒と白とは色の違い
いろんな色があるから、世界は美しいのです。
ギリーはカードを手に、無言で後退りする。
ハリスはにっこりと見送る。
ギリーは走り出て、思い切り、先生のカードを引き裂く。
ギリー:出て行かなくちゃ。カバゴジラおばさんと、コンピューター先生に挟まれて、骨の髄まで駄目になってしまう。ともかく、やるべき仕事は、ランドルフさん家の残りのお金を手に入れること。……ランドルフ家の財宝強奪作戦。ひとつのミスも許されない、完璧な犯罪、犯罪?……構うものか、最後に笑うのは、このギリーよ。
(6)
トロッター家、午後。
ギリーは自分の部屋へ。
隠していた10ドルを取り出す。
ギリー:あたしはどこから生まれ どこへ行くのか 生きている証を何に求めるのか。……
ウィリアムが、下の階でタップを踏み出す。
ギリー:……ウィリアム・アーネスト! あの馬鹿は利用すること。トロッターの大切な坊主が、世紀の犯罪に手を貸す。罪人の人生を歩み始める(大笑い)
音楽。
コロス達登場
ギリーは階段をタップを踏みながら降りる。
ウィリアムは、ソファーへ逃げる。
ギリーは、彼をタップに誘う。
ポカーンと口を開いたウィリアム。
二人、音楽にのって、タップを踏み合う。
ギリー:なにかいった?
ウィリアム:あのね。……(がんばって)あのね。ほんとに、楽しいね……
トロッターとランドルフ、登場。
ギリー:トロッターさん、見て。ウィリアムはとてもうまいのよ。
ウィリアム:見てて、……見ててよ。
ランドルフ:なんだね、坊や?
トロッター:ギリーがタップダンスを教えてやったらしいね。
ランドルフ:ほう。なるほど、なるほど。
ウィリアム:見ててよ。
トロッター:見ているよ。ウィリアム・アーネスト。
再び、タップダンス・ショウの展開。
ランドルフとトロッター:すばらしい!
ギリー:すごい、生まれつきの天才ね。あんたみたいなタップダンスの名人、見たこともないわ。ねえ、トロッターさん?
ウィリアム:エヘヘ……
トロッター:ありがとよ、ギリー!
トロッターは、ギリーを抱きしめる。
その熱意は計算外−−あわてて離れるギリー。
ギリー:……いいのよ。
“お掃除ソング”
シュッシュッ シュッシュッ
パタパタ パタタン
そうじ そうじ お手伝い
シュッシュッ シュッシュッ
パタパタ パタタン
ギリー:そうじ! 天才的なひらめき。まずこの家の掃除。次に……。トロッターさん?
トロッター:はいよ、なんだい?
ギリー:ここのお掃除してもいい?
トロッター:お掃除?……そりゃ構わないけど。
ギリー:ランドルフさん、もしよかったら……
コロス1:ほら、始まった。
コロス2:的いはまさに、
コロス達:ランドルフ!
ギリー:ここが終わったら、次はお宅もお掃除してあげましょうか?
ランドルフ:こりゃ表彰ものの助手が来てくれましたな。トロッターさん。
トロッター:そうしてあげてくれるかい? あたしゃその間に、出かけてって、用事をひとつ片づけちまおう。
トロッターはランドルフの手を引いて行く。
ギリー:チャンス!……ウィリアム、あんたも手伝うのよ。
ウィリアム:うん。
コロス3:ホ、本気かい、ギリー?
コロス4:お金を盗むのね?
ギリー:あたしを誰れだと思ってんの、“ギリー・ザ・グレイト”よ。
コロス3:そ、そりゃ犯罪だぜ。
ギリー:そうよ!
コロス3」悪い事です。
ギリー:そうよ!
コロス4:つかまったら只じゃすまないわ。
ギリー:そうよ!
コロス3:なんてこった!
ギリー:じゃあ、どうやってお母さんの所へ行くのよ!
ランドルフの家。
彼は揺り椅子に座っている。
ギリーとウィリアム、掃除道具を手に、入り口に立つ。
コロス達、遠く見守る。
ギリー:あの、あのう、お掃除始めます、ランドルフさん、ね、ウィリアム?
ウィリアム:うん!
ランドルフ:ああ、ギリーさん、ありがとう、ありがとう。
ギリー:お隣の部屋で、お昼寝なさったら、ランドルフさん? ね、ウィリアム?
ウィリアム:うん。
ランドルフはくすりと笑って目を閉じる。
ギリー:あたし、あたしたち、ここで働くんですもの、すごく音を立てるわ。ね、ウィリアム?
ウィリアム:うん!
ランドルフ:おお、ギリーさん。ここで、あなた方の仕事振りを想像しながら、座っておってもかまわんでしょう? 何も口出ししませんよ。
ギリー:……じゃあ、始めましょう、ウィリアム。窓からがいいわね。
ギリーは猛烈に、ウィリアムはもそもそと動き始める。
コロス1:ギリー、そこじゃないだろう?
コロス2:窓や床はどうでもいい。的いは本棚、その一番上だ。
コロス達、足踏みで不安気に、いらだつ音を立てる。そして、スキャット。
ランドルフ:あんたはまさに、お掃除博士だねえ。
コロス4:ひょっとしたら、ランドルフは目が見えてるんじゃない?
ギリー:えッ!?
コロス4:見えないというのは嘘で、本当はあんたをだましてる。あんたの動きを見てるのよ。
ギリーは棒立ちになって、ランドルフを見つめる。
ランドルフ:実に仕事が上手だねえ。全く、こんなにきれいにしてもらうのは、何年ぶりだろう。
ギリー:あの、あの……あたし、本棚を整理しようかと……
ランドルフ:結構、結構。ついでに、この古くなった脳ミソの中も整理してもらえたら……
コロス2:安心しろ。ランドルフはやっぱり見えない。見えてないんだ。
ギリーは、仕草で、ウィリアムを肩にのっけて、本棚の奥を探らせる。
コロス1:何も知らない、お人好しのウィリアム。
コロス4:何も知らない、善良なランドルフ。
コロス2:すべてを知ってる、“ギリー ザ グレイト”。
コロス3:ギリー、もう止せ。
コロス4:あったの、探し物は?
コロス1:サンフランシスコ行きのバス代は?
コロス5:早く。トロッターが帰ってくる。
コロス達:あった!
本の裏から、輪ゴムで止められた札束が床に落ちる。
アーッ!−−二人は崩れ落ちた。
ランドルフ:どうした?
ギリー:な、なんでもないわ、ランドルフさん。
ランドルフ:気をつけておくれ。そいつは、ケガをするほどの価値はないよ。
ウィリアムが驚いた目で、札束を、ギリーを見る。
ギリー、「黙れ」の合図。
遠くで、「ピーッ!」と口笛がする。
コロス2:合図だ、逃げろ!
コロス3:逃げちゃいけない。
コロス1:トロッターが帰ってきた!
ギリーは、ウィリアムを引き立てる。
ランドルフ:お帰りかい、ギリーさん?
ギリー:終わったわ。
ランドルフ:ありがと、ありがと。トロッターさんに、ギリーさんは、実にすばらしいお手伝いさんだと、伝えて下さいよ。
ギリーとウィリアムが走り出る。
ウィリアム:……あの……
ギリー:なによ!
ウィリアム:お金、……どうするの?
ギリー:どうもしないわよ。
ウィリアム:でも……
ギリー:あんたは忘れるの! このお金はあたしのポケットに入る。それでおしまい。いいわね!?
ウィリアム:(口をパクパクしている)
ギリー:絶対に言っちゃだめよ。(ウィリアムの首根っこをつかんで)……もししゃべったら、本当にいじめられるってどういうことか、身にしみてわからせてやる。
ウィリアムは去る。
ギリーは札束を数える。
ギリー:34ドル。まだ足りないわ。(ガックリ)
コロス5、登場
コロス5:あった?
ギリー:まあね。
コロス5:ハイ!(と手を出す)
ギリー:何よ、アグ。
コロス5:あたいの合図がなかったら、今頃つかまってたのよ。
ギリー:(五ドル札一枚を手渡して)ほら、あげるわ。早く消えちまいな。
コロス5:じゃ、またね。(顔をくっつけて)またやろうね。(走り去る)
トロッター家。夕刻。
トロッターがテーブルで手紙を書いている。
ギリーが入っていくと、老眼鏡の上からギリーを見て、にこりとする。
トロッター:ご苦労様だったね。おやつをお食べ。
ギリーは一瞬迷って、クッキーとミルクを手にする。
トロッター:ランドルフさん喜んでたろう?
ギリー:ええ。
トロッター:お座り、ギリー。子供のひとりに手紙を書いていたんだよ。……大きくなって出ていっちまって、とても寂しいんだけど、家族の元へ帰った子もいるけど、この子のように、一人で働いている子もいる。たまには帰って来いって書いてやろうと思ってね。やっぱり心配だよ、子供ってものは、いくつになってもね。
ギリー:トロッターさん?
トロッター:なに?
ギリー:トロッターさんには、子供いないの?
トロッター:今、手紙書いてるじゃないか。
ギリー:本当の子供よ。
トロッター:みんな本当の子供だよ。
ギリー:でも……
トロッター:あたしが産んだ子供って意味なら、二人いるよ。亭主のメルビンが生きてた頃はそりゃ賑やかだった。多勢の子供たちに囲まれてね。でもまあ、昔は昔、今は今さ。あの子たちもそれで幸せなんだろうし、あたしはあたしで幸せさ。あんたやウィリアム・アーネストがいるからね。
ギリー:本当の家族じゃないわ。
トロッター:本当の家族? 本当の家族ってなんだね? なにがあればそういえるんだね? 証明書かね、血がつながってることかね?
ギリー:わからない。
トロッター:あたし達がそうだよ。あたしとあんたとウィリアム・アーネストが本当の家族なんだよ。ここにこうして、一つ屋根の下で暮らしてる人間同士が家族なんだ。
ギリー:違う。あたしの本当の家族は……
トロッター:お母さんのこといってんだろ?……そりゃそうさ、あんたのたった一人の肉親だからね。早くあんたがお母さんと暮らせるようになることを祈ってるよ。でも、それまでは、あたし達が家族さ、本当の家族だよ。そうじゃないなんて、誰れにも、いわせないつもりだ。……一度あんたに、ウィリアム・アーネストと仲良くしてくれてありがとうって、いいたかったんだ。
ギリー:そんなこといいです。
トロッター:昔はね、これでも働き者だったのさ。メルビンが死んでからは、生活もだらしなくなって、今じゃ心臓悪くして、この様だ。子供たちから見れば、ただ口やかましくて、だらしない母親としか映らなかったかもしれないね。愛していたんだけどね、あたしゃ、本心から。でも、愛していると思ってるだけじゃだめなんだね。愛する気持ちをやさしい思いやりを行動に現すってことが大切なんだね、きっと。あんたにそれを教わった気がするよ。
ギリー:(小さく)やめてよ、トロッター。
トロッター:アレンもいってたけど、あんたって本当にすばらしい子だ。神様に感謝しなくちゃねえ。
ギリー:やめてよ!
トロッター:エッ?
ギリー:……疲れたから、自分の部屋に行くわ。
トロッター:ああ。御苦労だったね。
ギリー、行きかける。
声:こんにちわ、トロッター家のみなさん。
ランドルフが戸口に立っている。
ギクリッとするギリー、二階へ。
トロッター:あーれ、ランドルフさん。呼んでくれれば迎えに行くのに。
ランドルフ:驚かせて申し訳ありませんな。実はですな、トロッターさん、急に息子がやって来るのです。
トロッター:息子さんが? そりゃ楽しみだ。
ランドルフ:そこでですな、ちょっとあたしの身なりを点検しておいてもらおうと思いましてな、息子が見てもあわてないように。
トロッター:大丈夫、相変わらず好紳士だ。ネクタイにシミがついてるね。
ランドルフ:そりゃいかん。あの子はわしが一人暮らしを楽しんでおるのに、なんだかんだと言っては、自分の家へ連行しようとするんだ。だが、わしはあなた方の側を離れとうはない。(ハンカチを湿らせて、まるで見当はずれの部分をふいている)
トロッター:そうだ、あんた、うちのメルビンのネクタイを締めておくれ。ギリー、ちょっとあたしの部屋に行って、洋服ダンスからネクタイ持ってきて。
ギリーはトロッターの部屋に駆け込み、ネクタイを選び出す。
壁にハンドバックがかかっている。その止め金がパクンと開く。
ギリーは魅入られたように中をのぞいて、何かをつかみ出す。
札束!
ギリー:百ドル!……今までと合わせて、一三九ドル。これでカリフォルニアまで行ける。
ギリーは、お金を隠して、階段を降りてくる。
トロッター:ギリー、なんてことしてくれたんだい!?
ギリー:エエッ!?(直立する)
トロッター:そのいかれたネクタイさ。
ランドルフ:ほう、どんなのだね?
トロッター:これは締めない方がいい、息子さん目を回すよ。
ランドルフ:ほう、思い切り品よくない?
トロッター:とても見ちゃいられないよ。
ランドルフ:そいつはいい。息子面した中年紳士の目を、バッチリ覚ましてやらにゃあ。
ランドルフ、勇んでネクタイをはずす。
トロッター:(新しいネクタイをはめてやりながら)いえね、メルビンたら、最期の頃は気分が沈んでたんだろね、出かけて行っては、こんないかれたネクタイを買ってきて、毎日締めてたんだよ。おお、安らかに眠れメルビンの魂よ。
ランドルフ:どこで手に入れたかは内緒ですよ。
トロッター:さて、どうだろうね、ギリー、似合う?
ギリー:ピカ一よ。
トロッター:まあ!
ランドルフ:結構、結構。
トロッター:では、また明日。
ランドルフ:ありがとう。はい、そう。ありがとう。それから、あんたもね、ギリーさん、明日また会おうね。
ギリー:ええ。
トロッター:(大声で)ウィリアム・アーネスト?……どこへ行ったのかね? この人の息子さんは、堅物の弁護士なんだよ。あのネクタイを見た時の顔、お金を出しても見物したいもんだよ。そうじゃないかい? ランドルフさん、おくっていくよ。
二人は笑いながら、出ていく。
夕陽強く−−ギリー、二階へ走る。
音楽。
コロス達、出てくる。
コロス1:出て行くなら、今だ、ギリー。
コロス4:トロッターはすぐに気がつく。
コロス3:あれは児童相談所から配られたお金だ。
コロス2:ランドルフの息子は弁護士だ。馬鹿ってわけじゃない。
コロス3:お金を元にもどすんだ。
コロス達:黙ってろって!
ギリーふるえる手で荷物をつめる。
コロス2:落ち着け、ギリー。
コロス5:お金を全部ポケットへ。
コロス2:荷物をつめろ。
コロス5:バッグはひとつに。
コロス2:ジャケットを忘れるな。
コロス5:トロッターがいってた「来週になったら、ギリーに暖かいオーバーを買ってあげなくちゃ」って。
コロス3:福祉のお金を持っていたんだ。
コロス1:その金は、ギリー、君のポケットの中。
コロス4:そして、アメリカ大陸横断バスの切符代に消えちまう。
コロス3:あの人たちを裏切るんだね?
コロス5:そっと、そっとよ。
コロス2:足音しのばせて。
階段脇で腕がニュウーと延びる。
コロス達:やばい!
ウィリアム:どこへ行くの?
ウィリアムの眼鏡が光っている。
ギリー:(小声で)ちょっとよ。
ウィリアムは、突ったったまま、ギリーを、スーツケースを、またギリーを見る。
ウィリアム:(小声で、半泣きで)行かないで。
ギリー:(小声で)だめなのよ。(つき放す)……さようなら!
ウィリアム:(尻もちをつく。なお小声で)ギリー!
音楽−−
濃い夕陽に包まれて、ギリーは走る。
コロス達が追いかける。追いつ追われつの中で−−
“逃げろ、ギリー”
逃げろ、ギリー!
走れ、ギリー!
夕陽の沈む街 カリフォルニア
海の見える丘 サンフランシスコ
コロス3:もどるんだ、ギリー
逃げろ、ギリー!
走れ、ギリー!
夕陽に向かって走れ
たなびく栄光の雲となって走れ
コロス3:もどってこい、ギリー!
ギリー:うるさいわね、消えてよ!
母の声:いらっしゃい、ガラドリエル
あなたをずうっと待ってたのよ。
(ウィリアムの姿、浮かぶ。)
ウィリアム:行かないで、ギリー!
ギリー ザ グレイト!
家に帰るんだ、コートニーの所へ
カリフォルニアは、まだ見ぬ幸福の楽園
太陽が待ってる
母親が待ってる
幸せが待ってる
「大陸横断バス会社」の看板がきらめく。
ギリー:(叫ぶ)カリフォルニアのサンフランシスコまで子供一枚、お母さんのところ!
音楽、高まって、急速に、幕。
第二幕
(7)
トンプソン・パーク警察署内。夜。
リリーンと電話のベル。
警察官AとB:ハイ。こちら、トンプソン・パーク警察。
“都会の夜の警察官の歌”
ベルが鳴る
闇をつきぬけ 電話が鳴る
都会の夜は せめぎ合う
ふたつの顔を 持つ
眠ろうとする夜
眠らせまいとする夜
不安と危険が叫ぶ
“眠るな!”
ベルが鳴る
闇をつきぬけ 電話が鳴る
都会の夜の 警察官は
24時間 眠りをしらない
住民:もしもし
警察官B:ハイ、こちらトンプソン・パーク警察。
住民:車をぶつけた、すぐきてくれ。
警察官B:OK、場所はどこです?
住民:もしもし
警察官A:ハイ、こちら……
住民:泥棒だ、金を取られた。
警察官A:OK、お宅の住所は……
住民:もしもし
警察官B:ハイ、こちら……
住民:変な男がうろついてるのよ。
警察官B:すぐ行きますよ。お嬢さん……
住民:もしもし、酒場でケンカだ。
(以下「もしもし」「ハイハイ」のリズムを基調に、電話の応答)
住民:
暴走族がうるさい
家の子がまだ帰ってこないわ
中学生がまた暴れてるよ
妻が暴力を振うんですが……
パパがあたしをぶつの
隣の犬をなんとかしろ
あいつの顔が気にくわん
明日のテストを中止にさせろ
知らない男が隣に寝てるわ
大統領に文句がいいたい
世界に平和を
核兵器反対
アンタァ、早く帰って来てえん。
警察官B:ああ、わかっているよ、リサ……
ベルが鳴る
闇をつきぬけ 電話が鳴る
都会の夜の眠りの精は
青い顔して 立ちすくむ
都会の夜の 警察官は
24時間 眠りをしらない
警官とギリーを残して、他の人々は消える。
車の止まる音がする。
荒い息のトロッターとウィリアムが登場。
警察官A:メイム・トロッターさん?
トロッター:そう。
警察官A:この子に間違いないですね。
トロッター:ええ。
警察官A:このお金はあなたの?
トロッター:たぶん。
警察官B:で、どうします、この少女を訴えますか?
トロッター:訴える?
警察官B:訴えられるんですよ、泥棒ですからね、法律上は。……児童相談所にも連絡とったんですがね、ええと、担当者は……
トロッター:アレン・カーター。
警察官B:そう、アレン・カーター。彼に来てもらいましょうか。このまま、引き渡すっていう手もある。
警察官A:今夜はここへ泊めて、明日の朝、相談所へ連れて行きましょう。
トロッター:ここへ?
警察官A:そう、警察に。
トロッター:牢屋に入れるんですか?
警察官B:一晩くらいね。お灸をすえなくちゃ。
トロッター:わたしの子を牢屋に入れろっていうの?
警察官A:それが一番いいんじゃないかな。
トロッター:一番? なにをいう気よ。
警察官A:しかしこの子は、あなたと一緒に帰りたくないようですからね。
トロッター:なんて、なんてこというんだよ、あんた。よくもそんな、どういうつもりだい……あんまりじゃないか……おお、神様!
ウィリアム:ギリー!(両手でギリーの膝をたたいて)帰ろうよ、ギリー。お願い。帰って!
皆が、二人を見つめる。
ギリーは立ち上がって、ウィリアムの手を取る。
警察官B:(せきばらいをして)帰りたくなけりゃ、帰らなくていいんだよ。
トロッター:あんた!
警察官B:いや、仕事なもんで……いちおう……すみません。
トロッター:さあ、家へ帰ろう。
溶暗
(8)
トロッター家、翌日の午後。
声:だめ! だめ!
明かりがつくと、トロッターとアレンが話しこんでいる。
アレン:あの子には特別の指導が必要なんです。警察沙汰になった子をこのままにはしておけません。施設に入れるべきです。
トロッター:いやだ。離さない。絶対に!
学校帰りのギリーが、気配を感じて、玄関口に身を隠す。
アレン:ウィリアム・アーネストのことを考えて下さい。去年一年であんなに進歩したのに……ギリーを見て、大分脅えていたじゃありませんか。
トロッター:昨晩、ギリーを連れ帰ったのは、ウィリアム・アーネストだよ。
アレン:だからって、ギリーがウィリアムを駄目にしないとはいえませんよ。
トロッター:ウィリアム・アーネストはもう二年もここにいるんだ、大丈夫だよ。ギリーを施設に入れる? とんでもない。施設どころか、この家から追い出すのも反対。絶対反対!
アレン:トロッターさん……
トロッター:今、ギリーを見離したら、誰があの子を助けてやれるんだい。こういう時にこそ家族の愛が必要なんだ。心底かばってやる人間が必要なんだ。あたしがそれをやる。それが特別の指導ってものだよ。
アレン:それはそうかもしれません。でも今お話ししているのは、ギリーにとって何が必要かってことではないんです。
トロッター:なんだって?
アレン:お宅にとって何かってことです。
トロッター:わたしにとってなら、あの子が必要だよ。あの子がいなくなったと知った時には、あたしゃ死にたくなったんだ。
アレン:そんなことおっしゃっちゃいけません。子供のことで、ご自分の家庭を駄目になさっちゃ。
トロッター:母親に向って、そんなこというもんじゃない!
アレン:里親です、あなたは!……それをお忘れになっては困ります。
ギリー、わざと音を出す。
トロッター:あーれ、ウィリアム・アーネストかい?
ギリー:あーれ、あたしよ、トロッターさん。
アレン:おかえり。ねえ、ギリー……
トロッター:アレンはね、あんた次第だっていうんだ。(アレンが目くばせするのを無視して)ここで、ウィリアム・アーネストとあたしと暮らしてもいい。この人に他の家を捜してもらいたいなら、それでもいい。あんたが決めるんだよ、自分で。
ギリー:……本当のお母さんのとこは、どう?
アレン:ギリー、いつまでそんな……。もしお母さんが、ほんとに帰ってほしいと思うなら……
ギリー:ほんとに思っているわよ。そういってきたもの!
アレン:だったら、どうして迎えに来ない? もう八年にもなる。八年だよ、ギリー。その間一度だって会いに来たことはないじゃないか。
ギリー:今は違うのよ!……今度は来るわよ。……ほんとに、あたしに帰ってほしいのよ。
トロッターが側によって、腕をギリーの肩にまわす。
トロッター:おかあさんだって、もし知ったら、あんたがどんなにいい子かって知ったら、すぐにも飛んでくるよ。
ギリー:……来るまでは……迎えに来るまでは、ここにいてやろうかしら。
トロッター:そうだよ。またいつか来てもらうよ、アレン。
アレン:警察に聞いたけど、君は昨晩、百ドル以上持ってたそうだね?
ギリー:まあね。
アレン:どう言い訳をするつもりだい?
ギリー:別に。
アレン:人のお金を盗むことを、この国では泥棒と呼んでいる。
トロッター:アレン、二十年の間にゃ、こんなことは何度もあったんだよ。
アレン:そりゃそうですが。
トロッター:だったら、今度のことも、まかしといておくれ。
アレン:わかりました。もうしばらく様子を見ましょう。
トロッター:大丈夫、うまくやるよ。
アレン:度々連絡をとります。
トロッター:いらん心配してると、よけい髪がうすくなるよ。
アレン:そのために給料もらっているんですよ、トロッターさん。
アレンは、コートを着て出ていく。
笑いながら送り出したトロッターが振り返ると、鬼夜叉の形相に変身する。
トロッター:あたしゃ、盗みを軽く見てるわけじゃない!
ギリー:(反射的にうなずく)
トロッター:あのお金は、全部あたしのじゃないだろう?
ギリー:(うなずく)
トロッター:どこから持ってきた?
ギリー:見つけたの……
トロッターは両手でギリーの顔を持ち上げ、自分の顔に向き合わせる。
トロッター:どこで?
ギリー:お隣の家の……
トロッター:ランドルフさんから盗んだ!?
ギリー:本の裏にあったの。ランドルフさん知らないんじゃないかな……
トロッター:盗んだんだ、それは。いくらなんと呼ぼうが、あの人のお金を、あんたが盗んだんだ。そうだね?
ギリー:うん……
トロッター:いくら?
ギリー:ええと、四……三十……
トロッター:いくら?
ギリー:四十四ドル。
トロッター:返すんだ。
ギリー:だめなの。……アグネス・ストークスに5ドルやったの。
トロッター:やった?
ギリー:(うなずく)
トロッター:じゃあ、(大きく溜息)あたしが5ドル貸すから、ランドルフさんにそっくりお返し。そしてあたしには、働いて返しておくれ、一日も早く。
音楽
次のような掲示板が降りてくる。
皿洗いと台所の掃除 10セント
掃除機をかける 10セント
浴室の掃除(床を含む) 10セント
簡単な拭き掃除 10セント
ウィリアム・アーネストの宿題をみる 一時間 25セント
“お掃除ソング”
シュッ シュッ シュッ シュッ シュッ
パタパタ パタタン
そうじ そうじ お手伝い
罪で始める仕事
罰で始める仕事
仕事の中味に違いはない
はずだ!
皿を洗え
台所をみがけ
掃除機をかけろ
お風呂をみがけ
床をみがけ
窓をふけ
罰だ 罰だ 罰だ
自分で掘った穴は埋めろ
自分でまいた種は刈れ
シュッ シュッ シュッ シュッ
パタパタ パタタン
それが終れば
ウィリアムの宿題を見ろ
歌に合わせて、ギリーはがむしゃらに立働く。
コロス達、誰も手を貸さない。
ギリー:……あんたたち、手伝ってくれないの?
コロス達:ごめんだね。
コロス1:ともかく、これだけの罰で済んだ。
コロス3:軽いね、これじゃ。
コロス4:結局、彼らに助けられたわけね。
コロス2:他人の助けはいらないといってたギリーが助けられた。
コロス5:借りができた。
コロス3:ぼくは絶対許せない。
コロス1:今度は、君の番だ。
ウィリアムがミルク盆を持って登場
コロス5:ほら、ウィリアムが来た。
コロス2:あやつを持って立ちすくんでいる。
コロス4:ウィリアムだって可愛気はある。
コロス1:こいつも、計算外の発見だ。
コロス3:さあ、声をかけてやれ、ギリー。
コロス2:まあ、借りた分だけは、返すんだな。
コロス3:胸を開いて、やさしい言葉をかけてやれ。
コロス達はいなくなる。
ウィリアム、ギリーにミルクを手渡す。
ギリー:ありがとう。
ウィリアムは、相変わらずおどおどしている。が、立ち去る気配はない。
ギリー:ねえ、ウィリアム、警察で、なぜ、あたしに帰ってほしいっていったの?
ウィリアム:……
ギリー:あたし、怖くない?
ウィリアム:……こわい。
ギリー:じゃあ、一緒に住みたくないでしょう?……どうなの?
ウィリアム:……住みたい。
ギリー:あんたって、返事するのに一時間もかけるのね。どうしてあたしと住みたいの?
ウィリアム:……わからない。
ギリー:あたし、あんたの気に入るようなこと、何かしたげたかな……?
ウィリアム:……タップダンス。
ギリー:ああ、あれ。……エッ? タップダンスがそんなにうれしかったの?
ウィリアム:……うん。
ギリー:ふーん、変わってんのね。まあ、お礼をいっとくわ、ありがとう。お返しに何してあげようか?
ウィリアム:(両手を頭にあげて)なにもいらないよ。
ギリー:(彼をジッと見つめて、その手を下させる)ねえ、ウィリアム、学校であんたのこと、みんななんていってる?
ウィリアム:(急速にしょげる)
ギリー:あんた見てると、いじめたくなる子の気持ち、わからなくもないわね。……(内緒話風に)あんたの本当の親って、どういう人だったの?
ウィリアム:(こわばる)
ギリー:いいなさいよ。二人だけの秘密よ。いってごらん?
ウィリアム:……父さん、お酒のんでた。
ギリー:ああ、アル中。それから?
ウィリアム:母さんと、ぼくを、殴った。
ギリー:最低ね。それから?
ウィリアム:母さんとぼくを捨てた。
ギリー:なんて父親なの。で、母さんは?
ウィリアム:母さんもいなくなった。ぼくを、ぼくを、捨てた。(泣いて暴れる)
ギリー:いいのよ、わかったわ。そんな親、こっちから捨ててやればいいのよ。ウィリアム、泣くの止しなさい。……泣くな!
ウィリアム:(ヒクついて、泣き止む)
ギリー:かわいそうな子。でも、一生、「かわいそうな子」で通すつもり? 一生、いじめられてていいの?
ウィリアムは人さし指の爪を噛む。
ギリーはその指を引張り出して、しばし観察する。
ギリー:どこも変ったところないじゃない。誰れかにぶたれたら、殴り返すこと考えたことないの?
ウィリアムは首をうなだれて、また指をくわえる。
ギリー:ウィリアム・アーネスト、いじめられ役はごめんだって主張するのよ。そうね、ケンカの仕方教えてあげるわ。
ウィリアムは指をはき出して、信じられないといった表情で見る。
ギリー:あたしがいつか、一度に五人の相手をやっつけた話きいた? たった一人でよ。
ウィリアム、おごそかにうなずく。
ギリー:仕込んであげる。あたしと同じ様にするのよ。……(架空の五人を相手に空手をくらわす)チョウ! 一人。チョワ、二人。チョワワ、三人。チョチョワ、四人。最後に残った一人を、オチョーッ!……どう? まず、相手が何かわめいても、いきなり降参の格好しちゃだめ。相手に殺されかけてるってつもりになるの。
ウィリアム:オチョーッって?
ギリー:最初からやっちゃだめ。敵だって、君を殴る気はないかもしれないし、最初にすることは、……大きく息を吸うこと。
ウィリアムは大きく息を吸う。
ギリー:それから、こうわめくのよ。「やい、どきやがれ」
トロッター:あんたたち、何をしてるんだい!? ウィリアム・アーネストの宿題見てくれるっていうから、お金払ってんじゃなかったのかい?
ギリー:今は罰金分とは別、ただの時間、ボランティアよ。
ウィリアムはトロッターの前へスタスタと歩き、爪先き立って両こぶしを固め、真っ赤な顔をして、目をギュッとつぶり、大きく息を吸いこんで。
ウィリアム:やい、どきやがれ!!(ギリーににこりと)これでいい?
ギリー:ふむ、初めにしちゃ悪くないわ。
トロッター:(血圧200の形相で)……ギ、ギ、ギリー!!
ギリー:ねえ、トロッターさん、この子は大切な骨董品の花瓶とは違うのよ。いずれは一人で生きていかなきゃならないわ。自分で自分の身を守ることを覚えなきゃだめでしょう。あたしはその点、ぴったりの先生よ、ただだし。
ウィリアム:(ゲンコを振り上げ)出て行けぇ!
トロッターは涙を浮かべ、両腕でウィリアムを抱きしめる。
ウィリアム:ただの練習だよ、トロッターおばちゃん、本気じゃないよ。
トロッター:わかってるよ、ウィリアム・アーネスト。……わかってるよ。だけど、この練習は外でやっちゃどう? あたしゃどうにも聞いていられなくて。
ウィリアム:行こうよ、ギリー!
ウィリアムは腕を振り回して出ていく。外から彼の叫び声が聞こえる。
ギリー:人におっかない目でにらまれるたびに、トロッターさんの大きなスカートにもぐり込むわけにはいかないでしょう。
トロッター:だろうね。
ギリー:そういうの過保護っていうのよ。本当のお母さんだって、一生子供につきまとっているわけにはいかないわ。それが、トロッターさんには……
トロッター:里親だっていうんだろう、皆にそういわれるよ。
ギリー:読み方と算数ができて、どうやって身を守るかを覚えれば、もう大丈夫よ。
トロッター:そうだね。
ギリーは行こうとする。
トロッターがギリーをつかまえて、おでこにペチャッとキスをする。
ギリーは反射的に顔を拭こうとして、やめる。
トロッター:あんたはいい子だ。本当にいい子だ。
ギリー:あたしそんなつもりで……
トロッター:そんなつもりって?
ギリー:……トロッターさんのキスのこと。
トロッター:いやかい?
ギリー:いやじゃないけど……
トロッター:仕方ないよ。あんたにキスしたかったんだから。させとくれよ。
ギリー:教会の牧師さんは、キスのこと、悪魔の持ち物だっていうわよ。
トロッター:へぇ、悪魔の持ち物、ねえ、ワッハハ、悪魔の持ち物……あきれたよ、じゃあ、早くお行き。もう一度、悪魔につかまんないうちにさ。
トロッターは、ギリーのお尻をひっぱたこうとして、大きく空振り。
コロス達、登場。
コロス達:寒い! 寒い。寒い。
コロス1:11月はやっぱり寒い。
コロス2:長い冬の始まりだ。
コロス3:だが、楽しみも多い。
コロス4:11月の第四木曜日は、待ちに待った感謝祭。
コロス1:ええ、感謝祭とは“Thanks Giving Day”つまり……
コロス5:なことはどうでもいいの!
コロス達:めでたい、めでたい。
コロス3:アメリカ中の人々が、豪華な七面鳥を食べて、シャンペン飲んで、
コロス達:騒ぐ、騒ぐ。
コロス2:ついでに神様に、
コロス達:感謝、感謝。
コロス5:誰れにも待ち遠しいお祭りだ。
コロス3:もちろん、トロッター家の人々も首を長くして待っている。
コロス1:その一週間前のこと。
ランドルフがふらふらと出てくる。
ランドルフ:おお、トロッターさん……
トロッター:あーれ、どうしたね、ランドルフさん?
ランドルフ:神様のいたずらにあったようですよ。(ふらふらと倒れる)
トロッター:湯たんぽみたいに熱いじゃないか。
ギリー:風邪よ、インフルエンザだわ。
トロッター:大変だ、おお、神様。息子さんに知らせなくちゃ。
ランドルフ:やめて下さい。息子に知れたら、すぐにも連れて行かれて、二度とここへはもどれなくなってしまいます。
トロッター:そりゃ恐ろしい。じゃあこうしよう。ここで養生するんだ。一日中あたしたちが見張ってられるようにね。
ランドルフ:それはありがたい。こういう美しいご婦人方に看病してもらうんじゃ、なるべく長く病気でいることにしよう。
トロッター:あたしもきれいだっていってもらえるチャンスだね。
ギリー:でも、一週間したら感謝祭よ。
ウィリアム:七面鳥を食べそこなうよ。
ランドルフ:大丈夫だよ、ウィリアム・アーネスト、感謝祭までにはきっと良くなるとも。
ランドルフはソファに横になる。
ウィリアム:(ランドルフの側で)安心してていいよ、ランドルフさん、もし感謝祭までになおらなくても、僕がその分、食べてあげるよ。去年だって、半分がた僕が食べちゃったんだからね。だって、初めてだったんだ、感謝祭に七面鳥なんて。……思い切り……お腹いっぱい……食べて……アア……チョワ!(倒れる)
トロッター:おお、神様、今度ァ、ウィリアム・アーネストの番だよ。
ギリー:ウィリアム、ベッドに行くのよ。しっかり!
ウィリアム:七面鳥、……七面鳥……
ギリー、ウィリアムをかついで二階へ。
トロッター:なんてこったろ、後三日で感謝祭だってのに。ギリー、あんたしっかりするんだよ。あたしとあんたの二人で、この病人達の面倒見なきゃならないんだ。よしっ、こうなりゃ戦争だ。ギリー、闘うんだ。ファイトだ。ファイト! ファイト!……アア……
ギリー:トロッターさん!
トロッター:ファイト……ファイト……(ぶっ倒れる)
音楽
ランドルフ:ギリーさん、すまないが、氷を代えてもらえませんかな。
ウィリアム:ギリー、新しいパジャマをちょうだい。
トロッター:ギリー、シーツを代えとくれよ。
ランドルフ:ギリーさん、すまないが、トイレに……
ウィリアム:ギリー、アイスクリームを……
トロッター:ギリー、ゴミを出しといとくれ……
ランドルフ:ギリーさん!
ウィリアム:ギリー!
トロッター:ギリー!
“闘いの歌”
頭 ズキズキ
セキが コンコン
身体 ガクガク
熱は カッカカカ
ズキズキ コンコン ガクガク カッカカカ
病人は叫ぶ ギリーは走る
病気だ 病気だ
家族の危機だ
闘いだ 負けるな
ファイト、オー、ファイト!
コロス2:ギリーはどうした?
ギリーは一人、上に下にと走り回る。
コロス3:一人で格闘中。
コロス4:あの子は病気にかかんないの?
コロス1:病気の方でお断りだと。
コロス5:まあ、お部屋の汚いこと。(と、いいつつ、更に乱す)
コロス1:拭いても、拭いても、いやな臭いが部屋に漂う。
コロス3:汚物の臭い。
コロス4:洗たく物の臭い。
コロス2:病人の臭い。
コロス1:学校を休んだね、ギリー?
コロス4:看病にかかり切り。
コロス3:だってギリーの他に誰れが病人の世話をするんだい?
コロス5:そして、今日は水曜日。
コロス達:待ちに待った感謝祭!
コロス達が消えて、戦乱の後が残る。
居間のテーブルで、ヘトヘトに疲れたギリーが、わびしくパンをつついている。ランドルフのいびきが響き渡る。
ギリー:とうとうみんな直らなかった。もう、だらしないんだから。感謝祭がおじゃんだわ。
玄関のベルが鳴る。
戸口に、小柄な老婦人現われる。−−黒のフェルト帽、白髪、黒の手袋、黒のオーバー、黒のバッグ、黒の靴。
ギリーの顔を、じいっと見る。
ギリー:新聞はとりません。保険にも入りません。トイレットペーパーは足りてます。
老婦人:待って、お願い、押し売りじゃないのよ。……ガラドリエルでしょう?……ホプキンズの?
ギリー:(おずおずと)……だれ?
老婦人:わたしはね、わたしは……あなたのおばあちゃん、のはずなんですよ。
ギリー:……
老婦人:はいってもいい?
ギリーは老婦人を入れる。
ランドルフのいびきが襲う。
老婦人はちらっと眼をやって、そむける。
トロッターの声:ギリー、だれか来たのかい?
ギリー:大丈夫よ、あたしが出たから!……座りますか?
老婦人:ええ、そうさせて……
ギリーは、洗たく物をかきわけ、老婦人を座らせる。
老婦人:(ギリーを見つめて)知らなかった。……(部屋を見回して)知らなかった。あなたが、ガラドリエルでしょう? コートニーの娘の……
ギリー:(うなずく)
老婦人:知らなかった。あの子は……コートニーはバージニアの家を飛び出して……ええ、何年も前にね。……わたしも主人もそりゃもう寂しくて……うちの主人は……あなたのおじいさまは亡くなられたのよ……10年前にね。
ギリー:それは知りませんでした……
老婦人:ええ、ええ、わたしは勿論、あなたのお母さんに報せようとしましたのよ。でも出来なかったの、どこにいるのかわからなくて。……(バッグから手紙を取り出す)……実をいうと、この手紙はコートニーが13年前に家出してから、初めてもらった手紙なのよ。あたしに孫がいたなんて……知らなかった!……子供が生まれたら、自分の母親に報せたいとは思わないかしらね?
ギリー:ええ、思います……
ウィリアム:オチョー! ギィーリー!
ウィリアムが白い寝着を着て、階段をふらふら降りてくる。
知らない人がいるのに驚く。
老婦人は、顔をそむける。
ギリー:起きてきちゃだめじゃない、ウィリアム。
ウィリアム:オネショーしちゃった。……もらしちゃった。
ギリー:この毛布にくるまってらっしゃい。着替え取ってくるから。
老婦人:知らなかった。なんてことでしょう。
ギリー:エッ?
老婦人:コートニーの話は大袈裟ではなかったのね。あなた、お手紙書いてくれてよかったわ。どうしてこんな所へ連れて来られたのかしら。
ギリー:あたしのこと?
老婦人:こんな風に、いきなり飛び込んでくるなんて、よくないとも思ったのよ。でも児童相談所にお話しをする前に、この眼で確かめておきたかったの。許してちょうだいね、こんな……。
階段で、重そうな音が響き渡る。
老婦人:ん、まあ!!
男物のシマのパジャマを着たトロッターが、お化けの様に髪振り乱して揺れている。
トロッター:忘れてた!……忘れてた!……忘れてた!
ギリー:何を!!
トロッター:七面鳥!(泣いて)15ドル38セントもしたのに、腐っちまう。オウオウ……
ギリー:腐ってなんかいないわよ。腐ってれば臭いがするでしょう。ベッドに入っててよ。
トロッター:腐っちまう。15ドル38セントが、腐っちまう!
ギリー:いいから、寝ててちょうだいって……
トロッター:感謝祭だってのに、腐っちまう、おお、神様……
ギリー:トロッターさん……
階段の上で、もみ合う二人。
トロッター:うわああ!
ギリー:ぎゃああ!
トロッターがあお向けになって倒れ込み、ギリーを押しつぶした。
ランドルフ:(まで起き出した)どうした!? どうした!?
トロッター:やっちまったよ!(クックット泣き笑い)
つまづいたランドルフに、ウィリアムが駆けよる。
ギリー:転がってよ、トロッターさん。転がりおりて!
ランドルフ:なに? なに? 転がれ……?
トロッター:ギリーをつぶしちまった!
ランドルフとウィリアムが転がった。
ランドルフ:オオオ!
ウィリアム:アチョーッ!
トロッター:哀れなギリー。アワワワ……
トロッターがようやく転がった。
ギリー:まあウィリアム……
ランドルフ:だれ? だれ?
ウィリアム:転がってよ、転がってよ!
ランドルフ:ああ、あれ、何をしている!?
ランドルフもようやく起き上がる。
ギリー:(ランドルフの手をとって)……ベッドに帰って下さい。ランドルフさん。
ソファの上で潮を吹いていたトロッターが、居間の奥へ逃げ込んだ老婦人に気づく。
トロッター:ここに、誰もいないって、いったじゃないか、ギリー!
老婦人:……失礼した方がよさそうね。
ギリー:(追い出すように)お目にかかれて、よかったと思います。
老婦人:(ふと立ち止まって、ギリーの頬にキスをする)かわいそうに。すぐ、ここから連れ出してあげるわよ、すぐに。お約束するわ。こんな狂ったような家から……まあ! 知らなかった……(と去って行く)
ギリー:……はああ!(と、気絶する)
溶暗
ギリーの声:あれは何て書いたっけ? いつかコートニーに殴り書きして出した手紙。何を書いたか忘れちゃった。けれどそれを読んだコートニーが、おばあさんに13年振りの手紙を出して、わざわざバージニアからここに探りに来させたのね。ああ、何もかも、あたしの期待とは違った風に動いて行く。……冗談じゃないわ。あたしを除け物にして、勝手に事情を変えないでよ。……でも、あたしが自分でやったことなんだ。あたしが……
(9)
学校の放課後、
コロス5:ねえ、ギリー、今からあたいん家へ行ってさ、誰れかに電話かけて、おっかない声出すのやんない?(声色で)「ヘイ、俺達ァマフィアだあ!」
ギリー:バカ。
コロス5:何かしようよ、ギリー、長いこと遊んでないじゃない。
ギリー:家族が病気だったんだもん。
コロス5:(笑って)家族だって? どこにいるのよ? みんな知ってるわよ。……あんたの家族って……
ギリー:これが、弟でしょう?
ウィリアムが得意そうに顔をあげる。
ギリー:太ったお母さんでしょう。それから、色の黒いおじさんがいるわ。
コロス5:ギリー・ホプキンズ、あんたマジ?
ギリー:(パッと顔を押しつけて)やい、これ以上つべこべいう気か、ねえちゃん?
コロス2:アグ、よさねえか。……(ギリーに)家の人の病気、直ってよかったな。君の顔が見られなくて、寂しかったぜ。ちっとばかり、やつれたな?
ギリー:……ありがとう、マイク。
コロス2:……アグ、行くぜ。(走り去る)
コロス5:(後退りして)あんまりくだらなすぎて……くだらないよ。(去る)
ウィリアム:出ていけえ!
バーバラ・ハリスがやってくる。
ハリス:ギリー、家族の皆さん、よくなったようね。
ギリー:ええ、どうにか。
ハリス:そう、安心したわ。
ウィリアム:今夜、みんなで七面鳥を食べるんだ。(去る)
ハリス:三日遅れの感謝祭ね。楽しくなりそうね。
ギリー:ええ。
ハリス:あなた一人で看病していたの?
ギリー:最後は、皆があたしを看てくれました。
ハリス:うらやましいわ、すてきな家族がいて。あたしの場合、病気になっても側にいてくれるのは猫だけよ。猫では氷も代えてもらえない。(笑う)
ギリー:その時は、あたしが看病に行きます。
ハリス:エッ?
ギリー:……(あわてて)看病には慣れたから。
ハリス:ギリー、あなた変わったわね。
ギリー:ちっとばかりやつれただけよ。
ハリス:インフルエンザがあなた方を襲ったけれど、とても大切なものを残していってくれたようね。
ギリー:大切なもの?
ハリス:大きな危機を、みんなで力を合わせて克り越えられたことよ。じゃあ、楽しい感謝祭を。(手を差し出す)
ギリー:(その手を握って)ありがとうございます、先生。
ハリス:(行きかけて)ギリー、たまっている宿題は、明日残らず提出してもらうわ。
ギリー:ハイ、ハリス先生!
溶暗
(10)
トロッター家、その夜
卓上のローソクに灯がつけられる。
ギリーを除く三人が、最高の装いでテーブルについている。
「感謝祭を祝う歌声」が起こる。
可愛く装ったギリーが、七面鳥の大皿を捧げて入ってくる。
全員:感謝祭、おめでとう。
トロッター:まあ、おいしそうだ。
ウィリアム:最高だね。
ランドルフ:なんという、かぐわしい香り。脳天まで響きそうですよ。さあ、いただこう、いただこう。
ギリー:ランドルフさん、お祈り!
ランドルフ:おお、お許し下さい、神様。わたしとしたことがお祈りを忘れようとは。
ウィリアム:病気がまだ直ってないね。
ランドルフ:こりゃ、やられましたな。(大笑い)
トロッター:さあ、お祈りを始めよう。
ランドルフ:恵み深い神よ。あなたは我々家族の病をいやし、再び健康とほがらかな笑いと、このすばらしい七面鳥をお与え下さいました。心から感謝をささげられますようお守り下さい。アーメン。
一同:アーメン。
ランドルフ:さあ、いただこう。
トロッター:ギリーには一番いい所をあげよう。
ギリー:あたしはいいのよ。ランドルフさんにあげてよ。
ランドルフ:いや、それはなりません。あなたは我々の救い主です。最高のもてなしを受ける資格がある。できますれば、わたくしには二番目においしいところを……うむ、すばらしい!
ウィリアム:最高だね。
トロッター:おお、神様、この喜びをありがとうございます。
玄関のベルが鳴る。
トロッター:おや、誰れだろう、今頃……(ドア口へ)まあ、アレン、お入りよ。
ギリー、ぎくりと立ち上がる。
アレン:今晩わ、みなさん。すみません、こんなに遅く。
トロッター:丁度いいね。いま三日遅れの感謝祭を楽しんでいるところさ。よかったら食べてかないかい。ギリーも手伝ってくれた料理だ。
アレン:ほう。実は……(わざと明るく)びっくりするようなニュースを持ってきたんだ、ギリー、君のお母さんの……
ギリー:おかあさんが来るの!?(言ってからはずかし気に皆を見る)
一同:……!!
アレン:いや、……お母さんはまだカリフォルニアだ。でもおばあさんが、君のお母さんのお母さんが、わざわざバージニアから、今朝、僕に会いにいらっした。(ギリーはトロッターを見る)君に帰ってほしいそうだ。
ギリー:どこへ?
アレン:おばあさんの所。この先、ずうっと。
ギリー:一緒になんて、暮らしたくないわ。
アレン:ギリー、君は……
ギリー:そんな人と住みたいなんて、いったことないわよ。お母さんと住みたいっていったんじゃない。その人はお母さんじゃない。あたしの知りもしない人じゃない。
アレン:どっちみち、お母さんだって知らないんだろ?
ギリー:知ってるわよ。覚えてるわよ、お母さんのことなら!
アレン:君のお母さんがいってきたんだよ、おばあさんの所へ行くようにって。
ギリー:あたしに、カリフォルニアへ来いっていわなかった? ハガキに書いてきたように。
アレン:(首を振って)おばあさんの家へって。
ギリー:そんなとこ、行かないわよ。
アレン:行かなきゃだめだ。
ギリー:トロッターさんは、あたしを行かせないわよね、そうでしょう?
トロッターは、ウィリアムのジャケットの下に手をつっこみ、背中をさすっている。
ギリー:トロッターさん、こっち見てよ! この前、あたしを離さないっていったじゃない。だめ、だめ、だめ、っていったじゃない!
ギリーは、両足をばたつかせて泣き出す。皆が、ぼんやりと見ている。
ランドルフが一人、そうっと抜け出して、手探りで去る。
ウィリアムがギリーに走り寄り、ギリーの上着をひっぱった。
ウィリアム:泣かないでよ、ギリー。
ギリー:泣いてないわよ。(上着をひっぱり返して)わめいてるのよ!
ウィリアムは両手を宙に浮かせて、ポカーンとしている。
ギリー:ああ、君……(手を握って)もうわめかないわ。
ウィリアムは、ギリーの横にぴったりと腰をおろす。
アレンは、二人を観察する。
トロッター:アレン、この子によく話してやって下さいよ。ウィリアム・アーネスト、おいで。あれ、ランドルフさんいないよ。どうしたんだろ?
トロッターとウィリアムは出ていく。
アレン:いろいろ考えが変わったようだね? だが後の祭りだ。おばあさんが明日、相談所に来る。九時頃、迎えに来るよ。
ギリー:明日?
アレン:ギリー、その方がいいんだ。こういう時は、ぐずぐずしていても何もいい事はない。
ギリー:だって、学校があるじゃない。
アレン:バージニアにだってあるさ。(立ち上ってコートを着る)先月君が逃げだそうとした時、ああ、またかって思ったんだ。でもそうじゃなかったんだね。ここではうまくやってたんだな。うれしいよ。
ギリー:じゃあ、お願い、いさせてよ。
アレン:(首を横に振って)法律でそうなってる。ここにいても、トロッターさんに迷惑をかけるだけさ。……僕の手には負えないんだ。では、明日。
アレン、去る。
ギリー:宿題をやらなくちゃ。だって、ハリス先生が……
トロッター、ウィリアム、ランドルフ(手に一冊の本)の三人が戸口に立つ。
沈黙−−ウィリアムは泣き、大人たちは泣きべそをかいた笑いを作っている。
トロッター:今夜はなんておめでたい夜だろう、感謝祭とギリーの肉親が見つかったお祝いが重なったんだからね。さあ、みんな、席に着こう。おおいに賑やかにやろう。さあ、席について。
全員がテーブルの席につく。
沈黙。
トロッター:(怒鳴るように)ギリーのおばあさんがラウダン郡にいたんだってよ、ランドルフさん。
ランドルフ:おお、あそこはそれはすばらしい所だよ、ギリーさん。バージニアの馬の本場だ。
ウィリアム:ギリーの家にも、馬いるの?
沈黙。
ギリー:あたし行かないわよ。迎えに来ても、行かない。
トロッター:だめだよ、ギリー。
ギリー:あのおばあさんは、本気であたしを引き取りたかったわけじゃないわ。
トロッター:違うよ、ギリー。あの人は驚いたんだ。だから初め、とまどいはあるかもしれない。でも、きっとあんたを愛してくれる。幸せにしてくれるよ。
ギリー:じゃあ、しょっちゅう会いに帰ってくるわ。そうよ、バスに飛び乗ればいいのよ。
トロッター:いけないよ、ギリー。そういうことやっちゃだめだ。岸壁を離れて、いったん遠洋航路に出たら、ずっとそれに乗っかっていかなきゃならないんだ。ふた股かける訳にゃ、いかないんだよ。
ギリー:行くわよ!
ギリー、トロッターにしがみつくk。
トロッター:あたしゃ鼻が高いよ。
泣きじゃくる、ギリーとウィリアム。
トロッター:(静に)先刻、ランドルフさんが居なくなったろう。ランドルフさんはね、あんたに贈り物をしようって、一人で引返したんだよ。
ランドルフ:家にはこんな物しかないんだがね、気に入ってもらえたらと思って。
ギリー:(本を手にして)「オックスフォード英国詩選」
トロッター:どういう贈り物だかわかるよね。ランドルフさん、身が引き裂れる思いだろうさ。
ランドルフ:詩は生き物ですよ、トロッターさん。こんなしわしわのじいさんに抱かれるよりも、ギリーさんのような若い方に大切にされた方がいい。ウィリアム・ワーズワースだって、きっと喜ぶ。
ギリー:(ゆっくりと、ランドルフの手を握って)ありがとう、ランドルフさん。
音楽、溶暗。
ギリーの詩を読む声が流れてくる。
ギリーの声:
人間の誕生 それは
暗闇の淵から来たのではない
人間の誕生 それは
遠い宇宙の彼方より
祝福の鐘とともに
たなびく 栄光の雲に乗って
あらわれたのだ。
不思議な明かりがつくと、ギリーが一人、夢のようにさまよう。
ギリー:あたしは何を望んでいたんだろう?……家庭? それなら、トロッターさんが与えてくれたわ。……ずっといられる場所? それだって、トロッターさんが……。コートニーとの生活? 違うわ。いえ、そう、たしかにそうよ。でも違うの。……つまり、あたしは……
“ギリーのアリア”
里子でいることがいやだったの
里子と呼ばれることが悲しかったの
里という字のつかない 本当の子になりたい
本当の親を持ちたかった
みにくいアヒルの子から 本物の白鳥に
本当の自分 本当のガラドリエルに
なりたかったの……
コートニー あなたがそれを
与えてくれるはずよ
あなただけが……
そうでしょう? そうじゃないの?
コートニーの声:いらっしゃい。ガラドリエル。ここはとても温かよ。いつだって、太陽が輝いているわ。
ギリー:コートニー?……どこにいるの?
コートニーの声:いらっしゃい。ここにいると、何もかもがとけてしまいそうよ。ここはいつも笑い声が……ホホ、ホホホ……。
祖母の声:きっと連れ出してあげるわ、お約束よ。あたしの可愛い孫ですものね。
ギリー:違うのよ、お母さんと住みたいのよ。コートニー、待って、行かないで。あたしを救い出してちょうだい。あたしの手を強く握って。……コートニー!
溶暗
(10)
コロス達、登場。
コロス1:ギリーは出発した。
コロス3:おばあさんの家は、ここから南へ六〇〇キロ、バージニア州ラウダン郡の村はずれ。
コロス5:トロッターさんの家より、かなり大きく、かなり古くて、かなりきれいだ。
コロス1:おばあさんは、そこに一人で住んでいた。
コロス2:もちろん、馬なんて一頭もいない。
ギリーの姿、浮かぶ。
ギリー:なつかしいウィリアム・アーネスト、ハハ! あたしが君のこと忘れちゃったと思ってるでしょうね。馬の世話が忙しくて、ちっとも暇がなかったの。君は馬のふんをシャベルですくったことある? 家では今、六頭の馬をレースに出す準備をしています。中の一頭の「たなびく栄光の雲」号はきっと優勝するでしょう。
コロス2:ウソツキ。
コロス3:ギリーのウソツキは直らないね。
ウィリアムの姿、浮かぶ。
ウィリアム:なつかしいギリー。元気ですか? ぼくも元気です。手紙は好きです。さよなら。レースは勝った?
ギリー:もちろん勝ったわ。
ウィリアム:オチョーッ!
トロッターとランドルフの姿、浮かぶ。
ギリー:親愛なるウィリアム・アーネスト、トロッターさん、ランドルフさん。すごいニュースです。あたしのお母さんが12月24日に来ることになりました。
コロス2:ウソツキ。
コロス5:また嘘?
ギリー:本当だって。……確かにわたしはよく嘘をつきます。だから信じてもらえないかもしれないけれど、これは本当のニュースよ。そして、もしかしたら一緒に住むことになるかも……みんな、楽しいクリスマスをお迎え下さい。なんてすてきなプレゼントでしょう。
ハリス先生の姿、浮かぶ。
ハリス:なつかしいギリー。あなたはまるで小さな台風のよう。あなたの直撃を受けたクラスは、いま嵐の去った静けさの中にいます。アグネスやマイクの寂しそうな様子を見せてあげたいわ。
アレンの姿、浮かぶ。
アレン:やあ、ギリー、元気でいるかい? 君がいなくなった途端、なんだかとても暇になった。気が抜けて、髪がまた薄くなったみたいだ。
トロッター:なつかしいギリー。お母さんが帰ってくるってね。よかった。きっと興奮してるだろうね。あんたの幸せをお祈りしてるよ。昨日、ウィリアム・アーネストが鼻血を出して学校から帰ってね。ほんと、もうびっくりしたけれど、ウィリアムはパンチを喰らってふらふらになったボクサーみたいに得意だったよ。校長先生が電話してきて、学校でケンカしちゃ困るっていってたけど、途中で吹き出しちまって、終りまでいえなかったよ。どう、すごいだろ?
(12)
バージニア州の祖母の家
舞台中央に、大きなクリスマス・ツリーが置かれている。
祖母とギリーが正装して、飾り付けをしている。みるからに緊張して、落着かない様子。
遠くで、クリスマスソングが流れている。
祖母:ギリー、あなたお腹すいたんじゃないの?
ギリー:いいです。
祖母:もう少し我慢していてね。……(胸をおさえて)こんなにびくびくするなんて、馬鹿みたい。自分の娘が帰ってくるってのにね、でも、あんまり長く会わなかったから……
ギリー:13年振りね。
祖母:13年振り……あなたは?
ギリー:8年振り。
祖母:まあ、なんておかしな会話でしょう、実の親と娘と孫なのに。……今何時かしら?
ギリー:八時五分過ぎ。
祖母:飛行機はもう着いたわね。今頃、タクシーでこちらに向かってるはずよ。心配だわ。なんて挨拶したらいいと思う?
ギリー:さあ、あたしも会ったことないから……
祖母:きっと、あたしのこと、すごく年取ったと思うでしょうね。あの娘が家を出ていった頃は、髪だってまだずっと黒かったのですもの。
ギリー:(無理して、ニコリとする)
祖母:(感極まって)娘が帰ってくる。コートニーが帰ってくる!
ギリー:ねえ、おばあさん?
祖母:え? なに?
ギリー:お母さんは本当にここで暮らすのね?……あたしと、あたし達と一緒に?
祖母:そのはずよ。いいえ、きっとそうよ。だって手紙でそう言ってきたのよ。……ねえ、ガラドリエル、あなたコートニーへのクリスマス・プレゼント用意したの?
ギリー:ええ、おばあさんは?
祖母:もちろんよ。……あの子は何を用意してくれたかしらね。この家にクリスマス・ツリーが立つのも何年振りかしら。昔はね、コートニーがずっと小さかった頃は、こうしてツリーを飾り立てるのを、本当に喜んだものだわ。
ギリー:これもつけるの?
祖母:そうよ、それがなくちゃ。この鎖はいつでもつけていたわ。コートニーがガールスカウトの幼年団にいた頃、こしらえたのよ。さあ、いいわ、灯りをつけてみて。
ツリーの灯りがさん然と輝く。
ギリー:……お母さんに会えるのね。
家の外で、車が急停車した。
ギクリッとする二人。
祖母:……帰ってきた!
車が走り去る。
祖母:帰ってきたわ、コートニーが……(玄関へ走る。奥で)コートニー!
コートニー:ただいま。
祖母:さあ、入って。寒かったでしょう?
コートニー:寒いなんてものじゃないわ、まるで冷蔵庫。(出てきて)まあ、意外にちっぽけな家だったのね、昔はずいぶんだだっ広く感じていたのに。(ツリーを見て)あら、こんな物、まだ残してあったの?
祖母:懐かしいでしょう? 驚かせようと思ったの。
コートニー:いいのよ、捨てちゃって。汚らしいだけじゃない。
祖母:……こちらが、ガラドリエルよ、コートニー。
コートニー:(微笑んで)こんばんわ、ガラドリエル。……こんなに大きくなっちゃって。
祖母:とってもいい子よ。
コートニー:もちろん、そうでしょうとも。……あたしの子、ですものね。
祖母:やっと会えたのね! あなたの荷物取って来なくちゃ……
コートニー:もう持ってるわ。
祖母:えっ!?
コートニー:たった二日ですもの、そんなに必要じゃないわよ。電話でいったでしょう? クリスマスには子供の様子見にいくって。
祖母:コートニー、あなた……
コートニー:お願い、うるさく言わないで。言い争いはしたくないの。お母さんが娘に会いに来いといった、だから会いに来た。それでいいじゃない。
祖母:だって、あたしがお金を送った時には……
コートニー:だから、帰ってきてあげたじゃないの。やっと家に着いたか着かないかってのに、しつこいわね、何よ。13年も会わなかったってのに、まだああしろ、こうしろっていうつもり?……わかるでしょう、辛いのよ。あの子のことは忘れていたいの。……さあ、食事にしましょう。腹ペコなの!
祖母:(ギリーをちらりと見て)コートニー……
ギリー、ゆっくり後退る。
祖母:……ガラドリエル?
ギリー:……この人はあたしのお母さんなんかじゃない!(手にしたプレゼントを投げ付ける)
戸外。立ち止まるギリー、こみあげる物を吐く。
公衆電話の前。
硬貨を入れて、ダイヤルを回すギリー。
トロッターの姿、浮かぶ。
ギリー:もしもし、トロッターさん、あたしよ!
トロッター:ギリー、どうしたの?
ギリー:あたし、帰るわよ。
トロッター:……お母さん、来なかったの?
ギリー:来た。(激しく泣きじゃくる)
トロッター:おお、神さま……
ギリー:みんな間違ってたのよ。お母さんはまた出ていっちゃう。あたしと暮す気なんてないのよ。……写真の裏の「いつも愛してます」って言葉は嘘だったのよ。あたしを愛してなんかいなかったのよ。
トロッター:ギリー、あんたにはとっくにわかってるもんと思ってたよ。
ギリー:何がよ!
トロッター:人間は誰れもが幸せになるなんてのは嘘っぱちだってことをさ。人生はそんなもんじゃない。辛いことだらけだ。
ギリー:トロッターさんたら……
トロッター:それでも、人生にはやっぱりいい事もあるもんだ。ほら、秋にあんたが家へ来てくれたね。あんな楽しい事はなかったよ。でもねえ、そう年中いい事があると思っちゃいけない。当てにしちゃいけないんだ。
ギリー:人生がそんなにつまんないなら、どうして、トロッターさんは幸せなのよ。
トロッター:つまんないとは言わないよ、辛いと言ったんだ。人生には辛い事がいっぱいあるけど、その辛い人生を力一杯生き抜く事ぐらい幸せな事はない。そして時には思いきり泣くのさ。思いきり涙を流せば、目もきれいに洗われて、人生がまた違って見えてくる。
ギリー:お説教はやめてよ。あたし家に帰りたいのよ。
トロッター:家って?
ギリー:トロッターさんの家よ。ウィリアム・アーネストやランドルフさんのいるところ。
トロッター:だめだ!
ギリー:……トロッターさん。
トロッター:家にいるじゃないか、おばあさんの家に。そこがあんたの家だ。あんたが家族を作っていくんだよ。
ギリー:トロッターさん、助けてよ。
トロッター:だめだ。お母さんが会いに来てくれたんだろう、チャンスじゃないか。思い切って、お母さんの胸に飛び込むんだ。きっと温かいよ。
ギリー:そんな事できないわよ。
トロッター:できるとも! お母さんに愛してほしいと思うなら、まずあんたが本気でお母さんを愛する事だ。簡単な事だよ、ただ愛すればいい。
ギリー:トロッターさん……。
トロッター:ギリー、ファイトだ。あたし達がついてる。……あたしも、ウィリアム・アーネストもランドルフさんも、今のまんまのあんたが好きなんだ。大好きなんだ。
ギリー:(そっと)そんな調子いいこといってると、地獄行きよ。
トロッター:(笑って)あたしゃこれまで地獄じゃなくて、天国に落ち着くつもりでやってきたんだけどね。
ギリー:……トロッターさん?
トロッター:なに?
ギリー:……おやすみなさい。
トロッター:ああ、おやすみ。
ギリー:トロッターさん?
トロッター:なに?
ギリー:……愛してるわ。
トロッター:……あたしもさ、あたしもあんたを愛してる。
トロッターは消える。
ギリーは受話器を置く。大きく泣く。
音楽
ウィリアムの姿、浮かぶ。
ウィリアム:ギリー、ぼく言ってやったんだ、『どきやがれ』って! 痛かったよ。トロッターさんが言ってた、『あたしゃ鼻が高いよ』って。オチョー!(消える)
ギリー:(起き上って、顔をごしごしとなでて、大きく息を吸いこむ)いいわ、わかったよ、メイム・トロッターさん。あたしの家族ですものね。……あんた大丈夫、ギリー・ザ・グレイト!?
祖母がたたずむ。
母がたたずむ。
ギリーは、ゆっくりと二人の方に歩みだす。
クリスマス・ツリーが輝く。
コロス達の歌声が響く。
“小さな心”
小さな 心
ゆらめく 心
ほとばしる 心
明日が どんな日であるか
誰れにもわからない
あなたから さあ 手を差し伸べよう
固く手を握ろう
そしらぬ顔の その人も
いつか 微笑んでくれるだろう
ギリー・ザ・グレイト
あなたは 明日も 生きていく
あなたは 明日も 生きていく
幕
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